ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第三十九話 心の温度

「はぁっ!?何言ってんの、あんた!?」

 

 イタチが提案したのは、なんとデュエルの続行。一応、アスナが乱入してからもデュエルは続いている状態であるが、あまりにも突拍子も無いイタチの発言に、リズベットは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「リズベットさんから挑まれたこのデュエルは、確かにあなたが望まなかったことでしょう。しかし、彼女は俺との力の差を承知で臨んでこの戦いに臨んだんです。せめて最後にこの一戦だけでも、認めていただけませんでしょうか?」

 

 相変わらず何を考えているかを察することのできない表情であったが、声色からしてイタチが本気なのだということだけは分かる。イタチにとってメリットの無いこのデュエルに、一体どんな意味があるのだろう。アスナが疑問を口にしようとすると、

 

「上等よ。お望み通り、相手になってあげるわ!」

 

「ちょっ……リズ!?」

 

 イタチの真意を聞く前に、リズベットがその提案を了承してしまった。慌てて再び止めに入ろうとしたアスナだが、それをリズベットは手で制した。

 

「アスナ、悪いんだけどこの戦いだけはやらせて。これは、あんたのためだけじゃない……あたしの意地でもあるのよ」

 

 アスナの制止を振り切らんとするリズベットの表情には、先程までの怒りに我を忘れた短気さは一切見られない。親友のため、そして己の鍛冶師としてのプライドのために戦いに臨もうとしている、そんな内心を表したような曇りなき輝きを瞳に宿していた。そんなリズベットの視線に、遂にアスナも、

 

「……しょうがないわね。でも、無理だけはしないでね」

 

「分かってるわよ!見てなさい!」

 

 リズベットの意思に、折れてしまった。アスナは苦笑を、リズベットは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。二人はそれだけ言葉を交わすと、アスナは人だかり一歩手前まで下がり、リズベットは改めて武器を構えてイタチと向かい合う。

 

「これで最後にしましょう……」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 イタチが片手剣――ダークリパルサーを構えるのと同時に、リズベットも戦槌――メテオライトを振り上げる。睨み合う両者、そして周囲を囲むアスナをはじめとしたギャラリーに緊張が走る。武器を構えて向かい合うこと数秒、静寂を破って真っ先に動きだしたのは、イタチだった。

 

「……ハァァアッ!」

 

「ぐぅっ……!」

 

 イタチの繰り出す激しい剣撃。攻略組たる実力を表すかのような並外れた技量を前に、リズベットは防戦一方となってしまう。クリティカルヒットは入らないものの、HPは着実に削られていく。このままでは、体力が50%を切るのも時間の問題である。

 

(やっぱり……強い!でも……!)

 

 リズベットとて、攻略組ではないが、フィールドでの狩りの経験を積み、戦槌スキルを完全習得したプレイヤーなのだ。持ち得る技量に圧倒的な差があったとしても、この世界を生き抜くために彼女なりに「戦う」ことを選択したのは彼女自身なのだ。だからこそ、リズベットは諦めない。そして、イタチの猛攻に耐え続け、遂に彼女が待ち望んだ瞬間が訪れる。

 

「そこっ!」

 

「!」

 

 防戦一方だったリズベットからの、思わぬ反撃。リズベットが握るメテオライトから発せられた横薙ぎの戦槌系ソードスキル、「サイレント・ブロウ」が、イタチの持つダークリパルサーの刃と衝突したのだ。ここに至って、イタチの顔に初めての驚愕が浮かぶ。七戦のデュエルを経て、リズベットはイタチが繰り出す剣技の中から、自身の技量で反撃し得る一撃を見抜いたのだ。予期せぬソードスキルの直撃により、イタチは剣をパリィされ、これまでに無かった隙が生じた。そして、リズベットはこの瞬間を最大限に活用し、一気に畳み掛ける。

 

「うぉぉおおお!!」

 

 メテオライトの先端部から、先程のそれを上回る、激しいライトエフェクトが迸る。戦槌系上位ソードスキル、「ヴァリアブル・ブロウ」が発動する。戦槌系ソードスキルの中では上位に分類されるこの連続技は、発動時の隙が大きく、対プレイヤー戦向きではないと言われている。だが、武器をパリィしたこの瞬間、相手が間合いに入っている状況ならば、そんな欠点は関係ない。初撃決着モードのデュエルならば、一撃でも命中すれば即座に勝敗が決する。

 

「くっ!」

 

 攻略組プレイヤーでも対処し切れないであろう絶体絶命の状況にあるイタチだったが、リズベットの戦槌から逃げ切れないと悟るや、自身もソードスキルで応戦を試みる。パリィされた反動を利用し、身体を反転させながら、ソードスキルを発動させる。リズベットに負けず劣らず激しいライトエフェクトとともに繰り出されるのは、片手剣上位ソードスキル、「ファントム・レイブ」。

 

(まさかこの状況で、上位ソードスキルなんて……でも、やるしかない!!)

 

 パリィされた隙を突いての上位ソードスキルによる追撃にも怯まず、即座に迎撃態勢をとる、相変わらずの並みはずれたイタチの技量に驚嘆するリズベット。

 発動しようとしているソードスキルは、両者共に完全習得者が発動できる上位技。そして、この間合いにあっては互いに回避行動は不可能。この状況に至っては、互いにソードスキルを渾身の力を込めて打ち合うのみである。

 

(片手剣と戦槌なら、あたしの方に分がある。でも……!)

 

 片手剣と戦槌でソードスキルの打ち合いを行った場合、先に耐久値を削り取られるのは、片手剣である。SAOの武器というものは、重ければ重いほど耐久値が高いと相場が決まっており、戦槌は数ある武器の中でもトップクラスの耐久値をもつのだ。片手剣は、細剣や短剣に比べれば耐久値が高いものの、耐久性では戦槌に敵わない。よって、この至近距離におけるソードスキルの打ち合いは、リズベットに軍配が上がる。

 だが、今回は相手が特殊だ。リズベットの最高傑作と同種の剣であるダークリパルサーは、攻略組の中でもトップクラスのパラメータをもつことは間違いない。リズベットが持つ戦槌、メテオライトも、攻略組と同格程度のパラメータを持つ、強力の部類に入る武装ではあるが、ダークリパルサーが相手では勝敗は分からない。そして何より、その武器を扱っているのは、アスナが認めた攻略組プレイヤーなのだ。七回のデュエルにおいて肌で感じた実力差を考慮すれば、やはり一筋縄ではいかないと思わざるを得ない。果たして、どちらが勝つのか――――

 

「うぉぉおおおおっっ!!」

 

「はぁぁああああっっ!!」

 

 だが、全力を振り絞ってぶつかり合う今となっては、そんな打算はもうどうでもよかった。ただ只管、打ち尽くすのみ。SAOがデスゲームと化して以来、鍛冶師として後方支援に徹してきたリズベットにとっては初めての、真剣勝負。命懸けではないものの、満身創痍の中にある、勝ちたいという感情は、リズベットに攻略組に勝るとも劣らぬ気迫を与えていた。そして、

 

両者の武器が、交錯した。

 

 イタチの発動した「ファントム・レイブ」によって、剣舞とも呼べる、流麗なる技が繰り出される。

 リズベットの発動した「ヴァリアブル・ブロウ」によって、重々しく荒々しい連撃が振り下ろされる。

 両者の上級ソードスキルが激突する中、武器が発するライトエフェクトが、互いを食らい合うかのように激しい輝きを放つ。攻略組プレイヤーでもそうそう起こり得ない、上級ソードスキル同士の衝突、それによって炸裂する二色の光が織り成すコントラストは、見る者全てを魅了する。だが、そんな美しい光の協演は、八度目の交錯にて終焉を迎えた。

 互いのソードスキルの最後を飾る一撃。その時の衝突だけは、それまでの七回の間にはなかった、異質な響きがあった。ライトエフェクトが止んだ先にあったのは、先端の折れた片手剣。へし折られて弾き飛ばされた得物の切っ先は、持ち主であるイタチの背後の地面に突き刺さった。

 

「…………俺の負けです」

 

 右手に握るダークリパルサーが消滅する様を見届けると共に、イタチが降伏を宣言。その途端、向かい合うイタチとリズベットの上空に、文字がフラッシュする。

 

『WINNER Lisbeth』

 

 その場にいた誰もが、目の前の現実を認識できなかった。攻略組最強と恐れられる、「黒の忍」ことイタチと、攻略組御用達の鍛冶師であるリズベットとのデュエル。戦闘職プレイヤーと生産職プレイヤーの戦い……イタチが攻略組トップクラスであることを差し引いても、勝利するのは当然、イタチであると、誰もが疑わなかった。七回ものデュエルを見ても、それは明らかだった。だが今、大勢の攻略組プレイヤーの目の前で、その認識は大きく覆されたのだ。

 

「リズ…………」

 

 誰よりも近くで勝負の行く末を見守っていたアスナが、リズベットに歩み寄る。その動きはぎこちなく、親友である彼女が、自分すら敵わなかった少年に勝利したという事実を、未だ信じられずにいる様子だった。

 

「は、はは……アスナ……」

 

 そしてそれは、当人も同じだったらしい。予期せぬ勝負の結果に、しばし戸惑うリズベット。だが、振り返った視線の先にアスナの姿を捉えた瞬間、にかっと笑みを浮かべ、左手でピースサインを作って突き付けた。そして、どっと沸く歓声。誰もがリズベットの勝利を、奮闘を称えていた。後方支援プレイヤーには、送られることなどほとんど無い感動の嵐の中、それを巻き起こした張本人であるリズベットは、未だ無自覚なまま照れくさそうに笑みを浮かべる。そして、間近にいた親友は、

 

「もう……無茶して!」

 

 目に涙を浮かべながら、リズベットを抱きしめた。上位ソードスキルの打ち合いという無茶をしたことを責めているようだが、その実、自分のために戦ってくれたリズベットの健闘に誰よりも心動かされ、感動に涙していたのは彼女だった。

 

「ご、ごめんごめん……」

 

「……でも、本当に嬉しかった。ありがとう、リズ」

 

「アスナ…………ふふっ、どういたしまして!」

 

 アスナの心からの感謝に対し、得意げに返すリズベット。そこには、自分が求めていた人と人との間にある、確かな温かさ……心の温度が感じられた。

 

「リズベットさん、見事なソードスキルでした」

 

 そして、彼女に対する称賛はギャラリーの攻略組だけには止まらなかった。先程まで、命懸けに等しい気迫でぶつかりあった相手であり、攻略組トップクラスの実力を持つとされるイタチすらも、潔く負けを認め、彼女の勝利を称えている。

 

「わ、分かれば良いのよ!それより、約束のこと、忘れたんじゃないでしょうね?」

 

 自分を七回も打ち負かして全くの無表情を貫いていた、リズベットの中では「嫌な奴」という印象が固定されたイタチからの思わぬ言葉に戸惑いつつも、デュエル開始に取り付けていた約束について、ジト目で睨みながら確認する。

 

「無論、覚えています」

 

 リズベットの非友好的な態度に対し、しかしイタチはやはり表情にあまり変化を見せなかった。そして、次の瞬間には、

 

「えっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

 地面の上で正座したうえで、手のひらを地につけ、額が地に付くまで平伏しての座礼。要するに、土下座である。謝罪をすると宣言していたが、「黒の忍」と恐れられたトッププレイヤーのイタチがまさかここまでするとは思わなかった。アスナとリズベットが呆気にとられる中、イタチは謝意を表する。

 

「この度は、アスナさんから格別のご好意を賜りながら、それを蔑にして申し訳ございませんでした。また、剣の作成者であるリズベットさんにも迷惑をかけた次第、この通り深くお詫びいたします」

 

 表情こそ見えないが、その声は真剣そのもの。リズベットやアスナに対する隔意は無く、ただ只管に自分の非を認め、許しを請う姿がそこにはあった。

 

「ちょっと!イタチ君、そこまでしなくても……!」

 

「もう良いから!あんたが悪いと思っているのは十分に伝わったから、頭上げなさいよ!」

 

 謝罪すると言っていたイタチだったが、まさかこんな大勢のプレイヤーが見ている前で、堂々と土下座するとは思わなかった。周囲も、常のイタチならば絶対にあり得ない行動に、目を丸くして一様に驚いた様子だった。周囲の人間の沈黙が破られない内に、アスナとリズベットは土下座を止めさせ、立ち上がらせる。周囲の視線が異質なものに変わりつつあることが少々気になったが、リズベットは次の本題に入るべく、今度はアスナに呼び掛ける。

 

「それじゃあ、アスナ。あれ、持ってきてるんでしょ?」

 

「う、うん……」

 

「受け取ってもらうって約束なんだから、出してなさいよ」

 

 リズベットに促されるままに、ウインドウを操作するアスナ。アイテムの所有者設定を操作した上で取り出したのは、一本の剣。それは、先程のイタチとリズベットのデュエルで折られて消滅した剣と同じもの……リズベット渾身作、「ダークリパルサー」である。

 

「イタチ君……剣、折れちゃったみたいだから……もし良かったら、使ってもらえないかな?」

 

 遠慮がちに剣を差し出すアスナ。期待の中に不安が見え隠れするのは、最初に渡そうとした際に拒絶されたことが原因だろう。リズベットとのデュエルを行う前に、イタチが負けた際にはこれを受け取ることを約束していたが、果たして今回はどうだろうか。

 本当に受け取ってくれるか、心配していたアスナだったが……それは、杞憂に終わった。

 

「ありがとうございます。喜んで、使わせていただきます」

 

 アスナが差し出した剣に両の手を添えて受け取るイタチ。その瞬間、アスナの顔から先程まであった不安の陰は一掃され、満面の笑みを覗かせる。親友が心の底から喜んでいるのを見たリズベットの顔にも、満足げな笑みが浮かぶ。

 

「アスナやあたしが大変な想いして作った剣なんだからね。大切にしないと、承知しないわよ」

 

「承知しました」

 

 リズベットからの忠告に、イタチは真剣な表情で頷く。剣を受け取ったままウインドウを操作し、その場で背中に装備する。己の作った剣が、それを扱うに見合った実力者(その内面については複雑だが)の手に収まったことに、作成者たるリズベットも満足げな顔だった。

 こうして、大勢の攻略組プレイヤーが見守る中で行われた、剣のプレゼントを巡っての、真昼のデュエル騒動は終結した。ちなみにこの騒動を境に、血盟騎士団副団長であるアスナと、攻略組御用達鍛冶屋のリズベットという、絶大な知名度を誇る女性プレイヤー二人を巻き込み、痛めつけ、大いに泣かせたとして、イタチのビーターとしての悪名はさらに高まることになってしまったが、それは本人のミスとしか言いようがなかった……

 

 

 

 

 

「そういうわけで、折角作ってもらった剣を折られてしまった。すまない、マンタ」

 

 後日、イタチは自身が御用達としている鍛冶師、マンタが経営している、オヤマダ武具店を訪れていた。理由は、先日のデュエルにおいて破損した剣についての謝罪である。

 

「……いやまあ、確かに良くはないけどさ……イタチ君って、ちょっと変わった?」

 

 折角の名剣を、作った翌日に破壊されてしまったというイタチの報告に、しかしマンタは然程怒りを見せなかった。もともとが温厚な性格ではあったが、それ以上にイタチの雰囲気が変わっていることが気になったのだ。他者を寄せ付けない、触れれば斬ると言わんばかりの近寄りがたい空気を纏っていたが、今はそれが和らいでいるように思えた。一年以上、イタチとは鍛冶師と剣士の関係を続けているマンタだったが、こんなイタチは今まで見たことがない。それほどのことが、先日のデュエルであったというのだろうか。現場に居合わせていなかったマンタは、疑問符を浮かべるばかりである。

 

「あの騒動は、あなたが全面的に悪いわよ。真心こめて用意したプレゼントを断れば、どんな女の子だって泣いて当然よ」

 

「…………」

 

 先日の事件について、イタチをジト目で睨みつけながら言及するのは、血盟騎士団所属の薬剤師にして、通称「目つきの悪い欠伸娘」ことシェリーである。妖気のようなものを纏った視線を突き付けられ、さしものイタチも内心で冷や汗をかく。

あの日、予期せぬリズベットとのデュエルに始まり、突然現れたアスナによる介入。それに伴って始まったデュエルにより、周囲の攻略組の視線は、遂には殺意を帯びていた。

 攻略組御用達の鍛冶師にして、数少ない女性プレイヤーであるリズベットは、閃光の異名を持つアスナや、中層で活躍するビーストテイマーのシリカと並ぶアイドル的存在である。そんな人物をデュエルで痛めつけ、泣かせてしまったのだから当然である。血盟騎士団のメンバーを中心に、PKせんばかりの殺気を放つ攻略組プレイヤーの怒りの矛先が、全てイタチに向けられていたのだ。イタチとしては、アスナのためを想って、これ以上好意を受け取らないようにしていたのだが、この期に及んでは全てが失策だったと認めざるを得ない。

 そんな状況の中、殺意に満ちた視線に串刺しになりながらイタチが周囲を見回してみると、一人の女性プレイヤーと目が合った。それは、ウェーブのかかった髪の女性プレイヤー――今もここ、オヤマダ武具店にいる――シェリーだった。大部分の人間が怒り心頭でイタチを睨みつけている中、彼女だけは何故か口を歪めているように見えてならない。そして、イタチの視線の先で、口を開くと――――

 

“これに懲りたら、女の子を無碍に扱ったら駄目よ。”

 

 声は聞こえなかったが、そう言っているように見えた。そして、アスナをこの場に呼び寄せて自分を吊るし上げた黒幕は彼女だと、イタチは確信した。それ以降、イタチはこの得体のしれない女性プレイヤーに対し、一層警戒を強めているのだった。

 

「反省はしている。だが、俺の立場上、彼女たちからの好意を簡単に受け取るわけにはいかないと……そう考えただけだ」

 

あの騒動によって、イタチを白い目でみる攻略組プレイヤーは数を増してしまった。アスナを呼び出し、騒動が肥大化する引き金となったのは彼女だが、根本的な原因となっているのはイタチ本人である。彼女を責めるのがお門違いであることはイタチも理解しているが、ビーターたる自分が、必要以上に彼女たちに関わるべきではないという考えは捨てていなかった。

 

「ま、確かにあなたをビーターと蔑む人は未だに残っているのは間違いないけど……そうやって卑屈になって逃げてばかりじゃ、何も始まらないわよ。あなたの身の上を知った上で、力になろうとする人もいるんだから、立ち向かおうとは思わないの?」

 

 イタチの在り様を非難するようなシェリーの叱責。彼女は今まで、本心を表に出すことが少ない、イタチ同様に捉えどころのない複雑な内面をもっているイメージが強かったが、この時だけは、今までにない直向きな思いが垣間見えていた。

 

「……考えておく」

 

 対するイタチは、そう返すことしかできなかった。前世の自分は、何もかも自分でできると己に嘘を吐き、それを誤魔化すために他人を信用しなかった。シェリーの言った通り、自分は逃げてばかりだったと、今では思う。忍としての在り様と、他者への猜疑心、そして己しかできないという自己欺瞞を逃げ道に、弟や一族を犠牲にした。もっと弟を信じていたならば、もっと別の道を歩むことができたかもしれないと思えたのは、最初の死を経て蘇ってからのこと。実に遅すぎた結論だと、イタチは思う。

 そして、三度目の生を受けた今となっても、己の在り様はやはり変わらない……否、変えられない。自分が何をしたいかの答えも見出そうとはせず、ただ義務感・責任感で、ビーターとしての悪名を背負って攻略を続けている自分は、前世のうちはイタチの焼き直し以外の何物でもない。

 もしかしたら、目下自分が本当に立ち向かわねばならないのは、次のフロアボスでも、浮遊城アインクラッドでも、茅場晶彦でもなく……己自身なのかもしれないと、イタチは思えた。だが、モンスターやプレイヤー相手に無双の実力を持つイタチでも、己という名の壁を乗り越えることは容易ではない。或いは、前世でも現世でも、現実・仮想世界を問わず一定以上の力を持つ自分にとって、己自身こそが最大の敵なのかもしれないと、そう思えた。

 

「ま、これはあなたの問題よ。私から言えるのは、ここまでね。あとは自分で考えなさい」

 

「ああ……」

 

 それだけ言うと、シェリーは黙り込んでしまった。そして、マンタに謝罪しながら立ち尽くすイタチに、今度は別方向から声がかけられる。

 

「それにしても、オメーも芸達者だよな」

 

「……何のことだ、コナン」

 

 シェリーのすぐ傍で、意地の悪い笑みを浮かべながらイタチに声をかけたのは、同じく血盟騎士団所属の細剣使い、コナンだった。気難しいシェリーが気を許す、数少ない人物であり、血盟騎士団きっての実力者であると同時に、探偵という自称に見合った洞察力・推理力をもった相当な曲者である。

 

「ソードスキルの打ち合い……戦槌の攻撃全てを刃で弾いたが、果たしてそうする必要があったか、疑問に思えてならないんだけどな、俺は」

 

「……一体、何が言いたいんだ?」

 

「武器破壊(アームブラスト)」

 

「!」

 

「習得しているお前が、あんなことまでして防ぐ必要は無かったんじゃないかって話だよ」

 

 武器破壊とは、文字通りソードスキルを相手の武装の強度が弱い部分にぶつけることで破壊するシステム外スキルである。攻略組プレイヤーでも、完全に物にできている人物はごく僅かである超絶的な技巧だが、イタチは最初にこのシステム外スキルを提案し、習得した人物である。その成功率は、いかなる武器が相手でもほぼ100%と目されている。

 そして、それだけの確率で成功させる技量があったならば、先日のリズベットとの一騎打ちでは、わざわざソードスキルを打ち合わせることなどせず、戦槌そのものを破壊することも可能だった筈であると、コナンは推理する。

 

「もともと、七回もデュエルをやった後で、散々空振りしていたリズベットのメテオライトの方が、お前のダークリパルサーよりも耐久値は低かった筈だ。なのに、砕けたのはお前の剣だけってのは、いかにもできすぎているんじゃねえか?」

 

 コナンの名推理が光る。武器破壊を敢えて行わなかったのは、イタチの意思で間違いない。おそらくイタチは、あのソードスキルのぶつかり合いの中で、リズベットのソードスキルが自分の持つダークリパルサーの強度が弱い部分に衝突するように誘導していたのだろう。そして、八撃目の最後の攻撃にて武器が破壊されるよう仕向けた。相手に武器破壊をさせるなどという技は、如何なる攻略組プレイヤーにもできない神業である。だが、イタチならばその限りではないと、コナンは考えていた。その場にいたシェリーやマンタも、同じ認識に至った。

 

「成程……つまりお前は、俺がリズベットさんやアスナさんの怒りを納めるために、一芝居打ったと言いたいのか?」

 

「武器破壊を使わず、あのタイミングでお前の方の武器だけが壊れたとなれば、そう思われても仕方ないと思うぜ」

 

 得意げな笑みを浮かべながらイタチに向かい合うコナン。絶対的な自信をもって語った推理だったが、イタチは、

 

「フッ……残念だが、俺は武器破壊を仕向けてはいない」

 

「…………は?」

 

 イタチの言葉に、コナンは思わず間抜けな声を出してしまう。聞いていたマンタとシェリーも、揃って目を丸くする。そんな三人の様子に、イタチは苦笑しつつもあの日の出来事を話す。

 

「確かに、俺はあの時武器破壊をせず、ソードスキルの打ち合いに持ち込んだ。だが、それは彼女の想いを正面から受け止めるべきだと思ったからだ。証拠も無く、信じてもらえんかもしれんがな……」

 

「な、なら、どうしてお前の剣が折れたんだよ?」

 

「さあな……少なくとも、おれはマンタから貰った剣を生贄に二人の怒りを鎮めようなんて考えてはいなかった。本当なら、リズベットさんが放った最後の一撃を受けて、デュエルを彼女の勝利で終えるつもりだったが……まさか、破壊されるとは予想外だった」

 

「イタチ君……」

 

 相変わらずの無表情で、内心の掴めないイタチだったが、何故か嘘を吐いているようには見えなかった。マンタは自分の武器を大切に思っていてくれたその心を信じ、感動していた。一方のコナンはというと、

 

「残念だったわね。あなたの推理が外れるなんて、珍しいこともあるものね」

 

「うるせーよ……」

 

 シェリーの皮肉を受けながらも、イタチの言葉の真偽を立証できないことに忸怩たる思いを抱いている様子だった。攻略組の間で名探偵と呼ばれるコナンの、非常に珍しい一幕だった。

 

「でも、本当にどうしてあなたの剣だけが折れたのかしらね?」

 

「さあな……」

 

 不思議そうにしているシェリーの追及にはそれ以上答えず、イタチはその場にいた三人に背を向け、店を出て行った。向かう先は、最前線の迷宮区である。

 

 

 

(あの時、俺の剣が折れた理由……それは……)

 

 迷宮区へと歩みを進めるイタチは、先日のデュエルにおいて起こった、不可思議な事象について思い返していた。全く根拠のない、感情論でしかないと思いつつも、イタチは内心でこう結論付けていた。

 

(それは、リズベットさんの想いの強さ……)

 

 デジタルデータの世界にあって、何を馬鹿馬鹿しい推論をと思われて当然だが、イタチには何故かそれで納得できてしまった。親友のために怒り、あれほど真摯になれる人間は、そうはいない。その思いの強さが、システムの力を凌駕する力を与えたのかもしれないと、イタチは思った。

 

(それこそが、俺に足りなかったもの……かもしれないな。)

 

 己の思いを貫くために、とことんまでぶつかっていく姿勢。それと似通ったものを、イタチはかつての前世に見たことがある。

 

『俺が諦めるのを……諦めろ!』

 

 うずまきナルト。自分の失敗の末に復讐鬼と化してしまった弟、サスケを救うことを最後まで諦めず、ただひたすらぶつかっていった少年のことを、思い出す。その行く末をこそ自分は見届けられなかったが、きっと自分とは全く別の結末を迎えていると、イタチは信じている。

 

(なら、俺もそう在るべきなのかもしれないな……)

 

 そう内心で呟いたイタチは、背中にかかる二本の剣の内、先日アスナから手渡された、白銀の刃「ダークリパルサー」に視線を移す。マンタからもらったものと同じ剣の筈だが、何故か以前よりも重く、握る柄には心が温かくなるような熱が宿っているように感じられた。もしかしたらそれは、この剣を鍛えたリズベットの、そしてこの剣をイタチの力になるようにと願い贈ったアスナの思いが宿っているからかもしれないと、イタチには思えた。

 

 

 

 剣に込められた二人の思いは、未だ己の在り様を掴めず、只管に戦い続けるだけだった自分を導いてくれるかもしれない。それと同時に、思う。いつか、彼女たちのように、本当の気持ちで他者にも、そして己自身にも向かい合えるようになりたいと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけパロキャラ劇場~

 

 イタチがマンタの剣を折ってしまったことを詫びて出て行ってからのこと。ふと、シェリーが唐突にヨウとマンタに声を掛けた。

 

「そういえば、ヨウ君にマンタ君」

 

「どうした、シェリー?」

 

「前々から気になっていたんだけど、私が話し掛けると、何故か二人ともびくびくした風になるわよね?どういうことかしら?」

 

 愛想が無く、近寄りがたい人物と言う評価を受けていることは、シェリー自身も認めている。何より、リアルでも面識のあるコナンからも『目つきの悪い欠伸娘』と称されているのだ。だがこの二人に限っては、シェリー自身ではなく、シェリーの『声』に警戒心を抱いているように思えてならない。故にシェリーは、自分に対する態度の所以を問い質したのだ。

 

「ええと……実は、シェリーさんの声がリアルの知り合いに似ていて……」

 

「ふーん……そんなに警戒するってことは、相当に性悪なのかしら?」

 

「いやぁ……はっきり言って、『鬼』だわな……」

 

 ヨウとマンタの脳裏に浮かぶ、暴虐不尽で逆らう者には誰かれ構わず暴力を振るう鬼娘の姿。同じ声でも、若干性悪で愛想の無いシェリーの方が大分マシに思えていた。

 

「そう……大変そうね。ちなみにその子って、二人とはどんな関係なのかしら?」

 

「ああー……リアルの話題は禁止ってことで、そこは追求しないで欲しいんよ」

 

「あら、残念ね。ま、現実世界に帰った時にでも紹介してもらうわ」

 

 まさか、『許嫁』だなんて言える筈が無い。リアルに帰ってもそれを明かすのは御免被る。二人を惹き合わせ、もし暴虐不尽の鬼娘と、目つきの悪い欠伸娘が意気投合すれば、現実世界で二人は心身共に折檻を受け続けることになるかもしれない。

 

「そういえばよ。おめーら、俺に対しても随分警戒していたよな?」

 

 すると今度は、シェリーの隣にいたコナンが口を開いた。コナンの言う通り、ヨウとマンタはシェリー同様、コナンに対しても出会った当初は、主にその『声』に対して警戒心を抱いている様子だった。

 

「ええと……コナン君は、ヨウ君のお兄さんと声がよく似ていて……」

 

「なんだ、シェリーと同じ様な理由かよ。それにしても、そこまで怯えるってことは、相当おっかねえ兄貴なんだな」

 

「いやぁ……物腰は柔らかい人なんだけど、容赦が無いっていうか……逆らう人は簡単に切り捨てる人だよね」

 

 二人揃って苦笑いするヨウとマンタな。あの冷酷かつ残忍な兄がこのSAOに来ていたのならば、攻略ギルドのトップか、或いは笑う棺桶に匹敵するレッドギルドのギルマスになっていたかもしれないと思う。そんなことを考えつつ、乾いた笑いを浮かべる二人に対し、コナンはこんな事を言う。

 

「そんなこと気にしてたのか。案外お前等も、“ちっちぇえな”」

 

「「…………」」

 

 オヤマダ武具店の中を、嫌な沈黙が包みこむのだった。

 


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