ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版- 作:鈴神
2023年5月25日
第二十一層で起こったMPK未遂事件から一晩経った翌日。結局、夜通しでシフトを組んで見張りをしたものの、犯人であるPoHと思しき人物は現れなかった。標的となった月夜の黒猫団が全員生還している以上、何かしらの接触があると考えたが、どうやら徒労だったらしい。犯人を結局逃したことに、見張りに協力した攻略組の何人かは愚痴を溢していたが、イタチとしてはプレイヤー同士の殺し合いが起こらなかっただけでも僥倖だった。
何はともあれ、黒猫団のリーダー、ケイタと攻略組の話し合いの結果、犯人からの再度の接触は無いと結論付け、しばらくは注意して活動するということで決着した。そして現在、最前線へと戻る攻略組を、黒猫団が見送りしていた。
「皆、本当にありがとう。おかげで、僕達はあの森から生き残ることができた。」
「ああ。お前達も、これからは気を付けろよ。」
イタチを含めた攻略組十一人に対し、ケイタが代表で頭を下げて礼を言う。それに倣い、後ろの四人も各々、礼を述べる。前線ではさんざん煙たがれていた元ベータテスター達も、感謝されることなど滅多に無いだけに、満更でもない様子だった。
「攻略組か~……第一層攻略には一カ月かかったけど、今では半年で二十五層、だったよな。凄え勢いだよな。」
「そうでもねぇぞ。今度のボスは、これまで以上の強敵なんだからなぁ……」
「ザ・ツインヘッド・タイタン、でしたね……確かに、あれは強敵です。」
「全身が硬えって話だしな。剣主体の俺達は、今回はあまり出番は無さそうだがな。」
「まあ、なんとかなるさ。」
ダッカーと呼ばれたシーフの少年の言葉に対し、ボス攻略における懸念を振り払えない様子を見せるクラインやアレン達だったが、ヨウはいつも通りの調子で「なんとかなる」と言う。そんな気の抜けた言葉に、しかし攻略組の面々は苦笑しながらも表情に緊張は取れていた。
「それじゃあ、見送りはここで良い。お前等も、気を付けろよ。」
「ああ。もう無理な狩りはせず、皆で生き残れるように活動するよ。」
「それで良い。さあ皆、行くぞ。」
イタチの一声で、攻略組プレイヤー達は宿を後にしようとした、その時だった。転移門広場のある方向から、フードを被った小さな人影が走り寄ってくる。見慣れたローブを着たそれは、情報屋のアルゴだった。
「イタっち!大変だヨ!」
「……何があった?」
敏捷値を最大にゲインして走ってきたアルゴは、息も絶え絶えだった。アルゴとの待ち合わせは、最前線での筈。何故、朝早くからこんな場所に来たのか。理由は分からないが、何かとんでもない事が起こったのではないかとイタチは察した。
「解放軍が、大部隊を連れて二十五層のフロアボス攻略に繰り出したんだヨ!」
「何?」
アルゴの言葉に、イタチや他の面々はざわめく。アインクラッド解放軍、通称軍は、現在最前線で攻略を進めているトップスリーギルドの一角である。先日の攻略会議では、ボスの性質から攻略においては参加メンバーを最前線から外す方針が決定した筈のギルドが、何故動きだしているのか。
「ディアベルはこの事を知っているのか?」
「イヤ、部隊を率いていたのは、キバオウだったヨ。ディアベルは、定例会議に出ているから、このことをまだ知らないんだヨ。」
「ったく……何考えてんだよ、あのサボテン頭は!」
相性が悪いと分かっている筈の人物が、大部隊を連れて攻略に向かうなど、自殺行為としか言えない。トップであるディアベルを差し置いての勝手な行動に対し、クラインは悪態を吐く。他の攻略組の面子も同様に顔を顰める。と、そんな中で……
「サボテン……頭?」
クラインの口から出た言葉に、サチが反応する。その表情は、どこか怯えた様子だった。攻略組同士が話し合っている中、イタチはそんなサチの反応を目敏く察知していた。
「サチ、どうしたんだ?」
「あの……その、キバオウさんって言う人、サボテンみたいな髪型……なんですか?」
「ああ、そうだぜ。名前の通り、人に噛み付くは、見た目通り刺々しいわで……しかも、ベータテスターをとことん嫌悪している奴だ。全く……何であんな奴が軍の指揮官なのか、疑問だぜ。」
サチの問いに答えたのは、カズゴだった。キバオウのことを思い出し、嫌そうな顔を浮かべている。対して、質問に対する答えを聞いたサチは、目を見開いて驚いた様子だった。
「もしかして……その人、関西弁で喋るんじゃないですか?」
「よく知ってるネ。アイツの悪名も、遂に中層プレイヤーのところまで及んでいたのカ~……でも、そんな情報が流れているなんて、聞かないヨ。」
続いての質問に答えたのは、アルゴだった。だが、彼女はイタチ同様、悟っていた。目の前の少女は、今回のキバオウの暴走に関して、何かを知っていると。その証拠に、サチの表情は先程よりも青ざめていた。
「サチ、何を知っているんだ?」
尋ねたのは、イタチだった。その表情は真剣そのもので、先程までざわめいていた他のプレイヤー達も口を閉ざして視線を向けていた。サチは恐怖で震えながらも、ケイタに支えてもらいながら、自分の知っていることを口にした。
「その人、大変なことになるかもしれない……!」
サチの口から、衝撃的な事実が語られる。昨晩、宿を飛び出して入った地下水路で、キバオウらしきサボテン頭のプレイヤーを見たこと。その場には、もう一人のプレイヤーがおり、攻略の話をしていたこと。
そして―――その人物が、PoHに酷似していたことを――――――
話を聞いた攻略組一同は、驚愕していた。そんな中、真っ先に動きだしたのは、他でもないイタチだった。
「アルゴ、行くぞ!」
「あいヨ。」
「お、おい!イタチ!?」
クラインの制止に、しかしイタチは答えずに駆け出す。慌てて他の攻略組プレイヤー達も、イタチと共に転移門へと駆け出していった。向かうは二十五層迷宮区……そこにある、フロアボスの待ちうける部屋。
残された黒猫団は、ただただ唖然として彼等を見送るしかできなかった。サチは一人、ケイタに支えながらも、震える身体を抱いてイタチの背中を見つめ続けた。
第二十五層転移門広場に、攻略組十一人と情報屋のアルゴが現れる。イタチとアルゴは転移門から出ると、それぞれに行くべき場所を確認する。
「アルゴ、ディアベルや他の攻略組プレイヤーをボスの部屋へ行くように言っておいてくれ。」
「分かったヨ。料金は後で請求するからネ。」
「分かっている。俺は先にボスの部屋へ行く。できるだけ早く頼むぞ。」
それだけ言うと、アルゴはギルド間の定例会議を行っている会場へ、イタチは迷宮区へと走りだそうとする。だが、迷宮区へ続く道には、イタチを遮る形で立ちはだかる人影があった。
「イタチ……お前え、迷宮区のボスを一人で食い止めるつもりなのか?」
「……その通りだ。今は議論している余裕はない。そこをどいてもらうぞ。」
クラインの横を通って迷宮区へ向かおうとするイタチ。だが、今度はアレンが止めにかかる。
「イタチ、君一人で本当にボスを止められると思うの?それに、軍のプレイヤーを救えるの?」
「……軍の連中が罠に掛かったのは、黒幕を捕らえられなかった俺の責任だ。俺が行くしかあるまい。」
イタチの胸中には、危険人物と知りながらもその凶行を止められず、あまつさえ次なる犠牲者を出そうとしている事実に対する罪悪感が渦巻いていた。今、自分のすべきことは、キバオウはじめ軍のプレイヤーを止める事であると、イタチは疑わなかった。
そんなイタチの姿に、クラインやカズゴは舌打ちしながら言い放つ。
「ったく!……お前は本当に、何でもかんでも一人でやろうとしやがって!」
「悪いが、俺は目の前で、一人で危険に飛び込もうとしている奴を見捨てられるほど、非情にはなれないんでな。勝手に付いて行かせてもらうぜ。」
またも一人で背負って突っ走ろうとするイタチに、しかし攻略組プレイヤーは同行すると言って一歩も退かない。イタチはそんな彼らに対し、冷淡な態度で応える。
「今回ばかりは、危険過ぎる。フロアボス相手じゃ、本気で死にかねんぞ!」
「上等だこの野郎!俺ぁ、攻略組として仲間を助けるって決めたんだ!ボス戦くらい、どうってことないぜ!」
半ば脅すように語りかけたイタチの言葉に、しかしクライン達は全く怯まない。イタチを真っ直ぐ見つめ返し、堂々と反論した。
「イタチ、もっと仲間を信じても良いんじゃねえか?少なくとも、オイラを含めてここにいる奴等は皆、お前のことを仲間だと思ってることだしよ。」
ヨウの「仲間」という言葉に、イタチは戸惑う。それは、ビーターとして、全プレイヤーの憎しみを背負う立場で攻略に臨む自分が、求めてはいけないものだった。だが、目の前の男達は、自分の事を仲間と断じて危地へ飛び込む事に全く躊躇いがない。譬えイタチが来るなと言っても、必ずついてくる。それだけは、明らかだった。
「……勝手にしろ。」
結局、根負けしたのはイタチの方だった。クライン達は、その言葉に少しは溜飲が下がったのか、勝ち誇ったような顔で言いかえす。
「勝手にさせてもらうぜ!」
「さあ、急ごう!早くしないと、軍が危ない!」
イタチが攻略組十人と共に迷宮区へ向かっていた頃、朝焼けの光に包まれた第十四層郊外の森の中に、三つの影が揃っていた。
「ヘッドぉ、何してたんスか?」
「帰りが、遅く、なりました、ね。」
頭陀袋を被った黒ずくめの男と、髑髏のマスクを付けた襤褸切れのような服の男の視線の先には、昨晩出て行った「ヘッド」と呼ばれた男の姿があった。黒いポンチョを纏い、フードを目深にかぶったその男は、どこかいつもより楽しそうに見える。
「何か、良い事、でも、あった、のですか?」
「まあな。昨日言った、仕込みが上手くいったのさ。」
「へぇー……今度は一体、どんな“ショウ”なのさ?」
頭陀袋をかぶった男の問いに、しかし黒ポンチョの男はフードの下で口の端を釣り上げるばかりである。
「明日には、新聞あたりに面白いネタが上がっているだろうよ。」
「ああ、もう!そうやって焦らさずに教えてくれよ!」
「まあ、待て。今ここで話しても良いが……ひょっとしたら、思い通りにいかないかもしれないからなぁ……」
黒ポンチョの男の言葉に、頭陀袋を被った男と髑髏のマスクを付けた男は顔を見合わせて疑問符を浮かべる。折角仕込みをしてまで催そうと考えたショウが、思い通りにならない可能性があるのに、何故笑っていられるのか。二人には不思議に思えて仕方がなかった。
「さあ、見せてもらうぜ。名も知らぬ我が同胞よ……It’s show time……!」
疑問に思う二人を余所に、黒ポンチョの男はそう呟いた。その瞳には、未だに顔も名前も知らない、自分を追う謎の人物のシルエットが映り、気分はこれ以上ないほどに高揚していた。
第二十五層の転移門広場でアルゴと別れたイタチ等一行は、迷宮区のモンスターを次々と撃破し、二十階あるタワーを一気に駆け上がっていた。
「軍の連中、生きていりゃあ良いんだがなぁ……」
「縁起でもねえ事言ってんじゃねえよ。ほら、さっさと走れ!」
ぼやくギルメンを叱咤するのは、風林火山のリーダー、クライン。口には出さないが、皆気持ちは同じだった。アインクラッド解放軍の大部隊が出発したのが早朝ならば、既にボスとの戦闘に突入していてもおかしくない。最悪の展開は、自分達の救援が間に合わず、軍が全滅すること。それを防ぐためにも、部隊を率いているキバオウを説得しなければならないが、言う事を聞いてくれるか分からない点も含めて頭が痛い。
そうこう考えている内に、一同は遂にボス部屋のある最上階へと辿り着いた。ボス部屋は目の前である。
(扉は……開いている。これは……拙い……!)
ボス部屋の扉が開いているということは、中へと入った人間がいるということだ。イタチをはじめ、駆けつけてきた面々に緊張が走る。扉へ近づく一同の足取りも速くなり、扉の奥が見えてきた。それと同時に、
うわぁぁああああ!!
「!!!」
扉の向こうから、幾人ものプレイヤーの悲鳴が木霊した。駆けつけた一同は、いよいよもって自分達が予想した最悪の展開が現実のものとなったことを悟った。扉の前に辿り着いた十一人の視界に飛び込んだ光景は―――
「ギジャァァアアアア!!」
「ガジャァァアアアア!!」
まさしく、地獄絵図だった。双頭の巨人が、各々の頭部から咆哮を響かせる。その足元では、揃いの黒鉄色の金属鎧に濃緑の戦闘服を着込んだ剣士クラスのプレイヤー達が倒れ伏していた。盾剣士が持つシールドについた特徴的な城の印章は、紛れもなくアインクラッド解放軍のものである。
「おいおい!いきなり修羅場かよ!」
「これは……かなり拙いですね……!」
目の前の光景に、これまで激戦を生き抜いてきた攻略組の面々でさえも、硬直してしまった。今日この日までのフロアボス攻略は、最前線で立つ強者プレイヤーと、ボスについての十分な情報を集めて行われてきた。故に、このように攻略メンバーが壊滅寸前の危機を迎えるようなことはなかった。
「クソッ!何でや!何で、アイツから聞いた対策が通用しないんや!」
壊滅した解放軍の大部隊の中、自身の置かれた現状を受け入れられず、一人叫ぶプレイヤーがいた。関西弁で話すそのプレイヤーは、攻略組の中でもお馴染みの解放軍幹部、キバオウ。
キバオウの姿を見るに、サチの言った通り、PoHの偽情報に踊らされて無謀な攻略を計画したことは明らかだった。軍の精鋭を集めた大部隊といえど、この二十五層のフロアボスは相手が悪すぎる。既に犠牲者が出ているであろうこの状況、放置しておけば、キバオウ含めて全員が現実世界からもログアウトすることは目に見えていた。
それを理解していたイタチの行動は、誰よりも早かった。
「……俺は行く。お前達は、ここにいろ……」
目の前の死地に一人向かうイタチに、しかし他の面々はそれを良しとはしない。
「……一人で格好付けんじゃねえよ。」
「俺達ぁ、お前や軍の連中を助けるために来たんだからな。」
「確かに、絶望的な状況だけどよ…………まあ、なんとかなるさ。」
目の前の絶望的状況に対しても、イタチに付いてきた者達は誰一人として退かなかった。イタチはそんな十人の仲間達に対し、呆れ半分、嬉しさ半分に苦笑を浮かべた。
「では……行くぞ!」
イタチの掛け声と共に、十一人の攻略組プレイヤーが、フロアボスの部屋へと駆けこむ。扉と言う名のデッドラインを前にしても、それを越えることを躊躇う者はいなかった。各々、武器を引き抜き、ボスへと突撃していく。
「ギジャァァアアアッッ!!」
双頭の巨人の左の頭が吼えると共に、左腕の大剣が振り上げられる。ソードスキルのライトエフェクトは伴っていないが、このボスは通常攻撃でもプレイヤーに致命傷を与えるには十分なステータスを備えている。
「う、うわぁあああっ!!」
目の前に迫る死に対し、恐怖する軍のプレイヤー達。死の刃が迫る中、彼等の頭上を通過する影が現れる。
「ハァァアアア!!」
ジェットエンジンのような効果音と共に刀身の二倍に相当する赤い光を振りかざすのは、黒コートに身を包んだ剣士、イタチ。繰り出される片手剣重攻撃技、ヴォーパルスラントが、双頭の巨人の左手に持った大剣を弾き返した。だが、イタチ自身も衝撃で後方へと飛ばされてしまった。
(何てパワーだ……たかが通常攻撃を弾くのに、上位ソードスキルでもやっととは……!)
ハイレベルプレイヤーとして、筋力値にはかなりの値が振られているイタチでも、目の前の巨人の刃の前には到底及ばない。正面から力比べをしようものなら、間違いなく武器ごと身体を両断されてしまう。
「カズゴ!スイッチだ!」
「任せとけ!」
双頭の巨人が振り下ろした刃が弾かれると共に、イタチの後方に控えていたカズゴが前に出る。大剣、アスタリスクを振りかざし、上段ダッシュ技、「アバランシュ」を繰り出す。筋力重視でステータス値を振っているカズゴの一撃は、生半可なガードでは防ぎきれない威力である。流石の二十五層ボスでも、そこそこのダメージは与えられる筈。そう思ったが、
「ガジャァァアアア!!」
「んなっ!?」
カズゴの動きに反応した巨人の右の頭が吼え、右手に持った大剣でカズゴの振り下ろそうとしていた刃を弾き返したのだ。衝突時にカズゴもイタチ同様後方に飛ばされるが、流石の双頭巨人も大剣の重攻撃は容易く防げず、衝撃によろめいていた。
(左右半身で別々のAI制御で動いているのか……厄介な!)
ここに至って、イタチは目の前のボスの異常性を再認識した。ただ巨体で、ステータスが高いだけではない。一つの身体に二つのAIを搭載することで、左右半身が互いに動きを補い合っているのだ。それによって、スイッチによる連撃を防ぐことは勿論、左右でソードスキルの硬直を補い合い、さらには連続発動できる可能性が高い。
(スキルコネクト以上に勝手の良い身体だな……ならば!)
双頭巨人の能力を分析したイタチは、巨人の右側面へと回り込む。それと同時に、腰に装備していたチャクラム、ヴァルキリーを巨人の右頭部へと投擲する。ライトエフェクトが伴うそれは、投剣系ソードスキルの中位技「スワローシュート」。
「ガジャァァアッ!!」
高速で迫るチャクラムを頭部に受けた巨人の右頭部が、空中で旋回して戻ったチャクラムを手に取ったイタチの方を向く。同時に、右手の大剣をイタチに向けて振りかざす。
(右のタゲは取れたな……あとは、)
振り下ろされる大威力の大剣を、しかしイタチは軽々と回避する。それと同時に、別の位置に控えているクラインやカズゴに指示を送る。
「こいつは左右別々にAIを積んでいる!右頭部のタゲは俺が引き受ける!お前達は、左頭部のタゲを頼む!」
「よっしゃ!任せとけ!!」
イタチの指示を受けたクライン達が、巨人の左側に回り込む。両側面から攻撃を与えることで、二つある頭部のタゲを分散する作戦である。攻撃対象が別々の方向にいるならば、巨人が得手とするスイッチ破りやソードスキル連発は出来ない筈。
そして、双頭の巨人の攻撃を回避する傍ら、イタチは解放軍のプレイヤー達に退避を呼び掛ける。
「俺達がタゲを取っている間に撤退しろ!」
「長くは持たねえ!早くしろ!!」
別々の方向からの撤退勧告に、軍のプレイヤー達は立ち上がり、後ずさろうとする。だが、そんな中にあっても、退こうとしないプレイヤーがいた。
「ふざけんな!余計なお世話や!」
予想通り、そして最悪の展開だった。救援に駆け付けたイタチを筆頭とするプレイヤー達の勧告を一蹴しての、戦闘続行を宣言したのは、大部隊を率いるリーダー、キバオウ。敗色濃厚な現状にあっても、彼とその腹心である数名だけは撤退しようとはしなかった。
「その通りだ!我々解放軍に撤退の二文字は無い!敵を倒すまで、死力を尽くせ!!」
キバオウを筆頭とする幹部達が、倒れ伏している軍のメンバーを叱咤し、敵への突撃を敢行しようとしている。既に部隊は壊滅状態にあり、犠牲者も発生しているこの現状で、戦闘続行という選択は無謀以外の何物でもない。イタチやクラインは、その様を見て顔を顰める。
「何を馬鹿なことを言っている!さっさと撤退しないと、お前等全員死にかねんぞ!!」
キバオウ達に撤退を訴えかけるイタチの顔は普段通りの無表情だが、その姿は必死そのものだった。ボスの攻撃が苛烈だからというだけではない。ソードアート・オンラインを作り出した償いをする意味も含めて、イタチは今日この日まで、一人でも多くのプレイヤーを助けるために戦ってきたのだ。それが今、自分の至らなさが原因でさらに多くの犠牲者を出そうとしている。
(またか……また俺は、結局“失敗”してしまうのか……!)
結局、今の自分も前世の自分も同じ。どれだけ強大な力を手に入れようとも、出来たことは問題の先送りだけ。そして、前世の焼き直しに等しいこの状況を作り出した原因を、イタチは理解している。それもまた、前世と同じ…………自分一人で何もかもやり遂げようとしたことにあった。
己を知るということは、自分の無力を許せること。それができなければ、本来自身が出来たことを蔑にしてしまう。イタチは前世で答えを知った筈だった。だが、転生した今、この世界を全プレイヤーの憎しみを一身に背負って生きるイタチには、自分の無力を許すことはできなかった……仲間を頼ることができなかったのだ。前世の生き方に縛られ、何一つ変えられない自分の愚かさに、イタチはこの上なく悲愴な気持ちを抱いていた。
「行くで!!このボスは、ワイ等の手で倒すんや!!」
「全軍、突撃ぃいっっ!!」
「ギジャァァアアア!!」
「ガジャァァアアア!!」
そうこうしている内に、キバオウ率いる軍が、双頭の巨人に向かって再び攻撃を試みる。双頭の巨人のタゲも、生き残っている軍のプレイヤーによるシステム外スキル、威嚇(ハウル)により、救援に駆け付けた攻略組から軍へと双頭のタゲが移る。
「くっ!」
解放軍のメンバーがキバオウに続く形でボスとの正面戦闘に乗り出したことに、歯噛みするイタチ。このままでは、軍は間違いなく全滅する。イタチは再度ボスのタゲを取るべく、ヴァルキリーを投擲する。
「ガジャァァアッ!!」
軌道が放物線を描く投剣系ソードスキル、フリスビー・シュートによって、ヴァルキリーが狙い違わず双頭の巨人の右頭部の眼球を直撃する。ダメージとしては比較的大きいものを受けた双頭の巨人の右半身、その視線がイタチを射ぬく。だが、左半身が持つ大剣は、解放軍を横薙ぎにせんと容赦なく迫る。
(拙い……!!)
あの強大な一振りを、しかも横薙ぎで繰り出されれば、軍は全員丸太の様に斬り倒されかねない。ボスのタゲを取るには、頭部を狙うしかない。しかし、左側にいる救援メンバーには、投剣スキルを持つ人間はいない。もはやこれまで……イタチがそう思った、その瞬間だった。
「そらぁあっ!!」
「ギジャァァアッッ!!」
フロアボスの部屋の扉から、気合いの籠った掛け声が響く。同時に、声のした方向からイタチが使っている者と同系統の武器、チャクラムがボス目掛けて飛来する。チャクラムは双頭の巨人の左頭部に突き刺さり、大剣を振り下ろそうとする手が止まった。そして、軍が取っていたタゲが、扉から入った人物へと移る。
「手古摺っているようだな、イタチ!!」
かつてない程強大なボスがいる部屋にも関わらず、一片の恐れすら感じさせずに足を踏み入れたその人物は、紺色の長髪を靡かせた女性プレイヤー。先程のチャクラムも、この女性が投げたものだ。そして、彼女の後ろには、ボス攻略でイタチも幾度となく顔を合わせた攻略組プレイヤーの大勢控えている。
「距離的に到着するにはあと十分はかかると思っていたが、相変わらず無茶苦茶だな……メダカ!!」
己の名を呼んだイタチに、攻略組を率いてきた女性プレイヤー「メダカ」は不敵な笑みで応えた。腰に差した長剣を引き抜き、双頭の巨人へ向ける。
「攻略を執行する!皆の者、このメダカに続け!!」
攻略ギルド、「ミニチュア・ガーデン」のリーダー、メダカの掛け声と共に、彼女に追従していた攻略組プレイヤー達がボス部屋の中へと突入する。
第二十五層フロアボス、ザ・ツインヘッド・タイタンと、攻略組プレイヤー達との死闘が、真に幕を開けた瞬間だった―――