ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第五十四話 世界の終焉

 茅場晶彦とのデュエルに臨んでいたイタチは、戦いの最中、全力を尽くして作り出した神聖剣の隙を突いた。最後の攻撃を敢行した二刀流ソードスキルの十六連撃は、武器の耐久値が現界を迎えたがために、失敗に終わった。あとはただ、茅場が反撃の一撃として振り上げた剣のもと、命を絶たれるのを待つのみ……その筈だった。

 だが、イタチに迫る凶刃を遮るかのように、白い影が現れた。閃光のような速さで視界に飛び込んできたそれを、しかしイタチは瞬時に判別できなかった。事態を把握するために思考を走らせるよりも速く、次の瞬間には、視界の端に鮮血の如き赤い光が煌めいた。それが、プレイヤーのダメージを示すライトエフェクトであることは、すぐに分かった。

 

(まさか……!)

 

 赤い光に次いで、イタチが視界に捉えたのは、宙を舞う栗色の長髪。見紛うことなき後ろ姿……現実世界においても見知ったそれは、先程までシステム的麻痺を受けて動けずにいた筈の、少女のものだった――

 

「アスナ……さん?」

 

 呆けた表情で、思わずその名を呟いたイタチ。麻痺で動けなくなっていた筈の彼女が、何故ここにいるのか……何故、自分と茅場を遮る形で飛び出して来たのか……全く理解できない現状に、イタチの思考は硬直した。

 茅場の繰り出した刃を受けたアスナは、仰け反りながら、イタチのいる後方へと倒れていく。そんな中、己の名を呼ぶ声に振り向いたアスナが、声無き声で、イタチに言葉を投げかけた。

 

 

 

イタチ君――――さよなら

 

 

 

 そして次の瞬間、アスナの身体は光に包まれ、ポリゴン片と共に砕け散った――

 

(なんだ……これは?)

 

 アスナが自分を守るために茅場の前に立ち、犠牲となった……

 守るべきものを守り切れなかったという、イタチには最早見慣れていると言っても過言ではない光景。前世の再現とも呼ぶべきそれが、目の前に広がっていた。

 

(何一つ、変えられていない……)

 

 アスナが犠牲となったことで、確かに自分の命は繋がれた。だが、それだけだ。イタチが持っていた片手剣の一つ、ダークリパルサーは砕け散り、二刀流スキルはもう使えない。さらに、茅場相手では同じ戦法はまず通用しない。完全に決め手を失ったイタチを待っているのは、敗北の未来以外に有り得ない。

 SAO内での二年と言う戦いの月日を、イタチは己の心を前世の忍……うちはイタチへと回帰させて過ごしてきた。それこそが、この世界を解放するための最善策であると信じていたのだから。だが結局この選択は、前世の運命においても轍を踏む結果となったのだ。そんな現実を前に、イタチは自身もよく知る禁術を思い出していた。

 

(ああ、そうか……“イザナミ”か……)

 

 うちは一族の写輪眼には、二つの禁術が存在する。一つ目は、己自身に幻術をかけ、現実をねじ曲げる力を持つ、究極の幻術――イザナギ。とって不利な事象を「夢」に、有利な事象を「現実」に変えるこの術は、一族の間では、都合の良い結果の奪い合いを引き起こす元凶でもあった。故に、その使う者を戒め、己の結果から逃げずに向き合うことを強要するための術が必要とされていた。

イタチの頭に浮かんだ、イザナミという術は、イザナギを使う者を止めるために作られた、もう一つの禁術だった。同じ感覚を再現することで、その二つの時の流れを繋ぎ合わせ、無限ループを作り出す幻術。そこれこそが、イザナミなのだ。本来の己の結果から逃げずに向き合うことを強要するこの術は、飽く迄イザナギに依存した者を戒めるための術であり、繰り返されるループの中で、結果に向き合うことができれば、自ずと術は解ける仕組みとなっている。解除するための抜け道が存在する……故に、禁術と目されているのだ。

イタチは当初、人造物であるこの仮想世界を、前世で使用した万華鏡写輪眼の幻術、「月読」が作り出す精神世界に似ていると考えていた。自分が仮想世界に高い適性を示したのも、それが理由だと考えていたが、本当はイザナミの世界だったのかもしれない。荒唐無稽な話だが、イタチにはそう思えた。或いは、目の前の現実を無意識の内に否定したいがために、そんな考えを浮かべたのかもしれない。

 

(世界こそ違うが……この結果は、間違いなく前世の焼き直しだ。己一人で何もかもを成し遂げようと考え……そして、失敗した。何一つ、変わっていない……)

 

 前世と変わらぬ結果に至ったという事実……その原因は間違いなく、己自身にある。今日この日まで、イタチはプレイヤー全員の憎しみを自身に集約し、解放を目指すプレイヤー達の結束を高めるために動き、己に孤独を課して攻略を進めてきた。それは、前世のうちはイタチが辿ったものと、全く同じ軌跡……しかし、それこそが自分が取るべき選択であると信じ、歩み続けてきた。

 だが、己が為すべきと信じ、重ねてきた行動の末に待っていたのは、目的の達成まであと一歩のところで力及ばず、自身に代わってそれを成し遂げてくる筈だった人物の喪失。前世では、自身は失敗しながらも、――無責任ながら――己ができなかったことを成し遂げてくれる人物に、意志を託すことはできた。しかし、今回はそれすらもままならないのだ。

 

(俺の……何もかもが、間違いだったのか――――)

 

 このような結末は、前世の再現に等しい行動を自覚していたが故に、最初から予測できていたことだった。だが一体、自分はどこで間違いを犯してしまったのか。

 自分一人では何もできないという事実を、自分がやらねばならないという義務感で誤魔化し、愚かにも一人で決戦に挑み、全てを終わらせようとした報いなのか……

 前世と同様、己の孤独を是とし、アスナやクラインをはじめ、自分を仲間と呼んでくれた多くの人々を遠ざけた罰なのか……

 或いは、この世界にうちはイタチとしての記憶を持ちながら転生した、自分の存在そのものが間違いだったか……

 

(イザナミならば、また繰り返すのだろうな……)

 

 仮にこの世界がイザナミのループであり、今この場で死を迎えると同時に、アインクラッド第一層……もしくは、新たな世界でやり直すことになったとしても、イタチには運命を覆すことができるとは思えなかった。恐らくは、永遠に同じ過ちを繰り返すことになるだろう。後悔を重ねながらも同じ道を歩く自分に、新たな選択ができるとは、到底思えなかった。

 

(大蛇丸……お前が言っていた事は案外、的外れでもなかったのかもしれんな)

 

 このような無様を晒す己を顧みると同時に、イタチはある人物の言葉を思い出していた。前世において、自分が所属したS級犯罪者集団の組織、暁に所属していた、イタチと同郷の抜け忍の言葉を……

 

『忍の才能とは、世にある全ての術を持ち、極めることができるか否かにある。忍者とは、その名の通り、忍術を扱う者を指す』

 

 どれだけ容姿やステータスを前世へ近づけたとしても、写輪眼や忍術が使えない、この世界の自分にできることには限界がある。両方を扱えた前世ですら失敗したのだ。前世の記憶の中に引き継がれた経験のみで戦ってきた自分という存在では、この世界を終わらせるには及ばなかったというのか。或いは、前世の己を引きずって『イタチ』を名乗り、仮想世界へ踏み込んで前世を懐古したことが間違いだったのか……

 もはや、如何なる抵抗にも意味を見出すことはできない。アスナの身体が砕け散ると共に発生した光の中で、イタチは思考することすら無意味に感じた――――そんな時だった。

 

『忍者とは、忍び耐える者のことなんだよ』

 

(……誰だ?)

 

 目の前に立ち込める光が如く、ホワイトアウトしようとしている意識の中に響いた声。どこかで聞いた事のあるその声は、そのままイタチに語りかけるように響き続ける。

 

『一つテメエに教えといてやる。忍の才能で一番大切なのは、持ってる術の数なんかじゃねえ。大切なのは……』

 

(まさか、自来也さん……?)

 

 若干遅まきながら、声の正体について悟るイタチ。かつて、大蛇丸の仕掛けた木の葉崩しが終結した頃に帰郷した折、暁の目的を果たすための重要な鍵を握る少年を巡って争った相手。伝説の三忍と称された者の一人たるその男の名は、自来也。

 自分と同組織に所属していた大蛇丸とは、敵対関係にあったこの男は、一体何を忍者の極意と言うのだろうか?イタチは姿なき自来也の発する言葉に、耳を……心を研ぎ澄ませた。

 

 

 

『あきらめねえ……ド根性だ!』

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、イタチの脳裏に一人の少年の姿が蘇った。どんな逆行や窮地、宿命にも屈せず、己の忍道を貫かんとした少年。二度目の前世において出会った際に、復讐鬼と化した弟を連れ戻すことすらも、諦めないと宣言したあの姿は、今もイタチの心に焼き付いていた。

 

(そうだったな……ナルト!)

 

 数秒にも満たない間、頭の中のイメージとして浮かんだ少年の姿に対し、イタチは心の中でそう呟いた。少年名は、うずまきナルト。前世のうちはイタチが、己の弟の運命を託した少年であり、そして自来也の弟子だった忍の少年である。

 

(それがお前の……未来の火影たるお前の忍道ならば、俺も諦めるわけにはいかないよな……!)

 

次の瞬間には、イタチは半ば硬直していたその身を動かし、アスナの死亡エフェクトとして飛び散ったポリゴン片の光の中へ、手探りするように左手を突き出した。その左手には、アスナの愛剣として残された細剣――ランベントライトが握られていた。

 

(何故なら……抜け忍であろうと……生きる世界や名前が変わろうとも……)

 

 どんな窮地にあっても諦めないド根性をもって、困難を打ち破る。ナルトの忍道は、おそらく師である自来也から受け継がれたものなのだろう。師から弟子へ忍道が受け継がれるのならば、同じ木の葉隠れの里に属す自分も同じ。長である火影の教えに殉じる覚悟が必要だ。

 

(俺は、木の葉のうちはイタチだ!)

 

 何故、前世の忍世界で死を迎えた筈の自来也の声が、自分の頭に響いたのかは分からなが、自分が選ぶべき選択肢へと導いてくれたことは間違いない。そして、聞こえたのは自来也の声のみではなかった。

 

『仲間は死なせねえ……それが、俺の武士道だ!!』

 

 この世界が死の牢獄と化し、自分がその原因の一端を担った人間だと知っても、自分を仲間として見続けてくれた男が口にした言葉。その揺るぎない意志を秘めた姿は、前世で弟を託した少年の姿と幾度となく重なった。彼と共に戦い続けてきたことで、今自分は答えを得ることができた。それを今この瞬間、無駄にしてしまって良いのか――――

 

『私にとって……ううん、私達みんなにとって君は、この世界を生きるために希望の光だったよ』

 

 攻略組ではない、自分達と同じ様にこの世界に囚われた一人の少女が、自分に届けようとしたメッセージ。彼女や彼女の仲間達が光と信じたそれを、そのまま消してしまって良いのか――――

 

『イタチさん、あたしだけじゃありません。きっと、みんなあなたを信じていると思います。だから、あなたも信じてください!』

 

 デスゲームという生き地獄を作った咎人として、誰かを信じることも、信じられることも許されないと感じていた自分を勇気づけようと発した、竜使いの少女の言葉。仲間達は勿論、今この瞬間、自分自身を信じずにどうするのか――――

 

『アスナやあたしが大変な想いして作った剣なんだからね。大切にしないと、承知しないわよ』

 

 自分を想ってくれる少女の友人が、決闘までして伝えようとした、心の温度が込められた剣。それを自分は折ってしまった。彼女達に顔向けできず、このまま終わっていいのか――――

 

『パパとママがいれば、皆が笑顔になれる……二人は、皆の希望なんです。だから……これからも、その喜びを皆に分けてあげてください……』

 

 作りものでありながら、その在り様は自分と全く同じだった少女が、消滅の間際に残した言葉。彼女がパパと呼んだ自分にも、希望や喜びを齎す力があるのならば、今使わずしていつ使うのか――――

 

『今は、イタチ君に期待している人は、いっぱいいると思うよ。私も含めてね』

 

 この世界に閉じ込められたプレイヤー達が、現実世界へ帰還するという希望を胸に秘め、そして今自分はその期待を背負っている。ならば、それに応えずに諦めることが許されるのか――――

 

(諦めない……お前が示した道こそが、俺の前世において……そして、この現世にあっても俺が取るべき選択だった……!)

 

あまりにも単純で、散々迷走した末に得た、当たり前のような答え。それを前に、最早迷いなどある筈が無い。決意と共に、心の中に蘇った言葉に背中を押されたイタチは、左手に握ったランベントライトを構え、目の前で立ち尽くす茅場の心臓目掛けて鋭い突きを繰り出す。

 

 

 

「はぁぁああああ!」

 

「!」

 

 麻痺で動けなかった筈のアスナが、身を挺してイタチを守ったことに呆然となった茅場の虚を突いた一撃。未だに残る、アスナの死亡を示すライトエフェクトの向こうから仕掛けられた攻撃に、茅場の回避は間に合わない。辛うじて、左手に持つ盾を前へ出して防御姿勢を取ることには成功する。だが、

 

「なっ……!」

 

 防御のために用いた盾は、イタチが握るランベントライトの一突きが炸裂した瞬間、砕け散った。ここに至って、茅場の持つ盾もまた、耐久値が限界を迎えたのだ。ソードスキルでもない一撃で砕けたのは、偶然か、或いはイタチや茅場が知り得ない何かが働いた結果なのかは分からない。そして、両者共にそんなことに思考を割く余裕は無い。

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

「くっ!」

 

 盾が砕けたことで防御ががら空きになった隙を突き、イタチは右手に持つエリュシデータを振りかざし、ソードスキルを放つ。発動するのは、初級片手剣スキル「スラント」。低レベルのソードスキルではあるが、それ故に速く、イタチが放つそれは電光石火と評するに値する一撃だった。

 だが、茅場もやはり黙ってはいない。盾が砕けた瞬間に繰り出されるイタチの剣を視認するや、今度は右手の剣でソードスキルを発動して迎撃する。攻防自在の神聖剣故の所作は、盾が砕けて尚健在だったのだ。

 イタチと茅場、両者の得物がソードスキル発動のライトエフェクトを放ちながら衝突する。けたたましい金属音が反響し、眩いばかりの光が交錯した刃より放たれる。激しい光と音によって奏でられる、ソードスキル同士の激しい正面衝突は、やがて決着を迎えた。

 

「!」

 

(馬鹿な……!)

 

 競り勝ったのは、どちらでもなかった。イタチのエリュシデータも茅場の剣も、光が収束すると同時に、共に砕け散ったのだ。刀身の半分以上を喪失した剣は、瞬く間にポリゴン片となって砕け散った。

 

(まさか、私の神聖剣がこんな土壇場で破られるとは……)

 

 アスナが飛び出したことは驚愕すべき出来事だったが、その後のイタチの動きは茅場の想像を遥かに超えていた。死を免れたとはいえ、その代償にアスナは命を失ったのだ。常人ならば、絶望に足が竦んで動けなくなる筈。イタチの精神が常人のそれと違うことは茅場も理解していたが、切り返しに転じてからの気迫はまるで別人である。一体、あの刹那の間にイタチに何が起こったのか。イタチの精神に、茅場の理解の及ばぬ何かが起こったことは確かだが、今はそれを詮索する余裕は無い。

 

(まずは、離脱せねば……!)

 

 盾に続き、剣まで失った今、茅場に神聖剣を発動する術は無い。ここは一度距離を取り、Modスキルのクイックチェンジを使って武器を取り出して仕切り直すほか無い。幸い、イタチは右手に握っていたエリュシデータを失っている。スキルコネクトによる追撃を仕掛けようにも、左手に握っているランベントライトは、ソードスキルを繋げられる体勢で構えていない。イタチの射程から逃れることは十分可能である。

果たして、イタチは茅場予想通り、跳び退く茅場に対して追撃を仕掛けることは無かった。距離を置いたことで発生した間隙を最大限有効活用し、茅場は素早く指を滑らせてクイックチェンジを行い、アイテムストレージに格納されていた盾と片手剣を取り出そうとする。イタチと茅場は互いに武器を失っている現状では、先に武器を取り出した方に軍配が上がる。茅場の場合、防御に優れた『神聖剣』というユニークスキルを最大限に生かすためには、カウンターによる迎撃が好ましい。盾を先に装備して、間髪いれずに来るであろうイタチの一撃を防御し、即座に剣による一撃を叩き込む。それこそが、跳び退く刹那の間で茅場が導き出した勝利への』道筋だった。だが、クイックチェンジで武器を再装備するまで成功した茅場の策略は、予想外な形で崩れ去ることになった。

 

「な、に……!」

 

 イタチが取った行動は、茅場の予想を裏切るものだった。腰だめに右手の五指を伸ばしてナイフのように構え、後方へ跳ぶ茅場目掛けて一気に駆け出したのだ。右手に宿るのは青いライトエフェクト。体術スキル『エンブレイサー』を発動しようとしているのだ。だが、それは茅場の知る『エンブレイサー』ではない。

 

(何だ…………何なんだこれは!?)

 

SAO制作者である茅場ですら知らない現象が、目の前で繰り広げられていた。イタチの右手が放つ光は、眩い光のみに止まらず、紫電を発しているのだ。このようなライトエフェクトを放ちながら発動するソードスキルなど茅場は知らず、システム的にも有り得ない事象である。一体何が起こっているのか……だが、それを考える時間は茅場には無かった。

 

(速い……!)

 

茅場のもとへと特攻するイタチは、身体まで光と化したかのような速さで迫っていく。明らかにソードスキルのシステムアシストを逸した――まるで、右手のみならず全身が雷と化したのではと錯覚するような、発動しているイタチ本人でさえも制御できているか怪しい程の速度。実際には、イタチの持ち得る敏捷力を最大限に発揮して一直線に突撃したために一層速く感じられたに過ぎない。真っ直ぐ過ぎる故に、単純過ぎてカウンターの餌食になりやすい軌道。だが、

 

(な、に……!?)

 

茅場の盾による防御も剣によるカウンターも紙一重ですり抜けられた。一体どうして、カウンターを一切恐れることなくこれ程の速度を発揮し、紙一重で迎撃をすり抜けるなどという真似ができるのか。自らの天才的頭脳をもってしても解明できない、仮想世界の理を逸脱したイタチの離れ業を前に、茅場の思考は間に合わない。そして、イタチが右手に宿した雷は茅場の心臓へと吸い込まれていった――――

 

 

 

 武器を失い、体勢を立て直すために跳び退いた茅場を前に、イタチが取った選択は、体術スキル『エンブレイサー』による追撃だった。ソードスキル発動に要するクイックチェンジの手間を省き、速攻で止めの一撃を放つには、素手で発動できる体術スキルを置いて他に手段は無い。だが、間隙を生じさせずに発動した体術スキルでも、確実に茅場を倒せる保証は無い。『エンブレイサー』は体術スキルの突きに分類されるものの中でも最高クラスの威力を持つが、茅場相手に正面から繰り出せば、カウンターによる迎撃は避け得ない。『神聖剣』という鉄壁のスキルを持つ茅場を正面から打ち破るには、刹那の動き全てを見切らねばならない。動体視力に優れるイタチであっても、それは非常に難しい。それこそ、前世の『写輪眼』が無ければ為し得ない離れ業である。

 

(やらねばならない……あの術を――――!)

 

『エンブレイサー』を発動する中で、イタチは茅場を倒すために必要な一撃として、前世で見たある忍術を想像していた。手に雷へ性質変化させたチャクラを纏って繰り出す、強靭無比な術……だがその一撃は、速過ぎて自分自身でも制御できない、カウンターの格好の餌食になりやすい諸刃の剣だった。これを使いこなすのに必要なのは、凄まじい速度の中にあって敵の動きを見切る動体視力であり、うちはイタチも持っていた『写輪眼』があって初めて完成する術だった。だが、現世の桐ヶ谷和人は忍ではなく、前世に迫る身体能力を発揮出来る仮想世界にあっても忍術を使う事は出来ない。それでも、やらねばならない……この一撃には、自分を信じてくれるプレイヤー全ての命運が懸かっているのだから――――

イタチがそう強く念じながら茅場目掛けて駆け出そうとした一瞬の間のことだった。二年以上のSAOプレイ時間の中で感じることの無かった……しかし、懐かしい感覚を覚えた。技を発動する右手には本来のライトエフェクトではあり得ない紫電が発生している。明らかに不可思議な現象と頭では理解していながらも、イタチ自身の感覚においては、むしろこれが自然であるかのように思えた。

 

(サスケ……俺に力を貸してくれ……!)

 

 青い紫電の如きライトエフェクトを放つ右手から、「チ、チ、チ」と電気の弾けるような音すら聞こえてくるように感じる。それはまるで、千鳥の囀りのようで……前世の弟が必殺の一撃として使っていた術そのものだった。そしてその術は、今イタチの目の前に立ちはだかる敵を倒すことができると考えたもの。自身の中に、前世の弟の力が宿るかのような感覚を胸に、右手に宿したこの一撃にて決着をつけることを誓い、その術の名を叫んだ――――

 

 

 

千鳥!

 

 

 

 茅場の懐へ潜り、技を届かせるまでの、一秒にも満たない交錯。その中で、イタチは茅場が操る盾と剣による迎撃の動き全てを見切っていた。イタチの視界に映る光景は、優れて動体視力や、システムアシストという理屈では説明できない、しかし前世では文字通り見慣れたものだった。未来予知に等しい視界情報を利用し、茅場の防御をすり抜けた青き雷は、その心臓部目掛けて真っ直ぐ繰り出される。稲光の如き閃光は茅場の胸を貫き、残されたHP全てを呑み込んでいった。

 

「ま、さか……!」

 

 イタチが発動した稲妻を纏った『エンブレイサー』こと『千鳥』を食らい、驚愕に目を剥く茅場。残りのHP全てを持って行かれた彼には、既に抵抗の術は残されていなかった。

 論理的に説明不可能な事象の連続の末に突き付けられた、自身の敗北という事実。だが、茅場が驚愕に硬直していたのはほんの少しの間だった。やがて穏やかな顔で口元に微かな笑みを浮かべると、目の前で起こった全てを受け入れたかのように、その身を先程のアスナ同様ノイズと共にその像を歪め――ポリゴン片と共に爆散した。

 

「…………」

 

 この世界を支配していた、真のラスボスたる存在を倒したイタチだが、その心が達成感や感動に満たされる事は無かった。茅場の消えた虚空を見つめながら、イタチは一人黙ったまま物思いに耽っていた。

 やがて、茅場が消滅をシステムが確認したのだろう。無機質なアナウンスが、その場に――否、アインクラッド全体へ響き渡ってきた。

 

『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました』

 

 ゲームクリアの旨と、現在生存しているプレイヤー全員が、順次ゲームからログアウトされるとの通告がなされる。今頃は、アインクラッド全体で感動の嵐が巻き起こっていることだろう。今日という日に、二年以上も己達を閉じ込め続けた牢獄が破られたのだ。プレイヤー達の心には、様々な感情が渦巻いている筈である。そんな中、イタチだけはいつも通り、その赤い双眸に虚無感を湛えるばかりだった。

 周囲のプレイヤーが次々、転移時のライトエフェクトに似た青白い光と共に消滅する中、遂にイタチの番が来た。他のプレイヤー同様、青白い光に包まれ、全く別の場所へと飛ばされる感覚が、仮想の身体を支配していく。

 

この日、死の牢獄たるアインクラッドに囚われたプレイヤー達は、イタチを最後に全員解放された。そして、ソードアート・オンラインというゲーム……アインクラッドという名の鋼鉄の城もまた、終焉を迎えたのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

(ここは――――?)

 

 身体が青白い光に包まれ、消滅するに身を任せていたイタチ。意識を取り戻すと同時に赤い双眸が捉えたのは、見渡す限りの黄昏。ガラスのように透明な足場の下では、夕陽を反射しながら雲が流れている。

 

(……どうやら、まだSAO内からログアウトできていないようだな)

 

 現状を確認するべく、右手を振ってシステムウインドウを呼び出すが、そこには装備フィギュアやメニュー一覧は載っていない。「最終フェイズ実行中 現在54%完了」とだけ出ている。内容からして、アインクラッドからプレイヤーをログアウトさせるためのシステムの進行状態を示しているのだろう。何故自分だけこのような場にいるのか、疑問ではあるが、誰の仕業かは明らかである。当人を探すべく、周囲に視線を巡らせるイタチだが、思わぬ人物から声が掛けられる。

 

「イタチ君」

 

「!……アスナさん?」

 

 声が聞こえた方を振り返ると、そこには予想外の人物が立っていた。先の茅場との戦いの中、身を挺して自分の命を守った少女――アスナである。

 アスナは振り返ったイタチの声を聞くや、駆け出して抱きついた。

 

「会いたかった……でも、どうしてここに?」

 

「それは分かりません。俺はあの後、茅場さんを倒し、ゲームクリアのアナウンスが流れたことを確認しました」

 

「そっか……でも、どうして死んだ筈の私とイタチ君が一緒に、こんなところにいるの?」

 

 黄昏空に囲まれたこの空間は、お伽噺等に出てくる天国を彷彿させる。茅場の刃にかかってHP全損に至ったアスナならば、天国にいてもおかしくはないが、茅場に勝利したイタチまで一緒にいるのは不自然である。となれば、ここは天国などではなく、SAOの中ということだろうか。アスナがそのような考えを巡らせている間に、イタチはアスナの抱擁を解き、現状把握のために再び周囲に視線を巡らせる。

 

「どうやら、ここは未だにSAOの世界のようですよ」

 

 イタチが指差した場所に、アスナも視線を向ける。透明な水晶でできた床のしたに広がる空間。そこにあったのは、巨大な鋼鉄の塊……自分達を二年以上の間閉じ込めた浮遊城・アインクラッドが下層から崩壊を始めている光景だった。

 二千人以上のプレイヤーの命を奪った悪夢の牢獄なれど、いざ崩壊し、消滅する光景を見ると、感慨深いものがあった。あの鋼鉄の城での、命を賭けた戦いの中、イタチやアスナは自分達の時間や仲間の命など、多くを失った。だが同時に、新たに大切なものを得てきたのだ。この世界には、悪夢しか無かったなどとは、断言できる筈が無い。

 

「なかなかに絶景だな」

 

 アインクラッド崩壊の光景に見入っていたイタチとアスナの右隣から、二人の内心を代弁するかのような声が聞こえてきた。アスナは驚いた様子で振り向くが、イタチは微動だにしない。そこにいるのが誰かは、既に分かっていたのだから。

 

「茅場さん……やはり、俺達をここへ連れてきたのは、あなたでしたか」

 

 声の主である茅場晶彦は、白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織っている。線の細い鋭角的な顔立ちは、どことなく彼のアバターだったヒースクリフに似ていたが、その姿は間違いなく、イタチの見知ったSAO制作者としての茅場晶彦の姿である。

 

「現在、アーガス本社の地下五階に設置された、SAOメインフレームの全記憶装置でデータの完全消去作業を行っている。あと十分ほどで、この世界の何もかもが消滅するだろう」

 

「あそこにいた人達は……どうなったの?」

 

「心配には及ばない。先程、生き残ったプレイヤー、七千九百六十三名のログアウトが完了した」

 

 アスナの言葉に、茅場は淡々と答えた。今の茅場は、半ば以上、心ここにあらずといった様子だった。アインクラッドへの思い入れは、イタチやアスナのそれとは比べ物にならないことは言うまでもない。

 

「今までに死んだ二千人は、やはり……」

 

「死者が消え去るのは、どこの世界でも一緒さ。私を軽蔑するかね、イタチ君?」

 

 ゲームの中で命を落とした者達の行方について尋ねたイタチの問い。それに対する茅場の回答は、予想通りのものだった。大量殺人を犯した自分を責めるのかと、問い返す茅場に、しかしイタチは首を横に振った。

 

「……あなたの思惑を未然に防ぐことができなかった責任は、俺にもあります。自分のことを棚に上げて糾弾することはできませんよ」

 

「そうかい……」

 

 その答えから、イタチが想像以上に辛い思いをしたことは、茅場にも容易に想像がついた。だが、それに対して同情を寄せようとはしない。このような大惨事を起こした張本人たる茅場には、イタチを憐れむ資格など微塵も無く、戦い続ける道を選んだイタチに対する最大級の侮辱であることを、茅場は悟っていたからだ。

 

「どうして、こんなことを……?」

 

「何故、か…………私も長い間忘れていたよ。なぜだろうな。フルダイブ環境システムの開発を知った時――いや、そのはるか以前から、私はあの城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を……創り出すことだけを欲して生きてきた。」

 

 凶行ならぬ狂行を犯すに至った動機について、虚空を見つめながら語る茅場の表情からは、その感情を窺い知ることはできない。おそらく常人には――イタチですら――理解することはできない、複雑な思いが渦巻いているのだろう。

 

「そして私は……私の世界の法則をも超えるものを見ることができた。それが君たちだ、イタチ君、アスナ君」

 

「私達が?」

 

 茅場の言葉を聞き、不思議そうな顔をするアスナ。共に名指しされたイタチはといえば、いつも通りの無表情で、驚いた様子は全く無い。茅場は頷くと先を続ける。

 

「君達は、私との戦いの中で、システムの拘束を打ち破り、そこにある法則すら塗りかえる人の意志、その強さを示した。君達が見せた力こそが、私がこの世界を創造した果てに望み求めたものだったのだ」

 

 その言葉の全容を理解するのは、簡単ではない。明らかなのは、茅場が真に目指したものが、現実世界の法則を超越した仮想世界の創造ではないこと。

 

「空に浮かぶ鋼鉄の城の空想に私が取り憑かれたのは……何歳の頃だったかな?この地上から飛び立って、あの城に行きたい……長い長い間、それが私の唯一の欲求だった。私はね、イタチ君。まだ信じているのだよ……どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと……」

 

 研究者として求めた到達点、その原点を回顧する茅場。仮想世界の制約を超える可能性云々ではなく、茅場晶彦という人間が真に求めたのは、そんな他愛のない夢だったのかもしれない。

 そんな茅場の途方も無い独白に、しかしイタチは口を開いて答えた。

 

「ええ、きっと存在しますよ」

 

 イタチの口から出た肯定の言葉に、茅場は若干呆気に取られた様子で、崩壊するアインクラッドへ向けていた視線をイタチの方へと向けた。隣に立つアスナも、イタチの内心を測りかねている。

 

「あなたが夢見た異世界……それは確かに存在します」

 

「ほう……慰めの言葉ではなさそうだね。私も常々疑問に思っていたことだ。君は一体……何者なのだね?」

 

 茅場晶彦が興味深そうに尋ねた言葉に、しかしイタチは答えることを躊躇おうとはしなかった。破れかぶれなどではない……或いは、ゲームクリアがなされた今後において、茅場晶彦が辿る運命を悟っていたからこその対応だったのかもしれない。

 

「俺には、桐ヶ谷和人として以外の……前世の記憶があります。前世の俺の名は、うちはイタチ……異世界の忍です」

 

 イタチの言葉に目を見開く茅場。彼がここまで驚愕した顔を見るのは、イタチにとって初めてである。驚いている、という表現は正確ではないかもしれない。「異世界」だの「忍」だのという、突拍子の無い単語が並べられたイタチの言葉に、その意味を理解し切れていない、或いは絵空事と呆れているようにも見える。

己の真実を語ったイタチ自身も、到底信じてもらえるとは思っていない。場合によっては、頭のおかしい人間と見なされる覚悟もあった。だが、茅場本人の反応は……

 

「フフ、そうか……成程、そういうことだったのか」

 

 僅かな笑い声と共に、茅場は呟く。その笑みには、イタチに対する侮蔑や嘲笑のニュアンスは無い。むしろ、イタチの話を聞いて得心したかのようにすら見える。

 

「滑稽だな……私が求めた別の世界の手掛かりは、私のすぐそばにあったとは……」

 

「俺の話を信じるのですか?」

 

「ああ、信じるとも」

 

 己を異世界からの転生者であると信じるのかと問うイタチの言葉に、しかし茅場は即答した。

 

「私は君のいた世界も、忍というものも知らない。だが、君がこの世界の外から来た存在であるということは、私の想像を超える数々の成果を出したことを考慮すれば、私は信じるに足ると考える。特に最後の戦いで見せてくれた、紫電を宿した体術スキルがそうだ」

 

「『千鳥』という術です……しかしあれは、俺が意図して発動した技ではありません。正直俺自身、何故あのような現象が起こったのかは分かりません」

 

「そうか……いや、分からなくてもいい。論理的に解析不可能な、システムを超えたあの力こそが、私の求めたものだったのだからな。私の最も求めた光景と、その答えを君は出してくれたのだ。感謝しているよ、イタチ君」

 

 ようやく、求めていた存在に出会えたとばかりに喜色を露にする茅場。まるで少年に戻ったかのような表情を浮かべる茅場に、イタチは一つの問いを投げ掛ける。

 

「……もし、俺が異世界から来た人間であると話していたのなら、あなたはこの計画の実行を躊躇いましたか?」

 

「いや、それは無いだろう。君に出会った時、鋼鉄の城の空想を抱いた私の精神は、末期とも言える状態だった……そう自覚していたよ。故に、仮に君の話を聞き、信じていたとしても、私はこの計画の実行を躊躇わなかっただろう。むしろ、さらに膨大な計画に走っていたかもしれない」

 

 だから、イタチが己の真実を秘匿し続けたことに負い目を感じる必要は無いと、茅場は暗にそう答えた。

 

「君の存在が、この世界や私にとっての弱点でありリスクだという言葉の意味が、今分かったよ。君がこの世界を終わらせたのも、必然の結果だったのだろう」

 

 茅場は満足そうな表情で頷きながらそう話すと、イタチとアスナに背を向け歩きだした。

 

「さて、私はそろそろ行くとしよう」

 

「茅場さん、あなたはもしや……」

 

 イタチには、ゲームがクリアされた今、茅場がどこへ行こうとしているのか、分かっていた。彼もまた、アインクラッドに生きる人間の一人である。故に、その摂理に従うのが道理である。

 茅場はイタチの口から出かけた問いに、しかし背を向けたまま、答えようとしなかった。イタチも、それ以上の追及をしようとはしなかった。

 

「最後に、ゲームクリアおめでとう。うちはイタチ君、アスナ君」

 

 その言葉を最後に、茅場の身体は風に吹かれて掻き消えた。アインクラッドの崩壊が、最上層の紅玉宮へ達し、その姿を黄昏の空に完全に消したのは、それから間も無くのことだった――――

 

「茅場さんが去った今、あとは俺達がログアウトするばかりですね……」

 

「イタチ君……今の話、あなたが異世界から来たって……」

 

「……信じてもらえないと思いますが、全て事実です。俺には前世の……こことは違う世界に生きた、前世の記憶がある」

 

自分が異世界からの転生者であるということを話したのは、目の前のアスナと、既にこの場を去った茅場が初めてだった。茅場はその精神の特異性から、自分の正体を疑うことなく信じたが、アスナがそれを信じるとは限らない。

 

「その世界で俺は、多くの罪を犯しました。そして、この世界でもそれは変わらない……アインクラッドで散った二千人以上の命は、俺が殺したも同然なのです」

 

 イタチの独白に、アスナは黙って聞き入っていた。この世界でイタチと共に戦った時間は誰よりも長いアスナだが、いきなりこのような突拍子も無い話を理解出来る筈も無い。だが、己の過去を話すイタチの表情からは、この世界で幾度となく垣間見た、深い悲しみが感じられた。

 

「イタチ君……私は、あなたの過去や、世界のことを知らない。けれど、私の知っているイタチ君は、誰よりも強くて、優しくて……冷めているように見えて、誰よりも愛情に満ちた人だった。だから、私はあなたがどんな秘密を持っていたとしても、私はあなたを信じている。そして、だからこそ私は――」

 

 一呼吸置き、涙ながらの満面の笑顔と共に、アスナは自身の想いを口にした。

 

「あなたのことを、愛しています――――」

 

 心からの言葉だと、イタチには分かった。だが、その想いに対し、答えを出すことはできなかった。

 世界が、終焉を迎えたのだ。アスナの言葉を聞き終えて間も無く、次の瞬間には、二人の視界に眩い白い光が溢れ出した。

 

(遂に、俺達もこの世界を去る時が来たか――――)

 

 分かり切っていた事だが、まさかこのタイミングでログアウトする瞬間が訪れるとは思わなかった。

 

(アスナさん……)

 

前世の記憶を持っているという、異常な存在に違いない自分を、しかし彼女は気味悪がろうとも、否定しようともしなかった。自分に思いを打ち明けたあの言葉には、嘘偽りは無いと断言できる。

だからこそ、イタチもまた、本当の気持ちで答えねばならないと思った。

 

(現実世界で、また会いましょう)

 

 既にこの場にはいないアスナに、イタチは心の中でそう呟いた。

うちはイタチという前世の己と、桐ヶ谷和人という現世の己の狭間で戦い続けた自分は、ソードアート・オンラインという世界で多くの人物と出会い、変わったという自覚がある。

この世界で重ねた経験の末に変わった己の全てを以て、生きて行く。未だ、前世を引きずる己が目指すべき方向性を見定められていない状態ではあれど、間違いなく自分は変わっている。

 決意を新たに、イタチは光の向こうにある、現実でありながら、自分にとっては前世と現世の狭間に相当する世界へと、意識を委ねた。

 

 終わりの見えない、狭間の世界を――イタチは生きていく

 


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