ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第四話 仮想世界

2022年5月18日

 

日が傾き始める頃の放課後の校舎。そこから靴を履き替えて家路に着こうとする生徒が一人いた。女性のような線の細いシルエットに、大人しいスタイルの黒髪をした少年。桐ヶ谷和人である。

傍目には普段と変わりない様子に見える和人だが、これから向かう場所へと急く気持ちがあった。足取りも、普段に比べると僅かばかり軽快さがある。夏前の日差しのもとを歩き、校門をくぐろうとしたところで…

 

「桐ヶ谷君、ちょっと待ちなさい!」

 

後ろから聞き知った声に歩を止められた。無表情ながら、内心で溜息を吐いて振り向いて見ると、そこには案の定、生徒会長の結城明日奈がいた。止められた理由に覚えがあるが、一応聞いてみる。

 

「何かご用でしょうか、結城先輩。」

 

「あなた、剣道部を退部したそうじゃない。」

 

予想通りの内容だった。和人は今週の頭に、剣道部の顧問に部を出て行く意思を伝え、剣道部を退部している。部内の空気や3年生との軋轢から、そろそろ潮時かと考えていたところにあの騒動である。これを切欠に退部に踏み切ったのだが、目の前の生徒会長はそれを良しとしないらしい。

 

「もともと考えていたことです。先週の不祥事の責任を負う意味も込めて、部を去ることにしました。」

 

「責任って…あなたは何も悪くないじゃない!なんでもっとちゃんと話し合おうとしなかったの?言ってくれれば、私だって協力したのに…」

 

「それが余計なお世話なんですよ。」

 

和人のことを考えての明日奈の言葉を、しかし和人本人は「余計なお世話」の一言で斬って捨てた。容赦の無い一言に、明日奈は凍りつく。いつもなら、こんなに端的かつ鋭く返す真似はしないのだが、今日は急ぎの用事がある。和人としては、早々に切り上げたい気持ちだった。

 

「一般家庭の生徒が泣きを見るのは、この学校では日常茶飯事です。それに、無用に事を荒立てれば、俺だけでなく、あなたまで目の敵にされますよ?」

 

氷のように冷え切った視線を投げかけると共に、冷淡に語りかけてくる和人に対し、明日奈は口を開けない。

 

「もとより、俺は今回の件をあまり気にしていません。剣道部にも、然程思い入れがあったわけではありませんから。」

 

「だ、だからって、このままじゃ…」

 

「俺のことはどうでも良いんです。一般家庭出身の生徒が苦しまないような学校づくりをしてくれるのなら、俺よりも助けを求めている生徒に手を貸してください。」

 

「そ、そんなこと…!」

 

和人の手助けをしようとした明日奈の本心は、家柄の違いから生じる生徒同士の軋轢の解消を目指して、目の前で起こっている出来事一つから始めたいという思いがあってのことだった。そのために、一般家庭出身の生徒達に人望のある和人と力を合わせるきっかけになればとも思っていた。

だが、本人は自分の差し伸べた手を不要と言って取ろうとはしない。剣道部の件を気にしていないというのは本心なのだろうが、自分に関わることを忌避しているような気がしてならない。その理由が、自分が和人達を虐げている名家出身の生徒であるためだということも分かっていた。握りしめた手は、思いが伝わらない、分かりあえないことへのもどかしさに震え、胸中には遣る瀬ない想いが募るばかりだった。なんで自分を拒絶するのか、と目の前の少年に叫びたい気持ちに駆られるも、声は出なかった。

 

「…そんなに、私が信用できない?」

 

代わりに出てきたのは、胸に溜め込んだもやもやの一部にも満たない、か細い問いかけ。もっと自分の気持ちを声に出さなければ伝わらないと分かっていても、目の前の少年相手ではどうしてもそれが出せない。

 

「必要ない、ただそれだけです。」

 

和人の口から出たのは、繰り返される拒絶の言葉。立ち尽くして今にも泣きそうな顔をしている明日奈に背を向け、そのまま学校を後にした。

 

 

 

学校を出た和人が向かったのは、アーガス本社ビル。一週間前から毎日通い続けているため、受付の人間に顔を覚えられており、手続きには時間をかけずにすぐに奥へ通してもらえた。目的の部屋で和人を出迎えたのは、最初にここに来た時と同じ人物。

 

「やあ、桐ヶ谷君。今日もすまないね。」

 

恰好も相変わらず、白シャツ・ネクタイ・白衣の研究者。茅場晶彦である。コーヒーカップ片手にパソコンの画面に向かい、ソードアート・オンライン関係のものであろうシステムを操作していた。

 

「こんにちは、茅場さん。今日もよろしくお願いします。」

 

「こちらこそ頼むよ。今日は…たしか、薙刀スキルだったかな?」

 

「はい。今日は多少遅くなっても大丈夫なので、戦斧と体術スキルの足技まで進めると思います。」

 

「本当に助かるよ。君以上の人材は、あちこち声を掛けてみても見つからなかったからね。」

 

一週間前に、情報誌編集者である母、翠の紹介により、アーガス本社を訪れてゲーム制作主任である茅場に会った和人は、ゲーム制作スタッフとして採用されていた。初日はフルダイブ初体験の和人が、仮想世界でどの程度動けるかを試すだけの予定だった。だが、和人の順応が思いのほか早かったため、そのまま採用判定を飛ばして、依頼内容のソードスキルのモーションキャプチャーへと移行したのだった。

 

「しかし、今でも信じられないよ。まさかフルダイブ初日であれほどまでに動けたとは…しかも、システムアシスト無しであの動き…ソードスキルの完成形そのものと言っていい。君という人間は私の想像を遥かに超えていたよ。」

 

「恐縮です…」

 

初日のテストにおいて披露した和人の能力を絶賛する茅場。ナーヴギアを使う事自体初めての和人がものの十分足らずで順応できたのには、本人しか知り得ない理由がある。それは、和人の前世――うちはイタチが「幻術」の達人だったことに起因する。うちは一族が持つ写輪眼は、忍術の中でも相手に多様な夢幻を見せる「幻術」において非常に高い性能を持つ。イタチはその写輪眼の中でも、伝説級とされる万華鏡写輪眼を開眼したのだ。万華鏡によって会得した「月読」という名の術は、時間や空間、あらゆる法則を支配する自らの精神世界の展開を可能とする。

現実世界とはかけ離れた空間に身を投じてきた前世の経験、それこそが、同じく精神世界と呼べるナーヴギアが作り出す仮想世界への、和人の突出した順応性の源となっているのだ。

 

「それに、剣道の達人とは聞いていたが…素人の私の目から見ても、君は他の武術においても達人級じゃないか。」

 

「“目”が良いだけです。一度見たものを、ある程度再現できる程度には…」

 

言葉を濁して答える和人。だがそれは、事実であり、嘘ではない。うちは一族が血継限界、写輪眼には、視認することによりその技をコピーし、自分の技として使える能力がある。前世において、イタチは木の葉隠れの里の暗部、そしてS級犯罪組織・暁の構成員として、多くの敵と戦い、多くの武術をコピーしてきた。転生した和人は、それらコピーして身に付けた武術を引き継いでいるのだ。そして、転生後の和人に写輪眼は無いが、常人としてのレベルでずば抜けて高い動体視力がある。「模倣する」という行為は前世のうちはイタチだった頃から魂に染みついているわけであり、その能力だけは転生後においても健在だった。

 

「そうかい。だが、君のおかげでデータ採取は予定よりも順調だ。ソードスキルのシステムアシスト設定に要する手間も半減している。君には既に、ベータテストの参加権だけでは不釣り合いなほど貢献してもらっているよ。」

 

「…俺としては、茅場さんの方が凄いと思います。試作とはいえ、最初に仮想世界を見た時には、驚嘆しました。あの世界が人の手で作られているとは、今でも信じられないくらいです。」

 

それは、お世辞ではない、率直な感想だった。和人は初日にナーヴギアをかぶってダイブした時の感動を今でも覚えている。ソードアート・オンラインの舞台である浮遊城、アインクラッドのフィールドの一部を再現したという草原フィールドは、現実のそれとほとんど変わらないと感じた。かつて月読という精神世界を持っていた和人だったが、それと同等の性質を持った世界が、忍術に依らない科学の力で展開されていることに、内心では驚愕していた。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。この世界の想像は、私が何よりも成し遂げたいと思っていた夢そのものだ。完成させるためには、君の協力が不可欠だと思っている。今後もよろしく頼むよ。」

 

「喜んで協力させてもらいますよ。」

 

そう互いに微笑んで答えると、和人は研究室の奥へと向かう。この一週間、テストの度に世話になっているナーヴギアが設置されている場所である。リクライニングチェアに腰を下ろし、ナーヴギアを頭にかぶる。

 

「茅場さん、準備は良いですか?」

 

「いつでも大丈夫だ。」

 

「分かりました。それでは…リンク・スタート。」

 

そのコマンドと共に、和人の意識はデジタルデータの世界へと誘われるのだった。

 

 

 

開始コマンドを唱えて虹色のリングをくぐった先にあったのは、先程までいた研究室ではなく、レンガの敷かれた西洋の街中だった。

 

(今日は主街区エリアか…)

 

ソードアート・オンライン制作スタッフとして依頼を受けている和人は、ソードスキルのデータ提供以外にも、ゲームステージであるアインクラッドの各所にて活動することで、ゲームステージを構成するデータがアバターに与える影響を確かめる仕事も引き受けていた。初日は草原、それ以降も森林、砂浜、遺跡などを舞台にテストを行わされたが、今日は主街区らしい。

 

(さて…あそこか。)

 

和人がふと顔を右上に向ける。途端、何もなかった空間に黒い球体が現れる。球体は浮遊したまま、和人を見下ろしているようだった。

 

「茅場さん、薙刀のジェネレートをお願いします。」

 

『了解した。』

 

和人の声に答えたのは、現実世界にいる茅場の声。この球体は、外界にいる茅場が仮想世界にダイブしている和人と交信するための装置なのだ。

準備が完了した和人に茅場が返事をして間もなく、和人の目の前に薙刀が現れた。中に浮いて静止した状態のそれを、和人は手に取り構える。

 

「それでは、始めるので、よろしくお願いします。」

 

『分かった。遠慮なくやってくれ。』

 

球体から茅場の了承が伝えられると、和人は薙刀を振り回す。一切の無駄がない、流れるような動きで繰り出される技の数々は、素人の目から見ても洗練された達人レベルのものであることが分かる。

 

「そろそろスピードを上げます。良いですか?」

 

『構わない。存分にやってくれ。』

 

「では…」

 

茅場に断りを得ると、和人は言葉通り、先程よりもさらに薙刀を振るうスピードを激しく、鋭くする。仮想世界を満たす大気が震え、振動する。生身の人間には無論のこと、仮想世界に至ってもシステムのアシストなしには為し得ない動きだった。

 

(…やはり、この世界は似ている。俺が今まで生きてきた、幻術の…偽りの世界に…)

 

忍としての前世で幾度となく潜ってきた幻術の空間と、自分が今いるこの仮想世界は、やはり似ていると感じる。現実から完全に切り離されていることや、仮想の身体を動かしていること。そして、五感で感じる全てが仮想…偽りであることも。

この世界が嫌いなわけではない。だが、こうして何の障害もなく順応している自分に戸惑わずにはいられない。転生してから十年以上経った今でも、自分が現実世界に存在しているという意識がどこか希薄だった。むしろ、全てが偽りのこの世界こそが自分の本当にいるべき場所なのではないか、とさえ思えてくる。

 

『知識や認識は曖昧なモノだ。その現実は幻かもしれない。人は皆思いこみの中で生きている。そうは考えられないか?』

 

他でもない、前世の自分――うちはイタチが言った言葉だ。忍者の世界、その中でも闇の部分に属し、偽りを重ねてきて至った一つの境地。ならば、死を経てなお、仮想の現実に在る自分は、一体何者なのか?現実に存在する意味が本当にあるのか?

…いくら考えても、答えは出なかった。

 

 

 

その後のモーションキャプチャーテストは、途中にトイレや休憩を挟んで5時間にもわたって行われた。和人が当初言っていた通り、薙刀のソードスキルのデータを早々に採取し終えて、戦斧と足技体術の実演へと工程は進んだ。今日の分のテストを終え、和人はナーヴギアを外して椅子から立つ。ほとんど横になって過ごしたせいか、背中が微妙に痛い。

 

「お疲れ様、桐ヶ谷君。遅くまで付き合わせてしまって悪かったね。」

 

「いえ、大丈夫です。家は親が二人とも帰りが遅いんです。」

 

「よかったら、駅まで車で送るが?」

 

「ご心配なさらずに。一人で帰れますよ。」

 

「そうか…君のおかげで、必要とされるソードスキルのデータは現在およそ四割近く蒐集が完了している。これならば、ベータテストを経ての発売日を予定より早められそうだよ。」

 

「楽しみにしていますよ。それでは、失礼します。」

 

アーガス社のビルの入り口まで見送りに来てくれた茅場とスタッフ数名に手を振りながら、和人は家路に着いた。

 

 

 

和人が帰宅したのは、午後七時くらいだった。桐ヶ谷家のダイニングルームでは、夕飯の用意を終えた直葉と翠が和人の帰りを待ってくれていた。若干遅くなったことを謝りつつも、食卓に着く。

 

「それにしても、忙しいみたいじゃない?こんな時間までアーガス本社にお邪魔しちゃって…」

 

「面目ないと思っている。平日はもう少し早く帰れるように相談してみるさ。」

 

ばつの悪い表情で翠の小言に苦笑する和人。その表情は、しかし今まで翠や直葉、峰嵩に見せてきた表情とは少々違っていた。表面上に変化は見られないようだが、明るくなったと言ったところだろうか?些細な変化だが、和人がこうして少しでも楽しそうな顔をしたところを、一緒に暮らしてきた翠や直葉は見た記憶はない。

 

「楽しそうね。そんなに気に入ったのかしら、ソードアート・オンラインは?」

 

「そうだな……想像していたよりは、楽しめているな。」

 

翠の問いに対して答える、和人の顔には、薄らとだが自然な笑みが浮かんでいた。家族である翠と直葉には、和人が楽しそうに話しているとはっきり分かった。十年以上暮らしている間柄でも、ここまでの変化は見たことがない。どうやらソードアート・オンラインというゲームは和人の興味を想像以上に焚きつけているらしい。

 

「そんなに面白いなら、私にもやらせてよ。」

 

「ゲームが発売したら、俺の次にやらせてやるよ。」

 

「ぶ~…ケチだな~」

 

和人の言葉にむくれる直葉。家族が団欒してきた中で、今日ほど明るい日は初めてかもしれない。と、そこで直葉が思い出したように別の話題を出す。

 

「ところでお兄ちゃん…剣道部をやめちゃったって聞いたけど、本当なの?」

 

「ああ、この間退部した。」

 

「それって…もう、剣道やらなくなっちゃうってことなの?」

 

直葉の切り出した話に、和人は何でもないことのように答える。だが、剣道部をやめたと聞いた直葉の表情には不安の色が浮かんでいた。素気ない兄だが、唯一剣道において、心を通じ合えると思っていたのだ。それが無くなるなど、考えたくもなかった。

 

「いや、剣道は続けるさ。部活をやめたのは、人間関係がギクシャクしたことが原因だからな。剣道自体をやめるつもりは、毛頭ない。」

 

「そうなの?」

 

「ああ。」

 

和人が剣道をするようになったのは、今は亡き祖父の教えによるものである。特にこれといった趣味も無かった和人は、身体を鍛えるための鍛練の一環としてこれを続けてきたのだ。別段、やめる理由もなく、続けることも苦ではなかったので、今日まで竹刀を振るってきたのだ。家には立派な道場もあり、直葉が手合わせする相手を欲しがっていることも知っているので、部活はやめても剣道は続けるつもりだった。

 

「そっか…良かった。」

 

「安心しろ。部活がなくなった以上、これからはもっとお前に稽古をつけてやれるからな。」

 

「えっ!?そ、それはちょっと…お手柔らかに…」

 

「全国大会に行けるレベルまで鍛え上げてやるからな。」

 

「うぅ~…」

 

和人の発言に、藪をつついて蛇を出したと後悔する直葉。そんな妹の様子に、和人の表情にもまた少し、笑みが浮かんだ。

 

仮想世界という、かつて自分が生きた幻の中へ入って以来、この場所に生きる自分の存在が不安定に思えて仕方がなかった。しかしそれでも、直葉のように自分を必要としてくれる存在に、知らず救われていた。

だが、この苦悩そのものが、前世の自分への罰なのかもしれない。だとしたら、このように他者を求めることも許されない。過去など捨てればこんな思いはしなくても済むのだろうが、和人はその重荷を背負い続ける。譬え目に見える全てが幻だとしても、そこに生きている自分は本物なのだから―――

 

 




和人の仮想世界への適応力ですが、初期の投稿で説明したように、前世で月読を使い続けていた経緯により、常人以上に高いという設定です。要するに、SAO原作のユウキと同様の理由で仮想世界での活動に秀でているというわけです。
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