ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百四十一話 首謀【owner】

「フハハァーッハッハ!」

 

「ヒャハハハハ!」

 

「ウフフフフフ……!」

 

夜の闇に包まれた三田丘の上公園に、三者三様の不気味な笑い声が、幾多の破砕音とともに響き渡っていた。公園敷地内のアスファルトや樹木、ベンチ等を次々破壊する拳銃による銃撃、鉄槌による打撃、エストックによる刺突の嵐の中を、イタチは傷だらけで転がりながら回避に専念して動き回っていた。

 

「どうしたどうした!動きが鈍くなってんぞ?」

 

「そんなんじゃ、すぐにミンチだぜ!」

 

「その前に、私が全身穴だらけにしてあげるわ!」

 

殺人を厭わない三人の狂的で凶悪な挑発を聞き流しながら、イタチは反撃の隙を伺っていた。前世から引き継いだ体術の技術を身に付けているイタチの戦闘能力は、並の人間ならば即座に制圧できる。だが、目の前の三人相手にはそうはいかない。各々が殺傷能力の高い凶器で武装している上に、身体能力はイタチ以上に常人離れしているのだ。しかし、腕力や武器だけが、イタチが圧倒される理由ではなかった。

 

(しかもこの連携……明らかに互いの動きを把握した上のものだ。それも、相手を見ることせずに……)

 

それが、イタチが防戦一方になっている最大の原因だった。一人が大ぶりの攻撃で決定的な隙を見せたとしても、他の二人のいずれかが即座にフォローに入るのだ。回避行動に専念する中、イタチは公園の設置物や樹木を利用して、互いのフォローが間に合わない死角ができるよう誘導していた。だが、どのような状況に持ち込んだとしても、適確な援護を繰り出して付け入る隙を見せず、攻め込むことは儘ならなかった。

反応の速さからして、通信による情報のやりとりでないことは間違いない。恐らくは、オーグマーにインストールされた何らかのプログラムを使用して互いの位置情報と、取るべき手段を分析して導き出し、即座に対応して見せているのだろう。桁外れの身体能力の強化に加え、オーグマーの情報処理能力に裏打ちされた戦闘能力は、生身の人間としての純粋な身体能力――それでも人並外れているが――しか持たないイタチにとっては、脅威に他ならない。

 

「ほら、よぉオッ!」

 

「――っ!」

 

そして遂に、イタチが満身創痍の状態で辛うじて維持していた均衡が崩れる時が来た。度重なる戦闘と追跡による疲労に加え、オーグマーによって脳に何らかの影響を与えられたイタチは、身体的にも精神的にも限界だった。そして、反応を鈍らせたイタチに対し、鉄槌を持った男が迫る。

 

「ヒャッハァァァアア!!」

 

「ぐっ……!」

 

横薙ぎに振るわれた鉄槌の一撃が、遂にイタチを捕らえ、その身をボールのように弾き飛ばす。垂直に飛ばされたイタチの身は、公園の池へと水飛沫を上げながら落下した。

 

「ヒーッヒッヒッヒ!噂の黒の忍サマも、これで終わりだなァ!脳天に風穴開けてやるぜェ!」

 

「綺麗に刺し貫いてあげるわぁ……!」

 

鉄槌を持った男に代わり、今度は拳銃を持った男とエストックを持った女が前に出る。その銃口と切っ先は、イタチの眉間と心臓を狙っていた。

 

(骨折は……無い。だが、このままでは……)

 

池に落ちたイタチは、上体を起こしながら自身の置かれた現状を把握すべく、先程より一層朦朧とし始めている思考を必死に働かせる。

先程の鉄槌の一撃は、命中する寸前に後方へ跳躍したことにより、威力を幾分か減じることはできた。お陰で骨折は免れたが、打撲のダメージは小さくない。体力も既に限界を迎えており、これ以上の戦闘は非常に難しい。結論として――状況を打破する手段は、浮かばなかった。

 

「これで止めだ!行くぜェエエッ!」

 

そして、抵抗する術の無いイタチに向けて、凶弾が放たれようとした、その時――――――

 

「ぐっ……ぁああアアァアッ!?」

 

銃を持った男の苦悶の声、次いで銃声が響いた。男が右手に持っていた拳銃の銃口は、イタチがいた場所とは別の場所へ向けられており、明後日の方向へ向けて発砲していた。突如狙いを外した男の右腕からは、血が噴き出ていた。

 

(今だ……!)

 

何が起こったかはすぐには把握できなかったが、イタチにとってこれは好機に他ならない。最後の力を振り絞り、素早く立ち上がって反撃に転じる。狙うのは、エストックを持った女である。

 

「くっ!させない!」

 

銃を持った男の負傷に呆然としていた女だったが、服が水に濡れて重くなっていたお陰で、イタチが懐に飛び込む前に反応することができた。エストックを構え直し、イタチに向けて踏み込もうとする。

繰り出されるのは、銃弾もかくやという神速と形容すべき速度の刺突である。疲弊したイタチではとても回避できない。だが、イタチは構わず女の方へと駆けていく。

 

「はっ!」

 

「きゃっ……!?」

 

刺突が繰り出される直前、イタチは女のいる方向目掛けて池の水を勢いよく蹴った。それによって跳ね上げられた水が、女の顔へと降りかかる。大した攻撃ではないそれに対し、しかし女は攻撃を止めて反射的に顔を守ろうとしてしまった。

 

「ふっ……!」

 

「なっ!?」

 

その隙を見逃さず、イタチは手に持っていたタッチペンをクナイの要領で投擲する。スティックは真っ直ぐ飛来し、女の顔の横――オーグマーへと命中。女の頭から外れて地面に落ちた。

そして、それと同時に懐へと踏み込んでいたイタチの拳が、女の腹目掛けて突き出される。

 

「ごはっ……!」

 

鳩尾を正確に捕らえたイタチの拳により、女は短く息を吐き出すと、その場に崩れ落ちた。

一連の戦闘の中で三人を観察していたイタチの推測した通り、三人の常人離れした身体能力の強化の秘密は、オーグマーにあったのだ。故に、オーグマーが外れれば反応が鈍り……イタチの動きに対処できなくなるのは自明の理だった。

 

「クッソ!死ねぇっ!」

 

女を無力化したイタチに向けて、今度は右手を負傷していた男が、左手に持っていた銃をイタチに向けてきた。対するイタチは、女が気絶した時に手から滑り落ちたエストックを素早く手に取り、男に投擲し……その直後に、引き金が引かれた。

 

「ぎゃぁああアアァァアッッ!!」

 

派手な炸裂音と共に、再び辺りに響き渡ったのは、銃を持っていた男の悲鳴だった。イタチが投擲したエストックは、男の持っていた銃口を塞ぎ、銃は腔発を起こして破損。銃を持っていた左手に大怪我を負わせたのだ。女の持っていたエストックが、実は針に近い構造をした、刺突のみに特化した非常に細長い剣だったことが幸いした。

 

「この野郎……ふざけやがってッ!!」

 

二人の襲撃者を無力化したが、まだ鉄槌を持った男が残っている。イタチの思わぬ反撃に憤怒の形相を浮かべた男は、鉄槌を振り回して上段に構えると、イタチ目掛けて突撃していく。イタチは先程よりも一層重く感じる体を無理矢理動かし、迎え撃とうとする。だが、既に満身創痍のイタチには、碌な抵抗をする力も残されていなかった。男がイタチへ向けて振り翳した鉄槌は、そのままイタチの頭へと振り下ろされ――――――

 

「はぁああっ!」

 

「やぁぁああ!」

 

直撃……することはなかった。男がイタチ目掛けて突撃し、いざ鉄槌が振り下ろされようとしたその直前、その凶行を妨害する横槍が入ったのだ。威勢の良い声とともにイタチの視界に入ってきたのは、二つの人影。辺りが暗く、先程の三人の猛攻で街灯が破壊されていたため、顔は判別できなかったが、聞こえた声とそのシルエットから女性と男性であることは分かった。そして、二つの影は、ほとんど同じ――片足を突き出した体勢だった。

 

「ぎぎゃぁぁァァアアアッッ……!!」

 

次いで、男女の影が現れると同時に、鉄槌を持った男の姿が消失し……同時に悲鳴が聞こえてきた。横合いから現れた二人の姿勢から分かるように、鉄槌を持った男は二人の放った蹴撃により、弾き飛ばされたのだ。

それから間もなく、ドサリと重いものが落ちる音が、すぐそこの植え込みから聞こえてきた。どうやら、先程蹴り飛ばされた男が落下した音らしい。イタチの目の前から植え込みまでの距離は、およそ十メートル。その距離を、水平に飛ばされたらしい。そして、そのような常人離れした――それこそ、先程の三人のような――蹴撃を繰り出せる人間を、イタチはちょうど二人程知っている。

 

「ランとマコト、か……」

 

「イタチ君、大丈夫!?」

 

壮絶な戦闘が終わったことで緊張の糸が切れたのか、地面に膝を付いて肩で息をしていたイタチのもとへ、蹴撃を繰り出した二人の内の女性――ランが駆け付けた。

 

「全く……園子さんよりも危なっかしい人だ」

 

ランに続き、呆れた様子でイタチのもとへ現れたのは、額の絆創膏がトレードマークの、眼鏡をかけた屈強な体つきの男性――マコトだった。

 

「二人とも……すまない。本当に、助かった……」

 

「気にしないで。それより、立てる?」

 

「……悪いが、手を貸してくれるか?」

 

一人では満足に動くことすら難しい程に疲弊したことは、二度目の転生を果たした現世は勿論、忍として生きた前世でもそうそう無かった。それが、今回の戦いがどれだけ凄まじいものだったかを物語っていた。

 

 

 

 

 

イタチが三人の刺客と交戦していた三田丘の上公園から離れた場所にある建物の屋上に、その男はいた。左手に持った双眼鏡で三田丘の上公園にいるイタチの姿と、彼を襲った三人が行動不能になったことを確認すると、装着していた通信機に向かって現状の報告を始めた。

 

「対象は三名、全員が沈黙。オールクリアだ――L。これで問題は無いか?」

 

『よくやってくれました、赤井捜査官。流石はFBIきってのスナイパー……『銀の弾丸(シルバーブレット)』といったところでしょうか?』

 

装着していた通信機から聞こえた賞賛の言葉に、しかし当の本人である赤井が喜色を浮かべるなどということはなかった。仕事は終わり、もう用は無くなったと判断した赤井は、足元に置いていた狙撃銃をケースへとしまい、帰り支度を始めた。

FBI捜査官として極秘任務のために来日していた彼は、過去の事件で共闘したことのある世界的名探偵ことLの依頼を受け、この場に来ていた。銃を持参していたことから分かるように、仕事の内容は狙撃――正確には護衛である。竜崎からイタチを助けてほしいと頼まれた彼は、イタチの居場所を確認した後、狙撃による援護ができる場所としてこの場所を選んだ。そして、先程の戦闘の最中、イタチを射殺しようとした男の右手を狙撃で撃ち抜き、その窮地を救ったのだった。

 

『真夜中で、視界が非常に悪い場所に立っている相手を寸分たがわず撃ち抜く技量は流石です。良ければ、このまま私の捜査を手伝っていただきたいのですが……』

 

「悪いが、協力できるのは今回限りだ。こちらも別件が忙しくてな。あとは君と彼等で協力して何とかしてくれ」

 

『……それはもしや、『仮想課』が水面下で行っている動きと関係が?』

 

Lが何気なく口にしたその言葉に、ライフルケースを閉めようとしていた赤井の手が止まる。

 

「お前のことだから、既に嗅ぎ付けているのではと思っていたが、ここまで早いとはな……」

 

『仮想課には、現在私が監視を強化している対象がいます。あなた方のように、私と同様の行動を取っている組織の情報も、自然と入ってくるんですよ』

 

「そうか。ならば、一つ忠告しておこう。ここから先は、我々の領域だ。如何にお前といえども、敵対するならば容赦はしない」

 

『……肝に銘じておきましょう』

 

この場にいない、通信機の向こう側にいる相手に向けるかのように、虚空へと鋭い視線を向けながら赤井はそう言い放った。Lもまた、それ以上の追及を行うことはせず、そこで通信を切った。赤井もまた、後片付けを手早く終えて屋上を後にした。

破壊痕が多数残る三田丘の上公園とは対照的に、赤井のいた屋上には、先程まで狙撃が行われたとは到底思えない、夜の静寂が戻るのだった。

 

 

 

 

 

ランとマコトの手を借りて立ち上がったイタチは、先程の戦闘による破損を免れたベンチへと移動し、ゆっくりと腰を下ろした。そこで、二人が現れた時に疑問に思ったことを口にした。

 

「そういえば、二人はどうしてここに?」

 

「私と京極さんも、予定より早く予定が片付いたから、まだ間に合うかと思って恵比寿ガーデンプレイスのイベントに向かってたの。そしたら、途中でユイちゃんから連絡を受けてね。イタチ君が危険だから、助けてあげてほしいって」

 

ランからの説明で得心した。どうやら、恵比寿ガーデンプレイスでの戦闘を見ていたユイは、イタチの行方を追っていたらしい。そして、運よく現場の近くを通りかかっていたランとマコトに事態を伝え、こうして救援に間に合ったのだ。

 

「それで、今度は一体どんな危ないことに首を突っ込んでるの?」

 

「……悪いが、それは言えない約束でな」

 

ランからの事情説明を求める問い掛けに対し、イタチは答えられないと口を閉ざす。助けてもらったことには感謝しているイタチだが、依頼に関する守秘義務がある以上、それを漏らすわけにはいかない。もとより、このような危険な事件に無関係な仲間達を巻き込む気は無かった。

だが、ランもこんなことでは引き下がらない。イタチの返事自体、半ば予想していたらしく、ジト目で睨みつけると、さらに追及を続けた。

 

「大方、またALOやGGOの時みたいに、ゲーム絡みでとんでもない事件が起こってて、それを解決するために動いているってところかしら?それも、また皆に黙って」

 

「……」

 

「さっきイタチ君を襲っていた三人は、その事件の犯人の仲間かしら。ALOの時みたいに、捜査をしているイタチ君が邪魔になって、命を狙われたっていうなら、辻褄が合うわ」

 

「……」

 

「そういえば最近、新一も私達に黙ってやらこそこそ動き回っているみたいだけど……それも関係しているんじゃないの?アスナちゃんから聞いたけど、二人ともSAOの頃から仲良しだったらしいじゃない。探偵として」

 

「………………」

 

次々に炸裂するランの名推理に、イタチは内心で舌を巻いていた。流石は東の高校生探偵と名高い新一の幼馴染といったところだろうか。新一が関与していることまでほぼ全て当たっている。それに、あれだけ危険な連中と戦闘をして、殺されかけていた場面を見られたとなれば、最早言い逃れはできない。

それでも尚、イタチは守秘義務を守るため、仲間を巻き込まないために黙り続けていた。そんな、どれだけ追い詰められても絶対に口を割らないとばかりのその様子にランは溜息を一つ吐くと、真剣な面持ちでイタチに向き直った。

 

「皆、イタチ君のことを心配しているんだよ?イタチ君がこんな無茶しているって知ったら放ってはおけないし……何とかしてあげたいって思うのは当然のことでしょ?」

 

「……」

 

「私達を巻き込まないようにっていうイタチ君なりの優しさもあるんだろうけど、それだけじゃ誰も納得できない。私や京極さんは勿論……アスナさんだってそれは同じだよ」

 

「……」

 

「悪いけれど、いくらイタチ君が口を閉ざして黙っていたって、私も皆も、絶対に引き下がらないから。全部教えてもらって、知った上で、イタチ君を助けてあげたいと思ってる。だから、絶対に話してもらうからね」

 

「………………」

 

仲間としてイタチを気遣い、支えようとするランの言葉は、恐らくはこの場にいない他の仲間達全員の総意なのだろう。そんな、自身を想う優しさに溢れた心に触れ……イタチの心も、僅かに揺らぎかけていた。

だが、イタチも忍である。依頼の守秘義務は、何があっても放棄することはしない。元より、仲間達を危険から遠ざけるために何も話さなかったのだ。今更その決意を覆すつもりは無かった。

故に、イタチは沈黙を貫く。そんな頑ななイタチの態度に対し、ランは腰に手を当てながらため息を吐いた。するとそこへ――

 

「イタチ君!!」

 

イタチの名を呼ぶ、聞き慣れた声が響いた。イタチが顔を上げて声の聞こえた方を向くと、案の定、そこには声の主――アスナがいた。その後ろには、恵比寿ガーデンプレイスのイベントに共に参加していたリズベットとシリカの姿もある。恐らく、ユイに追跡を頼んでこの場所へ辿り着いたのだろう。

アスナはベンチに座るイタチのもとへ駆け寄り、ボロボロになったその姿を見ると……そのまま抱き着いた。

 

「アスナ、さん……?」

 

「馬鹿……っ!またこんな無茶して!」

 

「……すみません」

 

涙声を漏らしながら、イタチの無事を……生きていることを確かめるように強く抱きつくアスナに対し、イタチは短く謝罪を口にしてそっと抱き返した。恐らく、ALO事件の際に、イタチが黒幕である須郷の銃撃を受けて生死の境を彷徨った時のことを思い出していたのだろう。愛する者の喪失ほど心を抉る出来事は無いことは、“うちはイタチ”だった時代からよく理解している。ラン以上に悲痛な想いをさせてしまったことに、罪悪感がさらに強くなる。

そんな二人の姿を見たリズベットとシリカは溜息を吐くと、先程のラン同様にジト目で睨みつける。主にイタチを。

 

「何やら事情は分かんないけど……イタチがまた何かやらかしたってワケね」

 

「アスナさんもそうですけど、私達だって、本当に心配したんですからね!」

 

「……すまない」

 

自分を非難する人間が次々増えていくこの状況に、罪悪感と居心地の悪さが増していくイタチ。そんな彼女達だからこそ、巻き込まないために何も話すつもりは無いが、このまま口を閉ざしたままというのは、誰も認めてくれそうにない。

どうしたものかと内心で困り果てていると、イタチの視界の端の地面に円形の光が立ち上った。光が止んだその場所には、イタチの協力者にして依頼者――ヒロキの姿があった。さらにそのすぐ横には、イタチとアスナの娘であるMHCPのユイが、ALOのナビゲーション・ピクシーの姿で宙に浮いていた。さらに、ヒロキの姿はランとマコト、リズベットとシリカのその場にいた全員が視認できているらしい。その状況から、イタチは大凡の事情を察した。

 

「ヒロキ……」

 

『イタチ君……事情が変わった。新一君達には既に伝えているから、一度本部に戻って欲しい。ここにいる皆と一緒に』

 

「……新一達が、そう言ったんだな?」

 

『ああ。本部の皆から了承は得ている』

 

恵比寿ガーデンプレイスのイベントにおいて、ヒロキには自身やSAO帰還者のプレイヤーの身に何かあった場合に備えて待機してもらっていた。恐らく、イタチがHP全損したことで現場に動きがあったのだろう。それをヒロキが調査しようとしたところで、ユイと遭遇して現在に至るといったところだろう。

経緯はどうあれ、今回の捜査において秘匿すべきヒロキの存在まで知られてしまった以上、このまま黙秘を続けるのは得策ではない。幸い、当事者であるヒロキは勿論、新一“達”も了承しているという。それはつまり、本部に部外者であるアスナ等を招くことを、責任者である竜崎も承知していることを意味する。であるならば、イタチが取るべき選択肢は一つである。

 

「……分かった。」

 

『僕は先に本部に戻っている。ワタリさんが車を回してくれるから、それに乗って移動してくれってさ』

 

それだけ言うと、ヒロキはそのアバターを発光させ、瞬く間に姿を消した。事情を知る者として一人残されたイタチは、自身をジト目で睨む仲間達に囲まれながら過ごす羽目になってしまった。

 

「アスナさん……そろそろ離して欲しいのですが……」

 

「駄目……イタチ君、絶対に逃がさないから……」

 

「……今更、逃げやしませんよ」

 

「信用できない……」

 

ちなみにその間、アスナはイタチに梃子でも動かないとばかりに抱きついたままだった。その様子に、周囲の視線がさらに鋭くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ただいま戻りました、重村教授』

 

恵比寿ガーデンプレイスのイベントの延長線上で起こった、三田丘の上公園での死闘から数分程経った頃のこと。重村の研究室を、例によって音も無く協力者の男が尋ねていた。対する重村は、何の前触れも無く現れる男にいい加減に慣れたのか、驚いた様子も無く応じる。

 

「ようやく戻って来たか。それで……首尾は?」

 

『三名の刺客を差し向けましたが、思わぬ横やりが入り、イレギュラーを完全に排除することは叶いませんでした』

 

男が重村に提案したプランBとは、計画を嗅ぎつけた人間を、男が手駒として持つ兵士を利用して排除するというものだった。場合によっては殺人事件にまで発展しかねないため、これがきっかけでオーディナル・スケールのイベントが中止となり、計画が頓挫するリスクも孕んでいた。故に重村も実行を最後まで渋っていたのだが、イタチこと桐ケ谷和人が相手では手段は選べないと判断し、実行を許可したのである。しかし、危険を冒して実行した作戦は、不首尾に終わったという。これでは計画破綻のリスクが増えただけである。だが……重村の口からは、予想外の言葉が出た。

 

「そうか……だが、それは好都合だ」

 

『好都合……ですか?』

 

重村の意図が分からず、協力者の男は思わず聞き返した。重村は頷くと、オーグマーで空中にコンソールを展開すると、空中に浮かんだウインドウにあるデータを表示して、男に見せた。

 

「これは今日収集されたばかりのデータだ。夕方までは順調に集まってはいたんだが……ここで問題が起こった」

 

『これは……恵比寿ガーデンプレイスのイベントの時に収集された分、ですね。そしてこの時間、このタイミングでは……“彼”、ですか』

 

「その通りだ。原因は分からんが、スキャンエラーを起こした結果だろう。多少の歪みは自動修正できるが、今回のこれはオートリカバリーが効かなかった」

 

重村の説明を聞いて、男はその意図をようやく理解した様子だった。成程と頷くと、重村へと確認するように問い掛けた。

 

『つまり、“再スキャン”が必要ということですね』

 

「そういうことだ。しかし、一度このような目に遭っていれば、向こうも警戒するのは必定だ。上手くやってくれるかね?」

 

『お任せください。この計画において、表向きの首謀である私です。このような事態に対応するための準備は既に整えております。計画が最終段階に至るまでには間に合わせますよ』

 

「最悪の場合は、エラーが起こった部分のみ切り捨てて計画を続行する。君の仕事は、飽く迄計画本体への影響を取り除くことだ。その点は忘れないでおいてくれ」

 

『分かっております。それでは早速、始めさせていただきます』

 

男は重村に対してそう言うと、その体にノイズを走らせてその場から消え去った。一人残された重村は、デスクに戻るとパソコンに向き合い、本日発生した問題への対応を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……こんなに怪我してるなんて……!」

 

「空手の試合でも、ここまで酷いのは滅多に無いわよ。骨折は無いみたいだけど……明日奈さんの言う通り、無茶し過ぎね」

 

「……面目次第もありません」

 

竜崎の手配によって三田丘の上公園に到着した、ワタリの運転するワゴン車で本部まで移動した一同は、捜査本部を置いているビルの十階会議室へ通されていた。

そして現在、包帯や湿布等――こちらもワタリが用意した――を使用し、明日奈と蘭は和人の手当てを行っていた。蘭の言うように、骨折のような大怪我こそ無いものの、イタチの現状は酷いものだった。全身のいたるところに擦過傷や打撲痕があり、見ているだけでも痛々しい。明日奈と蘭は、相変わらずの無茶をしでかした和人に対して怒り心頭の様子だった。

遠巻きに三人――特に和人――の様子を眺めていた真、里香、珪子も呆れた視線を向けていた。ちなみに、ヒロキは会議室の片隅でその様子を遠巻きに見守っていた。

 

「随分と手酷くやられたみてえだな、和人」

 

そんな、三田丘の上公園と変わらず、和人を非難する空気が立ち込める会議室に現れたのは、捜査協力者である新一と藤丸、ワタリだった。さらにその後ろには……

 

「相も変わらず、厄介事に首を突っ込むのが好きみたいね」

 

「全くだな。またも一人で突っ走るとは……」

 

詩乃とめだかの姿があった。明日奈等は現場に居合わせた関係上仕方ないとして、何故、部外者がさらに二人増えているのかと和人が捜査協力者三人に視線で訴えかけると、答えたのはワタリだった。

 

「朝田詩乃様は、あなたの娘さんのユイさんが呼ばれました。めだかさんについては、今回の件を個人で調べておいでだったことを、ヒロキさんを経由して知っていた竜崎の提案で招待致しました。詩乃様については、竜崎も了承しております」

 

確かに今回、和人が負傷した件については、明日奈達に知られた時点で隠しようがない。一緒に暮らしている詩乃や、この一件を独自に追っていたというめだかもすぐに知るところとなるだろう。

だが、彼女等の同席を許可した竜崎の狙いはそれだけではないと和人は察した。恐らく、今回の戦闘の結果から、オーディナル・スケールをプレイする実働員が和人一人では手に余ると判断したのだろう。要するに彼女等は、捜査に必要な人員補充として呼ばれたのだ。

 

(竜崎……余計なことを)

 

彼女等の性格からして、事情を説明すれば間違いなく協力してくれるだろう。しかし、和人ですら命の危険があったのだ。如何に身体能力やVRゲームでの経験があろうとも、そう簡単に招き入れるわけにはいかない。下手をすれば、大怪我や死人も出かねない危険も孕んだ捜査なのだから。

しかし現状、和人だけでは戦力不足なのは事実である。手っ取り早く強力で信頼の置ける仲間を確保するのならば、目の前の彼女等を頼るのが確実である。

仲間達を巻き込みたくないと考えながらも、それ以外に方法を思いつけない自分の無力さに、和人は内心で歯噛みしていた。

 

「それでは、皆さんお揃いになりましたところで、早速話し合いを始めさせていただきたいと思います。L、よろしいですね?」

 

『はい。大丈夫ですよ』

 

必要な面子が全員集まったことを確認したワタリは、手に持っていたノートパソコンを開き、起動した。ワタリが話し掛けると、そこにはクロイスター・ブロックフォントの『L』の文字が映し出されていた。

 

『皆さん、ようこそお集まりいただきました。私がこの建物の責任者にして、今回和人君や新一君とともに捜査依頼を請けております、Lです』

 

「やはり、Lの依頼だったわけか……」

 

世界的名探偵がパソコン越しに現れたことに対し、めだかをはじめとした面々は特に驚いた様子は見せなかった。和人とLの関係は、ALO事件の時から公の事実だったため、今回の件にも一枚かんでいるだろうと皆、予想していたのだ。

 

「和人や新一と共に依頼を請けている、か。成程。ならば、そこにいる彼が依頼人というわけか?」

 

『お察しの通りです』

 

会議室の隅に立っているヒロキの姿を見ためだかは、彼が実体のある人間ではないことを即座に見抜くと同時に、和人やLとの相互関係についても正確に推測していた。

 

「とにかく今は、話を聞こうじゃないか。和人や新一が、世界的名探偵のお前と組んで、何をコソコソ調べていたのか、洗いざらい教えて貰おうか」

 

『分かりました。ワタリ、お願いします』

 

「承知しました」

 

めだかの有無を言わさぬ要求に対し、Lはいつもと変わらない平淡な口調で答えた。もとより最初からそのつもりだった以上、今更動じることも無かった。

そして、ワタリが皆へ今回の依頼内容について説明するための資料の準備をすべく、会議室に備え付けられたプロジェクターを操作しようとした――その時だった。

 

 

 

『その説明の役割、私が代わりに引き受けよう』

 

 

 

突如として部屋の中に、その場にいた誰のものでもない声が響き渡った。一体何者か、と蘭や真が辺りを警戒して身構える。音の出所はどうやら会議室内の天井に設置されているスピーカーらしい。だが、一体どこの誰が操作しているというのか。皆が疑問に思っている間に、異変は続く。

今度は部屋の照明が一斉に消えたのだ。辺りが急激に暗くなったことで、珪子が小さく悲鳴を上げ、明日奈や里香が動揺を露にする。そんな中、今度はプロジェクターがひとりでに起動し、動き出す。暗い部屋の中、スクリーンに映し出されたのは、白と黒で埋め尽くされたスノーノイズだった。スノーノイズは十秒ほど続いたが、徐々にそれは晴れていった。そして、その向こうに映し出されていたのは、一人の男だった。その顔を見た新一や藤丸は、顔を驚愕に染める。

 

「まさかっ!」

 

「こいつは……!」

 

『春川教授……ですね』

 

Lがスピーカー越し言った通り、そこに映し出されていた人物は今回の捜査における重要参考人の大学教授、春川英輔その人だった。捜査開始にあたり、写真でその顔を確認して覚えていたのだから、間違えようもない。

 

『春川英輔、か……確かに私の今の姿は、彼そのものだ。だが、私は彼本人ではない』

 

だが、スクリーンに映し出された当人は、それを否定した。その言葉を、春川英輔の顔を知る者達は訝る。

 

(どういうことだ?その顔は、確かに春川英輔のものの筈……)

 

(まさか、アバターなのか?)

 

新一と藤丸が様々な推測を立てる中、春川英輔と同じ顔をしたスクリーンに映った人物は自身と春川英輔との関係について話し始めた。

 

『確かに彼は、私のことを“私”と呼んでいた。ある意味では、その通りなのだがね。しかし、私は彼ではないのだよ』

 

「ならばお前は……何者だ?」

 

男の言葉が理解できず、その場にいた人間の大部分が混乱する中で投げ掛けた、和人の問い掛け。それに対し、スクリーンに映された男はフッと笑うと、再び口を開いた。

 

『春川英輔であって春川英輔ではない……この私には、別の名前がある』

 

男がそう言った途端、スクリーンの下部に三つのアルファベットが並んだ。左から順に『H』、『A』、『L』である。それらは中央に集まり重なると、一つの奇怪な文字へと変わった。

それと同時に、スクリーンに映った男は名乗った。

 

『私の名前は、電人『HAL(ハル)』――――――春川英輔が、その人格をコピーして作り出した、人工知能だ』

 

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