ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

38 / 158
活動報告で、イタチのカップリングに関するアンケートを行っています。
飽く迄読者のみなさんの意見を聞きたいだけですので、ぜひともコメントをお願いします。


第三十七話 白竜の水晶

 第五十五層主街区・グランザムは、巨大な鋼鉄の尖塔が無数に立ち並ぶことから、通称、鉄の都と呼ばれている。転移門に通じる大通りには、街路樹の類は一本も無く、極めて無機質で寒々しい雰囲気が強い街並み。そんな街の一角に、血盟騎士団本部は聳え立っている。 城と見紛う巨大な鋼鉄の建造物を囲む塀には、白地に赤い十字架の紋章が入った旗がいくつも垂れ下がっている。

 ギルドの攻略活動が休みの今日、メンバー達は、前線組、支援組問わず各々が気ままに時間を過ごしていた。そんな中、本部の城門を開き、武装した状態で外へと出ていく――血盟騎士団メンバーとしては珍しい――プレイヤーの姿があった。

 

「ほらほら、早く行くわよ!」

 

「ったく……休日にいきなり叩き起こされて、何事かと思えば、西の山に行くから護衛を頼むって、横暴過ぎだろ……」

 

「ハハ、同感だな……」

 

 先頭を歩くのは、血盟騎士団副団長のアスナ。それに付いて行く形で同行するのは、同じギルドの団員が二人。眠そうにして歩いている黒髪の槍使いはヨシモリ。もう一人の同行者は、アスナと同じ細剣使いの少年、コナン。二人は血盟騎士団本部で活動休止日を思い思いに過ごしていたところを、突如現れたアスナによって本部から引きずり出され、半ば強引にクエストに協力させられることとなったのだ。

 

「久しぶりの休みだから、昼まで寝ようと思ってたのによぉ……」

 

「どうせ暇なんでしょ?ちゃんと決まった時間に寝起きしないと、生活リズムに良くないわよ」

 

「ま、一理あるな」

 

 ネットゲーマーとして夜型の生活が定着しているらしいヨシモリは、昼間の攻略活動には消極的である。そのため、ギルド加入時以前は、モンスターのポップが多くなる夜中にフィールドでレベリングを行った末に攻略組入りし、血盟騎士団前線メンバーへの仲間入りを果たしたのだった。

 だが、夜型の生活が不健康であることに変わりは無い。SAOで活動しているのは仮想の肉体であるため、いかなる不摂生を行っても体調を崩すということは有り得ないが、生活リズムの乱れは防げない。

 

「それにしたって……あのクソ寒い山を登る事ぁねえだろ」

 

「まさか、イタチの剣を作るために俺達まで駆りだされるなんてな……」

 

 ぶつくさ文句を言いながらも、アスナへの同伴を断ろうとはしないヨシモリとコナン。その様子を見るだけで、アスナの副団長としてのカリスマ性が窺える。

 

「それにしても……あんたもやり過ぎじゃないの?アイツのために、前線メンバーを二人も連れだすなんて」

 

 アスナがヨシモリとコナンを同行させているのは、これから西の山へ向かう目的たる、レア金属獲得のためのクエストを達成させるためである。そして、その金属で作り出した武器は、ギルドメンバーでもないイタチという、一匹狼のソロプレイヤーに提供しようというのだ。しかも、ギルドの直接的な利益にならない案件に、精鋭二人を動員している。職権乱用も良いところなのだが、当のアスナは全く気にした様子も無い。

 

「さっきも言ったけど、イタチ君は攻略組でも有数の実力者よ。彼の戦力強化は、攻略組の戦力強化に繋がるわ。決して無駄な活動ではない筈よ」

 

「はいはい、そう言う事にしといてあげるわよ……」

 

 強引な理屈をこじつけて活動を正当化するアスナに、リズベットと同行者二人は乾いた笑いを送るしかできない。そうこうしている内に、即席で作られた四人組のパーティーは、遂に目的の山へと到着した。

 

 

 

「それにしても、寒いわよね~……」

 

「グランザム主街区といい、なんでこんなに寒々しい階層に、血盟騎士団本部を移転させたのか、私も疑問なのよね」

 

 先頭を歩くリズベットとアスナは、フィールドの氷点下に達しているのではないかと疑いたくなるほどの寒さに辟易していた。五十五層の西の山にあるフィールドは、氷雪地帯の雪山である。血盟騎士団支給のマントを防寒着として着ているが、辺りの冷気を完全にシャットダウンすることはできず、こうして歩いている間も身体が若干震えていた。

 

「ふぁ~あ……」

 

「……ヨシモリ、さっきから欠伸ばっかし過ぎだ。こっちまで眠くなるからやめろ」

 

「だってよぉ……」

 

 主街区を出てから未だに眠そうにしているヨシモリに嘆息するコナン。ヨシモリがだるそうにしているのも無理はない。麓の村へ辿り着いて早々、クエストフラグを立てるために村長の老NPCと会話をしたのだが、語られたドラゴンに纏わる伝記というのが、村長の幼少時代から始まり、全て聞き終わる頃には日が暮れていたほどの長さだったのだ。

 未だ達成者が現れないクエストとだけあって、アスナは勿論、コナンも攻略には積極的であり、長々と語られる伝記の内容から手掛かりを逃すまいと、メモまで取って聞いていたのだ。一方、リズベットとヨシモリは途中からうとうとと眠りかけていたのだった。

 

「ちょっと、ヨシモリ君!もうすぐ頂上に到着して、ドラゴンとの戦闘に入るかもしれないんだから、しっかりしてよね!」

 

「へいへい、分かりましたよ……」

 

 相変わらず先頭をキープして歩き続けるアスナからヨシモリに向けて、叱責が飛ぶ。先ほどまでは、NPCから聞いた話の中から金属の在処について推理に耽っていたのだが、もうすぐクリスタルが一面に広がる頂上に辿り着くとだけあって、すぐさま臨戦態勢へと切り替えた。

 

「それで、ドラゴンと出会った場合の作戦はどうするんだ?」

 

「前衛は私とコナン君でやるわ。ヨシモリ君は、後方から援護をお願い」

 

「了解」

 

「分かった」

 

「ちょっとアスナ、私はどうすればいいのよ?援護くらいはできるけど……」

 

 アスナがドラゴンと戦闘するに当たって立てた作戦だが、リズベットへの指示が無い。一体、どういうつもりなのかと問いかけるリズベットに、アスナは、

 

「リズはクリスタルの陰に隠れていて。ドラゴンは常時空中に滞空しているから、メイスを当てるのはかなり難しいわ。だから戦闘は、敏捷パラメータが十分にある私達三人でやる。リズは何があっても出てきては駄目よ。良いわね?」

 

 真剣な面持ちで指揮をするアスナに、リズベットは息を呑む。攻略組を支援する立場にある彼女だが、こうして現場に同行することは滅多にない。狩りをするためにフィールドに出ることはあっても、活動範囲は安全マージンを十分に満たしたエリアに限られている。だが、最前線で常に命がけの攻略をしているアスナ達にとっては、どんな戦いもリスクは変わらない。譬え攻略済みの階層のフィールドであっても、一切の油断・慢心をせずに戦闘に臨むのだ。同行者であるコナンとヨシモリもアスナと同様、先程までの気だるい表情から、緊張感を纏った表情へとシフトしていた。自分だけ現場の空気を読めていないことに、居心地の悪さと若干の恥ずかしさを覚えたリズベットは、アスナの指示に従うほかなかった。

 

「……分かったわよ。私は戦いになっても、手出しはしない」

 

「それで良いわ。それじゃあ、いよいよドラゴンが現れる頂上に出るけど、みんな準備は良いかしら?」

 

「俺たちは大丈夫だ」

 

「結晶はじめ、各種アイテムは揃ってるからな」

 

 戦闘に臨むに当たって、全員が万全の態勢であることを確認したアスナは、全員に頷きかけると、ついに頂上のクリスタルフィールドへ一歩を踏み出す。

 

「ここが……ドラゴンの現れるフィールドね」

 

 雪の降り積もった山道を抜けた先に待っていたのは、フィールド一面にびっしりとクリスタルが敷き詰められた広い場所。雪雲に覆われた空の下にあっても、仄かに光を反射する神秘的な光景には、現実世界には無い美しさがある。

 だが、そんな絶景に心奪われかけているパーティーメンバーをアスナは叱咤しながら、先へ進む。

 

「皆、気をつけて進むわよ。私が先頭を行くから、ヨシモリ君は索敵をお願い。コナン君は、リズの護衛ね。ドラゴンが現れたら、散開して攻撃するわよ」

 

 幻想的な水晶の中を、しかし細心の注意を払いながら進むこと十数分。遂に、予期していたこのフィールドの主とも言えるモンスターが姿を現す。

 

「リズ、そこの水晶の陰に隠れてて!」

 

「わ、分かった!」

 

「コナン君、ヨシモリ君、散開して!……来るわよ!」

 

 モンスター湧出の気配を察知し、即座に各員に的確な指示を送って戦闘準備に入るアスナ。水晶の間を縫うように敷かれた道の向こう、その中空の空間が揺らいだ。攻略組であるアスナ達三人が見慣れたそれは、巨大なオブジェクトが出現する予兆に他ならない。歪んだ空間の向こうから現れたのは、氷のように青白いうろこに包まれた、有翼の魔物。予想違わず、このフィールドの主にして、金属獲得クエストのキーとなるモンスター、フロストクリスタル・ドラゴンだった。

 

「ギャォォオオオ!!」

 

 周囲を満たす冷たい空気を引き裂いて響き渡る咆哮。それと同時に、ドラゴンは口を大きく開くと、息を吸い込むかのように長い首を反らせた。

 

「ブレス攻撃よ!冷凍効果があるから、必ず回避して!」

 

 ブレス攻撃の前兆であることを察したアスナは、コナンとヨシモリに指示を飛ばして回避を促す。二人が左右それぞれの方向に退避した一方、アスナはドラゴンめがけて真っすぐ駆け出した。

 

「ちょっとアスナ!」

 

 目の前で攻撃態勢に入るドラゴンに真っすぐ突っ込むという行為に、リズベットは驚愕する。手出し・口出し無用と言われていたが、思わず声をかけてしまった程だ。ドラゴンのブレス攻撃は、効果範囲が広い。このまま突撃すれば、確実に直撃を貰ってしまう。そして、リズベットが不安を抱く中、遂にドラゴンの白い激流が迸った。アスナを呑みこまんと迫る冷凍ブレス。だが、

 

「遅い!」

 

 ブレスが放たれる直前で、急加速したアスナは、一気にドラゴンの懐に入り込むことで、ブレスの効果範囲から脱していた。攻略組として、「閃光」の異名を持つ彼女を捉えることは、並みのモンスターはおろか、プレイヤーですら難しい。

ドラゴンの死角へ入ったアスナはそのまま、攻撃後の硬直に入っているドラゴンの首目掛けて跳躍、細剣系ソードスキル、「ペネトレイト」を喰らわせる。

 

「ギャガァァアッッ……!!」

 

 青い稲妻のライトエフェクトと共に繰り出された連続刺突技で首を攻撃され、悲鳴を上げながらよろめくドラゴン。アスナはソードスキルの技後硬直で数秒の間動けないが、この隙を見逃すことは決してない。

 

「コナン君!」

 

「スイッチ!」

 

 アスナが地上に着地すると同時に、スイッチしたコナンによってドラゴンに放たれる追撃。彗星の如く光の尾を引いて発動したソードスキルは、最上位細剣技の一つ、「フラッシング・ペネトレイター」。アスナと並び、血盟騎士団きっての細剣使いであるコナンは、細剣スキルを既にコンプリートしているのだ。横合いから繰り出された凄まじい突進技は、ドラゴンが構えていた両腕を貫通・切断した。

 

「よし、これで鉤爪は使えない!」

 

 地面に落ちてポリゴン片に帰すドラゴンの両腕を視界の端に捉え、コナンは作戦が成功したことにしてやったりと笑みを浮かべる。

 

「上出来よ!このまま一気に攻め落とすわ!二人とも、良いわね!?」

 

 その後の戦いは、血盟騎士団メンバー三人の無双そのものだった。高レベルフェンサー二人が高レベルソードスキルによる攻撃を、交互にスイッチして繰り出す一方、ヨシモリがデバフ効果のある槍系ソードスキルで牽制する。たった三人のプレイヤー相手に、体調十メートル弱はあろう巨躯を持つドラゴンは手も足も出ず、HP全損に至るまでは十分とかからなかった。

 

「リズ、もう出てきてもいいわよ」

 

 戦いを終え、ドラゴンがポリゴン片を撒き散らして爆散したのを見届けてから、アスナは改めて水晶の陰に隠れていたリズベットを呼び出した。

 

「攻略組って、ホント凄いわね……」

 

「攻略済みの階層だったから上手くいったんだ。最前線なら、こうはいかねえよ」

 

 三人の高レベルプレイヤーの戦いを間近で見て衝撃を受けたリズベットが、感嘆を漏らすが、ヨシモリはこんな事は何でもないように言い捨てた。アスナとコナンは、そんな二人のやり取りを傍目で見ながら、先程の戦闘終了によって現れた加算経験値等が記されたウインドウを確認していた。

 

「ドラゴンを倒したが、やっぱり金属はドロップしなかったみてーだな」

 

「他にもたくさんの人が挑んだって聞いたけど、レアドロップと判断して、根こそぎドラゴンを狩り続けていたパーティーでは、結局達成できた人はいなかったっていう話よ」

 

「となれば、やっぱり別の方法で探すしかないわけだな」

 

 コナンはそういうと、加算経験値が記されたウインドウを消し、今度は懐に入れていた手帳を取り出した。中には、このクエストを受注する上で聞いた、村長の話が書かれている。

 

「クエストについての情報を統合すると、ドラゴンはクリスタルを食べて、身体の中で金属を生成するって話だったよな」

 

「うん、あのNPCの村長は、確かにそう言っていたわ」

 

 コナンから発せられた、クエストの概要について確認を取る問い掛けに、アスナは首肯する。ヨシモリとリズベットも、話を聞いている間はうとうとしていたものの、金属の在処という点だけは覚えていたようで、顔を見合わせて頷いた。

 

「なら、クエストの報酬である金属は、ドラゴンを倒した時にドロップすると考えるのが普通だ。それが出ないとなれば、クリスタルはドラゴンの体外にあるってことだ」

 

「体外?……なら、金属はこの山のどこかに落ちているってことかしら」

 

 コナンの推測が正しいのならば、ドラゴンは腹の中で生成した金属を、テリトリーであるこの山頂、もしくは山道のどこかに落としているということだろう。

 

「けど、だったらこの山全体をくまなく歩き回って探さなきゃならないってワケ?」

 

「おいおい、冗談じゃねえぞ……そんなことしてたら、日が暮れても終わらねえ……」

 

 コナンとアスナが行き着いた結論から、自分達が途方も無い探索活動に駆り出されねばならないことを考え、心底嫌そうな顔をするリズベットとヨシモリ。凍えるような寒さの中、山中歩き回って金属を探し出すなど、不可能に近い、ましてや、辺り一面クリスタル山頂にあっては、金属とオブジェクトとの判別すらつかない。もはやクエスト達成は絶望的という思考が浮上し始める中、しかしコナンは不敵に笑んだ。

 

「諦めるのはまだ早いぜ。考えてみろよ……金属が体内で生成されるなら、その後どこに行き着くのか?」

 

 明らかに金属の在処について心当たりのある様子のコナン。一同は、コナンのアドバイスを受けて金属の行方を考えるも、その在処には行き着かない。そんな一同の様子に、コナンは得意気な顔で答えを口にする。

 

「生き物が食べたものは、いずれ排泄されるだろう?なら、金属は……」

 

「そうか!つまり、ドラゴンが食った金属は、うん……ぶふっ!?」

 

「“排泄物”として、出されているということね!!」

 

 コナンが言おうとしていることを悟ったヨシモリがそれを口にしようとうする前に、アスナがヨシモリの顔面を引っ掴んで阻止する。そのまま、プレイヤーへの直接攻撃として認められるかどうかの力でアイアンクローを食らわせ続ける。笑っている様で目が笑っていない。そんなアスナの恐怖すべき表情に顔を引き攣らせつつも、コナンは解説を続けた。

 

「ま、まあ……そういうことだ。そして、生物の排泄は、大概一定の場所か、或いは巣で行われる」

 

「ドラゴンが用を足せるような場所なら、その一帯だけクリスタルが薙ぎ払われている筈よ……けど、そんなものは見当たらないわね……」

 

 周囲の状況を確認してみるも、ドラゴンが排泄に利用していそうな場所は見当たらない。となれば、残る可能性は営巣場所なのだが。

 

「ドラゴンは、あの方向へ進む俺達を阻むように現れた。つまり、あの先にはドラゴンが守るべき対象がある筈だ」

 

「巣がある可能性が高い、ということね。早速、行ってみましょう」

 

 ヨシモリに食らわせていたアイアンクローを解き、歩みを再開するアスナ。ヨシモリはその場に崩れていたが、アスナは気にする素振りも見せない。コナンとリズベットは戦慄しつつも、後を追いかけていった。

 そして、ドラゴンとの戦闘場所から歩くこと十数分。四人は遂にダンジョンの末端に行き着いた。そこには、

 

「かなりデカい穴だな……ドラゴン一匹くらいは余裕で入る大きさだ」

 

 独り呟くコナンの視線の先には、直径十五メートル超の巨大な穴がぱっくり口を開いていた。覗きこむ四人の目には、穴の底が見えず、暗闇が広がるばかりである。

深さを確かめるべく、コナンが松明をオブジェクト化し、穴に放り込む。だが、松明の灯りは穴の暗闇に吸い込まれて行き、五秒と絶たずに掻き消えてしまった。

 

「かなり深いみてーだな…………飛び降りるか?」

 

「バーロ。んな事したら、HP全損だって免れねえぞ」

 

 ヨシモリの無謀な提案に、コナンは呆れた様子で返した。松明を落として底から灯りと届かないとなれば、深さは百メートル以上ある可能性が高い。

 

「ロープを使って下りるしかねえんだろうが……俺の手持ちは、十メートルのロープ二本だ。安全に底まで行き着くには、五倍は欲しいところだ」

 

「どうする、アスナ?街に戻って出直す?」

 

 ダンジョンの末端にある以上、この大穴がドラゴンの巣である可能性は高い。となれば、金属を回収するためには穴の底へ下りる必要がある。だが、命綱たるロープの長さが不足しているとあっては、街でロープを調達に戻る他無いのだが……

 

「待て。あそこに何か垂れ下がってないか?」

 

 パーティーのリーダーであるアスナに撤退か否かの指示を仰いでいたところで、ヨシモリが穴の端に何かを見つけた。他の三人もまた、ヨシモリが指差した方向へと視線を移す。そこには、確かにヨシモリの言った通り、何か細長いものが穴の底へと垂れ下がり、風に揺らめいていた。

 

「フィールドのオブジェクトかしら?」

 

「……穴の底へ到達するための何かがあるかもしれないな。とにかく、行ってみよう」

 

 コナンの提案に従い、穴に垂れ下がる物が何かを確認するべく、接近を試みることとした一同。穴の外周に沿って落ちないよう気を付けながら移動すること数分。遂に目標のある場所へと辿り着いた。

 穴の下へと垂れ下がっていたのは、紛れもなくロープだった。辺りにある水晶の中では最も太く頑丈そうなそれに固定されて垂れ下がったそれは、フィールドに固定されているオブジェクトではなく、主街区で販売されているごくありふれたアイテムである。

 

「市販のロープ……グランザムで売られているものと同じだな。耐久値からして、ここに吊るされてから一日と経過していないな。恐らく、俺達よりも先にこの穴に目を付けたプレイヤーがいたんだろう」

 

「先を越されたってワケか……」

 

「でも、足跡なんてどこにも無かったわよ?」

 

「雪原フィールドの足跡は、一時間もすれば消滅しちまうからな。多分、俺達がクエストフラグを立てている間に来たんだろうな」

 

 レア金属獲得クエストは、今も挑戦し続けているプレイヤーは山ほどいるが、よもやこの穴にまで辿り着くプレイヤーが自分達よりも先に現れるとは予想外だった。皆が少なからず衝撃を受ける中、コナンだけは冷静だった。

 

「悲観することはねえよ。仮にここで金属を手に入れた奴がいたとしても、クエスト達成のための情報はまだ他のプレイヤーには行き渡ってはいない筈だ。まだ取り合いにはならないさ」

 

 得意気な表情で語るコナン。どうやら、この穴の下に金属があることについては、信じて疑わないらしい。ロープの耐久値がもつことを確認し、コナンは分かり切っている問いをリーダーへと投げかける。

 

「それで、どうする副団長?このまま行くか、それとも引き返すか」

 

「無論、このまま穴の下へ降ります」

 

 案の定、アスナはここで穴の底へ行き、金属を手に入れるつもりらしい。ギルメンとしても、友達としても付き合いの長いコナンとヨシモリ、リズベットは苦笑するしかない。

 アスナは佇まいを直し、血盟騎士団副団長として指示を下していく。

 

「下へは、私とリズが行きます。金属の獲得には、マスタースミスが必要な以上、どうしても同行してもらいたいの。大丈夫?」

 

「平気、平気。ここまで来たら、最後まで付き合うわよ」

 

「ありがとう、リズ。コナン君とヨシモリ君は、ここに残ってロープを見張っていてもらいます。万が一、行き帰りどちらかでロープが切れた時には、改めてロープを調達して救援に来てください」

 

「ああ、分かった」

 

「気を付けてな」

 

 コナンとヨシモリはアスナの指示に頷き、待機を了承する。そして、アスナとリズベットは当初の目的通り、金属を獲得するべく穴の底深くにあると推測されるドラゴンの巣へと突入する。

 

「ドラゴンの巣に入っても、絶対に私から離れないようにしてね」

 

「分かってるわよ。あんたも、金属なんかよりも命の方が大事なんだから、絶対に無茶しないでよね」

 

 イタチの武器を作るために挑戦している金属調達クエストである筈だが、今のアスナはフロアボス攻略時並みに真剣である。リズベットとしては、空回りして危険な目に遭わないかと心配だったのだ。

 意を決したアスナとリズベットは、二人揃ってロープに手を掛け、穴の底へと降下していく。穴の底は想像以上に深く、何かの弾みでロープを手放せば、即座に奈落の底へ真っ逆さまに落ちて行くことは想像に難くない。二人はロープを握る手に一層力を入れ、慎重に底を目指した。

 そして、ロープを手に降下すること実に三十分。命綱一本を頼りにした決死行は、遂に終わりを迎えた。

 

「ようやく到着したわね……」

 

「ロープが足りてて、本当に良かったわ」

 

 ロープを手放し、地に足を付く二人。幸いにも、地上から吊るされたロープは、底に至るまでに十分な長さをもって繋がれていた。穴の底は、地上から見て暗闇そのものだったが、システム上の設定によるものなのか、夜間のフィールド並みの明るさは保たれていた。上空を見上げれば、入った穴から光が覗いている。足元に積もった雪は柔らかいものの、程良く固まっているおかげで、歩くのには不自由しない。

 

「ドラゴンの巣……にしては、あんまり汚くはないわね」

 

「ゲーム上の設定だし、ドラゴン自体架空の生物だからね……巣を再現することはできなかったんでしょう」

 

 そんな会話をしながらも、アスナとリズベットは周囲を見回し、金属の探索を開始する。地上の十五メートル超の穴そのままの広さを持つスペースには、金属らしきものは落ちていない。

 

「無いわね~……やっぱり、当てが外れたのかしら?」

 

「もしかしたら、雪に埋もれているのかもしれないわ。探してみましょう」

 

 この大穴は、深さからして簡単に往復出来るものではない。金属が落ちている可能性がある以上、徹底的に探索を行っておく必要がある。二人はロープのある場所から離れ、しかし互いに一定以上離れずに探索を開始した。

 そして、雪の上を歩いていたしばらくしたところ、唐突に……

 

「ん……ここの地面だけ、ちょっと固くない?」

 

「え……本当に?」

 

 ふと、踏みしめた雪に違和感を覚えて立ち止まるアスナ。まさかと思い、リズベットと二人、地面に膝を付いて雪を掘り返す。すると、程なくして雪とは違う、硬質な物を指先が捉えた。

 

「これは……もしかして!」

 

 雪の中から現れたのは、白銀に輝く直方体状の物体。鍛冶師であるリズベットには見慣れた、金属素材(インゴット)である。リズベットが表面を指先で叩くと、ポップアップウインドウが表示される。アイテム名は、『クリスタライト・インゴット』。

 

「やったね、リズ!これでクエスト達成だよ!」

 

「あ~……でも、なんか素直に喜べないわね。コナンの話じゃ、これって、つまりは…………」

 

 目的のレア金属を手に入れたにも関わらず、素直に喜べないリズベット。インゴットの出所、詰まるところその正体について考え、口にしようとしたところで……

 

「リズ、その先は禁句だよ~」

 

「は、はひぃいっ!」

 

 リズベットの喉元に突き付けられる、アスナの細剣――ランベントライトの切っ先。まさか、己が鍛えた剣がこんな形で突きつけられるとは思わなかった。声を上ずらせながらも、リズベットは何度も頷いた。

 

「さて、目的も達成したところで、上に戻ろうか」

 

「あの高さって、下るのもかなり苦労したけど、上るのも凄まじく体力使うのよね~……」

 

 クエストを達成し、真の目的であるイタチへ贈る武器が作れると想像し、テンションが高まるアスナ。対称的に、リズベットの方は、金属の出所を考えるに素直に喜べない心境だったが……

 

 

 

「それじゃ、片手用直剣で良いのね?」

 

「うん、お願い」

 

 グランザムの西の山で目的の金属を手に入れたアスナ一行は、主街区で解散。その後、アスナはリズベットと共に武具店へと戻ったのだった。山を下りた時点で既に日は暮れ、今は夜中である。雪山へ登って疲労しているリズベットとしては、ハンマーを握ることすら億劫だったが、アスナの注文で今日中に作るよう頼まれたのだった。

 

「全く……フィールドに出向いて金属取って、帰った直後に作成って……」

 

「ごめんね!料金は、攻略組として稼いだお金でしっかり払うから!」

 

「やれやれ……しょうがないわねぇ……」

 

 強力な片手剣を作れることが、もっと言えば、それをイタチにプレゼントできることがそんなに嬉しいのか、下山して以降ハイテンションのアスナに、リズベットは乾いた笑いを送る。同時に、アスナからこんなに想ってもらえるあのイタチという少年は、とんでもない幸せ者だと思う。

こんなに温かい想いを胸に今日一日の冒険を成し遂げたアスナのためにも、失敗は許されない。鍛冶師として、そしてアスナの親友として、リズベットは全身全霊をもって鍛冶に打ち込むのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。