ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百五十一話 熾烈【escalation】

「超小型量子演算回路……ですか?」

 

『ウム』

 

HALが仕掛けた最後のゲームが行われた日の昼過ぎに、電人と化した茅場に呼び出された和人は、茅場と話をするべく、人気の少ない場所へと移動していた。和人の手には、茅場の協力者だった女性名義の貸金庫から取り出された、茅場曰く『和人にとっての最後のピース』となる謎の装置があった。

装置の名称は、「超小型量子演算回路」――――――

 

『『量子演算回路』とは、一種の量子コンピューターだ。HALがスフィンクスをインストールした『スーパーコンピューター』とは異なり、特定の計算処理に用いられるタイプのコンピューターだね』

 

「……何故、そのような物を作られたのですか?」

 

何故作ったのかという動機も疑問だが、どうやって作ったのかという点も疑問だった。しかし、前者に加え、後者の答えについても、茅場がまとめて答えてくれた。

 

『私がアーガスに入社し、ナーヴギアを開発した頃のことだ。あの頃から、空に浮かぶ鋼鉄の城の空想を夢見ていた私は、異なる世界へ渡るとまではいかないものの、垣間見る方法を模索していた。そこで行き着いたのが、『量子コンピューター』だ。量子コンピューターには、平行世界に干渉する可能性があるとされていてね……私はその可能性を追い求めたというわけだ』

 

「それで、実際に作ってみたと?」

 

『無論、量子コンピューターなど、一個人が簡単に作れる物ではない。私が作ったそれは、量子コンピューターの仕組みを極限まで簡素化及び小型化して作った物だ。自分で言うのもなんだが、私は大学時代からその手のアルバイトで相当に稼げていた上に、その関係で伝手もあった。量子コンピューターの原理を調べるのも、装置を作るための部品と設備を調達するのも、大して難しいことではなかったよ』

 

加えて、それを可能にするための頭脳も茅場は持ち合わせていたのだ。しかし、仮にそれだけの能力と財力とコネクションを持つ者がいたとしても、異世界見たさに簡易版とはいえ量子コンピューターなどという途方も無い物を作るのは茅場くらいだろう。和人は密かにそう思った。

 

『当初私は、これをナーヴギアに接続することにより、仮想空間において平行世界の光景を覗き見ることを考えていた。尤も……結果言うまでも無いがね』

 

この世界とは異なる世界――或いは平行世界とも言う――を観測することは、茅場晶彦にとっては命を懸けてでも果たすべき人生最大の命題である。それが果たせたならば、SAO事件などと言う暴挙に出ることは無かった筈。である以上、茅場が望んだ結果が得られなかったことは和人にも分かった。

 

「それで……何故、これを俺に?」

 

『皆まで言わなくても、分かるだろう?“うちはイタチ”君』

 

念の為に聞いてみた和人だったが、茅場からは明確な答えは返ってこなかった。しかし、話の流れから和人も薄々勘付いてはおり、最後に和人のことを前世の名前で呼んだことで、その予想は決定づけられた。

 

「……つまり、これを使えば、前世の忍者としての力を使えるようになる可能性があると?」

 

『まあ、平たく言えば、そういうことだね』

 

「………………」

 

茅場からの予想通りの答えに、しかし和人は、どう反応すべきか分からず沈黙するのみだった。

確かに茅場は、飽く迄可能性を提示するだけであり、何一つ保証できる要素は無いと言っていた。和人としても、茅場が自分に託す何かを完全に当てにしていたわけでもない。

だが、まさかこんな突拍子も無い、オカルト染みた代物を託されるとは思わなかった。どう反応すべきなのか、本気で分からなかった。

 

『君が何を思っているかは分かる。だが、私はこれを、これから戦いに赴く君に、どうしても渡しておきたかったのだよ』

 

「……仮にこれを使ったとしても、俺が忍術を使えるようになるとは限りませんよ」

 

『分かっている。だが、可能性はある。現に君は、その可能性を証明して見せたじゃないか』

 

「SAO事件の時の『雷切』のことですか?言っておきますが、あれ以来、VRワールドでも現実世界でも、忍術らしき力を使えたことは一度もありませんよ」

 

SAO事件の最終決戦――和人のアバターであるイタチと、茅場晶彦のアバターであるヒースクリフとの一騎打ちにおける、最後の激突に際して起こった、不可思議な現象。イタチが繰り出そうとした体術系ソードスキル『エンブレイサー』を発動した際に生じた紫電――その現象は、和人がうちはイタチとしての前世で見知った雷遁忍術に酷似していたことから、『雷切』と呼んでいる――は、使用した和人当人にも発生原因が未だに分かっていなかった。茅場曰く、『システムを超越した力』とされているが、その実態は全くの謎に包まれていた。想いの力が引き起こした奇跡……と言えなくもないが、現実主義者の忍者でもある和人は、それを本気にはしていない。

しかし、茅場は和人に託した装置が、忍術の扉を開く鍵になると深く確信しているようだった。

 

『SAO事件が終息してから、私も色々と調べてみたのだよ。君がどうして、あの時、システムを超越した力……忍術を発動することができたのかをね。そして、これに行き着いたというわけだよ』

 

「……量子コンピューターが平行世界に干渉するという話は先程聞きましたが、それだけでは……」

 

『無論、それだけではないさ。この装置を取り入れることで、“あの時と同じ条件”を作り出せるとするならば、試す価値はあるとは思わないかね?』

 

「すると、もしや……!」

 

茅場が何気なく放ったその言葉により、和人の脳裏にある可能性が過る。そして、茅場は得意げに頷きながら口を開いた。

 

『君の考えている通りだ。アーガス社のメインサーバーには、私が自作した量子コンピューターが組み込まれていた』

 

「それでは、まさか本当に……?」

 

『先程も言ったように、確証は一切無い。だが、私は非常に可能性が高い……いや、これに違いないと確信している』

 

「茅場さん本人の見解ですか?」

 

『どちらかと言えば、“勘”だね』

 

既に実体を失った、HALと同様の電人である茅場が“勘”などという言葉を用いるのもおかしな話ではあるが、茅場ならばその表現がしっくりくる。ともあれ、茅場制作の『超小型量子演算回路』が、うちはイタチの能力を引き出す可能性があるという推論にはとりあえず納得できた。どの道、HALの手駒である電子ドラッグで強化された兵士や、エイジに対抗する手段が無い以上、可能性が僅かであっても、保険はいくらあっても足りないのだ。マイナス要因とならないのならば、取り入れるのに抵抗は無かった。

 

「どのように使えば良いのでしょうか?」

 

『一般的な無線式のルーターと同じだ。それを携帯することで、オーグマーの画面からの操作で、この装置に接続できる。バッテリーも、市販の携帯端末専用のものに対応している』

 

「分かりました」

 

茅場が言うには、一時間もあれば充電は完了するらしい。今から自宅へ戻って充電すれば、今夜のHALの仕掛けるゲームには間に合うだろう。相手はSAO事件における最強最悪のフロアボス『スカル・リーパー』なのだ。この装置の真価は、今夜の戦いにおいてはっきりすることだろう。

 

『この装置が持つ可能性を引き出せるかは、君次第だ。期待させてもらうよ。何せ君は、私の作り上げた世界における、唯一無二の弱点であり、リスクだったのだからね』

 

本心から期待するような言葉を投げ掛けて来る茅場に対し、和人は深く頷いた。そんな二人の姿は、かつてのSAO事件以前の……SAO製作スタッフとして接していた頃を彷彿させるものだった。

 

 

 

 

 

(ぶっつけ本番に近い形だったが……どうやら、上手く機能してくれたようだな)

 

エイジとの戦闘の最中、イタチはHALが仕掛けた第三のゲームに臨む前の、茅場とのやりとりを思い出していた。和人の胸ポケットの中では、茅場から託された装置である『超小型量子演算回路』が機動していた。

先程の自身が発揮した、常人離れした身体能力に、オーディナル・スケールのシステムには本来無い筈のスキルであり……うちはイタチが得手としていた忍術だった。前者は身体能力を強化して移動速度を上げる忍術、『瞬身の術』。後者はうちはの一族が得手とする火の性質変化たる忍術、『火遁・豪火球の術』である。

 

(基本忍術とはいえ、奴を相手に前世の力を使えるのは大きい……これでようやく、互角か)

 

以前、イタチは仮想世界を万華鏡写輪眼の瞳術『月読』が作り出す空間に近い性質があると感じていた。『月読』発動に際して重要なのは、その空間の中で起こす事象を具現化するための想像力である。そこでイタチは、前世のうちはイタチとして使い慣れた、イメージしやすい基本忍術の行使から試すこととした。結果、HALのゲームに際しては、前世で使用頻度が多かった『瞬身の術』――前世で使用したそれに比べると、まだ速度が劣るが――の発動に成功した。そしてさらに先程は、うちは一族が得手とする火遁系忍術をゲームシステムの中で発動し、エイジにダメージを与えるに至った。

 

(写輪眼の感覚も若干ながら戻ってはいるが……過信するのは禁物だな)

 

忍術が使えるとはいえ、使える術の種類は限られている。超小型量子演算回路が忍術の発動に寄与していることは間違いないが、発動条件にはまだ不確定な部分が多く、いつ術が使えなくなったとしてもおかしくはない。その上、前世のうちはイタチと桐ケ谷和人とでは、体格や身体能力等々、何もかもが異なる。うちはイタチと同じ感覚で戦うのは、危険極まりないのだ。

 

(早々に決着をつける以外、手は無さそうだな……)

 

エイジとの決着は、忍術がどこまで使えるかにかかっている。さらに言えば、現在進行形で行われているライブ会場の中でも、重村とHALの計画は進められているのだ。イタチとしても、戦闘を長引かせるわけにはいかなかった。

状況を瞬時に判断すると同時に、イタチは目の前の障害たるエイジを倒すべく行動を起こす。さらなる忍術を繰り出すべく、再び両手で印を結び始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

0と1の数字で構成された電脳空間の中。先程までは、電人HALが支配していたこの空間だったが、その主は姿を消していた。

 

『惜しかったね……あと一歩だったのに……』

 

『全くだ。まさか、ここまで往生際が悪いとは思わなかったな……』

 

静まり返った電脳空間の中、一人その場に立つヒロキが呟いた。そして、その傍らに展開されたシステムウインドウに映し出された、現実世界のファルコンこと藤丸が同意するように頷く。

ヒロキの周囲には、ファルコンとともに破壊したHALの防衛プログラムの破片が大量に散らばっていた。スフィンクスが機能を停止した、一分にも満たない間の攻防だったが、HALが展開した防衛プログラムは、その全てが二人の手で破壊されていた。

そして、HALの本体であるであるピラミッドへと王手を掛け、その能力を完全に無力化しようとした。しかし、HALを完全に拘束しようとしたその直前、HALは己の権限たるプログラムの大部分を、知能を司るコアから分離したのだ。人間に例えるならば、人体から脳だけ分離して逃げ出したようなものである。当然、生きた人間ではそんなことは不可能だが、電人であるHALにはそれが可能だった。

 

『これでHALの権限は大分封じたから、今までのようにセキュリティを自由自在に無力化することはできない筈だよ』

 

『電子ドラッグで洗脳した兵士も増やせなくなっただろうしな。だが……』

 

『うん、分かってる。まさか、スフィンクスに身を寄せるなんてね』

 

そう言って顔を上げたヒロキの視線の先にあったのは、序盤で撃ち込んだファルコン謹製のコンピューターウイルスによる攻撃から復活したスフィンクスがあった。

HALを守護する最後の防衛ラインたる最強の防衛プログラムだったが、HALのコアが逃げ込み、同化したことにより、今はこのスフィンクスこそがピラミッドに次ぐHALの本体となっていた。

 

『妥当と言えば妥当だな。最後の砦であるピラミッドが破壊されたのなら、次の砦を探すのは当然だ。スフィンクスなら、そりゃあ打って付けだろうよ』

 

『計画を遂行するプログラムは、重村教授もリアルタイムでモニタリングしている筈だ。HALに何かあれば、自動的に管理権限は重村教授へ移るようになっていると見て間違いないね。けど、スフィンクスはライブ会場の防衛も兼ねている。あれを破壊しない限り、和人君達は危険なままだ』

 

スーパーコンピューター専用アプリであるスフィンクスは、HALのピラミッドに次ぐ防衛性能を誇る。HALが逃げ込む先としては、非常に適しているのだ。

そして、スフィンクスが担っているのは、HAL本体の防衛と、ライブ会場のシステム管制と電子ドラッグで洗脳した兵士の統率である。HALが権限の大部分を失ったとはいえ、スフィンクスが健在ならば、電子ドラッグで洗脳した兵士を動かすことは可能である。HALのピラミッドには、パスワードという唯一にして絶対の弱点があったが、スフィンクスはそうはいかない。弱体化しているとはいえ、計画が完成するまでに破壊することは不可能に等しい。仮にスフィンクスを短時間で攻略する方法があったとしても、スフィンクスと同化したHALが何をしでかすか分からない以上、ヒロキも藤丸もこれ以上は手が出せない。HAL本体のピラミッドのパスワードを突破した先程の攻撃こそが、ヒロキと藤丸にとっての、最小限のリスクでHALを無力化することができた最後のチャンスだったのだ。

 

『残念だけど、僕等にこれ以上できることは無い。あとは和人君に任せるしかないよ』

 

『そうは言っても、計画のプログラムを握っているのは、今は重村教授なんだろう?和人がいくら大立ち回りをしても、止めるのは無理なんじゃないか?』

 

『いや、そうとも限らない。今、HALから奪った権限を使って調べてみたんだけど、あのスフィンクスは、HALが仕掛けてきたゲームでアンインストールされたものと同様に、アインクラッドのクォーターポイントのフロアボスのリソースの一部が使われている』

 

『クォーターポイントのフロアボスって、まさか……!』

 

『アインクラッド第百層フロアボスモンスター、『アン・インカーネーション・オブ・ザ・ラディウス』。和人君達が七十五層目でGMのヒースクリフこと茅場晶彦を倒してSAO事件を終結させたことで出番を失っていた、正真正銘のSAOのラスボスだよ』

 

SAO事件当時は攻略組に紛れ込んでいた主犯の茅場晶彦を倒したことで、戦うこと無く終わったとフロアボスの名前が出てきたことに、思わず息を呑むファルコン。

だが、HALが仕掛けたゲームにおけるクォーターポイントフロアボスと同じ仕様にあるということは、そのラスボスが倒されれば、スフィンクスも消滅することを意味している。そして、ラスボスが今いる場所として考えられる場所は、一カ所しかない。

 

『……つまり、今、会場内にはそいつがいて、和人達が戦ってるってことか?』

 

『いや、会場内にそのラスボスはいないみたいだ。HALが残したデータによれば、そいつがいるのは旧アーガス社のサーバーに保管されている仮想空間……旧アインクラッド百層の中だ』

 

ヒロキから齎された情報に、歯噛みする藤丸。アーガス社のサーバーを現実世界及び電脳世界から守護しているのは、目の前に鎮座するスフィンクスである。どうあってもこれを排除しなければならない状況では、先程ヒロキが言った通り、もうヒロキと藤丸にできることは、見守ること以外に無い。

 

『けど、どうやって旧SAOサーバーの中にある仮想空間に行くんだ?和人達はアミュスフィアは持ってないし、そもそもフルダイブできる状況じゃねえだろう』

 

『確かに、和人君達をラスボスのもとに案内するのは、僕でも不可能だね。けど、大丈夫。その条件をクリアできる“もう一人の協力者”が、会場の中にいるから』

 

心配は無用、と笑みを浮かべて答えると、ヒロキは目の前に佇むスフィンクスを再び見上げた。会場内にいる和人等が、最後の牙城である旧アインクラッドのラスボスを倒すことにより、目の前の脅威が消滅する、その瞬間を待ちながら………………

 

 

 

 

 

 

 

「“うちはイタチ”……だと?」

 

イタチが発動した得体の知れないスキルに、思考の処理が追い付いていなかったエイジは、イタチが口にした言葉を反芻していた。SAO攻略組において『黒の忍』の二つ名で知られた“イタチ”ではなく、“うちはイタチ”として戦うという……一体それは、何を意味しているのか。桐ケ谷和人が秘めた前世を知らないエイジには、いくら考えてもその答えを導き出すことはできなかった。

 

水遁・水龍弾の術

 

「なっ!?」

 

エイジが走行考えている内に、イタチによる“火遁・豪火球”に続くさらなる忍術が襲い来る。印を結んだイタチの背後の地面から、水が湧き出て水たまりが発生し、さらにそこから水柱が勢いよく上がり、竜の形を成したのだ。イタチが生み出した水の竜は、その大顎を広げ、エイジ目掛けて襲い掛かった。

 

「くっ……!」

 

まるで意識を持っているかのように空中をうねりながら襲い掛かる水龍から逃れるべく、左右に動き回るエイジ。だが、水龍はエイジを追尾して逃さない。

 

「チッ!」

 

電子ドラッグで強化された身体能力を持ったエイジを的確に追尾する水龍に、逃げ切れないと踏んだエイジは、ギリギリまで水龍を引き付けると、即座に駐車場の柱の影へと入る。水龍は柱に激突し、霧散した。どのような仕組みで発動しているのか、全く不可解なスキルだが、ゲームに組み込まれている攻撃であるためか、現実世界に存在する物体を透過することはできないらしい。どんなチートかと驚きはしたが、システムとしての制約があるならば、反撃の余地はある。重村と春川の共同開発で作り出された行動予測プログラムがあれば、対処は容易な筈……

エイジがそう思考を走らせた、その時だった。

 

「こっちだ」

 

「っ……!」

 

声が聞こえた背後を振り返ると、そこには剣を振り上げたイタチの姿があった。“三つ巴の紋様”が浮かんだ赤い双眸は、エイジをまっすぐ捉えていた。

 

「嘗めるな!」

 

接近に気付けなかったのはエイジにとって致命的だったが、仕掛けた本人であるイタチ自ら居場所を知らせてしまえば、それも台無しである。イタチの振り翳した剣は、容易く受け止められてしまった。

一方、イタチは微塵も動揺した様子を見せない。瞬き一つせず、赤い両目をエイジへと向け続けていた。そして、至近距離で繰り出されるエイジの剣技全てを、見事に捌いて見せた。しかも、先程までのでとは動きも反応速度も段違いである。まるで、その赤い瞳で全ての動きを見透かされているかのように、攻撃の全てが尽く防がれ、イタチに掠りもしないのだ。

 

(冗談じゃない……!こっちは奴の動きをリアルタイムで先読みして攻撃を仕掛けてるんだぞ!それに、どうすれば電子ドラッグで強化された動きに追い付けるんだ!)

 

先程までの優位はどこへやら。イタチの動きに追い付くことも儘ならなくなりつつある事態に、エイジは焦りを隠せない。それと同時に思う。これが、SAO事件に幕を下ろした英雄である、“黒の忍”の力なのかと……。そして、SAO事件という物語における主人公たるこの男の前では、自分のような脇役など、取るに足らない存在に過ぎないのかと……。

そんな不本意極まりない、SAO生還者として断じて認められない考えが、不覚にもエイジの頭を過った。その憤りが、悔しさが、エイジの口から漏れ出て行く。

 

「……流石は“黒の忍”といったところか。仮想世界だけでなく、現実世界でも英雄というわけか……」

 

「……」

 

「所詮はお前のような英雄しか……最前線で戦うプレイヤーしか、皆の記憶には残らないんだ……」

 

「……」

 

「僕や悠那みたいな弱虫は、蚊帳の外なんだ!」

 

目の前のイタチに対する怒りだけではない。重村やHALの手を借りて、超人的な力を持ったというのに、無力のままの自分に対して募る無力感と、その苛立ちが抑えられない。

怒りのままに振り下ろされたエイジの刃を、後ろに大きく跳び退いて回避したイタチは、再び刃を構えながらエイジと相対し、口を開く。

 

「やはりお前は、SAOで重村悠那と……いや、ユナと一緒にいたのか」

 

「……ああ、そうさ。ずっと……彼女が消えてしまう、その瞬間もな」

 

イタチの言葉にさらなる憤りを覚えたエイジは、スティックを握る力を強める。電子ドラッグによって強化された握力は、スティックが軋みを上げて潰れかける程のものだった。

 

「だから決めたんだ……どんな手段を使ってでも、悠那をこの世界に返すってな!」

 

その言葉と共に、エイジは再びイタチへと襲い掛かった。重村悠那を取り戻すという決意を改めて言い放って挑みかかるその姿には、未知のスキルを使用し、身体能力を強化するイタチに対する恐れは微塵も無かった。

先程よりも速く、鋭い剣技がイタチに降りかかる。だが、イタチはそれすらも表情一つ変えず、瞬きすらせずに捌いていく。その余裕な態度が、鋭意の苛立ちを加速させる。それどころか、息を乱すことなく斬り結びながらエイジに問いを投げ掛けていた。

 

「やはり、お前と重村教授の目的は、重村悠那を人口知能として……“電子の亡霊(デジタルゴースト)”として蘇らせることか。春川教授は、何故お前達に協力している?」

 

「そんなことは、僕が聞きたいくらいだ。本当は、僕と教授だけで十分だったが、教授がアイツを計画に参加させることを決定したんだよ。有能なのは確かだが、どうにも胡散臭くて仕方がなかったがな……」

 

HALもとい春川の参入は重村の決定であり、エイジの本意ではなかったらしい。結論として、春川英輔が計画に加担した理由だけは、最終決戦のこの場に至っても不明のままとなった。だが、主犯に相当する重村の目的は判明した。それにより、会場内にいるSAO生還者の観客達が危険な状態であることも。

 

「お前は分かっているのか?計画が実行されれば、会場内の人間は大勢死ぬぞ」

 

「言った筈だ。どんな手段を使ってでも、彼女を返すと!」

 

「だが、そのような手段で蘇ることを、彼女が望んでいないとしたら、どうだ?」

 

「何……?」

 

まるで悠那のことを知っているかのようなイタチの口調を訝るエイジ。対するイタチは、僅かに動揺した様子を見せるエイジに対して淡々と続けていく。

 

「俺は先日、お前達が蘇らせようとしている、不完全な状態の悠那のデジタルゴーストに会った」

 

「なっ……!」

 

イタチから齎された事実に、驚愕を露にするエイジ。AIとして、意思とユナとしてのアバターを持ち始めて以降、勝手に現れては消えを繰り返していたことは知っていたが、まさか敵であるイタチに接触していたとは思わなかった。

 

「生憎と、言葉を交わすことはできなかったが、ただ一言、重村教授の詰めている大学を指差して、「さがして」とだけ言っていた。明らかにお前等を止めて欲しいという意思の表れだろう」

 

「嘘だ!悠那がそんなことを言う筈が無い!」

 

「あれは悠那であって悠那ではない。だが、断片的にでも悠那の魂を復元したというのならば、他人を犠牲に再びこの世界に蘇ることを望まないという意思は、間違いなく悠那のものだ。お前達はそれを捻じ曲げてでも、計画を遂行するつもりか?」

 

「黙れと言っているだろうがぁっ!!」

 

イタチの言葉を否定し、激昂しながら刃を再び振るうエイジ。その動きと剣戟は、さらに速度と鋭さが増していた。それを捌きながら、イタチは続ける。

 

「この計画は、お前達のエゴだ。仮にこの計画の果てに悠那を蘇らせることができたとしても、決して幸せにすることはできない」

 

諭すように口にイタチが口にした言葉は、しかしエイジには届かない。それどころか、逆に怒りを加速させるばかりだった。

 

「うるさい!お前に何が分かるんだ!閃光や他のSAO生還者達から慕われて、英雄と持て囃されたお前に!!」

 

「………………」

 

「常に勝ち続けていたお前には、失う痛みなんて知る筈が無い!そんな奴が、知った口を利くなぁぁああ!!」

 

「……そうだな」

 

これまでの戦闘の中で、最大の大振りを繰り出そうとしてくるエイジを前に、イタチは短くそう呟いた。それと同時に――イタチの姿が、エイジの視界から消えた。

 

「なっ……!?」

 

「終わりだ」

 

バキリ、という音が、エイジの頚部後方から聞こえた。一体何が起こったのか、とエイジが疑問を感じるよりも先に、全身の力が著しく抜ける。首を回して背後を見やると、そこには先程、かき消えたばかりのイタチの姿があった。その手には、見覚えのある装置が握られていた。千切れたコード付きで。

 

「貴様……!」

 

「重村教授の制作したパワードスーツ。お前が俺の動きを先読みできていたからくりの正体は、とうの昔に承知している」

 

イタチの言葉が終わるとともに、エイジは立ったままの姿勢を維持できず、バランスを崩して地面に膝を突いた。

エイジの身体能力は、春川が開発した電子ドラッグと、重村が開発したパワードスーツの二つによって強化されている。HALが操っている兵士のように、単純な身体強化ではなく、二つのシステムが相互連動して機能しているのだ。故に、片方が機能停止すれば、体を動かすことも儘ならなくなる。

 

「SAO事件において、お前の言った通り、攻略組の仲間達からは、優遇されていたという自覚はある。それに、俺はお前にとっての悠那程に大切な人を、結果としては失ってはいない」

 

悔し気に歯を食いしばりながらイタチを見上げるエイジに対してイタチが話すのは、先程の言葉に対する肯定の意思表示だった。イタチは全面的に認めたわけではなく、微塵も自慢などしていないものの、エイジからしてみれば、非常に不快に思えて仕方が無い。

 

「だが、SAOで何一つとして失わなかった者など、俺も含めて一人もいない。お前だけじゃない……誰も彼もが、癒えない痛みに耐えながら、今を生きている。お前も、本当は分かっているんじゃないのか?」

 

「………………くっ!」

 

イタチの言葉に、エイジは何も言い返せなかった。悠那を含め、自分達を悲劇の主人公とヒロインのように考えていた自覚は少なからずあったのだ。それが、大勢の人間を犠牲にした計画を遂行する大義名分になどならないことも……。

 

(それでも……ここで止まるわけにはいかないんだよ!)

 

しかし、計画は既に最終段階に突入している。もとより、悠那を助けるためならば、どれ程の非道だろうと実行してみせると決意しているのだ。今更引き下がるつもりは毛頭ない。

予想外の反撃によって窮地に陥ったエイジだったが、まだ手が残っていないわけではない。

 

(これだけは絶対に使いたくなかったが……止むを得ん)

 

最早、手段を選んでいる場合ではない。そう判断したエイジは、HALから託された、電子ドラッグ2とは違う、もう一つの切札を切ることにした。

 

「流石はSAOをクリアした『黒の忍』だ。まさか、ここまで追い詰められるなんてな……」

 

「これ以上の抵抗は無駄だ。装置を破壊された以上、お前はこれ以上動けないだろう」

 

「……いいや。まだ、手はある」

 

そう言って、エイジはポケットに手を入れると、そこからある物を取り出した。それは、一本の注射器だった。エイジは針の部分に取り付けられたカバーを取り外すと、自身の腕に躊躇うことなく突き刺し、押子の部分をぐっと押した。

 

「さあ、『黒の忍』イタチ。俺を止められるかな?」

 

エイジが手にした注射器。そのシリンダー部分には、三文字のアルファベット……『DCS』という文字が刻まれていた。

 

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