ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第二十七話 黒の忍

 二本の片手剣――フレイムタンとランスオブスリットを背中のさやから引き抜くイタチ。黒衣をはためかせながら、ゆっくりと目の前の目標たる八人の盗賊、タイタンズハンドのもとへと近づいていく。

 

「黒ずくめのコートに、木の葉を模したマークに傷を入れた額当て……」

 

「二本の剣……二刀流、だと……!」

 

「赤い瞳……それに、イタチって名前……まさか!」

 

 自分達の元へ迫るイタチの姿を見て、瞠目する盗賊達。黒装束、傷入りマークの額当て、赤い瞳、そして二本の剣を持っている。そんな特徴を持ったプレイヤーを、彼等は……否、シリカもはじめ、現在アインクラッドにて生き残っているプレイヤー達は皆、知っていた。

 

「まさか……まさか、あの「黒の忍」か!?ユニークスキル持ちの!」

 

「ロザリアさん……こいつ、ヤバい!ソロで攻略に挑んでるビーターの……攻略組だ!」

 

 タイタンズハンドの一人が放った言葉に、シリカも驚いた様子で目を丸くする。思い出の丘を攻略した際のイタチの無双ぶりからして、間違いなく攻略組所属のプレイヤーであると考えていたのだが、まさか“あの”黒の忍と呼ばれたプレイヤーだったとは、思いもしなかった。

 

「フン!攻略組がこんな所にいるわけないじゃない!どうせ相手にそう思わせるためにやってる、単なるコスプレよ!」

 

 だが、手下達の懸念を、リーダーであるロザリアは一蹴した。確かに、最前線で活動することが常の攻略組プレイヤーが、こんな下層に姿を現す筈が無い。特徴が合致しているからと言って、本人である確証など、どこにも無いのだ。

 

「それに、攻略組だろうがユニークスキル持ちだろうが、この人数相手にどうにかできるわけ無いじゃない!ほら、さっさと身ぐるみ剥いじゃいな!」

 

「そ、そうだな!それに、もし本物なら、すげえレアアイテムとか持ってる筈だぜ!」

 

「良い獲物だぜ!」

 

 ロザリアに数の優位について言及され、攻略組を仕留めた時に手に入るアイテムに目が眩んだ一同は、先程までの懸念はどこへやら。一様に武器を構えてイタチに襲い掛かる。

 

「死ねぇ!」

 

「オラァッ!」

 

 七人が持つ武器からライトエフェクトが迸り、一斉にソードスキルがイタチに向けて放たれる。最早回避云々の問題ではない。狭い橋の上、防ぎ切れない程の攻撃がイタチに向けて放たれていく。

 

「イタチさん!!」

 

 その様子を橋の向こう側で見ていたシリカの口から、悲痛な叫びが漏れる。七人の犯罪者プレイヤーに襲われようとしているイタチ。助けに行かなければ、そう考えるシリカだが、恐怖に竦んで身体が言う事を聞かない。短剣に手を掛けながら、一歩が踏み出せない。

 

(あたしが死んだら、ピナが……でも、イタチさんが……!)

 

 自分が行っても足手纏いになるだけ。それに、苦労して手に入れたプネウマの花を失えば、ピナはもう蘇らせない。しかし、襲われているイタチを見捨てようと考えれば、ピナを喪った時の悲しみが心を鋭く苛む。自分がどうすべきか、答えを見出せないまま、短剣に手を掛けた状態で動けなかった。

 だが、そんなシリカの葛藤は、ものの数秒で吹き飛ばされることとなる。シリカの視線の先、橋の中央にて巻き起こったのだ。

 

 

 

自身に振りかざされる七つの武器と相対し、しかしイタチは全く動じない。

 

「……やれやれだ。」

 

 そう呟くと同時に、イタチは両手に持った剣を振るい、繰り出される七連撃を次々捌いていく。タイタンズハンドのオレンジプレイヤー達が繰り出すソードスキルは、いずれもシステムアシストに頼り切ったもので、攻略組が使いこなすそれに比べれば威力もスピードも大きく見劣りする。ましてや、モーションキャプチャーテストでソードスキル制作に携わったイタチからしてみれば、脅威にはなり得ない。事実、立て続けに放たれた七発のソードスキルは、イタチに傷一つ負わせることも、ソードスキルを発動させることも叶わなかった。

 

「クソッ!」

 

「ちょこまかと鬱陶しい!」

 

 悪態を吐くオレンジプレイヤー達。そんな彼らに、イタチは耳も貸さず、見向きもしない。そして、ソードスキルの技後硬直によって動けない七人の隙を突き、容赦なく畳み掛ける。

 

「……シャイン・サーキュラー。」

 

 呟くように言い放つと同時に、イタチの姿がその場から掻き消える。そして次の瞬間、イタチを取り囲む形で立っていたタイタンズハンドのプレイヤー七人に、先の攻撃の逆襲とばかりに、凶刃が襲い掛かる。

 

「ぎゃぁあっ!」

 

「ぐわぁああっ!」

 

 イタチの姿が掻き消えると共に発せられたのは、調和して流れるように舞う光芒。次いで、イタチを取り囲んでいたタイタンズハンドのプレイヤー達の悲鳴だった。イタチが発動したであろうソードスキルが描く光の軌道は、二つ。つまり、イタチは今、両手に持った二つの武器にてソードスキルを発動していることになる。

 

「これが……二刀流……!」

 

「二刀流スキル」―――

そのエクストラスキルがプレイヤーの間に知れ渡ったのは、およそ三カ月前、つまり去年の年末のことだった。当時のアインクラッド攻略の最前線は、五十層。第二のクォーターポイントであるこの階層を守護するフロアボスの名は、「ザ・サウザンドアームズ・スタチュー」。千手観音を模した青銅のゴーレム型モンスターであり、武器を持った四十二本の腕を持ち、ソードスキルまで発動させる能力まで持っていた。まさに、クォーターポイントのボスとして突出した能力を持っていたのだ。攻略組を圧倒して余りある手数を有したこのフロアボス攻略は、犠牲者無しには為し得ないと考えられていた。だが、そんな困難なフロアボスを打ち破る、強力無比なスキルを持ったプレイヤーが現れたのだ。

そのスキルこそが、「二刀流」。両手に片手剣を装備して繰り出す重連撃は、他のソードスキルを圧倒して余りあるスピードと破壊力を有していた。五十層攻略においても、そのゲームバランスを崩壊させんばかりの力は遺憾なく発揮され、避け得ないとされていた犠牲者をゼロにしたのだ。

習得した攻略組プレイヤーの話では、二本の片手剣を両手に装備しての攻略を続けた経緯があると言っていたが、出現条件は不明であるとのこと。習得したプレイヤーは、情報を独占するビーターとして蔑まれており、当初はスキルを独占するために出現条件を秘匿していると疑われていた。以来、多くのプレイヤーがこのエクストラスキル習得に尽力していたが、結局第二の習得者は現れなかったという。そして、習得者がただ一人のスキル故に、二刀流は、「ユニークスキル」として認識されたのだった。

 中層プレイヤーの間でも、このスキルについての知名度は非常に高く、一部のプレイヤーの間ではこのスキルを習得したプレイヤーを情報独占の極悪プレイヤー、またはアインクラッドを攻略する英雄として見る声がある。シリカもスキルの存在は知っていたが、習得者についての詳細は、名前も容姿も知らなかったのだ。そもそも、中層プレイヤーである自分が会い見える機会など絶対に無い筈である。だが、そんな自分とは縁遠い筈のプレイヤーが、目の前で犯罪者プレイヤー相手に猛威を振るっているのだ。

 

「が……あぁ…………!!」

 

 数秒後には、イタチが放った二刀流スキル、「シャイン・サーキュラー」の連撃を受けた犯罪者プレイヤー七人が地に伏せていた。脇には、斬撃によって破壊された武器と、切断された右手と足が転がり、数秒でポリゴン片となって消えた。

 

「あ、相手が悪すぎる!」

 

「回復アイテムを、早く!」

 

「駄目だ!右手が……右手が、切られてウインドウが出せない!」

 

 イタチが放ったソードスキルは、六人のオレンジプレイヤーの右手首と両足首を切断していた。システムウインドウを操作するには、右手が無ければならない。

 

「なら、ポーチの結晶を……なっ!」

 

「なんで、結晶が割れるんだ!?」

 

 ウインドウが出せないと認識し、ポーチに仕込んでおいたアイテムに左手を掛けるオレンジプレイヤー達。だが、ポーチに仕込んでおいたアイテムは、取り出した途端に割れて消滅してしまった。

 

「ま、まさかさっきの攻撃で斬られたのか!?」

 

「嘘、だろ……!」

 

 犯罪者プレイヤー達の推測は、間違っていなかった。先程の攻防において、ソードスキルを回避する傍ら、イタチは犯罪者プレイヤー達のポーチに斬撃を放ち、中に収納されていたアイテム類を斬りつけ、耐久値ゼロに追い込んだのだ。

 逃走・回復を封じるための常備アイテム、システムウインドウを呼び出すための右手、逃走するための両足。それら全てを、先の十数秒足らずの攻防の中で封じて見せたイタチの実力に、タイタンズハンドのプレイヤー達は戦慄する。

 

「これで実力の差は分かっただろう。お前達では、俺は倒せない。」

 

「アリかよ……こんなの……!」

 

「ムチャクチャだ……!」

 

「アリなんだよ。」

 

 犯罪者プレイヤー達が、眼前の現実から逃避したいとばかりに呟いた言葉を、イタチはバッサリ切って捨てた。

 

「レベルやスキルをはじめとしたステータスを示す数値、それがゲーム世界の全てだ。貴様等の言う理不尽さの存在もまた、この世界の真理だ。」

 

 その場にいる一同に語りかけるように話すイタチの言葉には、それまでの無感情な口調には無かった、苛立ち、あるいは悲しみの色があった。その真意を知る者が現れない内に、イタチは懐から新たなアイテムを取り出した。青い濃紺の結晶は、転移結晶とは違う、しかし同様な機能を持つアイテムだった。

 

「これは俺が依頼人から預かった回廊結晶だ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してある。全員、これで牢屋へ飛んでもらおうか。」

 

 事務的に、淡々と要求を述べるイタチ。周囲で倒れ伏しているプレイヤー達は、その余裕のある姿を憎々しげに見つめるばかりだ。対してロザリアは、この状況にあっても得意気な表情だった。

 

「フン!オレンジプレイヤーならともかく、グリーンプレイヤーであるあたしやそいつを傷つければ、あんたもオレンジの仲間入りだ!」

 

 圧倒的実力を見せつけられ、追い詰められているも同然の状況にあるロザリアの切り札とばかりに発した言葉。その意味を悟ったタイタンズハンドのプレイヤー達は、一様に笑みを浮かべる。遠くで聞いていたシリカは戦慄していた。イタチに至っては、無表情ながらもその赤い双眸には色とは相反する冷たさが宿っていた。

 

「さっきから、そこにいるあたしの仲間にだけ攻撃しないのは、オレンジになりたくないからなんだろう?そいつはつまり、あんたはあたしに指一本触れられないって……」

 

 グリーンプレイヤーを攻撃することのリスクを盾にしたロザリアの饒舌は、しかしそこで途切れた。次の瞬間、ロザリアを襲ったのは、二筋の閃光。それは先程、七人のオレンジプレイヤー達を斬り伏せたものと同じ――――二刀流スキルが放つソードスキルのライトエフェクトだった。

 

「んなっ……!?」

 

 その光を受けたロザリアは、自分の身に起こった事態をすぐには理解できなかった。思考が再起動したときロザリアが認識したのは、二つの光が交差した向こうの視界に佇む黒い影と、両手の感覚の喪失だった。

 

「あ……あんたっ!」

 

「オレンジカーソルになったが……それがどうした?」

 

 ボトボトと地面に両腕が落ち、先程の男達の右手同様、ポリゴン片と共に消滅する。ロザリアは両腕を失ったことでバランスを崩し、地面に尻もちをついて倒れる。見上げる視線の先には、頭上にオレンジのカーソルを付けたイタチの姿。オレンジプレイヤーになったことなど何でもない風に話していたが、その赤い双眸には先程までは無かった殺気が宿っていた。

 

「さて……」

 

「ヒッ……!」

 

 恐怖で竦んで動けないロザリアの髪の毛を引っ掴み、橋の中央へと引きずって行くイタチ。ハラスメントに抵触する行為だが、両手が使えないロザリアには、イタチを黒鉄宮へ送る術は無い。その様子を見ていたタイタンズハンドのプレイヤー、そしてシリカは一様に驚愕と恐怖で固まって動けずにいた。そんな彼等の心境などお構いなしとばかりに、イタチはロザリアをゴミの様に橋の上へ放る。

 

「最後の警告だ。全員、牢屋へ飛べ。聞き入れないなら……殺す。」

 

 殺気を剥き出しにして放ったイタチの言葉に、その場にいた全員が竦み上がる。実力では敵わず、オレンジプレイヤーになることに躊躇いが無いこの少年を相手に、逃げ切る術などありはしない。牢獄か、殺されるか、それ以外の選択肢は、この場にいる犯罪者プレイヤーには無かった。

 

「コリドー・オープン。」

 

 イタチは無感情のまま、回廊結晶の発動キーを唱える。橋の上に青い光の渦が出現すると同時に、タイタンズハンドのメンバー達は一斉に光の中へと群がる。未だに手足の欠損が回復していないプレイヤーは、芋虫の様に橋の上を這って回廊結晶の渦へと飛び込む。犯罪者プレイヤーは誰一人としてイタチに逆らうことはせず、全員が牢獄へと送られた。

 やがて光の渦が消滅すると、主街区周辺と思い出の丘を繋ぐ橋の上に残っていたのは、イタチとシリカのみだった。

 

「……イタチ、さん……」

 

 震える声でイタチの名前を呼ぶシリカ。だが、話し掛けたところで、どうすれば良いのかは分からなかった。イタチは立ち尽くすしかできないシリカに向き直ると、相変わらず内心を推し測れない表情で口を開いた。

 

「……これが俺の請け負っていた依頼だ。君を助けたのも、依頼を果たすための手段に過ぎない。」

 

 それは、先程タイタンズハンドの面々と対峙した時から分かっていたことだった。そもそも、イタチは自分を何故助けてくれるのかと問われた時、目的の半分は依頼を果たすためと言っていた。つまりは、イタチは初めから嘘を吐いていなかったことになる。だが、オレンジプレイヤーを捕縛するという危険な依頼を果たすために、シリカを利用していた意図は明らかなのだ。軽蔑されても文句は言えない。

 だからこそ、イタチはこの依頼が完了した時、シリカから受ける罵詈讒謗を甘んじて受ける覚悟をしていた。だが、シリカは先の騒動で受けた衝撃に硬直して、未だ話すことすら困難な様子だった。

 

「あの、その……」

 

「……街はもうすぐそこだ。オレンジプレイヤーもいない以上、もう俺の助けは必要無いだろう。ここでお別れだ。」

 

 シリカが何を言わんとしているのか、イタチには分からないでもなかった。優しい彼女のことだ。きっと、自分を悪者扱いせず、良い人だと、そう言ってくれるに違いない。だが、それは許されざることだと、イタチは思う。ソードアート・オンラインという地獄を作り上げる片棒を担いだ罪人たる自分には、他者との絆を求める資格などありはしない。この消せない罪を少しでも購うためには、孤独の中で戦い、攻略を続けるしかないと、そう考えている。

だからこそ、イタチはシリカに背を向け、立ち去ることを選んだ。未だシリカは自分に対して何かを言いたげな表情だったが、自分がこの世界に生きる上の決意を嘘にしないためにも、これ以上この場に止まるわけにはいかない。

 

(イタチさん……)

 

 結局、シリカはイタチを止められなかった。ビーターと言う素性を知り、依頼を果たすために人を傷付け、カーソルをオレンジに染めたという事実を前に、何を言えばいいのか、まるで分からなかった。少なくとも、イタチが考えていたように罵言を浴びせようとは微塵も考えてはいなかったが。

 掛ける言葉が見つからないシリカにできたのは、遠くなるイタチの背中を見送るだけ。人を傷つけた咎人の証たるオレンジのカーソルを頭上に携えて歩くその姿は、何故かシリカには、酷く脆く、そして危うげに思えた。そのまま立ち尽くしたシリカが再び動き出せたのは、それから三十分近くが経過した頃だった。

 

 

 

 

 

 三十五層主街区、ミーシェにある宿。シリカはそこに取っている部屋へと戻っていた。当初の目的である、使い魔蘇生用アイテムのプネウマの花を入手できたのだが、その表情は浮かばれなかった。本来ならば、親友のピナを蘇生させるこの場には、自分以外にもう一人、自分と、そして親友を救う手助けをしてくれた人物が同席する筈だった。だが、その少年はここにはいない。

 

(イタチさん……やっぱり、一緒にピナを蘇らせたかったな……)

 

 ピナの心とプネウマの花をアイテムウインドウから出す。あとは、花の蜜を心に振り掛ければ、ピナは蘇る。自分の過ちによって命を落とした親友を、取り戻せるのだ。

 

(……イタチさん……)

 

 親友であるピナを蘇らせるこの瞬間にあっても、シリカの頭の中から、今日一日、一緒に冒険した少年、イタチの影は消えなかった。理由は分かり切っている。橋の上で犯罪者プレイヤーと対峙した後、イタチに何の言葉も掛けられなかったことを後悔しているからだ。

 今思えば、自分に背を向けて立ち去ろうとしていたあの背中は、どこか悲しそうだった。あの後ろ姿はどこか、自分に似ていると思えた。それはまるで、仲間のいない、孤独の世界の中で苦しんでいるかのようだった。

 

(イタチさん……ごめんなさい。)

 

 イタチに対する後ろ暗い気持ちと申し訳なさに心が押しつぶされそうになるが、いつまでもこうしているわけにはいかない。意を決して、シリカはプネウマの花を傾けた。花弁を伝って涙のように落ちた雫が、ピナの心に振りかけられる。一片の羽は、それと同時にまばゆい光に包まれた。数秒後には、部屋を覆うような光の中、見慣れたシルエットが現れ、元気よく声を上げた。

 

「きゅるるっ!」

 

「ピナ……よかった……!」

 

 果たして、イタチの言っていた通り、使い魔蘇生用アイテムの効果によって、シリカは親友を取り戻すことができた。蘇って早々、シリカに元気よく飛び付くピナ。単調なアルゴリズムで動く使い魔でありながら、まるで現実世界のペットのように振る舞うところまで、全て同じ。親友を取り戻す事ができたという事実に、シリカの表情にも安堵の色が戻る。

 だが、その表情はどこか暗かった。大切な親友を取り戻せたのに、素直に喜べない。そんなシリカの様子をおかしいと思ったのか、ピナはシリカの眼前に滞空し、首を傾げる素振りをする。

 

「きゅるる?」

 

「あ……ごめんね、ピナ。折角、生き返らせてあげたのに……ちょっと、疲れちゃってね……」

 

 元気の無いシリカの様子に、ピナは訝しむ。動物は人間以上に感情というものに敏感だと言うが、それはこのデジタルデータの世界でも変わらないのだろうか。ピナはシリカの後ろ暗い感情を悟ったのだろう、次の瞬間、

 

「きゅるっ!」

 

「痛っ!」

 

 シリカの頭に、キックを放った。ゲーム世界に、現実の様な痛覚は無く、主街区であるためHPも減らないが、攻撃を受けた場所には衝撃が走る。

 シリカはピナのキックが炸裂した額に手を当てながら、驚いた表情で目の前で滞空している親友に視線を向ける。その表情には、プログラムとは思えない程に鮮明な感情が見て取れた。シリカを見つめるピナの顔は、シリカに対して怒っているようだった。

 

「きゅる!きゅるるっ!」

 

「ピナ…………」

 

 何を言っているかは分からなかったが、落ち込んでいるシリカを叱咤していることは分かった。もしかしたら、優柔不断さから自分が後ろ暗い思いをしていることを悟っているのかもしれない。迷っているのならば、行動しろと、そう言っているような気がした。

 

「きゅるるる!」

 

「……ありがとう、ピナ。」

 

 どうすれば良いのか分からず、下を向くしかできなかった自分の背中を押してくれた親友に、感謝を述べる。ただのプログラムでは有り得ない、感情の発露とも呼べる行動を示したピナ。だが、シリカにとってはそんなことはどうでもよかった。背中を押してくれたのならば、自分はそれに答えなければならない。シリカは意を決して立ち上がると、イタチからもらった装備を再び身につけ、ピナと共に宿屋を勢いよく出た。その眼には、先程までの迷いは微塵も無かった。

 

 

 

 

 

 橋の上での戦闘の後、シリカと別れたイタチは、グリーンカーソルのプレイヤーを攻撃した事でオレンジに染まったカーソルをグリーンに戻すべく、カルマ回復クエストを受け付けている場所へと向かっていた。

 

(前線を離れて二日……カルマ回復クエストにさらに二日は掛かる。ボス攻略に乗り遅れなければ良いが……)

 

 オレンジカーソルをグリーンカーソルに戻すためのカルマ回復クエストは、完遂するまで二日は掛かる七面倒臭い厄介な内容なのだ。余計なプレイ時間を取られたくなければ、マナーを守れという教訓なのだろう。だが、悪意無しに人を傷つけてしまったプレイヤー、それも最前線で攻略に携わるプレイヤーからしてみれば、凄まじいペナルティである。

今回の依頼において、オレンジギルドを相手にする以上、覚悟していたこととはいえ、攻略に参加できないという点は非常に痛い。しかし、オレンジカーソルのままでは主街区へは入れず、グリーンプレイヤーからは警戒されることは間違いない。ビーターという悪評に慣れているイタチだが、街中を歩けないなど、攻略に支障を来す障害は早急に解消しなければならない。

 

(四十七層のカルマ回復クエスト受諾場所は、あの辺りだったか。)

 

 イタチが目指すのは、四十七層の北部。今日の昼間に攻略した思い出の丘がある場所とは間逆の方向である。不可抗力でオレンジカーソルとなってしまったプレイヤーへの救済措置なのか、カルマ回復クエストはアインクラッドの全ての階層で受諾できる。難易度に関しては、上層であるほど高くなる。だが、クエストを完遂するための時間ばかりはどの階層でも変わらず、最低二日は掛かるのだ。転移結晶を使用してまで下層に下りるメリットは無いと、イタチは考えていた。

 そうこうしている内に、イタチはフローリア北部にあるクエストフラグを立てるためのポイントへと到着する。オレンジプレイヤーが出入りする場所だけあって、一般プレイヤーの姿はどこにも無く、日暮れの時間帯にこの場所へ来たのはイタチ一人だった……その筈だった。

 

(あれは…………)

 

 イタチが見つめる十数メートル先のポイント。そこに、小柄な人影が見えた。日暮れで辺りは薄暗くなっているため、詳細な容姿は分からないが、頭上のカーソルはグリーン。つまり、モンスターではない。こんな暗い時間帯に、グリーンカーソルのプレイヤーが何故うろついているのだろうと不審に思ったイタチは、索敵スキルを発動させて両眼の照準をそのプレイヤーに合わせる。

そして、驚きに目を見開いた。

 

(……どうして、ここに……?)

 

 それは、イタチの知っているプレイヤーだった。そして、ここにいる筈の無い“少女”である。小柄な体格に、ツインテールの髪型。身に纏う装備は、昨晩自分がこの階層を攻略するために与えたものだった。そして、近づいて行く度に見えてくる、昼間一緒にいた時にはなかった、宙を舞う小さな青い影。表面上はいつも通りの落ち着いた様子のイタチだが、頭の中では間違いないという直感と、有り得ないという思考が飛び交っていた。

 そして、遠目に見ていた少女とイタチの距離が、数歩と言うところまで縮まったところで、

 

「待ってましたよ、イタチさん。」

 

 その少女――――シリカは、花が開くかのような笑みで、イタチを迎えた。

 

「きゅるるっ!」

 

 イタチの手助けによって生き返らせることに成功した親友の使い魔、ピナを伴って。

 

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