ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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あけましておめでとうございます。今年最初の投稿です。
就職活動まっただ中で身動きがとれませんが、精一杯頑張るのでよろしくお願いします。


第三十一話 圏内事件

 振り翳した刃を空ぶったイタチは、壁走りの勢いを殺さず、そのまま教会の飾り窓へと飛び乗った。そしてすぐさま、出窓から広場に集まり、この騒動を見ていたプレイヤー達を見下ろし、叫びかける

 

「皆、デュエルのウィナー表示を探すんだ!!」

 

 イタチの言葉に、その意図を察したプレイヤー達が、周囲を見回し始める。圏内でのHP全損となれば、デュエル以外に有り得ない。ならば、先の全身フルプレートの男をデュエルで殺したプレイヤーの頭上には、『WINNER/名前 試合時間/何秒』という形式の巨大なシステムウインドウが表示される。それを探せば、すぐに犯人を特定できる。だが……

 

(……やはり、いないか。)

 

 広場に集まったプレイヤーを見渡すが、デュエルの勝利者を示すシステムウインドウはどこにも見当たらない。そうこうしている内に、ウインドウが出現する三十秒が経過してしまった。と、そこへ

 

「イタチ君!?どうしてここに……」

 

 アスナが現れた。どうやら、教会の建物の中を駆けあがってここまで辿り着いたらしい。とりあえずイタチは、事情説明を行うことにする。

 

「先程の槍に胸を貫かれていたプレイヤーを助けるべく、壁を駆け上がりました。ですが、救出が間に合わず、あの男性はポリゴン片と共に消えました。」

 

「!……そう。」

 

 遠回しな言い方に些細な違和感を覚えたアスナだが、その言葉の意味するところは、あの全身フルプレートのプレイヤーの圏内でのHP全損による死亡を意味すると解釈した。恐るべき異常事態だが、アスナは冷静に現状の事態に対処すべく思考を巡らせる。

 

「それで、デュエルのウィナー表示はあった?」

 

「先程広場に集まったプレイヤーを見てみましたが、どこにもありませんでした。そちらは?」

 

「……確認できなかったわ。この階に来るまでに、二階の廊下を通ったけど、誰もいなかった筈よ。」

 

 アスナもイタチ同様、圏内でのHP全損の原因としてデュエルを真っ先に考えついた。だが、アスナの方も、デュエルが行われ、あの男性を市に追いやった証拠たるウィナー表示を見つけられなかったようだ。

 

「それより、あの男性プレイヤーは、ここから吊るされていたのよね。」

 

「その通りです。現場の様子から考えるに、犯人は被害者の男性の胸に槍を突き刺した上で、ロープを首に巻いて窓から突き落とした、といったところでしょうか。」

 

 イタチの述べた状況考察に、アスナは頷いて同意する。だが、どうにも解せない点が多い。圏内でHPを全損させるPK手段といえば、デュエル以外には有り得ない。寝ている相手の指を勝手に操作してデュエル申請のOKボタンをクリックし、そのまま一方的に攻撃する睡眠PKが最たる手段である。イタチが昼寝していたアスナを護衛していたのも、これが理由なのだ。

 

「でも、デュエルのウィナー表示が現れないなんて、おかしいわ……それに、犯人はどうやって逃げたのかしら?」

 

「現状、アインクラッドで発見されている隠蔽アイテムには、身体を完全に透明化する効果のあるものはありません。攻略組プレイヤーの索敵を欺き、あの数の衆人に見つからずに現場を去るのは、如何に隠蔽スキルを極めていても不可能です。」

 

 殺害方法から逃走手段まで、全てが不明な未曾有の事件。従来のPK方法では、実行不可能な犯行であることは確かである。アスナはしばし難しい顔で、犯人がプレイヤー殺害に用いた手段を考えていたが、全く思い浮かばない。イタチが視線を向ける窓の向こう、下の広場では、事件を目撃していたプレイヤー達の不安そうな声がここまで聞こえてくる。

 

「いずれにしても、このまま放置はできないわ。」

 

「……そうですね。」

 

「もし圏内PK技なんてものを誰かが発見したのなら、外だけでなく、街の中にいても危険ということになってしまうわ。」

 

 睡眠PKなどという手段が編み出されている時点で、圏内の安全性も疑わしいところだと思うが、イタチはそれを口にしない。無言で頷くと、アスナは何かを決意した表情でイタチのもとへ歩み寄る。

 

「前線を離れることになるけど、仕方ないわね。イタチ君にも、解決まで協力してもらうけど、いいわね?」

 

「アスナさんが抜けるのは、相当な痛手でしょう。捜査なら、俺一人で……」

 

「一緒に解決するの!分かったわね?」

 

「……分かりました。」

 

 有無を言わさぬアスナの剣幕に、さしものイタチもたじろいでしまう。アスナが差し出した右手に対し、イタチも仕方なしに右手を出して、固い握手を交わす。自分の意見を通せたことがよほど嬉しかったのか、その時のアスナの表情は、どこか勝ち誇った様子だった。

 

 

 

 圏内PK事件の捜査を行う名目でコンビを組むこととなったイタチとアスナは、ひとまず事件発生時の様子、および被害者の男性プレイヤーについての詳細を調べるため、教会を出た。未だ広場に屯していたプレイヤー達が二人に注目する中、イタチが一歩前へ出て呼びかける。

 

「すまない、さっきの一件を最初から見ていた人、いたら話を聞かせてほしい!」

 

 すると、程なくしてイタチの呼びかけに答えて、一人のプレイヤーが姿を現す。髪と瞳は濃紺色で、片手剣を装備した、見た目からして中層プレイヤーであろう女性。黒づくめに赤い双眸のイタチに怯えた様子だったところへ、アスナが割って入り、声を掛ける。

 

「ごめんね。怖い思いをしたばっかりなのに。あなた、お名前は?」

 

「あの……私、ヨルコっていいます。」

 

「先程の悲鳴は、君のもので間違いないか?」

 

 イタチの質問に対し、ヨルコと名乗った女性は、涙を浮かべて震えながらも受け答えする。

 

「は、はい……私、さっき殺された人と、一緒にご飯食べに来ていたんです。あの人……名前はカインズっていいます。昔同じギルドにいたことがあって……」

 

 事件当時のことを思い出し、泣きだしてしまうヨルコ。嗚咽を堪えながら、必死に事件当時の状況を説明しようとしている。そんな彼女の背中をアスナは擦りながら、落ち着くよう促す。

 

「うん、いいの……ゆっくり、落ち着いてから、話してね。」

 

「……はい。大丈夫です。」

 

 アスナに優しく声を掛けられたことで、どうにか泣きやみ、呼吸を整えて続きを話す。

 

「……でも、あんまり人が多くて、広場で見失っちゃって……周りを見回してたら、いきなり、この教会の窓から……カインズが落ちてきて……」

 

「その時、誰かを見なかった?」

 

 友人が惨殺された光景を思い出したのか、口を抑えるヨルコに再び寄り添うアスナ。ヨルコはアスナの問いに、どうにか答えた。

 

「一瞬なんですが……カインズの後ろに、誰か立っていたような、気がしました。」

 

「その人影に、見覚えは?」

 

 今度は、イタチの問いだった。しかし、ヨルコは首を振って否定する。あるいは、よく見えなかったため、面識のある人物かも分からなかったのかもしれない。

 その後も、カインズの身辺、主に人間関係についてイタチは問い質そうとしたが、友人が殺されたショックでこれ以上の事情聴取は不可能と考えたアスナは聴取をここで切り上げ、後日改めて訪問することとなった。

宿への見送りは、同じ女性同士ということで、アスナが行い、イタチは広場に待機していた攻略組プレイヤーのもとへ、現状の報告へ向かった。広場にいた主だったプレイヤーは、血盟騎士団幹部のテッショウ、聖竜連合前線メンバーのシャオランとハジメ、ソロのアレンといったところである。

 

「イタチ、圏内でのHP全損ってのは、本当なのか?」

 

「現場の状況からして、その可能性は高い。」

 

 アスナと同じ血盟騎士団に所属するテッショウの問いに、イタチは淡々と答える。対する攻略組プレイヤー達は、動揺が隠せない様子だった。

 

「この一件に関しては、血盟騎士団副団長のアスナさんと俺が調査を行う。さっきの圏内PKの手段や、犯人の正体等、新しい情報が入り次第、随時ギルドの幹部を介して情報を開示する予定だ。」

 

「アスナさんも捜査するんですか?」

 

「……俺一人でやると言ったが、本人の希望でそうなった。前線で指揮を行うプレイヤーがいなくなれば、ペースが落ちるのは避けられないが、そのあたりはテッショウやメダカ、シバトラさんあたりにフォローしてもらうほかあるまい。」

 

 白髪の長剣使い、アレンの問いに、イタチはため息を吐きながら答える。それを聞いたテッショウは、心配するなと言わんばかりに得意げな表情で応じる。

 

「ああ、俺は構わねえぜ。心強い相棒もいることだしな。」

 

「ワンッ!」

 

 テッショウの呼びかけに応えるように、足元に控えていた小柄の狼型モンスターが、一吠えする。このモンスター、グレイウルフは、テッショウのテイムモンスターであり、名前は「イヌ」。攻略組唯一のビーストテイマーとして知られるテッショウのパートナーであり、迷宮区攻略の際にはモンスターの索敵やトラップの探知に大いに役立っているのだ。

 

「捜査は二人だけで平気ですか?他のギルドに、もっと応援を頼んだほうが良いとも思いますが。」

 

「なんなら、俺が付いていてやってもいいんだぜ。この事件には、興味あるしな。」

 

 聖竜連合のシャオランとハジメが、捜査用の人員補充を提案する。だが、イタチは首を振ってそれを断った。

 

「いかに前代未聞の事件とはいえ、攻略を疎かにするわけにはいかない。それに、得体の知れない手段でPKを行っているレッドプレイヤーを相手にする以上、下手に人員を増やせば犠牲者が増えかねない。俺とアスナさんの二人のみで捜査は行う。」

 

「そうですか……わかりました。シバトラ総長には、そう伝えておきます。くれぐれも、気をつけて。」

 

 イタチの言葉に対し、シャオランはイタチとアスナだけの捜査に不安を抱いていたが、注意を促しながら了承した。一方、ハジメは、

 

「それにしても、ソロのお前が、あの閃光のアスナと二人っきりとはな~……」

 

 目を三日月のように細めて、イタチにからかうような視線を向けてきた。対してイタチならびに他のプレイヤー達は、呆れと共に盛大なため息を吐く。ハジメが何を言いたいのか想像に難くないが、そんなことを考えている場合では無い筈だ。そもそも、惚気話に縁の無いイタチに、ハジメが思っているような展開が起こる筈もない。殺人事件の直後というのに、能天気過ぎるハジメの態度に、イタチは頭が痛くなる思いで口を開いた。

 

「……とにかく、俺たちは明日にはまた参考人のもとを訪れて、事情聴取を行う。皆は、他の攻略組プレイヤーや中層プレイヤーに対し、当面は街中を歩く際も警戒するよう注意を促してもらえるか?」

 

「わかった。アルゴあたりを通じて、ペーパーに載せてもらおう。」

 

 イタチがそう締めくくると、最後は攻略組プレイヤー達も真剣な表情で頷き、要請を聞き入れてくれた。そしてその場は解散となり、イタチはアスナから来たメールを確認して街の一角で合流した。

 ひとまず二人は転移門を目指して歩き出し、道中で今後の方針について話し合うことにした。

 

「まずは、手持ちの情報を検証する必要があります。ロープは一般のショップで売られているものですが、スピアに関しては、プレイヤーメイドの可能性があります。」

 

「となれば、鑑定スキルが必要ね。私の友達で、武器屋やってる子が持ってるけど、今は一番忙しい時間帯だし……」

 

「俺は三件ほど当てがありますが、内二件は同じく忙しい時間帯です。」

 

 イタチの知人で鑑定スキルを持っているプレイヤーは三人。一人目は、攻略組の戦闘職と、プレイヤー相手の商業職を兼任している、チョコレート色の肌をもつ巨漢の戦斧使い、エギル。五十層主街区、アルゲードに店を構える彼は、雑貨屋を営んでいるが、攻略組はじめ収入の多いプレイヤー相手には阿漕な商売を仕掛けてくることで知られている人物でもある。

二人目は、イタチがデスゲーム開始時点から生産職として着目し、素材アイテムなどを優先的に提供したことで、鍛冶スキルを誰よりも早くコンプリートした生粋の生産職、マンタ。ベータテスターのヨウとはリアルでは友達であり、勧められてこのゲームを始めたという経緯がある彼は、第一層攻略完了を境にヨウをはじめとした友達を助けるために精力的に鍛冶スキルを必死に鍛えたのだ。今では各種商業用スキルをある程度習得し、エギル同様近々店を購入する予定である。

 

「それじゃあ、残り一件はどうなの?」

 

「……おそらく、忙しくはないと思われますが、行くのは躊躇われます……できれば、頼みたくはない相手です。」

 

「……一体、どんな人なの?」

 

 いつも効率重視で一切私情を挟まず行動するイタチにしては、珍しい反応である。どのような人物なのか、全く想像がつかないアスナはイタチに問いかけるも、イタチは無言でウインドウを呼び出し、メッセージを作成していた。やがて、送信先から返事が返ってきたのだろう、転移門にさしかかったあたりでイタチが再びウインドウを出すと、僅かながら肩を落として口を開いた。

 

「……向こうは、これから行っても大丈夫だそうです。」

 

「それじゃあ、行きましょう。その人がいる階層はどこ?」

 

「四十二層、バルジモアです。」

 

 目的の人物がいる階層を確認するや、転移門に立つ二人。そのまま四十二層の階層を唱え、光と共にその場を後にする。

 

 

 

 第四十二層、バルジモア主街区には、中世風の街並みが主流となっているアインクラッドには珍しい、二十世紀のヨーロッパを模した近代的な造りの建物が多数建っていた。そんな街中を、イタチとアスナは並んで歩くこと数分。遂に目的の人物がいる店へと辿り着いた。

 

「ここがそのお店?」

 

「ええ、その通りです……」

 

 建物の表に吊るされた看板には、「ララのアイテム工房」と可愛らしい彫刻が施されている。このララというのは、経営している商人プレイヤーの名前だろうか。イタチはアスナの質問に額に手を当てながら頷く。扉を開けるのは相当気が乗らない様子だったが、いつまでもここに立っているわけにはいかない。意を決して、扉を開く。

 

「ララ、来たぞ……」

 

「待ってたよー、イタチ!」

 

 入店したイタチを出迎えたのは、一人の女性プレイヤー。元気の良い挨拶と共に、イタチに向かって勢いよくダイブ。そのまま抱き付いた。

 

「あ、あなた!」

 

 突然現れた少女による、想定外の行動に、アスナは目を吊り上げる。そのまま思わず、得物を抜き放とうと、腰に掛けた細剣に手をかける。だが、その手はイタチによって止められた。

 

「アスナさん、落ち着いてください。ララ、お前もさっさと離れろ。」

 

 容姿からして、おそらくイタチやアスナと同年代であろう少女の、年齢に不相応なふくよかな身体に、過剰なスキンシップを伴って抱きしめられながらも、イタチは動揺した様子はない。衝動的に抜剣しようとしたアスナの機先を制し、ララとよばれた少女も引きはがす。

 

「それにしても、久しぶりだね、イタチ!また新作アイテムを試しにきてくれたの?」

 

「……悪いが、それは永遠に御免被る。それより、武器の鑑定依頼をしたい。」

 

「そっかー……ま、いいよ。とりあえず、奥に来て。」

 

 傍から見ても明らかに暗い表情のまま、イタチはアスナと共にララの後を負って店の奥へと入っていく。この間、アスナの態度は何故か不機嫌そのものだった。

 

 

 

「圏内でHPゼロ……そんなアイテムがあったの!?」

 

「……興味津々に聞くな。そんなアイテムがあったとしても、絶対に作るな。そして使うな。」

 

 殺人事件という物騒な出来事に対して恐怖するどころか、逆に興味を示すララ。今回の圏内で起きた殺人がアイテムによるものなのか、スキルによるものなのかは定かではない。だが、もし前者だった場合、ララなら興味本位で作成しそうなので、ぞっとしない。

ララはイタチと同じベータテスターであり、現時点でもアイテム作成系のスキルを一通りコンプリートしたことで知られている。だが、作り出す物は攻略に役立つ実用的なアイテムよりも、奇妙奇天烈で人騒がせな物の方が多いので、イタチをはじめとした、一部のベータ上がりの攻略組には要注意人物としても見られている。

 

「ちょっとあなた!さっきから聞いてれば、不謹慎なんじゃないの!?イタチ君にもやけに馴れ馴れしいし!」

 

「ええ~!だって、アイテム職人として、気になるんだもん!それに私は、イタチとはベータテストから友達だったんだもん!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないの!早くこの殺人事件のトリックを暴かないと、また犠牲者が出るかもしれないのよ!?分かってるの!?」

 

(頼むから、二人同時に話すのはやめてくれ……ややこしくて敵わん……)

 

 能天気な態度のララに、怒りを露にするアスナ。若干、怒りのポイントがずれていた気もしたが、それに言及している場合ではないだろう。おまけに、二人揃って同じような声なので、あまりヒートアップし過ぎるとどちらが話しているのか分からなくなりそうだ。早々にこの諍いを仲裁して本題に入らねばならないと思考を走らせる。

 

「アスナさん、これ以上はやめてください。ララ、お前も早く武器の鑑定をしろ。」

 

 アスナを宥めて椅子に座らせると、ウインドウを開いて現場で回収したスピアを取り出し、机の上に置く。やや強引に話を進めたことでアスナは不満そうにしていたが、本来の目的を果たすためと考えて無理矢理納得することにした。一方ララは、イタチが取り出したスピアに興味の対象を移したようだった。

 

「これが圏内PKをした武器か~……」

 

「いいから、さっさと鑑定しろ。」

 

 物珍しげな表情で武器を手に取り、じっくり眺めるララ。頼むからそんなに楽しそうにしないでくれとイタチは内心で溜息を吐く。早く武器について調べろと催促し、ようやく武器をタップして詳細を調べ始める。

 武器の分類はスピア。刃に禍々しい逆棘が無数に付いているこの武器は、貫通継続ダメージを与える効果をもつことは明らか。そして、この手の武器は、大概がモンスターではなく対プレイヤー用と相場が決まっている。モンスター相手では、突き刺せばすぐ怪力をもってすぐに引っこ抜いて捨ててしまうからだ。

 やがて、鑑定スキルによってウインドウを開いて詳細を調べたララが口を開いた。

 

「ええと……固有名は、ギルティソーン。プレイヤーメイドだね。名前は、グリムロックだって。少なくとも、私は聞いたことがない名前だよ。あと、機能については……特に変わったところは見られないね。残念だけど、圏内での貫通ダメージに関する記述は無いね。」

 

「そうか……」

 

 残念という言葉のベクトルがややおかしかった気がするが、イタチはあえてそれを口にはしなかった。圏内PKの手段については分からなかったが、プレイヤーメイドであり、作成者の名前が分かったのは大きい。この鍛冶屋、グリムロックがヨルコやカインズと面識のある人物だったならば、捜査が進展することは間違いない。

 

「それにしても、ギルティソーン……罪のイバラって意味だよね……」

 

 今回の圏内PKは、突発的な不意打ちではなく、周到に準備された犯行である。この血の様に赤いスピアの名前に、犯行の意図が隠されているのだとしたら、同機は間違いなく怨恨である。ヨルコとカインズは同じギルドに所属“していた”と言っていた。ならば、今は解散したギルドで何かが起こった可能性が高い。

 顎に手を当て、そんなことを真剣な表情で黙考するアスナに、イタチが声を掛けて締めくくる。

 

「いずれにしても、明日またヨルコさんに事情を聞いてみれば分かるでしょう。とりあえず、武器の制作者が分かっただけでも収穫です。今日のところは、ここで捜査は終わりにしましょう。」

 

「ええ!イタチ、もう帰っちゃうの!?」

 

 凶器となったスピア、ギルティソーンをアイテムストレージに納めた後、アスナと共に席を立って店を退出しようとするイタチに対し、ララが抗議の声を上げる。一体自分に何の用があるのか、想像できてしまうだけに、イタチはまた頭が痛くなる気分に襲われた。

 

「……今日のところは、もう用事が無いからな。」

 

「折角だから、私が作ったアイテムとか見ていってよ!ほら、この「法螺貝」はどう?大概の下級モンスターは追い払えるし、援軍を呼ぶ道具にもなるよ。」

 

「俺が主に活動するのは強力なモンスターが出現する最前線の迷宮区であり、基本はソロプレイだ。弱小モンスターにしか通用しない道具も、援軍を呼ぶための道具も必要ではない。」

 

「なら、「阿修羅」っていう刀は?回避カウンターに補正がつくよ。」

 

「……実用的だが、俺のメイン武器は片手剣だ。刀スキルは習得していない。」

 

「ええと、それじゃあ……」

 

「これは俺の物語だ。俺が使うアイテムは、俺が決める。」

 

 次々に奇妙奇天烈なアイテムを取り出し、商人としてどこまでも食い下がるララに対し、きっぱりそう言いきってアイテムの押し売りを断るイタチ。その赤い双眸に睨みつけられたララが、自作アイテムの押し売りする手を止めた瞬間を見逃さず、イタチはアスナの手を引いて店を出る。

 

「アスナさん、行きましょう。」

 

「え、ええ……」

 

 場の空気について行けなかったアスナを、イタチが半ば強引に手を引いて店の外へ連れ出す。いち早くこの店を脱出したい思いだったイタチには、アスナの手を握ったことに他意はなかったのだが、握られたアスナの方は顔を赤くしている様子だった。

 やがて、ララのアイテムショップから離れた場所へと辿り着くと、握っていた手を話してアスナと向かい合う。

 

「申し訳ありませんでした。あまりあの店には長居したくなかったもので……」

 

「ああ……まあ、分かったけど……」

 

「それより、事件の捜査に関してですが……やはり、参考人のヨルコさんに、凶器の制作者であるグリムロックという名に心当たりが無いかを聞くことが一番でしょう。」

 

「そうね……それじゃあ、明日の朝十時にヨルコさんのところに行くことになってるから、その時に聞いてみましょう。」

 

「了解しました。」

 

「それから、これから黒鉄宮に行って、生命の碑を確認したいんだけど、いいかしら?」

 

「カインズ氏の死亡確認ですね。わかりました。お付き合いします。」

 

 それだけ言葉を交わすと、イタチとアスナは転移門を目指し、第一層へと転移した。

 圏内殺人という物騒な事件に関わることとなったアスナ。攻略組プレイヤーとしての使命感もあり、一刻も早く事件を解決しなければと思う一方で、アスナの胸中には不安とは別に、ある種の期待が渦巻いていた。その思いは、期せずして深く関わることとなったイタチという少年にある。リアルでもこの世界でも、自分に関わることを忌避していたイタチだったが、一緒にこの難事件を解決することができれば、或いはこの事件の捜査を通して、彼のことをもっと知ることが出来るかもしれないという期待。

人一人死んでいるのに不謹慎かもしれないが、それでもアスナはイタチとの距離を埋められる可能性に胸が高鳴っていた。

 


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