ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

27 / 158
第二十六話 思い出の丘

2024年4月24日

 

 シリカがイタチと出会い、使い魔蘇生用クエストへ同行することが決定した翌朝。二人は早速、目的の階層へと出発することにした。シリカは昨日イタチから渡された装備を纏い、そのステータスは五、六レベル底上げされている。イタチは昨日と変わらない黒装束に、背中には炎のように赤い片手剣を背負っている。早朝であるために、人気があまり無い状態の三十五層主街区、ミーシェを横切って、二人は転移門に向かう。

 

「イタチさん、四十七層の街ってどんな場所なんですか?」

 

「主街区の名前はフローリア。一面花畑のフィールドだ。モンスターは植物系が主流で、蘇生アイテムも花の形をしているそうだ。」

 

「へぇ~……楽しみですね!」

 

 シリカの質問に対し、イタチは昨日同様、変化の無い表情で淡々と事務的に答える。対して当人は、花畑という単語に目を輝かせていた。最前線が五十五層である現在、そこから十層以内の場所には、中層プレイヤーは滅多に近づかない。シリカも例外ではなく、行くのはこれが初めてらしい。

 四十七層の説明を聞いて、若干浮かれるシリカ。そんな彼女の様子に、イタチは不安を覚える。今から行く場所は、中層プレイヤーにとっては下手をすれば命を落としかねない危険なフィールドである。ここは一つ、釘を刺しておくべきかと考えてイタチは口を開いた。

 

「あまりはしゃがないことだ。フローリアの思い出の丘は、名前の割りに難易度が高い。油断していれば、今度は君の命に関わる。プレイヤーは、使い魔のように都合よく蘇生することはできんぞ。」

 

「うぅ……分かりました。」

 

 若干の苛立ちを孕んだイタチの戒めの言葉に、シリカは萎縮してしまう。同時に、つい昨日のピナを喪った場面が頭の中に浮かぶ。自分のせいで喪った親友を助けるために、これから危険を冒そうというのに、こんな調子で良いわけがない。気を引き締めて掛からなければ、イタチの言う通り、本当に命を落としかねない。

 

「あたしを助けてくれたピナを救うためにも……イタチさん、力を貸してください。」

 

「受けた依頼は必ず果たす。蘇生アイテムを手に入れて、君の親友を取り戻そう。」

 

 先程とは一転して、真剣な眼差しでイタチに頼み込むシリカ。そんな真摯な姿に対し、イタチは表情を変えずに、しかし確かな言葉でシリカを励ますように答えた。

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ。」

 

 真剣な声と共に、頭を下げて改めて頼み込むシリカに、イタチはほんの微かな笑みを浮かべて答えた。そうして歩いて行く内に、二人は遂に転移門広場に辿り着く。

 

「四十七層の主街区はフローリア、でしたよね?」

 

「その通りだ。」

 

転移門に立って生き先を確認するシリカに、イタチは首肯する。

 

「それでは、行きましょう!」

 

「ああ、分かった。」

 

 元気よく、それでいて子供っぽくはしゃいでいる様子を見せず、先程同様真剣な面持ちで声を掛けるシリカ。イタチはその声に答えながら、シリカには気付かれない素振りで先程歩いた主街区の道をちらりと一瞥していた。

 

「「転移、フローリア!」」

 

 行き先である四十七層の主街区の名前を唱え、二人の身体は青白い光と共にその場から掻き消えた。そしてその直後、転移門に通じる道にあるNPCの屋台の影から、プレイヤーが姿を現す。針山のように尖った髪型の男性プレイヤーは、二人が転移したのを確認すると、口の端を釣り上げながらウインドウを操作し、メッセージを打ち出す。そして、その後ろからは、

 

「ふぅん……これは、街にいるあいつ等よりも、美味しい獲物になりそうねぇ……」

 

 真っ赤な髪を靡かせた女性プレイヤーが、舌なめずりをしながら転移門を見つめるのだった……

 

 

 

 

 

 四十七層に転移したシリカの目に飛び込んできたのは、辺り一面に咲き誇る花畑。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

 あまりの美しい景色に、シリカの口から思わずそんな歓声が漏れた。転移門の台座を降りて、広場を埋め尽くす花壇の一角へと歩み寄るシリカ。イタチもその後に続く。

 

「四十七層、フローリアの別名は、フラワーガーデン。さっきも説明した通り、主街区だけでなくフィールドまで花畑だ。攻略以外でも観光名所としてプレイヤー間で知名度が高い。」

 

 フローリアについての説明をイタチから聞いて、感心したように頷くシリカ。辺りを見回してみると、確かに観光に来ているプレイヤーの姿があちこちに見られる。その中には、

 

(あれ……男の人と女の人が一緒に……これって、もしかして……!)

 

 花壇を眺めながら歩く人々は、仲睦まじく腕を組んだり肩を抱き合ったりする男女がほとんど。つまりこの階層は、所謂デートスポットなのだ。そんな街行く人々を見て、若干顔を赤くするシリカ。

 

「…………シリカ?」

 

「あ!……す、すみません、イタチさん……」

 

「いや、構わない。それよりも、そろそろフィールドに出るぞ。転移クリスタルの準備もしておけ。」

 

「は、はい!」

 

 イタチは別段、フローリア主街区の花畑に心奪われたシリカを咎めることもせず、目的のダンジョンがある方向へと歩みを進める。風に舞い上がる花弁の中を、イタチは淡々と歩いて行く。シリカはその後ろを危なげに追って行く。

 

 

 

 使い魔蘇生用アイテムが存在するダンジョン、思い出の丘は、四十七層南部に広がる草原に走る、ほぼ一本道の単純な構造をしている。それ故に道に迷う可能性は皆無だが、代わりにポップするのは強力で醜悪なモンスター揃いであり、女性プレイヤーがあまり近寄りたがらない危険なスポットなのだ。

 

「きゃぁぁああっ!い、イタチさん、助けて!見ないで助けてぇっ!」

 

「……ハァ……」

 

 ダンジョンに入って早々、食虫植物系モンスターの触手によって吊るし上げられるシリカ。真っ逆さまに吊るされているせいで、スカートが下がりそうになっているのを左手で押さえ、右手に持った短剣を振り回している。自力で脱出できない以上、イタチに助けを求めるしかないのだが、見ずに助けろというのは無茶過ぎる注文である。

だが、イタチは溜息を一つ吐くと、目を閉じたまま背中の赤い刀身を持つ片手剣、「フレイムタン」を抜いてモンスターのもとへと走り出す。

 

「……はっ!」

 

 人喰い花の手前で跳躍したイタチは、シリカを捕らえている二本の触手を斬り捨て、地面に着地する間に身体を回転させ勢いのまま本体にソードスキルを振りかぶる。

 

「ガァァアアアッ……」

 

 空中回転を加えた垂直斬りソードスキル、「ホイールバーチカル」が炸裂し、人喰い花がポリゴン片を撒き散らして爆散する。イタチはそれを見届けることなく、着地と同時に振り向いて再度跳躍。シリカを空中で抱きとめた。

 

「うぅ……すみません。」

 

「……気にするな。こういう時のためのガードだ。」

 

「あの……やっぱり、見ましたか?」

 

「……頼み通り、終始目を瞑っていたが?」

 

「えぇっ!?でも、どうやってモンスターの居場所を知ったんですか!?」

 

「索敵スキルを使えば、目を瞑った状態でもモンスターとプレイヤーの位置を確認できる。それより、そろそろ先へ行きたいのだが?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 先程より若干不機嫌な様子のイタチに、シリカは慌てて謝る。見ないで助けて欲しいと無理難題を突きつけてそれを実行してくれたのに、恥ずかしかったとはいえこの態度は無いだろうと反省する。抜き身の赤い刃を手に持ったままダンジョンを突き進むイタチの背中を、シリカは必死に追いかける。

 

「あの……怒って、ます?」

 

「いいや。これもガードの仕事だ。」

 

 シリカの問いに、いつもと変わらぬ無表情で答えるイタチ。相変わらず感情を窺い知る事の難しい雰囲気を纏っているだけに、掛けるべき言葉が思いつかない。ダンジョンへ突入早々、気まずい雰囲気となった二人。こうして、蘇生用アイテムを入手する冒険が幕を開けたのだった。

 

 

 

「……ハァッ!セイッ!ヤァッ!」

 

 思い出の丘に突入して以降、エンカウントした植物系モンスターとの戦闘は、イタチがほぼ全て一人で行っていた。イタチの手に持つ赤い刃が緋色の軌跡を描いて植物系モンスターを両断する。

 

(それにしても、イタチさん……凄いなぁ……)

 

 立ち塞がる奇怪かつ醜悪な植物達を、ほぼ一撃のソードスキルで屠っていくイタチの姿を見るシリカは、その無双ぶりに呆気に取られていた。

 イタチが握る、フレイムタンと呼ばれる片手剣は、その名の通り炎の力を有している武器であり、植物系モンスターにはワンランク上のダメージを与える特殊効果があるらしい。イタチ曰く、フローリアのダンジョン攻略のために用意した武器とのことだ。

 だが、それを差し引いても、イタチの能力には目を見張るものがある。最前線から十層以内の階層に生息するモンスターを一撃で屠るなど、攻略組プレイヤーでも簡単にできる技ではない。

 

(もしかして……攻略組の人なのかな?)

 

 この推測が当たっていれば、四十七層の植物モンスター相手に無双を繰り広げるイタチの強さも頷ける。また、昨日自分に渡してきた強化装備に関しても、容易に入手できたことが想像できる。

 しかし、だとしたら尚更分からないことがある。攻略組プレイヤーは最前線で攻略に身を投じているのが常である。滅多なことでは中層には下りて来ない。つまり、イタチには攻略を放棄してまでやらねばならない用事があったということになる。

 

(依頼って言ってたけど……何なんだろう?)

 

 自分を助けることが達成に繋がるらしいが、その内容は見当も付かない。蘇生用アイテムを手に入れた所で横から掻っ攫うという腹積もりも考えられるが、昨日の邂逅から今に至るまでのイタチの言動からして、それは無いとシリカは思っていた。全く根拠の無い推測だが、イタチが自分を陥れるような悪者には見えなかったのだ。

 

(でも、今は信じるしかないよね……)

 

 使い魔のピナは、命を犠牲にして自分を守ってくれた。ならば、今度は自分が助ける番だ。そのためならば、どんな危険が待ち受けていようと、目の前の可能性に賭けるしかない。シリカは神妙な面持ちでイタチの後をついて行った。

 

「見えたぞ。あれが、蘇生用アイテムが手に入る場所だ。」

 

「えっ!本当ですか!?」

 

イタチの言葉を聞いて、シリカはイタチよりも前へ出る。周囲にモンスターの反応が無い事を索敵スキルで確認していたイタチは、それを止めることもせず、ペースを崩さずシリカの後ろを追う。

 

「……イタチさん、何もありません!」

 

 イタチとシリカの視線の先には、石でできた台座。だが、台座の上には何も無い。泣きそうになるシリカに、しかしイタチは冷静に答えた。

 

「落ち着け。よく見てみろ。」

 

「え……?」

 

 イタチに言われてもう一度台座の方を振り返ってみるシリカ。すると、台座の上に光が灯る。ビーストテイマーのシリカに反応してか、台座の中央から若芽が生え、みるみる成長していく。葉が茂り、蕾を付けたそれは、まさしく花。そして仕上げとばかりに、純白の光を放ちながら、白い七枚の花弁を広げた。

 

「手に取ってみろ。」

 

「あ、はい。」

 

 イタチに言われて、台座の花に触れるシリカ。茎の部分が自然に崩れ、花の部分がシリカの手に収まる。音も無く開いたアイテムウインドウには、「プネウマの花」と記されていた。

 

「これで、ピナを蘇らせられるんですね!」

 

「ああ、間違いない。」

 

 イタチの言葉に、顔を綻ばせるシリカ。念願の使い魔蘇生用アイテムが手に入ったのだ。無理もないとイタチは思う。

 

「その花の雫を心アイテムに振り掛ければ、蘇生できる。だが、このフィールドは強力なモンスターが多い。蘇生は主街区に戻るまでお預けだな。」

 

「うぅ……分かりました。」

 

 できれば今すぐにでも蘇生させたいであろうシリカは、イタチに諭されて思い止まった。ここは四十七層、自分の実力で突破できるほど甘いフィールドではない。攻略組クラスの実力を持つイタチがいても、気が抜けないのは確かだ。シリカはプネウマの花をアイテムストレージに納めると、行きと同様にイタチにエスコートしてもらいながら主街区へと戻って行った。

 帰り道は順調そのものだった。使い魔蘇生用アイテムを入手するためのダンジョンであるため、一般プレイヤーは滅多に寄り付かず、モンスターのポップも極端に少ない。そのため、行きがけの道でイタチが殲滅したものでポップは打ち止めだったらしい。

行く手を遮るものも無く、丘を下りることに成功した二人は、主街区外周とフィールドの境目である橋へと差し掛かった。街まではあと一息、もうすぐピナに会える。そう思ったシリカは軽快な足取りで主街区を目指す。だが、そんなシリカの肩に、不意にイタチの手が掛けられる。決して強くはない力で、しかしその先に進むことを許さないとばかりに肩を掴むイタチに、シリカは何だろうと思い、振り向いて問いかける。

 

「どうしたんですか?」

 

「……ここでじっとしていろ。」

 

 制止を命じたイタチは、橋の向こう側に立つ並木に鋭い視線を送っていた。そんなイタチに対し、シリカは不安を覚えた。先程のモンスターとの戦闘でも、ここまで真剣な表情はしていなかった。無表情、無感情な雰囲気が印象深いイタチの突然の変化に戸惑うシリカを余所に、イタチは前へ出て橋の向こうへと声を放つ。

 

「そこにいるのは分かっている。姿を現したらどうだ?」

 

 姿なき何者かへの問いかけに、しかし相手はすぐに応じた。橋の向こうの道の脇に立つ木の影から、プレイヤーが姿を現したのだ。赤い髪、赤い唇、黒いレザーアーマーを装備したその女性は、シリカも見覚えのある人物だった。

 

「ロザリアさん?」

 

 驚いて目を丸くするシリカ。それもその筈。木の影から現れた女性プレイヤー、ロザリアは、つい先日までシリカと同じパーティーに所属して、三十五層を中心に活動していたのだ。攻略済みとはいえ、未だ中層プレイヤーには活動するのが厳しいこんな上層に来る筈のない人物なのだ。

 立ち尽くすシリカを余所に、イタチはロザリアを静かに睨みつけながらさらに周囲を警戒していた。そんな二人を見たロザリアは、作り笑いを浮かべて、友好を装って話し掛ける。

 

「あたしのハイディングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね、剣士さん。その様子だと、首尾よくプネウマの花もゲットできたみたいね。おめでとう……じゃ、早速花を渡してちょうだい。」

 

「な、何を言ってるんですか!?」

 

 突然の理不尽な要求に絶句するシリカ。ロザリアはそんな彼女の反応すら面白そうに眺めている。突如現れた女性プレイヤーが物騒な空気を纏い始めたところで、イタチが割って入った。

 

「そうはいかないな、ロザリアさん……いや、オレンジギルド、「タイタンズハンド」のリーダー、と言った方が正確ですかね。」

 

「へぇ……」

 

 相変わらず無感情な声色で放ったイタチの言葉に、しかしロザリアは動揺もせず、感心したように目を細める。ただ一人、シリカだけはその言葉の意味を理解できなかった。

 

「オ、オレンジって……でも、ロザリアさんのカーソルは、グリーンですよ!?」

 

「オレンジギルドといっても、全員のカーソルがオレンジとは限らない。カルマ回復クエストを使えば、カーソルの色は戻せる。また、獲物を見繕い、情報を集めるためには、グリーンカーソルのプレイヤーがメンバーに必要だ。」

 

「そ、それじゃもしかして、昨日の夜に盗聴していたのって……」

 

「間違いなく、彼女の仲間だ。」

 

昨晩、イタチとシリカは四十七層の思い出の丘攻略のために、宿の部屋で話し合いをしていた。そんな中、扉の向こうで聞き耳を立てているプレイヤーを索敵で感知したイタチが、扉を勢いよく開いて盗聴していたプレイヤーを追い払うという一幕があったのだ。

 

「じゃ……じゃあ、この二週間、一緒のパーティーにいたのは……」

 

「そうよぉ……戦力を確認して、冒険でお金が貯まるのを待ってたの。」

 

 舌なめずりして視線を向けるロザリア。対するシリカは怯えた表情を浮かべる。

 

「一番楽しみな獲物だったあんたが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテムを取りに行くって言うじゃない。でも、そこまで分かっててその子に付き合うなんて……馬鹿?それとも本当に身体でたらしこまれちゃったの?」

 

 後半は、イタチに向けられた言葉だった。罵りを受けたイタチは、しかし眉一つ動かさずに赤い双眸をロザリアに向けながら答えた。

 

「いいや、そのどちらでもない。」

 

 常と変わらぬ冷静な態度で言いきるイタチ。シリカとロザリアは、イタチの真意が分からず、頭に疑問符を浮かべる。

 

「俺がここに来たのは、“依頼”を果たすためだ。そして、その目的こそがあんたと、あんたの仲間だ。」

 

「どういうことかしら?」

 

「俺の依頼人は、「シルバーフラグス」というギルドのリーダーだ。あんたも知っているだろう?」

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね。」

 

 問い返してきたイタチに対して答えたロザリアの口調は、無関心そのもの。そんなロザリアの態度に、イタチの視線が冷気を帯びる。

 

「メンバー四人が殺され、生き残ったリーダーの男は最前線のゲートで一日中仇討ちをしてくれるプレイヤーを探していた。男の依頼は、お前達タイタンズハンドを捕縛し、“牢獄へ送る”ことだ。」

 

「ははーん、成程。で、あんたはその死に損ないの言う事真に受けて、あたし等を誘き出すために、その子にひっ付いていたってワケね。それにしても、あたし等を“殺す”んじゃなくて、“捕まえる”なんて……あの男も随分なお人好しね。」

 

「……仲間を殺されても、それを依頼しなかったのは、その男の意思だ。尤も、お前にそれが理解できる道理はあるまいが。」

 

「分かんないわよ。マジになっちゃって馬鹿みたい。ここで人を殺したところで、本当にそいつが死ぬ証拠なんて無いし。」

 

 イタチを嘲笑するロザリア。対するイタチの赤い瞳には、僅かながら鋭さが増し、声は苛立ち、あるいは怒気を微かに孕んでいた。

 

「それより、自分達の心配をした方が良いんじゃない?」

 

 そう言い終えると同時に、ロザリアが指を鳴らす。それを合図に、並木の影からぞろぞろと現れる人影。その数、七人。いずれもオレンジカーソルの犯罪者プレイヤーでありながら、一人だけグリーンカーソルのプレイヤーがいた。針山のように尖った髪型をしたその男に、イタチとシリカは見覚えがあった。昨晩、盗聴を看破して扉を開けた途端に駆け足で逃げて行った男である。

大勢の犯罪者プレイヤーに囲まれ、シリカは恐慌状態に陥る。ロザリアを入れれば敵の人数は八人。到底二人で敵うわけがない。

 

「イ、イタチさん!人数が多すぎます!脱出しないと……!」

 

「依頼を完遂するためにはここで逃げるという選択肢は取れない。君は転移クリスタルを用意してそこで待っているんだ。」

 

「えっ!で、でも……!」

 

 自身を心配して制止しようと声を上げるシリカに背を向けて、イタチは改めて目の前の八人組の盗賊、タイタンズハンドを見据える。橋の中央まで歩きだすと、足を止めてリーダーたるロザリアに言い放つ。

 

「どうやら、説得しても投降するつもりは無いようだな。」

 

「ハッ!何でそんなことしなきゃならないのよ。あんた、状況分かってるワケ?それとも、この人数相手に、本気で勝てるとでも思ってるの?」

 

 再びの嘲笑。仲間七人を加えたそれに、しかしイタチは眉一つ動かさない。溜息を吐くと、絶対零度の赤い双眸をロザリア率いるタイタンズハンドに向けて、再度口を開く。

 

「交渉決裂……ここからは、実力行使で行かせてもらう。」

 

 そう呟くと、イタチは右手を振って目にも止まらぬ動作でシステムウインドウを操作する。次の瞬間には、イタチの背にはフレイムタンに加えてもう一本の鈍色の片手剣、「ランスオブスリット」が吊るされ、額には木の葉を模したマークに横一文字の傷が走った金属の額当てが装備される。

 

「木の葉隠れ抜け忍、うちはイタチ――――これより、任務を実行する。」

 

 一人静かに呟いたその言葉は、誰の耳にも届かなかった。赤い眼に黒い装束を纏い、傷の入った額当てを付けたその姿は、まさしくイタチの前世そのもの。前世に無かった二本の剣を携え、黒の忍は、今再び戦場に降り立った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。