ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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今後の更新ですが、月に一回から二回となります。非常にスローペースとなりますが、よろしくお願いします。
また、今話では少年サンデー、少年マガジンを読んだことのある人なら一度は聞いたことのあるプレイヤーネームが登場しますが、彼らもまた、本人ではありません。


赤鼻のトナカイ
第十五話 クォーターポイント


2023年5月23日

 

アインクラッド攻略の現在の最前線は、第二十五層。デスゲーム開始宣言から半年の時間が流れた果てに、ようやくクォーターポイントに辿り着いたのだ。そして現在、イタチ含めた攻略組と呼ばれるトッププレイヤー達は、主街区の宿屋にある広めの部屋を利用して、恒例の攻略会議を開いていた。

 

「こちらが、先遣隊が突入して手に入れた、第二十五層のフロアボス、『ザ・ツインヘッド・タイタン』の情報です。」

 

攻略ギルドの一角である『血盟騎士団』のメンバー、インテリ系のメガネマン、ケイマが眼鏡をかけ直すと、記録結晶と呼ばれる映像を記録する機能を持つアイテムを手に説明を始める。結晶型のアイテムから映写機のように壁のスクリーンに映し出された映像には、この二十五層の迷宮区を守護するフロアボスの姿が現れていた。

十数メートルはあろう巨躯で、両手には身体に見合った巨大な大剣が握られている。名前の通り、二つの頭が生えており、右の頭は赤い眼、左の頭は青い眼をしている。全身を覆う皮膚はごつごつとした岩肌を彷彿させる、巨人と言うよりゴーレムという表現が似合う出で立ちだった。

 

「デカい…!」

 

「これが、今回の相手…!」

 

過去最大の巨体を持つフロアボスの登場に、歴戦のメンバー達は戦々恐々としている。フロアボスのような強力なモンスターとの戦闘を続けていると、姿形を見ただけでその強さを本能的に察知することができるようになる。映像の中で双頭の巨人が先遣隊の壁メンバーに大剣を振り下ろすあたりにさしかかって、ケイマが説明を続ける。

 

「今回の先遣隊のタンクプレイヤーの情報によれば、この一撃で全快だったHPはイエローゾーンを超えて、レッドゾーン寸前まで削られたとのことです。」

 

ケイマの事務的な口調の説明に、会議に集まったプレイヤー達はどよめく。フロアボスの情報を集め、攻略時には文字通り壁となるタンクプレイヤーは、防御力に重きを置いた装備とステータスである。それが一撃でHPを半分以上削られたのだ。ダメージディーラーであるスピードタイプのプレイヤーが食らえば、即死は免れないだろう。

 

「さらに、ボスの防御は見た目通り堅牢で、通常のソードスキルを十発ほど当てても数ドット程度しか削れなかったそうです。ゴーレム系のモンスターと考えられるので、有効な武器としては大斧や鉄槌が挙げられます。また、前衛として防御に回る部隊についても、防御指向のタンクよりも、回避盾が有効と考えられます。以上の考察から、今回のフロアボス攻略計画を立てていただきたい。」

 

フロアボス攻略における有効手段を淡々と、事務的に考察するケイマだが、その表情には曇りが見られる。無理も無い、とその場にいた全員が思う。これまで二十四体ものフロアボスを屠ってきた攻略組だが、今回は規格外過ぎる。RPGのボスモンスターは、攻略を進めるごとに強くなっていくのが常識となっているが、この第二十五層のボスに関しては、フロアを五層以上すっ飛ばした強さがある。HPがほぼ満タンな状態で、まともに食らえば即死級の攻撃を放てるボスとなれば、攻略戦のリスクはこれまでの比ではない。

 

(回避盾は俺一人でもどうとでもなる。だが、ボスの攻撃パターンが未知なのは非常に厄介だ…)

 

周囲がボス攻略のためのパーティー構成について検討している中、イタチは一人ボスの行動パターンに思考を走らせる。前世の能力である写輪眼程ではないにしろ、非常に優れた動体視力を持つイタチは、敵の攻撃を誰よりも的確に先読みして回避行動に移せるが、他のプレイヤーはその限りではない。想定外の攻撃が来た場合、浮足立って最悪は全滅の恐れすらあるのだ。特に、モンスターが駆使する特殊攻撃は、これまでの攻略においても攻略組をはじめとしたプレイヤーの大きな障害となってきた。毒、炎、氷、雷といった、SAOにおける数少ない魔法要素を内包した属性攻撃は、戦闘において致命傷足り得る要素なのだ。フロアボスでもこの手の特殊攻撃を得手とするモンスターは多数存在していたことから、第二十五層も恐らく例外ではないだろう。

 

(これまで以上に困難な攻略になるのは間違いない…今回ばかりは、犠牲者無しに突破することはできないかもしれない…)

 

ゲーム攻略における最大の懸念を想い浮かべ、内心で冷や汗をかくイタチ。デスゲーム開始以降、虜囚となったプレイヤーの生存率を可能な限り上げるため、あらゆる方面からの情報収集に尽力してきたが、この二十五層攻略は情報力の限界を超えている。迷宮区がボス部屋まで完全にマッピングを終えている現在、主街区はじめとした全ての街や村のクエストも粗方調べ尽くしている。だが、フロアボスに関して得られた情報はボスの名前と武器の種類程度だ。ボスモンスターは、HPが減れば必ずと言っていいほど攻撃パターンやステータスに変化が起こる。まともな戦闘すら困難な現状では、その先を知る術はなく、イタチはこれ以上ないほどに不安を抱いていた。

しかし、イタチの懸念はフロアボスだけには収まらない。もう一つ、攻略において表面化してきた問題があるのだ。

 

「せやから、ジブン等はワイらの援護に回ればええんや。ボスの相手は、ワイ等解放軍が引き受ける。聖竜連合や血盟騎士団の出番は無い言うとるんや。」

 

「なんだとコラ!!」

 

「勝手なこと言ってんじゃねえぞ!!」

 

攻略会議のために借りた部屋の中心で、三人のプレイヤーが揉めていた。それぞれ攻略組のトップスリーギルドの幹部である。関西弁で二人に横柄な態度で話しているサボテン頭の男は、第一層攻略からの顔馴染みで、最大規模の攻略ギルド、『アインクラッド解放軍』に所属するキバオウ。彼と揉めている二人の内、桜色の髪に鱗模様のマフラーをつけた大剣使いの少年は、聖竜連合の前線部隊のリーダーのナツ。もう一人は金髪染毛、ピアス、ゴーグル、ウォレットチェーンが特徴の、メイスを持った不良然とした青年だが、メンバーからの信頼の厚さから現在血盟騎士団の副団長を務めているテッショウだった。キバオウの傲岸な物言いに、二人をはじめ、会議に参加していた各ギルドのメンバー達は一様にキバオウ率いる解放軍に敵意を向けている。

 

「テッショウ君、少し落ち着きたまえ。」

 

「団長!でもよう…」

 

「ナツ君も、熱くならずに。もっと冷静に、ね?」

 

「っち!…ならシバトラ、あんたが何とかしろよな。」

 

場の空気が険悪になりつつあることを察した各ギルドのリーダーが前へ出て、トラブルの渦中にいた二人を止めにかかる。血盟騎士団団長、ヒースクリフと、聖竜連合の総長、シバトラの介入により、テッショウとナツは不満そうにしながらも手を引く。二人が下がったことで、シバトラがまず口を開く。

 

「キバオウさん、今の言い方はちょっとあんまりだと思いますよ。」

 

「本当のことやないか。ギルドの戦力的にはウチがダントツや。連携組んで人海戦術で畳みかけられる解放軍こそ、攻略の要に相応しいんや。」

 

キバオウの意見には一理ある。第一層のはじまりの街に拠点を置く解放軍は、プレイヤーの有志をつのって今なお戦力を拡大化している。その規模にものを言わせて、犯罪者プレイヤーの検挙等を積極的に行い、治安維持に努める一方、近頃では狩り場を長時間に渡って独占するなどマナー違反な行為も目立っている。ともあれ、そうして大人数でのレベリングを続けている解放軍ならば、数にもの言わせた人海戦術は他のギルドより上手なのは確かだが。

 

「だが、解放軍の戦闘要員の武装は、盾持ち・片手用直剣が主流と聞いている。今回のフロアボスに有効なのは、メイスや大斧といった重量系武器だ。武器の相性はあまり良くないのではないか?」

 

血盟騎士団団長、ヒースクリフの的確な指摘に、横柄な態度だったキバオウがぐっと押し黙る。いかにも痛いところを突かれた、という様子に周囲のプレイヤーの溜飲が若干下がる。盾持ち・片手用直剣という装備は、SAOにおいては最も主流なスタイルである。攻撃・防御共に行える点からバランスが良く、多様なソードスキルを使用できる上、個人・集団戦の両方に対応しているのだ。

だが一方で、性質の極端なモンスター相手には苦戦を強いられることも多々ある。筆頭は、ゴーレム系モンスターである。メイスやハンマーのような打撃武器ならいざしらず、片手用直剣などの斬撃によって与えられるダメージは少なく、斬れば斬る程武器の耐久値も削られていくことから、相性は悪い。いかに人海戦術を繰り広げても、苦戦は必至なのだ。今回の第二十五層のフロアボスも例に漏れず、相性は最悪。メインで攻撃をしようものなら、苦戦どころか全滅だってしかねない。

ヒースクリフの言葉に反論できないキバオウ。他のプレイヤー達は、これで引き下がるだろうと確信しているようだが、イタチ含めこの場に居る数名は、キバオウという男がこれで従うような人物ではないことを知っていた。

 

「この…それが、一般プレイヤーのために日夜戦っとるワイ等解放軍に対する口の利き方かいな!?」

 

また始まった、とイタチは頭が痛くなるような感覚に襲われた。反論の余地が無い場合に持ちだす、頭の固い権力者の常套手段。自身の所属や実績を前面に出して自身の意見を強引に押し通そうとする。

 

「そもそもやな!ワイ等は第一層から攻略に参加しとるのや!ゲーム攻略はジブン等よりも、ワイ等の方が先を行っているんや!そのワイ等が前に出る言うとるんやから、従うのが道理とちゃうんか!?」

 

「関係ねえだろ!俺達だって、必死でレベリングして追いついて来たんだ。遅れた分まで前線で体張って戦ってんだぞ!」

 

「テッショウの言う通りだ!俺達はお前等の部下じゃねえんだ!何で言う事聞かなきゃならねえんだ!!」

 

ギルドリーダーが介入したにも関わらず、口論は激化していた。この手のギルド同士――主に解放軍と他の攻略ギルド――の抗争は、今に始まったことではない。

第一層攻略以降、ゲーム攻略が不可能ではないという認識がプレイヤー達の中に生まれ、攻略に参加するメンバーは今も尚増加傾向にある。参加者が増えれば攻略も安全に進められる一方、規模の過剰な拡大により統制が取れなくなる弊害も内包している。さらに、第三層へ至ったことで、ギルド結成に必要なクエストが解禁されたことも、プレイヤー同士の抗争に拍車を掛けていた。これによって、既に攻略組を筆頭としていくつものギルドが結成され、それと同時にギルドという派閥間の対立も目立ち始めたのだ。今後の動向次第ではさらに派手な抗争に発展する可能性も否めない現状だが、ビーターという悪名を背負うソロプレイヤーである自分には介入の余地が無い。非常に頭の痛い問題だと、イタチは思っていた。

 

「二人とも、落ち着いて!!」

 

「キバオウ君、君もいい加減にしたまえ。」

 

シバトラとヒースクリフは、後方で黙っていたメンバー達にも落ち着くよう再度促し、キバオウはじめ解放軍を窘めるべく動いているが、事態の悪化に歯止めが掛けられていない。と、そこへ

 

「皆、そこまでにしてくれないか!!」

 

抗争の渦中に、新たな人物が現れる。さらりとした青髪に爽やかなイメージのあるその男性は、第一層攻略会議を開いたことで知られる、ナイトことディアベルだった。会議が始まる頃にはいなかったが、ようやく到着したらしい。来て早々、会議室に広がる険悪な空気から事情を察知し、仲裁に入る。

 

「キバオウさん、ボス攻略に参加したいっていう意思は皆同じなんだ。ここは、他のギルドの人達にも譲歩して、協力し合わなきゃいけないと思う。」

 

「せ、せやけど…」

 

ディアベルの登場によって、それまで高圧的に出ていたキバオウの態度が一変する。同じ解放軍に所属するプレイヤーとしてキバオウはじめ多くのプレイヤーから尊敬されているディアベルの言葉に逆らう者などいるはずもなく、悪化の一途を辿っていた事態は一気に終息に向かっていった。

 

(やれやれ…今後の攻略が本気で思いやられる…)

 

結局、攻略会議の揉め事はディアベルの介入によってどうにか治まった。ギルドのリーダーは全員穏健派だが、メンバーはどうにも血の気が多い人間ばかりである。第二十五層に止まらず、今後も方針を巡って争いが起こることは容易に想像がつく。譬え命を掛けたデスゲームであっても、所詮はゲーム。只管に己の強さを追い求めるゲーマー魂と、自身の優位を他人に誇りたがる自己顕示欲は、プレイヤーの中で健在らしい。尤も、それらがあったからこそ、この異常事態であっても攻略に乗り出す人間が現れたのだろうが。

ともあれ、第二十五層のフロアボスの異常なまでの強さを前に、現状で攻略戦を行うのは不可能というのがトップギルドの代表全員の見解である。もうしばらくは情報収集とレベリングに努めて改めて会議を開くという結論が下され、今回の会議はお開きとなった。

 

 

 

攻略会議を終え、プレイヤー達はそれぞれのギルドの拠点へ戻ろうとする中、イタチはある人物と接触するために主街区の外れへと向かっていた。目的の人物は、待ち合わせ場所に到着してすぐに見つかった。

 

「アルゴ。」

 

「よう、イタっち!攻略会議はどうだっタ?」

 

イタチを待っていたのは、目深にかぶったフードから金色の巻き毛が見え隠れする女性プレイヤー。顔のペイントから、鼠のあだ名を持つ情報屋、アルゴだった。

 

「相変わらず、揉め事が絶えん。」

 

「にゃはは、そんなことだろうと思ってたヨ。」

 

「思い出すだけで頭が痛くなる…それよりも、例の調べ物は済んでいるのか?」

 

「ああ…それに関しては、ちょっと掴めた情報があるヨ。」

 

イタチはおよそ五か月前、第二層攻略を終えて以降、アルゴにとある人探しを依頼していたのだ。だが、五か月が経過した現在も、その人物の足取りは掴めていなかった。尤も、イタチ自身も件の人物には実際に会ったことはない。容姿や特徴も人伝で聞いただけなので、見つからないのも無理はなかった。

 

「長躯で黒いポンチョを纏った男性プレイヤー。やや異質なイントネーションの英語を交えて話す…さすがにこれだけじゃ、身元を特定するなんて、できっこないヨ。そもそも、なんでイタっちはこのプレイヤーが気になるのサ?」

 

ハンドルネームや人相も分からない人物を探し当てるなど、如何に鼠のアルゴでも不可能だろう。だが、イタチはそれを承知で、捜索を依頼しているのである。それも、情報が手に入るかどうかに関わらず、定期的に必要な経費も全て支払っている。アルゴには理解できないイタチの行動に対する問いに、本人は即答した。

 

「要注意人物だと思ったからだ。」

 

いつになく真剣な表情のイタチに、アルゴは息を呑む。この荒唐無稽な依頼に、それだけの意味が秘められているというのだろうか。改めてアルゴはイタチに問う。

 

「…何をもって、危険だと思うのサ?」

 

「俺がそいつの存在を知ったのは、第二層攻略中のことだ。お前も知っているだろう?強化詐欺の話だ…」

 

イタチの口から出た話については、アルゴも事情を知っていた。片手用直剣のスキルModであるクイックチェンジを利用した武器の詐取。強化依頼をしたプレイヤーから武器を受け取り、強化試行回数を全て使い切ったエンド品とすり替える。その後、エンド品に強化を施すことで武器を破壊し、すり替え時にストレージに収納した武器を手に入れるという、通称強化詐欺と呼ばれる行為。ハラスメント行為に抵触する行為ではないが、明らかなマナー違反であり、犯罪者プレイヤー同様の行為である。イタチは第二層攻略前に訪れた街で、偶然にもこの場面に遭遇し、一発でトリックを見破ったのだった。詐欺を行っていたプレイヤーは、仲間の暫定ギルドメンバーと共に自首する運びとなり、詐取した武器に関しては賠償することで事態は決着した。だが、どうしてもイタチの中ではこの事件は未だ解決していない。強化詐欺を斡旋した、影の首謀者とも呼べる黒幕が、未だに行方を晦ましたままだからだ。そして現在、イタチはその人物の行方を、アルゴに依頼する形で追いかけているのだ。

 

「あの時点では、ベータテスターでも看破することはできなかったであろう完璧なトリック。考案した奴は想像以上に頭が切れる奴だ。」

 

「でも、それだけで危険ってワケじゃないだロ?確かに、詐欺を斡旋した時点で奴も犯罪者プレイヤーなんだろうガ…」

 

「しかも、奴は強化詐欺に関して報酬を受け取らなかった。奴の真の目的は、金じゃない…デスゲームを、“真のデスゲーム”たらしめることにあったんだろう。」

 

犯罪斡旋によって、現実世界から培った倫理観を破壊し、殺人という人道に悖る行為に至るためのハードルを引き下げる。そのために強化詐欺を斡旋し、実行者がプレイヤー達によって処刑される場面を作り出そうとしていたのだろうと、イタチは考えた。実際、紆余曲折を経て、詐欺を行ったプレイヤーは攻略組によって処刑されかけるところまで至ったのだ。イタチの中では、この場面を作り出したポンチョ男が確信犯であると、既に結論が出ていた。

 

「いくらなんでも、考えすぎじゃないのカ?」

 

「…だと良いんだがな。」

 

アルゴの言葉に、しかしイタチは自身の思考が行き過ぎたものだとは思えない。強化詐欺を行ったプレイヤーの証言では、ポンチョ男は、巧みな話術により、犯罪行為に手を染めることへの抵抗感を無くしたとのことだ。デスゲームという異常な環境が後押ししているのだろうが、ポンチョ男は話術によって人間の心理を自在に操る術、言い換えれば、人を“洗脳”する手段を心得ていると言っても過言ではないだろう。

デスゲーム開始より前に、茅場晶彦が秘めたる危険な理想を見抜けなかったイタチだが、今回ばかりは見逃さない。何より、このポンチョ男に通じる人間を、イタチは前世で出会い、今も覚えているのだから。

 

(大蛇丸…)

 

かつて、自分と同じ木の葉隠れの里に属していた、伝説の三忍と呼ばれた忍者の一人、大蛇丸。イタチとは、のちに同じS級犯罪組織、暁に所属したこともある間柄だった。忍術の探求という目的のために、手段を厭わず、数々の非道な人体実験を繰り返してきた末に、不老不死に近い禁術を開発。うちは一族が持つ写輪眼を手に入れるべく、イタチの弟であるサスケを我が物にせんと暗躍するも、紆余曲折を経て、イタチに封印されたのだった。残忍な気性の人物だが、そのカリスマは凄まじく、道を外した人間を自在に誘導して次々己の配下にした末に、音隠れの里と呼ばれる忍里まで作り上げたほどだった。

情報が不十分な今、ポンチョ男の詳細について知る術は無いが、デスゲーム開始までは、少なくとも殺し合いとは無縁の世界で暮らしていた人間が、犯罪を斡旋して殺し合いの世界を作ろうとした疑惑があるのだ。イタチの中でこのポンチョ男は、大蛇丸と同等以上の危険人物であるという認識で固定されていた。

 

「アルゴも注意してくれ。もしかしたら、正真正銘の“レッド”プレイヤーかもしれないからな。」

 

「オ、オイラを脅かす気か、イタっち?」

 

SAOにおいて、犯罪を行ったプレイヤーのカーソルは、グリーンからオレンジへと変化する。故に、犯罪者プレイヤーはオレンジプレイヤーと呼ばれている。そしてその上を行く、PK――所謂殺人に手を染める凶悪プレイヤーを、レッドプレイヤーと呼ぶのだ。今現在、フィールド上でプレイヤーを襲って金品を強奪するプレイヤーはいるが、聞いている限りではPKにまで至るプレイヤーはごく少数だ。だが、注意を促すイタチの表情は真剣そのもの。全てが何一つ確証の無い推測でしかない筈なのに、口にした言葉には真実を語っているかのような説得力があった。

 

「…飽く迄、可能性の話だ。だが、用心に越したことはないだろう?」

 

「そりゃそうだケド…」

 

「それよりも、ポンチョ男についての情報だ。何か足取りは掴めたんだろう?」

 

「ああ、そうだっタ!今朝、それらしいプレイヤーを主街区で見たっていう目撃情報があったんだヨ。」

 

「…詳しく教えてもらえるか?」

 

アルゴの言葉に、さらに真剣な表情で先を聞くイタチ。デスゲーム開始以降、レッドプレイヤーの出現は、イタチが最も危惧していた事態である。閉鎖された世界の中では、現実世界のような法律は何も無い。法と秩序が初期化された世界においては、善悪はプレイヤーの倫理観に委ねられるのだ。そして、仮想世界だからこそ人殺しを愉しもうとするプレイヤーが現れることも、それが避け得ないことも予想出来ていた。

黒ポンチョの男の正体は未だ不明だが、この男との接触が、自身が転生して初めての………命を掛けた殺し合いに発展するかもしれないと、イタチは予感していた。

 

そして、その予感は的中するのだった―――――

 

 


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