ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百四十八話 対策【handling】

 

『フフフ……遂にここまで辿り着いたようだね、ヒロキ君』

 

現実世界に肉体を持つ人間が踏み込むことのできない、デジタルデータで構成された電脳世界の中。二人――正確には、人ではないが――のAIが相対していた。

片やオーディナル・スケールを舞台に未だ全容の知れない計画を、重村等とともに進めている、電人HAL。

片やそんなHALの計画を止めるべく和人やLと協力体制を敷いて捜査を行っているヒロキ。

互いに追い、追われる関係にあると同時に、現実世界の人間の人格をコピーして創造されたという共通点を持つ者同士だった。

 

『HAL、もうあなた達は終わりだ。計画を諦めて、君を作った春川教授や重村教授に自首を促し、君も投降するんだ』

 

『AIである私が、人間社会の法で裁けると思うのかね?』

 

『……確かに、君を罪に問うのは難しい。けど、大人しくしてくれれば、Lも悪いようにはしない筈だ』

 

自らが仕掛けたゲームに敗れたHALは、守護者を全て失った上に居場所まで特定され、窮地に立たされていた。その現状を鑑み、既に決着はついたと判断したヒロキは、降伏勧告を行う。

しかし、対するHALは、追い詰められたこの状況下にあって、余裕の笑みすら浮かべてヒロキと相対していた。その姿に、ヒロキは非常に不気味なものを感じる。

 

『それはどうかな?君は既に勝負はついたと思っているようだが、そうとも限らんよ』

 

『……スフィンクスを全て失っている以上、あなたは丸裸同然だ。居場所もこうして特定できた今ならば、ファルコンのサイバー攻撃で難なくあなたを拘束することだってできる』

 

『フム。確かに君の言う通り、危機的状況だな。防衛プログラムも無い状態で君達の攻撃を受ければ、ここにある私の本体もただでは済むまい』

 

背後をHALが振り返って見上げたその場所には、ピラミッドを彷彿させる巨大な四角錐の物体が浮かんでいた。これこそが、電人HALの本体たるコアプログラムである。

かつては三機ものスフィンクスによって守られていたそれも、今は見る影もなく、完全に無防備と化していた。

 

『これを破壊されれば、私はプログラムとしての死を迎えることとなるだろう』

 

『分かっているなら、すぐにでも――――――』

 

降伏をしてほしい、というヒロキの言葉は続けられなかった。それを口にしようとしたその瞬間、ヒロキの目の前に立つHALの頭上に、巨大な影が現れたのだ。

四本足のライオンを彷彿させる姿で、その背中には翼が生えている。頭部は黒くのっぺりとしたフルフェイスマスクを彷彿させるものを装着した異形である。それを見たヒロキは、目を見開いて驚愕した。

 

『尤もそれは、私に身を護る術が完全に無いということが前提だがね』

 

『そんなまさか……だが、これは!』

 

予想外の事態に目を見開いているヒロキの反応に、HALは満足した様子でその不敵な笑みをさらに深めた。

 

『驚いているようだね。この私が、何の策も無しにあのようなゲームを仕掛けて、計画の破滅を待つのみだと本気で思っていたのかね?残念だが、次善の策は既に打っていたのだよ。ゲームは君達の勝利に終わったが、計画の大勢には影響は全く無いということだ』

 

『くっ……!』

 

形勢逆転とも言うべき展開に、ヒロキは歯噛みして立ち尽くすことしかできなかった。

 

『それに、仮にスフィンクス全てを除くことに成功していたとしても、私には春川が設けた最後の砦が残っているのだよ』

 

『……どういうことだい?』

 

『私の背後に浮かんでいるピラミッドをよく見てみれば分かる筈だよ』

 

HALの言葉に疑問を覚えたヒロキは、言われた通りにHALのコアプログラムが内包されたピラミッドへと目を向けた。そして、ピラミッドを凝視すること数秒。薄っすらと浮かぶ何かに気付いた。

 

『これは……パスワード入力画面?』

 

『その通り。お馴染みのパスワードだ。これこそが私の創造主である春川英輔が設計した最後の砦だ。スフィンクスをいくら取り除いても、これがクリアできない限りは私の存在を揺るがすことはできないのだよ。

さらに言えば、これは一度でも入力を間違えれば、最悪のペナルティが発生する仕様となっている。何が起こるかは……その時のお楽しみとだけ言っておこうか』

 

具体的な説明はしないHALだったが、パスワード入力の失敗に際して発生するペナルティが碌でもない事態が発生するということだけは容易に想像できた。だが、Lや新一といった探偵達ならば、解き明かすことは難しくない筈。そう考えたヒロキだったが、HALはさらに追い打ちをかけるような宣告をしてきた。

 

『言っておくが、君の仲間の探偵に頼るというのは、諦めた方が良い。タイムリミットには、到底間に合わないだろうからね』

 

『タイムリミット?』

 

『気が付いていなかったのかい?明日が何の日か』

 

『まさか――!』

 

HALが言わんとしていることに気付いたヒロキは、内心でしまったと言いながら、先程以上に動揺する。

 

『残念だが、ここから巻き返すことは、君達には不可能だ。私の仕掛けたゲームを攻略して見せたことには正直驚いたが、こればかりは攻略できまい』

 

『………………』

 

得意気に笑うHALに、ヒロキは何も言い返せない。ここまで来て、HALを追い詰めたと思ったのに、逆に完全に詰んだ状態に追い込まれたのだ。これ以上は何をしたところで、悪あがきにしかならないだろうと、そう考えてしまっている。

だが、ヒロキとてここまで来て、簡単に諦めることはできなかった。

 

『……ヒントを、くれないだろうか?』

 

『何?』

 

『……せめて、パスワードを解くためのヒントをもらえないだろうか?』

 

ヒロキが発したその言葉に、今度はHALが目を丸くする。絶体絶命と呼ぶべきこの状況下において、自分達を追い詰めた相手に対してヒントを求めるというのは、完全に予想外だった。

やがてHALは、先程までの不敵な笑みを取り戻すと、クククと笑いながら再び口を開いた。

 

『何を言い出すかと思えば、この状況下で敵である私にヒントの要求かね』

 

『生憎と、僕もこのまま引き下がるわけにはいかないからね。最後まで、食い下がらせてもらうよ』

 

『……パスワードは私の……正確には、春川の目的そのものだ。常人には到底理解できるものではないだろうがね』

 

まさか本当にヒントを出してくれるとは思わなかっただけにヒロキは意外そうな表情を浮かべる。

 

『君の判断は、非常に非合理的だ。まるで人間のそれに近いものを感じる。だが……それと同時に、同時に興味深くもある。それでは、さらばだ。君達が何をしようとも、我々の計画は、必ず成功させる』

 

それ以上の問答は不要だろう。そう考えたHALは、ヒロキに対して背を向けてその場を後にした。ヒロキもまた、踵を返して捜査本部で待つ仲間達のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

『お父さん……こんなことはもう止めて』

 

「悠那……いや、まだ違うか」

 

計画がいよいよ最終段階に差し掛かり、最後の計画を翌日に控えたその日の夜。重村の詰めている研究室の中に一人の少女が姿を現した。

重村がその名前を呟いた、今は亡き実の娘である悠那と瓜二つのこの少女は……しかし重村の言う通り、悠那本人ではなかった。さらに言えば、この少女は現実世界に実体を持つ人間でもない。ヒロキやHALと同じ、電子世界を生きるAIなのだ。しかし、重村を父と呼ぶ少女の瞳には、家族を想う娘としての悲しみがはっきりと浮かんでいた。

 

『私は……生き返ることなんか望んでない!そのために、お父さんやエーくんが傷付くことも……』

 

「それは、今はまだAIのレベルにあるお前の自己保存プログラムが言わせている言葉に過ぎない。もう少しだから待っていなさい」

 

『お父さん……』

 

悠那の父とその親友であった青年のことを、生前の本人に近い感情のもとで、本気で心配して発した少女の言葉は……しかし重村の心には届かなかった。

 

「データの収集はAI型クローラーに任せている。明日が彼女の最後の仕事になるだろう。HAL同様、今までよくやってくれたよ」

 

『駄目よ!最後の計画を実行したら、記憶どころか皆死んでしまうわ!』

 

「黙りなさい!悠那!」

 

『!!』

 

「お前が何を言おうと、計画は必ず実行させ、そして成功させる。私は……いや、私達はただ、「あの時」を取り戻したいだけなんだ」

 

それだけ言うと、重村は悠那の姿をした少女へ目を向けることなく、再び作業へ戻っていった。そんな重村を少女は目に涙を浮かべながら見つめることしかできない。

重村の決心が最早如何なる言葉をもってしても揺るがすことができない程に固いためなのか。それとも、自身が悠那本人でないから、重村の心を動かせないのか。いずれにしても、この場で少女に変えられるものなど何一つ無い。そんな無力感に打ちひしがれながら――――――少女はその場から姿を消すのだった。

 

 

 

重村研究室を去った少女が向かった先は、電脳世界の中だった。0と1のデジタルデータで構成された電子の海を見ながら、少女は一人膝を抱いて蹲っていた。

 

『教授の説得は、どうだったかね?』

 

そんな少女のもとに、一人の男が現れる。白衣を纏った痩身の男性――茅場晶彦である。

茅場の問いに対し、少女は膝を抱えて俯いたまま首を横に振った。

 

『そうか……やはり教授は、自分の意志を曲げるつもりは無いか……』

 

かつての教え子として、重村の性格をよく理解しているが故に、既に予想していたことなのだろう。茅場がその表情を変えることは無かった。

 

『……私が、本当の悠那じゃないから、お父さんは私の言葉を聞いてくれないのかな……?』

 

『それは私にも分からない。ただ一つ言えるのは、ここまで来た以上、教授が止まることはまず無いということだ。譬え君が本当に教授の娘だったとしても、聞く耳を持たなかっただろう』

 

『……茅場さんは、お父さんを止めてくれないんですか?』

 

『済まないが、君の力となるつもりは無い』

 

少女も本気で期待はしていなかったのだが、予想通りの茅場の返答には落胆してしまう。

茅場と少女が出会ったのは、つい最近のことだった。電脳世界を彷徨っていた茅場は、かつての恩師である重村が、生前の自分が設計したシステムをもとに、春川と手を組んで何らかの計画を進めていることを知った。その全容を調べるべく動き出し、予期せず出会ったのが、この少女だった。

重村悠那を蘇らせるという計画の進捗に伴い、この少女はAIとして未熟ながら自我を持ち始めていた。電脳世界を彷徨っていた少女に接触したことで、茅場は重村の計画についての情報を知ることができたのだった。

尤も、二人は協力体制にあるというわけではなく、情報交換のために顔を合わせることがある程度の関係だった。元を糺せば、片やSAO事件の主犯、片やその被害者である。とてもではないが、友好的に接することができる関係ではない。だが、この少女は悠那本人ではないためか、茅場を憎悪するようなことは無かった。

 

『教授の計画を止めることができる者がいるとするならば……恐らく、彼なのだろう』

 

『あの子……桐ケ谷和人君、ですか?』

 

『ああ』

 

少女の問いに対し、茅場は真顔で答えた。対する少女は、眉根を寄せて疑わし気な表情を浮かべていた。

 

『確かに、SAO事件やALO事件を解決に導いた英雄ですが……それは、VRゲームの世界でだけじゃないですか。ARゲームでエー君を倒して、お父さんの計画を止められる保証なんて、無いじゃないです』

 

『その通りだな。だが、彼にはそれを覆せる可能性があると、私は考えている』

 

『……それを確かめるために、“あんな物”を渡したんですか?』

 

『ああ。尤も、アレがどのような結果を生むのかは、私自身、見当も付かないがね』

 

『そうですか……』

 

十中八九、何も起こらないだろうと考える少女だが、その予想は決して見当違いではない。茅場の見解は、第三者が聞けば、大多数が間違いなくその考えに至るであろう、戯言にも等しいものなのだ。

茅場の方は何が起こるか分からないという期待故か、変化に乏しい表情に微かな笑みを浮かべていた。重村等による計画最終段階を明日に控え、同時に動き出すであろう期待の星として見ている少年に想いを馳せながら――――――

 

 

 

 

 

 

 

電人HALが仕掛けた最後のゲームが終了したその夜。Lが詰めている捜査本部には、この施設の所有者である竜崎ことLのほか、捜査メンバーのファルコンこと藤丸、和人、新一、そしてヒロキの姿があった。イベントをクリアして現地解散した後、捜査の中心メンバーである彼等は、今回の事件そのものの進展を確認する目的で集まっていたのだった。

 

「それじゃあ、HALのスフィンクスは全部消滅したってことで良いんだな?」

 

「ああ、間違いない。ヒロキが件の施設のスパコンに入り込んで調べたが、プログラムは完全にアンインストールされていた。施設の様子も確認してみたが、警備のために電子ドラッグで操られていた人間も、全員洗脳が解けていることが確認できた」

 

藤丸から齎された情報に、新一は一先ず安堵の表情を見せる。隣の和人も新一程ではないが、一仕事終えてほっとした様子だった。

今回の事件において主犯と目されるHALを確保する上で最大の障害であるスフィンクス――正確にはスフィンクスによって統率されている、電子ドラッグを投与された兵士達――は、これで無くなった。重村とエイジが健在ではあるものの、脅威度という点ではやはりHALの物量が最も厄介だった。

また、並外れた身体能力を持つエイジについても、和人の方で既に対策を練っている。

 

「それで……HAL本体の居場所は分かっているのか?」

 

「今、ヒロキが探しているところだ。あいつの探索力なら、すぐに居場所を突き止めるだろうよ」

 

藤丸がそう言ってから数分後。ヒロキがその場にアバターとしての姿を現した。どうやら、HALの居場所の特定を完了したらしい。だが、その表情はどこか暗い。

 

「ヒロキ、HALの居場所は分かったのか?」

 

『うん……特定、できたよ』

 

和人からの問いに対するヒロキの返答は、どこか歯切れが悪かった。やはり、何か不都合な出来事が起こったらしい。流れ始めた不穏な空気にその場にいた一同の表情が若干強張り始める中、ヒロキが口を開く……

 

『HALが今いる場所は……旧アーガス社のメインコンピュータだ』

 

「旧アーガス社……それってまさか!」

 

「ソードアート・オンラインのメインサーバーだな」

 

予想外の隠れ場所に、新一と藤丸は驚愕する。しかし、SAO生還者を標的とした計画を実行しているという点では、それに縁のある場所を根城にすることは納得のできることでもあった。

 

「アーガスは解散したが、メインサーバーのコンピューターはALO事件の関係で維持されてたって聞いてたが……」

 

「事件解決後、メインサーバーはカムラによって買収されました。いわば、重村教授の管理下に置かれたということです」

 

「成程……今回の計画を実行するに当たって、確保したってわけか。だが、居場所が分かったんなら、あとはサイバー攻撃でハッキングするなり、直接乗り込むなりすれば良い。何か他に問題があるのか?」

 

隠れ場所が分かったのだから、攻略は容易い筈。そう考えた藤丸の発言は、次にヒロキが放った言葉によって否定されることとなった。

 

『旧アーガス社のメインサーバーには、『スフィンクス』がインストールされているんだ……』

 

「んなっ!?」

 

ヒロキから齎された情報に、和人を含めた全員が驚愕に目を見開く。

 

「どういうことだ!スフィンクスは、スーパーコンピューターにしかインストールできないプログラムじゃなかったのかよ!?」

 

『ああ、その通りだよ。問題のメインサーバーにインストールされているのは、正確に言えばスフィンクスの“劣化版”なんだ。HALが仕掛けたゲームでアンインストールされた正規版程の性能は無いけど、電子的なセキュリティの固さは健在なんだ……』

 

「現実世界からの攻略はできないのか?」

 

『メインサーバーが格納されている旧アーガスの建物は、電子ドラッグで洗脳した兵士で固められている。スフィンクスの性能はオリジナル程じゃないから、精密な連携はできなけど、建物を警備する兵士の数は半端じゃない。自衛隊の一個大隊でも投入しなきゃ、到底突破できそうにないよ……』

 

ヒロキの言葉に、捜査メンバー一同の顔が一気に曇る。明日奈やめだかをはじめとした協力者達を総動員し、全力を挙げて追い詰めた筈の主犯が、その間を利用して既に籠城の準備を万端にしていたという。

捜査において致命的と言っても過言ではない失態に、リーダーである竜崎ことLが、膝を抱える手に入れる力を強めながら、悔しさを滲ませながら言った。

 

「してやられましたね……スーパーコンピューターさえ押さえていれば、スフィンクスはこれ以上作れないと考えたのが仇になりましたか……」

 

「竜崎だけじゃない……俺の責任でもある」

 

SAOを管理していた旧アーガスのサーバーならば、下手な大企業が持っているメインフレーム以上の性能がある。それこそ、スーパーコンピューターの下位互換と言っても過言ではないのだ。旧アーガスに出入りし、そのことを知っていた和人としても、責任を感じずにはいられない。

 

『HALを捕らえるには、スフィンクスを排除しなきゃならないのは勿論だけど……HAL本体を守っている最終防壁のピラミッドには、『パスワード』が設定されている。ハッキングの類で解除するのは……まず無理だ。春川教授が設定したパスワードを特定するしかない』

 

「厄介だな……春川教授が設定したパスワードを特定しなきゃならねえのか……!」

 

「下手に打ち込んで間違えようものなら、何が起こるか分かったものじゃないからな……」

 

HALの最終防衛ラインであるだけに、パスワードのミスが最悪の事態を引き起こすことは、ヒロキの説明を聞かなくとも、その場にいた面々には容易に想像できた。

 

「それにしても、何だって奴は旧アーガスの建物に立てこもったんだ?いくら防備を固めているって言ったって、居場所が知られちまっている以上、包囲されて身動きが取れなくなるのは分かっている筈だろうに」

 

「この籠城自体が、本命の計画から目を逸らさせるための囮という可能性もあるな……」

 

「まだ何か囮を重ねてるってのかよ!」

 

新一の言葉に、藤丸は冗談じゃないとばかりに髪を掻きむしり、竜崎と和人は同意するように頷く。ならば、本命の計画とは一体何なのか……その答えを出したのは、ヒロキだった。

 

『恐らく、これが本命だと思う』

 

ヒロキがコンソールを操作すると、和人等の前に一つのポスターの画像が表示された。

 

「これは……」

 

「ユナのライブ、ですね」

 

竜崎が言った通り、そこにはVRアイドルであるユナの姿が全面に表示されていた。

 

『HALが言っていたんだ。タイムリミットは明日だって。恐らく重村教授は、このイベントで何かを仕掛けるつもりなんだ』

 

「確か、帰還者学校の生徒全員には、オーグマーと併せてライブのチケットも配布されていたな」

 

「SAO帰還者は全員集めるつもりだろうな。差し詰め、来場者のオーグマーに働きかけてオーディナル・スケールを強制起動させ、アインクラッドフロアボスを大量投入したバトルイベントに強制参加させるといったところだろう」

 

「すると、集団スキャンをやろうってことなのか?」

 

「推測だがな」

 

明確な証拠の無い、飽く迄現状で手元にある情報を統合した結果の推測に過ぎないとする和人だが、その信憑性を疑う者はこの場に一人もいなかった。

 

(尤も、俺の中では既に推測の域ではないのだがな……)

 

和人当人は、信憑性云々ではなく、それを明確な事実として受け止めていた。というより、和人が口にしたのは実際には推測ではない。別口からの情報によって得られた情報なのだ。情報源は、竜崎達に伝えていない……というより、教えることができない相手ではあるが、和人個人としては――この場合には限るが――信用できると判断していた。

 

「拙いですね……つい先日、オーグマーを製造したカムラから得られた情報によれば、ライブで使用されるドローンには、オーグマーの出力をブーストする機能が実装されているということです」

 

「何だってそんな機能が搭載されているんだよ?」

 

「オーグマーの感度を向上させることで、ユナのライブをよりリアルに感じられるようにするための措置だそうです」

 

「事情はどうあれ、オーグマーの出力が向上されているということは……」

 

「スキャンの出力もブーストされる、ということだろうな」

 

和人の口にした結論に、ドローンに関する情報を口にした竜崎が首を縦に振って頷いた。その事実に、二人を除く面々が冷や汗を流しながら息を吞む。スキャンの出力がブーストされる。それが意味するところは――

 

「ナーヴギアと同様に……脳が焼き切られるということか」

 

「オーグマーの設計から算出された出力から判断するに、まず間違いないでしょう」

 

竜崎から齎された情報に、その場にいた全員が顔を顰める。追い詰めた筈のHALは防備を固めて立て籠もっており、明日が計画は最終段階である。完全に詰んでいるとしか言えない状況だった。

 

「連中の計画は、もう止められそうにない、か……」

 

「そういうことになります。今からでは、ライブを中止させるのも不可能です。下手に手を出せば、HALが何をしでかすか分かりません」

 

ライブ会場どころか、都内全域の電子機器――主に監視カメラ――の全てを掌握し、電子ドラッグという洗脳手段と、それで洗脳した兵士を多数保有するHALである。如何なる妨害行為も、一切通用しないと見るべきだろう。

 

「やむを得ないな。明日のライブには、正面から観客として乗り込む」

 

重苦しい静寂に包まれた捜査本部の中。和人がいつもと変わらない表情に決意を宿して言った。その宣言に、その場にいた一同が目を見開く。

 

「……罠であることを承知の上で、渦中に飛び込むつもりですか?」

 

「放置するわけにもいかない以上、それ以外に道は無いだろう」

 

「……危険過ぎるんじゃないか?この間のゲームでも、HALはお前が参加するように仕向けていた節があったって話していただろう」

 

藤丸が指摘したのは、HALがゲームを開始した当初に捜査メンバーの……主に探偵組が出した結論である。

SAO生還者を狙っての記憶の収集や捜査の攪乱だけでは、身を守るスフィンクスを失うリスクを冒してまで、このようなゲームを実行する意味は無い。HALの狙いは恐らく、スキャンが不完全に終わったイタチこと和人からデータを収集することが目的と見て間違いない。

故に、どんな罠が待ち構えているか分からない場所に、標的と目される和人が飛び込むのは、危険極まりない。仕掛けたゲームで失敗した以上、今度はもっと危険な手段に打って出ることも十分に考えられる。

 

「覚悟の上だ。電子ドラッグで洗脳された兵士相手の戦闘を想定した対策も立ててある」

 

「……本当に大丈夫なのかよ?」

 

普段が無表情なだけに、本当に対策を練ってあるのか、それとも強がっているだけなのか。その本位は、問い掛けた藤丸は勿論、竜崎と新一にも分からない。

 

「いずれにしても、このまま膠着状態を続けていても、解決の糸口は掴めん。リスクを承知の上でも、やるしかない」

 

「……分かった。なら、俺も同行する」

 

「明日奈やめだか達にも協力を要請した方が良さそうだな。あと、蘭とか真とかにもな」

 

『僕もできる限りフォローさせてもらうよ』

 

和人の決意の固さに、これ以上の説得は無意味と察した新一と藤丸が、観念したように同意する。竜崎も無言で頷いた。無論、当日は新一や明日奈、めだかをはじめ、和人と同等以上の身体能力を持つ、腕っ節の強い面々を付けることを前提として。

ヒロキも現場でサポート役に付くことを希望した。しかし、現状で電人であるHALに対抗できるのは、同じ世界に生きるヒロキのみである以上、そちらを優先して対処することとなるのは間違いない。

 

「会場に入ったら、奴らは間違いなくお前を狙って来る筈だ。絶対に一人になるなよ」

 

「善処する」

 

単独行動は禁物と念を押した新一だったが、和人の返事はあまり芳しいものではなかった。和人のこれまでを考えれば、必要とあらば、仲間達を振り切って一人で戦いに赴く可能性は十分にある。当日は和人の見張りは絶対に欠かせないと、新一をはじめその場の面々は内心で頷いた。

 

「パスワードの対応については、竜崎達に任せた。春川教授のことは、お前達が一番分かっているのだろう?」

 

「分かりました。明日のライブまでには特定しましょう」

 

「……こりゃ、徹夜決定だな」

 

事件関係者である重村や春川の背景を調べるのは、主に捜査本部に常駐している竜崎と藤丸の仕事である。パスワード特定がこの二人に回るのは当然のことと認識されていた。

まだスフィンクスを排除する手立ても無い状態だが、明日のユナのライブでは、間違いなく事態が動き出す。よって、パスワードの解明を急務という考えは竜崎も藤丸も同じであり、その役割を引き受けるのに抵抗は無かった。

 

『明日が決戦、だね……』

 

「ここまではHALの掌の上で動いてきましたが、スフィンクスを失ったことで、余裕が無いのはあちらも同じの筈です。明日のイベントで必ず解決の糸口を見つけ出し……全てを終わらせましょう」

 

竜崎の言葉に、捜査本部に集まった面々は一様に頷いた。

捜査会議が長引き、既に現在時刻は既に零時を回っていた。大勢の人間が犠牲になるかもしれない……そんな非常に危険な計画が実行されるかもしれない日を迎えた捜査メンバー達は、それぞれに強い決意を胸に、戦いの場へと臨んでいく――――――

 

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