ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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NARUTO原作が最終回を迎えました……だが、ジャンプがすぐに売れて結末を見届けることができなかった…………不覚!!
原作は完結しても、この小説は続けます。アインクラッド編については完結まで、残り四話。年内完結を目指し、来年一月からはフェアリィ・ダンスが幕を開けます。


世界の終焉
第五十二話 奈落の淵


2024年11月7日

 

 七十五層フロアボスとの戦いを前に、攻略組プレイヤーに与えられた二週間の猶予期間が終わりを告げるこの日。七十五層の宿屋を借りて設けた攻略組の拠点には、ヒースクリフ等最高幹部をはじめ、イタチを筆頭としたトッププレイヤー達までもが集められていた。

 

(現時点で俺達がこの場に集められる理由……ボス攻略に関連した事情であることは、間違いない)

 

 現在時刻は午前十時を回ったところである。本来ならば、この日の攻略活動は、偵察と、それによって得られた情報をもとに攻略方針を練ること。イタチやアスナは、午前十一時開始予定の会議にて集められる筈だった。それが今、集められている理由はとなれば、攻略にて何らかの問題が生じた以外に有り得ない。

 イタチをはじめ、その場にいた全攻略組プレイヤーに重々しい沈黙が流れる中、遂にヒースクリフが口を開いた。

 

「皆に集まってもらったのは他でもない。本日行われた、フロアボス偵察のことだ」

 

 ヒースクリフの第一声に、驚く人間は一人もおらず、やはり何かあったのかと得心する。むしろ重要なのは、その先であると認識している。

 

「数十分前、五大ギルド合同で結成した二十人の偵察部隊の半分が死亡したことが明らかとなった」

 

 その言葉に、一同は騒然となる。クォーターポイントたる七十五層攻略は、死人が出かねない程の苦戦が予想されていた。故に、攻略は終始慎重を期して行われていたのだ。それが、偵察の段階で死人を出すと言う、早くも最悪の事態に及んでいるのだ。

 だが、同時に解せないこともある。偵察部隊は全員、緊急離脱のための転移結晶を常備していた筈である。何故、十人もの死者を出してしまったのか。だが、その答えはイタチにはすぐに分かった。

 

「結晶無効化エリア……ですか」

 

 イタチの口にした可能性……その意味を理解した一同の顔が、青ざめる。回復・解毒・離脱の要である結晶アイテムが使用不能となるエリア。それがボス部屋に展開されているとなれば、攻略組は命綱無しで戦いに挑まねばならないことを意味する。

 

「流石に君は聡いな。七十四層同様、恐らくは七十五層にも同様の罠が張られているのだろう。報告によれば、前衛十人が部屋の奥へ入った後、ボス部屋の扉が閉まった。五分後に再び開いた時には部屋の中には何もいなかったそうだ。その後、黒鉄宮を確認したところ、十人全員の名前に横線が入っていたとのことだ」

 

「つまり、七十五層フロアボスの部屋は結晶無効化エリアであり、一度入ればボスを倒すまでは開かない、ということか」

 

 誰もが戦慄して沈黙する中、攻略ギルドの一角たるミニチュア・ガーデンのリーダー、メダカはそう締め括る。その結論は、攻略組に挑む者達にとっては絶望以外の何物でもない。場の空気がさらに冷え込む中、メダカはヒースクリフに先を促す。

 

「それで、ヒースクリフ殿。今後の攻略方針はいかがなさるおつもりかな?」

 

「最悪の事態に直面していることは確かだが、攻略を諦めるわけにはいかない」

 

 その問いに、しかしヒースクリフは即答した。真鍮色の瞳には一切の迷いが無い。答えを聞いたメダカは、満足そうな表情を浮かべていた。

 

「七十五層フロアボス攻略は、予定を前倒しして、今日この日に行う」

 

 ヒースクリフが下した決断は、その場にいた大部分のプレイヤーに更なる驚愕を与えるものだった。

 

「団長、それは性急過ぎるのでは?もっと綿密な作戦を……」

 

「ならば聞くが、偵察による情報収集すらできない敵を相手に、有効な作戦が立てられるのかね?」

 

 ヒースクリフの決断に待ったをかけようとした血盟騎士団幹部だったが、返された問いに対する答えは持ち合わせてはいなかった。

 

「情報収集すら儘ならない以上、これ以上の議論は時間の浪費でしかない。正体不明のフロアボスを相手に我々が取れる有効手段はただ一つ。攻略組プレイヤーの持てる戦力の全てを投入し、戦いを挑むのみだ」

 

 それ以降、ヒースクリフに反論を唱える人物は現れなかった。ヒースクリフは口にしないが、情報不足に加えてもう一つ、攻略を急ぐ理由がある。

 

(これ以上攻略を先延ばしにすれば、戦意喪失に陥るプレイヤーが続出するのは必定。万全な戦力のもとで戦いを挑むのならば、今を置いて他に無い、か……)

 

 脱出不能の結晶無効化エリアでのボス戦になることを知らせれば、攻略戦参加を辞退するプレイヤーが現れることは間違いない。攻略を先延ばしすれば、その時残ったプレイヤーの中から戦意喪失者が現れるのも止められない。詰まる所、今この瞬間に攻略開始を宣言することこそが、最善の策なのだ。尤も、仮に七十五層フロアボスを撃破できたとしても、残り二十五層を攻略し切る程の戦力が残るかも疑問だが。

 

「やりましょう!僕達には、もう他に道はありません!」

 

「シバトラの言う通りだな……団長、俺も行きますよ!」

 

 聖竜連合総長のシバトラと、血盟騎士団幹部のテッショウが賛同の意を示す。それに誘発されるように、他のプレイヤーも攻略参加の意思を示していく。

 

「決まりだな。出発は午後一時、コリニア市ゲートに集合だ。では、解散」

 

 ヒースクリフの言葉と共に、集まった攻略ギルド幹部達とトップクラスのプレイヤー達は、その場を後にした。

 

 

 

「三時間かー……どうしよっか、イタチ君?」

 

「別に……既に準備を終え、集合地点にいる以上、時間が来るのを待つのみです」

 

 解散を言い渡された者達は、各々の拠点へ戻って行った。ギルドの幹部達は、ギルメンの攻略参加者達への報告のために本拠へ戻り、ソロプレイヤー達は最終準備のために拠点へ帰還している。だが、イタチに至っては戦闘準備だけは常に万全。つまり、やることは無いのだ。そしてそれは、アスナも同じだったらしい。

 手持無沙汰のまま、七十五層の街を歩くこと数分。イタチとアスナは、とあるプレイヤーに遭遇した。

 

「おお、イタチか!」

 

 イタチの目の前に現れたのは、カチューシャを頭に付けた男性プレイヤーと、金髪の男性プレイヤー。二十歳に満たない、多分十八歳程度であろう彼等は、アスナの所属する血盟騎士団に務める、料理スキルを極めたプレイヤーである。

 

「カズマとキョウスケか……血盟騎士団の料理人であるお前達が、何故最前線であるこの街にいる?」

 

「なんや、素気ないやっちゃなあ……死地に向かうちゅうお前等のために、腕に縒かけて料理作ってきてやったんやないか」

 

「……料理?」

 

 キョウスケの言葉を訝るイタチ。カズマとキョウスケの二人が持つ腕には、大きめの紙袋が抱えられている。そして周囲を見渡してみると、二人が配ったらしい料理ことパンを手にそれを食べるプレイヤーが数人見られる。中には、イタチと同じく攻略組プレイヤーであり、ベータテスト出身者でもある女性プレイヤーのメダカと、彼女が率いる攻略ギルド、ミニチュア・ガーデンのメンバーも見られる。

 

「そうじゃぞ。わしとキョウスケが心を込めて作ったんじゃ。ほれ、受け取れ」

 

 カズマがイタチとアスナに差し出したのは、紙包み。受け取り、開けてみると、案の定中には焼き立てのパンがあった。とりあえず一口食べてみると、口の中には独特の甘みが広がる。洋食メインのアインクラッドでは珍しい甘味であり、それはイタチやアスナも長らく口にしていなかった味だった。

 

「これって……」

 

「アンパンか?」

 

「フフン!アインクラッド風、ジャぱん54号じゃ」

 

 血盟騎士団所属の料理人であるカズマは、聖竜連合のヨウイチと並ぶ、アインクラッド有数の天才料理人として知られている。そんなカズマが得意とする料理が、今イタチとアスナが口にしている、ジャぱんと称される創作パン料理なのだ。

餡子に至っても同様。アスナは味覚再生エンジンに与えるパラメータの分析の末、醤油やマヨネーズを模した調味料を作り出していた。だが、カズマはその上を行く。彼はアスナのような分析無しで、持ち前の感覚のみで、味覚を再現したのだ。その再現率は、アスナのそれを遥かに上回っている。

 

「どうや?俺も作るの協力したんやで」

 

「ああ、相変わらず、見事だ」

 

「本当、私も敵わないわね」

 

 攻略組プレイヤー二人のお墨付きを得て、カズマとキョウスケはご満悦の様子。イタチとアスナに感想を聞いた後は、他のプレイヤーにパンを配るべく、転移門周辺をあちこち歩いて回り始めた。

 

「相変わらず、愉快な人達だったね。そういえば、いつも一緒にいる筈のカイさんはどうしたんだろう?」

 

「攻略を前に、精神統一をしたいんでしょう。それにあいつは、料理スキルを上げることには消極的でしたからね。こういう場面にいないのは、ある意味当然と言えるでしょう」

 

 カズマとキョウスケと、いつも大概行動を共にしていた、青いバンダナを装着した自称武士のカタナ使いの所在について疑問を浮かべたアスナに対し、イタチはにべもなく答えた。

 

「改めて思ったけど、いろんな人が、この世界にはいるんだね……」

 

「そうですね」

 

「私達が特別だなんて思わないけど、最前線で戦える私達には、それなりの責任があるんだよね」

 

「……もとより、この世界の住人全ては俺のせいで閉じ込められているわけですから、戦いに身を投じるのは当然のことです」

 

 無表情のまま、相変わらず暗い事を口にするイタチに、アスナは口を尖らせる。

 

「またそんなこと言って……今は、イタチ君に期待している人は、いっぱいいると思うよ。私も含めてね」

 

「…………」

 

 にこりと笑いかけるアスナに、しかしイタチは沈黙するばかりだった。それを機に、しばらくの沈黙が場を支配していたが、やがてアスナが再び口を開いた。

 

「イタチ君」

 

「何ですか?」

 

「私ね、ずっとイタチ君に言いたいことがあったんだ」

 

 その言葉に、瞑目していたイタチは、瞼を開け、その赤い双眸をアスナへ向ける。対するアスナは、若干頬を赤らめているようだった。

 

「だから……この戦いが終わったら、聞いてくれるかな?」

 

「……お望みとあらば、お聞きしますが……あなたの望む様な答えを出せる保証はありません」

 

 忍として、多くの人間に嘘を吐き、自分すらも騙そうとした前世を持つイタチは、人間の情動を察知する感覚に敏い。故に、アスナが自分に対してどのような感情を抱いているのか、確信は得られずともなんとなく分かってしまう。こうして曖昧な答えしか出せないのは、前世からの性分なのだが。

 

「うん、それでもいいよ。でも、ちゃんと聞いて」

 

 対するアスナは、イタチが自分ときちんと向き合ってくれるという答えが得られただけでも満足だったらしい。普段通りの、陽だまりのように温かい笑みをイタチに向けていた。

 

 

 

 集合時刻が近付くに連れ、七十五層コリニア市の転移門広場には、攻略に参加するプレイヤー達が徐々に集まり始めていた。

 

「お!来てたみてぇだな、イタチ!」

 

「お前か……相変わらず早えな」

 

「いつもいつも、やることが他に無えみてえだよな」

 

「まあ、攻略戦前の時間の過ごし方は人それぞれだしね」

 

 イタチにとって、攻略時には会うのが定番となっている、クライン率いる攻略ギルド風林火山のメンバーと、ベータテスト以来のカズゴ、ヨウ、アレンの三人組、加えてエギルまでもが姿を現す。クォーターポイント攻略とだけあって、全員いつにも増して高性能なものを装備している。

 

「今回はえらい苦戦しそうだって言うから、商売投げ出して加勢に来てやったぜ!」

 

「意気込みが十分なようだが、欲を掻いて無茶を犯せば、その先には死以外には有り得んぞ」

 

「ああ、分かってるさ」

 

「クライン、ギルドを率いるリーダーとして、最後まで生き残れ。お前が死ねば、メンバー全員道連れだ」

 

「おうよ!俺は絶対に死なねえし、仲間も死なせねえ!勿論、お前もな!」

 

 デスゲーム開始からの旧知の仲にある二人が死地に赴くのに対し、しかしイタチは今更攻略を退けとは言わない。警告するように語りかける言葉に、二人は真剣な表情で頷いた。

 次いでイタチは、ベータテスト以来の三人に向き直る。

 

「カズゴ、ヨウ、アレン……準備は万端な様で何よりだ」

 

「ああ、任せておけ。今回のフロアボスも、きっちり倒してやる」

 

「すっげえ強敵みてえだが……まあ、何とかなるさ」

 

 いつも以上に危険なフロアボス戦を前にして、しかし三人の調子はいつも通りだった。或いは、戦いを前に感じている恐怖を、普段通りに振る舞うことで覆い隠そうとしているのかもしれなかった。

 そうこうしている内に、転移門から新たなパーティーが姿を現す。純白と真紅に彩られたユニフォームに身を包んだその集団は、アスナと同じく、攻略ギルド血盟騎士団に所属する戦闘要員達である。先頭に立つのは、パーティーの頭脳に相当する細剣使いの少年、コナンである。

 

「イタチか。おめーら、先に来てたのか!」

 

「ああ。血盟騎士団の主要メンバーは全員、揃ってるようだな」

 

 攻略の主力となる面子が一通り揃っていることを確認し、安堵するイタチ。対する血盟騎士団主力部隊は、その言葉を挑発と取ったのか、不敵に返してくる。

 

「当たり前だ!」

 

「ケッ!……俺が逃げだすわけがねーだろーが」

 

「今更、だよね」

 

 どんなもんだとばかりに得意気に返してきたのは、ハンマー使いのギンタ。不機嫌を露わに睨みつけてくるのは、カタナ使いのイヌヤシャ。肩を竦めてフッと笑って見せたのは、短剣使いのダレンである。他にも、コナンと並ぶ頭脳派リーダー格のキヨマロや、大剣使いのコースケ、カタナ使いの侍プレイヤーとして知られるヤイバとカイ、ギルド内の執事兼戦闘要員である片手剣使い・ハヤテの姿も見受けられる。

 

「今日の戦いは、いつも以上に危険だ。頼んだぞ、イタチ」

 

「そっちもな。今回は未知数の、しかもかなりの強敵が出る以上、指揮系統の混乱は必至だ。気を付けろよ、キヨマロ」

 

 互いに注意を促し合うイタチとキヨマロ。傍に立っていた、アスナやコナンをはじめとした血盟騎士団メンバーもまた、真剣な表情で頷く。カズゴ等も同様である。

 

「そういえば、聖竜連合はまだ来ていないのか?」

 

「心配しなくても、ちょうど来たようだぞ」

 

 コナンがふと口にした疑問。それは、攻略ギルドの一角である聖竜連合の所在。現攻略ギルドの中では最大の規模を有するだけに、参加の是非は攻略戦の勝敗を大きく左右する。言われて気付いた皆もまた、急にその存在が気になり始めた。と、その時、転移門に青白い光が灯る。

 

「どうやら、ご到着のようだぞ」

 

 僅かな笑みを浮かべたイタチがそれを口にすると同時に、転移門に現れる大規模パーティー。血盟騎士団にも劣らぬ武装を身に纏ったその一団の名は、聖竜連合。

 

「やあ、イタチ君」

 

「シバトラさん、しばらくです」

 

 聖竜連合の大部隊、その先頭に立つ男性プレイヤー、シバトラがイタチに声を掛ける。彼は聖竜連合を率いる総長という役職にある、実力・カリスマ共にトップクラスのプレイヤーなのだ。

 

「あなたなら、仲間と共に来ると確信していましたよ」

 

「これでも、ギルドマスターだからね。攻略組としても、きちんと責任は果たすさ」

 

 童顔で背丈はイタチより低いながらも、気丈に振る舞うシバトラ。その姿には、体格に似合わぬ確かな覚悟と戦いに赴く者としての決意が感じられた。

 

「イタチ君、気を付けてね」

 

「あなたもですよ。シバトラさんには、ここにいるメンバーの他にも、守るべき人がいるのですから」

 

 イタチとシバトラは、現実世界でも面識のある間柄である。そんな人物の言葉に、シバトラに付き従っていた聖竜連合のメンバーが動揺を示す。

 

「大切な人って、まさか……!」

 

「おやおやおや……顔に似合わず、やることやってるってことか!?」

 

「シバトラさんも、隅に置けませんね」

 

 イタチの言葉から事情を察した聖竜連合メンバーの何人かが、シバトラを囃し立て始める。

 

「そういうことだ。お前等、くれぐれも死なせるなよ」

 

「分かった。任せとけ」

 

「ヤマト、お前もカミさんいるんだから気を付けろよ」

 

「それはケイタロウだって同じろう?」

 

 死闘を前に、ふざけ合うだけの余裕を持っている聖竜連合メンバーに、イタチは呆れと感心の両方を覚えると同時に、シバトラに付き従っているメンバーを一瞥する。

 

(頭脳派のハジメに、大剣使いのナツとハル、カタナ使いのケイタロウとレイ、槍使いのヤマト、シュミット……エーキチも参加か……)

 

いつもの攻略メンバーに代わり無いことを確認し、戦力低下は免れたことに安堵するイタチ。相変わらず個性的な面子ながらも、チームワークだけは良いので、今回の攻略の犠牲者を減らせる可能性が増えたことになる。

 

「イ、イタチ君!ちょっと助けて!」

 

 ヒートアップするメンバーに揉まれて悲鳴を上げるシバトラ。イタチに助けを求めるその姿には、先程までの威厳は感じられない。イタチは焚き付け過ぎたと反省し、助け船を出す。

 

「そのへんにしておけ。それより、もうすぐヒースクリフはじめとした血盟騎士団最高幹部も到着する。そうすれば、すぐにでも出発だ。装備の再確認は必要だろう?」

 

「おっと、そうだった!」

 

「やべえ……ヒールクリスタルの残量が……!」

 

「今回のボス部屋では、クリスタル系アイテムは使えない筈ですよ」

 

 イタチの注意によって、聖竜連合メンバーはシバトラを解放して各々装備品の確認に入る。尤も、今回のボス部屋では攻略の命綱に相当するクリスタルアイテムが使えないため、ポーチに入れるアイテムはポーション類に限られるのだが。

 聖竜連合の到着と共に、参加予定の攻略組プレイヤーはほぼ全員揃った。あとは血盟騎士団団長のヒースクリフと幹部数名の到着を待つばかりである。そんな中、アスナがイタチに声を掛ける。

 

「イタチ君、気付いてた?」

 

「何がです?」

 

 アスナの問いに、しかしイタチはその意味が分からず、逆に問い返してしまう。対するアスナは、得意気な笑みを浮かべている。

 

「皆、ここに来てから真っ先にあなたに声を掛けているよ」

 

「……確かに、そうですね」

 

「ソロの人達だけじゃなくて、私を含めた血盟騎士団のメンバーも、聖竜連合のシバトラさん達も……皆、イタチ君のことを頼りにしてる……信じているんだよ」

 

 それは過大評価だ、と口にするのは野暮に思えた。かといって、容易に納得できることでもない。アスナに返す言葉を持たないイタチは、曖昧に答えるしかできない。

 

「……そうかもしれませんね」

 

「そうなの!だから言ったでしょ、イタチ君は、本当は一人じゃないって。今後は何でもかんでも背負いこまないようにしなさい」

 

「……善処します」

 

 強硬的な態度で臨むアスナに、防戦一方になるイタチ。かつての現実世界では、腰が低く押しが弱い人物だったが、この世界に来てからは確固たる意思をもって行動する力を手に入れているとイタチは感じる。これも自分の影響か、と考えるのは自惚れな気もするが、少なくともこの世界に来たことがきっかけであることに変わりは無い。

 それと同時に、ふと疑問に思う。アスナがこの世界の戦いを通して変わったが、自分はどうなのか……前世と同じ過ちを繰り返し、変わらぬ道を歩んできた自分は、何か変わったのか……何かを変えられたのか、と。

 

(己の愚かさで二千人以上死なせて置きながら、全く虫のいい話だ…………だが、必要なのかもしれないな……)

 

 真の「変化」とは、枠に囚われたままではできない――うちはイタチという名の前世を持ち、桐ヶ谷和人としての現世を生きるイタチが持つ考えである。だが今、イタチが望んで止まなかった「変化」が目の前にある。

 今までのイタチならば、自らの罪を理由にそれを受け入れることは許されないと考え、拒絶していただろう。だが今、かつては求め、許されないと考えていたそれを、欲し求めている自分がいる。このSAOがデスゲームと化したその日から、イタチは己を殺して攻略のために身を捧げることこそが贖罪であると考えていた。そのためには、他者との繋がり一切を絶ち、前世と同様に孤独の道を歩まなければならないというのがイタチの認識だった。だが今、自分は別の道を歩いているように思える。それは、正しいとも、間違っているとも言えることだ。

アスナの言うように、他者と関わり、己を変えることができていたならば、それは「変化」を遂げたことを意味する。だが、望みを叶えたとしても、イタチはそれを素直に喜べない。何故なら、その願いのための代償が、二千人以上の命だからだ。それに、自分という人間が変わったからといって、その行く末がどのようなものかは分からない。もしかしたら、もっと凄惨な結末が待っているかもしれないのだ。

 

(だが、進む以外に道は無い……それだけは確かだ)

 

 二年と言う月日を経た攻略の末、プレイヤー達を閉じ込めている浮遊城、アインクラッドは三つ目のクォーターポイントに到達している。今更、進んできた道を引き返すことは出来ず、悔いる暇すら無い。イタチが今為すべきは、目の前の障害を払い除け、解放への突破口を作ることである。ならば、戦う以外の選択肢は存在しない。

 

「イタチ君……」

 

「!」

 

 物思いに耽り過ぎていたようだ。アスナに言われて気付いたが、転移門に新たな光が灯る。次の瞬間には、そこには五人の影が現れた。純白と真紅に彩られたユニフォームを纏った血盟騎士団幹部四人を率いて先頭を切るのは、赤い鎧に身を包んだ男。血盟騎士団団長にして、攻略組最強の聖騎士――ヒースクリフである。

 

「テッショウも、イヌも一緒か……」

 

「当然だよ。あの人は、絶対に逃げないもの」

 

 血盟騎士団幹部であり、ビーストテイマーのテッショウ。初代血盟騎士団副団長であり、アスナが副団長となった今も尚、団長たるヒースクリフを含め、ギルメン全員から多大な信頼を寄せられ、幹部として前線で戦ってきた男である。

 

「ワンッ!」

 

 足元には、テッショウがテイムしているモンスター、イヌが付いている。吠えた先には、イタチとアスナが立っている。テッショウもそれに気付き、二人に手を振っている。

 そして、到着して束の間。ヒースクリフは広場に集まった攻略参加メンバー等の前に立ち、言葉を発する。

 

「よく集まってくれた。状況は既に知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」

 

 ヒースクリフの呼び掛けに、攻略参加メンバー達は、一斉にときの声で応える。その表情には、絶望の色は無い。これから死地に向かおうというプレイヤー達の士気をここまで高められたのも、彼の突出したカリスマあってのことだろう。

 

「では、出発しよう。目標のボス部屋の直前の場所までコリドーを開く」

 

遂にヒースクリフが出陣を宣言する。同時に、腰のパックから濃紺の結晶アイテムを取り出す。任意の地点を指定し、瞬間移動用ゲートを作ることができるアイテム、回廊結晶である。ヒースクリフが唱えた「コリドー・オープン」の起動キーと共に、広場中央に青白い光の渦が現れる。

光の中、戦いの場へと赴く戦士たち。その総勢は、四十名。アインクラッドと言う名の、多くのプレイヤーの命を奪った死の牢獄の中、攻略を続けてきた勇者達である。

光の先にてプレイヤー達を待ち構えていたのは、禍々しく聳え立つ巨大な扉。迷宮区最上階にて、次層への扉を守護するフロアボスが待ち受ける、魔窟への入り口である。

 

「イタチ、生きて会おうな」

 

「今回の攻略で一儲けしたら、また良い品売ってやるからよ」

 

「……行こう、一緒に」

 

 ヒースクリフが扉に手を掛け、地獄への扉を開く傍ら、イタチは仲間達の言葉に、確かな繋がりを感じる。同時に、自分が孤独でないことが……仲間の温もりが、ただただ心地よかった。その感情の根底には、罪の意識や前世のしがらみは無い。素直にそう思ったのだ。だからこそ、イタチが返す言葉は決まっていた。

 

「皆、生きて帰るぞ」

 

 その言葉を聞いた、攻略組プレイヤー達は、一瞬驚いた様子だったが、次の瞬間には喜色を浮かべていた。

 

「――戦闘開始!」

 

 そして、ヒースクリフが出した合図と共に、皆は即座に気持ちを切り替える。各々武器を構え、戦場へと駆け抜けて行く。四十名の戦士達が入ったところで、扉は閉まり、同時に消滅した。部屋の中に広がる空間はドーム状で、かつてイタチとヒースクリフがデュエルをしたコロシアムと同等の広さを持っている。ボスの姿は見えず、未だ内部は暗闇に包まれていた。

 

「何も居ねえぞ……」

 

「どこにいる……!」

 

 退路を断たれて尚、姿を現さないボスの姿を探すべく、索敵スキルを発動する攻略組プレイヤー達。だが、いかに目を凝らせど目標は視認できない。そんな中、

 

「ワンッ!ワンッ!」

 

「イヌ?」

 

 テッショウの使い魔であるイヌが、天井目掛けて吼え立てていた。その行動の意味を逸早く悟ったイタチは視線を真上に移す。そこには、探していた存在がいた――――

 

「上だ!!」

 

 イタチの言葉を聞くや、攻略組プレイヤー達は一斉に視線を九十度上へシフトさせる。全員の視線が集まる先、天井に張り付いていたのは、長大な異形の存在。全長十メートルはあろうその全身を構成するのは、灰白色の骨のみ。背骨を連想させる、円筒状の体節一つ一つからは、細く鋭い骨が伸びている。凶悪な形をした頭蓋骨、その両側からは鎌状の刃を携えている。

 

「スカル……リーパー……!」

 

「骸骨の刈り手……だと?」

 

 全体としてムカデのような姿をした化物の眼窩に赤く鋭い光が灯ると同時に、その頭上にはイエローカーソルと共にその名前が現れた。『The Skullreaper』――『骸骨の刈り手』、と。

 

「キシャァァァアア!!」

 

 耳障りな鳴き声と共に、天井に食い込んでいた鋭い脚を一斉に離す、骸骨の刈り手。仮想の重力に従い、その巨体がプレイヤー達の頭上目掛けて落下していく。

 

「固まるな!散開しろ!」

 

 血盟騎士団のコナンの指示に従い、頭上から迫りくるボスを避けるべく、散り散りに逃げるプレイヤー達。大部分のプレイヤーは退避に成功したが、取り残されているプレイヤーが若干名いる。

 そして、イタチが救援に向かうべきかと逡巡する間も無く、骸骨の刈り手は地響きと共にそのステージへと降り立った。

 

「キシャァァアッ!」

 

「ひっ……ぎゃぁぁああ!!」

 

 全身同様、骨でできた武器たる鎌が、逃げ遅れたプレイヤーに襲い掛かる。退避するべく背を向けていたそのプレイヤーは、防御する暇も無く、刃の餌食となり、宙を舞う。そして、地面に落ちることなく、その身体はポリゴンと共に散った。

 

「い、一撃だと!?」

 

「無茶苦茶な……!」

 

 今までのフロアボス攻略……クォーターポイントですら無かった、即死と言う現象を目の前に、驚愕するプレイヤー達。だが、この部屋の守護者たる骸骨の刈り手は、動揺して動けないプレイヤーを恰好の的と見なし、新たな獲物目掛けて襲いかかろうとする。

 

「キシャァァアアアッ!!」

 

「ひぃいっ!」

 

 最も近くにいたプレイヤーへと、即死級の一撃が再度振り翳されようとしている。標的とされたプレイヤーは、硬直して防御すら儘ならない。このフロアボス攻略における、十二人目の犠牲が出ようとした、その時だった。

 

「はぁぁあああっ!!」

 

 二本の剣を構えたイタチが、割って入った。先の即死級の一撃を見ていながら、刈り手の正面へ出ることには全く躊躇いが見られない。鎌が振り下ろされるより先に割り込んだイタチは、剣を交叉させてそれを受け止めようとする。

 

(くっ……何て重さだ。このままでは、武器ごと断ち切られかねん……!)

 

 プレイヤーを即死せしめた一撃を見た時点で予測はしていたが、受け止めるだけで手一杯。反撃などできよう筈も無い。一人で何発も受け止め続ければ、いずれ力尽きてHP全損に至るのは明らか。そう、“一人”では……

 

「イタチ君!」

 

 骸骨の刈り手が繰り出す大鎌を受け止めるイタチの背中を目指して、流星が駆け抜ける。そして次の瞬間、イタチが受け止めた大鎌に向けて、細剣系上位ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』が放たれる。

 

「キッシャァッ!」

 

 アスナの放った一撃により、大鎌がパリィされる。イタチはその隙を見逃さず、がら空きになったムカデの胴体へ跳び、二刀流ソードスキル『ダブルサーキュラー』を発動させる。急所を打ち据えられ、仰け反るフロアボス。その隙に、プレイヤー達は一気に体勢を立て直す。まず、大鎌二本の正面に立つイタチとアスナの隣へ、ヒースクリフが出た。同時に、混乱に陥っていたプレイヤー達を、各攻略ギルドの代表が統制する。イタチはそれらを確認するや、周囲に大声で呼びかける。

 

「俺達が正面の鎌を引き受ける!他の者は、側面から叩け!」

 

「了解!」

 

「任せておけ!」

 

 イタチの指示に従い、パーティーごとに統制のとれた動きでボスの包囲を形成し始める。

 

「行くぞ、イタチ君!」

 

「はいっ!」

 

「了解しました」

 

 ヒースクリフの掛け声と共に、再びボスへ向けて剣を構えるイタチとアスナ。正面からは、ボスの右手の刃をヒースクリフが単独で、左手の刃をイタチとアスナが二人がかりで捌く。

 

「今だ!このメダカに続け!」

 

「皆、行くよ!」

 

「攻撃開始だ!」

 

その隙を突き、攻略ギルドのパーティーが動きだす。メダカ率いるミニチュア・ガーデン、シバトラ率いる聖竜連合、コナン率いる血盟騎士団の精鋭部隊が、そしてクライン率いる風林火山が、側面から攻撃を仕掛ける。骨が伸びている胴体部分を叩くのが定石だが、攻撃パターンが分からない内は、下手に深追いすることはできない。

 

「キシャァァアッッ!!」

 

「退けえ!」

 

 側面から攻撃を仕掛けて十数秒足らずの時間で、骸骨の刈り手は反撃に転じる。攻撃対象は、正面で鎌を捌くイタチ等三人だけではない。側面から攻撃を行っていたパーティーにも、鋭い脚と尾が襲い掛かる。各パーティーのリーダー等は、即座に撤退の指示を飛ばす。だが、ダメージを与えるのに夢中で逃げ損ねたパーティーのメンバーが、凶刃の餌食となる。

 

「ぐぁああっ!」

 

「うぉぉおっ!」

 

 脚と尾の鋭い一撃を食らい、一撃でポリゴン片を撒き散らして爆散するプレイヤー達。即死級の攻撃力は、正面の鎌のみに止まらないらしい。

 

「暴れんじゃねえ!!」

 

「おりゃぁぁあああ!!」

 

 だが、プレイヤー達は止まらない。立ち止まった時、思考を止めた時イコール死なのだ。辺りを凄まじい移動スピードで駆け回り、その凶刃をもってプレイヤー達の命を刈り取る骸骨の刈り手を倒さなければ、この部屋から生きて還ることなど、できないのだから。

 フロアボスが発する金切り声と、プレイヤーが上げる絶叫が木霊する空間の中、フロアボスに決死の覚悟で立ち向かうプレイヤー達は、いつしかボスのHPがどれだけ減少したかも……ポリゴンをばら撒いて命を散らしていったプレイヤーの数すらも、分からなくなっていった――――

 


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