ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第四十一話 黒と白の剣舞

2024年10月18日

 

 アスナの家にて夕食を御馳走になった翌朝。イタチは現在の攻略最前線である七十四層の迷宮区手前の村、カームデットにある転移門にて、一人アスナを待っていた。

 

(……来ないな。何かあったのか?)

 

 現在時刻は九時十分。集合時刻の九時から既に十分が経過している。現実世界のアスナは名門私立中学の生徒会長らしい真面目で勤勉な性格であり、所定の時刻に遅刻することなど有り得なかった。それ故に、何かあったのではと些か心配になるイタチだった。ごり押しとはいえ、依頼を受けた以上はそれを完遂する義務がある以上、イタチは迎えに行くべきかとも考える。

 元より、任務は依頼主であるアスナの護衛。この遅刻がアスナが危険に晒されたことによる可能性があるのならば、確認に行かねばならない。イタチは踵を返し、すぐそこの転移門へ向かおうとする。だが、

 

「きゃぁぁああ!よ、避けてぇー!!」

 

「!」

 

 イタチの目の前。転移門の地面から一メートルはあろう高さから悲鳴と共にプレイヤーが姿を現した。突如姿を現した女性プレイヤーに、さしものイタチも動揺してしまった。だが、それも一瞬のこと。攻略組として、そして前世から引き継いでいる忍者としての経験により、即座に対処してみせる。

 

「きゃわっ……!」

 

「大丈夫ですか、アスナさん。」

 

 空中に飛び出した女性プレイヤー――アスナの姿を視認するやイタチは身を翻して受け止める。対するアスナは転移門から飛び出してからやってくる筈の衝撃に目を瞑っていたが、それが来ないことを不審に思い、恐る恐る目を開いてみると、そこには自分が待ち合わせをしていた少年の顔があった。

 

「イ、イタチ君!?」

 

「ご無事なようで何よりです。」

 

 突如目の前に現れたイタチに、地面に落下したものとは別の衝撃に驚き硬直するアスナ。何せ自分は今、イタチの腕の中で所謂“お姫様抱っこ”をされている状態なのだ。

 

「いつまでもこうしているわけにはいきませんね。立てますか。」

 

「う、うん!だ、大丈夫、よ!」

 

顔を真っ赤にするアスナを、イタチは特に気にする様子もなく、地面に立つよう促した。一方のアスナは、思考と身体の両方が硬直したぎこちない様子ながらもどうにか立つことができた。

 だが、イタチがアスナを下ろした途端、転移門に新たな光が現れた。青白い光の向こうから現れたのは、イタチもつい先日見知った顔だった。

 

「アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」

 

 アスナと同種の白と赤とに彩られた血盟騎士団のユニフォームを纏った、長髪の男性――アスナの護衛を務めている、クラディールである。眉間に皺を寄せ、凄まじい剣幕で迫る男性にイタチは無表情ながら若干の警戒心を抱く。

 

「さあアスナ様、ギルド本部まで戻りましょう。」

 

「嫌よ!今日は活動日じゃないわよ!大体、あんた何で朝から家の前に張り込んでるのよ!?」

 

「こんなこともあろうかと、一カ月前からずっとセルムブルグでアスナ様の監視の任務についておりました。」

 

「そ……それ、団長の指示じゃないわよね?」

 

「私の任務はアスナ様の護衛です。それには当然、ご自宅の監視も、」

 

「ふ、含まれないわよ、馬鹿!」

 

 明らかに度の過ぎた護衛としての任務遂行に、イタチは内心で唖然とする。アスナを様付で呼ぶあたりから、重度の信者であることは察しがついていたが、これでは護衛というよりストーカーである。イタチの背に隠れ、若干怯えた様子のアスナに、クラディールは容赦なく詰め寄る。

 

「聞きわけの無いことを仰らないでください。さあ、本部に戻りましょう。」

 

「っ……!」

 

 そう言うと、クラディールはアスナの手を掴んで無理矢理連行しようとする。一方のアスナは、イタチに助けを乞うような視線を向ける。客観的に見れば、これはギルドの問題であり、部外者が介入する余地は無い。そもそも、アスナとパーティーを組んでの攻略活動は、今後の攻略を円滑に進めるという建前があるとはいえ、実はイタチの望むところではない。ギルド内のいざこざでアスナとのパーティーがなし崩しに解散となることは、イタチにとって好都合なのだ。

故に、イタチはこのままアスナを放置してクラディールによるギルド本部への連行を黙認するのが最善策なのだ。だが、イタチは……

 

「お待ちいただきたい。」

 

 アスナを連行せんとするクラディールの腕を掴み、その進行を阻止する。対するクラディールは、憤怒に満ちた顔でイタチを睨みつける。

 

「貴様……一体、何のつもりだ?」

 

「俺の依頼人を、勝手に連れて行かれては困ります。」

 

 イタチを射殺さんばかりの視線を投げつけるクラディールに、しかしイタチは全く動じた様子は無く、その赤い双眸を真っ直ぐクラディールに向けていた。

 

「今日、俺がアスナさんから受けた依頼は、七十四層迷宮区攻略の護衛。そしてそれに伴い、攻略に参加する俺の能力調査を行うことを目的としています。攻略指揮を預かるアスナさんの意向であるこの依頼を妨げることは、攻略の妨害に他なりません。それでも、彼女を連れて行きますか?」

 

「イタチ君……?」

 

 イタチの指摘に、アスナは意外とばかりに驚いた表情を浮かべていた。強引なパーティー結成を要求したため、見捨てる可能性が高いと思っていたからだ。一方、アスナを連行せんとしていたクラディールは、先程以上に顔を歪める。だが、イタチが言ったことは全て事実であり、アスナの攻略を効率化するという目的もあるのだ。如何に血盟騎士団所属メンバーにして、副団長たるアスナの護衛といえども、この依頼に異議を唱える権限は無い。クラディールも、普通の攻略組プレイヤーからの言葉ならば、素直に引き下がった可能性はある。だが、ビーターであるイタチが相手では、そうはいかない。

 

「ふざけるな!貴様のような雑魚プレイヤーに、アスナ様の護衛が務まるものか!私は栄光ある血盟騎士団の……」

 

「それを決めるのは、アスナさんです。」

 

 クラディールの言葉を遮ったイタチは、アスナの方を向く。その赤い瞳は、イタチを護衛として攻略へ出向く依頼を続行するか否かを確認するものだった。そして、イタチに無言の問いを迫られたアスナは、意を決して口を開く。

 

「……クラディール。私はこれから、イタチ君と迷宮区攻略に行きます。彼とパーティーを組んでの攻略は、立派な攻略活動の一環です。」

 

「んなっ……!」

 

 アスナの言葉に衝撃を受けるクラディール。イタチを護衛として伴い、迷宮区攻略に挑むということは、自分の護衛としての能力が目の前の憎きビーター、イタチに劣ると判断されたことを示しており……イタチより信頼されていないことを意味している。そして、そんな判決にクラディールが納得する筈もなかった。

 

「ならば!……ならば、今ここでそれだけの実力があることを、証明してもらおうか!」

 

 怒り・苛立ちを露にウインドウを操作するクラディール。途端、イタチの目の前にポップするウインドウ。イタチが目線を下げると、予想違わず、「デュエル」申請のウインドウだった。ビーターを毛嫌いするクラディールが相手では、こうなるのも止むを得ないと考えていたのだが、これが後々問題になる可能性も捨てきれない。アスナの方へ目線を送ると、彼女も事情を把握したのだろう。一つ頷くと、はっきりと答えた。

 

「大丈夫。団長には後で私から報告しておく。」

 

「了解しました。」

 

 アスナの許しを得たイタチは、デュエル申請ウインドウの初撃決着モードを選択し、OKボタンをクリックする。すると、メッセージがデュエル受諾の旨を表示し、六十秒のカウントダウンが開始される。

 

「ご覧くださいアスナ様!私以外に護衛が務まる者などいないことを証明しますぞ!」

 

 自信満々にそう言い放つと、クラディールは腰に携えていた得物を抜いて構えを取る。対するイタチもまた、背中から片手剣――エリュシデータを引き抜くと、すっと目を細めて相手の立ち姿を冷静に分析する。

 

(得物は大剣……発動するソードスキルは、「アバランシュ」といったところか……)

 

 両手剣の真価は、片手剣を凌ぐ威力と攻撃範囲にある。剣を構える重心からして、恐らくは突撃技を仕掛けて一撃で終わらせる腹積もりであると推測する。イタチは相手の発動するソードスキルと自身との交錯のタイミングを、六十秒のカウントダウンの中で推理する。

 そして、カウントがゼロになった途端――――

 

「フッ!」

 

 先に動きだしたのは、クラディール。握った得物から光を迸らせてのスタートダッシュは、ソードスキル発動を示している。だが、イタチはそれを目にしても一切怯まず、その場から動かない。

繰り出されるソードスキルはイタチの予想通り、両手用大剣の上段ダッシュ技「アバランシュ」。大剣系のソードスキルにオーソドックスな高威力・高レベル技である。本来、対モンスター用のソードスキルとして使用されることの多い技だが、プレイヤー相手でも効果は大きい。だが、それは平均的なレベルの攻略組プレイヤー相手の場合である。

 

(ここか……)

 

 数秒にも満たない交錯の中、イタチはクラディールの発動するソードスキルの軌道を読みとり、回避方法と敵の武装の構造を見極める。そして、発動したのは片手剣ソードスキル「スラント」。

 アバランシュの軌道から外れた位置へ入ったイタチは、エリュシデータから繰り出すスラントにて、クラディールの大剣、その腹を見事に打ち据えた。ソードスキルの衝突による、凄まじい衝撃が、両者の剣に走る。イタチのエリュシデータには軽い振動が走る程度だったが、クラディールの大剣はそうはいかなかった。

 イタチとクラディールの交錯が終わり、両者の距離が開切ったその時。クラディールが握る大剣は、その切っ先を半ばから見事なまでに真っ二つに両断されていた。

 

「なぁっ……!」

 

 自身の手に持つ大剣が、見る影もなく破壊されたことに驚愕するクラディール。いつの間にか周囲に集まっていたギャラリーも、揃ってイタチの超絶的な剣技――「武器破壊」に息を呑む。ソードスキルを相手が持つ武器の最も強度が弱い部分にぶつけることで、それを破壊するシステム外スキルである。イタチが考案したシステム外スキルであり、野生のモンスターが使用するソードスキルが多様化したのに伴い、その重要度は日に日に上がってきているため、多くの攻略組プレイヤーがギルドぐるみで習得に励んでいる技能でもある。イタチはそれを、立ち尽くしたまま微動だにせず、しかも初級ソードスキルでやってのけたのだ。離れ業の極みに、その場にいた誰もが驚愕していた。

クラディールの手の中で、次の瞬間には地面に突き刺さった先端部に続き、柄の部分も消滅した。武器を失ったクラディールには、最早抵抗の術など無く、デュエルは決したも同然だった。

 

「どうしますか?武器を持ち替えて続けると仰るのならば、相手をいたしますが。」

 

「ぐっ……!」

 

 イタチの言葉にクラディールは舌打ちすると、ウインドウを操作して新たな武器として短剣を取り出す。そしてそのまま、イタチに刺突を繰り出すべく突撃する。だがその時、二人の再度の衝突の間に入る者が現れた。

 

「ア、アスナ様!?」

 

 クラディールに向かい合う形で現れたのは、彼が護衛する筈だった少女、アスナ。その手には細剣――ランベントライトが握られており、振り上げられた刃はクラディールの短剣を見事に弾き飛ばしていた。ゴミを見るような視線を向けられながらも、クラディールは往生際の悪い言い訳をする。

 

「あいつが小細工を!武器破壊も、何か仕掛けがあったに違いないんです!そうでもなければ、この私が、薄汚いビーターなんかに……!」

 

 自身の敗北をイタチのせいにする、傍から見れば見苦しいことこの上ない言い訳に、アスナは聞く耳を持つことなく険しい表情で冷たく言い放つ。

 

「クラディール。血盟騎士団副団長として命じます。本日を以て、護衛役を解任。別命があるまで、ギルド本部にて待機。以上。」

 

「な、何だと……この……!」

 

 全く納得のいかない表情で、この原因を作り出した張本人たるイタチに憎悪の眼差しを向けるクラディール。イタチは相変わらずの無表情でそれを受け止める。やがて、クラディールは脱力した様子で転移門へと向かうと、血盟騎士団本部のある五十五層主街区、グランザムの名前を唱えて姿を消した。

 同時に、今度は緊張の糸が切れたアスナが、倒れかける。イタチはそれを後ろから受け止めた。その次の瞬間――

 

「!!」

 

 ふと、背後にただならぬ視線を感じた。イタチが振り向いた先にあったのは、デュエルを観戦しに集まっていた野次馬の群れ。デュエル終了と共に解散して、各々の目的地へと散っていくその中に、イタチは先程感じた気配の出所を探ろうとする。だが、人ごみが渦巻くその中に、遂にイタチは謎の違和感の正体を掴むことはできなかった。

 

(あの気配……まさか……)

 

 人ごみの中にあった“赤い”気配……その正体に、イタチは心当たりがあった。かつての忍だった前世にも感じたことのある、そして転生後にこのSAOの中でも幾度となく感じた、非日常の中にあるその正体は……

 

「イタチ君、どうしたの?」

 

「……いえ、何でも。」

 

 そこまで考えたところで、イタチに支えられていたアスナの放った言葉に思考を中断された。自力で立てるようになったアスナは、イタチの手を離れて向かい合う。

 

「それより、ごめんなさい。嫌なことに巻き込んじゃって。」

 

「いえ、特に問題はありません。」

 

「今のギルドの息苦しさは、ゲーム攻略を最優先にしてる……メンバーに規律を押しつけた私が原因だと思うのよ……」

 

 謝罪と共に、自嘲気味にギルドの内情を説明するアスナ。第一のクォーターポイントだった二十五層攻略以降、血盟騎士団に所属してすぐ、当時副団長だったテッショウと入れ替わりで副団長のポストに就任。以降、ソロプレイで培った剣技と、現実世界において生徒会長として振るっていた敏腕を遺憾なく発揮し、強豪数多の攻略組プレイヤーを率いてきたのだ。その異常なまでのゲーム攻略への執着は、攻略組プレイヤー達から狂戦士とまで恐れられた程であった。作戦もNPCを犠牲にするなど、強引なものも多く、イタチをはじめ一部攻略組プレイヤーと対立した事もあった程である。そのような、武断派なやり方故に、クラディールのようなプレイヤーが現れたと考えれば、アスナにも責任はあるだろう。

 

「確かに、あなたの攻略方針が彼の暴走を助長した可能性は否めません。しかし、それも仕方の無い弊害ではないでしょうか?」

 

「……え?」

 

 イタチの言葉に、不思議そうな顔をするアスナ。強引に依頼をした上、護衛の問題を解決するためのデュエルまでさせられたのだ。てっきり、恨みごとの一つ二つ言われるかと思っていただけに、拍子抜けだった。呆然とするアスナを余所に、イタチは続ける。

 

「常に死と隣り合わせの攻略最前線にあってプレイヤー達の多くが戦いを止めなかったのは、あなたの的確な作戦と手腕あってのことです。プレイヤー間の風紀に乱れが生じたことを考えても、十分な成果でしょう。」

 

イタチがアスナに下した評価は、決して身内贔屓などではない、論拠に準じた正当な評価だった。ゲーム制作に関わった身として、犠牲者を最小限に抑えるために活動してきたイタチだったが、全プレイヤーの憎しみを一身に背負う立場にあって、個人の力には限界があったことは明らかだった。だからこそ、やり方に問題があったとしても、アスナのように攻略組をまとめ、導く人間の存在は、この世界において何よりの希望だった。

今日に至るまでの、SAOにおける犠牲者の総数は、二千十九名。当初のイタチの見立てでは、この倍近くの数が死に至ると推測されていた。その見解を覆し、全プレイヤーの希望を守りながらも攻略を続けることができたのは、一重にアスナの活躍あってのことなのだ。

 

「少なくともあなたは、俺などとは比較にならない程に、この世界を生きるプレイヤー達に求められて然るべき人です。そして、アインクラッド攻略もそろそろ第三のクォーターポイントに差し掛かるところです。あなたの裁量が必要となるのは、まだまだこれからです。」

 

「……ありがとう、イタチ君。」

 

 微かな笑みと共にそう呟いたアスナの顔は、どこか安心した様子だった。今まで拒絶されるばかりだった自分が、初めてイタチに認められたのだ。イタチにしてみれば以前から思っていた、至極当たり前なことであるが、アスナにとっては何より心に響く、嬉しい言葉だった。感動のあまり涙が出そうになるのを堪えながらも、毅然とした態度で振る舞う。

 

「でもね、イタチ君。あなたの事を必要とする人だって、たくさんいるのよ。私もその一人だしね。」

 

「血盟騎士団副団長殿に、戦力として評価していただけるのは、光栄の極みです。」

 

 その言葉に、アスナは今度はむすっとする。最早わざととしか思えない――実際、イタチは故意に人と必要以上に関わらないよう努めている――言動に、アスナはそっぽを向くと、迷宮区へ向けて歩き始める。

 

「そういうことなので、今日は前衛よろしく。」

 

「了解しました。」

 

 アスナの背を追って歩きながら、彼女の変化に密かに感嘆する。現実世界でのアスナは、生徒会長を務める優秀な女学生であり、全校生徒の尊敬の的だった。誰もが完璧な人間として疑わない彼女だったが、イタチの見立てでは、本当のアスナはどちらかと言えば引っ込み思案で、他人の後ろに隠れているような性格だった。イタチが強く出れば、若干萎縮した様子で、引き下がってしまうことが多かった。

 だが、このSAOという世界に囚われて以来、彼女は変わった。狂戦士とまで恐れられるプレイヤーになったこともそうだが、確固たる意思をもって行動する、その力を得ているとイタチは思った。引っ込み思案な彼女にはなかった、確かな意思力・行動力をもって人を引っ張る力を付けたその姿は、イタチは密かに眩しく思えた。

 

(だが、変わったのは彼女だけじゃない……)

 

 アスナの変化は人間としての確かな成長であり、好ましいことなのだろうが、自分は事情が違う。攻略組最強クラスの剣士として最前線に立つ身でありながら、全てのプレイヤーの憎しみを背負うという矛盾を抱えたプレイヤー、それがイタチなのだ。だがその本質は、憎まれ役であっても敵ではない。攻略組というコミュニティに属す以上は、アスナのような一部のプレイヤーとも関わりを持たざるを得ないのだ。しかし、それを考慮しても今回のイタチの行動選択は明らかに立場を逸脱している。如何に攻略指揮を預かるアスナの依頼といえども、ギルドのいざこざに介入してまで決行するべきものではない筈だった。

 本当に、うちはイタチらしくない行為だと思う。アスナの立場を重んじるならば、あのような出過ぎた行為は控えるべきだし、そもそもパーティー自体組むべきではなかったのだ。前世の頃以上に複雑な立場にあるとはいえ、その在り様がうちはイタチから遠退いているように思えてならない。或いは、それ自体がイタチという人間に訪れた“変化”の兆しとも考えられるが、今はそれを素直に喜ぶことはできない。前世を忘れることにも繋がりかねないそれは、人格の歪みとも呼べるものだからだ。

 

(結局は、進むしかないのか……)

 

 アスナや他のプレイヤーはおろか、自分自身ともまともに向き合えないことに忸怩たる思いだったが、いくら考えても答えは見出せない。ただ攻略という目の前の目的のために歩み続けるという、先延ばしと同義の手段しか選べなかった。

 そして結局のところ、今日も今日とてやるべきことは変わらない。この世界の出口の障害たる迷宮区を踏破し、フロアボスを倒すこと。気持ちを切り替え、イタチは攻略へと歩を進める。その後ろには、今日限りのパートナーが追随していた――――

 

 

 

「ふむ……流石はイタチ君。あの人だかりの中、私の存在に気付くとは……」

 

 カームデットの外れにある建物の物影に、その男は潜んでいた。身に纏う服は黒一色で、道化師や人形師を彷彿させる装いである。およそ攻略組プレイヤーには見えない、NPCと言われた方が納得できる身なりだった。

 

「しかし、私の気配を気取られてしまった以上は、今回の舞台は開演前に破綻したも同然ですね……」

 

 口調は残念そうなのに、その表情には然程落胆の色は見えなかった。そもそも、彼が目を付けていた“人形”にはそれ程の期待は抱いていない。彼が計画した“舞台”の本命は、他でもない黒装束の剣士――イタチだったのだから。

 

「それにしても、百層あったアインクラッドも、残り二十六層ですか……案外、短かったものですね」

 

 自分を含めた当初一万人のプレイヤーを閉じ込めた天空の城、その消滅が間近に迫っていることに憂いを感じる男。彼の見立てが正しければ、この世界は遠からず終焉を迎える。それも、自分が興味を抱いた対象たる少年の手によって――――

 

「まあ、それもいいでしょう。ならば今度は、現実世界で続きをするとしましょう」

 

 この世界における彼――イタチとの別れは名残惜しいものの、いずれは場所を変えて新たに舞台を用意して招待すればいいと、男は結論付けた。

 

「ですが……やることはやっておかねばなりませんね。しかし、これで終わりではない……いずれはまた、相見えましょう」

 

 気持ちを切り替え、男は踵を返して今回の舞台を用意しに向かう。譬え大根役者が演じる三流以下の劇場であろうと、妥協はしない。向かう先は、第五十五層・グランザム――――

 

「Good Luck……イタチ君」

 

 

 

 

 

 

 

転移門が開通してからおよそ五日が経過したが、二十階ある内の四階までしか踏破されていなかった。これは、迷宮区の複雑化やトラップの増加、そして先日イタチとアスナの間で話題となったモンスターのアルゴリズムにおけるイレギュラー性の上昇が原因である。故に、百戦錬磨の攻略組プレイヤーでも、より慎重な攻略を求められているのだ。

だが、攻略組でトップクラスに入るこの二人組はその限りではない。

 

「ふんっ……!」

 

「ギヤァッ!」

 

「グフゥッ!」

 

「ゴァッ!」

 

 両手に片手剣――エリュシデータとダークリパルサーを手に持ったイタチのソードスキルが連続で繰り出される。システム外スキル「スキルコネクト」にて繰り出された片手剣ソードスキルは、目の前に立ちふさがる亜人型モンスター三体の急所を正確に切り裂き、仰け反らせた。

 

「アスナさん、スイッチ!」

 

「了解!」

 

 イタチの合図に応じ、後衛として控えていたアスナが、細剣――ランベントライトを構え、目の前に連なる三体のモンスター目掛けてソードスキルを放つ。

 

「せやぁああ!」

 

 発動するのは、細剣系上位ソードスキル「フラッシング・ペネトレイター」。流れ星のような光芒を描いて放たれる刺突が、一直線上に並んでよろめいていたモンスター三体全てをまとめて貫く。ソードスキルのライトエフェクトの輝きが霧散する頃には、モンスター達は断末魔の叫びと共にポリゴン片となって消滅した。

 

「順調だね!」

 

「はい、そうですね。」

 

 前衛のイタチが、出現したモンスターの武器をパリィするか、急所に一撃を入れるかして隙を作り出し、後衛のアスナがそこへスイッチして止めを刺す。これが、この迷宮区に入ってからイタチとアスナが使用している必殺の連携技である。スイッチ自体は大して珍しい連携技ではない、基本的な連携技だが、その過程で二人――主にイタチ――が披露している技能は並大抵のものではない。

 アスナに先んじて特攻を仕掛けるイタチは、システム外スキルの「スキルコネクト」、「武器破壊」を連発し、モンスターの数など問題にならない剣技で戦力を削ぎ、致命的な隙を作り出す。その後にアスナが強力なソードスキルを発動して敵を殲滅するのだが、アスナのスピード・アキュラシーを差し引いても、敵を撃破する効率は異常なまでに高い。アスナ自身も、攻略を進める内にそれに気付き始めており、思い至った結論は、

 

(もしかして、イタチ君……私に合わせてくれてる?)

 

 イタチが、自分がソードスキルを発動するのに合わせて、モンスターを誘導しているのでは、と考えた。先の三体を撃破した時もそうだったが、イタチの攻撃を受けた後のモンスターの立ち位置は、アスナから見て一列に並んでいるという、上位技に刺突系が多い細剣の特性を活かせる最適な配置だった。

今まで同じギルドの仲間と組んで攻略をしてきたが、こんなに都合の良くスイッチできることなど滅多になかった。それがイタチと組んでからは、そんな場面がほとんどである。馬鹿なとは思ったが、イタチの常人離れした技能を考えれば、全くあり得ない話ではない。

 

(本当に、凄いんだね……イタチ君。)

 

 イタチとこうして共闘するのは、第一層攻略戦の時以来だった。あれ以来イタチは、アスナを攻略組の中でも上に立つに足る器であると判断し、ビーターである自分との接点を切ることによって、アスナの能力を開花させようとした。結果、イタチの思惑通り、狂戦士と恐れられはしたものの、攻略組プレイヤー達を率いる指揮官となった。

 だが、それ故に、ソロで前線に挑むイタチの実力を、本当の意味で理解することができなかった。フロアボス攻略には参加しているものの、イタチは基本的に回避盾として矢面に立つ事はあっても、積極的にボスにダメージを与えようとはせず、美味しい所は全て他のプレイヤーに譲っていた。数少ない例外は、クォーターポイントのボスのような強敵相手の戦闘で、前線が崩壊されかかった時だろう。今思えば、イタチは自分以外のプレイヤーに多く経験値が行き渡るよう配慮していたとも考えられた。

 

(こうして、一緒にいて初めて分かるなんてね……)

 

 ボス攻略の作戦を立てるためと理由をこじつけて無理矢理パーティーを組んだが、今はそれが正解だったとアスナは思う。自分達の攻略を本当の意味で支えてくれていた、影の功労者と呼ぶべきイタチの存在が如何に重要であったかを、再認識することができた。このまま行動を共にし続ければ、現実世界では叶わなかった、イタチの――桐ヶ谷和人の本当の素顔を見ることができるかもしれない。そう考えたアスナの歩調は、先程より軽快になっていた。

 

 

 

 

 

 イタチとアスナ――その在り様は、さながら影と光。

影は光に先んじて障害を払い、光は多くを導きながら、切り開かれた道を行く。イタチが前衛、アスナが後衛を行うこの攻略の風景も同義である。

「黒の忍」を「閃光」が追う、それはまさしく、黒と白の剣舞だった。

 




今回、レッドプレイヤーに初のパロキャラが登場しました。
彼の正体を知るヒントは、最後に放った言葉にあります。

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