ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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アンケートの集計結果を活動報告に載せておきました。
アスナとシノンが大接戦です。しかし、カップリング成立はまだまだ先の見込みです。
あと、皆さんに聞きたいのですが、パロキャラの紹介を望む声があったのですが、必要だと思いますか?要望が多い場合には、活動報告で適宜紹介していくつもりです。お返事待ってます。


第三十八話 ぶつける想い

2024年6月25日

 

「リズ、ありがとうねー!」

 

「はぁい、はい。行ってらっしゃ~い」

 

 四十八層にある、攻略組御用達の鍛冶屋、リズベット武具店から元気よく飛び出す少女――アスナ。それを欠伸混じりに見送るのは、店主のリズベットだった。昨晩、武器の作成を終えたリズベットは、完成まで傍らに付き添っていたアスナに泊まっていくよう提案し、今朝に至る。そして、朝一番にアスナはリズベットから製作してもらった剣を受け取り、店を出て行ったのだった。

 

(上手くやんなさいよ~)

 

 内心で親友たるアスナにエールを送るリズベット。そして、昨晩作り出した真に最高傑作と呼べる剣のことを思い出す。

 

(『ダークリパルサー』か……あの男には勿体ない業物だけど、アスナのためなら、仕方ないか~)

 

 文字通り、闇を払う剣として、神聖な純白の光を放つ刀身は、今まで作ったどの剣よりも輝いていた。本来ならば、もっと慎重に使い手を選びたかったが、親友たるアスナの頼みとあらば止むを得まいと考える。

 あれだけの業物を作り出せたことが、自分でも奇跡に思えてしまう。もしかしたら、アスナの想いというシステムを超えた何かが働いたのかもしれない、と考えてしまう程だ。

 

(あ~あ、私にも素敵なフラグ、立たないかな~)

 

 あんなに温かな想いを向けられるイタチを、そしてそんな想いを抱けるほどの相手を見つけられたアスナを羨みながら、リズベットは店の中へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 アスナがリズベット渾身の出来の剣を持って店を出てから数時間後。店主たるリズベットは、徹夜による睡眠不足を解消するための二度寝からようやく目覚めていた。

 

「ふぁぁ……随分寝ちゃったわね」

 

 先々日に続き、店を休んでの居眠り。攻略組御用達の身でありながら、我ながら身勝手と思う。最前線で命を張って戦いに身を投じる攻略組プレイヤーのためにも、これ以上店を閉めるわけにはいかない。疲労で重たい身体をどうにか起こし、鏡を見て髪型を整えたのち、店のカウンターへと出ることにした。

 

「ん…………アスナ?」

 

 ふと店内を見渡すと、入り口付近にある窓の外に人影が見えた。入口に置かれている椅子に座った後ろ姿は、流れるような栗色の長髪。リズベットのよく知る攻略組所属の親友、アスナである。

 今朝早くに、店から見送った筈の彼女が、何故こんなところにいるのか。剣をイタチにプレゼントしたのならば、そのまま彼とパーティーを組んで迷宮区攻略に向かうとばかり思っていたのだが。リズベットは不思議に思いつつも、カウンターから店先へと向かった。閉店看板を出しているために、アスナは現在、店内には入れないのだ。とりあえず、店に彼女を入れて事情を聞くことにする。

 

「アスナ、どうしてここに…………って、どうしたのよ!?」

 

 店の扉を開いてアスナの方を向いたリズベットは、驚きの声を上げる。そこにいたのは、今朝自分が手渡した剣を抱きしめた状態で椅子に腰かけた、アスナの姿。その表情は暗く、大きなはしばみ色の瞳からはぽろぽろと絶え間なく涙が流れている。

 常ならば、凶悪なモンスターを前にしても全く怯まない筈のアスナが、何故こんなに涙を流しているのか。そして、今朝渡した筈の剣を何故未だてに持ったままなのか。リズベットは理解できず戸惑うばかりだった。やがて、店から出てきたリズベットに気付いたアスナが、涙を流したままの顔を上げ、リズベットの方へと向き直った。

 

「リズ……ごめんね」

 

「……一体、何があったの?」

 

「折角作ってもらったのに…………この剣、要らなくなっちゃった……」

 

 嗚咽を堪えながら、ぽつりぽつりと事情を語るアスナ。リズベットはアスナの背中を擦りながら真剣な表情で聞き入っていた。やがて、一通りの事情を理解したリズベットは、アスナを店の中へ入れると、主武器たる戦槌を手に、

 

「アスナ、私ちょっと行ってくるからね」

 

「……え?」

 

 今度は、アスナが混乱する番だった。戦闘準備をして、何をしに行くと言うのか。アスナがそれを尋ねるより先に、リズベットは店を出て行ってしまった。その表情はいつにも増して真剣で、とてつもない怒りが秘められているようだった。

 

 

 

 

 

 アインクラッド第六十三層主街区、バルティゴ。攻略組プレイヤーがこの階層の迷宮区に辿り着いたのは、四日ほど前のことである。攻略の進行度は、二十層ある内の三層へ到達した状態である。そして今日も、攻略組プレイヤー達は迷宮区の、そしてアインクラッドの頂きを目指して攻略に乗り出している。

 

「よう、イタチ!今日も早いじゃねえか!」

 

 主街区転移門広場を歩く黒衣に赤眼、額当てを付けたプレイヤー、イタチに声を掛けたのは、同じく攻略組プレイヤーにして、ギルド「風林火山」のリーダー、クラインだった。イタチは聞き知った声に足を止め、振り返る。

 

「これから攻略なら、俺達と一緒にパーティー組んで行かねえか?お前がいれば、百人力だぜ」

 

「悪いが、俺はソロ基本で攻略を進めるつもりだ。それに、連携もまともに取れそうにない俺がいても、足手纏いになるだけだ」

 

 デスゲームが始まった、SAOサービス開始初日以来の知人であるクラインは、イタチとフレンド登録をしている数少ない仲間と呼べるプレイヤーなのだ。こうして、攻略中に出くわす度にパーティーに誘っているのだが、イタチは頑なにソロプレイを貫いていた。そんな相変わらずの、最早定番と言っても良いイタチの態度に、クラインは溜息を漏らす。

 

「ったく、相変わらずつれねーなぁ……ん?おい、イタチ。その背中に吊ってる剣って新調したものか?」

 

 イタチの装備の変化を目敏く察知し、問いを投げかけるクライン。対するイタチは、別段隠す意思は無く、何食わぬ顔で答えた。

 

「ああ。昨日、マンタに新しく作ってもらった剣だ。固有名は「ダークリパルサー」。五十五層の金属獲得クエストで手に入れた素材で作ってもらったものだ。試し斬りをするために、今回の攻略にはこれを使う予定だ」

 

「ははぁ……情報屋のリストで聞かねえ名前だと思ったが、成程な。で、どうやったら手に入るんだ?」

 

「既に情報屋には入手方法を流しておいた。他のプレイヤーで混雑しない内に、取りに行くんだな」

 

「ったく、俺にはもっと早く知らせてくれてもいいのによぉ……ま、そうさせてもらうぜ」

 

 迷宮区に乗り出す攻略開始間際の他愛ない会話。と、そこへさらに、新たなプレイヤーが加わる。

 

「おう、イタチ。来てたんだな」

 

 転移門をくぐって現れたのは、血盟騎士団の白いユニフォームに身を包んだ二人のプレイヤー。中学生から高校生程の少年二人――細剣使いのコナンと、槍使いのヨシモリである。

 

「お前達か」

 

「随分と御挨拶じゃねえか、イタチ」

 

 先程のクラインに対するそれと変わらない、愛想の無い態度に、ヨシモリは若干ながら目を釣り上げる。コナンも仕方ないとばかりに呆れている。

 

「随分と眠そうじゃねえか。遅くまで攻略でもしてたのか?」

 

「ああ……副団長にちょっと付き合わされてな……」

 

 二人揃って欠伸しながら話すコナンとヨシモリ。昨日、血盟騎士団はオフだったと聞いていたが、まさか攻略にでも臨んでいたのだろうか。クラインの問いかけに、しかしヨシモリの口から語られた理由は、副団長――アスナの用事に同行したためとのこと。

 

「ま、そのお陰でクソ眠てーが……どうやら、その苦労も報われているようで良かったぜ」

 

「副団長も朝からプレゼントとは、恐れ入るな……」

 

 イタチの背中に吊られた片手剣――ダークリパルサーに視線を向け、乾いた笑いを浮かべるコナンとヨシモリ。先日まで使っていなかった剣を装備しているということは、昨日自分達が五十五層の雪山で手に入れた金属から作り出したものと考えたのだろう。

 だが、そのやり取りを聞いていたクラインは不思議そうな表情を浮かべる。イタチが新調した剣はマンタに鍛えてもらったと言っていたが、コナンとヨシモリの話からすると、アスナにプレゼントしてもらったように思われる。血盟騎士団所属のアスナからのプレゼントならば、剣を鍛えたのは御用鍛冶師のリズベットの筈。この齟齬は何なのかと疑問に思ったクラインが、再度口を開く。

 

「おい、イタチ。その新しい剣って、マンタに作ってもらったものなんだよな?」

 

「……は?」

 

 クラインから告げられた言葉に、間抜けな声を発して思考を硬直させてしまったコナンとヨシモリ。昨日、自分達は確かに五十五層の雪山の金属獲得クエストを達成してレア素材を手に入れた筈である。そして解散後、昨日の内に剣を作って、アスナはイタチに新たな剣をプレゼントした筈なのだ。それが今、イタチが装備している新調の剣の正体が、ソロプレイヤー御用達の“マンタ”に作ってもらったものだと言っている。ならば、アスナとリズベットが作った剣はどこに……

 そこまで考えたところで、コナンとヨシモリの思考は、新たな闖入者によって中断されてしまった。

 

「待ちなさい!イタチ!!」

 

 突如転移門に広場に響き渡る、女性の鋭い叫び。イタチ等四人が振り返るとそこには、イタチやコナンと変わらない取り頃の少女。エプロンドレスの上に甲冑を装備した、ベビーピンクの髪とダークブルーの瞳をした、人形のような可愛らしい容姿をもった、戦槌使いの少女――リズベットである。だがその表情は、凄まじい怒りに染められていた。

 突然登場した攻略組御用達の鍛冶師の少女に、その場にいた全員が驚愕した。さらには、常には無い憤怒の形相に、数々の修羅場を潜ってきた筈の攻略組プレイヤーは凍りついたように動けなくなってしまった。そんな中、一番に口を開いたのは、制止をかけられたイタチ当人だった。

 

「……俺に何か、ご用でしょうか?」

 

 リズベットの凄まじい剣幕に対し、しかしイタチ本人は全く怯む様子も見せず、自分を呼び止めた理由を問い質す。そんな傍から見れば余裕があるとも取れるイタチの態度は、リズベットの怒りをさらに煽った。

 

「アスナがあなたに渡そうとした剣のことよ。心当たりが無いとは言わせないわよ……どうして、受け取ってあげなかったのよ!?」

 

 怒鳴り掛けるその内容に、事情を知らないクラインとその周りに立ち尽くしていた風林火山メンバーは、訳も分からず首を傾げるばかりだが、昨日アスナに同行していたコナンとヨシモリは驚いた様子だった。

 

「必要無かった。ただそれだけです」

 

「あの剣……ダークリパルサーは、情報屋のリストにもまだ載っていなかったものよ。剣のパラメータも、攻略組が使う者の中でも強力なものだった筈よ。何が不満だって言うのよ!?」

 

 わざわざ店を飛び出してイタチのもとへやって来たのは、アスナのプレゼントを拒絶したことは勿論、剣を否定されたことによってリズベットの鍛冶屋としてのプライドに傷を付けられたことも理由にあった。全身全霊で鍛えたあの剣の出来は、リズベットが今まで作った剣の中でも間違いなく最高傑作だった。受け取りを拒否した理由を何としても聞きださなければ、気が済まなかった。

 リズベットの怒声による問いかけに、しかしイタチはやはり無表情を貫き、やがて背中に吊った剣を引き抜いた。その刀身を見た瞬間、今度はリズベットの顔に驚愕が浮かんだ。イタチが手にしている純白に煌めく片手剣――それはまさしく、自分が昨日鍛えたものと同じ、ダークリパルサーだったのだから。

 

「この通り、俺は既に必要な剣を手に入れました。アスナさんやあなたから、剣を受け取る必要はありません」

 

 先程の凄まじい怒りの表情を驚愕に変えたままのリズベットにそれだけ告げると、イタチは踵を返して迷宮区へ向かおうとする。だが、それを止める二人の少年がいた。

 

「おい、イタチ……」

 

「ちょっと待てって……」

 

 昨日、アスナの金属獲得クエストに同行していたコナンとヨシモリは、このままイタチを行かせるわけにはいかないと思った。おそらく、アスナ達よりも先に五十五層の雪山の金属を獲得したのは、イタチだったのだろう。そして、手に入れた金属を素材に、彼の専属鍛冶師と目されているマンタがダークリパルサーを鍛えたのだ。

イタチがアスナからの剣の受け取りを拒否した経緯は理解したが、はいそうですかと簡単に納得して良いものでもない。目の前の怒り心頭のリズベットは勿論のこと、プレゼントを拒絶されたアスナの心情も考えれば、放置して良いものではない。どうにか話し合いをさせなければと気を回す二人だったが……

 

「……それが、私の剣を……アスナの贈り物を、受け取らなかった理由だって言うの?」

 

 顔を俯け、身体を震わせながら、再度問いを投げるリズベット。その声は静かながら、先程以上に凄まじい怒りを秘めていた。絶対零度のオーラを放つリズベットに対し、その場にいたクラインやコナン、ヨシモリはじめ多くの攻略組プレイヤーが危険を感じた。これはもう、イタチに弁明させるほか無いと考え、捕まえているイタチを説得しようとその場にいた一同は考えていたが……

 

「そもそも、俺にはアスナさんから剣を受け取る謂れもなければ、義務もありません。その剣は、アスナさんのギルドのために使えば宜しいではありませんか?」

 

 相変わらずの内心が読めない冷たい表情のままで放たれた言葉に、場が凍りつく。火に油を注ぐ言葉に、遂にリズベットは、胸に抱いていた怒りを爆発させた。

 手に持っていた戦槌を振り上げ、その先端をイタチに向ける。その行為に、再度その場にいた面子は驚愕した。武器をプレイヤーに向けるその行為はつまり、

 

「……イタチ、私とデュエルしなさい!!」

 

 敵対心の発露、決闘の宣言に他ならないのだから――――

 

 

 

 

 

 リズベット武具店に残されたアスナは、店内の椅子の上で膝を抱いて一人蹲っていた。すぐそばのテーブルの上には、昨日リズベットに鍛えてもらった名剣が置かれている。昨日まで攻略方法不明だった金属獲得クエストで手に入れたレア素材で作られたそれは、しかし今はもう自分にとって全く必要の無い、無用の長物と化してしまった。

アスナがこの剣を望んだ理由は、ある一人の少年の力になりたかったからに他ならない。だが、今朝一番に彼に会いに行ってプレゼントしようとして、返って来たのは、不要の一言を以て示された拒絶の意思。理由を聞くよりも早く、少年は背中に吊っていた片手剣を引き抜き、アスナに見せた。それは、自分が少年のために持ってきた物と同じ、純白の剣――ダークリパルサーだったのだ。そして、彼は彼女に言った。

 

『同じ剣は二本も必要ありません。そもそも、俺は貴女からそんな高価なものを受け取る立場ではありません。』

 

 その一言と共に、彼――イタチはアスナに目もくれず、迷宮区へと歩き出して行った。アスナはその背中を引きとめることも出来ず、その場に立ち尽くすばかりだった。そして気付けば、リズベット武具店へと戻っていた。イタチに拒絶されたことに衝撃を受けたことによって重くなった足取りで、どのようなルートを通って戻って来たかは覚えていない。ただ、無用となった剣を返さなければならないと思ったのだった。

 

「リズ……本当にごめんね」

 

 折角作ってもらった名剣だが、使い手がいないとあらば、制作者に返すしかない。リズベットはどこかへ行ってしまったが、剣を返した以上、ここに留まる理由は無い。もとより、アスナは攻略組の中でもリーダーを務める身だ。いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。正直今日は、身体を動かすことすら億劫だが、自分が前線へ赴かなければ攻略組の士気が下がることは免れない。リズベットは未だ戻らないが、書き置きだけしてここを出ようと、そう考えた時だった。

 

「あれ……シェリーさんからのメール?」

 

 アスナの視界に、メール受信のウインドウが現れた。誰からのメールかと確認してみると、そこにあった名前は、自分と同じ、血盟騎士団に所属する女性プレイヤー――シェリーのものだった。一体何の用かとウインドウを開いてみると、そこにあった第一文には、

 

『あなたの親友の鍛冶師が、あなたの想い人の剣士の彼と、決闘しているわよ。』

 

 信じられない内容が綴られていた。アスナは驚愕に目を見開くと、カウンターに置こうと持ち上げていた剣をそのまま抱えた状態で店を飛び出した。目指すは現在のアインクラッド最前線、六十三層の主街区、バルティゴである。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

「もうこれで、いい加減気は済んだでしょう。これで終わりにしませんか?」

 

 六十三層主街区、バルティゴの転移門広場に集まった人だかり。その中央の開けた空間で立ち合っている二人のプレイヤーがいた。片や最前線で激闘を繰り広げるビーターこと黒の忍と呼ばれたプレイヤー、イタチ。片や攻略組最強ギルド、血盟騎士団御用達の鍛冶師にしてマスターメイサーのリズベット。

 攻略最前線と後方支援、それぞれ正反対の方面において知名度の高い二人が、それぞれ武器を手に持ちデュエルをしているのだ。デュエルの形式は、初撃決着モード。初めの一撃をヒットさせるか、先に相手のHPを半減させた方が勝利する形式であり、かつてイタチとアスナがデュエルした際にも取っていたものと同じ形式である。イタチの手にはマンタ作の片手剣――ダークリパルサー、リズベットの手には、自作の戦槌――メテオライトが握られている。そして、デュエルの趨勢は、終始イタチの有利に傾いていた。

 

「余計なお世話よ……まだよ……まだ私は戦えるわ!!」

 

「……まだやるつもりですか。これで八戦目ですよ。最初のデュエル以降、あなたの攻撃は一撃も俺には当っていない。あなたでは、俺に勝つ事はできませんよ」

 

 イタチと相対しているリズベットは荒い息使いで、メイスを杖代わりにして辛うじて立っている状態だ。強がってはいるものの、精神的にはもはや限界であることは疑いようも無い。そんな彼女に対し、イタチは飽く迄冷たく突き放すように語りかけ、これ以上のデュエルは無駄だと忠告する。だが、リズベットはそんな余裕のあるイタチの態度にさらに怒りを触発されたのか、デュエルを全く止める気配は無く、再度ウインドウを操作してイタチにデュエル申請を出した。

 

「おい、イタチ。もうそのへんにしといたらどうなんだよ?」

 

「そうだぜ。もとはと言えば、お前がアスナの剣を断ったのが原因だろ。さっさと謝って、剣を改めて受け取れば良いじゃねえか」

 

 リズベットのデュエル申請をため息交じりに了承しようとするイタチに、コナンとヨシモリが制止をかける。リズベットから一方的に仕掛けてきたこのデュエル。吹っ掛けられたイタチは、一度自分が負ければ溜飲が下がるのではと、初戦で手を抜いて負けたのだ。だが、負けてなお剣の受け取りを断ったため、リズベットは再戦を申し込んできたのだ。そして、以降は実力を示して剣は不要と認めさせるべく、幾分か本気でデュエルに臨んでいたのだった。

怒りの根源は、イタチにあると二人は知っているコナンとヨシモリは、これ以上彼女の怒りを肥大化させないためにも、謝罪するべきであると促す。だが、イタチは、

 

「何度も言うが、俺はアスナさんから剣を受け取る理由は無い。新たな剣もこうして手に入れた以上、血盟騎士団に借りを作る必要は皆無だ」

 

「あのなぁ……アスナは本当にそんなつもりは無いんだよ!何でお前は、素直に好意を受け取れねえんだよ!?」

 

「本人にそのつもりは無くとも、他の血盟騎士団メンバーはそうはいくまい。本来ならば、ビーターである俺と血盟騎士団副団長が接触すること自体が問題だ。これ以上彼女との慣れ合いを続ければ、碌な事にはならん」

 

 イタチの言い分は、半分は正しい。確かに、デスゲーム開始から一年半以上が経過した現在でも、リソースや情報の独占に走ったベータテスター上がりのチーター――通称ビーターを毛嫌いするプレイヤーは、残念ながら未だ存在する。それは、大手攻略ギルドの血盟騎士団も例外ではなく、敵意を剥き出しにして排斥を図るプレイヤーも少なくはない。その数は、ゲーム攻略の進行と共に減少傾向にあったが、ここ最近はアスナとイタチが懇意にしているという噂が立っているお陰で、若干増加しているのだ。コナンやヨシモリ、シェリーといった、血盟騎士団を含めた攻略組全体の団結を目指しているプレイヤーは、そのような手合いの対処に日々追われているのだった。

 

「全く……あれほど彼女の扱いには気を付けろと言っておいたのに、何をやっているんだか……」

 

 溜息を吐きながらジト目でイタチを睨みつけるのは、アスナやコナンと同じく血盟騎士団所属のプレイヤー、シェリーである。調薬スキルをコンプリートした生産職プレイヤーのシェリーは、攻略に乗り出すプレイヤー達に、自作のポーションを売るために最前線を訪れていたところで、このトラブルに出くわしたのだった。

 イタチとアスナの関係の危うさはシェリーも承知していたが、まさか親友であるリズベットにまで問題が波及するとは思わなかった。彼女の作った片手剣がトラブルの根源となっている以上、彼女が巻き込まれることは避け得ない事態だったのだろうが、イタチとのデュエルにまで及ぶとはさすがに思わなかった。

 

「イタチ君、もうこんな無益なデュエルは止めなさい。トラブルの原因はあなたにもあるわ。素直に謝って、剣を受け取ればそれで済む話よ」

 

「……残念だが、向こうにそのつもりは無いらしい」

 

 剣の受け取りを断ったイタチだが、謝罪を以て事態を収束させるよう勧めるシェリーの考えには賛成である。この場を治められるならば、土下座しても構わないとまでイタチは考えている。血盟騎士団に借りを作りたくなかったのと、アスナとの関係にあらぬ噂が立つことを忌避して、リズベットが作った剣の受け取りを拒否していたが、まさかリズベットが出張るとは思わなかった。意固地になるリズベットを前に、イタチは無表情のまま、内心では対応に困っていた。

 一方のリズベットは、イタチとの度重なるデュエルで疲弊しながらも、決して膝を付くことはなく、飽く迄デュエルを行う姿勢を示していた。

 

(……強そうには見えなかったけど……アスナの言った通り、やっぱり攻略組なんだ…………)

 

 イタチが攻略組の中でも相当な実力者であるという情報は、アスナから聞かされていたものの、好意を寄せているが故の過大評価としか捉えていなかった。しかし、こうしてデュエルに臨んだ今ではそんな考えは既に吹き飛んでいる。七回のデュエルを経ても、自分のソードスキルは掠りもせず、動きを見極めることすらできない。攻略組御用達と言う職業柄、数多の強豪プレイヤーを見てきたが、イタチの強さは他のプレイヤーとは一線を画す、鍛冶職人のリズベットでは敵うべくもない、完全に別次元のものだった。

 

(でも……!)

 

 譬え勝機が無くとも、諦めるつもりは無かった。怒りにまかせた勢いのまま、彼我の実力差も弁えずにデュエルという無謀な行為に及んでしまったが、本来の目的はイタチをデュエルで打ち倒すことではない。そもそも、リズベットがイタチの元へやって来たのは、親友であるアスナの好意を無碍にしたことに憤りを覚えたからである。

アスナはイタチを喜ばせたい一心で、職権乱用に近い行為でパーティーを組み、五十五層の西の山に登って金属を調達してまで剣を用意したのだ。頼まれたことでないにせよ、イタチのためにそこまですることができたのは、直向きな想いがあったからに他ならない。そんなアスナの純真な想いを、目の前の男は「必要無い」の一言で切り捨てたのだ。許せる筈が無い。もとよりリズベット自身も根が強情なので、妥協する気には到底なれなかった。

 

「リズベットさん。もう無益な戦いは終わりにしませんか?謝罪をお求めでしたら、あなたは勿論、アスナさんにも謝罪をさせていただきます」

 

「余計なお世話よ!さっさとデュエル申請を受諾しなさいよ!」

 

駄目もとでイタチが和解を求めるも、イタチの予想通り、リズベットにはそんなつもりは微塵も無いらしい。アスナに謝罪させるためにデュエルをしているが、いつの間に目的と手段が入れ替わってしまっている。リズベット自身も、退くに退けない状況なのだろうと、イタチは考える。次のデュエルでは、偶然を装って負けてしまえば少しは溜飲が下がるだろうと考え、デュエル申請を受諾する。

カウントが始まり、再度両名は武器を構え直す。イタチは最初のデュエルから変わらない動きで剣を構え、リズベットは既に満身創痍の状態で戦槌を振り上げる。周囲のギャラリー、特に事情を知っているコナンやシェリー、ヨシモリは、「結局まだやるのかよ」と額に手を当てて、痛みなき頭痛を覚えていた。やがて、カウントがゼロになると同時に、イタチとリズベットは互いにソードスキルのライトエフェクトの尾を引きながら距離を詰める。そして、互いの武器が交錯しようとした、その時――――

 

「やめて!!リズ!イタチ君!」

 

「「!」」

 

突如として響き渡った悲鳴とも取れる叫び声が、二人の動きを止めた。互いに武器を振り抜こうとした姿勢のまま、イタチとリズベットは声が聞こえた方へ振り向く。そこにいたのは、二人とも見知った人物。栗色の長髪を靡かせた細剣を装備した女性プレイヤー――アスナである。急いでこの場へ駆けつけたのだろう、肩で息をしながらも、二人のもとへ歩み寄る。

 

「ア、アスナ……?」

 

「リズ、何やってるのよ!?イタチ君も……どうしてこんなことになってるのよ!?」

 

「…………」

 

 怒鳴られた両名は、振り上げていた武器を下ろし、アスナに向き直る。リズベットはアスナの突然の登場に戸惑いの表情を浮かべていたが、イタチは相変わらずの無表情。だが、内心では若干冷や汗を流していたりする。

 

「わ、私は、剣の受け取りを断ったコイツに文句を言ってやろうと……」

 

「なら、どうしてデュエルなんてしてるのよ!?……こんな事……こんな事、頼んでないわよ!!」

 

 デュエルに割って入った当初は怒り心頭のアスナだったが、今度は顔に手を当てて泣き出してしまった。リズベットはアスナを泣かせてしまったと慌てた様子で宥めようとする。

 

「ちょっとイタチ!あんたも突っ立ってないで、どうにかしなさいよ!!」

 

「…………」

 

 泣きじゃくる親友に、リズベットは大いに戸惑い、アスナを宥めながらも、敵対していた筈のイタチに助けを乞う始末。イタチ自身も、正直に言えば、こっちの方が助けて欲しいと思っていた。リズベットがアスナの背中を擦って宥め、イタチが沈黙を貫く中、やがて若干ながら落ち着きを取り戻したアスナが口を開いた。

 

「イタチ君、ごめんね……必要ないって言ってたのに、無理やり押し付けるようなことしちゃって……」

 

「ちょっとアスナ。あんたが謝ることなんて……」

 

「リズは黙ってて!……私なりにイタチ君の力にはなろうとしたんだけど……結局、こうやって迷惑かけちゃって……本当にごめんなさい」

 

 真摯に頭を下げ、親友の非礼を謝罪するアスナ。対するイタチは、この期に及んでも相変わらずの無表情で内心が読めない。しかし、目に涙を浮かべながらイタチに頭を下げるアスナの姿を見る赤い双眸には、常には無い、僅かな戸惑いの色が浮かんでいた。

 

「リズも、本当にごめん。せっかく作ってもらった剣を無駄にしちゃって……」

 

「そ、それこそ、私はそんなに気にしてないけど……」

 

「ううん、そんなことない。リズが私のために、一生懸命この剣を作ってくれたこと、知ってるよ」

 

 アスナは次に、今度は親友であるリズベットに頭を下げた。オーダーメイドの強力な武器となれば、攻略組プレイヤーにとって千金に匹敵する高価な代物である。リズベットが最高傑作と称するそれは、攻略組プレイヤーに売り出したならば、破格の値段で取引されることは間違いない。それを惜しげもなく、アスナに手渡したのだ。そこにあるのは、アスナの想いを大切にしたいという思いがあったからに他ならない。

 

「でも、イタチ君が要らないって言うなら、無理強いはできないよ……ほんとにごめんね」

 

「い、良いのよ!別に、必要がなくなったってんなら、店に置けば良いだけだし……」

 

 落ち込むアスナに必死に言い繕うリズベット。作った剣が受け入れられなかった事に関しては納得のいかない点があるのは否めなかったが、アスナがどうにか泣きやんでくれたことには安堵していた。

 

「イタチ君、リズが迷惑をかけてごめん。もう二度と、こんな事が起きないように気を付けるから、許してあげて」

 

それだけ言うと、アスナはリズベットの手を引き、周囲を囲んでいるギャラリーの人だかり、その向こうにある転移門へと向かう。その表情は、浮かばれず、傍から見ても落ち込んでいるのは明らかだった。俯いたまま広場を立ち去ろうとする二人……だが、その背中を呼び止める人物がいた。

 

「待ってください、アスナさん」

 

 広場の中央から掛けられた言葉。呼び止めたのは、イタチだった。振り返ったアスナとリズベットの目を真っ直ぐ見つめる赤い双眸には、先程のデュエルの時のような、相手を歯牙にもかけない態度とは違う、真摯さがあった。一体今更、自分達に何の用なのだろうと訝しむ二人に対し、イタチが放った次なる言葉は、衝撃的なものだった。

 

「リズベットさん、デュエルの続きをしましょう」

 

 その言葉の衝撃に、イタチ以外のプレイヤー全員が固まった――

 


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