ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

34 / 158
第三十三話 幻の復讐者

 夕暮れの赤い光が差し込む宿の部屋の中に、戦慄が走る。先程、イタチ、アスナ、シュミットの三人の視線の先、窓枠にもたれ掛かったヨルコがダガーで背中を刺された状態で落下、同時にポリゴン片を撒き散らして消滅したのだ。SAOというゲームでは本来ならば有り得ない、圏内殺人という事件が今再び起こったのだ。

 

「…………」

 

 ヨルコが落ちた窓枠から顔を出し、落ちた当人の消滅を確認したイタチは、すぐさま顔を上げる。そして、窓から見える家々の屋根の上に視線を巡らせる……

 

(いた……!)

 

 果たして、目標の人物――ヨルコにダガーを投げたとされる、怪しげな人影。下手人らしきその男は、漆黒のフーデッドローブに身を包み、イタチのいる宿屋から離れた場所に位置する建物の屋根からこちらを見ていた……が、やがてこちらに背を向けると反対方向へと走って逃げていく。

 

「アスナさん、あとは頼みます……!」

 

「駄目よ!」

 

 イタチの意図を察して止めに入ろうとするアスナだったが、すでに遅かった。イタチは攻略組トップクラスの敏捷力で窓から飛び出し、向かいの屋根へと飛び移る。その後、逃げた下手人を追って次々に屋根から屋根へ跳躍していく。

 

(もう少しだな……)

 

 追跡を開始して然程時間は掛からず、目標の人影にイタチは一気に接近した。攻略組トッププレイヤーとしての敏捷力に加え、前世の忍界大戦では逃走する敵の追撃や尾行の経験があるイタチには、さして難しいことではなかった。

 

(敏捷は……中層プレイヤーといったところか。そしてあの体型……おそらくは、男性。)

 

 追跡対象のローブを被ったプレイヤーの足の速さや体格から、その人物像を分析するイタチ。そして、イタチの追跡に気付いたローブの男は、懐からあるものを取り出す。

 

(転移結晶……どこへ行く?)

 

 イタチの赤い双眸に映ったのは、各階層にある転移門へと移動するための転移結晶。これを使用するということはつまり、今イタチが追っているプレイヤーは幽霊や死神の類ではなく、れっきとしたプレイヤーということにほかならない。だが、イタチの関心はそこにはない。アンチクリミナルコードが働く圏内では、目の前のフードを被った男を投擲スキルで攻撃・捕縛することはできない。となれば、今イタチにできるのは、目の前の下手人がどこへ転移し逃げるのかを確実に捕捉することである。

アイテム使用時に発する転移先の名前を聞きとるために、聴覚を研ぎ澄ますのは言わずもがな、フードから僅かに覗く男の口元の動きまで一切見逃すまいと視線を集中させる。

だが、その時……

 

リンゴーン リンゴーン リンゴーン

 

 マーテンの街全体に、午後六時の時刻を告げる鐘が鳴り響く。イタチは思わぬ方向からの妨害に顔を顰めながらも、聴覚と視覚を一層研ぎ澄まして、ローブ男がクリスタル発動と同時に唱える転移先を聞き逃すまい、見逃すまいとする。

 やがて、ローブ男の身体が青白い転移クリスタルの光に包まれると同時に、屋根の上から消失する。イタチはそれに伴い、走る足を止めた。

 

「…………」

 

 消失した下手人の姿に、しかしイタチは一切焦る様子を見せずに屋根から降りて、アスナとシュミットが待つ宿屋を目指して歩きだした。

 

 

 

「ただいま戻りました。」

 

 宿の部屋へ入る際、まるで自宅へ帰ったかのような言葉に、しかし部屋で待っていたアスナは出迎えに……

 

「馬鹿!無茶しないでよ……!」

 

 イタチが窓から飛び出た後にストレージから取り出したのであろう、細剣切っ先を向けてきた。当然ながら、イタチの行為にご立腹の様子である。ダガー一本で中層プレイヤーを一撃で、しかも圏内でPKするような裏技を持つ相手を単独で追跡したのだから、当然の怒りである。対するイタチは、まるでちょっと買い物に行ってきたかのような何食わぬ顔なのだから、怒りに拍車をかけてしまっていた。

 そんなアスナの内心を知ってか知らずか、イタチは謝りもせずに、淡々と報告を行う。

 

「下に落ちていたダガーです。ヨルコさんの背中に突き刺さっていたもので間違いありません。」

 

 イタチが取り出したのは、先日のギルティソーン同様、逆棘がびっしりついたダガー。制作者が同じなのは、言うまでもない。

 

「やっぱり、今度も制作者はグリムロックさんで間違いなさそうね……それで、犯人の方はどうだったの?」

 

「街中で追い詰めましたが、あと一歩のところで転移結晶を使って逃げられました。」

 

「そう……」

 

 追跡から帰ったイタチの報告に、アスナは落胆を隠せない。重要参考人を目の前でむざむざ殺され、下手人には逃げられてしまったのだから、無理は無い。得られた手掛かりは、先日の凶器と同じ制作者のものであろう、ダガーのみである。捜査を進めようにも、現状は八方塞がりである。どうするべきかと考えるアスナだったが、突如後ろの席に座るシュミットが、頭を抱えて呻きだしたことによって、思考を中断される。

 

「あのローブはグリセルダのものだ……あれは、グリセルダの幽霊だ!俺達全員に復讐に来たんだ!」

 

 その言葉に、アスナは息を呑む。流石に幽霊だとは思っていないが、かつて黄金林檎に所属していたシュミットが言うなら間違いないのだろう。となれば、犯人はグリセルダが使っていたもの、もしくはそれと同じ型のローブを所持しているということだ。

 グリセルダの所持品について知っているということは、即ち犯人は黄金林檎のメンバーもしくは関係者の可能性が高い。

 

「そうだ……幽霊なら、圏内でPKするくらい、楽勝だもんな……はは、はははは……」

 

 だが、目の前で圏内PKという非常識な光景を見せられた今のシュミットには、そんな冷静な思考ができるような余裕などある筈もない。恐怖のあまり錯乱状態に陥っているシュミットを見て、しかしイタチはその考えを否定する。

 

「犯人らしき人物は、転移結晶を使って逃げました。幽霊である筈がありません。」

 

 イタチの言葉にアスナは頷く。二人とも、この現象は幽霊による仕業などではなく、何らかのシステム上のロジックによるものと考えているからだ。アスナには未だにどのようなトリックを使用しているのか、見当もつかないが、ここで捜査を断念するつもりは毛頭無い。何としても、犯人を見つけ出してその手口を明らかにするのだ。

 

 

 

 ヨルコが殺されたその後、イタチとアスナは恐慌状態から大分立ち直ったシュミットを聖竜連合本部まで送り届けた。ギルド所属当時の指輪の売却反対派三人のうち二人が殺された以上、次は自分が標的にされる可能性が高い。未だ殺害の手口が不明である以上、その恐怖は測り知れない。正気に戻って帰れただけでも御の字だろう。足取りは来た時と比べものにならないくらい重かったが、ギルドメンバー以外立ち入ることができない聖竜連合の本部ならば、これ以上無いほど安全だろう。

 イタチは聖竜連合本部の城内までシュミットを見送った後、城門の前で待つアスナのもとへと戻った。二件目の殺人が起こったことで、アスナも私服から常の騎士服へと着替え、臨戦態勢となっていた。

 

「シュミットさん、どうだった?」

 

「やはり、事件の恐怖が染み付いてしまっていますね。しばらくは前線に出られそうにありません。」

 

「そう……」

 

 予想していたことだったために、落胆は無かった。むしろ当然だろうとアスナは思う。だが、ディフェンダー隊のリーダーと言う重役にあるシュミットが抜ける以上、攻略組の戦力低下は免れない。アスナは事件解決までは前線に戻るつもりはないが、今現在攻略指揮を代行しているテッショウには、今後の方針について検討してもらう必要があるかもしれない。ちなみに、聖竜連合のギルドリーダーであるシバトラにだけは、イタチの口から今回の事件のあらましが説明されている。

 

「シバトラさんの方は、概ね同情的でした。それどころか、捜査の援助を申し出てさえくれました。」

 

「でも、これ以上人手を増やすわけにはいかないものね……」

 

 既に二人の人間が殺害されたこの事件、トリックを看破する糸口は未だ掴めていない。無暗に人手を増やしても、犠牲が増える可能性が高い。

 

「今後の方針ですが、やはりグリムロック氏を探し出すことが一番かと。」

 

「その通りよね。となれば、シュミットさんが言っていた、行きつけのレストランを見張るしかないわね。」

 

「その通りです。」

 

 恐怖で震えていたシュミットからかろうじて聞けた情報なのだが、グリムロックには行きつけの店があったらしい。ギルド解散後の動向が分からないグリムロックを見つけるための手掛かりは、現状では他に無い。

 他のメンバー三人を探し出して手掛かりを聞くという手も考えられなくもないが、ギルド解散から半年以上も会っていない人物について、シュミット以上の情報を持っている可能性は低い。それに、そちらの捜索にまで時間を割けば、事件解決までに時間が掛かり過ぎる。既に二人が死亡している以上、一刻も早い事件解明が求められる。

 

「問題は、どうやってグリムロックさんかを判断するか、よね。」

 

「あの時、屋根を走って逃げた人影の背丈は覚えています。店の前に張り込んで、同程度の体格のプレイヤーが現れ次第、デュエルを申請して名前を確かめるほかないと思われます。」

 

「ご、強引じゃない……?」

 

「ならば、他に方法があるとでも?」

 

 グリムロック本人を特定するための手段として提示した、デュエル申請という方法にアスナは顔を引き攣らせる。だが、イタチから問い返された言葉に、「うっ」と押し黙ってしまう。

 人相等の特徴が分からない相手であり、ギルドが半年前に解散しているため、カーソルにギルドの紋章は現れない。おまけに、SAOにはメーキャップアイテムという、髪や目の色を変えるアイテムも存在するのだ。顔や髪型を変えていた場合、余計に人物特定が難しくなる。

 

「仕方ないわね……あまり気は進まないけれど、その手で行きましょう。」

 

 不承不承、イタチの提案に従うことにしたアスナ。グリムロック行きつけの店は、二十層主街区にある小さな酒場である。イタチと二人、転移門を目指し、目的の場所へと向かう。

 

「そうだ、アスナさん。俺はこれから、黒鉄宮の生命の碑を見に行きます。残りのメンバーが存命なのか、確認しておく必要がありますので。」

 

「単独で行動するつもり?」

 

 他の黄金林檎のメンバーの存命確認は、必要なことである。この事件の犯人が売却反対派のみならず、ギルドに所属していた人間全員を標的に動いている可能性も捨てきれない以上、これは犯人の動向を確認することにもなる。

 だが、捜査をする身にある以上、単独行動には危険が付き纏う。圏内PKの手口も解明されていない今、そのリスクは決して無視できない。

 

「問題はありません。俺は索敵スキルも持っていますし、ソロで単独行動には慣れています。それよりも、ご自分の心配をなさるべきではありませんか?」

 

「……索敵スキルを持っていない私では、先手を打てないとでも言いたいの?」

 

 イタチの挑発とも取れる言葉に、アスナはむっとなる。確かに、血盟騎士団副団長の立場にある自分は、その手の補助スキルに事欠いている。パーティーありきなスキル構成で攻略にあたっているため、索敵等は後方支援メンバーに任せきりなのだ。

 

「心配でしたら、俺も無理に行こうとは思いませんが。」

 

「いいです!見張りぐらい、私一人でも十分です!」

 

 苛立ちを露に、イタチに言い放つアスナ。対するイタチは怯んだ様子もなく、「分かりました」とだけ返事をした。転移門にはイタチが先に立ち、第一層・はじまりの街へと飛んだ。続いてアスナが、二十層へと転移する。

 

「転移・ルブニール!」

 

 ルブニール主街区は、特に大した特徴の無い、アインクラッドではオーソドックスな、第一層のはじまりの街と大差ない、西洋風のレンガ造りの建物な並ぶ街並みとなっていた。中層プレイヤーを集める名物スポットなどもなく、人気のない主街区は寂れていた。そんな街を、アスナは肩を怒らせながら歩いていく。

 

(全く……私がただ人の後ろに隠れているしかできないお嬢様と思って馬鹿にして……!)

 

 苛立ちの原因は、言うまでも無く、先のイタチの発言である。確かに自分は索敵スキルを習得していない、単独行動には不向きなプレイヤービルドだが、能無しとまで言われるほど何もできないわけではない。少なくともこの世界においては、攻略組に名を連ね、“閃光”の二つ名を冠する実力者としての矜持もあった。

 

(こうなったら、何が何でも、認めさせてあげるんだから!)

 

 攻略組として、放置することはできないと判断して捜査に乗り出したが、イタチと一緒に行動することで彼のことを理解し、自分のことも知ってもらいたいという気持ちも少なからずあった。しかし今、アスナの中ではイタチに自分の実力を認めさせたいという意思が強くなっていた。

アスナは目的の酒屋を確認すると、向かいにある宿屋の一室を借り、窓辺から道行く人々を確認し始める。背丈・体格についてはイタチから聞いているが、それだけの情報で本人を特定できるかといえば不安がある。

 

(それにしても……地味な作業ね……)

 

 張り込みは捜査の基本だと、現実世界で見た刑事ドラマで聞いたことがあるが、非常に根気の要る作業であると今になって実感した。いつ現れるか分からない犯人を待ち、しかも体格だけを手掛かりに探し出そうというのだから、必要となる集中力も半端ではない。

 

(待っているだけじゃ、埒が明かないわね……他に方法は無いものかしら……)

 

 現状で取れる唯一にして、非常に非効率的な手段である筈だが、アスナは早くも諦め始めていた。店に出入りする人間を確認しながらも、もっと別の方法が無いかと考えを巡らせる。

 

(こういう時、イタチ君なら……いいえ!私一人で考えるのよ!)

 

 自分一人でもできることがあると証明しようと考えていた筈が、証明すべき人物を知らず頼ろうとしてしまっている。かぶりを振ってそんな考えを振り払い、再び思考に耽るが、やはり妙案は浮かばない。

 

(……駄目だわ。やっぱり私一人じゃ、とても良い考えは浮かばない……)

 

 現実世界では、名門私立中学で生徒会長を務める学校随一の秀才だったアスナだが、こんな事――主にゲーム――などに頭を使うことは滅多に、というか全く無かった。推理小説でも愛読していれば、少しは望みがあったかもしれない、そう思った。

 

(ん?……推理小説……)

 

 その単語に、アスナは何か引っかかるものを覚えた。何か、この事件を解決するための糸口を掴みかけたような気がする。というか、この手の事件にはうってつけの人物の存在を知っている気が……

 

(そうだ、あの人に聞いてみよう!)

 

 アスナの脳裏に、自身と同じギルドに所属するある人物が閃く。自分の力を証明する筈が、血盟騎士団のギルメンを頼りにしていることに関して微妙な心境だが、この際イタチ以外の人間ならば誰の手でも借りようと思った。

 事件捜査に関して知恵を借りるため、早速システムウインドウを呼び出して件の人物へメールを送ることにした。犠牲者の増加を防ぐため、人員増加は控えていたが、メールならば問題はあるいまい。これまでの事件の経過について打ち込み、事件ついて推理してもらうよう協力を要請する。

 

(お願い、コナン君!)

 

 イタチのメールの送り相手、コナンはアスナと並ぶ血盟騎士団きっての細剣使いであり、ずば抜けて頭が切れることで知られている。その風体はまるで、探偵そのもの。本人曰く、SAOの武器として細剣を選んだのも、シャーロックホームズに影響されたからとのことだった。

 アスナが送ったメールの返信は、しばらくしてから返ってきた。事件当時の詳細についての説明を求めるメールで、当時の状況、殺された際の被害者の装備などについて、さらには黄金林檎解散当時の指輪事件についての説明要求が記されていた。アスナは事件当時のことを懸命に思い出し、記憶した限りのことを書き連ねる。そして、再び返ってきたメールには……

 

(ええと……なになに、殺されたカインズの名前を調べてみろ?)

 

 コナンのメールにまず記されていたのは、第一の事件の被害者であるカインズの名前を、ヨルコとシュミット、それぞれから聞いたもので比較してみろとのことだった。何故、そんなことをする必要があるのか、想像もつかないが、他に当てが無い以上、コナンの指示に従うほかない。メールの通り、ヨルコとシュミット、二人から受け取った黄金林檎のかつてのメンバーが記された羊皮紙を出して見比べる。

 

(ええとカインズは……あれ?)

 

 コナンの指示に従い、カインズの名前を調べたところ、すぐに違和感に気付いた。昨日、ヨルコとの別れ際にカインズの名前だけは確認し、ララの店でスピアの鑑定を行った後、イタチと共に第一層の黒鉄宮へ赴き、生命の碑を確認したのだ。結果、ヨルコから教わったカインズの名前には横線が引かれており、死亡原因は貫通ダメージとなっていた。死亡日時も、サクラの月、即ち四月の十一日と、正しく記されていたのだ。ところが今確認してみれば、ヨルコが記したカインズは「Kains」、シュミットが記したカインズは「Caynz」。両者のスペルが異なるのだ。

 

(!……まさか、カインズさんは……でも、トリックは……?)

 

コナンに指摘されたスペル違いに、アスナは頭の中で一つの推測が閃いた。それは、カインズの死が“偽装”であったということ。そう考えるならば、黒鉄宮に引かれた名前の横線は、名前の綴りが異なるカインズの死亡を利用して誤魔化すことができる。デスゲームから既に一年以上が経過しているならば、死亡日時は去年のものと考えられる。

だが、問題は肝心の殺害場面を偽装したトリックである。自分は二件とも、二人が消滅する場面に立ち会っていなかったが、イタチをはじめ大勢の人間が見守る中、どうやって抜け出して見せたというのか。転移結晶を使えば、脱出はできるだろうが、爆散するポリゴン片が生まれなければ、殺人には見せかけられない。

 

(ん……ポリゴン、片……?)

 

何か引っかかるものを感じ、アスナは再びコナンから送られたメールの続きを読む。そこには、まさに今アスナが気付きかけていたトリックの正体が記されていた。

 

(圏内では、HPは減少しないが……アイテムの耐久値は減少する……やっぱり!)

 

 アンチクリミナルコードによる保護がなされている、主街区圏内では、プレイヤーのHPが減少することは絶対に有り得ない。しかし、それは飽くまでプレイヤーのみの話であって、身に纏う装備はその限りではないのだ。コナンのメールを最後まで読み切る前に、アスナはトリックの正体を悟った。

 

(カインズさんはフルプレートの鎧、ヨルコさんは厚手のローブ……二人とも、着込んだ装備の耐久値を削ることで、ポリゴン片を偽造したんだわ!)

 

 凶器に使われたのは、種類こそ違えど、二件とも貫通継続ダメージという属性をもつ武器である。あれを突き刺して圏内に入ることで、HPではなくアイテムの耐久値を削り、消滅のタイミングを見計らって転移結晶で脱出したのだ。

 ともあれ、これで二人が存命している可能性が高くなった。イタチは今、黒鉄宮に確認に出向いている。そして、シュミットから聞いた本当のカインズの名前の綴りも知っているので、帰ってきたら事実の裏付けが取れる筈である。

 

(動機は指輪事件……シュミットさんが絡んでいるのは間違いなさそうね。)

 

 半年前のギルド解散後、シュミットは当時からトップギルドに名を連ねていた聖竜連合に加入し、前線に立っている。聖竜連合総長のシバトラは、明確な加入要件を設けず、ギルドに貢献したい人間ならば誰でも歓迎しているが、攻略最前線で活動するプレイヤーはその限りではない。命の危険が伴う以上、どうしても高レベルに強力な装備をもったプレイヤーが必要になる。それまで中層プレイヤーだったシュミットがそこまでの出世を果たせたのには、指輪略奪を目的としたグリセルダ暗殺の手引をして大金を受け取った経緯がある可能性が高い。

 ヨルコとカインズは、グリセルダ暗殺の真相を突き止めるために、シュミットを追い詰めて真実を吐かせるつもりで今回の事件を計画したのだろう。結果、誰もが圏内殺人などというシステム上不可能な事象を信じ込み、シュミットに至っては幽霊の仕業と全く疑っていない。おそらく、今頃はどこかの階層にあるグリセルダの墓標に跪き、許しを請うているだろう。

 

(なんだ……結局、こんなに簡単なトリックだったなんてね……)

 

 圏内PKという減少そのものを偽装と疑っていれば、もっと早期に見破れた筈だと、全てを知った今では思う。だが、自分はイタチと一緒に事件を解決し、プレイヤー同士で協力し合うことの大切さを伝え、自分の存在を認めさせることに拘り、知らず思考を硬直させてしまっていたようだ。血盟騎士団副団長という身分にありながら、情けないと反省する。

 と、そこまで考えたところで……

 

(あれ?……イタチ君なら、もっと早く気付いてもおかしくなかったんじゃ……)

 

 ふと、疑問に思う。自分は今の今まで、圏内で正体不明の手段を用いたPKが行われたという前提のもとで推理してきた。だが、イタチはどうだっただろうか。攻略組の中でも突出して勘が鋭く、恐ろしく冷静なあの少年ならば、自分よりも先にこのトリックを看破してもおかしくなかった筈だ。否、第二層にて起こった強化詐欺を即座に見破った程に鋭い目と洞察力を有しているあの少年ならば、見破れていなければおかしい。

 

(まさか……イタチ君は、もう全部分かってた?でも、どうして黙っているの……?)

 

 本人に確認するまで分からない仮定の話を、しかしアスナは既にただの推測とは思えなかった。イタチは事件の真相を察していたならば、なぜ一緒に捜査をしている自分に何の報告もしないのか。それどころか、単独行動をとるなど……

 

(そういえば、指輪事件の真相って…………まさか!)

 

 イタチはまた、自分の知らないところで何かをしようとしているのではないか、とアスナは直感する。第一層の黒鉄宮へと行く際、自分に挑発紛いな言動をしてきたのも、単独行動に持ち込みやすくするためだったのではないかとさえ思えてくる。だが、イタチは今黒鉄宮にいないとなれば、どこで何をしているのだろうか。

 フレンド登録をしていれば、居場所を突き止めるのは容易いが、イタチとは事件捜査にあたって協力態勢をとっているとはいえ、フレンド登録まではしていない。インスタントメッセージも、同じ階層にいなければ使えない。

 どうしたものかと考えだすアスナ。と、その視界に、未だに開きっぱなしだったコナンからのメールが綴られたウインドウが入った。

 

(ん?…………「イタチは今、一緒にいるか?」って…………これは!)

 

 コナンから送られてきたメールの文末。そこには、アスナが求めていたイタチの動向、指輪事件の真相……そして、今イタチが飛び込もうとしている危険について記されていた。

 アスナはそのメールを読むや、ばっと立ち上がり、宿屋を二つ名に恥じない閃光の如きスピードで飛び出し、急いで転移門広場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 第十九層、ラーベルグにある、十字の丘とよばれる寂れたフィールド。特定の人間しか知らないその場所に、今は無き中層ギルド、黄金林檎のリーダーだった女性、グリセルダが眠る墓標がある。そして現在、その場所を三人の男女が囲んでいた。

一人は重厚な鎧に身を包み、墓標に跪いている男性――かつては黄金林檎所属、現在は攻略ギルド聖竜連合所属のプレイヤー――シュミット。その眼前、墓標の向こうには、二人の男女――同じくかつての黄金林檎のギルメン――ヨルコとカインズが立っていた。ヨルコの左手には、音声を記録する録音結晶がある。

 

「そう……だったのか……お前等、そこまでグリセルダのことを……」

 

 かつてのギルメンにして、つい最近起こった圏内殺人事件で殺害されたと目される二人が目の前に立つ理由を悟ったシュミットは、座ったままの状態で脱力した。

 かつての指輪事件で暗殺されたグリセルダの怨霊が、自分を狙っていると疑わなかったシュミットは、最後の手段として亡きグリセルダの墓標に懺悔をしに来ていた。そして、待ち伏せしていたヨルコとカインズが、かつてのグリセルダが纏っていたのと同型のローブを着て登場し、恐怖に駆られたシュミットから事件に関した自白を引き出したのだ。

 

「あんただって、リーダーを憎んでたわけじゃないんだろ?指輪への執着はあっても、彼女への殺意まではなかった、それは本当なんだろう?」

 

「も、勿論だ!信じてくれ!」

 

 シュミットが自白したのは、指輪事件にてグリセルダが暗殺される前日、彼女が寝泊まりしている宿の部屋へ忍び込み、転移先を部屋の中へ設定した回廊結晶を起動して、ギルド共有ストレージに放り込んだというものだった。何者からの指示かは分からなかったが、報酬として指輪売却の上前の一部とのことだった。敏捷を20も底上げできるアイテムならば、一気に攻略組に加われる装備を揃えられる。そんな魅力に抗えなかったシュミットは、短慮にもその指示に従ってしまったのだ。結果、自分は高額の報酬を得ることができたが、それと引き換えにグリセルダは指輪のみならず命まで奪われてしまったのだ。

 

(それにしても、グリセルダを殺ったのは一体誰なんだ……)

 

 グリセルダ暗殺の真相を追及する二人を前にして、シュミットも犯人について思考を巡らせる。ホーム代わりにしていた宿の自分の部屋にメモを置いたことや、暗殺に用いた回廊結晶を共有ストレージに入れることを要求した点から、同じ黄金林檎のメンバーには違いない。

 ヨルコとカインズは、ギルド解散後のメンバーの動向から、大金を持っていたと予想された自分に行き着いたらしい。だが、他のメンバーには自分程ステップアップした人物はいない。中層から一気に最前線で戦えるほどの装備を全身分そろえて余りある金額である。それを使わないということは、目的は金ではなかったということだろうか。だとするならば……

 

ストッ……

 

「えっ……?」

 

 そこまで考えたところで、シュミットの思考は途切れた。否、断ち切られたのだ。乾いた音と共に、シュミットの左肩にナイフが突き立てられていた。そして、それを確認すると同時に、身体が糸の切れた人形の如く突っ伏した。

鎧の隙間を狙って投擲されたナイフ――それは、小型刺突武器専用スキル、鎧通し(アーマーピアース)による一撃。不意打ちをしたのは、目の前のヨルコでもカインズでもない。恐らく、この場にいる三人に気付かずに近づいた――即ち、非金属防具専用スキル、忍び足(スニーキング)も併用したのだろう。そして、身体が言う事を聞かないのは、ナイフに塗られた麻痺毒によるものだ。攻略組として高い防御力と状態異常耐性をもつシュミットに麻痺を浴びせるとなれば、その毒性は並みのものではない。

 攻略組としての冷静な判断のもと、そこまで分析できたその時、三人のもとへ歩み寄る、新たな影が現れた。

 

「ワーン、ダウーン。」

 

 そんな陽気な声と共に、シュミットの近づいたのは、頭陀袋のようなマスクを頭に被った、ブーツ、パンツ、レザースーツ、全てが黒づくめの男。さらに、

 

「あっ……」

 

 ヨルコの小さな悲鳴。シュミットが視線を動かしてみると、そこにはヨルコとカインズに鋭く細長い剣――エストックを突きつけた、全身に襤褸切れのようなものを垂れ下げた男の姿があった。フードの下には、髑髏のマスクを被り、メーキャップアイテムで染められた赤い瞳が鋭く光っている。

 

「デザインは、まあまあ、だな。俺の、コレクションに、加えて、やろう。」

 

 途切れ途切れで歯切れの悪い言葉で喋る男の手には、カインズから奪った逆棘のついたスピアがあった。そして最後に、

 

「Wow……確かにこいつはでっかい獲物だ。聖竜連合の幹部様じゃないか。」

 

 森を包む靄の向こうから現れる、三人目の影。膝上までを包む、艶消しの黒いポンチョ。目深に伏せられたフード。そして、右手には中華包丁の如き肉厚のダガーが握られている。

 

(まさか…こいつら……!)

 

 シュミットは、この男達を知っていた。否、現在、アインクラッドにて生存しているプレイヤーの中で、彼等の存在を知らないプレイヤーなどいないだろう。彼らの頭上で煌めく、紅と見紛うばかりのオレンジ色のカーソルは、プレイヤーでありながら、攻略組、中層問わず、全てのプレイヤーの敵である証……

 

「殺人ギルド……“笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”……!」

 

 三人目の長大なダガーを持った男のグローブに、死の代名詞たる彼等のエンブレムが垣間見えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。