ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第四十八話 はじまりの街

 アインクラッド第一層、はじまりの街の転移門は、中央広場に設置されている。二年前、ゲームマスターにしてこの世界の創造者たる、茅場晶彦によってデスゲームの宣告がなされたこの場所は、一万人のプレイヤーを収容して余りある広さをもっている。そんな広場に降り立つ、三人の男女の人影があった。

 

「ようやく着いたね。ユイちゃん、見覚えのある建物とか、ある?」

 

「……ううん」

 

「そっか……じゃあ、もっと他のところにも行ってみようか。イタチ君、早く行くよ」

 

「……了解」

 

 いつになく疲れ切った様子で歩くイタチ。フロアボスを相手にした後ですら、こんな姿は見られないだろう。それほどまでに、先程の湖での騒動は疲弊させられるものだったのだ。

 閃光の二つ名を持つアスナと、イタチと並んで二人をパパ、ママと呼ぶユイの登場によって、湖畔は騒然となった。集まったプレイヤー達は口々に、「あのアスナさんが結婚!?」、「SAOで子供が作れるのか!?」などと口々に呟き、混乱していた。その場にいたのが中層プレイヤーだけだったとはいえ、自分とアスナの関係についてあらぬ噂が立つことは避けねばならないことであり、故にイタチは弁明するのに必死だった。アスナにも目で助けを乞うたものの、最強プレイヤーと目されているイタチが窮地に立たされている様子が珍しかったからか、或いは、今まで自分を除け者にしようとしてきたイタチへの当て付けなのか、アスナはギリギリまで助けに出ようとはしなかった。

 そして、数十名のプレイヤーの誤解をどうにか解くことに成功した頃には、イタチはボス戦以上に疲弊するに至っていたということである。現在、ユイを抱きかかえる役目はアスナへと移っている。

 

「そういえば、はじまりの街にいるっていうイタチ君の知り合いはどうしたの?」

 

「ああ……彼なら、今日はフィールドで狩りをしている筈です。逗留している場所は分かりますので、まずは街を巡ってユイの記憶にある場所が無いか調べましょう」

 

 イタチの提案に頷くと、アスナとイタチは並んではじまりの街を歩きだす。イタチの知り合いである、はじまりの街常駐のプレイヤーとの対面までにはまだ時間がある。ある程度歩くごとにユイに知っている光景は無いかと問い掛けるも、首を横に振るばかりだった。そんな中、アスナが首を傾げてイタチに問いかける。

 

「ねえ、イタチ君……ここって今、プレイヤー何人くらいいるんだっけ?」

 

「生き残っているプレイヤーが、八千人弱。その三分の一程度が暮らしていると聞いています。つまり、少なくとも二千五百人のプレイヤーがいる筈です」

 

「その割には、人が少なくない?」

 

「無理も無いでしょう。なにせ、今は軍のプレイヤーが……」

 

子供達を返して!

 

「「!」」

 

 そこまで言いかけて、しかしイタチの言葉は裏路地から響いてきた、悲鳴にも似た女性の叫びによって遮られてしまった。何事かと振り向く二人。共に警戒心を抱いてはいるが、イタチの方は驚いた様子は無かった。

 

「イタチ君、今のって……」

 

「アスナさんはここでお待ちください。ユイをお願いします」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 アスナの制止を半ば無視して路地裏へと入っていくイタチ。アスナも後を追いたいと考えるものの、ユイを連れている状態では迂闊に動けない。イタチの言う通り、ここで待機しているほか無かった。

 

 

 

 ユイを抱いた状態のアスナを表通りに置いて裏路地へと入ったイタチは、悲鳴の発生源目指して駆け抜けていく。はじまりの街の路地は複雑に入り組んでおり、スピードタイプのハイレベルプレイヤーが走ろうものならすぐに壁に激突してしまうところだが、イタチは服の端すら壁に掠らせない。システム上許容されるギリギリまで敏捷をゲインして疾走し、曲がり角に差し掛かった場合には減速するのではなく壁を蹴って進路変更を行う。ただ高いステータスを持っているだけのプレイヤーでは再現し得ない、その動きは忍者そのものだった。常人では真似できないこの動き、しかし忍としての前世を持つイタチには、造作もないことだった。

 

「子供達を返してください!」

 

 遠くに聞こえていた女性の悲鳴が、よりはっきりと聞こえるようになってきた。距離的に、あと二十メートルも無いだろう。角を数度曲がった後、遂にイタチは騒動が起こっている現場へと辿り着いた。

 まず目に入ったのは、修道女服に身を包んだ女性プレイヤーの姿だった。どうやら先程の悲鳴染みた声を発していたのは彼女らしい。そしてその前方には、何やら複数の人だかりが見えた。

 

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。ちょっと子供達に、社会常識ってもんを教えているだけさ。これも軍の大事な任務でね」

 

「そうそう。市民には納税の義務があるからな」

 

 下卑た笑い声を上げ、修道女服に身を包んだプレイヤーを嘲笑うのは、灰緑色のマントに黒鉄の鎧に身を包んだ集団。ここ第一層に拠点を置いている、アインクラッド解放軍のメンバーだった。

 

「ギン、ケイン、ミナ!そこにいるの!?」

 

 軍のメンバーが行く手を塞いでいる通りの向こうに呼び掛けるのは、修道服に身を包み、眼鏡をかけた女性プレイヤー。その様子を見たイタチは、大体の事情を察する。どうやらこれは、軍のプレイヤーによるハラスメント行為らしい。SAOには、従来のMMORPGにもあった、システムの抜け穴を利用したハラスメント行為が複数存在する。これもその一つ。複数人のプレイヤーが通路に立つことでその行方を塞ぐ、ブロックと呼ばれる行為である。つまり、軍のプレイヤーが固まっている向こうには、この女性の身内に相当するプレイヤーがいるということである。

 

「サーシャ先生!」

 

「先生、助けて!」

 

 案の定、通りの向こうからは、サーシャと呼ばれた女性プレイヤーの声に反応して、助けを求める声が返ってきた。声色からして、子供だろう。サーシャと言う名前のプレイヤーに心当たりがあった。ここはじまりの街で、行き場の無い子供達を保護しているプレイヤーであると、イタチは第一層探索のために頼ろうと考えていた知り合いから聞いていた。ということは、向こう側にいるのはサーシャが保護している子供達であろうか。

 

「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

 

「先生……それだけじゃ、駄目なんだ!」

 

 不安そうな少年の声を聞いたサーシャとイタチがどういう意味だと訝る。金目的でこのようなマナー違反行為を働いているのは容易に予想できたが、その上何を要求しているのか。それに答えたのは、相変わらず下品な笑みを浮かべた軍のメンバーの一人だった。

 

「あんたら、ずいぶん税金を滞納してるからなぁ……」

 

「装備も置いてってもらわないとな。防具も全部……何から何までな」

 

 つまり、この徴税部隊とでも呼ぶべき兵士達は、着衣すべてを解除しろと要求しているのだ。その意味を察したサーシャの目に、怒りの炎が宿る。イタチもまた、解放軍の兵士達に対して侮蔑を込めた視線を送っていた。

 

「そこを……そこをどきなさい!さもないと……!」

 

 腰に差した短剣に手を伸ばし、今にも斬りかからんばかりのサーシャに、しかし兵士達は全く怯む様子がない。当然と言えば当然だろう。圏内ならば、どのような攻撃を受けてもHPが減少することはないのだから。

 殺気を放つサーシャと、その前に余裕の表情で立ちはだかる兵士達。両者ともに動かない硬直状態が続く中、イタチがその場に介入する。

 

「あ?何だ、お前は?」

 

「見ない顔だな……まあいい、お前にも税金を支払って……」

 

 黒衣の戦闘服に身を包んだイタチの登場に、しかし兵士達はやはり余裕を崩さない。それどころか、新たな獲物を見つけたと言わんばかりの表情でイタチからも税金を巻き上げようとするのだが、

 

「がぁあっ!」

 

 それを最後まで言うことは叶わなかった。イタチの正面、一番近くに立っていた兵士が、突如横薙ぎの一撃を食らって吹き飛び、他の兵士を巻き添えに地に崩れたのだ。光芒を伴うその剣撃は、初級ソードスキル『ホリゾンタル』である。

 

「なっ!き、貴様……」

 

 イタチが繰り出したソードスキルの不意打ちに、しばし呆然としていた兵士達だったが、次の瞬間には剣を抜いてイタチへ斬りかかろうとする。だが、イタチは抜剣する余裕すらも与えない。

 

「ぐへっ!」

 

「ぐはっ!」

 

「ぼほっ!」

 

 ホリゾンタルを次々に繰り出し、右に左に兵士達を吹き飛ばして歩を進めるイタチ。その赤い双眸には、兵士達の姿など映ってはいなかった。圏内とはいえ、ソードスキルを食らえばHPは減らずとも衝撃で吹き飛ばされることはある。そして、攻略組として強大な筋力ステータスを持つイタチが繰り出すソードスキルは、下層のプレイヤーが太刀打ちできるような生易しいものではない。初級技とはいえ、直撃を食らえば自動車に撥ねられたが如く吹き飛ばされるのは必定だった。四人ほど吹き飛ばしたところで、ようやく剣を手に斬りかかる兵士が現れるも、イタチはそれを軽く回避してカウンターで同様に吹き飛ばす。七、八人ほどの兵士を薙ぎ倒したところで、遂にブロックの被害に遭っていた少年たちのもとへの道が開けた。

 

「道が開けたぞ。早く迎えに行け」

 

「え?……あ、ハイ!ありがとうございます!」

 

 イタチが解放軍相手に繰り広げた無双に唖然としていたサーシャだったが、その一声で正気に戻る。イタチに軽く頭を下げて礼を言うと、その横を通って少年達のもとへと小走りに駆けつける。

 

「サーシャ先生!」

 

「皆、もう大丈夫よ。早く装備を戻して」

 

「うん!」

 

 サーシャは未だに不安そうな子供たちを落ち着かせ、ウインドウを操作させる。その様子をみて、イタチは内心でほっと一息吐く。だが、

 

「ぐぐぅ……貴様、我々解放軍に盾突くとはいい度胸だ。存分に相手してやるから覚悟しろっ!」

 

 イタチに吹き飛ばされた兵士の一人が、剣を杖代わりに立ちあがり、ポーチから笛のようなアイテムを取り出した。そして、息を深く吸い込むと、思い切りそれを吹く。『ピィイ――――』という音が裏路地に響き渡った後、他のエリアに待機していたであろう、軍のプレイヤー達がぞろぞろと大量に押し寄せてきた。

 

「こうなったら、タダじゃおかねえ!お前等全員圏外に連れ出して、痛い目に遭わせてやる!」

 

 イタチやサーシャがいる場所の正面を塞ぐ軍のプレイヤー達。先程までブロックしていた人数と合わせて、三十人弱といったところだろうか。各々、剣を手に今にも斬りかからんと構える姿に、イタチの後方にいたサーシャや子供たちが恐怖する。対するイタチは、呆れた様子で再び剣を構えた。圏内戦闘ではHPが減ることはなく、攻略組最強プレイヤーと目されるイタチならば、下層プレイヤーがどれだけ束になっても負けることはない。ただ、人数が人数であり、これを全て排除するにはそれなりの時間と労力を要する。解放軍には攻略組に相当する実力者も何名か在籍しているが、目の前の徴税部隊ははじまりの街でしか活動したことがないためか、イタチのステータスや実力を、数で押せばどうとでもなると単純に考えているようだ。早く片付けてアスナと合流せねばならないが、後ろのサーシャ達を見捨てていくわけにはいかない。少々手間だが、やはり全員叩き伏せるしかないと再度剣を構えた。

 

「何やら騒がしい気配がしたから来たでござるが……解放軍が、市民を寄って集って袋叩きにするとは、感心しないでござるな」

 

 だが、そこへさらなるプレイヤーが現れる。左頬にある大きな十字傷が特徴的な、短身痩躯で赤髪の、着物を纏った優男。防具は一切纏っておらず、線は女性と見紛うほどの細さで、一見朗らかな人物に見える。腰には武器であろう、刀が差してあり、刀使いのプレイヤーであることが分かる。

 新たに姿を見せたこのプレイヤーに、しかしイタチやサーシャ、子供たち、そして軍の兵士達は、見覚えがあった。

 

「ケンシンさん!」

 

「ケン兄ちゃん!」

 

「ケンシン……街に戻っていたのか」

 

 ケンシンと呼ばれた侍姿のプレイヤーに、サーシャと子供達は喜色を浮かべ、イタチは意外そうな顔をする。

 

「イタチ殿、久しぶりでござる」

 

「今日は狩りで夕方まで帰らないんじゃなかったのか?」

 

「そういう予定でござったが……アルゴ殿から、サーシャ殿や子供達が狙われているという情報を受けて戻ってきたでござる。まさか、イタチ殿までいるとは思わなかったでござるが……」

 

 軍の集団越しに会話するイタチとケンシン。三十人近くの兵士を前にしても怯まない様子である。そんな中、軍のプレイヤー達は、ケンシンの登場に狼狽していた。

 

「オ、オイ!どうして奴がここにいるんだよ!?」

 

「知るか!事前の調査では、今日は狩りで圏外に出ている筈だったんだ!だからこうして、徴税に来たんだろうがっ!」

 

 三十人の兵士をざわめかせるケンシンの存在。それだけで、彼の実力がいかほどのものかは分かるものだ。だが、軍のリーダー格の男は尚も退こうとはしない。

 

「ビビるな!相手はたった二人……こっちは三十人だぞ!いくら攻略組並みの実力があるからって、敵うわけはねえんだ!やっちまえ!」

 

「お、おうっ!!」

 

「そうだ、やっちまえ!」

 

 その言葉を契機に、一斉に襲い掛かる兵士達。きっかり半分、およそ十五人ずつの兵士達が、イタチとケンシンそれぞれに斬りかかっていった。

 

「やれやれでござる……」

 

「全くだな……」

 

 双方共に呆れた様子で武器を構える。イタチは片手剣「エリュシデータ」を、ケンシンは刀「赤空」を手に、兵士達の群れへと突撃していった。真昼の路地裏に、派手な轟音と絶叫が木霊していた。

 

 

 

 イタチとケンシンの二人が、三十人の兵士を相手に戦闘を始めてから五分足らず。戦闘の行われた路地裏は、死屍累々という言葉が似合う惨状と化していた。アバターが残っている以上、この世界で死ぬことは有り得ないのだが、ソードスキルの衝撃に打たれて気絶した兵士達がそこかしこに倒れ伏している状況は、戦の跡地のようだった。

 軍のプレイヤー達が倒れている中、最後まで立っていたのは二人だけ。言うまでもなく、イタチとケンシンである。

 

「助かったでござるよ」

 

「気にするな。俺もお前に用があったからな。それより人を待たせている。そろそろ教会に案内してもらいたい」

 

「そうでござったな。では、サーシャ殿達も一緒に……」

 

「すげえ……すげえよ兄ちゃん!」

 

 ケンシンの言葉を遮ったのは、サーシャとともに戦場から離れていた子供の一人だった。いつの間にサーシャの腕を抜けてきたのか、イタチとケンシンのそばまで来ていた。そして、残りの子供達も二人のもとへ駆け寄る。

 

「ケン兄ちゃん以外で、あんなの見たの初めてだよ!」

 

「お兄ちゃん、すっごい強いんだね!」

 

 目を輝かせて見つめる子供たちに、しかし当人たるイタチは相変わらずの無表情である。内心では、どう反応したものかと戸惑っていたりもする。そんな中、保護者たるサーシャが前へ出て子供達を宥める。

 

「こらこら、少しは落ち着きなさい。あ、初めまして。私、サーシャと申します」

 

「イタチです。ケンシンから、話は聞いています。SAOで行く当ての無い子供達を保護している、立派な方だと」

 

「そんなことはありませんよ。大学で教職課程取ってて、それで……」

 

「まあ、こんなところで話すのもなんでござるし……イタチ殿も、人を待たせているのでござろう?早く行ってきた方が良いのではござらんか?」

 

「!……そうだな。悪いが、少し待っててくれ。すぐに連れてくる」

 

 アスナをかなり長いこと待たせていたことを思い出し、軽く焦るイタチ。ケンシンとサーシャに一先ず背を向け、路地裏の来た道を一気に駆けていく。

 この後、イタチはアスナと無事に合流し、教会へ行くことができた。だが、路地裏へ入る手前の道へ戻った時の二人は、当然の如く不機嫌であり、イタチはそれを宥めるのにさらなる心労を強いられることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 イタチがアスナと合流して教会へ辿り着き、サーシャやケンシンと合流していたその頃、アインクラッド解放軍の本拠がある黒鉄宮にある一室では、一部の上層部が集まって密かに会合が行われていた。

 

「間違いないのか、それは?」

 

「はい!特徴的なマークの額当てに、赤い眼の剣士……間違いなく、攻略組プレイヤーの黒の忍です!」

 

 会合に集まった幹部の中心人物二人のうち、眼鏡をかけた男の問いに、息も絶え絶えに駆けつけた兵士が答える。兵士はまるで、壮絶な戦闘後のように疲弊した様子だった。

 

「それに、帰還した他の者の証言によれば、閃光のアスナもこの街に入っているとのことです」

 

「厄介だな……ようやくシンカーを排除したのに、これじゃ全てが水の泡だ。今、奴に俺達の所業が攻略組やディアベル、キバオウ達に漏れれば、身の破滅だぞ」

 

「だが、兵を送り込んだところで、始末することも捕らえることもできる筈はない。ここは何か、策を練る必要があるな……」

 

「畜生……あの野郎、この世界に来てまで、俺達の邪魔をしようってのか……!」

 

 会合の中心人物の片割れである、サングラスをかけた男が忌々しげに顔を顰める。もう一人の眼鏡の男は苛立ちを露わにテーブルに拳を叩きつけた。

 

「まあ、落ち着け。とりあえず、見張りを放って様子を見るとしよう。それより、ユリエールの動きはどうだ?」

 

「シンカーの救出に動いているようですが、件のダンジョンを突破するに至る策は思い至らない様子です」

 

 サングラスの男の問いに、席に着いた幹部の一人が答える。その言葉に、眼鏡の男はふんと鼻を鳴らす。

 

「当然だ。あのダンジョンの難易度は六十層相当だ。あの女一人でどうこうできる筈が無い」

 

「突破するならば、強力な助っ人が必要…………待てよ」

 

 そこまで言ったところで、サングラスの男が何かを閃き、口元を歪める。

 

「攻略組の強豪二人がいると知れば、間違いなく連中を頼る筈……おそらく、明日にでもユリエールは奴等に救出を依頼するだろう」

 

「なっ……それは拙いだろう!早く手を打たなければ!」

 

「だから落ち着け。ダンジョンを突破するなら、フルメンバーで挑むのがベストだろう。そしてその間、教会の警備は手薄になる……そう思わないか?」

 

 サングラスの男がそこまで口にしたところで、会合の場にいた全員がその意図を理解する。

 

「つまり、邪魔者を全員まとめて始末するチャンスってことだ」

 

 サングラスの男の口元が、さらに邪悪に歪む。今まで軍のプレイヤーとして越えることの無かった一線を越えようとするその思考に、もう一人の代表格たる眼鏡の男以外の幹部たちは、戦慄するのだった。

 

 

 

 

 

 時刻は夕刻。既に日も沈んだこの時刻に、はじまりの街にある教会一回の広間では、子供たちが食事という名の壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

「アヤメ、パン取って!」

 

「スズメ、気を付けないとスープこぼすよ!」

 

「先生ー!イオリが目玉焼き取ったー!」

 

 食べ盛り、やんちゃ盛りの子供達が集まっての食事となれば、これくらい騒がしいのは当然と言えば当然なのだろう。だが、イタチもアスナも初めて見る光景だけあって、圧倒されずにはいられない。

 

「ははは……すごいね」

 

「同感です」

 

「すみませんね、騒がしくて。静かにするようにって言っても、聞かなくて……」

 

「しかし、こんな状況でござる。これくらいの元気があった方が、拙者達としても安心できるでござる」

 

 唖然とするアスナとイタチに対し、サーシャは苦笑しながら、自分の躾けがなっていないことに関して詫びを入れ、ケンシンは見た目通りののほほんとした表情でフォローを入れる。

 

「サーシャ殿は、大学で教員免許を取る勉強をしていたでござるよ。まあ、子供達は少々落ち着きに欠けるでござるが、皆仲良くやっていけているのは、サーシャ殿あってのことでござるよ」

 

「そうなんですか……行く当ての無い子供達のお世話をするなんて、立派ですね」

 

「そんなことはありませんよ。私がこうして子供達の相手をできるのも、ケンシンさんがフィールドで生活費を稼いできてくれるからですよ。本当なら、攻略組に入れるくらいの実力をお持ちなのに、私達のために、はじまりの街に残ってくださっているんです」

 

「そんなにお強いんですか?そういえば、イタチ君とも知り合いって言ってたけど、もしかしてケンシンさんは……」

 

「元ベータテスターでござるよ」

 

「…………」

 

 アスナが口にした疑問に対し、ケンシンは何ら隠し立てしようとはせず、答えた。それを聞いたアスナは、自身の失言にしまったと慌て、サーシャはばつの悪そうな顔をする。すぐそこに座るイタチは黙ったままである。

 SAOがデスゲームと化して以降、イタチがビーターを名乗るなどして、ベータテスターに対する風当たりが弱まってはいるものの、偏見は二年が経過した現在でも完全には消えていない。攻略組に属すカズゴやメダカあたりは、己の素性を特段隠そうとはせず、気にする素振りも見せないのだが、ベータテスターの中にはSAOの犠牲者に対して多かれ少なかれ責任を感じているが故にベータテスターであることを隠そうとする人間は多数いる。そのため、悪意の有無に関わらず、ベータテスターであるかの是非を問う行いは、マナー違反と見なされているのだ。しかし、ケンシンは特に気にした様子も無かった。

 

「アスナ殿、気にする必要は無いでござるよ。拙者がベータテスターなのは、変えようの無い事実……だからこそ、せめてこの街に暮らすサーシャ殿や子供達だけでも守れるよう、剣を振るっているのでござる」

 

「ケンシンさん……」

 

「まあ、辛気臭い話はこれくらいにして……それよりイタチ殿。攻略組のお主やアスナ殿がこの街へ来たということは、何やら用があってのことでござろう?もしや、そこなお主等の子供に関わりがあるでござるか?」

 

「こ、子供ってっ……!」

 

「……誤解しているようだが、ユイは本当の意味で俺の子供ではない」

 

「おろ?」

 

 イタチの訂正に、不思議そうな顔して首をかしげるケンシン。彼の視点からすれば、ユイとイタチとアスナは、仲の良い家族にしか見えない様子だった。

 

「二十二層の森の中で倒れていたのを、アスナさんと二人で保護したんだ。この街に保護者か、この子を知っているプレイヤーがいないか、確認するために来たんだ」

 

「そうでござったか……サーシャ殿、どうでござるか?」

 

「う~ん……毎日一エリアずつ回って、困っている子供がいないか調べているんですけど……たぶん、はじまりの街で暮らしていた子じゃないと思います」

 

「そうですか……」

 

 ユイの行方に関して、手掛かりが掴めなかったことに落胆するアスナ。だが、ユイともう少しだけでも一緒にいられると考えると、少し気が楽になった気がした。本当ならば、すぐにでも本当の保護者の元へ戻さなければならないのに、それを拒んでいる自分がいる矛盾に、アスナは複雑な心境だった。

 

「事情は分かったでござるよ。そういうことなら、拙者も協力するでござる。明日には、同じくはじまりの街に残っているヌエベエにも連絡を取って、この子の親探しをしてみるでござる」

 

「よろしく頼む」

 

「お願いします」

 

 頭を下げて頼み込むイタチとアスナに、ケンシンは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。その後は、明日も一緒にこの街を巡るということで、自然とイタチとアスナ、ユイの三人も教会に泊まる流れとなった。その際、ユイが三人一緒のベッドで寝たいとせがんできたため、アスナとイタチは多いに困惑することとなった。ベッドが小さいと言っても聞かず、仕方なくイタチもユイが深く寝入るまで一緒のベッドに横になる羽目になった。ユイが寝静まった頃を見計らって、イタチがベッドを出る際、起きていたアスナがイタチに非難の視線を送ってきた。おそらく、ユイのための思うのなら、このまま一緒のベッドで眠れと言おうとしていたのだろうが、イタチの内心は勘弁してくれという感情でいっぱいだった。ユイを起こさないために、アスナが声を発することができないのを良いことに、部屋からの脱出を図るイタチ。そのまま、ベッドで横になっているアスナとユイの方を振り返らず部屋を出ると、ケンシンの部屋へと入る。ようやく休めると思っていたが、部屋の主たるケンシンからこんな一言が。

 

「せっかくの家族水入らず、楽しめばいいではござらんか」

 

 からかい・冗談のニュアンスがあったものの、この一言には頭痛を覚えずにはいられないイタチだった。

 


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