ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第三十二話 黄金林檎

2024年4月12日

 

 事件の翌朝九時。イタチとアスナは打ち合わせ通りに五十七層の転移門にて合流した。

 イタチは常と同じく全身黒づくめの剣士、あるいは忍を彷彿させる服装だが、アスナの方はいつもの白地に赤模様の騎士服ではない。ピンクとグレーの細いストライプ柄のシャツに黒レザーのベストを重ね、レースのフリルがついた黒いミニスカートを着ている。脚には光沢のあるグレーのタイツ、靴はピンクのエナメル、そして頭には同色のベレー帽を被っている。言うなれば、いつもよりめかしこんでいるのだ。

 

「…………」

 

 これから殺人事件の捜査に行こうとしているにも関わらず、別方向に気合いが入っているように思えてならないアスナの姿に、イタチは若干ながら不安を覚えた。対するアスナは、イタチの僅かばかり呆れを含んだ視線に気付いていないのか、やや恥ずかしそうに声をかける。

 

「……ええと、イタチ君、似合ってるかな?」

 

 おそらく、他の攻略組プレイヤーや血盟騎士団の構成員にも見せた事の無い服装だったのだろう。自分を見つめるイタチの視線を、見とれていると解釈したアスナはそんな質問をしてきた。だが、イタチ自身もどうコメントしたものか、見当もつかない。ここは社交辞令でも、称賛を贈るべきだろうと判断する。

 

「……似合っていると思います。」

 

「そう……よかった。」

 

対応は間違っていなかっただろうと思うが、その言葉にどこか浮かれた表情を見せるアスナに、イタチは不安を拭えなかった。ともあれ、このまま立ち尽くしているわけにもいかない。

 

「それでは、そろそろヨルコさんに会いに行きましょう。」

 

「そ、そうだね。」

 

 未だ照れ笑いを浮かべるアスナを伴い、イタチは目的の宿屋を目指して歩きだす。その道中、昨日の事件に関しての意見交換をする。

 

「君は、今回の圏内殺人の手口について、どう思う?」

 

「考えられるのは、デュエルによるPK、システム上の抜け道の利用、アンチクリミナルコード無効化の裏技……といったところでしょうか?」

 

「そうよね。なら、圏外で槍を胸に突き刺したまま、街の中に連れ込んだっていう可能性は?」

 

「……回廊結晶を使えば、人目に付かずにあの時計塔まで被害者を連れていくことができますが、圏内に入った時点でHPの減少は止まります。これは毒やその他ダメージ系のステータス異常にも共通しています。」

 

「被害者があの教会から吊るされてからHP全損に陥るまで、数十秒はあった筈よね。なら、圏外でHP全損にしてから圏内に引き込んでも、あの減少は起こせないわよね。となれば、残るはアンチクリミナルコード無効の線だけど……」

 

「個人的な意見ですが、まずあり得ません。」

 

 消去法で残された可能性について口にしたアスナに、しかしイタチは即答で否定した。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「……このSAOというゲームは、プレイヤーに対して限りなくフェアネスを貫いています。アンチクリミナルコードという、世界の理に干渉するスキルやアイテムが、認められるとは思えません。」

 

 イタチにしては、論理的根拠に欠ける意見だったが、アスナは何故かその言葉を否定する気にはなれなかった。普段意思表示に乏しいイタチが、珍しく自己主張したことに驚いたということもあるが。

 

「俺には分かるんです。制作者サイドとして茅場晶彦に助力し、このSAOという死の監獄を作り出す片棒を担いだ身で、謂わば彼の共犯者ですから。」

 

「イタチ君……」

 

まるで、今までの犠牲が自分のせいであることを仄めかすかのように放ったイタチの言葉。イタチがSAO制作に協力してベータテストの参加権を手に入れたことは、イタチ自身が宣告したその場に居合わせたアスナも知っていた。しかし、全てがイタチ一人のせいではないし、その業を背負うべきではないと思う。だからこそ、イタチの孤独を取り除ければという想いで、彼を理解するべくこうして一緒に行動しているが、その壁は想像以上に大きい事を悟らざるを得ない。ヨルコの宿を目指すアスナの足取りは、若干重くなっていた。

 

 

 

その後、宿にいたヨルコと無事合流することができた。昨日事件が起きた翌日だったので、今度はヨルコの身に何か起こるのではと考えていたが、杞憂だったらしい。

 ヨルコは昨日の事件がショックだったせいであまり眠れていない様子だったが、アスナのめかし込んだ姿を見た途端、

 

「わあ!それって、アシュレイブランドですよね!?全身揃ってるところなんて、初めて見ました!」

 

 アスナのコーディネートに目を輝かせるヨルコ。だが、「アシュレイ」という名前を聞けば、納得するものはある。

 

「アシュレイ……アインクラッドで、裁縫スキルを最初にコンプリートしたプレイヤーですね。」

 

「そうなんです!最高級のレア生地素材持参じゃないと、なかなか作ってもらえないんですよ!」

 

 アスナの姿に未だに見とれているヨルコ。殺人事件が起きた翌日にも関わらず能天気な様子のヨルコに、イタチはもはや呆れて物が言えない様子だった。

 

「あれ?イタチ君って、ブランド品にも詳しいの?」

 

「……いえ、ブランド品を報酬に求める生産職プレイヤーが身近にいるもので。」

 

イタチの言う生産職プレイヤーとは、血盟騎士団所属の薬剤師、シェリーのことである。シェリーが薬の調合依頼の見返りとして要求したブランドは、アシュレイブランドをはじめ多種多様。故に、攻略組に不必要なブランド品の知識が身に付いてしまった経緯があったのだ。

 

「それより、ヨルコさん……そろそろ話を聞かせていただきたいので、場所を移しませんか?」

 

「あ、そうでしたね!すみません……」

 

はしゃぎ過ぎていた自覚があったのか、ヨルコはイタチに頭を下げて謝ると、佇まいを直した。アスナも、今朝から二度もコーディネートを褒められて浮かれていたことを反省し、咳払いを一つした。その後、イタチとアスナは、昨夜二人が夕食を食べようとしていたレストランへとヨルコを連れて行き、店内の端にある席で事情聴取を行うこととなった。

 入店後、三人は店の一番奥の方にある席を取ることにした。犯人の正体や居場所が分からない以上、不用意に人気の多い場所で会話を聞かれるわけにはいかないからだ。ヨルコを一番奥の席に座らせ、イタチとアスナがその向かいに並ぶ形で席に着く。聴取の用意ができたところで、まずはアスナが問いかける。

 

「ね、ヨルコさん。グリムロックっていう名前に聞き覚えはある?」

 

 俯いていたヨルコがぴくりと頭を上げる。凶器の制作者の名前を聞いて、非常に驚いた様子だった。

 

「……はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです。」

 

 想定していた答えの一つだった。だが、あの武器は明らかな対プレイヤー仕様である。それが、制作者の関係者を殺害する凶器に用いられたとなれば、これは偶然ではない。グリムロックがこの事件に加担していることは明らかである。

イタチはアスナと視線を交わして頷き合うと、聴取を進める。

 

「昨日、現場に残された武器を鑑定してみたのですが、制作者の鍛冶屋は「グリムロック」とのことでした。何か、思い当たることはありませんか?」

 

「……はい……あります。昨日、お話しできなくてすみませんでした。忘れたい……あまり思い出したくない話ですけど……でも、お話しします。

……あの事件のせいで、私達のギルドは消滅したんです。」

 

ぽつりぽつりと自分や昨日殺されたカインズが所属していたギルドに纏わる話を口にするヨルコ。イタチとアスナは真剣な面持ちで聞き入っていた。

 

「ギルドの名前は、『黄金林檎』っていいました。総勢たった八人のギルドです。でも、半年前、たまたま倒したレアモンスターが、敏捷力を20も上げる指輪をドロップしました。

 ギルドで使おうって意見と、売って儲けを分配しようって意見で割れて……でも、最後は多数決で決めて、結果は五対三で売却でした。前線の大きい街で、競売屋さんに委託するために、ギルドリーダーのグリセルダさんが一泊する予定で出かけました。

 でも、グリセルダさん……帰ってこなかったんです。嫌な予感がして、何人かで、黒鉄宮の『生命の碑』を確認にいきました。

 そしたら…………グリセルダさんの名前に、横線が……」

 

 その言葉に、アスナは息を呑む。第一層の黒鉄宮にある、生命の碑には、SAOに参加した一万人のプレイヤーの名前が刻まれている。そして、横線が入っていたということは、その人物はこのゲームから脱落……即ち、死んだことを意味する。

 

「死亡時刻は、リーダーが指輪を預かって上層に行った日の夜中、一時過ぎでした。死亡理由は……貫通属性ダメージ、です」

 

「……そんなレアアイテムを抱えて圏外に出るとは思えませんね。考えられるのは……「睡眠PK」か「ポータルPK」ですね。」

 

「半年前なら、両方ともまだ手口が広まる直前だわ。宿代を惜しんで、パブリックスペースで寝る人もそれなりに居た頃だしね。」

 

「しかし、疑問が残ります。」

 

 アスナはグリセルダ暗殺の手口を睡眠PKと判断したようだが、イタチはただのPKとは考えなかった。

 

「ギルドリーダーを務めるような人物が、レアアイテムを持ったままパブリックスペースで寝泊まりするような迂闊な真似をするとは思えません。ポータルPKによる殺傷の可能性が高いですが、あれは特定の標的を暗殺するための手口です。」

 

 ポータルPKとは、転移先を指定できる回廊結晶を用いたPK手段である。回廊結晶は、アイテムの発動後、その場所に一定時間、転移先に通じる光の渦が出現する。そして、これを通じて圏内にいるプレイヤーをフィールドへ引きずり出して攻撃、HP全損に追いやるというのが一般的な手法である。圏内にいるプレイヤーを殺害できる現状では唯一の手段だが、回廊結晶は非常に高価で希少なアイテムであるため、多用できる手口ではない。あらかじめ標的を決めて、特定のプレイヤーを殺害するために用いられる手段なのだ。

 

「つまり、犯人はリーダーさんが持つ指輪のことを知っていたことになります……」

 

 瞑目したヨルコが、こくりと頷いた。その後は、語られずとも察しがついた。おそらく、黄金林檎の残り七人も、そう考えたのだろう。リーダーが不在で、皆が皆を疑う状況にあったのならば、ギルドは簡単に崩壊しただろう。

 

「犯人の可能性があるのは、売却反対派の三人ですね。」

 

「売却される前にグリセルダさんを殺して、指輪を奪おうとしたってこと?」

 

「そういうことです。ちなみに、グリムロックという人はどのような人だったんですか?」

 

 今回の事件が、半年前の指輪事件における、黄金林檎のリーダー殺害に関係している可能性は高い。そして、おそらくプレイヤー殺害に用いられることを承知で武器を用立てた鍛冶屋、グリムロックは、リーダーとは特別な関係だった可能性が高い。果たして、イタチの予想通り、ヨルコからグリムロックとグリセルダの関係が語られる。

 

「……彼は、グリセルダさんの旦那さんでした。グリセルダさんは、強い片手剣士で、美人で、頭も良くて……私はすごく憧れてました。グリムロックさんは、いつもニコニコしてる優しい鍛冶屋さんで……二人とも、とってもお似合いの夫婦でした。」

 

 殺害されたグリセルダとグリムロックが夫婦だったのならば、今回の事件の動機はおおよそ察しがつく。昨日の圏内PKの犯人は、指輪売却に反対した人間をグリセルダ暗殺の犯人と見なして復讐をしているのかもしれない。となれば、考えられることは……

 

「もしや、指輪売却に反対した三人のうちの一人は、カインズさんだったんじゃないですか?」

 

 イタチの問いに、ヨルコは若干身体を強張らせてから、沈痛な面持ちで頷いた。これで、指輪事件の復讐目的で犯人はPKを行っている可能性がぐっと増した。続けざまに、イタチは質問を投げかける。

 

「残り二人についても、教えてもらえますか?」

 

「私と……あと、シュミットというタンクです。彼は今、聖竜連合に所属していると聞きました。」

 

「シュミット……聞いたことがあるわね。」

 

「聖竜連合のディフェンダー隊のリーダーです。」

 

 ヨルコの出したプレイヤーネームを聞いたことがあると呟いたアスナに、イタチは即座に説明を入れた。それを聞いたヨルコは、再び顔を上げる。

 

「シュミットを知っているのですか?」

 

「攻略組として、聖竜連合をはじめとした大型ギルドのメンバーとは、顔を合わせる機会が多いですから。」

 

「シュミットに会わせてもらうことはできないでしょうか?彼はまだ、今回の事件のことを知らないかも……だとしたら、彼も、もしかしたら……カインズのように……」

 

 その心配は、尤もだった。指輪事件が発端となっているのならば、売却反対意見を出した、ヨルコとシュミットの二人が抹殺の対象になる可能性は高い。それに、シュミットも関係者である以上、事情聴取も兼ねて一度ヨルコと対面させる必要があるかもしれない。そう考えたイタチは、ヨルコの希望を聞き入れることにした。

 

「分かりました。聖竜連合には知り合いがいます。俺が掛け合ってみましょう。」

 

「ヨルコさんは、宿屋から絶対に出ないようにしてくださいね。」

 

「分かりました。」

 

「あと最後に、残りの黄金林檎の所属メンバーからも事件の詳細を聞きたいので、当時のギルメン全員の名前をこの紙に書いておいてもらえますか?」

 

「あ、はい……」

 

 イタチが差し出した紙に、メンバーの名前をアルファベットで次々書いていくヨルコ。やがて作業が終わると、イタチとアスナはヨルコを宿屋へ送り届けた後、数日分の食糧アイテムを渡して絶対に外へ出ないようにと言い含めた。本来ならば、五十五層にある、アスナが所属する血盟騎士団本部に避難した方が安全なのだが、ギルドの悲惨な過去をこれ以上他者に知られることを忌避したヨルコの希望により、五十七層の宿屋に留まることとなった。ヨルコが部屋に入ったことを確認すると、イタチとアスナは転移門へ向けて歩きだす。目的地は、聖竜連合の本部がある第五十六層である。

 その道中、イタチは本部にいるであろうシュミットに会うため、聖竜連合に所属している知り合いにメールを飛ばす。そこでアスナは、ふと湧いた疑問を口にした。

 

「それで、イタチ君が言ってた聖竜連合の知り合いって誰なの?」

 

「総長のシバトラさんです。」

 

 何気なく答えたイタチの答えに、しかしアスナは驚いた顔を見せた。

 

「ええと……つまりあなた、シバトラさんとフレンド登録してるってことよね?」

 

「そうなります。」

 

「……攻略組でソロのあなたが、なんで大型ギルドの代表者とフレンド登録なんてしているの?」

 

 何か問題でもあるのかと平然と返してくるイタチに対し、アスナは苛立ち混じりに問いを続ける。一方のイタチは、相変わらずの無表情で淡々と受け答えする。

 

「シバトラさんとはリアルでも知り合いですので。それから、攻略組同士、連絡を取り合わねばならない事態もありますので。」

 

 その言葉に対して、アスナはかちんときた。自分だって、イタチとはリアルでは同じ中学に通う間柄である。それに、血盟騎士団の副団長を務める身なのだ。リアルの知り合いとしても、攻略組プレイヤーとしても、もっと頼りにしてくれていいではないか、とアスナは思う。何だか自分が除け者にされたような気分で、アスナは不愉快だった。

 

「…………」

 

「……何かまだありますか?」

 

「別に、何もないわ。」

 

 明らかに不満そうな表情をしていながらも、アスナはそう返した。何か言いたげな雰囲気のアスナに、しかしイタチは「そうですか」とだけ返して、再び視線をシステムウインドウに戻した。

 アスナも、本当はもっと言いたいことがあったのは間違いない。自分ともフレンド登録して欲しいと、そう言えばよかったのだ。彼のことをもっと理解したいと願いながら、その切り口をなかなか掴めない自分に、もどかしさを感じてしまう。

 やがてイタチが送ったメールに返信がくると、無事にアポイントを取れたことを確認できた。だがその後、五十六層の聖竜連合本部に到着するまで、二人は一切口を聞くことはなかった。

 

「着いたわね。」

 

「はい。」

 

 イタチとアスナの目の前にある建物は、五十六層の小高い丘の上にある、軍事用の城または要塞といった表現の似合う、外部からの侵略者を寄せ付けないかのような堅牢な造りをしていた。聖竜連合の拠点が、血盟騎士団の本部がある五十五層の上にあるのは、攻略ギルドとしての上位性を誇示したいという意思の表れとも取れた。聖竜連合総長のシバトラは、自己顕示欲とは無縁で穏健な性格の実力者だが、容姿が中学生、またはちょっと大きい小学生で通るほどの小柄な体格と童顔のため、攻略会議の以外の場面では、威厳に欠ける点がややあった。故に、拠点購入などに関しては、部下がある程度の合理性をシバトラに説明することができれば、多少強引でも押し通すことができてしまうのだ。

 ともあれ、自分達を最強ギルドたらしめたいという、シバトラ以下の穏健派を除くメンバー達の希望により、聖竜連合はこのような過剰に豪奢な拠点を構えるに至ったのだった。

 

「アスナさんはここで。俺が見張りに掛け合ってきます。」

 

「……分かったわ。」

 

 それだけ言葉を交わすと、イタチはアスナと別れて城門を目指す。門の前にはイタチの予想通り、来客の取り次ぎのために門番が立っていた。幸い二人とも、攻略会議で何度か顔を合わせたことのあるメンバーだった。

 

「ヤマト、ケイタロウ。」

 

 とりあえず、門番の名前を呼ぶイタチ。声を掛けられた門番二人――長槍持ちのヤマトと、刀使いのケイタロウは、予期せぬ来客に驚いた表情をしていた。

「イタチか!?なんでまた、ソロのお前がなんでこんな所に来てんだ!?」

 

 ヤマトの驚きも尤もである。ソロプレイヤーとしての活動が基本のイタチは、普段は聖竜連合のような大型ギルドの拠点へ足を運ぶことは全くといっていいほど無い。一体、何事かと疑うのが普通の反応である。

 

「シバトラさんにアポは取っている筈だ。聖竜連合のディフェンダー隊リーダーのシュミットに用がある。取り次いでもらえないか?」

 

「シュミットに?」

 

 質問に答えた筈のイタチの言葉に、しかしケイタロウとヤマトは未だ不思議そうに顔を見合わせる。イタチとシュミットでは、接点が無く、故に用件が何なのかも想像がつかない。

 

「とにかく、シバトラ総長に取り次いで欲しい。頼めるか?」

 

「お、おう……」

 

 とりあえずは、イタチの要請に答えてシバトラへと取り次ぎをすることにするケイタロウとヤマト。シバトラへとメールを飛ばすケイタロウ。やがて、聖竜連合本部の城から、全身フルプレートの重厚な鎧に身を固めたタンクプレイヤーのシュミットを連れて、総長のシバトラが現れた。

 

「イタチ君、聖竜連合の本部で会うのは、久しぶりだね。」

 

「本部購入時のパーティー以来ですね。それで、シュミットを今日一日、お借りできますでしょうか?」

 

「迷宮区攻略は、まだ十四層にさしかかったところだって聞いているからね。フロアボス攻略に必要なタンクはまだ時間が空いている方だから、大丈夫だよ。」

 

 総長のシバトラからの許可も下りたところで、イタチは次にシュミットの方を向く。彼の方も、何故自分が名指しで呼び出されたのかを理解できていない様子だった。

 

「俺に用があるってのは、どういうことだ?」

 

「理由は、道中で説明する。それから、ここを出てからは、絶対に俺達から離れるなよ。」

 

「俺達?」

 

 イタチの一言に、ヤマトが訝しげな顔をする“達”ということはつまり、イタチには同行者がいるということである。

 

「ああ。俺のほかにもう一人、ある事件の捜査のために動いている人間がいてな。」

 

 さすがに、血盟騎士団の副団長が一緒にいるとは言えば、何事かと警戒される可能性が高いので、そこまで口にするのは控えた。

 

「それでは、そろそろ行かせていただきます。」

 

「気を付けてね。あと、たまには遊びに来てもいいからね。」

 

 シュミットを伴って聖竜連合本部前を後にするイタチを、シバトラは手を振って見送る。リアル年齢は二十を超えている筈なのに、その姿はどう見ても中学生そのものだった。

 

 

 

 ヨルコが待つ第五十七層の宿屋へ向かう道中、イタチは昨日起こった圏内事件のことについて説明したが、聞いていたシュミットは驚愕と共に顔を青ざめさせていた。かつて所属していたギルドのメンバーが、全く謎の手段で持って殺害されたのだから、無理も無い。そして、事件の動機がギルド崩壊の原因となったレアアイテムの指輪に纏わるギルドリーダー暗殺事件である可能性が高いとすれば、次は自分が狙われる可能性が高い。

 戦々恐々としながらも、ヨルコの待つ宿までの同行を途中で拒否しなかったシュミットには感謝してもし切れない。誰でも自分の身が大切だし、ここで帰ると言われても、引きとめることはできなかっただろう。

 そうして、聖竜連合本部を出てから三十分ほどして、ヨルコのいる宿へと三人は到着した。ヨルコとはフレンド登録をしているため、宿屋の扉は内側からの解錠なしでも開けられるのだが、本人を驚かせない様にと配慮し、ノックして入室した。

 

「ヨルコさん、連れてきましたよ。」

 

 ヨルコの泊まっている部屋は、数日間外出できないことを配慮して、宿の中でも最も広いスイートを取っていた。そのため、ヨルコが待っていた広間は非常に広く、四人が入ってもまだスペースに余裕がある。南側の窓は、今は開け放たれており、夕暮れの赤い光が部屋の中を照らしている。

 とりあえず、シュミットはヨルコと向かい合う形で椅子に座った。イタチとアスナはシュミットの脇に立って会話の動向を見守ることにした。

 

「……グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは本当なのか?」

 

 先に口を開いたのは、シュミットだった。既に事件のあらましはイタチとアスナから説明されていたが、圏内PKなどそう信じられるものではない。だが、ヨルコは静かに頷き、肯定した。

 

「本当よ。」

 

 それを聞いた途端、シュミットが大きく動揺する。目を見開き、思わず立ちあがって尚も問いかける。

 

「なんで今更カインズが殺されるんだ!?あいつが……あいつが指輪を奪ったのか?……グリセルダを殺したのは、あいつだったのか……」

 

 冷や汗をかいて取りみだすシュミット。だが、ヨルコはその問いには答えないし、答えられない。シュミットは少しばかり冷静になると、椅子に座りなおして額を手で覆う。

 

「グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺すつもりなのか?俺やお前も狙われているのか?」

 

 その点に関しては、未だ分からない。武器の制作者がグリムロックなのは間違いないが、実行犯が同一である確証は無いのだ。だが、イタチがそれを説明するまでもなく、ヨルコが口を開いた。

 

「まだ、グリムロックがカインズを殺したと決まったわけじゃないわ。彼に槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら…………

グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない。」

 

 その言葉に、その場にいた全員が絶句した。聞いた当初、何を言っているのか理解できなかった……否、シュミットに至っては、理解したくなかったのかもしれない。そんな三人の心情を察して、ヨルコは続ける。

 

「だって、圏内で人をPKするなんて……幽霊でもない限り不可能だわ。」

 

 尤もな意見である。圏内PKの手段についてはイタチとアスナも散々考えてみたが、結局のところそのロジックを解明するには至らなかった。そして、そんな荒唐無稽な意見を否定する間も無く、ヨルコは錯乱した様子で立ち上がり、叫ぶように己の内心を吐露する。

 

「私……昨夜、寝ないで考えた……

結局のところ、グリセルダさんを殺したのは、メンバー全員でもあるのよ!

あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えば良かったんだわ!」

 

 先程までのヨルコにはなかった、常軌を逸した剣幕に、アスナとシュミットは金縛りにあったかのように動けない。イタチはただ、内心が窺い知れない表情でその様子をじっと見つめていた。

 

「ただ一人……グリムロックさんだけは、グリセルダさんに任せると言った……だから、あの人には私達全員に復讐して、グリセルダさんの仇を討つ権利があるのよ……」

 

「冗談じゃない……冗談じゃないぞ!今更……半年も経ってから、何を今更……」

 

 明らかに取りみだした様子だったが、最後はやや冷静に戻った様子で締めくくるヨルコ。だが、今度はシュミットが取りみだす番だった。

 

「お前はそれで良いのかよ、ヨルコ!?こんな訳の分からない方法で、殺されて良いのか!?」

 

 ヒートアップしてヨルコに詰め寄るシュミット。イタチはそんな彼の腕を掴み、冷静になるよう促す。ヨルコの方も、溜めていたものを吐きだしたことで少しは落ち着いた様子だった。今日の所は、これ以上の話し合いは無理だろう。そう判断して、解散しようと考えた、その時だった――――

 

トンッ

 

 ふと、何かが突き刺さったかのような、乾いた音が響いた。同時に、ヨルコの身体がぐらりと揺れる。窓枠に手をつく彼女の背中、長く垂れる青い髪の向こうに、何かが突き立っていた。背中の根元に被ダメージ時に迸る赤いライトエフェクトが煌めいている。つまり、ヨルコの背中に突き刺さっているのは、ダガーである。

 ヨルコに起きた突然の異変、そして背中に刺さったダガーを見て、アスナとシュミットは戦慄する。安全な筈の圏内で起こった殺人事件が、今再び、目の前で再現されているのだから。

 

「あっ……!」

 

 アスナの小さな悲鳴が漏れるよりも先に、ヨルコの身体は窓から外へと落下していく。いち早く動いたイタチは、窓辺まで一直線に走りだしたが、ヨルコを捕まえるには至らなかった。窓から顔を出し、地面に落下して横たわっているヨルコを見下ろすイタチ。だが、次の瞬間には、ヨルコの身体はポリゴン片を撒き散らして消滅していた。

僅かながらの、青白い光を迸らせて――――

 


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