ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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1月の投稿は、インフルエンザに罹ってできませんでした……
ご心配をおかけして、申し訳ございません。
今年もなるべく、月1回ぐらいのペースで投稿できるように頑張りますので、よろしくお願いします。


第百四十話 切断【off-line】

 

オーディナル・スケールにおける、アインクラッドフロアボス出現イベントが行われている、恵比寿ガーデンプレイス中央広場の片隅。その場所にて、ボスモンスターたるハンニャバルの一閃を真正面から受け、HPを全損した一人のプレイヤーがいた。

 

『イタチ君……!』

 

その衝撃的な場面に至るまでの一連の流れを目撃していた、イタチの協力者であるノアズ・アークことヒロキは、息を――実体が無いため、呼吸をしていないが――を呑む。イタチこと和人ならばと考えて依頼した今回のオーディナル・スケールの調査だったが、まさかこのような事態が発生するとは予想できなかった。

そんな目の前の光景に衝撃を受けていたヒロキだったが、HPを全損して立ち尽くすイタチを見て、あることに気付く。

 

(あれは――!)

 

イタチが装着していたオーグマーから、光が発せられた。そして次の瞬間、光の玉が飛び出したのだ。AIであるヒロキには、それがオーディナル・スケールにおけるエフェクトでも、オーグマーの一般認知されている仕様によるものでもないことはすぐに分かった。

 

『くっ……今は!』

 

オーディナル・スケールのアインクラッドフロアボス出現イベントにおいてHPを全損したイタチのことも気になるが、今はそれよりも、SAO生還者がHP全損したことで起こった事象を追跡する必要がある。即座にそう判断したヒロキは、イタチのオーグマーから飛び出した光を追って、自身のアバターを空へと飛び立たせた。

 

(あれは……カムラのドローン!)

 

光が向かった先にあったのは、オーグマーの普及に伴い、メーカーであるカムラが通信状況緩和のために各地に飛ばしているドローンだった。光はそのまま、ドローンの機体へと吸い込まれていった。

既に濃厚だったが、これで今回捜査している一件の裏には、カムラが……重村教授の存在があることが確定した瞬間だった。問題なのは、その目的が何なのか……それを探るべく、ヒロキは自身のアバターとしての体をプログラムの光球へと変換し、ドローンの中へと潜入する。

 

(幾重にも張り巡らされた障壁……僕の処理速度でもギリギリだ……)

 

かつてC事件を引き起こしたノアズ・アークの系譜を継ぐヒロキは、彼の天才ハッカー、ファルコンと同等以上のハッキングスキルを有する。そんなヒロキですら手古摺る程の厳重なセキュリティに守られているということは、それだけ重大で触れられたくない秘密があることを意味する。ヒロキもまた、イタチの犠牲を無駄にしないためにも、ここで退くわけにはいかない。

 

『ここだ……!』

 

数々のセキュリティによるブロックを躱し続けることしばらく。遂にヒロキは、その中枢へと迫ることに成功する。ようやくエイジと重村教授、そして春川教授の企みを明らかにできる――

 

 

 

 

『そこまでにしてもらおうか』

 

 

 

 

 

その時、ヒロキが侵入したドローンの中のシステムに、男性の低く不気味な声が響き渡った。その声を聞いた途端、システム中枢に伸ばしていたヒロキの手が、体ごと止まった。

 

(か、体が……!)

 

体を動かすことができない。正確に言うならば、目の前のシステム中枢をはじめ、各所へのアクセスがブロックされ、プログラムとしての動きを封じられたのだ。一体何が起こったのかと、ヒロキが思考を走らせるよりも早く、異変は続く。周囲の景色が一気に暗転、暗闇の黒一色に染まったのだ。

 

『まさか、このような場所まで潜り込んでくるとは……中々の性能だな』

 

そして、暗闇の中からぬっと巨大な人の姿をした何かが姿を現した。それは、ワイシャツを着た鷲鼻の男だった。暗闇の中から徐々に露になっていくその顔には、ヒロキは覚えがあった。

 

『まさか……春川教授!?』

 

『ほう……ここまで侵入した時点で、君が私と同じ存在であることは間違いないと分かっていたが……私達のことまで知っていたとはな』

 

春川教授の姿をした巨人は、ヒロキに対して面白いものを見るような視線を向けると、動けずにいるヒロキへと腕を伸ばした。

 

『君も中々に興味深い存在だが、計画の遂行は絶対だ。悪いが、君のようなイレギュラーには即刻退場していただこうか……』

 

その言葉と共に、巨大な手がヒロキを握り潰さんと迫る。ヒロキは自身の動きを封じる不可視の拘束を解こうとするものの、ヒロキの処理能力をもってしてもビクともしない。最早これまで……そう思った、その時だった。

 

『ぬぅんっ……!?』

 

『え……!?』

 

ヒロキへと伸ばされた巨人の手にバチリと電光が走り、弾かれたのだ。巨人は勿論のこと、ヒロキもまた、何が起きたのか分からず、顔を驚愕に染めていた。

そんな中、ヒロキ目掛けて背後から光の玉が飛来した。

 

『こっちです!早く!!』

 

『君は……!』

 

光の玉から発せられた聞き覚えのある声に、目を丸くするヒロキ。いつの間に動くようになった体を動かし、顔のすぐ横に来ていた光の玉へと視線を向ける。そこにいたのは、妖精の姿をした、和人の娘として知られるMHCP――ユイだった。

何故、彼女がこの場に現れたかを考えるより先に、ヒロキはユイの言葉に従い、その場を離脱することを選択した。ヒロキを捕らえようとしていた巨人も、次の瞬間には再び動き出そうとしていたが、ヒロキとユイが逃げる方が早かった。

 

『逃がしたか……まあ、良いだろう。それに、私と同じAIであり、あの処理能力……中々面白いじゃないか。この計画の最大の障害である彼の少年にも、期待できそうだ……』

 

自身の進めている計画において、厄介な障害になるであろう存在を逃してしまった巨人の男だったが、それを悔しがる様子は無かった。むしろ、予想外の事態が発生したことを楽しんですらいた。加えて、この程度のことで計画が破綻することは無いという絶対的な自信があることも大きいのだろう。

クックック、と不敵な笑みを浮かべながら、やがて男は自身の体をデータ片へと分解させ、ドローンのシステム中枢たるその場から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

オーディナル・スケールのバトルイベントに現れた、アインクラッドフロアボス、ハンニャバル・ザ・ヘルズガーディアンがアスナ目掛けて繰り出した、薙刀の一撃。HPが少なくなったことで追い詰められ、行動パターンとともにステータスも変化し、攻撃力が向上したハンニャバルの斬撃は、直撃すればプレイヤーのHPを一撃で削り切る程の威力を秘めていた。そんな必殺の一撃は……しかし、アスナに当たることはなかった。

アスナを庇い、その身に凶刃を受けたのはイタチだった。薙刀はイタチを袈裟懸けに切り裂き、エイジからの一方的な攻撃を受けて残り少なくなっていたHPを、根こそぎ奪い取った。そして、イタチの視界に表示されたのは、ゲームオーバーを示す『HUNTER DOWN』の文字。さらにその直後――――――

 

(なっ……これ、は……!)

 

イタチの頭の中で、突如として数々の光景が過った。

 

 

 

2022年11月6日……ソードアート・オンラインの正式サービス開始日に、後に的中した不穏な予感とともにログインした時に見た、「はじまりの町」の中央広場の光景――

 

同日の夕方。ログインしたのと同じ場所に強制的に転移させられ、その場にローブ姿のアバターで現れたGM、茅場晶彦から告げられたデスゲームの開始宣告と、それを聞かされたプレイヤー達の阿鼻叫喚――

 

デスゲーム開始から二カ月後。ゲームクリアによる脱出を目指し、迷宮区攻略を進める中で遭遇し……後に第一層攻略会議の後で互いの正体を確かめ合った、結城明日奈ことアスナとの再会――

 

犠牲者を出さずに終えた一方で、生じてしまったプレイヤー同士の軋轢を取り除くため、その憎しみを一心に受ける決意で自ら「ビーター」と名乗るという結末を迎えた、第一層フロアボス攻略――

 

ビーターを名乗り、全てのプレイヤーの憎しみを背負う立場となった自分のことを仲間だと認めてくれた、クライン率いる風林火山や、アスナをはじめとした血盟騎士団、シバトラを筆頭とした聖竜連合、メダカやカズゴをはじめとしたベータテスト以来のメンバーとともに、攻略の最前線を駆け抜けた、共闘の日々――

 

HPの全損が死を意味することを理解していながら、デスゲームをデスゲームたらしめることを目的に、暗躍していたレッドギルド『笑う棺桶』と数々の死闘を繰り広げたこと――

 

ゲーム攻略とレッドギルドとの暗闘に明け暮れ、自身を犠牲にすることによる解決ばかりを図っていた自分に、大切なことを思い出させてくれた仲間達……サチをはじめとした月夜の黒猫団、竜使いのシリカとピナ、アスナの親友である鍛冶師のリズベットとの出会い――

 

自身のことを本当の父親のように「パパ」と呼び慕い、自身の危険を顧みずに自分達を救ってくれたMHCPの少女、ユイとの出会いと別れ――

 

第七十五層フロアボスを倒した折に正体が露見した、SAO事件の黒幕である、茅場晶彦こと血盟騎士団団長、ヒースクリフとの最後の死闘――

 

その強い想いによってシステムの拘束を破ったアスナの、身を挺してイタチを守った行動をきっかけに、忍の前世を持つ身として一番大事なことを思い出し、反撃に転じて、あの世界では使えなかった筈の忍術をもってヒースクリフを打ち破った決着――

 

ゲームクリアと同時に茅場晶彦に招かれた空間の中で見た、アインクラッド崩壊の光景。そして――

 

 

 

イタチの頭の中を駆け巡ったそれらの出来事は、SAO事件に巻き込まれた二年間の間の記憶である。まるで死に際の走馬灯のように、瞬く間に過ぎ去っていく過去の光景に、脳が多大な負荷をかけられて処理が追い付かず、意識が朦朧となる。

 

「イタチ君!」

 

膝を付いたい状態で、左手で額を押さえて苦し気な表情を浮かべるイタチ。そんなイタチを、アスナは悲痛そうな表情を浮かべながら介抱していた。今までその強力な戦闘能力をもって、多くのプレイヤーを守る立場だったイタチが、逆に守られている姿に、エイジは満足そうな表情を浮かべて見下ろしていた。

 

「アスナさん!イタチさん!」

 

「コラー!プレイヤーマナーを守れぇー!!」

 

その一部始終を見ていたリズベットが、シリカや他のプレイヤーを伴ってアスナのもとへ駆け付けようとする。だが、その行く手をフロアボス、ハンニャバルが遮る。

 

「ウォォォオオオ!!」

 

「ボスは瀕死の状態だ!」

 

「チャンスだぞ!」

 

「ボーナスいただきだ!」

 

薙刀を振るうハンニャバルの姿を見るや、標的をエイジから変更し、次々攻撃を開始するプレイヤー達。そこには、先程リズベットに伴われてマナー違反を諫めようとした者達の姿は無かった。

 

「ちょっと!アスナとイタチを助けてくれるんじゃないの!?」

 

被害者であるイタチとアスナ、加害者のエイジを放置したままボス攻略を再開するプレイヤー達に、リズベットは抗議の声を上げる。しかし、当人達は全く聞く耳を持たなかった。

 

「覚えておくといい。これが、ARの……本当の力だ!」

 

勝ち誇った顔でそう言い放ったエイジは、イタチとアスナの二人に背を向け、用は済んだとばかりにその場から立ち去ろうとする。

 

「ぐ……待、て……!」

 

「イタチ君っ!?」

 

脳に多大な負荷がかかったことで意識が朦朧とする中、イタチはふらつきながらも立ち上がり、エイジを呼び止めようとする。その姿を見たエイジは、まだ立てたことに意外そうな表情をする。

 

「まだ動けるだけの力が残っていたとはな……VRの偽りの強さとはいえ、やはり『黒の忍』の名前は伊達じゃないってことか……」

 

「お前には聞きたいことがある……このまま帰すわけにはいかない……!」

 

「なら、捕まえてみることだな。お前にできればの話だがな……!」

 

挑戦的な口調でそれだけ言うと、エイジは今度こそイタチとアスナに背を向けて走り去っていった。先日の秋葉原UDXで見た通りの常人離れした身体能力をもって走るエイジの姿は、瞬く間に恵比寿ガーデンプレイスの奥の方へと向かい、小さくなっていく。早く追い掛けなければならないと、イタチはふらつく足に鞭打ち、歩き出そうとする。

だが、その手をアスナが掴み、引き留めようとする。

 

「イタチ君、待って!」

 

「離してください、アスナさん」

 

「そんなふらふらな状態で、彼を追い掛けるなんて無茶だよ!それに、怪我だってしてるじゃない!」

 

「……このくらい、大したことはありませんよ」

 

「嘘よ!イタチ君がこんなになることなんて、今まで一度も無かったじゃない!ねえ、お願いだから待って。何が起こっているのか、私にも――」

 

「時間が無いんです」

 

これ以上の問答には時間を割けない。そう考えたイタチは、自身の左腕を掴んで引き留めるアスナの手を、強い力で振り払った。当のアスナは、負傷しているから振り払われる筈など無いと油断していたらしく、呆気に取られていた。その隙を見逃さず、イタチは一気に走り出す。

 

「イタチ君!」

 

想い人を呼び止めるために叫んだアスナの声は、しかしイタチには届かず……その背中は、襲撃者の消えた方角を目指して消えていった。

 

 

 

 

 

恵比寿ガーデンプレイスにて、オーディナル・スケールにおけるアインクラッドフロアボスが出現する戦闘イベントが開始されたその頃。名探偵L所有のビルの地下に設けられた、イタチ等の捜査本部となっている秘密施設では、待機組の竜崎と藤丸が現地の状況確認に必死になって動いていた。

 

「藤丸君、状況はどうなっていますか?」

 

「分からねえ……さっきまでは傍受していた監視カメラの映像から、現地の状況が確認できたんだが、いきなり映像が途絶えちまった……!」

 

ファルコンこと藤丸のハッキング技術により、先程まで恵比寿ガーデンプレイスの監視カメラの映像を確認することができていたモニターの画面には、現在ノイズが走っていた。藤丸はすぐさま問題解決のために動き出したものの、映像が戻る気配は無かった。

 

「クソッ!どこのカメラからも映像が出ねえ……一体どうなってやがる!」

 

「このタイミングで監視カメラの映像が確認できなくなった以上……何者かの作為が働いていると見て間違いないでしょう」

 

加えて、天才ハッカーのファルコンこと藤丸を相手に映像を奪い、今尚取り戻せない程の相手である。この事件の捜査に着手するにあたり、竜崎と藤丸は勿論、イタチこと和人も警戒していた存在が動いていることは確定である。

 

「現場にいるイタチ君との通信は繋がりませんか?それから、ヒロキ君の方は?」

 

「ああ……監視カメラの映像が途絶えた時点で、イタチとの通信も切れちまった。その後は、せめてヒロキの方に連絡が取れねえかと思ったんだが、こっちも全く繋がらねえ……!」

 

通信が遮断された時点で想定はしていたが、どうやら和人が今いる現場は外界から完全に隔絶されたらしい。そしてそれは、現場において外部に知られては不都合な……もっと言えば、危険な出来事が起こっていることを意味している。

 

「イタチ君の身に危険が起こっていることは間違いありませんね。それも、ヒロキ君にも連絡が付かないということは、相当拙い事態です」

 

「畜生!認めたくねえが、ここからじゃ手も足も出ねえ……!早くイタチを助けに行かねえと!」

 

「落ち着いてください、藤丸君。現状を鑑みるに、イタチ君が今いる現場に近づくのは、相当な危険が伴います。無策で飛び込めば、木乃伊取りが木乃伊になることになりかねません」

 

竜崎の言うように、現場の状況が掴めない状態で無闇に救援を寄越せば、返り討ちにされる可能性も十分にある。自慢のハッキングスキルが通用しない現状に焦りを覚えていた藤丸も、竜崎の説明でそのことを理解し、どうすることもできない現状を改めて認識して歯噛みする。

 

「しかし、イタチ君をこのまま放置するわけにはいきません。彼を助けるために、手を打ちましょう」

 

「当てがあるのか?」

 

「ええ。確実なことは言えませんが、彼ならば……」

 

そう言うと、竜崎は携帯電話を手に取り、ある番号へと電話を掛けた。一体誰に連絡を取ろうとしているのかと疑問に思う藤丸を余所に、竜崎は二コール目で出てきた通話の相手に対して口を開く。

 

「Lです。実は、またあなたの力をお貸しいただきたいことがあるのですが……」

 

いつもと変わらない平淡な、しかし若干の切羽詰まった緊張感を漂わせる口調で話す竜崎は、捜査協力者であり友人でもある和人の身を本気で心配している様子だった。

和人までもが危機に陥るという、名探偵Lですら予想できなかった事態は、捜査本部にて待機する二人を置いて、混迷を極めていく――――――

 

 

 

 

 

竜崎が恵比寿ガーデンプレイスへの救援を要請していたその頃。当のイタチは、アスナの制止を振り切り、逃走したエイジの後を追っていた。

 

(奴は……どこに……)

 

エイジを追って、恵比寿ガーデンプレイスの敷地を飛び出したイタチが辿り着いたのは、南側にある三田丘の上公園だった。しかし、エイジの姿はつい今しがた見失ってしまっていた。一度立ち止まり、呼吸を整えようとするイタチだが、エイジから受けた攻撃による負傷で息が荒くなっている。また、ボス戦におけるHP全損に際して起こった脳への謎の負荷により、意識を保つのもやっとの状態だった。最早、戦える状態などではない。それでもイタチは、エイジを追わねばならないと、必死になっていた。

 

(何としても、奴を止めなければ……)

 

イタチとて、先程の戦いでエイジの戦闘能力は身をもって知っている。万全な状態での戦闘はおろか、満身創痍のこの状態で戦っても、勝ち目がほとんど無いことは分かり切っているのだ。

それでも、イタチは止まることができなかった。先程のイベント前に、竜崎から齎されたオーディナル・スケールのイベントに纏わる情報……それを知ったことで強まった決意が、イタチを駆り立てていたのだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

呼吸を整えながら辺りへと視線を巡らせ、イタチは思考を走らせる。エイジは恵比寿ガーデンプレイスのイベントにて、イタチをHP全損にさせるという目的を果たしている。にも関わらず、用済みになった筈のイタチを挑発してこの場所へ誘導したのには、何か目的がある筈。そして、この予想が当たっているのならば、向こうから仕掛けて来る筈だと――――――

 

「――っ!」

 

必ず来るであろう敵からの襲撃に備え、周囲に注意を払いながら歩き出そうとしたその瞬間――イタチは後方から不穏な気配を感じ取り、反射的に横へと跳んだ。すると、先程までイタチが立っていた場所を、プシュッという空気を圧縮したような音と共に、何かが目にも止まらぬ速さで通り過ぎた。次に聞こえたのは、岩を砕いたかのような鈍い破砕音。先程イタチが回避した飛来物が通過したその延長線上に視線を向ければ、アスファルトの地面に何かで穿たれたかのような痕があった。

 

(実弾による……銃撃!)

 

自身に仕掛けられた攻撃の正体を即座に見破ったイタチは、驚愕に目を見開く。危険は覚悟の上だったが、まさか敵が街中で拳銃を発砲するとは思わなかった。

 

「ふんっ……!」

 

「む――!」

 

銃撃を避けて地面に転がった状態のイタチ目掛けて、新たに仕掛けられる攻撃。視認はせずに、しかし気配で即座に反応したイタチは、すぐさまさらに横へと転がる。先程までイタチが転がっていた場所には、体格の良い一人の青年がおり、大型の鉄槌を振り下ろしていた。鉄槌を叩きつけられたアスファルトの地面は陥没し、蜘蛛の巣状の罅が入っていた。

 

(あの尋常でない破壊力……ただの人間に出せるものではない)

 

その並外れた怪力の持ち主たる目の前に男に、イタチはエイジの姿を重ねていた。恐らくこの男も、エイジと同じ方法で常人離れした身体能力を手に入れたのだろうと、イタチは転がりながら推測していた。

 

「ふふっ……」

 

「くっ!」

 

だが、おちおち考えを巡らせている暇を与えてくれる程、敵も甘くない。二度地面を転がったイタチに迫る、女性のものらしき第三の影。これに対しても反応して見せたイタチだったが、今度の攻撃はタイミングが悪かった。繰り出された攻撃は、イタチの肩を掠めた後、地面を穿つ。武器の正体は、かつて戦った笑う棺桶の幹部、赤眼のザザが持っていたエストックを彷彿させる、細長い剣のようなものだった。貫通力は凄まじく、最初に放たれた銃弾の如くアスファルトの地面を貫いている。

 

(相手は三人……しかも、身体能力も獲物も侮れん)

 

地面から立ち上がり、自身を囲む敵の数と武装を確認するイタチ。人数は三人で男性二人と女性一人。男性の獲物は二丁拳銃と鉄槌、女性の獲物はエストックのような細剣である。相手の数が多い上に、それぞれがエイジに近い身体能力を持つことは、先程の襲撃を鑑みるに間違いないだろうとイタチは考察する。

 

「さあ、もっと楽しもうじゃないか――!」

 

二丁拳銃をイタチに向けていた男性が口にしたその言葉と共に、他の二人もまた、得物を再び構えた。やはり、イタチを逃がすつもりは、微塵も無いらしい。

対するイタチは、満身創痍のその身に鞭を打って立ち上がり、圧倒的不利な戦いに臨む覚悟を決めるのだった。

 


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