ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第二十二話 紅の森

 血盟騎士団、聖竜連合という攻略組トップギルドの参戦により、苛烈を極めた第二十五層攻略の最中、その流れを変えんとボス目掛けて突貫する黒白二極の影があった。

 

「今です!」

 

「うん!」

 

 黒ずくめのソロプレイヤー、イタチの合図と共に、同じくソロで白い衣装に身を包んだ女性プレイヤー、アスナがボスの懐へ飛び込んでいく。

 

「うぉぉおおお!!」

 

「はぁぁあああ!!」

 

 手に持つ武器に激しいライトエフェクトを走らせながら、二人の刃がボスの胸部に走る血管を貫かんとする。そして、双頭の巨人は、己の反応速度を優に上回る動きを見せるそれを食い止める術は無く、両胸に二筋の閃光を受けてしまう。

 

「ガジャァァアアッッ!!」

 

「ギジャァァアアッッ!!」

 

イタチの片手剣上位刺突技、ヴォーパルストライクと、アスナの細剣中位型高威力刺突技、「ホワイトコメット」が、それぞれ巨人の胸を走る赤と青の筋を貫いた。急所を深々と貫いた二つの閃光は、HPゲージを大幅に削り取る。

 

(……やはり、か。)

 

 急所を“二カ所同時に”貫いた双頭の巨人の反応は、イタチの予想通りだった。先程までは、急所を穿つ攻撃に対しては特殊攻撃の反撃をしていた筈が、今回はそれが来ない。つまり、特殊攻撃スキルを打ち消した何かがあるということだ。

 

(忍術における性質変化の法則が、この世界のモンスターにも当てはめられたとはな……)

 

チャクラの性質変化とは、かつての忍世界にあった、忍術の原動力たるチャクラに関する概念の一つである。火・風・雷・土・水の基本五種類から成り、一定以上のレベルの忍術はこの性質をチャクラに付与して発動するものが一般的とされている。

そして、これら五つの性質変化には優劣関係が存在する。その中で、火遁は水遁に弱い関係にある。そして、双頭の巨人は右半身に火の性質、左半身に氷の性質を持っている。片方を刺激すれば、風船のように膨らんでその性質が強まるが、もう片方の性質は弱められる。つまり、火と冷気という、左右で相反する性質故に、左右同時に刺激を与えてしまえば、特殊攻撃は打ち消されてしまうのだ。ボスの一挙手一投足を注意深く観察し、忍としての知識と瞬時に照合することができる頭の回転の速いイタチだからこそ見抜けた弱点なのだ。

 

「アスナさん、見事です!」

 

 そして、その情報を活かすための作戦が実行できたのも、卓越した細剣技のアキュラシーを持つアスナがいたおかげだった。

絶望的だった攻略戦の中にありながら、決定的な有効打を見出せたことで、普段は無表情なイタチの顔には喜色が浮かんでいた。そんなイタチの言葉に、アスナも満面の笑みで返す。

 

「これくらい、お安いご用よ!!」

 

 今まで異常なまでに自分に距離を置いていたイタチが、初めて感情を見せて自分に応えてくれたことに、アスナの内心もいつにも増して晴れやかだった。

 

「メダカ!シバトラさん!ボスの能力を封じる手段ができた!!俺とアスナさんがメインでボスの急所を狙う!!そっちは援護を頼む!!」

 

「良いだろう!!」

 

「分かった!!」

 

 イタチの言葉に、ボスの左右半身を担うリーダーが、笑みと共に答える。イタチとアスナ、黒と白の両極を中心に攻略組が巨人を挟んで並び立ち、戦いの流れが新たに切り替わる。

 イタチとアスナが同時にボスの急所を穿ち、仰け反ったところへ精鋭プレイヤー達がスイッチして攻撃にかかる。反撃を始めれば、イタチとアスナをはじめとする敏捷特化型プレイヤー達が回避盾としてボスのタゲを取り、再び急所を突き、そしてスイッチ。戦いの流れを完全に掴んだ攻略組だったが、この一連の動き全てが常に命懸けだった。だが、ギルドやベータテスターの関係を超えた、戦いの中にある絆を誰もが信じて戦っていたのだ。

 

「ガガ、ガッジャァァアアアァアッ!!」

 

「ギ、ギギ……ギジャァアアアッッ!!」

 

 命懸けの死闘を続けること十数分。アインクラッド解放軍の暴走から始まった攻略戦の末、遂にボスのHPバー全てを削り切ることに成功した。断末魔と共にポリゴン片を爆散させて消滅するボスに、攻略組は皆、自分達の勝利が信じられないとばかりに目を見開いた。

 

「勝った……のか?」

 

「やったの、か?」

 

 ボスの消滅と共に、呆然自失となって地面にへたり込んでいる攻略組プレイヤー達。そんな彼らに、自分達の成し遂げた偉業を高らかに宣言したのは、指揮を取っていたリーダーの一人、メダカだった。

 

「皆、私達の勝利だ!!」

 

 その宣言と共に、空中に『Congratulation!』の文字が浮かび上がる。そして、先程までフロアボスが支配していた部屋の中に、攻略組プレイヤーの歓声が響き渡る。これまで二十四のフロアボスを屠ってきたプレイヤー達を苦しめ、犠牲者まで出した、あの双頭の巨人を倒す事ができた。そんな死闘を制すことができた達成感に、この場にいる大部分のプレイヤーが歓喜していた。

 

「……キバオウ。」

 

「チッ……何や、ビーター!」

 

 大部分のプレイヤーが攻略成功に歓喜する中、イタチは一人、今回の解放軍の暴走を引き起こした張本人である、キバオウのもとを訪れていた。周囲が明るい雰囲気にも関わらず、この二人の周囲には剣呑な空気が漂っている。

 

「あんたに聞きたい事がある。今回の攻略……あんたに偽の情報を売り付けて、攻略を唆した奴は、どこにいる?」

 

「……何の話や?」

 

「俺の問いに答えてもらおう。お前を騙した黒ポンチョの男……PoHは、今どこにいる?」

 

 怒り心頭でイタチのことを無視しようとしていたキバオウの顔に、驚愕が浮かぶ。どうやらキバオウは、イタチが今一番知りたい事を知っていると見て間違いなさそうだ。

 

「……どこまで知っとったんや?」

 

「PoHという名前を知ったのは、つい最近だ。お前が騙されていることを知ったのは、今朝だった。」

 

 キバオウの問いに対し、イタチは一切の感情を交えずに淡々と答えた。その顔には、かつてない程の冷酷さが宿っていた。常人ならば、眼を背けたくなる様な、極めて強い冷気を宿している。

 

「そいつの言う事を信じて乗り込んだ結果、お前の部下達は死んだんだ。攻略組を罠に嵌めた以上、これは軍だけの問題ではない。」

 

「……ビーターのお前が、正義の味方気どりかいな。厚かましい……お前の手は借りひん。わいが自分で、ケリを着ける。」

 

「キバオウ!お前、いい加減に……」

 

 ボスを倒してなおも、キバオウは頑なにイタチをはじめとした攻略組プレイヤーに対して拒絶の意思を示す。そんな彼の態度に、クラインやカズゴはじめとした血の気の多いプレイヤー達が苛立ちを露にして食って掛かる。

 

「待て。」

 

「イタチ!お前……」

 

 だが、イタチだけは、怒り心頭のクライン達を制止し、キバオウに責任追及することを止めた。先程、他の軍のプレイヤーに確認して分かったことだが、この二十五層攻略における軍の犠牲者は、十数名に及んでいたのだ。全ての責任は、解放軍の大部隊を勝手に動かして無謀な攻略に挑んだキバオウにある。最大規模のギルドにおける幹部という役職を考えても、この行動は軽率過ぎる。そして、本人がそれを自覚していることも。

 

「……お前等は、すっこんどれ。これは、わいが……わいの問題なんや…………転移、はじまりの街。」

 

 それだけ言うと、キバオウは青い転移結晶を取り出して、光と共にその場から姿を消した。行く先は、軍の本拠地がある第一層のはじまりの街。その様子を見たプレイヤー達の顔が、さらに怒りに歪む。

 

「あの大馬鹿野郎が……どこまでも勝手なことばっかりしやがって……!」

 

「イタチ、お前はどうするんだ?」

 

「追わなくて良いんですか?」

 

 その場に残されたイタチに対し、攻略組プレイヤー達はこれで良いのかと問いかける。対するイタチは、無表情ながら怜悧な表情で答える。

 

「はじまりの街に追いかけるのは無駄だ。奴が拠点に戻ったのは、装備を整えるためだろう。今から追いかけても、またすぐに転移するし、追いかけても逃げられるだけだ。」

 

「なら、どうするんだよ?」

 

「もうすぐ、奴の行く先を確実に追える男が来る。」

 

「それって……」

 

「済まない!!遅くなった!!」

 

 アレンがイタチの言葉の意味を確認する前に、件の人物は現れた。他の攻略ギルドより遅れてボスの部屋に到着した、アインクラッド解放軍のリーダー。第一層から攻略の指揮を取る中心人物となっていた、青髪の騎士、ディアベルだった。

 

「イタチ君、済まなかった……俺の監督不行き届きで、犠牲者を出したばかりか、攻略組の皆に迷惑をかけた……」

 

 攻略組一同に対し、深々と頭を下げて謝罪するディアベル。対するイタチは、相変わらず本心の見えない表情でディアベルに問いかける。

 

「謝罪はいい。それよりも、早急にキバオウの居場所を調べてほしい。」

 

「キバオウさんの?そういえば、キバオウさんはこの層にはいないのかい?」

 

「さっき、転移結晶使ってお前さん達の拠点に戻って行っちまったよ。」

 

「フレンド登録をしているあなたなら、彼の居場所が分かる筈だ。すぐに調べてほしい。」

 

「わ、分かった。ちょっと待っててくれ。」

 

 いつになく切羽詰まった表情のイタチに、ディアベルは質問の意味を尋ねるよりも早く、システムウインドウを開く。フレンドリストからキバオウの名前を選択し、その居場所を調べようとする。

 

「キバオウさんは、今ははじまりの街に……いや、転移した!第十四層だ。」

 

「フロリアンか……分かった。」

 

 それだけ聞くと、イタチは転移結晶を手にキバオウの後を追おうとする。それに対し、他の攻略組プレイヤー達も転移結晶を取り出そうとするが、

 

「よせ。ここから先には、付いてくるな。」

 

「なっ……どうしてだよ!?」

 

 イタチの言葉に驚くクライン。カズゴやアレンは、ある程度予想していただけに、呆れた様子で溜息を吐いていた。

 

「この戦いは、モンスター相手のそれとは訳が違う。ここから俺の前に現れるのは、正真正銘のレッドプレイヤーだ。殺し合いになることは必須……お前達に、犯罪者とはいえ人が殺せるのか?」

 

「……お前はどうなんだ、イタチ?」

 

 これから向かう先は、殺った者勝ちの死闘が待ち受ける世界。相手を殺してでも生き残る覚悟の無い者には足を踏み入れる資格が無い。イタチの言葉は暗にそう示していた。対するクラインは、イタチにはその覚悟があるかと逆に尋ねる。

 

「覚悟は既にできている。いざとなれば、この手で奴を始末する。」

 

「お前……」

 

 瞳の奥に深く暗い闇を宿して放つイタチに対し、クライン達は反発する言葉が出せない。いつになく鋭く、剣呑なその眼光は、先の言葉が虚言や強がりではないことを物語っていた。プレイヤー同士の殺し合いになれば、イタチは間違いなく相手を殺す。

 こんなイタチは初めて見る。故に、クラインはじめ攻略組プレイヤー達はどう接すべきか、まるで分からない。

 

「連中の相手は俺一人でやる……どうしても付いてくるのなら、遠巻きに包囲しろ。向こうは文字通りの死地だ。死にたくなければ、一人で行動しないことだな。」

 

 それだけ言うと、イタチは転移結晶を取り出す。すぐさまキバオウの後を追うべく、第十四層の主街区の名を口にしようとしたが。

 

「待て、イタチ。」

 

「……メダカ?」

 

 イタチを呼びとめる人物が一人。双頭の巨人の攻略で、左半身の相手を指揮していた女性プレイヤー。イタチとはベータテスト時代からの知己、メダカだった。

 

「一体、何の用だ?」

 

「まあ待て。私は止めるつもりはない。マンタからの預かり物を渡しに来ただけだ。」

 

「マンタから?イタチ、あいつに何か頼んだんか?」

 

 マンタとは、ヨウやイタチを筆頭とした、ソロの少人数のパーティーで活動する攻略組プレイヤーに武器や装備の強化・点検をしている鍛冶職人プレイヤーである。ちなみに、攻略組で元テスターのヨウとは、リアルで友人とのことだった。

メダカはヨウの問いには答えず、ウインドウを操作し、二つのアイテムをオブジェクト化する。メダカの手の中に現れたのは、一本の小瓶と、ヘアバンド状の布に薄い鉄板を取り付けた装備品――額当てだった。

 

「死闘に向かう前に手に入れようとした品だ。私には分からんが、これはお前なりの、決意の証なのだろう?」

 

「……ああ、感謝する。」

 

それだけ言い残し、メダカから二つのアイテムを受け取ると、イタチは第十四層の主街区を唱え、青白い光と共にその姿は掻き消えたのだった。残された攻略組プレイヤー達は、イタチを黙って見送るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 第十四層、フロリアンのフィールドは、アストラル系モンスターの巣窟となっている廃墟の街である。昼夜を問わず薄暗い空間が広がる、文字通りゴーストタウンとなった空間を一直線に横切って歩く人影があった。

 

(あのアホウ……わいを騙しおってからに!!)

 

 サボテンのようにいくつもの突起が頭に生えたようなヘアスタイルが特徴的な片手剣使いの男――キバオウである。目的は勿論、昨夜自分に偽物のボス攻略情報をよこした張本人である、PoHと名乗った男に会うためである。

 

(許さへん……絶対に、許さへんで!!)

 

 怒り心頭で廃墟を歩いて行くキバオウの手には、既に片手剣が握られていた。今回の偽の攻略情報に踊らされた結果、自身の所属するギルドは多大な犠牲を払った。命を賭して戦う自分達を弄んだ男を、キバオウは話し合いで許す気など微塵もなかった。

 

(待っとれよ!!すぐにわいがふん縛ってくれるわ!!)

 

 怒り心頭のキバオウには、今の自分が取っている行動が、如何に猪突猛進で無謀なものなのかが理解できていない。故に、自身にこの後降りかかる危険についても―――

 

 

 

主街区からフィールドを横切って歩いたキバオウが辿り着いたのは、郊外の森の中だった。PoHと名乗る男と出会ったのは、ここより数層上が最前線だった頃で、圏内だった。攻略やレベリング、アイテム収集に関して有力な情報を、攻略最前線に立つプレイヤーのために無償で提供したいと向こうから言い出したことが始まりだった。第十層の攻略を終えた頃から、他のギルドが頭角を見せ始めたため、攻略における実権を握るために奔走していたキバオウは、その誘いに乗ってしまった。そして今日まで、その情報に頼りに攻略・レベリングを続けてきたのだ。それがまさか、ここに至って裏切られるとは思わなかった。軍の大部隊を預かる身として、そして悪意を見抜けなかった責任を取るためにも、あの黒ずくめの男だけは野放しにはしておけない。そう覚悟したキバオウは目的地へと足を踏み入れ、そして叫ぶ。

 

「PoH!そこにいるのは分かっとるんや!!さっさと出てこんかい!!」

 

 苛立ち露に名を呼ぶキバオウの言葉に、しかし本人は然程間を置かずに姿を現した。仄暗い森の闇から、黒ポンチョを纏った影が現れる。

 

「Oh……まさか、二十五層のフロアボス相手に、生き残れるとはな……フフフ、お前も中々悪運の強い奴だな。」

 

「茶化すなや!お前のお陰で、わいのギルドは多大な犠牲を被ったんや!!この落とし前、付けさせてもらうで!!」

 

 片手剣をPoHに突きつけて言い迫るキバオウ。対するPoHは、相変わらず飄々とした態度を崩さず、キバオウの怒りの表情を面白そうに眺めていた。そんなPoHに対し、キバオウの怒りは頂点に達する。少しでも妙な動きをすれば、即座に斬り掛らんとする勢いで近づくキバオウ。その距離が、あと三歩というところまで迫った、その時、

 

「うぐっ……!?」

 

 キバオウの口から、突如苦悶の声が上がる。キバオウがダメージによるシステム上の衝撃、痺れを感じたのは、右肩。視線をずらしてみると、そこには一本の短剣が突き刺さっていた。それを視認すると同時に、身体が糸の切れた人形のように地面に崩れる。視界の端に見えるのは、麻痺のアイコン。それは即ち、麻痺毒を塗られた毒ナイフを放たれたことにほかならない。

 

「だ~いめ~いちゅ~!」

 

 次に聞こえたのは、少年のように無邪気な、それでいて禍々しい声。視線を上げたキバオウの視界にいたのは、もう一人の黒ずくめ。何より目を引くのは、頭上のカーソルの色――オレンジだった。

 

「紹介するぜ。俺の仲間の一人、ジョニー・ブラックだ。」

 

「よ・ろ・し・く!」

 

 面白おかしく挨拶するジョニーだが、その目に宿っているのは、非常に危険な狂気。麻痺で身体が動かないことも相まって、キバオウはようやく自身の身に起こる危険を肌で感じた。

 

「今回は、中々に上等な獲物だ。何せ、アインクラッド解放軍のサブリーダー様だ。」

 

「へっへっへ~!やったぜヘッド!それじゃあ、どうする!?どうやって料理する!?」

 

「今回はお前の好きにするといい。やりたいように、やれ。」

 

「ラッキー!それじゃあ、お言葉に甘えて……!」

 

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ジョニーは懐から新たなナイフを取り出し、キバオウに向けて振りかぶる。キバオウは、いよいよもって訪れた自身の命の危機に、しかし何もできない。歯を食いしばり、自身の命を脅かす凶刃を見つめることしかできない。

 

「そ~んじゃ、いってみよ~!!」

 

 ナイフの刃がキバオウの頭部を貫かんと迫る。SAOでは、頭部をはじめ、急所を狙われても一撃でHP全損に陥ることはない。恐らく、この恐怖が延々と続くのだろうとキバオウは推測する。

 そして、迫る刃がキバオウの眼前まで及んだ――その時だった。

 

「ぎゃぁぁあっ!?」

 

「!?」

 

 再び、響き渡る悲鳴。だがそれは、キバオウのものではない。キバオウにナイフを振り下ろそうとしていた、ジョニーのものだった。ナイフを握った右腕に走る衝撃に、ジョニーの手にあった筈のナイフは、宙に弧を描いて弾き飛ばされる。さしものPoHも、突然の事態に驚愕する。分かっているのは、新手の闖入者が現れ、攻撃を行ったということ。PoHはすぐさま当りに視線を巡らせ、襲撃者の姿を探す。

 

「ようやく会えたな。お前が、PoHだな?」

 

探していた人物の姿は、すぐに見つかった。森を覆う闇の向こうから現れる、全身黒ずくめの中性的なシルエット――先程まで二十五層のフロアボスの部屋にいた、イタチだった。だが、その装備と容姿、そして纏う雰囲気はまるで別人だった。

頭部には、紋章が刻まれた額当。描かれているのは、渦巻きを中心に木の葉を模したマーク。それに横一文字の傷が入ったものだった。

そしてもう一つの特徴は、血のように赤い瞳。メーキャップアイテムの類で染められた双眸は、これまでに無い冷たい殺気を放っているように思えた。

そこにいるのは、桐ケ谷和人としてのイタチではなく、前世の忍世界を生きた、写輪眼のうちはイタチそのものだった――――

 


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