ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版- 作:鈴神
「ルァァアアアアアア!!!」
第二十一層の森の中に、凄絶な叫び声が響き渡る。森の木々を揺るがすそれは、モンスターの、それもボスのものだった。
(レアモンスター……それもボス…まさか、こんな時に!!)
SAOにおける定冠詞の付くボスモンスターは、迷宮区やそれを守護するものばかりではない。特定のクエストに参加すると戦闘になるイベントボスや、野生で出現するボスなどもいる。そして現在、イタチ等六人を睥睨しているボスモンスターは、後者に当てはまる。
野生で出現するボスモンスターの強さは、迷宮区を守護するフィールドボスと同等、あるいはそれ以上とされている。過去の攻略においても、野生で出現したボスモンスターの犠牲となったプレイヤーは何人も報告されている。それらが出現する度、最前線のプレイヤー達が出向いて撃破し、そのドロップを糧として攻略を続けてきた経緯もある。
つまり、最前線で戦うプレイヤーが、満身創痍の中層プレイヤー五人を守りながら戦うことができるほど生温い相手ではないということだ。
「ヒィ……!」
突如現れた木の巨人の威容に、五人のプレイヤー達が悲鳴を漏らす。無理もない。絶望的状況から脱したと思った途端、一気に地獄へ落とされたのだから。
「ルゥァァァアア!!」
「チィッ・・・!!」
自分達の置かれた状況を理解できず、硬直する五人のプレイヤーに向けて、木の巨人が巨大な棍棒を振り下ろす。ライトエフェクトが伴っているところを見るに、ソードスキルの発動、それも戦槌系に違いない。このまま振り下ろされれば、確実に犠牲者が出る。そう悟ったイタチは、舌打ちしながらも五人のもとへ駆け寄り、これに対抗するべく自身もまたソードスキルを発動する。
(並みの攻撃では確実に弾かれる……ならば…)
木の巨人が握る棍棒を弾き返すべくイタチが発動したソードスキルは、ジェットエンジンのような効果音と共に赤い光芒が迸る。片手剣専用の上位スキル、「ヴォーパルストライク」。刀身の二倍のリーチを伴う、両手用重槍スキル並みの威力のある重攻撃業である。片手剣スキルの熟練度950で取得できることから、現在の全攻略組プレイヤーの中では、イタチしか使えないソードスキルとされている。
「ハァァアアア!!」
棍棒と衝突する間際、イタチは掛け声と共に、キアストレートの柄を“両手”で握る。片手用武器のシステム外スキル、「両手持ち」。文字通り、武器を両手で持つことにより、ソードスキルの威力や速度をブーストするほか、技同士の衝突における反動を軽減する機能がある。ただし、片手用武器を両手で持つ行為は、システムの動作認識を阻害する要因になるため、ソードスキル発動後の僅かなタイミングに実行しなければならない。
「ルァァアアアッッ!!」
両手持ちにより、威力がブーストされたヴォーパルストライクが、木の巨人が発動した戦槌系ソードスキル、「メガ・インパクト」と衝突する。二色のライトエフェクトが激しく交錯する中、遂に両者の拮抗は崩れ、イタチと木の巨人は互いに後方へ弾き飛ばされる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
イタチと木の巨人のみならず、近くにいた五人のプレイヤーも衝撃に巻き込まれて地面を転がる。だが、幸いなことに全員然程ダメージを受けてはいなかった。木の巨人を一時的に退け、着地に成功したイタチは五人の生存を確認しつつ、事態に対処するべく思考を走らせる。
(やはりボスクラス…一筋縄ではいかない。だが、進むほかに道は無い…)
木の巨人が立ちはだかっているのは、結晶無効化エリアの境界線の上。このボスを倒さなければ、フィールドからの脱出はできない。だが、先の衝突からも分かるように、このボスは並みの攻撃力ではない。如何にイタチでも、単独撃破には時間がかかる。第一層のボスを倒した二刀流ならば可能性もあるが、後方の煙幕の向こうでは、モンスターの群れがこちらを目指して行進している。イタチの使う二刀流式スキルコネクトは、単体のボス相手には有効だが、群れで向かってくる敵には相性が悪い。一度技の連結を始めてしまうと、ソードスキル以外の行動が取れず、不測の事態に対応できなくなるからだ。
(麻痺を食らった三人も、まだ満足に動ける状態ではない…モンスターの群れも、もうすぐ到着する…止むを得んか………)
前門の虎、後門の狼という状況に陥ったイタチには、もはや打てる手は一つしかなかった。それは、眼前のボスモンスターの撃破―――
「お前達、俺が奴の注意を引きつけている間に向こう側へ行け。」
「で、でも……!」
「それじゃああなたは…!」
イタチの言葉に逡巡する五人。イタチ一人にボスを押しつけることを躊躇ってのことだが、結晶無効化エリアを抜けるためには、そのボスの傍を通過しなければならない。タゲをイタチが取っていていも、先程のソードスキルの威力からして巻き添えを食らいかねない。ボスの横を突破するのは、イタチだけでなく、この五人にとっても命がけの行為だった。
「他に選択の余地は無い。もうすぐ群れも追い付いてくる。隙を見計らって突破するんだ。良いな?」
「あ、ちょっと!」
それだけ言うと、イタチは木の巨人に再び飛びかかっていった。
「ルァァア!!」
咆哮と共に、再びイタチへと棍棒を振り上げる木の巨人。ソードスキルではないそれを、イタチは難なく回避する。そして、懐から取り出したピックをライトエフェクトと共に投擲する。初級投剣ソードスキル、「シングルシュート」が発動したのだ。
「ルゥァァアアッッ!!」
投擲したピックは、イタチの狙い通り、巨人の左目を穿った。痛みに悲鳴を上げ、左手で目に刺さったピックを抜こうとする木の巨人。イタチはこの隙を逃さず、さらなる追撃にかかる。
「ハァァァア!!」
巨人の懐に飛び込み、ライトエフェクトを伴う水平斬りをその腹に食らわせる。さらに、食い込んだ刃を垂直に回転させると共に、真上に斬り上げる。斬り上げたところでさらに、垂直に斬り下ろす。片手剣三連重攻撃、「サベージ・フルクラム」である。大型モンスターに有効なこの攻撃は、イタチのステータスと両手持ちのシステム外スキルの補助を得て、六段あった木の巨人のHPゲージのうち二本を一気に削り取った。
「す、すげぇ……」
「有り得ねえ…」
ボス相手に一人で渡り合い、圧倒するイタチの姿に、五人のプレイヤー達は呆気に取られていた。そんな五人に、イタチは半ば大声で叱咤する。
「早くしろ!今のうちに突破するんだ!」
「そうだった!皆、行くぞ!」
リーダーの棍使いの少年の言葉に四人は頷き、未だ麻痺の残るプレイヤーを支えながら突破を試みる。その様子を目敏く捉えた木の巨人は、棍棒を五人に振り下ろそうとする。だが、それを見逃すイタチではない。先のソードスキルの硬直から回復するや、キアストレートを振りかざし、新たな重攻撃技を繰り出す。
ジェットエンジンのような効果音と共に迸る刀身の赤い光芒は、木の巨人が放ったメガ・インパクトを弾いたヴォーパルストライクと同様のもの。だが、今回は突きではなく、袈裟掛けに振り下ろす斬撃。ヴォーパルストライクに並ぶ片手剣重攻撃技、「ヴォーパルスラント」である。
「ルゥゥァァアッッ!!」
突破を試みる五人に気を取られていた木の巨人は、袈裟斬りをまともに食らい、片膝を付く。HPバーは一撃で一本丸々持っていかれている。残りのHPバーは三段、半分を切っていた。
(これならば、五人が退避するまで持ち堪えられそうだ。だが…)
どうにも腑に落ちないと、イタチは感じていた。最前線で戦ってきたイタチは、ボスモンスターというものが如何に強力なものかを知っている。そのステータスはさるものながら、ソードスキル以外に特殊な能力を兼ね備えているものが多いのだ。だが、この木の巨人に関しては、戦闘開始時に見せた脅威的な怪力以外に目立った能力が無い。防御力も、重攻撃を食らわせれば簡単に半分まで削ることができた――尤も、イタチのステータスは並みのフロアボスを圧倒して余りあるのだが。故に、イタチはこのボスが何か隠し玉を持っているのではないかと感じていた。
「ルゥゥゥウウァァアアアア!!」
「何!?」
そんなイタチの疑問に答えるかのように、木の巨人はこれまでになかった行動に出た。棍棒を振り上げる素振りを見せずただただ咆哮を上げる。すると、全身の皮膚からいくつもの突起物が生え、地面に弧を描いて落下した。
(特殊攻撃?……いや、まさか!!)
先のポイズン・カクタスと同様に、全身から突起物を発射して攻撃するのだろうと思っていたが、そうではないらしい。木の巨人から飛び出た突起物に嫌な予感を覚えたイタチ。キアストレートを再び構え直し、突起物の破壊にかかる。下級ソードスキルを連発して五つほど破壊したが、健闘空しくのこりの突起物に異変が起こる。
地面に刺さった突起物が、突如動き出したのだ。やがてそれらはバキバキと枝が折れるような音を立てて変形し、手足を生やした人形となった。
「ルゥゥォオ!!!」
現れたのは、二十体以上はいるであろう木の兵隊。各々が巨人同様、棍棒を握っている。各々の頭上には、一本のHPバーと共に、『Woody soldier』――木の兵士という文字列が浮かんでいる。これこそが、ボスモンスターたる木の巨人が有する特殊能力だったのだ。
(やられた!まさか、ここに来て人海戦術を取られるとは……!!)
ボスモンスターに取り巻きが付くことはさして珍しいことではない。だが、ボス自身が取り巻きを作り出すというパターンは、今までの攻略において存在しなかった。この木の巨人自体、イタチも初見のモンスターであったために、能力を見誤ってしまったのだ。だが、それを悔やんでいる暇は無い。結晶無効化エリアを抜け用としていた五人組が、突如現れた木の兵隊に包囲され、立ち往生しているのだから。
「ウォォオオ!!」
ソードスキルを連発して、立ちふさがる木の兵士を切り伏せていく。木の巨人の方も、兵士を呼び出してからそろそろ攻撃へと行動を移そうとしていた。真っ先に餌食になるのは、一番近くにいる五人組だろう。一刻も早く、木の巨人に一当てしてタゲを取らなければ犠牲者が出る。焦る気持ちを抑え、イタチは目の前の敵を確実に始末して巨人に近づこうとする。だが、
「シュルルルゥゥウウ!!」
「キシャァァアアッ!!」
後ろの方から、植物系モンスター中心に群れの鳴き声が聞こえてくる。ちらりと後ろを見てみれば、先程煙玉で足止めしていた群れがすぐそこまで近づいていた。攻撃射程まで、もう数歩とないだろう距離だ。
(次から次へと……)
大群による包囲に、首が回らなくなっていくイタチ。無理もない。猛毒植物モンスター中心の群れの相手に始まり、ボスモンスターとの真っ向勝負。それらをたった一人で、しかも五人のプレイヤーを守りながら行ってきたのだ。並みのプレイヤーではこれほどまでに長くはもたなかっただろう。
「きゃぁっ!」
「サチ!」
木の兵隊に包囲された五人組を見ると、女性プレイヤーが木の兵士に棍棒で殴られていた。HP全損はしていないものの、軽いダメージではない。このままでは全滅するのも時間の問題だ。
(……最早、これまで…なのか…!)
イタチ一人ではどうにもならない事態である。前世の忍時代にも似たようなことはあった。敵の忍に囲まれ、逃げ場の無い状況の中での応戦…結果は、イタチを除いて敵味方部隊全員が死亡した。どれだけ力を得ても、守れないものは存在した。転生した新たな、そして自分が生きた場所に似た世界で、イタチは初めて自身の無力を痛感した。
前世と同じく、全ては自分一人で何でもやろうとした報いなのか…自己犠牲という、自分が今まで辿ってきた道そのものが間違いだったのか…
「ハァァァアアアッッ!!」
そんな考えが胸中を占める中、イタチはこれまでに無い気迫で目の前の敵をなぎ倒しながら、五人組のもとを目指した。何が自分にできるか分からない。だが、どうしても諦める気にはなれなかった。前世の忍時代ならば、仲間の死すら冷静に受け入れられていた筈なのだが…或いは、だからこそ、がむしゃらになっていたのかもしれない。前世と同じ道を辿ることを拒んだ末の行動なのか、イタチはただ只管に足掻いた。
「ルゥァアッ!!」
「きゃぁあっ!」
だが、そんな抵抗も空しく、木の兵士が先の少女へさらなる追撃を食らわせようとする。今度はライトエフェクトが伴う一撃――ソードスキルだ。今度こそHP全てを持っていかれる。即ち、命を絶つであろう一撃。イタチは為す術なくそれを視界に捉えるしかできない。だが、その時だった―――
「うおりゃぁぁあああ!!!」
突然響き渡る、威勢のいい掛け声。モンスターに気を取られて、索敵スキルによる接近を感知できなかったそれは、男性プレイヤーのものだった。
(あの声は……!)
イタチにとって、ベータ時代から聞き覚えのある声だった。思わず振り向いてみると、そこにいたのは、黒い着物の上に鎧を纏ったオレンジ色の髪の少年。手に持つ武器は、巨大な刀身を持つ片刃の両手用大剣――「アスタリスク」。振り翳す大剣系ソードスキル、「セミサーキュラー」が、巨大な半月を描き、三体の兵士を横薙ぎに斬り捨てた。
「イタチ!」
「カズゴ!?」
イタチの名を呼んだプレイヤー――カズゴの突然の出現に、イタチは若干驚く。ベータテスト時代からの知り合いで、同じ攻略組に所属する間柄だが、何故こんな場所に彼がいるのか、イタチには理由が分からない。しかし、この場に現れたのは、彼だけではなかった。
「全く!僕達の知らないところで、とんでもないことになってますね!」
「まあまあ、取りあえず間に合ったんだし、何とかなるさ。」
長剣片手に外套を翻した白髪の少年と、刀を手に呑気な雰囲気を纏った熊の爪の首飾りを掛けた少年が、五人組を襲っていたモンスターの群れへと突撃する。
「アレンにヨウ…お前達まで……くっ!」
新たに現れた二人の少年も、イタチには見覚えがあった。第一層から攻略組に属してフロアボスを倒してきたベータテスター…長剣使いのアレンと、刀使いのヨウだった。
二人ともカズゴ同様、増援らしいが、何故三人もの攻略組プレイヤーがこんな時間、こんな場所にいるのか、やはりイタチには理解できない。だが、それを考える間も無く、後方から迫っていた群れがイタチに襲い掛かる。イタチは、突然現れた増援三人にどう接するべきか考えるまえに、敵の群れを殲滅する必要があると判断し、キアストレートを構え直す。と、そこへ、
「よお、イタチ!手間取ってるみたいじゃねぇか!」
イタチの横へ、軽口を叩きながら現れたのは、趣味の悪いバンダナを頭に巻き、戦国時代の武者風の鎧に身を包んだ刀使いの男性プレイヤー。イタチにとって、このデスゲームが始まってから長い付き合いになるプレイヤーの一人だった。
「クライン…手伝ってもらえるか?」
数層前のボス攻略から最前線に加わっている攻略ギルド、「風林火山」のリーダーであり、デスゲーム開始時からのイタチの協力者にして親友のクラインに、イタチは視線を合わせず、しかし信頼の籠った声で共闘を依頼する。
「応よ!こちとら、お前を助けるよう頼まれて来たんでな!行くぜ、野郎共!!」
クラインの掛け声に応じ、後方からさらに六人のプレイヤーが駆けつける。クラインの鎧に刻まれたものと同じ紋章を持つ彼等は、風林火山のギルメンである。「頼まれた」、と言っていたが、それはつまり、イタチがこの階層に来ることを知っている人物が、先の攻略組三人とクライン率いる風林火山にイタチの救助を頼んでいたということなのだろう。誰の差し金かは分かっているが、その配慮は今となっては非常にありがたい。イタチは十人に及ぶ攻略組の応援に甘えて、敵の殲滅に乗り出すことにした。
「この階層のモンスターは毒を持つものが多い。クライン、お前や他のメンバーは耐毒ポーションを服用しているか?」
「おう、抜かりはねえぜ!」
「よし…なら、針を持つモンスターを中心に仕留めろ。そいつらは大概が猛毒を持っている上に、針を発射する。ポーションの効果が切れる前に潰せ!」
「よっしゃ、分かった!!」
「大概の植物系モンスターは、胴体の茎が弱点だ。横薙ぎのソードスキルで薙ぎ倒せ!」
「了解!!」
「トードスツール・メイサーは、打撃系ソードスキルを食らわせると毒胞子をばら撒く。刀剣使いが相手をしろ!」
「俺の出番だな!!」
「メガネペントは、腐食効果のある溶解液を体内に持っている。袋は傷つけず、茎だけを正確に狙うよう注意しろ!」
イタチの指示のもと、風林火山メンバーは次々とモンスターを撃破していく。メンバー全員が耐毒ポーションを服用しているお陰で、ポイズン・カクタスのような毒針を発射するモンスターも脅威ではない。イタチを含めた八人で交互にスイッチし、POTローテを即席で組んで殲滅していった。
その後方で、木の巨人とその兵士を相手にしていた攻略組三人は、五人組の中層プレイヤーを守りながらも取り巻き・本体両方にダメージを与えて追い詰めていく。攻略組であり、ソロプレイヤーとして戦ってきた経緯のある三人にとって、この階層のボスは脅威足り得ない。やがて、カズゴの豪刀による一閃がHP全損に追い込み、木の巨人はポリゴン片へと帰した。
同時に、イタチと風林火山が相手していたモンスターの群れも殲滅が終わった。第二十一層のフィールドに夜の帳が下りる中、攻略組プレイヤーを巻き込んで行われた大戦闘は、誰一人犠牲者を出すことなく、終結した。