ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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仮想世界への誘い
第一話 桐ケ谷和人


 

「転生」――それは、魂が死という過程を経て新たな命のもとへ生まれ変わることを意味する。かつてイタチのいた忍者の世界においても、その概念は存在し、その手の分野の忍術も存在していた。尤も、大概が禁術指定されており、かつて一度死んだイタチを再度蘇らせた忍術も、「穢土転生」と呼ばれる、生きた人間を生贄に死者を蘇らせて殺戮人形に仕立て上げる術だった。イタチの場合は、ある抜け道によって術者の支配を逃れることに成功し、その上術者に接触して解除させるところまでやってのけたのだが。

閑話休題。そして、イタチはまさに、忍術においては禁忌扱いの「転生」と呼ばれる現象を経て、生まれ変わっていたのだ。

 

病院で目覚めた後、病室を訪れた女性や病院に勤める医師達の会話から、イタチは自身が置かれている状況を整理した。自分は二度目の死を迎えた後、魂が死後の世界へ行くことなく、――信じられない話だが、――転生したようだった。最初は、また何かの転生忍術によって魂を口寄せされたのかとも考えたが、自身の置かれた状況や周囲の人間の反応から判断して、その線は薄いと考えた。

自分の魂が入っている器となっている身体の持ち主の名前は、和人。3歳の幼い少年で、どうやら事故に遭ったところを病院へ運び込まれたらしい。幸い大した怪我も無かったが、問題は彼の両親だった。和人の両親は、自分がこの場所に来る原因となった事故によって二人とも命を落としたらしい。桐ヶ谷翠と呼ばれた女性の話を聞く限り、どうやら彼女が今後、和人の引き取り手として母親となるらしい。イタチ改め和人は、未だ混乱の最中にありながらも、3歳児として見えるよう振る舞い、より詳しい周囲の情報を集めて脳内で整理していった。

 

桐ヶ谷翠とその夫である峰嵩に連れられて病院を出た和人は、再び驚くこととなる。どうやら自分が転生しているこの場所、この世界は、かつて自分が居た忍者の世界とは全く別の異世界だったのだ。入院していた頃から違和感はあった。病室に置かれた医療機器は、忍術によって築かれた文明のそれとは異なる技術体系だったからだ。忍術の源であるチャクラに依らない、純粋な機械文明…それも、かつてイタチが居た世界のものとは比べ物にならないほど高度なものだった。

病院を出た後、和人は自分が今居る世界に関する情報を可能な限り集め、かつてイタチとして生きた忍者の世界との、技術および社会体系、一般常識の違いを調べ上げた。その中には無論、忍者の存在も含まれる。

そして、愕然とした。忍者と呼ばれる諜報活動や暗殺を行う集団は存在していた。だが、それはこの世界においては既に数百年も昔――鎌倉時代や江戸時代における話である。今でも有名な忍者の土地である伊賀や甲賀では、観光客に披露するために手裏剣術などを披露しているらしいが、忍者の存在は観光用の目玉程度の価値しか無いようだ。

そもそも、忍術というものの認識が異なる。チャクラという忍術発動のためのエネルギーすら認知されていないこの世界では、忍術は道具や薬品に頼った――イタチからしてみれば――小手先だけの技術でしかない。忍術が無かったからこそ、機械文明が目まぐるしい発達を遂げたとも考えられるが。

 

(持ち合わせている一切の常識が通用しないのは厄介だな…)

 

自身が生きていたかつての世界とは全く勝手の異なる世界に戸惑いを隠せない和人。運命の悪戯としか言えない現象によってこのような事態に直面しているのだが、何より行動の指針となる目的が無い。かつての世界に戻るということも考えはしたが、既にあの世界では自分は死人。今更帰ったところで居場所などありはしない。とはいえ、全く未練が無いわけでもない。何もかもを自分で背負い過ぎてしまったが故に、ただ一人の弟を復讐鬼にしてしまったのだ。二度目の死の間際まで、弟――サスケは自分が守ろうとした里に対する憎しみを捨てようとはしなかった。どのような結末に至ろうと、サスケを愛する気持ちは変わらないが、その行く末は気になる。だが、その考えもすぐに振り払った。サスケのことは、既に一人の少年に託していたからだ。弟が自分の里を滅ぼすかもしれないと言っても変わらぬ、「絵空事」としか言えない友情を口にし、真実を知って尚揺るぎない思いを胸に秘めたあの少年――うずまきナルトに。力を付けたことで、一人で無茶をしがちだったが、あの少年ならばきっとサスケを救ってくれる筈。いや、彼の仲間達もきっと力を貸してくれるに違いない。ならば、自分が戻る余地など無い。自分がするべきことは、彼等を信じることなのだろう、そうイタチは思った。

 

(そうだな…ナルト、サスケ…。)

 

自分が今、何をすべきなのかは分からない。だが、少なくとも決めたことが二つある。一つは、かつての世界に置いてきた弟と、その親友の行く末が光あるものと信じ続けること。自分の死んだその世界に残された者達がどのような運命を辿るかは全く分からない。ならば、自分にできることはあの世界への未練を断ち切り、信じ続けることだけだ。

そしてもう一つ、この世界で生きて行くこと。忍者として、父を、母を…大勢の人間の命を奪ってきた罪は、自分一人の命で償い切れるものではない。いずれ地獄へ落ちる身と覚悟していた自分が、何故このような奇妙な境遇に置かれたのかは全く分からない。だが、自分がこの世界に来たことに意味があるのならば、それを探してみるほかない。イタチ――和人はそう結論づけた。

 

 

 

2022年5月9日

 

イタチが桐ヶ谷和人として転生してから、およそ十一年の歳月が経った。当時三歳だった和人は十四歳。中学二年生である。転生したての頃は、社会常識や文明の違いからくるカルチャーショックに戸惑う日々だったが、どうにか慣れることはできた。転生当時の年齢が三歳だったおかげで、一般人にずれた思考や年齢に不相応な態度等はどうにか誤魔化せた点は大きい。イタチとして忍者の世界に居た頃は、任務で風習の違う国への潜入や、実年齢よりも下の子供に変化することも多々あった。流石に3歳児まで年齢を偽ることは今までなかったが、それらの経験のおかげで周囲に溶け込むのにはそれほど苦労せずに済んだ。

 

桐ケ谷和人の自宅は、埼玉県南部にある。昔の街並みを残した地域の敷地の一角を占め、母屋の他に小さな道場を備えている。祖父が他界した後も残されている道場は、この家の住人によって使われ続けている。

 

「めぇええんっ!!」

 

「甘い。」

 

今日も今日で、早朝の道場に威勢のいい少女の声が響く。防具を付けて稽古をしている二人の少年少女。少女は威勢よく竹刀を振るが、少年の方はそれを最小限の動きで捌いていく。息絶え絶えに竹刀を振り回す少女だが、目標には一撃も入らない。どころか、軽やかなステップで少女の攻撃を往なす少年には、まだまだ余裕が窺える。

 

「面!」

 

「わぁっ!」

 

それまで防御に徹していた少年が、動きを攻めに切り替える。力いっぱい竹刀を振り回して疲弊していた少女に生じた隙を見逃すことなく、脳天目掛けて的確な一撃を振り下ろす。反応が完全に間に合わなかった少女はそれをまともに受け、衝撃で尻もちをついてしまう。

 

「痛たた…やっぱり和人お兄ちゃんは強いなぁ…」

 

「直葉は太刀筋が正直すぎる。あれではすぐに動きを見切られるぞ。」

 

そんな言葉を交わしながらも、少女は少年の手を借りて立ち上がり、礼をすると防具の紐をほどいて面を外す。同時に、二人の素顔が露になる。

少年の方は、大人しいスタイルの黒髪に柔弱そうな両目に線の細い顔が特徴的な少年。少女の方は、眉と肩の上のラインでばっさりとカットされた黒髪に、やや勝気そうな瞳をした、どこか男の子めいた雰囲気を纏った少女。桐ヶ谷家の住人である和人と、義妹の直葉である。

 

「力技で勢いをつけて振るうだけでは簡単に避けられてしまう。相手の動きを見極め、先読みすれば、当てられる軌道が分かる。」

 

「う~ん…簡単に言うけど、難しいよ…」

 

「まあ、その内慣れるだろう。要修行だな。」

 

二人が剣道を始めたのは、祖父によって八歳の頃から近所の剣道場に通わされたことが切欠だった。前世において、うちはイタチという忍者として忍の戦いを経験した和人は、その能力を剣道においても遺憾なく発揮し、その実力は有段者の大人すら軽く凌駕していた。

 

「早く片付けて朝食の支度だ。母さんもそろそろ起きてくる頃だろう。」

 

「うん、分かった。」

 

ここ最近、二人の母親である翠は遅くまで残業をしている。パソコン情報誌の編集者の仕事をしている翠は、近年発売されるという新ジャンルのゲームに関する取材で忙しいらしい。〆切が近づくとほとんど家に帰って来ない翠だが、今の忙しさはそれとほぼ同等と言っていい。

 

「それにしても、お母さんや世間が注目している新しいゲームって、どんなものなの?」

 

「VRMMORPG…仮想世界大規模オンラインロールプレイングゲーム。頭から顔を覆うヘッドギア型ゲーム機、ナーヴギアが通じて五感全てにアクセスし、その意識をデジタルデータの世界に送り出す。現実と完全に隔離された、仮想現実のもとで行われるゲームだ。」

 

直葉の疑問に、母親の情報誌から得た知識をもって淡々と答える和人。忍者の世界から転生して十一年、自分の転生した世界のことを知るために、その要である機械文明――とりわけコンピュータ関連の技術に関しての情報収集には精力的に動いてきた。また、母親が情報誌の出版社に勤めていることもあり、人並み以上にパソコン関係の知識に精通するに至ったのだった。

 

「ふ~ん…なんかよく分かんないけど、それってすごいの?」

 

「ナーヴギアを使用したゲームは出ているが、パズルや知育、環境系のタイトルのソフトばかりだったからな。RPGとなれば、ゲームの世界に入って戦うのと同義だ。仮想現実を売りとするゲームとして、待ち望んでいたものがようやく出たといったところなんだろう。」

 

「それじゃあ、そのナーヴギアっていうのを使えば、ゲームの世界で冒険できるようになるってこと?」

 

「そういうことだ。」

 

直葉の問いかけに答えながらも、道場を出て台所へ移動。共に朝食の支度をする。会話をしながらの作業なのに、その動きには一切の無駄が無く、あっという間に朝食が出来上がる。

 

「面白いのかなぁ…それって。」

 

「さあな。だが、従来のテレビゲームとは一線を画すジャンルであることは確かだ。」

 

「お兄ちゃんはどうなの?パソコンにも詳しいけど…やってみたいと思う?そのゲーム。」

 

「…そうだな。興味はある。」

 

それまでほとんど表情に変化の無かった和人の顔に、若干の苦笑が浮かぶ。仮想世界、という言葉には何故か自分とは無関係でない意味を感じている。写輪眼という特殊な眼を持つうちは一族に生まれたイタチは、その眼の力――即ち、瞳術を駆使して幾度となく敵を幻惑の世界へ落としてきた。幻術自体は忍者の世界で珍しい術ではないが、うちは一族はとりわけその分野の術に秀でている。故に、この世界の技術が忍術でしか再現し得ない仮想世界を実現するという話には惹かれるものがある。

直葉はそんな兄の微妙な変化を目敏く察知し、さらに問いかける。

 

「お兄ちゃんもやってみたら?お兄ちゃんが興味あることなんて、滅多にないじゃない。」

 

「ベータテストをやるらしいが、応募者は現在十万人以上いるとのことだ。ハガキを出しても、望み薄だな。」

 

「そっか…それじゃあ、お母さんに頼んでみたらどうかな?」

 

「情報誌編集者といえど、初回ロット一万本のゲームソフトを手に入れるなんて、そうそうできっこないさ。それに、そこまで無理をさせたくはない。」

 

久しぶりに和人の興味のある話題になったのに、相変わらず素気なく答える和人に、直葉はどこか不満げな表情をする。十年以上一緒に暮らしている兄弟同士だが、和人は直葉をはじめ家族に対してあまり感情を見せたがらない。疎遠になっているわけではない。話しかければ、きちんと返事をしてくれるし、稽古だって付き合ってくれる。ただ、互いの距離感が曖昧なだけ。直葉はその距離を埋めようと日々努力しているが、和人との関係にはなかなか変化は起こらなかった。

直葉がそんなことを考えながら朝食を準備している内に、着替えを終えた翠もやってきて三人そろって朝食を食べ始める。メニューはご飯、味噌汁、卵焼き、納豆、目刺と純和風なものだった。朝食を終えて食器を洗い終えると、和人と直葉は学校へ行く。

 

 

 

どこの家庭にもある、ありふれた日常。それは、うちはイタチとしての前世を持つ和人にも、覚えのある風景だった。だが、自分はそれを破壊した…自らが属する木の葉隠れの里に訪れる戦乱の世を回避するために、イタチは自らの手を汚した。自分の実父が里に対して企てていたクーデターを阻止するために、ただ一人の弟を除いて一族を皆殺しにした。父はもちろん、母も、友人も、恋人も…うちはという一族の人間全てを殺した。

そんな前世を持つ和人は、時々思う。また、あの時のような悲劇が起こるのではないか、自分が起こしてしまうのではないか、と。自分の今ある世界では絶対にあり得ないこととはいえ、不安は拭えない。平穏とは無縁の世界で生きていた記憶は、和人の心に常に僅かながらの影を落としていた。そのために、家族との距離感も掴めずにいる。

前世を省みるに、今の生活は自分には過ぎた幸せだと、和人は思う。十年以上生きてきてもその考えは変わらない。それでも、生きることを止めるつもりはない。自分がこの世界に来た理由を、和人は…イタチは探し続けていく…

 




和人と直葉の関係について、加筆修正を加えました。前世のうちはイタチとしての記憶を持つ和人ならば、SAO原作のキリト以上に他人との距離感が狂っていてもおかしくないと思いました。里のため、恋人や家族を惨殺した過去を持つイタチが、新たに得た人生をそう簡単に甘受できるとは思えなかったので、家族相手でも距離を置いてしまっているという状態にしました。

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