ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

155 / 158
第百五十四話 進撃【brute force attack】

アインクラッド第百層『紅玉宮』の中に広がるフィールドの中。HALの操る、かつてのSAO事件においてはその姿を現すことのなかったラスボスたる第百層フロアボスと、イタチを中心として集まったプレイヤー達――イタチ曰く『アインクラッド連合軍』――が、互いに向かい合う。

 

「行くぞ!」

 

『応!!』

 

両者の膠着は、十秒にも満たなかった。イタチの声とともに、プレイヤー達は次々にフロアボス打倒のために動き出す。

 

『そう簡単に近づけさせると思うのかね?』

 

対するフロアボスは、念動力によってフィールドを構成する外壁のブロックを操り、プレイヤー達の行く手を遮るように飛ばした。

しかし、イタチをはじめ、SAO事件当時は攻略組に属していたプレイヤーと、それに匹敵する実力者で構成されたプレイヤー達は、それらを難なく避けるか、ソードスキルによって破壊していった。結果として、ダメージを受けたプレイヤーはごく一部であり、防御に回ったプレイヤー達のダメージも非常に軽微だった。

 

『フム……ならば、これでどうかね?』

 

『フォォォオオオオ!!』

 

生半可な攻撃が通用しないと判断したHALは、次の手を講じる。指令を受けたボスは、咆哮を上げるとともに全身から赤黒いオーラを放つ。そして、それと同時にボスの周囲の空間に歪みが生じた。

 

「何!あれって……!?」

 

「モンスターのポップ、だな……!」

 

ボスへと接近しようとしていたシバトラとメダカが、目の前で突如として発生した現象を前に、驚愕の声を上げる。警戒のための足を止めたプレイヤー達の眼前に生じた歪みの中から、メダカが言った通り、複数のモンスターが姿を現した。

 

「あれは……『モージ・ザ・ヘルテイマー』に、『リッチー・ザ・キメラライオン』!?」

 

「『シャム・ザ・トリッキーキャット』に『ブチ・ザ・タンクキャット』まで!」

 

「あの鉄球付きトンファー……間違いない。『ギン・ザ・ハンマーオーガ』だ……」

 

「何だこいつ等!アインクラッドの中ボスばっかじゃねえか!」

 

クラインが思わず叫んだ通り、フロアボスを守護するように現れたのは、いずれもアインクラッドにおいて、迷宮区入口を守護するフィールドボス、或いはフロアボスの取り巻きを総称する、『中ボス』と呼ばれるモンスターだった。その強さはフロアボスに及ばないながらも、攻略組を苦戦させてきたことで知られている。しかもそれが、一度に十体も現れたのだ。

 

「中ボスの召喚……それも、他のフロアのモンスターをこれだけ大量に呼び出したとなると、“改造”か」

 

『ご名答。先程も言ったが、このフロアボスは私の手で最大限のカスタマイズをさせてもらっている。ここから先は、一切手加減せずに相手をさせてもらう。覚悟したまえ』

 

絶対的な優位を確信しているのだろう。フロアボスを通じてHALの不敵な笑い声が聞こえてきた。相当な自信が窺える点からして、まだまだ本来のボスには無い、HALが新たに加えた強力なスキルがあるのだろう。だが、イタチ等はそれだけでは止まらない。

 

「皆、頼んだぞ!」

 

『任せろ!』

 

イタチが放った端的な、名指しすら無い頼みごとに、十人のプレイヤー達が動き出す。召喚された中ボスがいる一帯目掛けて飛び出したのは、ラン、マコト、ケンシン、カズゴといった、いずれも個人としての戦闘能力の高いプレイヤー達だった。

現れた中ボス達を見るや、即座に各々が相手すべき敵を見定め、一気に接近する。この間、彼等は言葉を一切交わしていなかったが、同一の敵を選択することは無かった。SAO事件やその後のALOにおける戦闘の中で培われた連携と、相互の信頼関係があったからこそ為せる業だった。

 

「こいつ等の相手は私達が引き受けます!」

 

「イタチ君達は今の内に、本丸を倒して!」

 

マコトやラン等の言葉に頷いたイタチは、アスナをはじめとした他の仲間達を伴ってボス目掛けて駆け出す。中ボスの強豪プレイヤー達の足止めにより、召喚された中ボス達が壁にもならない今、ボスの周囲は守りが手薄となっており、接近は容易となっていた。

 

『成程。ならば、これはどうかね?』

 

『フォォォオオオッッ!!』

 

イタチの予想した通り、中ボス召喚は小手調べに過ぎなかったらしい。HALの指令を受けたボスが、次なるスキルを発動する。ボスの頭部、毛髪を彷彿させる箇所に光る、無数の宝石。それらが一斉に光りだす。

 

「あれは……皆、避けて!」

 

序盤で発動されたスキルであるため、アスナにはそれがどのような攻撃なのかがすぐに分かった。ボスが発動しようとしているのは、頭部に嵌め込まれた無数の宝石から放つ光線である。故に、即座に回避するようイタチ等途中参戦組に呼び掛ける。だが、

 

(光線の数が多い!?)

 

放たれた光線の数は、ざっと見ただけで百条はあった。序盤で放たれた光線が十条ほどだったが、今回の攻撃は約十倍である。そして攻撃範囲もまた、十倍に広がっている。

 

「くぅっ!」

 

「クソッ!進めない……っ!」

 

フィールド全体を覆い尽くさん限りに放たれる光線の雨に対し、プレイヤー達は必死で回避しようと動き回るものの、避ける隙間が少な過ぎて、何人かは光線を掠めてダメージを負っていた。それは、空中を飛行していたALOからの救援組も同様であり、ダメージを負って墜落するプレイヤーも複数いた。

 

「ぐぅっ……!」

 

「イタチ君!」

 

そんな回避すら儘ならない状況下の中にあっても、イタチは降り注ぐ光線の軌道を見極めて、ボスに近づこうとしていた。だが、あと一歩でボスの懐へ飛び込めるというところで、光線に弾かれ、その身を空中へ投げ出されてしまった。

 

『これで終わりだ、イタチ君』

 

そんなイタチに対し、ボスは右手に持っていた剣を振り下ろして追撃を仕掛ける。空中で身動きを取れないイタチは、その一閃を受け――

 

 

 

ポンッ

 

 

 

そんな間の抜けた音と共に煙を上げて、消滅した。

 

『何!?』

 

その現象に、HALだけでなく、イタチの味方であるプレイヤー達までもが目を丸くした。一体、何が起こったのか。誰もがそれらを考えようとしたその時。

 

 

 

火遁・鳳仙火の術!

 

 

 

『フゴォォオオッッ!?』

 

ボスから見て真下の位置から、打ち上げ花火の如く無数の火球が放たれる。火球の大部分ははボスの顔面に着弾する前に、展開されていた障壁に阻まれて無力化されてしまったが、それでも何発かはボスの顔面に命中し、ダメージを与えていた。

 

『くっ……いつの間に!』

 

HALが操るボスが見下ろす足元には、イタチの姿があった。

ボスの放つ光線を、変わり身の術でかわしたイタチは、ボスの懐へ入り込むことに成功していた。そして、光線を受けて接近が儘ならなくなっていたプレイヤーを睥睨していたボスの顔面目掛けて、火遁忍術を放ったのだ。

 

『ぐっ……小癪な真似を!!』

 

不意打ちに成功し、障壁を破壊したとはいえ、ボスへのダメージは軽微なものだった。HALが操作するボスは、すぐさま足元にいるイタチ目掛けて、左手の槍を突き出そうとする。

 

「させるかよっ!」

 

「イタチには手を出させん!」

 

「思い通りには、させないよ!」

 

イタチが標的にされるのを確認するや、クラインとサクヤ、アリシャ・ルーが援護に動く。ボスが槍を持つ左手目掛けて、サクヤとアリシャが遠距離攻撃魔法を、クラインが刀系ソードスキルを発動させながら突っ込んだ。結果、イタチに向けられていた切っ先は、狙いを外して地面を穿つのみとなった。

 

「今だ!一気に畳みかけるぞ!」

 

「障壁さえ無ければ、こっちのもんだ!」

 

そして、足元の敵に注意を取られたボスが見せた隙を、SAO生還者の攻略組プレイヤー達や、新生アインクラッド攻略組プレイヤー達は決して見逃さない。好機とばかりに、一気に接近して四方八方からソードスキル、魔法、銃弾による攻撃の集中砲火が開始される。

 

『おのれ!離れろ!』

 

『フォォオ!!オオオオッ!!』

 

HALの苛立ち交じりの声が上がる。それと同時に、全方位から繰り出される攻撃を払い退けるように、ボスは右手の大剣を横薙ぎに振るい、衝撃派による範囲攻撃を発生させた。

 

「避けろ!」

 

「障壁を張れ!」

 

非常に広範囲かつ強力な攻撃であったものの、敵の攻撃を振り払うための攻撃だったため、歴戦の強豪プレイヤー達にとっては、回避も防御も難しくはなかった。

 

『中々やるではないか。ならば今度は、これでどうかね?』

 

『オオオオォォオオッ!』

 

四方から迫るプレイヤー達を、その攻撃もろともに剣で薙いで退けることに成功したHALは、次なるスキルをボスに発動させる。

スキル発動の予兆である赤黒いオーラを纏ったボスが咆哮を上げる。それとともに、ボスの前後左右四カ所の空中に、魔法陣が展開される。中ボスの時と同じ、召喚の魔方陣である。空中に展開されたということは、飛行系のものが来るのかとプレイヤー達が身構える中、ボスが呼び寄せた新たなる僕が姿を現す。それは、丸い胴体にコウモリの羽を生やした、一見するとマスコットのようにも見える赤いモンスターの群れだった。

 

「あれは……『デトネーション・バット』だと!?」

 

「しかもあの数は……!」

 

『デトネーション・バット』とは、自爆スキルを持つコウモリ型のモンスターである。戦闘不能になる代わりに、広範囲に渡って大ダメージを与えて来るのだ。その威力は、まともに受ければ、レベル差十程度のプレイヤーのHPを全損させるだけの威力がある。

 

『さて、反撃開始といこうか』

 

『フォォオオオ!!』

 

再び響き渡るボスの咆哮。それとともに、ボスの頭部に埋め込まれた宝石が一斉に光りだす。

 

「皆、後ろにさがって!!」

 

「爆発するぞ!!」

 

アスナをはじめとした指揮系統を担当するプレイヤー達が、全プレイヤーに対して撤退を呼び掛ける。しかし次の瞬間、ボスの頭部の宝石から、約十条の光線が放たれる。そして――――――フィールド全体で、いくつもの爆発が起こった。

 

「うわぁぁああ!!」

 

「ぐぅうう……っ!!」

 

先程までプレイヤー側が優勢だった空気が一転。爆風が渦巻く戦場の中、風に舞う木の葉のように吹き飛ばされるプレイヤー達の、阿鼻叫喚が響き渡ることとなった。

これこそが、自爆系モンスターの恐ろしいところ。複数で出現されれば、一体の自爆によって、他のモンスターが相次いで誘爆してしまうのである。

 

「最悪だ……!」

 

「こんな数、相手しきれるわけがない……!」

 

ボスが先程呼び寄せたデトネーション・バットの数は、軽く百体を超えていた。そして、先程の爆発が終わった今も尚、召喚の魔方陣からは同等以上の数が吐き出され続けている。低級モンスター故にこれ程の数を呼び出せたのだろうが、プレイヤーを屠ると言う点での性能が凶悪過ぎる。ボス自身は障壁の効果で爆発によるダメージを免れているようだが、プレイヤー側は防御が間に合わない者が大多数である。

 

『どうやらこれまでのようだな。この無限爆破戦法の前には、君達も為す術が無いとみた』

 

HALの得意げな口調に、プレイヤー達は歯噛みする。顔は見えないが、勝ち誇った笑みを浮かべていることは誰もが分かっていた。ボスが繰り出した、自爆モンスターを用いた爆破戦法の前には、歴戦の強豪プレイヤー達ですら手も足も出ないのは事実なのだ。デトネーション・バットはボスの周囲に壁を作るように展開しており、迂闊に攻撃しようものならば、また大爆発を起こしてしまう。かといって、隙間を掻い潜ってボスに接近しようにも、それにはデトネーション・バットに近づく必要がある。そんな動きを見せれば、ボスが黙っている筈などない。先程のように光線を放って強制的に爆破させられてしまえば、一巻の終わりである。

 

「こうなったら……サチ、頼む!」

 

「分かった!」

 

圧倒的に不利な状況を強いられたとはいえ、プレイヤー側も簡単に諦めることはできない。デトネーション・バットの凶悪な爆弾壁を無力化すべく、メダカの意を受けたサチが詠唱を開始する。だが、

 

『させんよ』

 

『フオオオッ!!』

 

HALが操作するボスの右手に持った剣の切っ先から、稲妻が迸る。デトネーション・バットの群れを避けて放たれたそれは、サチとその周囲にいたプレイヤー達へと襲い掛かった。

 

「きゃぁっ!」

 

「くっ……防御スキル貫通攻撃だ!回避しろ!」

 

強力で防御も儘ならない程に強力な電撃を前に、サチは詠唱を中断、回避行動を余儀なくされてしまった。

 

『君達の狙いは分かるよ。デトネーション・バットは火属性モンスターだ。水か氷属性の魔法攻撃やソードスキルならば、自爆スキルを無効化できる。今、そこのウンディーネの少女が発動しようとしていた『ニブルヘイム』のようにね』

 

HALの言う通り、自爆モンスターが持つスキルを封じる方法は、かつてのSAOはともかく、ALOにおいては存在する。魔法同様、モンスターにも属性が付与されているALOであれば、自爆モンスターの弱点となる属性の攻撃であれば、自爆スキルを発動させずにモンスターを撃破できるのだ。

故にメダカは、サチが得意とする氷属性最上級魔法『ニブルヘイム』による一掃を図ったのだ。しかし、そのような魔法の発動をHALが見逃す筈もなかった。

 

『ALOの魔法は、既に把握している。デトネーション・バットの群れを一掃できる程の魔法など、種類は限られている。その上、広範囲攻撃魔法は詠唱にも時間がかかる。君達には反撃する隙など微塵も与えんよ』

 

ソードスキルによる攻撃への対策だけでなく、魔法への対策もしているらしい。最終決戦が紅玉宮で行われることだけでなく、SAO生還者以外の、他のゲームからの増援も想定したHALの対策は、抜け目が無かった。

 

「成程……私達との戦いを想定して、あらゆる対策をしているらしいな」

 

『そのまま諦めて大人しくしていたまえ。苦痛なく終わらせてやろう』

 

「断固として拒絶させてもらうよ。それに、君は僕達すら想像が及ばない敵を相手していることを忘れていないかい?」

 

『何?』

 

シバトラの返答を訝るHAL。一体、何のことを言っているのかと、そう思った次の瞬間――突如として、ボスとその取り巻きだったコウモリの群れを覆い尽くすような巨大な影が現れた。

 

 

 

水遁・大瀑布の術!

 

 

 

それは、高波と見紛うような膨大な水でできた巨大な壁だった。それはそのまま、HALの操るボスを、取り巻きのモンスター諸共呑み込んだ。

 

『何だと!?』

 

流石のHALも、このような事態は想定外だったのだろう。プレイヤー達に聞こえているにも関わらず、驚愕の声を上げていた。尤も、新たに発生した現象に驚いていたのは、先程得意げに返していたシバトラを含めたプレイヤー達も同じだったのだが。

 

『キシャァアア、アアッ……!』

 

膨大な水に呑み込まれたデトネーション・バットの群れが、自爆することなく次々消滅していく。下級の、それも火属性モンスターが、弱点の水属性に相当する水遁の大規模攻撃忍術に呑み込まれては、一溜まりも無い。ボスを守護していた自爆モンスターの群れは、瞬く間に全滅。さらには、ボス本体にも多大なダメージを与えていた。

 

『フォォオ、オォォ……!』

 

さらには、ダメージの影響によってボスが展開していた召喚の魔法陣とボスを守っていた障壁もまた、消滅していた。

 

「ここで一気に決める!行くぞ!」

 

「分かった!私も援護するよ」

 

「皆、イタチに続け!」

 

無防備な状態となったボス目掛けて、イタチを筆頭に次々プレイヤー達が襲い掛かる。

 

『くっ……まだだ!まだやられんぞ!』

 

一斉に襲い掛かってくるプレイヤー達に対し、HALはボスに指令を出汁、迎撃のためのスキルを発動させる。

 

『フオオオ!!』

 

ボスが左手に持った槍の切っ先を地面に突き立てる。すると、地面から樹木の根が鞭のように伸びて、プレイヤー達へと襲い掛かっていく。生き物のように動く根に対し、しかしイタチは歩みを止めることなく突撃していく。

槍の切っ先のように尖っていた木の根に対し、イタチは背に携えた二本の剣を抜く。そして、二刀流ソードスキル『ゲイル・スライサー』を発動。根の先端を切り落とすと、伸びてきた根に飛び乗ってさらに接近していった。

 

『離れろ!』

 

ソードスキルでも魔法でもない、自身の知識が及ばない異能を行使するイタチを脅威と断定したHALは、イタチを遠ざけるべく右手に持った剣の切っ先をイタチに向けて、迎撃をしようとする。

 

「させねえよ!」

 

「イタチ殿はやらせぬ!」

 

『くっ……!』

 

そんなHALが操るボスに対し、別方向から襲い掛かるプレイヤーがいた。大剣使いのカズゴと、刀使いのケンシンである。両手剣ソードスキル『アバランシュ』と刀ソードスキル『辻風』が、ボスの持つ大剣を弾いた。

二人は中ボスの相手をしていた筈だが、どうやら既に片付けていたらしい。或いは、先程の爆発や洪水に巻き込まれたのかもしれない。交戦中だったプレイヤー達がそれに巻き込まれなかったのは、流石と言うべきだろう。

 

『おのれ!次から次へと……!』

 

イタチのみならず、その仲間達にまで翻弄されたことで、HALの声には苛立ちが増していく。

そうこうしている内に、イタチとアスナがボスの懐へと飛び込むことに成功する。

 

「アスナさん!」

 

「うん!」

 

イタチの二刀流ソードスキル『エンド・リボルバー』と、アスナの細剣ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』が発動する。前者はボスの喉元を切り裂き、後者はボスの鳩尾を穿つ。いずれも急所を攻撃したためか、ボスにかなりのダメージを与えることに成功しており、ダメージゲージを一本丸ごと削り切っていた。

 

『くっ……逃がさん!』

 

ボスにとっての脅威であるイタチと、強力な仲間達が攻撃範囲に飛び込んできたのだ。大ダメージは受けたが、飛んで火にいる夏の虫を逃す手は無い。

HALはボスへと新たな指令を送り、範囲攻撃を発動させようとする。頭部に嵌め込まれた宝石から放つ光線を放射状に放ち、周囲一帯を焼き尽くす範囲攻撃である。

 

「させないわ!皆、あの宝石を狙って!」

 

『了解!!』

 

宝石が輝き出したのを見たシノンが、周りにいたGGOプレイヤー達とともに、ボスに銃撃の雨を降らせる。放たれた銃弾のいくつかは、頭部に嵌め込まれた宝石に命中し、そのスキルをキャンセルさせた。

 

「我々も続くぞ!」

 

「はい!」

 

さらにそこへ、サクヤ率いるALOプレイヤー達による魔法の一斉射撃が放たれる。スキルがキャンセルされた反動で動けずにいたボスは、それらをまともに受け、HPゲージがさらに減っていく。

 

『くっ!これ以上のダメージは……!』

 

想定以上のダメージを受け、回復の必要があると判断したHALは、ボスの回復スキル発動を決意する。そのためにまず、自身の周囲に群がっているプレイヤー達の排除へ動くこととした。

 

『フォオオオオ!!』

 

「また根が……!」

 

「いや、数が桁違いだ!逃げろ!」

 

HALの意を受けたボスが、左手に持った槍を再び地面に突き立て、木の根を操作するスキルを発動する。しかしその量は、先程とは比にならない程多量だった。プレイヤーのあらゆる攻撃を、ものともせずに放射状に飛び出した根は、周囲のプレイヤーを津波、或いは洪水のように押し流していった。根はその後、垂直に伸長して、ボスとプレイヤー達とを完全に遮る壁となった。そしてその直後、根でできた壁の向こう側にいるボスの背後に、それよりさらに高い巨樹が姿を現す。

 

「あれを防いで!回復スキルよ!」

 

アスナの声に応えて、ボスから距離を取らざるを得なくなっていたプレイヤー達が、一斉に遠距離攻撃を開始する。

 

『無駄だよ。回復の妨害はさせん』

 

プレイヤー達が放った攻撃の数々は、ボスを囲むように地面から生えた根によって、全て弾かれていく。何本かの根は、苛烈な攻撃によって破壊されるものの、ボス本体へはまだ届かない。

このままでは、ボスの回復スキルが発動してしまう。既にプレイヤーは皆疲弊しており、満身創痍に近い。今、ボスに回復されれば、完全に勝ち目は無くなってしまうのだ。プレイヤーの誰もが不安を覚え、HALが勝利を確信する。

だが……

 

(何だ……何なんだ……この違和感のようなものは……!)

 

ボスのアバターを通して戦場を見ていたHALは、言い知れぬ不安のようなものを覚えていた。根のバリケードは、ボスのアバターを丸々多い尽くす程に立っており、プレイヤー達の攻撃を防いでいる。にも関わらず、何か……ボスを脅かすような危険が迫っているような――

 

(馬鹿な!プレイヤーは全て木の根に遮られてボスに近づくこともできない筈だ!あの少年も、根の向こう側に……)

 

HALはそこまで思考を巡らせると、ボスの視線越しではない、別方向からプレイヤー達を監視するためのスクリーンを展開し、木の根の向こうの状況を確認する。根の障壁を破壊するために魔法や銃撃を放つプレイヤー達の中央に、目的の人物、イタチがいた。SAO時代の黒コートに赤い雲の模様が入った特徴的な装束に身を包んだイタチは、一人ただ静かにボスを真っ直ぐ見据えていた。だが、不自然なことに“右目”だけが閉ざされていた。一体、何を考えているのか……もう勝負を捨てたのか。

 

(これまで私の理解及ばないスキルを散々使ってきてくれたが……この状況では、今更何をしようと無駄だ。これで形勢は完全に逆転する……!)

 

そして、ボスの背後に聳え立つ大樹から、回復の雫がしたたり落ちた。

その時――――――三つ巴から手裏剣のような紋様が浮かんだイタチの右目から、赤い血の雫が零れた。

 

 

 

 

 

天照

 

 

 

 

 

『な、に……!?』

 

HALが再び驚愕に目を見開く。ボスへと降り注いだ癒しの雫が、突如発生した黒い炎に呑まれ、蒸発したのだ。それ即ち、回復スキルは、キャンセルされたことを意味する。

さらに、異変はそれだけに止まらない。

 

『何だ……この“黒い炎”は!?』

 

ボスが周囲に展開していた大樹の根にも、黒い炎が発生したのだ。黒い炎を発生させる魔法など、ALOには存在しない。GGOの火炎系の武器でも、このような武器は無かった筈である。目の前で発生した予想外過ぎる事態に、HALだけでなく、フィールド上のプレイヤーの多くが動揺していた。

そうしてHALが動揺している間にも、黒い炎は一気に燃え広がっていく。そして、数秒とかからずプレイヤー達の攻撃を遮っていた根は焼き尽くされてしまった。

 

『くっ!左手にまで!』

 

燃え広がった黒い炎は、ボスが槍を持つ左手にまで発生した。HALはボスへのダメージを緩和するため、黒い炎を消火するため、炎のデータ解析を行い、レジストスキルを行使しようとする。

 

『馬鹿な!解析不能だと!』

 

黒い炎は、電脳世界の全てを掌握していると言っても過言ではないHALですら解析できないものだった。ボスのデータを侵食する、コンピューターウイルスのようなものかも不明である。分かっていることは、この炎を放置すれば、先程の根と同様に、ボスも焼き尽くされてしまうということである。

 

『くっ……止むを得ん!』

 

手段を選んでいる場合ではないと判断したHALは、ボスを操作し、右手に持った大剣を振るう。そして、黒い炎が発生した左腕の肘から先を切り落とした。ボスの身体から切り離された左手は地面へ落ち、左手に持っていた槍諸共に黒い炎に浸食されて消滅した。

 

『……こうなれば、最後の手段だ!!』

 

HALの命令を受けたボスの身体からオーラが噴出する。そして、頭部の毛髪に相当する部分を翼のように広げると、その巨体を宙に浮かせ、紅玉宮の上空へと飛翔した。

 

『フオオオオオッッ!!』

 

ボスの頭部の毛髪が放射状にさらに伸長・展開し、紅玉宮の天井を覆わんばかりに広がる。そして、嵌め込まれた宝石全てが一斉に輝きだした。地上全体を攻撃する超広範囲殲滅スキルを発動しようとしているのである。

 

「まずい!あの攻撃を食らえば……!」

 

「ALO組で迎撃を!」

 

「駄目だ!障壁に阻まれてこれ以上飛べない!」

 

「それより防御スキルだ!ALO組は、障壁の展開を!」

 

「駄目だ!あれは防ぎ切れない!」

 

プレイヤー達が迫る攻撃に対処しようとするが、上空故にソードスキルは届かず、、障壁に阻まれて接近することは儘ならない。フィールド全体を対象としたボスの最大の攻撃を防ぐ手立ても無い。誰もが右往左往するその様子を、HALはボスを通して愉快気に眺めていた。そんな中、

 

「………………」

 

イタチはただ一人、フィールドの中央で瞑目していた。その手は忍を彷彿させる印を結んでいた。

 

(先程の黒い炎も、君の仕業なのだろうが……このスキルまでは防げまい)

 

黒い炎は凄まじく強力なスキルではあるものの、HALの見立て通り、連発はできないらしい。これ以上のイレギュラーを引き起こされないためにも、この戦いは早々に決着をつけなければならない。そう判断したからこそ、絶対に使うことは無いと想定していた、ボスの最大最強の攻撃を解放することとしたのだ。

 

『終わりだよ。黒の英雄、イタチ君。そしてその仲間達よ――』

 

HALの勝利宣言にも等しいその言葉とともに、ボスの宝石の光が一斉に輝きだし、一転に集中。紅玉宮に立つプレイヤー達を呑み込まんとする、極太の光線を射出した。

 

「くっ!」

 

「ここまでかよ……!」

 

アインクラッドをこの百層から一層まで貫かんばかりの光の柱を前に、プレイヤー達の誰もが諦めかけていた。HALが最も警戒していたイタチもまた、瞑目したままフィールドの中央から動いていなかった。それを確認したHALは、完全に諦めたものと確信した。

飛翔したボスから放たれた極光は、真下のフィールドを直撃。戦場全体を、眩い光が包み込んだ。光が止んだ後には、白い煙がもうもうと上がっていた。

 

(やったか……いや、やったな……!)

 

あの光線が直撃したのならば、紅玉宮に集結した全プレイヤーが殲滅された筈。そう考えたHALは、勝利を確信する。やがて、フィールドを覆い尽くしていた煙が晴れると、そこには――

 

『んなっ!?』

 

ボスの攻撃が直撃した後にHALが見たもの。それは、プレイヤーの全てが消滅して、更地同然になったフィールド……ではなかった。

そこにいたのは、上半身のみの、山伏のような巨人。どこか女神を思わせる外観で、全身が赤い何かで覆われている。少なくとも、フィールドオブジェクトや魔法のエフェクトではない。

 

(プレイヤーは……無傷、だと!?)

 

上半身だけの赤い巨人の周囲には、光線を放つ前と変わらず、プレイヤー達がいた。巨人は左手に巨大な盾を持っており、これを上空に向けて構えていた。どうやら、これで防御したらしい。

 

『イタチ君……君は、一体……』

 

SAOをクリアに導いた英雄というだけではない。システムの常識、限界を超えた数々のチートとも呼べる、スキルなのかも分からない異能を行使し続ける少年に、HALは初めて戦慄というものを覚えていた。

電脳世界の全てを掌握していると言っても過言ではない『電人』の常識・理解を超えた『暁の忍』の真価が今、発揮される――――――

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。