ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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圏内事件
第二十九話 ある日の攻略風景


2024年3月6日

 

 世界初のVRMMO、ソードアート・オンラインがデスゲームと化してから一年と五カ月が経過した。現在の攻略最前線は、第五十六層、パニ。迷宮区に最寄りの村に集まった攻略組プレイヤー達が、岩をくり貫いて作られた建物の中で会議を行っていた。

 議題は、迷宮区を守護するフィールドボスの攻略である。この世界からの解放を望み戦い続けるプレイヤー達にとって、如何に迅速かつ安全に攻略するかは、常に重要な課題である。各層のモンスターや地形等条件は異なり、その都度的確な作戦を練る必要があるからだ。そして、今回の作戦指揮を行うギルドは、血盟騎士団。リーダーは、その副団長だった。皆が神妙な面持ちで作戦方針について話し合う中、件の人物は迷宮区周辺のフィールドの地図が置かれた机に手を置き、作戦を宣言する。

 

「フィールドボスを、村の中に誘い込みます。」

 

 会議室として利用していた洞窟の中に、美しく、それでいて触れれば切られる鋭さをもった女性の声が響く。その言葉に、会議に参加していた攻略組プレイヤー達はどよめく。

 

「ちょっと待て。そんなことをすれば、村の連中が……」

 

「それが狙いです。ボスがNPCを殺している間に、ボスを攻撃、殲滅します。」

 

 血盟騎士団副団長に真っ先に異議を唱えたのは、オレンジ髪に背中に吊った両手用大剣が特徴的なソロプレイヤー、カズゴ。ベータテストからこのゲームに参加している強豪剣士の一人である。

 だが、カズゴの異議は、作戦を提案した人物によって遮られてしまう。それどころか、カズゴの反論要素そのものが、作戦の趣旨であることを告げられた。

 

「NPCは、岩や木みたいなオブジェクトとは違う筈です。彼等は……」

 

「生きている、とでも?」

 

 カズゴに続く形で異論を唱えたのは、白髪と装備した長剣が特徴的な、カズゴと同じソロプレイヤーのアレン。ベータテスト以来、カズゴとは頻繁にパーティーを組んで攻略に当る間柄である。

 NPCに対する認識について言及しようとしたが、血盟騎士団副団長は二の句を継ぐことを許さなかった。カズゴとアレンの二人に冷徹な視線を浴びせながら、作戦方針を変えるつもりは一切無いという意思を表していた。

 

「あれは単なるオブジェクトです。譬え殺されようと、またリポップするのだから。」

 

 攻略の合理性を重視して動くこの女性には、感情論は通用しない。この場にいる攻略組プレイヤーのほとんどが、NPCをオブジェクトとして見なす認識に対し、複雑な心境だったが、作戦の安全性と効率からして、反論の余地は無かった。

 

「……気に入らねえな。」

 

「僕も……その考えには従えそうにありません。」

 

 アスナの作戦、そして認識に対して対立の意思を示すカズゴとアレン。しかし、攻略組強豪プレイヤー二人を敵に回すような状況にあっても、血盟騎士団副団長の重役を担う少女の意思は微塵も揺るがない。

 

「今回の作戦は、私、血盟騎士団副団長のアスナが指揮を取ることになっています。私の言う事には従ってもらいます。」

 

 見た目の年齢に分不相応な、鉄の意思をもって投げかける鋭い視線に、カズゴとアレン以外の周囲にいたプレイヤー達にまで緊張感が波及する。

 結局、その後はアスナに意見するプレイヤーは現れなかったが、フィールドボス攻略の作戦、そして今後の攻略方針にしこりを残す形となってしまった。

 

「…………」

 

 そして、そんな険悪な雰囲気となってしまった一連の会議の流れを、攻略組プレイヤーの隅から一切口を開かずに見つめる一人の少年がいた。

 上からしたまで黒ずくめ、背中には二本の片手用直剣を吊っている。頭には、木の葉を模したマークに横一文字の傷が入った金属板を頭に巻き、瞳の色はメーキャップアイテムによって染められた赤。攻略組でその名を知らぬ者はいないとまで言われた、トッププレイヤー。その名は、

 

「よう、イタチ!」

 

「エギル、か。」

 

 チョコレート色の肌に禿頭、百八十超のがっちりした体格の男性プレイヤー――エギルが、会議を終えて洞窟から外へ出たばかりの黒ずくめの少年――イタチに話し掛ける。

 イタチは振り返り、赤い双眸をエギルへ向けるとその場に立ち止まった。エギルは腰に手を当てて含み笑いを浮かべながら歩み寄る。

 

「また、お前の仲間達が副団長さんと揉めたな。どうしていつも、ああなんだろうな?」

 

「……訂正しておくが、カズゴやアレンとは同じ攻略組プレイヤー程度の関係でしかない。」

 

 エギルは第一層から攻略に参加している攻略組プレイヤーであると同時に、主街区に拠点を置いて商業を営む支援組でもあった。イタチとは、今日のように攻略会議で顔を合わせることもあれば、主街区の出店でアイテムの取引をすることもあった。そして、全プレイヤーから目の敵にされる、嫌われ者であるビーターのイタチに対しても、こうして分け隔てなく接する――本人から言わせれば奇特な――プレイヤーだった。

 そんな数少ない知り合いと呼べる人物の問いに、イタチは溜息を吐きながら返す。尤も、否定はしていても、カズゴやアレンもイタチの悪評など微塵も気にせず仲間と思っているのは傍から見ても明白だったが。

 

「お前もどうせ、同じようなこと考えてんだろ?あの副団長様に何か、言いたい事があるんじゃねえのか?」

 

 先の攻略会議で、異議を唱える攻略組プレイヤーに対して強硬な姿勢で不変の意思を示したアスナの姿を思い出しながら、イタチは答える。

 アスナとイタチは、決して知らぬ間柄ではない。リアルで面識があるどころか、同じ学校に通っているのだ。そう言う意味では、イタチはこのSAOの中で、最もアスナのことを理解している人物かもしれない。本来ならば、お互いにもっと歩み寄ることもできたのだ。イタチが、“ビーター”でなければ。

 

「俺はビーターだ。攻略方針に一々異議を唱えるつもりは無いし、その資格が無いことも心得ている。」

 

「お前なぁ……」

 

 ビーターとは、第一層攻略以降続いている、主にイタチを指す蔑称である。ベータテスターとチーターを組み合わせて作られたこの造語は、一年以上が経過した今でも、妬み嫉みを抱く一部のプレイヤーによって、イタチを誹るために使われている。ベータテスターとビギナーの間の対立が激しかったデスゲーム当初こそ、イタチを憎しみの捌け口にするために使われていたが、一年以上が経過した今となっては、ベータテスターとビギナーの間の軋轢はほとんど解消されたに等しい。アインクラッドを半分以上攻略した今、ベータテスターが持つ優位性はすでに意味の無いものとなっている。最前線に立っているプレイヤーも、ベータテスターよりもビギナーの方が多数を占めている。

 だが、イタチにとってそんなことは関係無かった。ゲーム制作に関わり、一万人を閉じ込める死の牢獄を作り上げた人間の一人として、孤独を貫くと決めているのだ。譬えそれが独り善がりの禊だとしても。

 

(それに、彼女を……アスナさんをあんな風にしたのは、他でもない俺だ。)

 

 第一層攻略会議の後に再会したイタチとアスナだが、二人が寄り添い共に歩むなどという展開にはならなかった。それは他でもない、イタチの方からアスナを突き離したからだ。自己犠牲精神でビーターを名乗ったイタチは、この世界で、たった一人で寂しい思いをして彷徨い続けていたアスナを遠ざけたのだ。

 再会した当初、お互いに顔を合わせていなかったから分かったが、この世界に囚われたことで、アスナという人物は大きく変わってしまった。大人しく、穏やかな性格だった筈のアスナだったが、今や近づく者全てを斬り捨てんばかりの剣呑な空気を纏った狂戦士と化してしまった。現実世界の彼女を知るイタチは、その変わり様には軽く驚いたが、納得できるものはあった。現実世界では、大手電気機器メーカーの令嬢として将来を有望視されていた身だったアスナ。それが今、SAOという牢獄に閉じ込められたことで、人生を大きく狂わされてしまったのだ。人が変わるのも無理は無い。彼女の現実を理解してくれる人物――例えば、イタチ――が傍にいたならば、彼女の精神状態がここまで不安定になることは無かっただろう。生死を問わず、現実世界への帰還に絶望したアスナは、ソロで睡眠・食事を碌に取らない無茶な攻略を続けてきた。第一層でイタチと再会したことで、一旦は現実世界の彼女に戻りかけてはいたが、その後はイタチと疎遠になっていった。

そんな彼女に転機が訪れたのは、二十五層攻略後のことだった。クォーターポイントの並外れて強力なボスの攻略に大きく貢献したアスナは、血盟騎士団からの勧誘を受けたのだ。当時、デスゲーム開始当初の死にたがりの傾向が消えたアスナは、真剣に全層攻略を考えていた。そして、そのためにはギルドに属することが近道であることも分かっていたため、この誘いを受けてギルド所属に至ったのだ。イタチほどではないが、攻略組の中でも五指に数えられる実力者として知られていたアスナは、幹部として迎えられた。そしてその後、ギルド内、そしてフロアボス攻略においてずば抜けた指揮官適性を示したアスナは、副団長の座に就くこととなったのだ。以来、多くのプレイヤーの支持を集めるカリスマと美貌、そして他の追随を許さないばかりの高速の剣技を併せ持つ彼女は、“閃光のアスナ”とまで呼ばれた。

 

「アスナさんの作戦は、能率を考えれば非の打ちどころは無い。それに、ソロプレイヤーが何を言ったところで、相手になどされん。」

 

「そうか?あの嬢ちゃんは、お前の事をちゃんと想ってくれていると思うんだがなぁ……」

 

「そんなことを詮索する事に意義は無い。話はそれだけなら、俺はもう行くぞ。」

 

「あ、おい!」

 

 呼び止めようとするエギルにイタチは振り返ることはせず、そそくさとその場を後にした。一人で村から出たイタチは、フィールドをまっすぐ脇目も振らずに歩いていく。目指す先は、迷宮区――

 

 

 

 

 

 フィールドボス攻略会議から二時間後。会議に出席していた攻略組プレイヤーは、有力ギルドの所属・非所属を問わず、アスナが指定した時刻には、全員集合していた。その中には、会議中にアスナに真向から作戦に反対したカズゴとアレンもいたが、やはり二人とも納得のいかない表情だった。そんな作戦に反対する少数派の視線など気にせず、アスナは全員が揃った事を確認するや、出発を告げる。

 

「これより、フィールドボスの攻略に向かいます。作戦は会議で伝えた通り、私をはじめとした回避盾がボスのタゲを取り、村まで誘き寄せます。残りの方々は、フィールドで待機していてください。ボスがNPCを標的にしたところで、包囲・殲滅します。」

 

 作戦進行を確認したアスナは、包囲・殲滅を担当する、主に筋力特化型の重装備プレイヤー達を村の周辺フィールドに残し、数名の敏捷特化型プレイヤーを伴って迷宮区を目指した。フィールドボスは、迷宮区を守護者として配置されている。つまり、フィールドボスを倒さなければ、迷宮区へは入れないのだ。

 今回のアスナの作戦には、大部分のプレイヤーが異論を唱えなかったが、全く賛同していたわけではない。NPCとて、人間の姿をしているのだから、MPK紛いの真似をするのには抵抗がある。だが、自分達の安全を確保して確実な攻略を行うには、これ以外に方法が無いのだ。不承不承、作戦を請け負っているプレイヤーは、少なくなかった。アスナ自身は、攻略に関して重大な責任を負い、異常なまでの執着を持っていたことから、そういった倫理観は麻痺しているに近い状態だった。ただ只管、攻略を続けるだけ。それが彼女の全てだったからだ。

やがてアスナを含めた七人の回避盾メンバーは、フィールドボスが待ちうける迷宮区前より一歩手前のフィールドへと到着する。フィールドボスがいつ襲い掛かっても対応できるよう、一同は武器を抜いて臨戦態勢を取る。そして、いざフィールドボスが現れる場所へと足を踏み出した、そこには――――

 

「なっ!?」

 

「こ、これは……!」

 

 七人の回避盾メンバーの前には、フィールドボスがいた。但し、傷だらけで地に伏せた状態で。ちょうど、アスナ達が足を踏み入れたのと同時に、三本あったHPバーの最後の一本の赤いゲージが消えた。HPバーの空ゲージが消滅するのと同時に、ポリゴン片を撒き散らして爆散する。視界が銀色の破片で覆われ、それが晴れた時、アスナの瞳が一人の人影を映した。

 

「あなたは……」

 

 黒ずくめの上下に、両手に握った片手剣。攻略組として、その後ろ姿は既に見慣れたものとなっていた。

 

「イタチ君!」

 

アスナの呼びかけに対し、黒い影はゆっくりと振り返る。予想違わず、額当てを付けた赤い眼の少年は、イタチだった。その赤い双眸が、アスナに向けられる。

 

「……フィールドボスでしたら、この通り、既に倒させていただきました。」

 

「どうして、こんな勝手なことをしたのよ!?」

 

 苛立ちをぶつけるように放たれる、アスナの怒号。その迫力に、連れ立っていた六人のプレイヤーは硬直するが、怒りを向けられたイタチ当人は平静そのものだった。

 

「ビーターはソロプレーが常です。単独でボス攻略を行ったとしても、何ら不思議は無いでしょう。」

 

「そういう問題じゃありません!あなたの勝手な行動で、攻略の足並みが乱れたんですよ!?何故そんな自分勝手な行動を平気でできるんですか!?」

 

 平然と返すイタチの言葉に、アスナの怒りは治まらない。場の空気は険悪そのものであり、プレイヤー六人は口も開けない。

 

「俺は血盟騎士団のギルメンではない。あなたの指示に従う道理などありはしない。」

 

「……攻略組に属している以上、そんな言い訳が通るとでも思っているんですか!?」

 

「必要だと思ったからやった。それだけです。」

 

 平静を崩さず、身勝手なことばかり口にするイタチ。そんな態度に、アスナの苛立ちは増すばかりだった。だが、怒るばかりでは何もならない。アスナは問いを変えることにした。

 

「あなたねぇ……なら聞くけど、私の作戦を妨害することに、何の意味があったというの?」

 

「話す必要がありません。」

 

「…………」

 

 イタチとの問答の発端となっている、命令を無視した勝手な行動について、その意図を聞こうとしたが、イタチは回答すらも拒否する。意思疎通を完全に閉ざしたイタチの態度に、アスナは怒りを通り越して呆れを抱く。しかしお陰で、冷静な思考を取り戻すこともできた。

 

「……今後もまた、作戦の邪魔をするつもりなの?」

 

「必要と考えたならば。」

 

「それは非常に困るわ。理由も聞かされず、攻略を妨害されるなんて、とてもではないけど許容できるものではないわ。攻略の足並みを揃えるためにも、あなたと方針のことでこれ以上揉めるのは合理的ではないわ。」

 

 黒の忍という二つ名を持つイタチは、攻略組の中でも最強クラスの実力者としてその名を知られている。たかが一ソロプレイヤーとして軽視できる存在ではない。カズゴやアレンのように攻略に、イタチに同調しかねない人物も攻略組にいる以上、攻略組がかつてのベータテスター、ビギナーのように真っ二つに割れる危険もある。故に、イタチとの攻略を巡る対立には決着を着けねばならない。そこで、アスナが下した決断は、

 

「イタチ君、私とデュエルしなさい。あなたが勝てば、今後の攻略方針についてあなたの意見を聞き入れるわ。ただし、私が勝った時は、今後の攻略において勝手な真似を一切しないこと。」

 

「断ると言ったら?」

 

「攻略組から身を引いてもらうほかないわね。あなたに味方する人共々。」

 

 先程の怒りに満ちた表情とは打って変わって、理性を感じさせる真剣さを帯びた視線でイタチと向き合うアスナ。そんなアスナの纏う雰囲気に、イタチは彼女が本気であること、そして衝突を避けられないことを悟った。故に答えは、

 

「分かりました。その勝負、受けましょう。」

 

 それまで無表情で感情の読みとれなかったイタチの目に、それまでは無かった鋭さが宿る。それはまさしく、戦闘者の目だった。

 

「デュエルは村に戻ってからにしましょう。時間は、今日の夕方7時で良いかしら?」

 

「構いません。」

 

 二人は端的に決闘の打ち合わせを終わらせると、武器を納めて迷宮区にほど近い、攻略会議を行った村まで戻る。同じ方向へ向かって歩いていた二人だったが、それ以降は言葉を交わすことも、視線を合わせることもしなかった。

 

 

 

 

 

 そして、時刻は夕方。既に日は沈み、夜の帳が下りた村の広場で、イタチとアスナは対峙していた。あたりに設置された松明の明かりが照らしだすその場には、二人の対決を見るために、攻略組プレイヤーのほとんどが集結していた。この戦いが気になるのも無理はない。片や、最強のユニークスキル使いとして攻略組のトップに立つ黒の忍ことイタチ、片やトップギルドの前線に立って指揮をとる容姿端麗な美少女にして、閃光の二つ名をもつ強豪プレイヤーのアスナである。

 実力は拮抗していると思われている、攻略組最強の二人がデュエルをするのだ。正面きっての対決はこれが初めてだが、どんな勝負になるかは全く予想できない。止めようとする者がこの場に誰もいないのは、ネットゲーマーの性なのだろうか。デスゲームという死と隣り合わせの異常事態にあっても、強豪プレイヤーの試合というものには心躍ってしまう、救い難い人種なのだ。

 そんなギャラリーを尻目に、イタチとアスナは互いに武器を抜き取り構える。

 

「確認するけど、このデュエルで負けた方は、勝った方の提示した条件を呑むこと。いいわね?」

 

「構いません。」

 

 イタチは鈍色の片手剣「ランスオブスリット」を、アスナは白銀の細剣「プロミスエコーズ」の切っ先を互いに向ける。だが、イタチの武装を見たアスナが、ふと眉を顰めた。

 

「……あなた、得意の二刀流スキルは使わないつもり?」

 

「はい。」

 

 二刀流とは、イタチを最強と言わしめているユニークスキルである。文字通り、両手に片手剣を装備して絶え間なく繰り出す連撃は、他の追随を許さない破壊力とスピードを持つことで知られている。

 アスナは今回のデュエルでは、イタチは当然そのスキルを使ってくると踏んでいたが、本人は片手剣一本で臨むらしい。

 

(……嘗めているのかしら?)

 

 イタチの態度に怒りを覚えるアスナ。自分相手に最強のユニークスキルを使わないのは、そこまで本気になる必要は無いと判断してのことなのだろうかと考えてしまう。だが、リアルのイタチを知るアスナは、彼が他人を低く見積もる人間ではないことを知っている。こみ上げた怒りを抑え、冷静に構えるよう自分に言い聞かせる。

 理由は分からないが、おそらくイタチには何か考えがあるのだろう。内心を推し量ることはできないが、今は目の前の勝負に集中するのみだ。メニューウインドウを開き、デュエルメッセージをイタチに送る。デュエルモードは、「初撃決着モード」。文字通り、初めの一撃をヒットさせる、もしくは先に相手のHPを半減させた方が勝利する形式である。デスゲームが宣言されて以降、プレイヤー同士のデュエルはほとんどの場合このモードが使われている。イタチはアスナから送られた画面を確認し、OKボタンに触れる。そして、デュエル開始六十秒のカウントダウンが開始される。そして、二人の間に走る緊張感が最高潮に高まった。

 

 

 

「イタチとアスナか……カズゴはどっちが勝つと思う?」

 

「本気でやればイタチだろうが……二刀流を使わない以上、勝敗は分からねえな。」

 

「まあ、オイラはイタチが勝つだろうと思うよ。」

 

 デュエルを遠巻きに見守っていたギャラリーの一角にいたアレンの問いかけに、カズゴは勝負の行方は知らないと答え、ヨウはイタチが勝つと呟いた。

 

「だけど、アスナさんのスピードは攻略組でも最高レベルだし、本当に分からないんじゃないかな?」

 

「でも、オレもイタチが勝つと思うよ。リョーマはどう思う?」

 

 アスナと同じく敏捷特化型プレイヤーのセナは、二刀流なしならば、アスナにも勝算はあると考えている。ゴンはヨウに同調し、イタチが勝利すると考える。そして、最後に話を振られたもう一人の敏捷特化型プレイヤー、リョーマはというと。

 

「…………」

 

「だんまりかよ……」

 

 集中しているのだろう。イタチの如き無表情で、視線をイタチとアスナに固定したまま、ゴンの問いには口を開こうとはしない。カズゴはそんな態度に呆れを抱くが、それ以上追及はしなかった。全員の目の前で、ついにカウントがゼロになったからだ。

 

 

 

イタチとアスナ、二人の間にカウントゼロと同時に「Duel!」の文字が弾ける。それを合図に、二人は動き出した。十メートル強あった間合いは、二人の圧倒的敏捷によって一気に詰められる。ソードスキル発動のライトエフェクトを撒き散らしながら互いに接近する二人の姿は、まるで交錯する流星。

 

(流石はイタチ君……速い!)

 

 互いの身体が交差する手前一瞬の世界の中、アスナはイタチが見せた動きに息を呑む。閃光と呼ばれる自分と比べても遜色の無い速さに、無駄の無い動作。攻略組でもこの速度に反応できるプレイヤーはなかなかいないだろう。

 

(だけど、その技を選んだのはミスね……勝負は私が貰う!)

 

 イタチが発動したソードスキルは、片手剣の基本技の一つ、「レイジスパイク」。突進とともに突きを繰り出すこの技は、威力自体はあまり無いが、非常に速い。初撃決着のデュエルでは、有効な攻撃手段だろう。だが、突進と共に繰り出すという特性故に、発動と同時に軌道を見切られるリスクを孕んでいるのだ。そして、敏捷特化型のアスナには、それを見切ることなど容易い。

 

(ギリギリまで引き付けて、横に回避して決める!)

 

 アスナが発動したのは、細剣ソードスキルの「アヴォーヴ」。こちらもレイジスパイクと同様、基本技に分類されるスキルだが、未だ発動しきっていないプレモーション状態なのだ。レイジスパイクを回避してからでも発動は間に合う。故に、初撃をイタチよりも先に決めることができると、アスナは踏んでいた。

 そして、数分にも思えた一瞬の思考を経て、遂にイタチとアスナが交錯の時を迎える。アスナの予想違わず、イタチの繰り出したレイジスパイクは容易に回避することができた。そして、この瞬間にアスナがアヴォーヴを発動し、横合いからイタチの胴を狙い、刃を振り上げた――――だが、

 

(えっ?)

 

 必勝を期して発動したソードスキルは、空を切るのみに終わった。イタチには命中しなかったのだ。突進系のソードスキルを発動していた以上、動作が制限されてしまう。彼は一体、どこへ行ったのか。しかしアスナには、それを考える暇すらなかった。

 

「わっ!?」

 

 細剣の一撃が空振りしてから間もなく、アスナの背中に衝撃が走る。加速した勢いを殺せず、足を踏み外したアスナは、そのまま転倒して地面を転がってしまった。

 

「げほっげほっ……」

 

 システム上、アバターが咽るということは無いのだが、地面を転がったことで撒きあがった土煙を吸い込んでしまったアスナは、思わず咳き込んでしまった。自身に何が起こったのか理解できない中、視線を空中に向けてみると、そこには、

 

『WINER Itachi』

 

イタチの勝利を意味する文字がフラッシュしていた。それを見たアスナは、先の背中に走った一撃はイタチが放ったものであり、自分はそれを受けて負けたのだと理解する。だが、分からない。あの一瞬の交錯の中で、イタチは一体どうやって回避と反撃をやってのけたのだろうか?

 実際にイタチ本人に聞いてみるのが一番早い。そう考えたアスナは、立ち上がるなりイタチを探して視線を彷徨わせる。探していた人物は、すぐに見つかった。

 

「イタチ君……」

 

 アスナの呟きに答えるように、イタチは振りかえった。先の一撃を決めたであろう片手剣を、“左手”に握った状態で――――

 

 

 

 一瞬の交錯の中で決まった勝負。それを見ていた攻略組プレイヤーたちは、たった一撃の、自分たちでは到底及ばない次元の勝負に驚嘆していた。

 

「ねえ、もしかしてあれって……」

 

「……スキルコネクト、だな。それも、二刀流で発動するヤツじゃねえ……リョーマも使っている、片手式(ワンハンド)のスキルコネクトだ。」

 

 『片手式(ワンハンド)スキルコネクト』

 それは、イタチと同じく元ベータテスターにして、攻略組プレイヤー随一の実力者として知られる、リョーマが初めて開発したシステム外スキルである。イタチの発動したスキルコネクトと呼ばれる技は、両手に片手剣を握った状態で、左右交互にソードスキルを発動する二刀流様式のスキルである。一方、片手式スキルコネクトとは、文字通り武器を片手のみに装備して発動する一刀流様式のシステム外スキルである。

前者は片方の手でソードスキルが発動している間にもう片方の手が発動準備をすることで発動する。しかし後者は、片手で発動した後に武器を手放し、もう片方の手でそれを受け止めて発動に繋げるのだ。発動後に技後硬直を強いられるソードスキルを連発するのだから、その難易度は他のシステム外スキルの比ではない。片手式は、次に発動するスキルを並行して準備できる両手式(ツーハンド)とは違い、持ち替えてすぐに発動に移さなければならないのだ。両手式以上の反応速度や曲芸師並みの剣捌きを必要とすることは説明するまでも無い。

尚、本人以外は知らないことだが、現実世界のリョーマはテニスプレイヤーだった。そして、ラケットを左右交互に持ってボールを打ち返すという特殊な戦法をとった経験をもとに、片手剣を両手交互に持ち替えて技を繰り出すシステム外スキルを編み出すに至ったのだ。

 

「まさか、イタチまで習得していたなんて……」

 

「しかも、それだけじゃねえよ。あいつはあの時、“跳躍”して……しかも逆さ吊りの状態で発動したんだ。」

 

 イタチとアスナの一連の動きを一切見逃さなかったヨウは、そう付け加えた。イタチは端からアスナに正面切った突進系の技が通用しないことは分かっていた。だからこそ、初撃に見せかけて繰り出したレイジスパイクを囮に、アスナが回避してカウンターとしてソードスキルを発動するよう仕向けたのだ。

 アスナが横へ身を翻し、振り上げ式のソードスキルを発動したところで、イタチは地面を蹴ってその身を宙に投げ出し、アヴォーヴを回避。錐揉み状態で跳躍したイタチは、剣を左に持ち替えると同時に、宙返りで身体が逆さになった瞬間に遠心力に任せて水平斬りソードスキル、ホリゾンタルを発動。空振りしたアスナには、避ける術はなく、背中に一撃がヒット。イタチは空中で錐揉み一回転を終えて無事着地した、というのが一瞬のうちに決着したデュエルの流れだった。

 

「二刀流を使わなかったのは、アスナの警戒を片手剣一本に集中させるためだったのか……」

 

「まさか、カウンターを回避した上でスキルコネクトの連撃なんて、誰にも想像できないからね。」

 

「相変わらず、イタチは無茶苦茶だよ……」

 

「やっぱイタチは凄っげえ強えぇ……」

 

「まだまだだね。」

 

 イタチとアスナのデュエルを見ていたアレンやヨウは、イタチというプレイヤーの非常識ぶりに感嘆を漏らした一方で、リョーマは、ただそれだけ口にした。自分の技を盗まれたことに不快感を示さず、むしろここまで模倣してみせたイタチの技量を称賛しているかのようだった。

 

 

 

 ギャラリーの皆が騒然とする中、デュエルを終えたイタチは、未だ地面にへたり込んでいるアスナに近づいていった。

 

「この勝負、俺の勝ちです。約束通り、今後の攻略方針について、一つだけ要望を呑んでいただきます。」

 

「……」

 

 悔しげな表情をするアスナだが、ここで喚き散らすような子供じみた真似はしない。負けた以上、約束通りイタチの要求を呑むのは道理である。不満げな感情が見え隠れするアスナとは対照的に、イタチは相変わらずの無表情で、事務的に抑揚の無い口調で話し始めた。

 

「今後、攻略においてNPCを犠牲にする作戦は一切廃止するようお願いします。」

 

「……分かったわ。」

 

 予想していた要求だっただけに、アスナには驚きはなかった。だが、どうにも解せない点もある。イタチはリアルでも、このSAOでも、常に冷めたイメージのある人物だった。目的のためならば、余計な感情、私情を一切挟まない冷徹さを備えていると考えていた人間が、何故オブジェクト同然の――少なくともアスナはそう考えている――NPCを犠牲にすることを忌避するのだろうか。むしろ、効率を最重視して自分に賛同する筈では、と予想していた。

 一体、何を考えているのだろうか。アスナの声なき問いかけに、しかしイタチは当然、何も答えてくれはしない。

 


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