ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第二十一話 双頭相克の巨人

 過去最大級の強敵と目された第二十五層フロアボス、ザ・ツインヘッド・タイタン。そのステータスは、これまで撃破してきた二十四のフロアボスを圧倒的に凌駕するものであり、安全な攻略など不可能とされていた。しかし今、そんな最大の難敵に、作戦すら立てずに挑もうとするプレイヤー達がいた。

 

「ゼンキチ!スイッチの用意だ!」

 

「お、おう!!」

 

「セナ!奴の大剣をもっと左側に誘導しろ!」

 

「分かった!」

 

 ベータテスト出身の攻略組プレイヤー、イタチとメダカが指揮を取り、双頭の巨人を両サイドから挟み撃ちにする。解放軍を撤退させることが不可能だと悟ったイタチは、この場を最小の犠牲で乗り切るためには、ボスを倒す以外に選択肢は無いと判断した。メダカ率いる増援が到着したことにより、それも決して不可能ではなくなっている。メダカが持ち前のカリスマを発揮して、軍の生き残りたちを取りこんでいるからだ。

イタチが率いる増援プレイヤーが右側の赤眼の頭、メダカが率いるクラインの風林火山や軍を含めたパーティーが左側の青眼の頭のタゲを取り、これを翻弄する。敵の攻撃を回避し、その隙を突いてのスイッチを仕掛ける。それを繰り返す事で、着実にダメージを与えているのだ。前線で防御を行う盾戦士はいない。もし、この巨人の攻撃を正面から受けようとしたならば、防御した武器もろとも叩き切られてしまうからだ。だからこそ、敵の攻撃を捌くのは敏捷特化型のプレイヤー達である。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

「ガジャァアアアッ!!」

 

 双頭の巨人の右頭部が、標的として見定めた小柄な少年プレイヤー、セナへと大剣を振り翳す。だが、セナは直撃すれば即死は免れないそれに対し、恐れることなく正面から突っ込んでいく。だが、ボスが容赦なく繰り出す剣戟は、セナには掠りもしない。

 

(相変わらず、凄まじい敏捷……そして攻撃を紙一重で回避する軌道を瞬時に見極める機転の速さ……忍並みだ。)

 

 ベータテスター、セナは、「走り」の一点においてはイタチをして互角の能力を持つ敏捷特化型プレイヤーである。ステータス値を敏捷に多く振り分けているだけでなく、速く走るための動きを熟知しているからこそできる、随意運動によるシステム外アシストがあるからこそできる動きなのだ。しかも、攻撃を紙一重で回避する技術とセンスは、百体のモンスター群だろうと突破できるとイタチは推測する。

 

「ガジャァァアアッッ!!」

 

「ひぃぃいいっ!」

 

 振り回す刃全てを回避された双頭の巨人は怒り心頭の様子で、情けない声で逃げ回るセナを視線で追尾し、吼える。注意がパーティー本隊から逸れている今が、スイッチのチャンスである。

 

「ゴン、スイッチだ!いくぞ!!」

 

「うん、分かった!!」

 

 セナが双頭の巨人の右半身の注意を引いている隙に、イタチはメダカと共に到着したベータ時代からの顔見知りの、逆立った髪が特徴的な少年プレイヤー、ゴンと共にスイッチに入る。ゴンの武器は、とりわけ威力の高い戦槌。筋力重視のステータス振りをしており、随意運動によるシステム外アシストの技術も心得ている。双頭の巨人が如何に硬い装甲を持っていようとも、まともに食らえば大ダメージは免れない。

 

「おりゃぁああああ!!」

 

「ガ、ガジャァアアッッ!!」

 

ゴンが繰り出したのは、空中で一回転して繰り出す戦槌系ソードスキル、「ロール・インパクト」。回転によって威力が増強された一撃は、双頭の巨人の脇腹を強かに打ちのめす。

 

「はぁああああ!!」

 

 それに続く形でイタチが繰り出したのは、片手剣重攻撃技、ヴォーパルストライク。ジェットエンジンのような効果音と共に繰り出される二倍の刀身による一突きが、巨人の胸に突き刺さる。

 

「ガッ、ガッ……ガッジャァァアアッ!!」

 

 ゴンとイタチの重攻撃技を受けた双頭の巨人、その右半身が、これまでにない反応を示した。その姿は、まるで苦痛に悶えているかのようだった。そして、HPバーもゲージの減少がこれまでで最も顕著である。

 

(今の攻撃で、急所を突いたのか……)

 

 フロアボスの急所となる箇所には、何らかの目印がある筈。イタチは先程攻撃した箇所に見られる特徴を、注意深く探る。ゴンの戦槌は脇腹、イタチの突きは胸板に命中した。よく見てみると、双頭の巨人の胸部には、左右それぞれの頭部の眼と同じ色の血管らしきものが、浮かんでいる。確か、イタチの放ったヴォーパルストライクは、あの筋状になっている場所に撃ち込まれた筈。

 

(試してみるか……)

 

 意を決したイタチは、体勢を立て直そうとしている双頭の巨人へと愛用のチャクラム、ヴァルキリーを投擲する。ヴァルキリーはボスの右頭部に命中し、そのタゲはイタチへと移る。

 

「ガジャァアアアッ!!」

 

 狙い通り、巨人の右手にもった大剣が、タゲを取っているイタチ目掛けて振り下ろされる。垂直に振り下ろされた、直撃すれば即死もののそれをイタチは横へ移動して回避し、地面に刃が食い込むと同時に、その刀身へと飛び乗る。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

 大剣の刃の上を駆け上り、双頭の巨人本体へと一気に接近するイタチ。巨人がそれに反応し、大剣をふるってイタチを振り落とそうとしたその瞬間、イタチは大剣の側面を蹴って、ボスの懐へと飛び込む。

 

「はぁああっ!!」

 

 空中でイタチの突きだした片手剣、キアストレートの刀身が赤いライトエフェクトと共に二倍になる。発動したソードスキルは、先程と同じくヴォーパルストライク。だが、場所は空中である。

 ソードスキルの大部分は通常、地に足を付いて発動するのが常である。理由は単純、空中では上手くプレモーションの形成ができず、システムが技を認識し難いからだ。それを、軽業スキルなどの補助スキル無しで発動するのならば、それはプレイヤーの諸能力に依存した、超高度なシステム外スキルである。常人には不可能な技術だが、ソードスキルのモーションキャプチャーを手伝い、忍として生きた前世を持つイタチだからこそできる、超絶的な離れ業なのだ。

 

「ガ、ジャァァアアッッ!!」

 

 イタチの放ったヴォーパルストライクは、狙い違わず巨人の右半身、その鎖骨に走る赤い筋を貫いた。同時に、今までで最も大きい、明らかに苦悶に満ちた咆哮を、右頭部が上げる。予想通り、ボスの急所は胸部を走る血管のような筋なのだ。そこだけが、あらゆる刃を弾く装甲に覆われていない、言わば剥き出しの部分なのだろう。

 

「イタチ、もしかしてこれって……!」

 

「ああ、間違いない。ボスの急所だ。」

 

 ボスの懐から離脱したイタチに、ゴンが駆け寄ってボスの動向について尋ねる。ゴンも察した通り、双頭の巨人は胸部装甲の隙間に走る血管の様な赤い筋なのだろう。右半身は眼と同じく筋は赤色だが、左半身は青色。色は違うが、ポイントは同じだろう。

 そうと分かれば、右半身の相手を担当するイタチは赤い筋を狙い、左半身の相手を担当するメダカ達は青い筋を狙う作戦でいける筈。イタチは巨人の向こう側で指揮を取って奮闘しているメダカに向けて、情報を伝えるべく声を張り上げる。

 

「メダカ!!ボスの弱点は……」

 

「待って、イタチ!様子がおかしい!」

 

「っ!!」

 

 ボスの動向を観察していたゴンが、メダカに作戦を伝えるべく声を上げようとしたイタチに制止をかける。何事かとボスの方を向いてみると、巨人の右半身に異変が起こっていた。

 

「ガァァァアア……」

 

(まさか……あれは!)

 

 巨人の右胸部が、深呼吸したかのように膨れ上がる。弱点である筈の赤い血管の様な筋も、何故か太くなっている。それは、まるで空気が入って膨らんだ風船のように……

 ボスが突如取った奇妙な行動に、イタチは前世の忍時代に培った勘が警鐘を鳴らしているのを悟った。

 

「皆、退けぇえっ!!」

 

 突然のイタチの叫びに、しかし反応できた増援のプレイヤーは少なかった。イタチと共に右半身を相手していたプレイヤー達が退く前に、双頭の巨人の右半身が、新たな攻撃を仕掛けてきた。

 

「ガバハァアアアアア!!」

 

 ボスが発した新たな攻撃。それは、MMORPGにおいて現れるモンスターには定番の、そしてとりわけ強力な技。口から吐き出す赤い閃光、それは、火炎放射だった。

 

「ぐぁぁああああ!!」

 

「ぉぉおおおおお!!」

 

「わぁあああっ!!」

 

 膨らんだ巨人の右胸の中にあったのは、空気ではなく火炎。溜めこんだ膨大な量のそれを、容赦なく撒き散らす。攻略組プレイヤー達は、方々に散って直撃を避けたが、如何せん攻撃範囲が広すぎる。しかも、火炎自体もモンスターが放つ特殊攻撃の中では威力が大きい。イタチはキアストレートを風車のように回転させて、対特殊攻撃用防御系ソードスキル、「スピニングシールド」を発動して火炎を幾分か軽減することができたが、大部分のプレイヤーが大ダメージを受けてしまった。

 

(これは、拙い……!!)

 

ここに至って、イタチは目の前のボスが今までとは違う別格の存在であることを改めて悟らされる。硬い装甲、大威力の大剣二本、一体で二体分のAI……そして、火炎という特殊攻撃。恐らく、急所を攻撃された際の反撃として設定されている攻撃なのだろうが、ダメージを食らわせる度にこれを放たれたのでは、プレイヤー達は長くはもたない。

犠牲者を増やさないためにボス攻略に臨んだが、現状の救援に駆け付けたメンバーだけでは無理がある。このまま戦闘を続けていれば、軍どころかここにいるプレイヤー全員が殺される。軍のプレイヤーは、退く気配は全くない。

 

(これまでか……!)

 

 イタチの脳裏を過る最悪の結末。それを回避し、犠牲を最小限に止めるためには、攻略戦を諦めることはもとより、軍のプレイヤーを結局犠牲にせねばならない。

大を救うために少を犠牲にする。それは、前世において、里を守るためにうちは一族を虐殺したあの時と全く同じ。今にして思えば、前世の焼き直しとも言えるこの“失敗”は、ビーターと言う悪名を一人背負い、皆を遠ざけた……それこそ、汚名を一人背負って何もかも成し遂げようとした前世と変わらぬ行動に起因していると思えた。前世と同じ道を歩みつつある自分に、イタチは何一つ変えられない己の無力に、知らず心を苛まれていた。

 

「何やってんだ、イタチ!!」

 

 

 そんな思考が渦巻く意識の中で、イタチは自分を叱咤するかのように名前を呼ぶ声を聞いた。顔を上げてみると、そこには一人の男性プレイヤーが駆けつけていた。

 悪趣味なバンダナに、戦国武者風の鎧を身に付けたその男は、第一層からのイタチのフレンド……クラインだった。

 

「……何故、左半身の相手をしているお前が、ここに?」

 

「メダカの嬢ちゃんに言われて来たんだよ!それより早く立て!次の攻撃が来るぞ!!」

 

「……クライン、これ以上の戦闘は不可能だ。」

 

 応援に駆け付けたクラインに、しかしイタチが返したのは、絶望的な言葉だった。いつも通り、無表情で冷静そのものだが、今のイタチからはどこか無力感が垣間見えているようだった。

 

「あのボスには、ここにいるメンバーでは歯が立たない……このまま続けても、犠牲者が増えるだけだ……せめて駆け付けたプレイヤーだけでも連れて、離脱するんだ。」

 

「軍の連中をこのまま見殺しにするつもりかよ!?それに、この状況じゃあ、逃げ切れるわけがねえだろ!!」

 

 クラインの言葉は正しかった。双頭の巨人相手に、現在プレイヤー達は両サイドに分かれて展開している。この状態で離脱を試みるのは危険過ぎる。出口に殺到すれば、最後尾のプレイヤーは確実に大剣の餌食になる。転移結晶の使用も同じだ。結晶を手に取ってから転移先を告げるまでの時間に攻撃を受ければ、即死は免れない。だが、イタチはそれも分かっていた。だからこそ、自分が何をすべきかも……

 

「俺がボスの注意を引きつける。その間に、メダカと一緒に撤退するんだ。」

 

「んなっ!……それじゃあ、お前はどうなるんだよ!?」

 

「元々、言い出したのは俺だ。なら、俺が責任を持ってお前等を生きて帰すべきだろう。」

 

 自嘲気味なイタチの言葉に、クラインは絶句する。如何に攻略組トップのイタチといえど、双頭の巨人は相手が悪すぎる。単独で相手をして、生き残れる筈がない。それはつまり、イタチは我が身を犠牲にしてクライン達を助けようというのだ。軍を救援に来て、このような事態を引き起こした以上、イタチはそれを当然のこととして受け止めている。合理的な判断の中で、こうなればもう、前世と同じ道を歩むしかないという、自棄的な思考があったこともあるが。

だが、クラインはそれを許そうとはしなかった。

 

「ふざけんな!!お前一人置いて逃げろってのか!?」

 

「その通りだ……これは俺の……」

 

「ナマ言ってんじゃねえ!!」

 

 クラインはこれまでにない怒声を張り上げてイタチの胸倉を掴んで言葉を遮る。あまりの気迫に、さしものイタチも眼を丸くして硬直してしまう。

 

「お前はなぁ……俺の仲間なんだぞ!!見捨てることなんか、できるわけねえだろ!!」

 

「……このままでは、全員死にかねんのだぞ……!」

 

「上等だ!!……それと、お前に一つ言っておいてやる。俺はギルドのリーダーとして、心に決めたことがあるんだよ……」

 

 いつになく真剣な表情で、クラインはイタチの顔を見据える。対するイタチ、そんなクラインの姿に、前世に出会った一人の少年を思い浮かべていた。そんなイタチに、クラインははっきりと、そして強く言い放つ。

 

「仲間は死なせねえ……それが、俺の武士道だ!!」

 

「!」

 

 イタチの眼に映ったクラインの姿には、確かに覚えがあった。それは、戦いの世界に生きる者としては、戯言以外の何物でもない絵空事を信じ続ける強い心を持った少年の姿……

 

“まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ……それが俺の忍道だ!”

 

 禁術による二度目の生を受けた際に出会った、弟の親友。復讐へと走った弟を、何が何でも里へ連れ戻すと宣言した揺るぎない友情に、自分は弟……サスケを託した。

 そして今、自分の目の前に立つ男も、あの少年と同じものを持っている。

 

(抜け忍となってから忘れがちだったが……俺も、“木の葉”のうちはイタチだったな。)

 

 前世の自分が所属した木の葉隠れの里の忍は皆、火の意思を受け継いでいる。里がどれだけの闇や矛盾を抱えていたとしても、自分は木の葉のうちはイタチだ。ならば、自分にもナルトと同じ、火の意思が宿っている筈だ。

 

(そうだな……俺だけが諦めるわけには、いかないよな……!)

 

 世界は違えど、火の意思はあらゆる人間の心に宿っている。ならば自分もまた、この心に火を灯して立ち上がれる筈だ。

 

「……ありがとう、クライン。」

 

「礼はいらねえよ。」

 

 自分を犠牲にすることしか考えられなかったイタチに、大切なことを思い出させてくれた仲間に、素直に感謝するイタチ。クラインはそんなイタチの姿を見て、にんまり笑ってみせた。

 イタチのいた前世の世界では、理を重んじる忍の前身は、忠を重んじる侍だったといわれている。今となっていは数多くの流派を有した侍も廃れてしまっているが、今なおその生き様を貫かんとする者達が、鉄の国とよばれる国にいた。目の前の野武士ことクラインの心にも、彼らと同じ揺るぎない心をイタチは垣間見たのだった。

 

「さて、どうしたもんだろうなぁ……あの巨人の急所が分かった見てえだが、あの筋を突くと炎を噴きやがるんだろ?」

 

「やはり、お前も分かっていたか。」

 

「正確には、メダカの嬢ちゃんが気付いたんだけどな。で、何か手はないのかよ?」

 

「……炎を防御するには、盾戦士が必要だ。だが、今ここにいる面子には、十分に盾として機能できるプレイヤーはいない。」

 

 強大な攻撃力故に、盾は回避でのみ行うべきと考えていたが、よもや避け切れない攻撃がくるとは予想外だった。本来ならば、ここで撤退して作戦を練り直さねばならないが、軍には退く気配がない。何より、途中から参加して指揮を取っているメダカは、飽く迄勝つつもりらしい。

 十分な壁役がいれば問題は無いのだが……そう考えていた、そんな時だった。

 

「イタチ君!!」

 

 フロアボスの扉の向こうから、新たな声が響く。イタチのことを君付けで呼ぶプレイヤーを、イタチは一人しか知らない。イタチとクラインが扉の方を向くと、そこには予想通りの人物がいた。

 

「アスナの嬢ちゃん!?……しかも、一緒にいるのは……」

 

「血盟騎士団に、聖竜連合の部隊だな……」

 

 アルゴに頼んでおいた救援が到着したのだ。血盟騎士団リーダーのヒースクリフや、聖竜連合総長のシバトラはじめ、幹部まで全員揃っている。そしてその中には、イタチ等が今最も欲しているプレイヤーの姿もある。

 

「良い所に到着してくれたな。」

 

「やったぜ!これなら、ボスが倒せるんじゃねえか!?」

 

 予想以上の増援の到着に、クラインは興奮した様子で喜色を浮かべる。イタチに至っても、現状を覆すに足る勢力が来たことで、目の前に立ちはだかる規格外の巨人に打ち勝つことができるのではないかと希望を見出せた。

 

「イタチ君!助けに来たよ!」

 

 聖竜連合総長のシバトラが、大部隊を率いてイタチのもとへ現れる。連れているメンバーは、ほぼ全員がメイス等の打撃武器を持った筋力重視型のプレイヤーである。

 

「シバトラさん、ありがとうございます。早速ですが、そちらに連れているメンバーを盾持ちに切り替えてもらえますか?」

 

「え?でも、あのボスの装甲に対抗するには、打撃武器が必要なんじゃ……」

 

「良いから言う通りにしてくれ!頼む!」

 

 クラインの切羽詰まった表情での懇願に、シバトラは気圧される。その様は、まるでヤクザに脅される中学生である。シバトラは大型攻略ギルドのトップに立つ実力者でありながら、小柄で童顔な見た目通り、押しに弱いのだ。イタチはしどろもどろしているシバトラをフォローするべく、クラインを押し退けて頼み込む。

 

「シバトラさん、考えがあってのことです。それには、どうしても盾持ちが必要なんです。」

 

「……分かった、君を信じるよ。皆、装備を盾持ちに変更するんだ!!」

 

 シバトラの指示により、聖竜連合のメンバー全員がシステムウインドウを呼び出し、盾持ちに切り替える。聖竜連合の特色は、アインクラッド軍に次ぐ戦力と、臨機応変に装備を変えることにより、攻防自在の戦術を展開することができるのだ。

 

「俺とクライン率いる風林火山がメインで攻撃をします。シバトラさんは、盾役達の防御の指揮をお願いします。」

 

「分かった……君のことだから大丈夫だろうと思うけど、くれぐれも気を付けてね。」

 

「了解しました。行くぞ、クライン。」

 

「おう!任せとけ!!」

 

クライン率いる風林火山と共に前線に出て双頭の巨人が右半身に向き合うイタチ。同時に、巨人の向こう側で指揮を取っているメダカにも、先程分かったことを報告する。

 

「ボスの弱点は、胸を走っている血管のような筋だ!刺突系ソードスキルで狙え!」

 

 数十メートル離れた位置にいるメダカにも聞こえるほどの大声で、ボスの情報を叫ぶイタチ。攻略組プレイヤー全体に情報が行き渡ったのを確認したメダカが、今度は指示を送る。

 

「弱点を狙うならば、刺突系ソードスキルだな。ならば……アスナ!行け!!」

 

「分かりました!!」

 

 メダカの指示で、巨人の左半身相手の最前線に出ることになったのは、数少ない攻略組の女性プレイヤー。イタチとはリアルでも知り合いである、アスナだった。

 

「それから、ボスは一定以上攻撃を加えると、口から特殊攻撃を仕掛けてくる!!防御のタイミングを見誤るな!!」

 

「誰にものを言っている!?私がそんなヘマをすることなど、断じて有り得ん!!」

 

イタチの引き続きの報告に、しかしメダカはまたも不敵な笑みをもって答えた。イタチはそんな彼女に苦笑しながらも、改めてボスへと向き直る。

 

「クライン、俺とセナが回避盾を担当する。お前達は、急所である胸の赤い筋を攻撃するんだ。」

 

「えええええ!!僕も行くの!?」

 

 いきなり回避盾としてアシストをさせようとするイタチに、抗議するように声を上げるセナだが、イタチは聞く耳を持たず、クラインに指示を与え続ける。

 

「一定以上攻撃を加えて、ボスの胸が膨らんだら、すぐに後方へ退け。あれが特殊攻撃の予備動作で間違いない。」

 

「分かってるぜ!俺様達が、絶対にぶっ倒してやる!!」

 

 威勢のいいクライン達風林火山の言葉を背中に受け、イタチは双頭の巨人の右頭部を睨む。当の巨人の右半身も、自身に最も近い位置に立つプレイヤーであるイタチを標的と見なし、攻撃開始する。

 

「ガジャァァアアアッ!!」

 

(来る!!)

 

 巨人が右手にもった大剣が、イタチに向けて振り下ろされる。だが、イタチは身を翻すような軽快なステップで回避する。そして次の瞬間、イタチは先程まで隣にいたセナと共に、加速状態に入る。二人並んでの加速、しかし、互いにぶつかることなく、ボスの大剣の剣戟を見極めて縫うように回避していく。そして、ボスの懐に近づいたところで、イタチが前に出てソードスキルを繰り出す。

 

「はぁぁああっっ!!」

 

「ガガッ!ジャジャ、ジャァアアア!!」

 

 先程と同じく、イタチの発動したヴォーパルストライクが、ボスの胸部に走る血管を貫いた。胸を突かれた苦痛にボスが咆哮し、HPゲージも大幅に減る。そして予想通り、イタチが刃を抜いた途端、胸部の肺が膨らみだす。それを確認するや、イタチとセナは後方へと退く。

 

「火炎放射がくる!シバトラさん、防御の用意を!!」

 

「盾役、全員前へ!!攻撃に備えろ!!」

 

 イタチの言葉に、シバトラは素早く反応、指示を飛ばす。聖竜連合の盾役達は、一糸乱れぬ動きでボスの攻撃に備えるべく、動きだした。

 

「構え!!」

 

「ガバハァアアアア!!」

 

 巨人の右肺の膨らみを確認したシバトラがいよいよと判断し、合図を出す。そして直後、イタチが後退した聖竜連合の盾役目掛けて、ボスの口から火炎放射が放たれたのだ。

 

「ぐぅううう!!こいつは結構キツいぜ!!」

 

「踏ん張るんだ!ここで凌ぎ切れなければ、ボスは倒せないぞ!!」

 

「んな事ぁ、分かってるんだよぉぉぉおお!!」

 

 ボスの火炎攻撃に苦戦する、幹部であるナツ率いる聖竜連合部隊に対して檄を飛ばすのは、総長のシバトラ。だが、ナツ達部隊メンバーは、巨人が吐き出す火炎に怯まず、その猛威に立ち向かう。そして、数十秒にも満たない攻防の末、打ち勝ったのは聖竜連合だった。

 

「よし!今だイタチ君!ボスを攻撃してくれ!!」

 

「……壁役プレイヤーのダメージが大き過ぎます。俺達がタゲを取っている間に、ポーションを飲んで回復、防御力強化アイテムの使用をお願いします。クライン、セナ、行くぞ!」

 

「おう、任せとけ!!」

 

「ま、待ってよぉおっ!」

 

 それだけ言うと、イタチはクラインやセナを引き連れてボスのもとへと走り出す。だが、無表情ながらその内心は暗かった。

 

(盾役がいれば、火炎攻撃は防げると踏んでいたが、甘かったか……)

 

 聖竜連合の盾持ち達が防いでくれたおかげで、火炎攻撃から生き残ることはできたが、ダメージ量が半端ではない。ボスの頭上に並ぶ四本のHPバーは、未だ一本目を削って間もないのだ。このままでは、ボスが倒れる前にアイテム切れで敗北しかねない。

 

(正攻法では勝てそうにないな…………何か……何か他に、弱点は無いのか……!?)

 

 後ろで聖竜連合の盾役がポーションや各種アイテムを服用して体勢の立て直しを行っている間、イタチは巨人の大剣を回避しながらボスの動きを注意深く観察し、弱点を暴かんとする。と、そんな時だった。

 

「ギバハァアアアア!!」

 

 メダカが指揮を取っているアインクラッド解放軍と血盟騎士団の混成部隊が相手をしている巨人の右半身が、ブレス攻撃を放ったのだ。青眼の頭から吐き出されたのは、青白い煙。軍と血盟騎士団の盾役プレイヤーが前に出て防御したところ、彼等のからだが凍りつく。双頭の巨人の右半身が火炎を噴くのに対し、左半身は冷気を噴くようだ。その様子を横目で確認した傍ら、イタチがボスの異変に気付く。

 

(右半身の血管が、収縮している……そうか!)

 

 特殊攻撃時のボスの身体に起こった僅かな変化を、イタチだけは見逃さなかった。そしてそれが、目の前のフロアボス、ザ・ツインヘッド・タイタンを、これ以上の犠牲無しに打ち倒す唯一無二の方法であることも。

 ボス攻略の道を見つけたイタチは、脳内ですぐさま攻略のための作戦を立てる。そして、それができるプレイヤーの名前を叫ぶように呼ぶ。

 

「アスナさん!」

 

「!……イタチ君、何!?」

 

 イタチからの急な呼びかけに驚くアスナ。第一層でビーターを名乗って以降、主に攻略関係のことで話しかけられることしかなかったが、今の呼びかけにはそれ以上の、信頼に満ちたものだった。そんなアスナの様子をイタチは気にかけることなく、ただ指示を送る。

 

「合図を送ったら、俺と一緒のタイミングでボスの急所を攻撃してください!!高度なアキュラシーを持つあなたにしか頼めないことです!!」

 

「分かった!!やってみる!!」

 

 イタチの頼みに対し、アスナも同じように信頼を込めた言葉で返す。そこには、リアルでの知り合い以上に、攻略組として実力を認めあった者達の、“絆”ともいうべきものが存在していた。

 

 

 

攻略は今、加速する―――

 


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