ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第三十四話 紅の死闘

 殺人ギルド、「笑う棺桶(ラフィン・コフィン)」。ゲーム内の死が現実世界の死となるこのデスゲームの中で現れた、デスゲームならデスゲームらしく殺しを楽しもうというという、常軌を逸した思想を唱える者達によって結成された、積極的殺人ギルド。結成されたのは、デスゲーム開始から一年後のことだった。

 ギルド結成に当って、マスターとなったプレイヤーの名前は、PoH(プー)。ユーモラスな名前に反して残酷非道な思考の持ち主たるこの男は、デスゲーム開始以降、至る場面で暗躍してきた。第二層における武器の強化詐欺に始まり、偽の攻略情報斡旋による第二十五層攻略フロアボスを利用した大規模MPKの主犯として、攻略組・中層問わず全てのプレイヤーの敵として見なされている。同時に、凄まじいカリスマと巧みな人心掌握術を併せ持ち、多くのプレイヤーを洗脳し、遂にSAO初の殺人ギルドを結成するに至ったのだ。

 そんな最凶の危険人物が現在、第十九層の外れにあるフィールドに現れているのだ。それも、彼同様危険人物指定されている腹心の幹部を二人も連れて。

 

「さて、どうやって遊んだものかね?」

 

 目の前に転がる獲物をどう料理するか思案するPoH。そんな彼に、シュミットに粘つくような視線を送っていた、頭陀袋のようなマスクを被った黒づくめの腹心――ジョニー・ブラックが、陽気に声を上げる。

 

「あれ!あれやろうよ、ヘッド!殺し合って残った奴だけ助けてやるぜゲーム!」

 

「ンなこと言って、お前この間結局生き残った奴も殺しただろうがよ。」

 

「あー!今それ言っちゃ、ゲームにならないっすよ、ヘッド!」

 

 目の前で繰り広げられるおぞましい会話に、シュミットはもとより、ヨルコとカインズも戦慄する。そんな二人の様子を見て、エストックを突きつけている髑髏マスクの男――赤眼のザザが、にやりと口元を歪めていた。

 やがて、ジョニーとPoHの会話も止み、遂にシュミットに処刑宣告がなされる。

 

「さて、取りかかるとするか……」

 

 PoHの手に握られている肉厚のダガーは、友切包丁(メイトチョッパー)と呼ばれる武器であり、モンスタードロップでありながら鍛冶職人が作る武器を軽く上回るスペックを持つ、魔剣と称されるカテゴリーに属す武器なのだ。いかに攻略組のタンクの装備であろうとも、この巨大なダガーにかかればひとたまりもない。

 PoHの性格からして、おそらく簡単には殺さないだろう。じっくりと肉体を切り刻み、HP全損に少しずつ近づいていく恐怖の中で死んでいく、その様を観賞したいのだろうから。己の絶望に満ちた未来に恐怖するシュミットの顔に、PoHは愉悦を浮かべながらも、友切包丁を振り上げる。そして、非常なる一撃目が振り下ろされようとした――――

 

その時、PoHは背後に気配を感じた。

 

「!……後ろだ!」

 

 突如振り上げた刃を止めて叫んだPoHの言葉に、その場にいた一同が硬直する。その言葉に反応できたのは、ザザだけ。シュミットの処刑劇を心待ちにしていたジョニー・ブラックは、

 

「へっ?…………ぎゃぁっ!?」

 

 反応が間に合わず、自らに襲い掛かった凶刃を防ぎ切ることができなかった。気付いた時には、ジョニーの視線のすぐ先に地面があった。先のシュミット同様、糸の切れた人形のように崩れ落ちたのだ。ジョニーには、あの瞬間自分に何が起きたのか理解できなかった。

 分かっているのは、自分の身体が動かない原因。それは、自分の視界左上のHPゲージに付いたデバフアイコンにあった。

 

(麻痺……だが、どいつが……!?)

 

 辺りを見回そうにも、ジョニーは首が動かず、周囲の状況を確認できない。この状況を理解しているのは、自分の周りに立っている仲間二人と獲物二人の四人だけだろう。全員の視線が、自分の真後ろに集中しているのだけは分かった。

 

(……俺達に気付かれずに接近し、回避不可の速度での投擲……)

 

 レッドギルドたる笑う棺桶、それも幹部メンバーとなれば、敵の接近を察知する能力は攻略組と同等以上に研ぎ澄まされている。その索敵を通過して接近したばかりか、あまつさえ武器を投擲・命中させてみせたのだ。並みのプレイヤーのなせる業ではない。

 そして、こんなことができるプレイヤーを、PoHは一人しか知らない――――

 

「相変わらず、俺達の動きには鼻が利くようだな……イタチ。」

 

「……!」

 

 PoHの放った一言に、その場にいた全員に驚愕と緊張が走る。ザザに至っては、先程より殺気を剥き出しにしてエストックの切っ先を向ける方向を、ヨルコとカインズの二人から、ダガーが飛来した方へと変えている。やがて、その場にいる全員が注視する靄がかかった薄暗い森の奥から、ぼんやりとした黒い影が現れる。

 女性とも男性とも取れる線の細いシルエットの人物は、背中に吊っていた剣を引き抜くと、軽やかな動作でそれを一振りする。夜霧を引き裂いて姿を現したのは、黒衣に身を包んだ少年。額には、木の葉を模したマークに横一文字の傷が入った金属板を付けた額当て。そして、目の前の人物――主にPoH達レッドプレイヤー――に向けられる双眸は、血のように赤く、氷のように冷たい。

 

「久しぶりだな、PoH。探したぞ。」

 

 相変わらず内心の読めない無表情のまま話すイタチの言葉は、まるで久しく会っていない友人に語りかけるかのようであったが、その言葉には明確な殺意が宿っていた。

 

「イタチ……キサ、マ……!」

 

「テメェがやりやがったんだな!」

 

 ザザは髑髏のマスクから覗く、イタチと同じく赤い瞳にて睨みつける。エストックを握る手にはさらに力が入り、いつイタチに襲い掛かってもおかしくない。

 地面に伏しているジョニーは、イタチの姿を視認できないものの、PoHの言葉から自分をこのような状況に陥れた人物がイタチであることは容易に想像がついた。身体が動かないながらも、見えないイタチに悪態を吐く。

 

「お前、この状況、分かって、いるのか?」

 

「ジョニーを真っ先に潰したのは称賛に値するが、まだ俺とザザが残っている。お前一人で相手し切れると思っているのか?」

 

 攻略組最強のプレイヤーとして認知されているイタチを相手にしても、飄々とした態度を崩さないPoHとザザ。対するイタチは相変わらずの無表情で、しかし敵対する二人に対して一切の隙を見せない姿勢で答える。

 

「もうあと十分もすれば、攻略組三十人の援軍が到着する。お前達に逃げ場は無い。」

 

 イタチの言葉に、PoHはフードの下で舌打ちをする。いかに笑う棺桶のトップスリーといえど、攻略組三十人を相手に勝てる筈など無い。PoHはザザに目で合図を送り、撤退を試みるよう指示するが……

 

「尤も、」

 

 イタチの振り抜いた剣――ランスオブスリットが、PoH目掛けて突き出される。対するPoHもまた、手に持った友切包丁をもって刃を受け止めた。

 

「お前達二人を相手に、援軍の到着を待つつもりも無い。」

 

「Hmm……血気盛んなのは結構だが、そいつは身の程知らずって言うんじゃねえか?」

 

 イタチの言葉に、自信過剰の色は無い。ただ事務的に、可能であるという事実を、冷静に分析した結果として受け止め、己のすべきことと判断して行動に移しているだけ。

 

「嘗め、るな……!」

 

 それまで黙っていたザザが、PoHと衝突しているイタチ目掛けてエストックの刺突を放つ。確実に勝てると――自分達を完全に格下と見なされたことに苛立ちを露にしていることは明らかだ。

 イタチはザザの発動したソードスキル、スピナーによる一撃を紙一重で回避する。基本中の基本である単発技だが、ザザの放った一撃は鋭く、急所を狙った、即死すら狙える一撃だった。だが、イタチの顔には一切の焦りは見えない。

 

「畜生!ヘッド、ザザ!早く背中のコイツを抜いてくれぇっ!」

 

 地に伏した状態で喚き散らすジョニーだが、イタチが初撃で投擲した麻痺毒塗りのダガーが突き刺さっているお陰で動けない。イタチを殺すのに加勢するために仲間に助けを乞うが、当の二人にはそんな余裕は無い。二人並んで、武器を構え直してイタチと相対する。

 

「思えば、お前とこうしてじっくり切り結ぶのは、初めてだったな……」

 

「必ず、殺す!赤い眼は、俺一人、だけで、良い!」

 

 並び立ち、常軌を逸した殺気を放つ二人のレッドプレイヤーを前に、しかしイタチは怖気づいた様子など全く無い。手に持つランスオブスリットを正眼に構え、二人の動向を見据える。

 

「イッツ・ショウタイム……!」

 

「……ふっ!」

 

 先に動き出したのは、イタチだった。並みのプレイヤーでは反応することすら難しい敏捷を発揮し、地面すれすれの高さをほぼ水平に跳躍。並び立つPoHとザザのもとへと一気に肉薄する。互いの間合いがあと一歩というところまで迫ったところで、イタチは水平斬りソードスキル、ホリゾンタルを発動する。

 

「くっ……!」

 

「チッ……!」

 

 だが、PoHとザザも然る者。イタチの間合いに入る前に、それぞれ別の方向へと跳躍してソードスキルを回避する。結果、イタチの左から右へと薙いだホリゾンタルは空を斬るのみだったが、それで終わりではない。ソードスキルの発動直前、イタチは左手にサブウエポンたるもう一つの武器を握っていたのだ。そして、ホリゾンタルを発動と同時に敵が回避する方向を確認するや、左手を振るう。

 

「ぬっ!?」

 

 標的となったのは、イタチから見て左方向に飛び退いたザザ。跳躍後、未だ着地していない彼の足に、イタチの振るった武器が“絡みつく”。

 

「戦、鞭……!」

 

 音速を超える速度で繰り出され、四メートルはあろうリーチをもって撓るそれは、まさしく戦鞭。固有名は、レッドスコルピオン。ザザがこの類の武器を見るのは、二十五層フロアボスによるMPK事件後、追撃に出たイタチが振るう場面に立ち会っているので二度目になるが、半年以上の月日が経った今では、イタチのステータス上昇に伴ってより速くなっているのは間違いない。事実、敏捷特化型のザザですら、碌に反応できなかったのだから。

 イタチはザザの足に鞭を絡みつけるや否や、思い切り手前に引く。結果、ザザは空中でバランスを維持できなくなり、地面に背中から落下することとなった。

 

「ぐっ!」

 

 地面に叩きつけられた衝撃と、このような無様な醜態を晒す結果を作ったイタチに対しての怒りに、髑髏マスクの下で顔を顰めながらもザザはすぐに態勢を立て直す。そして、片膝を付くと同時に、エストックを振るった。直後、金属同士が衝突する激しい音が木霊する。

 

「この一撃を防がれるとはな……」

 

 ザザの目の前には、片手剣を振りおろしたイタチの姿がある。イタチは、ザザが地面に落下した隙にまたしても一気に接近し、単発型のソードスキル、スラントによる斜め斬りを繰り出したのだ。

そして、ザザは地面に倒れた状態で、ソードスキルのライトエフェクトを視界の端に収めるや、即座に起き上がってこれを防いでみせたのだ。

 

「見く、びるな!」

 

 怒気を孕んだ声でイタチに返すザザだが、この状態はザザにとってかなり分が悪い。攻略組として高い筋力値をもつイタチの刃を押し返すほどの力はザザには無く、エストックという武器自体も防御には向かず、上から振りおろされた一撃を防御すれば相当な耐久値を削られてしまう。このまま鍔迫り合いが続けば、いずれはザザのエストックが折れて、イタチの追撃が入るだろう。

 ザザ単独では勝ち目のない状況。そこへ、横合いからもう一人の仲間による援護射撃が入る。

 

「む……!」

 

 背後に殺気を感じたイタチは、即座にザザとの鍔迫り合いを中断し、空中へと跳躍、空中で後天する。直後、イタチがいた場所を、紫色の光を散らしながら回転する長大な中華包丁のようなダガーが通過する。イタチは無事に避けて着地すると、退避するザザに目もくれず、いつの間にか隠蔽スキルを発動させて間合いに入り込んでいた敵へと視線を移す。

 

「俺を忘れてもらっちゃ、困るぜ。」

 

「別に忘れていたわけじゃない……随分と遅い援護だったな。」

 

 イタチの視線の先には、PoHの姿。高度な隠蔽スキルを発動しているおかげで、索敵スキルに引っ掛かりにくくなっているが、イタチにはすぐに居場所が分かった。対するPoHも、イタチ相手に隠蔽が、奇襲をかけやすくするための補助程度にしかならないことは先刻承知だったため、身を隠している様子は無かった。

PoHはイタチと真っ向から対面しながらも、やはり飄々とした態度を崩さない。すると突然、イタチは右側へと身を翻す。その途端、先程イタチに襲いかかった肉厚のダガー――友切包丁が空中で回転しながらイタチのいた場所をまたしても通過する。ブーメランのように二度もイタチを襲った長大なダガーはその後、持ち主たるPoHのもとへと飛来し、その手に戻った。

 

「投擲スキル……フリスビー・シュートか。」

 

「俺も誰かさんの真似をしてみたくなったもんでねぇ……」

 

 投擲した武器がブーメランのように空中で旋回し、手元に戻ってくるまでその威力を維持するソードスキル、フリスビー・シュートは、投擲スキルに分類される。だが、発動に最適な武器はチャクラムであり、ダガー等の短剣類によって発動するには相当に習得レベルを上げる必要がある。

 

「俺達を離れた状態にして一人ずつ始末しようって魂胆だったようだが、俺は投げナイフも得意でな。生憎だが、その戦法は通用しねえぜ。」

 

 PoHの言葉に、イタチは若干目を細める。確かにPoHの言うとおり、イタチは二人を相手するにあたり、同時に剣を交えるよりも各個撃破を狙うことが効率的であると考えて連携を崩す策略に出ていた。だが、PoHの投擲スキルがここまで高度なものとわかった以上、この手段は使えない。

 

「これで分かったろう?お前がいかに無謀なことをしているか、ってな。今ならまだ、俺達の撤退を聞き入れてくれるならこの場は治めてやっても良いんだぜ。」

 

 PoHにとって、この戦いは実はあまり望むところではなかった。相手がイタチ一人ならば、ザザと二人で殺しあいに興じることもできたが、あと十分足らずで援軍が到着すると聞かされた以上、だらだらと戦っているわけにはいかない。即刻、決着を着ける必要があるのだが、攻略組最強クラスの実力を持つイタチ相手にそんなことができる筈もない。ただでさえ、勝てるかどうかも分からない相手である以上、このまま続けていれば、決着よりも先に援軍が到着することは確実である。ヨルコやカインズ、シュミットを人質に脱出するという策もあるが、レッドプレイヤーの排除を優先しているイタチには通用しないだろう。

 戦況は二対一で互角に渡り合っているようだが、その実自分たちは不利な立場に立たされていることを、PoHは理解していた。そして、対するイタチの答えは予想通り……

 

「残念だが、その相談には乗れないな。お前たちはここで始末させてもらう。」

 

 どうあっても、PoH達笑う棺桶の幹部を抹殺する意思を変えるつもりは無いと宣言する。もとより、イタチとてこの現状を冷静に受け止めているからこそ、こうして戦いに臨んでいるのだ。レッドプレイヤーの中でも殊に危険視されている笑う棺桶のトップスリーをこの場で屠れば、組織の壊滅は確実だ。イタチには、この戦いを諦める理由など存在しない。

 

「上、等、だ!」

 

 イタチの言葉に、さらに怒気を強めたザザが再び襲い掛かる。エストックの鋭い切っ先を、ソードスキル発動のライトエフェクトと共に突き出す。発動する技は、細剣系ソードスキルの八連撃、スター・スプラッシュ。一撃目はまっすぐイタチの心臓を狙っている。対するイタチは、背後からの奇襲であるにも関わらず、まるでザザの動き全てが見えているかのように身を翻し、

 

「な、に……!?」

 

 右手に持ったランスオブスリットの柄尻で、エストックの切っ先を受け止めた。刀身に比べて耐久値の低い部位だが、威力が乗り切らない一撃目ならば、垂直方向で受け止めることができれば十分止められる。ザザのエストックは、イタチの常人離れした業によって止められ、針を連想させる細身の刃は衝撃で弧を描くかのように撓む。イタチはそこから柄尻の角度を変え、ザザのエストックの切っ先が勢い余ってビーンという音を立てて宙を突く。さらに、

 

「……ハッ!!」

 

「ぐっ……!」

 

 ザザがバランスを崩した瞬間を見逃さず、イタチは垂直斬りソードスキル、バーチカルを発動。ザザが持つエストックの刀身の半ばに炸裂した斬撃は、その細い刀身を見事に両断した。

 

「キ、サ、マ……!」

 

 獲物を叩き折られたことに激怒するザザ。怒りにあまり、耐久値が全損したエストックを握る手が震えていた。だが、次の瞬間には怒りを殺意に変えて再び攻撃を仕掛ける。

 

「殺、す!」

 

 失われたエストックの代わりに突き出したのは、先程カインズの手から奪った逆棘付きのスピア。武器としての力は中層プレイヤーの使うものとして突出した面は無いが、急所を突かれればちょっとはそっとの力では抜けず、下手をすればHP全損は免れない。

 だが、イタチからしてみればそれも所詮はただの悪足掻き。イタチは動揺した様子もなく、繰り出される刺突を受けることなく、ランスオブスリットを振るってザザの手からスピアをはたき落とす。

 

「チィッ……!」

 

 スピアも落とされて無手になったザザは、後方へと飛び退く。素手ではイタチと戦うには分が悪すぎるため、新たな武器を取り出すべく、クイックチェンジを発動。再びその手にエストックを握り、イタチに向けて刺突を繰り出す。

 

「今度、こそ、殺、す!」

 

 繰り出されるのは、細剣系ソードスキル、カドラプル・ペインによる稲妻の如き四連撃。それに伴い、PoHも友切包丁片手にイタチに向かって襲い掛かる。

だが、ザザのエストックから放たれたソードスキルが、イタチのもとへ届くことはなかった。

 

「……はっ!」

 

 向かってくるザザに対し、イタチは左手に握ったレッドスコルピオンを繰り、地面を打つ。すると、撃たれた衝撃によって辺りに散らばっていた落ち葉が宙を舞い、ザザの視界を遮る壁となった。

 

「目眩ましの、つもり、か?」

 

 舞い上がった落ち葉は、確かにイタチに対する目眩ましとしては有効だろう。だが、如何せん距離が近すぎる。落ち葉で視界を奪ったところで、ザザは止まらない。そしてイタチには、刺突を防ぐ術など無く、回避も間に合わない。近くのPoHを警戒したために、対処法を変えねばならなかったのだろうが、目眩ましでは意味が無い。PoHとて、先程のザザの突発的な行動には出遅れてしまったが、今回はタイミングを合わせての挟撃を仕掛けることは可能だ。

 

「死、ね……!」

 

 ザザ自身のエストックに串刺しになるか、PoHの友切包丁で切り裂かれるかは分からないが、この先にある光景は、間違いなくイタチの死。唇の端を歪めながら、いざイタチの心臓を貫くべくエストックを突き出す。と、その時……

 

「ぬ……?」

 

 ザザの視界に映る、黒く細長い影。地面からバトンのように回転しながら空中に撥ね上げられたそれは、落ち葉に次いで、行く手を隔てる第二の壁のようにザザの視界に飛び込んだ。ザザの胸のあたりの高さに到達すると、ピタリと静止した……ように見えた。

 

「食らえ。」

 

 ぼそりと呟かれたイタチの言葉に、ザザは硬直する。戦鞭に打たれて地面から撥ねあがった、血のように赤いそれは、先程ザザがエストックを折られた怒りのままに突き出し、イタチに叩き落とされた逆棘付きのスピアだった。地面に水平に静止したそれの柄尻を捉えているのは、イタチの左足の裏。後ろ蹴りの姿勢にあったイタチは、そのまま真っ直ぐ蹴りを放つ。

 

「ぐ、ぼぉっ……!」

 

 イタチの後ろ蹴りによって突き出されたスピアは、エストックにてソードスキルを発動中のザザの鳩尾に入り、背中まで貫く。予想外の攻撃に、ソードスキルの発動を強制的に停止されたザザは、腹にスピアを食らった衝撃で後方に突き飛ばされた。

 

「余所見は禁物だぜ、イタチよぉ……!」

 

 イタチがスピアを後ろ蹴りで繰り出すのと同時に、PoHは友切包丁からライトエフェクトを伴う一撃――ソードスキルをもってイタチに振りかぶる。発動したのは片手剣基本技のスラント。武器としては短剣に分類されている友切包丁だが、その形態と魔剣故の性質により、使えるソードスキルは短剣カテゴリーに留まらず、投擲や片手剣にまで多岐に渡るのだ。

 単発技とはいえ、頭部などの急所を狙えば大幅にHPを削られることは間違いない。その上、PoHのような実力者ならば、一撃目の直撃で生じた隙を突くことで、続く二撃目、三撃目で確実にHP全損に追い込めるだろう。だが、イタチも簡単にそれをさせるほど甘くはない。

 

「甘い……!」

 

 片足立ちの姿勢のまま、イタチはPoHの一撃に対処するべく、右手に持つランスオブスリットでソードスキルを発動させる。迎撃するべくイタチが繰り出したのは、水平斬りソードスキル、ホリゾンタル。イタチのもとへ届く凶刃の横腹を、イタチの頭部を叩き切るその直前に打ち据える。

 

パキ……

 

「!」

 

 武器同士の衝突と共に、金属がひび割れる音が響き、イタチの持つランスオブスリットが振り抜かれたその時には、友切包丁の刀身が見事に両断されていた。

 

「Shit!」

 

 愛刀たる友切包丁が手の中で消滅するのを見ながら、PoHは舌打ち混じりに罵り声を上げる。丸腰では分が悪すぎることを悟ったPoHは、後退を余儀なくされる。

 

「成程……これが噂に聞いていた、“武器破壊(アームブラスト)”って奴か。」

 

 今現在、デスゲームと化したSAOには、既存のシステムに依存しない、システム外スキルと呼ばれる類のスキルが数多存在する。複数のプレイヤーが連携して攻撃・HP回復を行うスイッチのような既存のMMORPG由来のスキルに始まり、VRMMO独自のスキルとして開発されたシステム外スキルとして、モンスターのAI学習を誘導して隙を作り出すミスリードなど、その種類・用途は多岐に渡る。

 中でも、イタチが開発したシステム外スキルは、常人離れした技能とセンスを要することで知られており、習得できるのはごく僅かの攻略組プレイヤーのみと目されている習得難易度最上位スキルとして分類されているのだ。片手剣二本を両手に持ってソードスキルを連発するスキルコネクトは言わずもがな。先程発動した、敵の武器にソードスキルを叩きつけることで破壊する、武器破壊に至っても、的確な部位を狙ってソードスキルを繰り出さなければ不発に終わる可能性の高い、高度な業なのだ。単純なAIで動くモンスターならいざ知らず、プレイヤー相手となればその難易度は測り知れない。

 

「お前の魔剣は無くなった。部下二人も使い物にならない今、勝ち目はあるまい。」

 

 正鵠を射たイタチの言葉に、PoHはフードの奥で苦い物を口にしたかのような表情を浮かべる。ジョニーは初撃で突き刺さった毒塗りのダガーが背中に突き刺さっているせいで動けず、ザザは鳩尾をスピアで貫通されており、自力では引き抜けない状態だ。二人に突き刺さっている武器を引き抜けば、味方を増やすこともできるだろうが、イタチに背を向けて仲間を助けに行くのは自殺行為に他ならない。PoH自身も主武器たる友切包丁を破壊されているこの状況では、イタチを相手に勝ち目は無い。

 

「Mm……相変わらず、そそる奴だ。だが、今日はここまでだ。」

 

「この期に及んで逃げ切れるとでも思っているのか?」

 

「そいつは分からねえぜ……」

 

 危機的状況に立たされているこの状況にあっても、PoHは不敵に笑いかけてくる。武器を取り出すべく、クイックチェンジを発動、新たなダガーを手に取る。対するイタチも、鞭を器用に束ねて腰に装着すると、クイックチェンジを発動。左手に片手剣、フレイムタンを握る。イタチのユニークスキル、二刀流の構え。

 

「悪いが、お前はここで終わらせる……!」

 

 二刀を振りかざして襲い掛かるイタチ。一気にPoHへと肉薄するその気迫に、しかし対するPoHは全く動じない。自信の源となっているのは、イタチが二刀流であっても連続技を使うことを忌避していることを知っているからだろう。

PoHのような、実力あるレッドプレイヤー相手では、発動の前後に隙が多く勝敗において致命的な技後硬直が生じる連続技は命取りになりかねない。事実、イタチはPoHとザザ二人と切り結ぶに当って、単発技ソードスキルしか発動していない。ザザのように血の気の多いレッドプレイヤーならば、後先構わず連続技ソードスキルを連発するが、少なくともイタチはその限りでは無い。

 

「行くぞ……!」

 

 PoHへと迫るイタチの刃。まずは左手に持つフレイムタンにて、垂直斬りソードスキル、バーチカルを発動する。狙いはPoHの持つ右手のダガー。攻略組トップとして回避不可の速度で動くイタチを相手にする以上、PoHは防御以外の手段を取れない。イタチの予想通り、PoHは短剣系ソードスキル、クロス・エッジを放つ。短剣故に威力に欠ける点を、連続技により相殺するつもりなのだろうが、イタチの右手にはもう一本の刃が握られている。

 

「これで終わりだ……!」

 

「どうかな?」

 

 イタチの右手の片手剣より、片手剣単発技、スラントが発動する。本来ならば、このまま斜めに繰り出される斬撃が、PoHを袈裟斬りにする筈。だが、対するPoHの取った行動は、イタチの予想を裏切るものだった。

 ソードスキルを発動しようとうとするイタチに対し、PoHが起こしたアクションは、左手を突き出して繰り出す、体術系ソードスキルの打撃技、閃打。

 

「!」

 

 右手に持ったダガーのソードスキルを出し終えて間もなく、今度は左手で体術スキルを発動する――即ちこれは、スキルの連続発動、スキルコネクトだ。

 さしものイタチも、まさかPoHが短剣・体術のスキルコネクトを習得しているとは予想していなかった。だが、それはイタチにとって致命的な事態足りえない。発動中のスラントの軌道を修正し、PoHの閃打を発動しようとしていた左手を手首から切断する。部位欠損ダメージの回復には、数分を要する。この距離にあって、残る武器が右手一本となれば、PoHのHPを一気に全損せしめるのは容易い。再度二刀を構え直し、PoHに斬りかかろうとするイタチ。だが、その時だった。

 

「……!」

 

 イタチの視界左端から、突如視界を遮る灰色の濁流が迸る。突如起こった予想外の現象に、イタチは二刀の構えを解いてPoHから反射的に退く。同時に、先ほど視界を覆った灰色の何かが、煙であったことを悟る。

 

(まさか……)

 

 冷静に現状を分析したイタチは、この煙の出所を突き止めるに至った。煙が噴き出したのは、視界左端……斬り落としたPoHの左手が転がっている場所だったのだ。

 

(煙玉を握った状態でわざと斬り落とした……そういうことか……)

 

イタチの予想は正しかった。PoHは先ほどの攻防の中、体術スキル・閃打を、煙玉を握った状態で発動したのだ。結果、PoHの目論見通りに手首から斬り飛ばされた左手は、地面に落ちてポリゴン片を撒き散らして消滅。残された煙玉が、地面に落下すると共に炸裂、煙を発したのだ。

 予想外の手段を弄され、反射的に距離を開けてしまったイタチは内心で舌打ちする。PoHにとって、この煙幕の外にいるイタチには、内部からの奇襲はさほど脅威ではない。だが、PoHにとっては、イタチから逃亡する絶好の機会なのだ。

 

「グッバイ。」

 

 案の定、煙幕の奥から聞こえた別れの言葉と共に、煙の合間から青白い光が垣間見えた。転移結晶を使って、この場を離脱したのだろう。

 それと同時に、イタチの背後でカランという乾いた音が響いた。

 

「……」

 

 振り返ったその場所には、逆棘の付いた赤いスピアが転がっていた。見紛う筈のない、先ほどザザの鳩尾から背中を貫いたスピアである。

 

(逃げたか……)

 

 どうやら、こちらも隠し持っていた転移結晶を使用して離脱したらしい。スピアはカインズから奪い取った物で、所有権が移動する二十四時間が経過していなかったため、この場に残ったのだろう。

 

(捕らえたレッドは一人……我ながら、情けないな……)

 

 レッドギルド、笑う棺桶を壊滅させる絶好の機会だったにも関わらず、トップスリーの内で捕らえられたのは、ジョニー・ブラック一人。己のすべきことを成し遂げられなかったことに対し、イタチは忸怩たる思いだった。

 

(レッドプレイヤーは笑う棺桶を中心に戦力を拡大している……全面衝突は間近なのだろうな……)

 

 この戦いは、云わば前哨戦。レッドプレイヤー達は今後戦力を整え、攻略組に本格的な宣戦布告を行うだろう。

枯木が並ぶ荒野の丘に立つイタチは、来る攻略組対レッドギルドの本格的な戦い……血で血を洗う戦争勃発を、一人予感していた――――

 


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