ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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心の温度
第三十六話 剣を求めて


2024年6月24日

 

アインクラッド第六十層主街区、フードヴァルテン。数多の鉱山が連なるフィールドの中心にあるその街は、鍛冶師プレイヤーのメッカとして知られている。フィールドの鉱山から取れるインゴットの質は、他の階層で採取できるそれの比ではなく、大勢のマスタークラスの生産職プレイヤーが拠点を置いていた。アインクラッドの攻略最前線が六十三層である現在も、ここで作られた武装は、多くの攻略組プレイヤーから重宝されている。

そんな鍛冶が盛んな街の一角にある武器店に現在、ある攻略組プレイヤー達が足を運んでいた。

 

「……マンタ、店の武器はこれが最高か?」

 

 黒衣を纏い、木の葉マークに横一文字の傷が付いたマークの額当てを付けたプレイヤー――イタチが、片手用直剣の刃をじっくり眺めながら、店の主に対して問いかける。

 

「悪いけど、この階層で採取できるインゴットでは、これが限界だよ。イタチ君の二刀流に耐えきれるかは分からないけどさ……」

 

 剣を吟味するイタチに対して答えた店主――マンタの顔は、若干引き攣っていた。オヤマダ武具店を営むマンタは、イタチがデスゲーム開始以来、手に入れた強化アイテムやインゴット等のアイテムを積極的に提供することで、鍛冶スキルはじめとした生産系スキルの上昇に協力してきたプレイヤーである。攻略組最強と言われるイタチからの援助を受けてきたマンタの生産スキルの習得度は、現在は軒並みマスター、またはその一歩手前。イタチだけでなく、多くの攻略組プレイヤーの武装を作り出している、言わば攻略組御用達の一人なのだ。だが現在、身長八十センチ程度の、冒険もののRPGによく現れる、ドワーフそっくりな体格の鍛冶師の視線は、どこか虚ろだった。

無理も無いだろう。攻略組トップクラスの実力者にして、二刀流という名の強力無比なユニークスキルを使いこなすイタチが扱う武器は、それに比例した耐久力を必要とする。二刀流は破壊力のあるソードスキルを行使する故、生半端な武器ではすぐに耐久値を根こそぎ奪われてしまうからだ。イタチも、五十層ボス戦以降は、武器の耐久値に注意してソードスキルの威力を加減してきたが、イタチのレベルが九十台に突入したあたりから、遂にシステム上の問題により、イタチの技能だけではカバーしきれなくなったのだ。そのため、現在新しい剣を作って欲しいと依頼を受けているマンタだったが、イタチのステータスに適応できる名剣は、なかなか現れずにいた。

 

「それで不満なんか?オイラが持ってる刀より、よっぽど高性能だと思うんだが……」

 

「一線級の剣であるのは間違いないが、耐久力に難ありだな。俺の筋力パラメータで繰り出す二刀流ソードスキル発動までは耐えられない」

 

「ハァ……イタチ君が新品を注文するの、今月これで四度目だよ。これじゃあ、いくら打っても限がないよ……」

 

 隣でイタチとマンタのやりとりを見守っていた攻略組プレイヤーの一人、ヨウの言葉に、しかしイタチは苦々しい表情で返す。武器を毎回用立てているマンタの溜息混じりの呟きには、同情するしかない。折角作っても、すぐに折られてしまうのでは、作る側も気が滅入る一方だ。

 

「相変わらず、無茶苦茶なステータスね。マンタ君も、よく我慢して武器を用意するわ」

 

 三人のやりとりを見て口を挟んだのは、ウェーブをかけた茶髪の女性プレイヤー。攻略ギルド、血盟騎士団所属の薬剤師、シェリーだった。本来、生産職として後方支援に務める彼女は今日、護身用の短剣を手に入れるべく、マンタが経営するオヤマダ武具店を訪れていたのだった。

 シェリーが口にした皮肉に対し、イタチは、

 

「……反省はしている。俺の技能不足と言われればそこまでだが、強力な剣が必要なのは間違いない。少なくとも、これと同等以上のものをな」

 

 そういってイタチが背中から外したのは、黒い片手剣。第五十層のフロアボスを倒したラストアタック・ボーナスとして手に入れたユニーク武器、エリュシデータである。フロアボス、それもクォーター・ポイントの階層で手に入れただけのことはあり、その性能は、一般的な鍛冶師プレイヤーが作る武器のパラメータを遥かに上回る、俗に言う魔剣と呼ばれるレベルのものだった。

 イタチは五十層攻略後、入手したこの武器を秘蔵し、二刀流はじめ攻略時には、プレイヤーメイドで手に入りやすい武器を手に戦ってきたのだ。だが、先述通り、イタチのステータスに武器のパラメータが追いつかなくなったことを契機に、遂にこの魔剣を解禁したのだった。

 

「こうなっては仕方がない。例のクエストで、レアなインゴットを手に入れるしかないな」

 

「げ!……それってもしかして、僕も一緒に行かなきゃならないっていう……」

 

 イタチの言葉に、冷や汗を垂らして顔を青くするマンタ。SAOの過剰なフェイスエフェクトによる所為もあるのだろうが、彼が何かに怯えていることは明らかだ。

 

「安心しろ。同行してもらう以上は、俺がしっかり護衛する」

 

「オイラも付いていってやるからよ。まあ、なんとかなるさ」

 

 にべもなく答えたイタチとヨウの言葉に、マンタはがくりと項垂れた。シェリーはそんな三人のやりとりに苦笑を浮かべている。

 

「今日の午後一時に、現地集合だ。お前たちはそれまでに、クエストフラグを立てておいてくれ」

 

「あら、あのクエスト、夕方にもつれ込むと危険だって聞いてるわよ。やるなら、今すぐ行った方が良いんじゃないかしら?」

 

「金属の在り処は大体目星がついている。それに、今日はこの後、用事がある」

 

「攻略に行くってわけじゃないよな……誰かに会いにでも行くんか?」

 

「まあ、似たようなものだ」

 

 ソロプレイが基本のイタチが、人と会う約束をしていると言っている。意外な返答に、ヨウとマンタは目を丸くし、シェリーはくすりと笑った。

 

「あんまり冷たくしたら駄目よ。“彼女”、結構あなたのことを気にしているんだから」

 

「か、彼女!?イ、イタチ君、それってまさか……!」

 

「……言っておくが、お前たちが考えているようなことなど一切ありはしない」

 

 悪戯っぽく放ったシェリーの言葉に狼狽するマンタ。ヨウはにししと笑みを浮かべていた。そんな三人の様子に、イタチは内心で溜息を吐きながらも、各々が頭に浮かべているであろう想像を否定した上で、店を出て行った。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます!またのお越しをお待ちしております!」

 

 アインクラッド第四十八層主街区、リンダースの一角に建つ、一件の水車付きの職人プレイヤー専用ホーム。その中から、少女の元気な声が響いてくる。買い物客を見送っている少女の服装は、胸元にリボンの付いた純白のエプロンドレス。髪はベビーピンク、瞳はダークブルーという、カスタマイズを施しており、西洋人形のように見える。彼女の名前は、リズベット。ここ、四十八層に居を構えている、リズベット武具店の店主である。

 デスゲーム開始時点、彼女は早期から生産職の鍛冶スキルを志したプレイヤーの一人であり、現時点では攻略最前線で戦うプレイヤー達の御用達も請け負っている程の熟練度を誇る、有数の鍛冶職人プレイヤーなのだ。それも数少ない女性プレイヤーである彼女は、彼女の親友によるコーディネートと元々の容姿とが相まって、中層・上層問わず多くの男性プレイヤーに人気があり、武器の作成・点検等の注文が絶えない。

 

(それにしても、今日は本当に眠いわね……)

 

 そのため、今日のように前日の夜から日を跨いでオーダーメイドの注文を片付けることもザラだった。客がいないのをいいことに欠伸をするリズベット。今日はもう客は来ないだろうと思い、店先にある大きな揺り椅子にもたれ掛かると、そのまま寝入ってしまった。そして、深いまどろみの中に入ること数十分。ふと、声が聞こえたのだ。

 

「お疲れの様子ですし……今日はこれで……」

 

「駄目よ……ちゃんと、見て行かなきゃ……」

 

 断片的に聞こえるそれは、どうやら店の前で男女が何かを言い合っている様子だった。もしかしたらお客さんかもしれないが、雰囲気からして、男性の方はすぐにでも帰りそうだ。店に入りたがっている女性には悪いが、今日はこのまま寝かせて欲しい……それ程までに、今は疲れているのだから。そんなことを思った瞬間――――

 

「リズ!!ちょっと起きて、リズ!!」

 

「ふぁっ!?」

 

 突然、真正面から肩を掴まれ、勢いよく揺さぶられた衝撃に襲われた。急な出来事に思わず悲鳴を上げてしまうリズベット。驚いて目を見開くと、そこには見知った顔があった。

 

「ア、アスナ!?どうしたのよ、一体……」

 

 攻略組トップギルド、血盟騎士団の副団長を務めるアスナは、リズベットが店を購入する以前からの得意先であり、彼女の入団以降はギルド全体の武器の生産・点検を任されているのだ。そのため、彼女がここに現れることには何ら不思議は無い。だが、彼女の武器のメンテナンスはつい二日前に済ませたばかりだ。一体、何の用事があるのだろうか。

 

「お客さんを連れて来たのよ!ほら、早く支度して。イタチ君も早くこっち来て」

 

 アスナに催促され、急いで立ち上がるリズベット。来客とあらば、うたた寝なぞしている場合ではない。アスナの方は、店に連れてきたというプレイヤーを店の入口へ呼んでいる。

 

「……はじめまして、イタチです」

 

 アスナに呼ばれて現れたのは、全身黒づくめの男性プレイヤー。背格好からして、アスナやリズベットと同い年か一つ年下くらいだろう。メーキャップアイテムで赤く染めた瞳は、年齢に不相応な鋭い光を宿している。どこか不思議な雰囲気を持つ少年、というのがリズベットの抱いた第一印象だった。そしてもう一つ……

 

「ちょっとアスナ。あの人、お金大丈夫なの?」

 

 正直に言うと、あまり強そうには見えなかった。装備は黒コートで軽装、金属防具は一切纏っていない。元々の体格も線が細く、華奢なイメージが強く、要求ステータスの高いリズベット武具店の武器を扱える程の実力があるとは思えなかった。

 攻略組相手の商売を行うため、リズベット武具店の武器は、要求ステータスと共に値段も比例して高い。リズベットが、金銭面で大丈夫なのかと連れてきたアスナに尋ねたのは無理も無い。だが、アスナの返答は予想を裏切るものだった。

 

「大丈夫よ。彼、私と同じ攻略組だから」

 

「はぁ!?……それ、本当なの?」

 

 アスナの口から語られた衝撃の事実に、リズベットは間抜けな声を発してしまう。この細身の少年が、アスナと同じ攻略組とはどんな冗談なのか。この少年が、攻略最前線で強力なモンスターやフロアボスを相手に戦っている姿など、想像もできない。

 アスナの言葉に顔を引き攣らせて唖然としているリズベット。そんな彼女に、今度はイタチが口を開いた。

 

「……お忙しいようでしたら、今日は失礼しますが」

 

「ちょっと待って!リズも、早くお店に案内してあげてよ」

 

「分かったわよ……」

 

 二人の様子を見て、家路に着こうとするイタチを、アスナは必死で呼び止める。同時に、リズベットに呼び掛けて店内への案内するよう促す。リズベットも佇まいを直し、接客モードへ入った。

 

「リズベット武具店へようこそ!」

 

 営業スマイルを見せてイタチを店内へと迎える。対するイタチは、来店当初から無表情のまま、アスナに背中を押される形で入店していった。

 リズベット武具店のショーケースや壁棚には、多様な武器が並べられている。いずれもパラメータの高い、高性能なものばかりである。飾られた武器の刃は、攻略組が持つに相応しい、業物としての鋭い光を放っていた。

 

「どうかしら?何か、欲しいのはあったかしら?」

 

「いえ。俺に扱える武器は、とても……」

 

 展示されている武器を順々に見回っているイタチに、リズベットは自信満々に問いかける。対するイタチは、遠慮がちに答えるばかりである。

 

「ほら、イタチ君!片手剣コーナーはこっちだよ!」

 

 ゆっくり武器を見ていたイタチに声を掛けたのは、一緒に入店したアスナだった。彼女はイタチの腕を掴むと、まっすぐ片手剣コーナーへと連れてきた。

 

「イタチ君、どう?欲しい剣はあった?」

 

「はぁ…………」

 

 アスナに促されるまま、展示された片手用直剣を手に取り、一本一本吟味していく。だが、一通り見てもあまり満足した様子はなく、武器を鞘に納めるとそのまま棚に戻しただけだった。

 

「いずれも、かなり上質な武器でした」

 

「それだけ?……イタチ君の欲しい武器はなかったの?」

 

 アスナの問いかけに、しかしイタチは目を逸らすばかりだった。早くこの店から出たそうにしているオーラが若干ながら感じ取れる。そんな二人のやり取りを見ていたリズベットが、割って入る。

 

「何よ、そこにある武器じゃ物足りないっての?」

 

 一通り武器を見ただけで満足した様子の無いイタチに、ついむっとしてしまうリズベット。接客業としては問題行為だが、イタチはさして気に留めなかった。

 

「リズ、イタチ君にオーダーメイドで作ってあげられるかな?」

 

「オーダーメイドぉ!?」

 

 またしてもアスナの言葉に、正気を疑ってしまった。武器のオーダーメイドとくれば、数十万コルは下らない。攻略組所属というのも疑わしいこの男が、そこまで羽振りが良いとは思えなかったが、アスナの言葉を疑うわけにはいかない。

 

「イタチ君は確か、その剣と同じくらいの武器が欲しいんだったよね。リズに見せてあげてくれないかな?」

 

「……構いませんが」

 

 いつの間にやら、オーダーメイドで武器を作るという話が持ち上がってしまっている。既製品の武器で欲しい物が無かったイタチは、仕方なく店頭には置いていない特注品に賭けてみることとして、取りあえず背中に吊った剣を見せることにする。

 

「……これと同程度の性能の剣は、ありませんでしょうか?」

 

「はあ……」

 

 アスナに促され、リズベットに武器を渡すことになったイタチ。背中に吊った剣を鞘ごと取り外してリズベットに手渡す。リズベットは、イタチが取り出した武器が大した性能が無さそうな黒の剣を訝しげに受け取った。こんな剣に、自分の店に並んでいる剣が負けるとでもいうのか、と疑問に思ったが……

 

(重っ!?)

 

 イタチから手渡された片手剣の想定外の重さに、思わず取り落としそうになってしまった。戦槌使いとして筋力パラメータを相当に上げているリズベットが落としそうになる剣とは、一体何なのか。畏怖を抱きながらも、リズベットはイタチが差し出した黒い鞘に納められた剣をカウンターの台の上へ置いて刀身を抜きだす。一目で相当な業物と分かる鋭い刃が覗き、思わず息を呑んだ。恐る恐る鑑定スキルを発動させて、武器の詳細をチェックする。

 

(固有名はエリュシデータ……製作者は……無し)

 

 製作者の名前が無いということは、即ちこの武器がモンスタードロップであることを意味する。恐らく、特定のモンスターを倒した時にのみ手に入る、魔剣と称されるレアドロップ武器なのだろうと考えられる。

 

「別に、無理に作ってもらおうとは思っていません。無ければ無いで、特に問題は……」

 

 剣を差し出した当人たるイタチは、そんなことを言っているが、常識外れのパラメータをもつ魔剣を前に、リズベットは対抗心を燃やしていた。モンスタードロップの武器に、プレイヤーメイドの武器が負けたとあっては、鍛冶師の名折れである。ならばとばかりに、リズベットはカウンター下の棚から最高傑作の剣を取り出すことにした。

 

「これでどうかしら?」

 

 リズベットがイタチに手渡したのは、白鞘のロングソード。鞘から抜き出した刀身が放つ薄赤い光は、炎をイメージさせる、リズベットが鍛えた剣の中でも最高傑作に数えられる一振りである。

 だが、剣を抜いて刀身を眺めるイタチは眉一つ動かさない。相変わらずの無表情で、何を考えているか分からない……リズベットから見れば、最高傑作の剣を前にしても何の感慨も湧いていない様子である。自分の剣が安く見られているように思えてならないリズベットは、鍛冶師としてのプライドが傷つけられたような気分になった。

 

「良質な剣ですね……」

 

「でしょ?リズはうちのギルドの攻略メンバーの武器製作も請け負っているからね。きっと、イタチ君が欲しい武器も作ってるって思ってたのよ」

 

 リズベットの最高傑作の剣を称賛するイタチ。その言葉に、店を紹介したアスナは腰に手を当てて胸を張り、自慢げな表情を浮かべる。傍から意見を聞いていたリズベットも、満更でも無い様子だった。やがて、女性陣の溜飲が下がったのを見計らったように、イタチが再び口を開く。

 

「この剣、いくらですか?」

 

 いよいよ、買い取り交渉に入ろうとするイタチ。リズベットはようやくかとほっと息を吐き、イタチに一歩歩み寄る。アスナはイタチの死角でガッツポーズを取っていた。

 

「そうねえ……マスタースミスの私でも、この剣を作れるのは二月に一度くらいだからオーダーメイド品並みに、高くなるわ。ざっと見積もって、六十万コルってところかしら?」

 

 六十万コルといえば、中層のプレイヤーホーム並みの値段である。アインクラッド最前線の迷宮区で、日夜モンスターと戦闘しているプレイヤーであっても、早々稼げる額ではない。だが、マスタースミスの作った最高傑作とあれば、千金の価値がある。デスゲームにおいて、武器は生命線であることを考慮しても、金銭の出し惜しみはできない。リズベットも、少々値を釣り上げ過ぎたと思わなくもないが、アスナが連れてきたプレイヤーとあらば、これくらいの額を要求しても問題は無いと考える。そして、イタチの答えは……

 

「……申し訳ありませんが、それほどの大金は用意できません。これはお返しいたします」

 

 やや申し訳なさそうな態度で頭を下げつつ、鞘に納めた剣をリズベットへ返した。対するリズベットは、拍子抜けしたような表情だった。期待外れだが、ある程度予想はできていたため、然程驚きはしなかったが。

 

「もしよかったら、分割払いでローンを組む事もできるけど?」

 

「いえ、攻略組は出費が激しいので、確実な返済は約束できません。今回は、ご縁が無かったということで、失礼いたします」

 

「ちょ、ちょっとイタチ君!」

 

 リズベットのローン払い提案にも首を横に振って断ったイタチは、もう用は済んだとばかりに、足早に店を後にしようとする。アスナは制止をかけようとするも、イタチは振り返りもせずに店内入口のドアを開いて出て行ってしまった。

 

「……予想はしていたけど、やっぱり見た目通り、あんまりお金持ってないみたいだったわね~…………アスナ?」

 

 呆れた表情で独り呟くリズベット。一方、イタチを引き止めようとして失敗したアスナは、店に残ったまま浮かばれない表情をしていた。おそらく、攻略組の有力者と判断して店を紹介したつもりが、見当違いの人間を招き入れてしまったことに関して、店主たるリズベットに罪悪感を抱いているのだろう。

 

「言っておくけど、アスナが気に病む必要なんてないわよ。攻略組にはお得意様だってたくさんいるし、あんなのに無理に注文を取る必要なんて……」

 

「リズ」

 

 客の紹介で当てが外れたことで落ち込んでいたらしいアスナを慰めるつもりで口を開いたリズベット。だが、その言葉はアスナによって途切れさせられた。その表情はいつになく真剣で、ボス戦もかくやという雰囲気を纏っていた。店内にこれ以上無い程の緊張が走る中、アスナが意を決したように口を開いた。

 

「これよりもっと強力な剣を作るには、どうすれば良いの?」

 

 一瞬、リズベットはアスナの言うことが理解できなかった。一体、最高傑作の剣と称されるそれよりも強力な剣を手に入れてどうしようと言うのか。

 

「……えーと、これより強力な剣、と言えば……」

 

「当てはあるのね?」

 

 アスナの剣幕に気圧されてしどろもどろになってしまっているリズベットに対し、アスナは容赦なく捲し立てる。持っている情報を出すまで逃がしはしないと言わんばかりの威容に、リズベットはかつて狂戦士と呼ばれた血盟騎士団副団長の面影を見た。

 

「ご、五十五層の西の山にいるドラゴンが、レアな金属を体内に溜めこんでいるっていう噂が……」

 

「五十五層……」

 

 顔を引き攣らせながらも、どうにかそれだけは言うことができた。アスナは必要な情報を聞くと、顎に手を当ててしばしの間思案すると、踵を返して店を後にしようとする。

 

「ちょっと待ちなさいよ!あんたまさか、本気で金属取りに行くつもり!?」

 

「大丈夫。五十五層なら、血盟騎士団の本拠地がある。ホームで暇そうな人を連れて行けば、どうにかなる筈よ」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

 引き止めようとしているリズベットにとって残念なことに、アスナの表情は冗談を言っているようには全く見えない。強力な武器を手に入れるという目的のため、本気でドラゴンと戦うために山へ登るらしい。

 

「金属獲得のクエストは、マスタースミスがいないと受注できないのよ!」

 

「……そう。分かったわ。なら、うちのギルドの屈強な人を護衛に付けるから安心して」

 

「ちょっ!?同行するスミスは私で決定なのっ!?」

 

 金属獲得のためのクエストの紹介から始まり、完全に藪蛇だったと後悔するリズベット。だが、この期に及んでクエスト同行を断ることもできない。溜息を吐きつつも、半ば強引ながらアスナの要請を受諾することとなってしまった。

 自分自身に呆れながらも、リズベットはアスナが金属を取りに行く……もっと言えば、専用の強力な武器を、あのイタチという男性プレイヤーのために手に入れたいと言う心情について問いを投げる。

 

「なんでそこまでして、あの男に武器を見繕ってやりたいの?見たところ強そうに見えないし……それに、レア武器なんてプレゼントしたら、付け上がってもっと高価な装備やアイテムを買わされるかもしれないのよ?」

 

 リズベットの心配は尤もだった。アスナがあの少年、イタチに少なからず好意を寄せており、強力な武器を紹介するべくこの店に連れてきたのは分かった。だが、金が足りないから買えないという言葉を真に受けて、アスナが買い与えたりなどすれば、この先都合の良い財布として扱われかねない。だが、アスナは首を横に振った。

 

「イタチ君はそんなことはしない……それに、買えないなんて、本当は嘘だよ」

 

「……どういうことよ?」

 

「攻略組としての付き合いがそれなりにあるから分かるけど、彼の収入ならあれぐらいのお金はすぐに出せるわ。それに、必要な装備の購入となれば、出し惜しみは絶対にしない」

 

「……つまり、私の出した剣が気に入らなかったから、お金を理由に購入を断ったってこと?」

 

 アスナの言葉の意味から察するに、そういう結論に行きつく。紹介された最高傑作の剣がイタチの眼鏡に適わなかったため、リズベットに恥をかかせないために、自分が金欠であると嘘を吐いたと、アスナは言いたいのだろう。

 

「だから、イタチ君にはこれよりもっと強力な剣が必要な筈なの。お願い、リズ。力を貸して」

 

 極めて真摯な姿勢でリズベットに協力を依頼するアスナ。そんな彼女に、リズベットもついに溜息混じりに折れた。

 

「ハァ……分かったわよ、もう。私も、最高傑作の剣が使い物にならないって評価されたままじゃ、引き下がれませんからね。それにしても、そこまでしてあの男……イタチだっけ?彼を振り向かせたいのかしらね~」

 

「そっ、そんなこと……イタチ君は、攻略組の中でも強力なプレイヤーだもの!彼の戦力強化は、攻略組全体の安全確保にも繋がるだけよ!」

 

 リズベットのからかうような口調に、しかしアスナは特別な感情など無く、攻略指揮を預かる身として効率を考えた故の行動であると言い張った。

 

(全く……アスナってば、いつの間に……)

 

 あまりにも分かりやすい反応に、リズベットは苦笑する。アスナがあのイタチという少年に対して、攻略組の仲間、友達以上の特別な好意を抱いていることは明らかなのに、本人は否定している。そんなアスナの典型的なツンデレ的反応に、しかしリズベットは同時に羨ましくも思えた。

 

(アスナは……大切なものが見つかったんだね……)

 

 リズベットが何よりも望んだ、大切な人との繋がり。死の牢獄と化したこの世界に閉じ込められた二年間の中で求め続けた、掛け替えの無い絆。一方通行な想いかもしれないが、いつの間にかそんな大切なものを見つけていた親友が、リズベットには羨ましかった。

 


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