ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

154 / 158
第百五十三話 最強【Aincrad Allied】

SAOサーバーにいる第百層フロアボスの居城たる紅玉宮へと、メダカやアスナ等を導くべく、ユナが姿を現したその頃。駐車場を脱出したイタチは、リーファとともにライブ会場を目指していた。

 

「リーファ、さがれ!」

 

「う、うん!」

 

しかし、会場へと向かう道中でさえ、道のりは平坦なものではなかった。イタチとリーファが進む先には、次々にHALの兵士が現れ、その行く手を塞ぐのだ。大部分の戦力は、地下駐車場にいるランとマコトが食い止めてくれているが、建物の中にはこのような事態を想定してか、何人もの伏兵がいたのだ。

電子ドラッグで身体能力を強化された、屈強な米国軍人達が繰り出す拳の一撃一撃は、内蔵や骨に致命的なダメージを与えかねない程の威力を持つ。しかしイタチは一切臆することなく前へ出て、それらを躱し、即座にカウンターを叩き込んで意識を刈り取っていった。桐ケ谷和人としての身体能力が高いことに加え、今のイタチは超小型量子演算回路の力で前世の力が限定的に解放されたことで、身体能力が向上したからこそできることだった。

 

「これで五人目だよ……会場に着くまで、他にもまだまだいるのかな?」

 

「まともに相手している余裕は無いが、そうもいかんな……」

 

イタチとしては、一刻も早くライブ会場へ向かいたいのだが、立ちはだかる電子ドラッグで強化されたHALの兵士達がそれを許してはくれない。このままでは、HALが実行しようとしている集団スキャンに間に合わない。

 

(HALの兵士全てを瞬時に戦闘不能にする方法……やはり『月読』しかないが……)

 

うちはイタチの切札たる『万華鏡写輪眼』から放たれる瞳術『月読』は、忍界最強クラスの幻術である。電子ドラッグで洗脳された兵士であっても、活動を停止させるには十分な威力がある筈。幸いなことに茅場から託された超小型量子演算回路の効果は持続しており、写輪眼の感覚もエイジとの戦闘を経てさらに前世に戻りつつある。今ならば、『万華鏡写輪眼』の開眼も、『月読』の発動も十分可能だというのが、イタチの見立てだった。

 

(問題は、どうやって会場内の兵士全てに幻術をかけるか……)

 

月面に万華鏡写輪眼を投射し、地上の人間全てに幻術をかける『無限月読』ならばいざ知らず、通常の『月読』では、イタチの『万華鏡写輪眼』を直視した兵士しか幻術にかけることはできない。電子ドラッグの洗脳により、目の焦点が合っていない兵士を幻術にかけるのは、困難を極める。それが何人もいるとなれば、猶更である。

何か打開策は無いか……イタチは会場へ目指してリーファの後を追って駆けながら思考を張り巡らせ続ける。と、その時だった。

 

「きゃぁっ!」

 

「!」

 

前を走っていたリーファが、突如、悲鳴とともに足を止めた。その顔は、ボッと赤くなっている。一体何が起こったのかと、イタチもまた足を止めて、周囲を警戒する。だが、リーファが悲鳴を上げた要因と思われるものは確認できなかった。

 

「どうしたんだ?」

 

「あっ……ご、ごめん、お兄ちゃん。今、私のオーグマーにウイルスメールが来たみたいで……その、なんか、“エッチな”画像が無理矢理表示されちゃって……」

 

「『イマジェネレイター・ウイルス』のオーグマー版か……」

 

『イマジェネレイター・ウイルス』とは、アミュスフィア専用のメールソフトを利用したコンピューターウイルスの一種である。添付した卑猥な画像や動画、或いはその感触を、送り先に対して強制的にプレビューさせるというものであり、たった今リーファが被害に遭ったように、卑猥な画像や凄惨な画像が勝手に表示されることで、送り先の相手に不快な思いをさせることを目的として利用されていた。

一時期は大きな問題になったものの、天才ハッカー・ファルコンによって修正ファイルがアップされたことで、この騒動は終息していた。そんな絶滅種と言っても過言ではないコンピューターウイルスが、今度はオーグマーに進出してきたらしい。そしてよりにもよって、この非常事態にリーファのもとへ送られたという。

 

「……この事件が終わったら、また藤丸に頼んで修正ファイルを作ってもらう必要があるな」

 

「全くもう……どうしてこんな時にこんな物が来るのよ……!」

 

この切羽詰まった、命懸けの戦いをしている状況で、なんてものを送ってくるんだと、悪戯メールを送って来た顔も知らない相手にリーファは苛立ちを露にしていた。ちなみに、リーファがオーグマーを装着しているのは、合宿先に持参したこれを用いて和人宛てにメールを送ろうとしていた時に誘拐されたためである。

 

「ごめんねお兄ちゃん、すぐに消すから」

 

「後にしておけ。今は会場を目指すことが――――――!」

 

再び会場へと目指そうとしたその時。イタチの脳裏にある考えが浮かび、足を止めた。次いでイタチは、通路の天井を見回し……目的の物を発見した。

 

「ヒロキ、聞こえているか!?」

 

『イタチ君、どうしたんだい?』

 

イタチの呼び掛けに応じ、シュンッという音とともにヒロキが姿を現す。その瞬間移動染みた登場に、リーファが「わっ」と驚いていたが、今はそれより優先すべきことがある。

 

「至急頼みたいことがある。会場内のシステムは、どこまで操作できる?」

 

『扉や出入口の解錠や、セキュリティの解除くらいは何とかなるね。あとは、監視カメラの映像の把握くらいかな。残念ながら、会場内に出現しているアインクラッドフロアボスと、電子ドラッグで洗脳された兵士はどうにもならないけどね』

 

「十分だ。その権限を使って、今から言う指示を実行してくれ」

 

イタチの指示のもと、『うちはイタチ』にしかできない方法による反撃が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「HALとエイジ君はしくじったようだが、計画の続行は可能なようだな……」

 

計画の中枢たるSAOサーバーが置かれた部屋の中。重村はHALから引き継いだ管理権限をもとに、計画の現状を確認していた。

エイジの敗北に加え、HALの本体セキュリティが破られるという想定外の事態が相次いで発生したが、計画それ自体は破綻していない。HALが横須賀から呼び寄せた米軍基地の兵士達も、HALの指示のもと、計画の障害となり得る人間達を押さえている。ランとマコト、イタチが会場へ中々辿り着けないのも、HALが残した妨害命令によるものだった。

 

「それにしても、悠那め……勝手なことを」

 

地下駐車場とライブ会場へ通じる通路に設置された監視カメラに映された戦闘の映像から、ライブ会場のカメラの映像へと視線を移した重村は、苛立ち交じりに呟いた。自身が蘇らせようとしている少女が、まさかここまでの妨害を仕掛けて来るとは思わなかった。悠那――正確にはその亡霊と呼ぶべき存在だが――により、この計画における最後の要塞とも呼べるアインクラッド第百層『紅玉宮』への、複数のプレイヤーの侵入を許してしまった。

 

「いや、これは幸いと言うべきか。紅玉宮へフルダイブしている者達は、オーグマーを装着している。向こうのフロアボスに倒されれば、スキャンの手間も省ける」

 

アインクラッド第百層フロアボス『アン・インカーネーション・オブ・ザ・ラディウス』のプログラムには、HALによる悪魔的なまでのカスタマイズが施されている。ステータスもスキルも、SAO事件当時におけるそれを上回っている。しかも、今はHALが防衛プログラムと一体化しており、ボスはHALが操縦している状態である。結論として、紅玉宮へ突入したプレイヤー達は、ボスを相手に勝利できる可能性はゼロに等しいのだ。

 

「とはいえ、現状は予断を許さん。早く高出力スキャンをしなければ……」

 

イレギュラーな事態が発生したとはいえ、形勢はまだ重村達の方が有利となっている。しかし、不測の事態が続発している以上、油断はできない。これ以上の問題が発生する前に計画を完遂させるべく、重村は手元のコンソールに指を走らせる。

しかし――そんな最中に、重村の計画を狂わせる、新たな問題の発生を告げるアラートが鳴り響く。

 

「な、何事だっ!?」

 

重村はすぐさま手元の操作を中断し、アラートの音源であり、問題の発生源を表示する。それは、HALが操る電子ドラッグで洗脳した兵士達の状況をモニタリングする画面だった。

どうやら、兵士に何かトラブルがあったらしい。如何にマコトとラン、イタチが相手とはいえ、全滅するには時間が足りない筈。現場の状況を確認すべく、監視カメラの画面へと切り替える。すると、そこには信じ難い光景が映し出されていた。

 

「こ、これは……っ!」

 

表示された映像の中では、HALが電子ドラッグで洗脳した米軍兵士達が倒れ伏しているのだ。ライブ会場の地下駐車場、通路、ロビー等々、現場の監視カメラの画面を全て確認したが、ライブ会場に配置した兵士は一人残らず全滅していた。兵士が配置された場所を映すカメラには、他に人影は見られない。一斉に倒れた点からしても、どうやら外傷によるものではないらしい。だが、原因は一切分からない。

地下駐車場の映像を確認すると、兵士達に襲われていたランとマコトも、重村同様に何が起こったのかと困惑していた。一方、ライブ会場を目指して移動中のイタチとリーファの二人は、倒れた兵士に目もくれず、通路を駆け抜けていた。

 

「まさか、彼が……?」

 

この奇怪な状況下において、冷静に行動できている点から、重村はイタチが何か仕掛けたのではと重村は分析した。だが、全ての兵士をどうやって一斉に無力化したのか。その方法は見当も付かなかった。

 

「桐ケ谷和人……君は一体……?」

 

ライブ会場を目指して脇目も振らずに走るその姿に、SAO事件を解決に導いた英雄というだけではない……底知れない何かを、重村は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……まさか本当に、眠っちゃうなんて……」

 

ライブ会場を目指して通路を走っていたリーファは、道中に遭遇した、床に倒れ伏して死んだように動かなくなっている兵士達を見て、驚いた様子で呟いた。

 

「当然だ。少なくとも明日の朝までは目を覚まさんだろうな」

 

そんなリーファに対して声を掛けたのは、先行してライブ会場を目指して駆け抜けていたイタチだった。この状況を作り出した当人たるイタチにとっては、何でもないことだったらしい。

 

「これが、お兄ちゃんが前世で使っていたっていう、“忍術”なの?」

 

「ああ」

 

未だに目の前の状況が信じられないリーファの問いに対し、イタチはいつもの調子で首肯した。

電子ドラッグで洗脳した兵士達が全て倒れるという、事態を引き起こしたのは、重村の推測した通り、他でもないイタチだった。兵士たちを無力化するためにイタチが使用したのは、万華鏡写輪眼の幻術『月読』である。忍界においてこれを凌ぐものはそうそう無いとされる程に非常に強力なこの幻術は、イタチの見立て通り、電子ドラッグの影響かにある兵士達ですら簡単に無力化してしまえるものだった。しかし、瞳術であるため、イタチの万華鏡写輪眼を見せなければならないという欠点があった。しかし、そんな問題を解決する方法が、思わぬところにあった。否、正確にはやってきた。

 

(まさか、リーファに届いた『イマジェネレイター・ウイルス』が役に立つとはな)

 

イタチが会場内の兵士全てを幻術にかけるために取った方法。それは、電脳空間に待機しているヒロキに、通路に設置された監視カメラに向けてイタチの万華鏡写輪眼から放たれた『月読』の映像を、リーファのオーグマーから採取した『イマジェネレイター・ウイルス』と組み合わせて、会場内の兵士に対して送信するというものだった。これにより、HALからの指令を受け付けるためにオーグマーを装着していた兵士達は、月読が発動した万華鏡写輪眼を強制的に見せられ、一人残らず幻術の世界に囚われたのだった。

ヒロキの協力と、リーファの元へ届いたウイルスは勿論のこと、電子ドラッグの映像データを特定多数の人間に送り付けて兵士を増やしていた、電人HALのやり方を知っていたからこそ編み出すことができた手段だった。

 

「なんていうか……忍術って、凄いんだね」

 

「ここまで強力なものはそうそうないがな。それとも……俺のことが、恐ろしくなったか?」

 

ちらりと後ろにいるリーファの方を見て問い掛けるイタチ。驚嘆するリーファからは、不安のようなものも感じられた。『忍術』という人知を超えた力を見せたことで、恐怖を抱かれたのかもしれない。そう思ったイタチだったが、

 

「ううん。お兄ちゃんが忍者だったっていうのは聞いてたし……それに、お兄ちゃんが色々と物凄いのは今更だからね」

 

「……そうか」

 

若干不本意な意味合いもあるリーファのコメントだが、しかしイタチにとっては同時に救いでもあった。普通の人間が持ち得ない力を見せたにも関わらず、イタチのことを変わらず兄として見てくれるのだから。

そんな会話を交わしてからしばらく。二人は遂に、目的地たる会場の扉の前へと到着した。

 

「ようやく到着したね、お兄ちゃん!」

 

「ああ。ヒロキ、解錠を頼む」

 

『了解』

 

イタチの要請に従い、ヒロキの手により、解錠の扉のロックが解除される。それを確認したイタチは、リーファと共に会場内へと入っていく。

 

「お、お兄ちゃん!これって……!」

 

「かなりの大混戦になっているな……」

 

扉の向こうのライブ会場は、今までのイベントによって、現実と仮想の境界が曖昧になっているプレイヤー達が、会場内の至る場所でアインクラッドのフロアボス相手に壮絶な戦闘を繰り広げていた。このままでは、集団スキャンが行われるのも時間の問題だろう。そう考えたイタチは、仲間達がいる場所へと急ぐ。

 

「ユナ!」

 

『イタチ!』

 

『パパ、遅いですよ!!』

 

ヒロキから聞いていた、仲間達がいる座席エリアへ向かったイタチを迎えたのは、外部からの攻撃を遮断する結界を張っているユナと、座席に座って目を閉じた状態のアスナの傍で滞空していたユイだった。

 

「事情は聞いている。俺達もすぐに皆を追い掛ける」

 

『分かったわ。オーグマーの機能をアンロックするから、二人ともそこに座って』

 

ユナの指示に従い、仲間達の隣の座席に腰掛けるイタチとリーファ。

 

『私もすぐにそちらに向かいます!』

 

「よろしく頼む。行くぞ、リーファ」

 

「うん、お兄ちゃん!」

 

準備が整った二人は、互いに頷き合うと、フルダイブのキーコードを口にした。

 

『リンク・スタート!』

 

それと同時に、イタチとリーファの意識は他の仲間達が先行している戦場、アインクラッド第百層『紅玉宮』へと送られた。イタチの周囲を飛んでいたユイもまた、二人を追い掛けてその場から姿を消した。

 

(ようやくこれで全員ね。あとは、皆がボスを倒してくれるのを信じて待つしかない……!)

 

そのためにも、現実世界におけるこの場にいる全員の体を守る必要がある。オーディナル・スケールが強制起動された状態が維持されている以上、意識が無い状態であっても、フロアボスの攻撃を通すわけにはいかないのだ。

 

「ちょっと失礼してもいいかしら」

 

改めて決意を固めたユナだったが、そこへふと、声が掛けられる。一体誰だろう。疑問に思いながら振り返った先にいたのは……

 

「あなたは……」

 

「私もこの子達のもとに連れて行ってもらえる?」

 

ユナの前に現れたのは、一人の女性プレイヤー。ランクは129位とかなり高い。頭上には、『レイ』という名前が表示されていた――――――

 

 

 

 

 

 

 

『フォォォオオオ!!』

 

「うわぁぁぁああああ!!」

 

「ぐぁぁああああっ!!」

 

「アレン!カズゴ!」

 

ボスに攻撃を繰り出そうとしたプレイヤー、アレンとカズゴの悲鳴がこだまし、吹き飛ばされた二人の身体が、壁へと激突してめり込む。

アインクラッド第百層『紅玉宮』にて開始された、最終フロアボス『アン・インカーネーション・オブ・ザ・ラディウス』と、元SAO攻略組プレイヤーを中核としたレイドとの戦い。序盤はSAO事件当時から変わらない連携力により、プレイヤー側が善戦していたものの、ボスの圧倒的な戦闘能力の前に、瞬く間に劣勢に立たされることとなっていた。

 

「くっ……まさか、こんなに強力なステータスなんて!」

 

「ゲームバランスの崩壊と呼べるレベルだな。間違いなく、HALが手を加えて強化しているな!」

 

メダカの推測はまさしく事実だった。HALは紅玉宮における最終決戦を想定し、ボスのステータスデータを当初のものに手を加え、攻略不能なレベルにまで引き上げていたのだ。

そんな理不尽な強さを見せつけるボスを相手に、しかしアスナとメダカは、適確な指示を繰り出し、レイド全体へのダメージを最小限に抑えながら戦っていた。ボスのHPは中々減少していないが、HPが全損した者は一人もいなかった。

 

「もう一度行くぞ、アスナ!」

 

「分かりました、メダカさん!」

 

そんな絶望的な戦況にあっても、アスナとメダカの闘志は衰えない。二手に分かれ、散開しているプレイヤー達を纏め上げて左右両サイドから攻撃を仕掛ける。

 

『フォォオオオオッッ!!』

 

対するボスは、両手に握った武器を巧みに操り、両側から迫りくるプレイヤー達を一切近づけようとしない。さらには、時折両目から放つ必殺級の威力を持つビーム攻撃等の攻撃も相まって、プレイヤー達は翻弄される。

 

「きゃぁっ……!」

 

「シリカちゃん!」

 

そんな中、ボスの特殊能力の一つである、念動力の罠が、シリカを襲う。偶然近くに居合わせたアスナは、シリカを守るべく、念動力が働いた床板からシリカを遠ざける。

 

「あぁぁあああ!」

 

「アスナ!」

 

「アスナさん!」

 

その結果、アスナはシリカの代わりにボスの念動力によって動くブロックに捕らえられてしまった。シリカやリズベットの悲鳴が響く中、アスナの身体は空中で上下から迫るブロックにより、挟み込まれてしまった。敏捷特化型のステータスのアスナには、破壊して脱出するのはまず不可能である。

 

「ぐぅ……っ!」

 

それでも、アスナは脱出を試みて四肢を動かそうとするも、石の拘束は強く、全く身動きは取れなかった。HPもかなり削られている。最早ここまでなのか……そう諦めかけた時だった。

 

「えっ……!?」

 

『ギャァァアアアアアア!!』

 

ブロックに押し潰されかけているアスナが頭を出してふと視界に入った、紅玉宮の天蓋部分に見える蒼穹が、一瞬、歪んだ。次いで視界の端を通過したのは、超高速で急降下する、“黒い影”。そして響き渡ったのは、ボスが放つ苦悶の叫びだった。どうやら何者かによる奇襲を受け、左目を潰されたらしい。

これら、ほぼ一瞬の内に起こった出来事に、アスナは思考が追い付かなかった。そうこうしている内に、アスナを押し潰そうとしていたブロックが瓦解し、今度はその身が空中に投げ出された。

 

「きゃぁぁあああっ!」

 

ALOのように空を飛べる翅を持たないアバターでは、架空の重力に従って地面へ落ちるほかない。そのまま自由落下を始めたアスナだったが、再び現れた影が、それを横から抱き止めた。

 

「大丈夫ですか、アスナさん」

 

「い、イタチ君っ!?」

 

思わぬ人物の登場に、アスナは声が若干裏返っていた。さらに、今の自身の状況を改めて確認すると、イタチに横抱きにされていることに気付いた。まるで勇者に救い出されたお姫様のようではないか。そんな場違いな考えが過り、アスナは赤面してしまっていた。

そんな二人に、目の傷から立ち直ったボスが、左手に持った槍振り翳した。地面へと落下していくイタチとアスナを正確に狙った攻撃。だが、二人に迫ったその刃は、頭上から現れた新たな助っ人が放った一撃により、弾かれた。

 

「ちょっとお兄ちゃん!こんな時にイチャイチャしてないでよ!!」

 

振り翳された槍の一撃を弾いたのは、リーファの剣だった。ついでとばかりに、アスナをお姫様抱っこしているイタチに文句を言う。

 

「全くその通りね。気持ちは分かるけど、気を引き締めてもらいたいものだわ」

 

リーファに同調するように文句を口にしたシノンもまた、手に持った狙撃銃で援護射撃を行う。GGOにおいて無双の精度を誇った射撃の腕は、この世界においても健在だった。放たれた弾丸は、いずれもボスの顔面を正確に攻撃しており、急所を狙われたボスは防御に徹するほかなかった。

その間に無事に地上に降り立つことに成功したイタチとアスナ、リーファは、待機していたメダカ達に合流した。

 

「待っていたぞ、イタチ!」

 

「遅いんだよ!」

 

「来てくれるって、信じてたよ!」

 

待ちかねた勇者の到来に、湧き立つプレイヤー達。イタチの存在が、攻略など不可能に等しいボスとの戦いを前に風前の灯となっていた戦意を、再び燃え上がらせる。

 

『フフフ……とうとうここまで来たか、イタチ君』

 

「む……HAL、か」

 

そんなイタチ等を見下ろすように、聳え立つボスから、知性の無い、仮想の本能で動くモンスターのものではない、人語が発せられる。それは、電人HALの声だった。

 

『本体プログラムであるピラミッドを攻略されたことに続き、この紅玉宮への侵入を許してしまうとは……どうやら私は、君の存在を過小評価していたらしい』

 

「無駄話はこれまでだ。お前を倒して、この計画も潰させてもらう」

 

『残念だが、これ以上の好きにはさせるつもりは無い。もとより、この第百層フロアボス『アン・インカーネーション・オブ・ザ・ラディウス』は、絶対に攻略不能な仕様に改造されている。如何に君が規格外の存在といっても、これまでだよ』

 

得意気に語るHALの口調からは、絶対的な自信が窺えた。SAO生還者の攻略組プレイヤー達が全力の攻勢に出ているにも関わらず、ここに至るまで大したダメージを与えることができていない点からしても、HALの攻略不可能という言葉は誇張ではないのだろう。

 

「それがどうした。どれだけ強力な力を備えようとも、弱点やリスクの無いものなど存在しない。かつてのアインクラッドがそうだったようにな」

 

『ホウ……では、君の目の前に立つこの第百層フロアボスには、どんな弱点があると言うのかね?』

 

イタチの態度からして、その言葉は強がりではないらしい。その自信の根拠が何なのか、興味をもったHALは問い掛ける。それに対するイタチの答えは。

 

「決まっている。この世界とお前の弱点とリスク。それは――――――」

 

 

 

俺達の存在だ!

 

 

 

イタチがそう言い放った途端。HALの操るボスを中心に、いくつもの光が迸る。それと同時に、いくつもの銃声が響き渡り、ボスの身体に、いくつもの爆炎が立ち上った。

 

『ギギャァァァアッッ!』

 

『これは、銃弾……!それに、グレネード弾だと!?』

 

剣の世界たる『ソードアート・オンライン』においてはあり得ない武器による攻撃に、困惑するHAL。攻撃の出所である。光の迸った場所を見ると、そこにはミリタリースーツを身に纏ったプレイヤーが幾人もおり、ボス目掛けて間断なく銃撃を行っていた。

 

「イタチ!このフカ次郎ちゃんが、助けに来たよー!」

 

「フカ、集中して!援護するよ!」

 

両手に六連装グレネードランチャーを持った小柄な金髪の女性プレイヤーと、同じくらいの体格をしたデザートピンクのミリタリースーツに身を包んだ、P90による射撃を行う女性プレイヤーをはじめ、そこに現れたプレイヤー達は、GGOにおいてその名を知られた強豪プレイヤー達だった。

 

「イタチ君……あの子達、知り合いなの?」

 

「お兄ちゃん、また女の子?」

 

女性プレイヤー二人から声を掛けられたイタチは、アスナとリーファにジト目を向けられる。遠くに立つシノンも同様の反応をしていた。GGOプレイヤーであるシノンだったが、件の二人とイタチが知り合いであることは知らなかったらしい。

そんな中、さらなる援軍が姿を現す。

 

「イタチ!助けに来たぜ!」

 

「スリーピングナイツ、全員集合です!」

 

「よっしゃ!右腕快調!やっぱVRなら無敵だぜ!」

 

紅玉宮の横に開いた、外界へ通じる横穴から飛び込んできたのは、シウネー等スリーピングナイツの面々やクラインをはじめとした、ALOプレイヤー達だった。シルフ領主のサクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーが世界樹攻略時に率いていた軍勢や、サラマンダーのユージーン将軍率いる部隊の姿もある。さらには、捜査本部に詰めている筈の竜崎ことLのアバターであるエラルド=コイルもあり、スプリガンの精鋭部隊を率いている。

駆け付けたALOプレイヤー達は、銃撃に翻弄されているボスの死角から次々に強力な魔法を叩き込んでいった。

 

「ど、どうやってこんなにたくさんの援軍を!?」

 

次々に現れた頼もしい援軍に、シバトラをはじめとしたプレイヤー達は驚きを隠せなかった。そんな一同に種明かしをしたのは、

 

「ユイちゃん!」

 

「ユイ!」

 

「ヒロキさんが呼んできた援軍が間に合ってよかったです!」

 

今回の事件において、電脳戦でサポートを行っていたユイだった。この紅玉宮へ駆け付けた援軍を呼び出したのは、ヒロキだったのだ。HALを退けてある程度の権限を奪い取ったヒロキは、これを利用して外部から多数の味方を呼び込もうと画策。捜査本部にいる竜崎や藤丸のサポート、そしてユイの協力のお陰もあり、短時間でこれだけの援軍を呼び込むことに成功したのだった。

そして、さらに――

 

「遅れました!」

 

「どうやら、ギリギリ間に合ったみたいね!」

 

「ランさん!それにマコトさんも!」

 

ランとマコトが、オーディナル・スケールのアバターとしての姿で現れた。イタチ等をライブ会場に向かわせるために、地下駐車場でHALの操る兵士達を相手にしていた二人だったが、イタチの月読のお陰で、イタチを追ってこの場所へ来ることができたらしい。

 

「パパ!ママ!それから皆さんにも、贈り物があります!受け取ってください!」

 

そう言ってユイがその手に取り出したのは、光の球体だった。光はイタチ等の前で輝きを増すと、その場にいた全員のアバターを包み込んでいった。光が止んだ後には、

 

「これは……!」

 

「SAOの時の!」

 

「このSAOサーバーに残っていたセーブデータから、みなさんの分をロードしました!リーファさんやシノンさんもオマケです!」

 

両手でVサインを送るユイの言う通り、その場にいたSAO生還者のプレイヤー達のアバターの服装は、SAO事件終盤における装備になっていた。リーファとラン、マコトはALOにおける妖精のアバター、シノンはGGOにおける対物狙撃銃使いのアバターとしての姿と装備になっていた。

SAO生還者達は、かつて手にしていた武器のデータさえも忠実に再現されたことにより、かつての現実世界への帰還を目指し、攻略に燃えていた日々が戻ってきたかのような感覚を思い出し、一同の戦意はさらに高揚する。

そんな中、アスナはあることに気付いた。

 

「あれ?……イタチ君、それって……」

 

「俺も、今気づきました」

 

イタチのアバターの服装だけは、当時のそれとはすこし違っていた。纏っている服は、変わらず黒コートなのだが、その丈がかつて長くなっており、袖口も大きく開いている。さらに、黒字のコードの上には、“赤い雲”の模様が刻まれていた。

それは、イタチが前世において所属していた、かつての組織において、シンボルとも呼べる服装だった。

 

(超小型量子演算回路の影響が、ここまで来ているとはな……)

 

平行世界と繋がることで前世の忍術を行使できるようになったのと同時に、アバターにまで影響が出たのだろう。

写輪眼を開眼したことに加え、横一文字の傷が入った額当てを含めた服装まで前世のそれに戻ったことで、イタチの姿はかつてのうちはイタチに限りなく近づいていた。

ともあれ、これで充分以上に戦えるようになった。

 

『フン……そこらの世界からかき集めただけの烏合の衆がなど、私の敵ではない。良いだろう。私の手で、全てを終わらせてくれる!』

 

多勢に無勢のこの状況に至っても、HALの余裕の態度は崩れない。ボスのポテンシャルに相当な自信があるのだろう。銃弾と魔法の雨霰を撥ね退けながら、そう宣言した。

 

「烏合の衆?何のことだ?」

 

対するイタチは、そんなボスの眼前に立ち、真っ直ぐにその姿を……その向こう側にいる、HALを見据えた。

 

「ここにいるのは、烏合の衆などではない。これは……」

 

HALが口にした、この場に集まった者達を取るに足らないと言って評した『烏合の衆』という言葉を、イタチは否定する。

うちはイタチとしての前世を持つ自分をこの世界へ招き入れ、この場に集まった者達との出会いを齎したのは、他でもない、空に浮かぶこの鋼鉄の城だった。この城を攻略するために集まった力は、かつての事件の部隊が崩壊した今も尚、生き続け……その力は広がり、強さを増してさえいる。そこには、『烏合の衆』などという言葉では片付けられない、確固たる意志と絆がある。

そんな結束のもとに生まれる力の名前を、イタチは口にする。未来の火影になると信じて疑わなかった、希望を見せてくれたある少年のネーミングセンスを借りて――

 

『アインクラッド連合軍の術』だ!」

 

七代目火影・うずまきナルト曰く。忍史上最高にして最強の忍術が、異世界の地において、全く異なる形で、しかしその本質は変えないままに、火の意志を受け継ぐ一人の忍者の手により、発動した瞬間だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。