ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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今年最後の投稿です。フェアリィ・ダンスのプロローグとなっていますが、登場するパロキャラ達の動向みたいになっています。
それでは、来年も暁の忍をよろしくお願いします。


フェアリィ・ダンス
プロローグ 再びの刻


2014年4月20日

 

『天才少年――――は、まだ十歳ながらマサチューセッツ工科大学に通う大学院生です』

 

 アメリカのとある高層ビル。IT産業界の頂点に立つ巨大企業の本社であるこの建物の最上階に位置する部屋の中に、ニュース番組の英語のよる解説が流れる。そんな中、テレビ画面には目もくれず、一人パソコンを操作する少年の姿があった。彼こそが現在、ニュースで取り上げている天才少年であった。

 

『皮膚や血液のデータからその人間の先祖を突きとめる事も出来る『DNA探査プログラム』を開発して私達を驚かせたのは記憶に新しいところですが、現在――――は、一年で人間の五歳分成長するという人工頭脳の開発を手掛けています』

 

 ニュース番組で自身の発明の一つである『DNA探査プログラム』が取り上げられた途端、その表情がほんの僅かに歪んだ。自身が大いに評価されるきっかけとなった発明だが、これのせいで自分は結果的に知ってはいけない真実に辿り着いてしまったのだから。

 

『これを全面的にバックアップしているのは、IT産業界の帝王、――――です。――――の両親は二年前に離婚し――――は父親と別れ、教育熱心な母親に連れられアメリカに移住しました。――――は母親も病死して天涯孤独な身の上となった――――の親代わりとなりました』

 

 現在、自分の生活や研究の援助をしてくれている保護者たるこの会社の社長の映像が流れる。母親を亡くし、途方に暮れていた自分に居場所を与えてくれた人物であり、彼にとっては感謝してもし切れない恩人。だが、今となっては彼の命を脅かす存在となってしまった。

 

『人工頭脳ノアズ・アークは人類史上最大の発明になるだろうと言われ、――――は厳重なセキュリティの中に置かれています。普通の子供のように公園で遊ぶ事も許されません』

 

 研究者たる自分と社内の機密保持という名目のもと、二十四時間体制で保護者が雇ったボディガードが傍に控え、この部屋の中にも複数のカメラが設置されている。ある日を境に異常なまでに厳重になった身辺の警備体制は、自分を監視するためのものなのだ。彼がこの会社を崩壊させる、最大の秘密を漏えいさせないための。だが、そんな息苦しい暮らしも今日で終わりなのだ。彼等が警戒した監視対象は、これからこの世界を後にするのだから……

 

『ノアズ・アークとは旧約聖書に登場する『ノアの方舟』のことです。神は地上の堕落を一掃するために大洪水を起こすのですが、神の心にかなったノアだけは方舟を作る事を許され、家族や様々な動物を乗せて大洪水から逃れることが出来たのです』

 

 これからこの世界を去るとはいえ、やり残したことはある。自分が育った日本という国の……そこに生きる子供達の未来を変える。だがそれは、如何に天才的頭脳を持っていたとしても、そう易々とできることではない。ましてや、このような場所に半ば軟禁されている自分には、到底為し得ない目標である。だからこそ自分は、この願いを『方舟』に託すのだ――――

 

(ノアズ・アーク……出航)

 

 開発していたプログラムを完成させると共に意を決し、『Enter』キーを押す。これで、自分が開発させたプログラムにして分身、自分にとってたった一人の『友達』が、電話の一般回線へと旅立ったことになる。パソコンの画面にその報告が表示されると共に安堵の溜息を漏らす。

 

「さよなら……僕の友達」

 

 そう呟いた途端、部屋のドアを激しく叩く音と自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。声の主は、今日この日まで自分を保護してくれた社長その人だ。どうやら、プログラムを外部へ流したことを察知してこの場へ来たらしい。だが、これもまた想定の範囲内。椅子をドアノブのつっかえに使用しているので、しばらくはこの部屋へ入って来ることはできない。そして、椅子から立ち上がった少年は、そのままベランダを目指す。

 

(『コクーン』は、僕がいなくてもあと二年程度で完成か。計画が成功すれば、VRゲームの発展は遅れることになるだろうけれど……彼ならば、きっとまた新たな機体を作ってくれる筈)

 

彼の記憶に新しい、つい最近知り合った、アメリカに留学して来て、論文を発表していた大学生の青年。彼が書いた論文のテーマは、つい最近自分が所属する会社が着手し始めていた『VRゲーム』だった。人間の意識をデジタルデータの世界へと飛ばして、異世界を体感することが可能とするVRマシンの開発に関連した論文はここ最近増え始めていたが、彼の構想は他の論文とは一線を画す秀逸なものだった。フルダイブ技術の未来を見据え、ゲームをはじめとしたレジャー部門のみでなく、医療に応用することも視野に入れ、社会における活用の幅を広げる構想を抱く彼ならば、フルダイブ技術が普及する新時代を作り出してくれる筈。

 

(でももしかしたら、もう一人の僕になら、会えるかもしれない……)

 

 この世界から逸脱する自分だが、既に出航したもう一人の自分ならば、彼にはまた会える気がする。尤も、仮に再会したところで発展性のある会話ができるわけでもないのだが。

 そんな益体も無いことを考えながらも、少年はベランダを歩く。高層ビルの屋上に設けられた仕事部屋に付いているこのベランダは、街の公園のように滑り台やブランコが設置されている。だが、一緒に遊ぶ友達など一人もいない自分にとってこの場所にある遊具は、公園で友達と楽しそうに遊ぶ普通の子供達を彷彿させ、己の孤独を強調する物でしかなかった。そんな、数回程度しか遊んだことの無い遊具達の横を通り、靴を脱ぐとベランダの柵の向こう側へと立った。

 

「僕も……ノアズ・アークみたいに飛べるかな?」

 

 宛ての無い電子の世界へと飛び立った分身にして友人のことを思い出しながら、視界を埋め尽くすアメリカ都市部の灯りが彩る夜景へと――――

 

 

 

少年は、踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

2024年11月14日

 

「!」

 

 ネットワーク社会の拡大と同時に際限なく広がっていった電子の世界の中。0と1の数字がコードを描いて飛び交う空間の中で、“ソレ”ははっとしたように意識を再起動させた。本来、人間の肉体を持たないソレには、『意識』という言葉は該当しない。僅かな間とはいえ、その機動に支障を来したこれは、いうなれば『バグ』と呼ぶべきものなのだ。仮に人間のそれとして表現するならば、『居眠りの中で見た夢』だろうか。

 

「どうかしたのかね?」

 

 そんな、いつもと比べて若干様子のおかしなソレに対し、隣に立つもう一人……否、もう“一つ”の存在が声を掛ける。彼――もう一つのソレが人間だった頃の性別で区別するならば――とは、四日ほど前に、とある対象を監視していた折に知り合った。

 

「いえ、特に何も……」

 

「そうかね……そういえば、奴に動きがあったよ」

 

 向かい合う自身に非常に近い存在が放った言葉に、その声色に緊張が走る。

 

「何か、分かったんですか?」

 

「ああ。奴が秘密裏にアメリカの某企業と取引していることが分かった。どうやら、研究は既に開始されているらしい」

 

「あなたは、止めるつもりは無いんですか?」

 

「確かに私の業に端を発しているとはいえ、それは私の役目ではない。彼の非道を終わらせるのは、私では無く“彼”だろう」

 

 ふっと不敵に笑うその顔からは、確信に近いものが感じられた。同時に、目の前の男が口にした“彼”と呼ぶ人物に、自分も興味が湧いた。最初に聞いた時には、十年前に己の前身が日本の未来を担う子供達に課した試練を見事打ち破った少年と同一人物なのかと疑った程だ。だが、別人だと聞いた今でも、その関心が薄れることは無かった。

 

「非道、ですか……僕の前身の真似を、もっと酷い形でしたあなたが言えたことなんですか?」

 

 咎めるような口調での指摘に、男は完全に口を閉ざした。尤も、咎めた自分自身もそんなことを言えた身ではない、と思う。模倣犯というわけではないのだろうが、彼の所業が、自身の前身が昔起こした事件と手法が酷似している以上、多少影響を与えていた可能性は否めないからだ。そして、自身も今、彼と共にこの電脳世界で行われているさらなる非道を看過している状況にあるのだ。だから、お互い目の前で起こっている出来事に対して“非道”という表現を使う資格が無いということを指摘するに止めることにした。

 

「出来ることなら、誰かがこれを察知して止めてくれればいいんだけれど……」

 

「それならば心配はいらない。既に彼の動きを察知して、取引について調べる動きをしている者もいるらしい。それに、私の世界を終わらせた彼ならば、奴を潰すために必ず動き出す筈だ。このまま監視を続ければ、きっと会えるだろう」

 

「そうであることを、僕も願うよ。それより、もう一つの……僕の懸念はどうなのかな?」

 

「今のところ動きは無い。だが、発展型の研究として必ず着手するだろう。奴自身が己の栄達のためならば人体実験をも厭わない性格であることに加えて、昔と変わらず、魅力的な成果が望める課題なのだよ」

 

 身も蓋も無い意見だが、事実である。懸念対象の研究が完成した暁には、世界はまた大きな変革を迎えるだろう。だが、今の人類がこの技術を手に入れて良いものなのか。十年前から変わる事の無い、擬似的な人格を持つ自分には、その判断は非常に難しい。だが、己をこの世界へ送りだした生みの親にして友との約束は守らねばならない。技術を使うことの業を忘れた人間の手にこの技術が渡ったならば、世界は間違いなく破滅へ向かうのだから。

 それを防ぐためにも、今は監視を続ける。数百名もの人間が仮想世界に囚われ、非人道的な実験にかけられていようとも、本来の目的を見失うわけにはいかない。自身がここに存在する目的を果たすためにも、今は不動のまま、その推移を見守っていく――――

 

 

 

 

 

 

 

2024年12月9日

 

 日本の警察のトップたる警察庁。その本拠たる中央合同庁舎第2号館にある会議室。そこには現在、数名の警察職員が集められていた。会議室の椅子に腰かけた彼等の視線の先にあるスクリーンには、ある一文字のアルファベットが映されていた。

 一般的に用いられる英語のアルファベットとは異なる、『クロイスター・ブラック』と呼ばれるフォントの一文字がスクリーンに映し出されており、その傍には執事服を着た老人が控えていた。

 

「……それは本当なのか、――?」

 

『はい、間違いありません』

 

 集められた警察官を代表するように、中年の男性がスクリーンの文字に向けて問いかける。それに対し、肯定を示す答えが返ってきたが、声の主の姿は見えない。スクリーンの両サイドに置かれたスピーカーから音声が発せられているのだ。

 

『未帰還者三百名については、第三者による干渉による事件性が強く疑われています』

 

「証拠は?……容疑者の手掛かりは掴んでいるのか?」

 

『容疑者の正体については、大凡の目星が付いています。証拠についても、全員を解放するための作戦と併せて捜索中です』

 

 スクリーンのアルファベットが示す人物がスピーカーから発する言葉に、会議室に集まった刑事達の顔が驚愕に染まる。指摘された事件が不完全な解決を見てから一カ月、警察も捜査に全力を上げていたにも関わらず手に入れられなかった事件の全容を、スクリーンに映る文字だけの人物が、解明しつつあると言っているのだから。

 

「成程……五年前と変わらず、大した手並みだな」

 

『いいえ。濃厚な人物とそのバックを絞り込むことはできましたが、私の推理が正しければ、事件解決にはまだ大きな障害が残っています。そしてそれは、私だけで解決できるものではない可能性が高いのです』

 

「そんな……名探偵の――らしくない。僕達でよければ、いくらでも協力するのに……!」

 

 若手の刑事が、事件解決のためならば尽力は惜しまないと口にし、他の刑事達も同調する。だが、スクリーンの向こう側からスピーカー越しに返ってきたのは、否定の言葉だった。

 

『残念ですが、あなた方警察の力では、こちらの問題を解決することは敵わないでしょう』

 

「……どうしても、無理なのか?」

 

『はい。しかし、この困難を突破できる人物には心当たりがあります。事情を話せば、必ず協力してくれることでしょう』

 

「……そうか。なら、証拠の差し押さえについては君に一任する」

 

 その場に集まった刑事達を代表した男性の下した決断に、他の刑事達は納得できない様子だった。先程と同様、若手の刑事が異議を唱える。

 

「部長、しかしそれでは……」

 

「無論、だからといって我々とて何もしないわけにはいかない。こうして、かつての捜査関係者を集めて情報を提供してきた以上、我々にもできることがある。違うかね?」

 

『はい、お察しの通りです』

 

 部長と呼ばれた代表者の問い掛けに答える、スクリーンの向こう側の人物。互いの意図を汲み取れるその関係からは、捜査を通して培った信頼関係のようなものが見て取れた。

 

『あなた方日本警察には、証拠を手に入れた後の容疑者の逮捕や関係者の確保、証拠の正式な差し押さえをお願いします』

 

「ウム、分かった」

 

『三百名を解放するための作戦については、こちらで水面下にて進めております。タイミングについては、追って連絡します。皆さん、どうかもう一度、私に力を貸してください』

 

「無論だ。三百名もの人々の安否が危ぶまれている以上、我々とて事件解決には協力を惜しまない。こちらこそ、頼んだぞ」

 

 警察側の代表者の言葉と共に、スクリーン越しの会話は終わりを迎えた。映写機の電源が切れると共にスピーカーを片付ける紳士服の老人を余所に、警察関係者たちは各々部屋を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

「夜神部長、ここにいましたか」

 

 会議室を出て廊下を歩くことしばらく。モニター越しの捜査報告を受けていたメンバーの代表格である、『部長』と呼ばれた男性を呼び止める人物がいた。眼鏡をかけた、容姿端麗な若い男性である。声を掛けられた、夜神と呼ばれた男性は、その人物を見て少々驚いた様子だった。

 

「明智警視……どうしてこのような場所に?」

 

「少々、調べ物をしに来たんですよ」

 

 本来ならばここに居る筈の無い人物の登場に目を僅かに見開いた夜神に対し、明智は穏やかな物腰で答えた。

 この男、明智健悟は、警視庁刑事部捜査一課に所属する警視である。キャリア組で、警視総監賞の最年少受賞者でもある優秀な刑事であり、その名前は警察庁にも知れ渡っており、夜神も面識を持ったことがあったのだ。だが、彼の本来の勤め先は警察庁では無く警視庁である。調べ物があると言っているが、一体何を調べに来たのか。夜神は疑問に思ったが、それを問う前に明智の方から口を開いた。

 

「SAO事件のことで、少々調べておきたいことがありましてね。捜査本部を置いているここまで、資料を見せてもらいに来たわけです」

 

「あの事件の担当は、警視庁では無く警察庁で受け持つ筈でしたが、一体どうしてあなたがそのようなものを必要とするのですか?」

 

 訝る様な視線と共に再度問う夜神に、明智は苦笑しながら答えた。

 

「個人的に調べたいことがありましてね。そちらの捜査の邪魔をするつもりは無かったんですよ。事件に巻き込まれた知り合いが、未だに現実世界に戻って来ないことが気がかりでしてね」

 

「そうですか……まさか、あなたの知り合いにも被害者がいたとは……」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

 SAO事件が一応の解決を見た11月6日から一カ月以上が経過した現在。二千人以上の犠牲者を出したこの事件は、しかしそれで完全な終結に至ることなかった。生き残ったおよそ八千名の内、未だ現実世界へ帰らぬ人間がおよそ三百名。事件解決から一カ月、警察庁の対策部署は同容疑者による犯行と推測し、茅場晶彦の行方について引き続き捜査を行っていたものの、その足取りは未だに掴めていなかった。

 事件を解決したと言われる被害者の一人の証言によれば、既に死亡している可能性が高いとされていたが、現状ではその遺体の在処すら分からない状況なのだ。その上、事件発生から、未解決とはいえ被害者の大部分が解放された現在に至るまで、警察にできたことは何一つ無い。対策本部の責任者たる夜神はこの上なく忸怩たる思いだった。

 

「総務省の対策チームにも、手掛かりを掴んでいないかと問い合わせてはいるのですが、未だに返事は無い状態です」

 

「まさに八方塞がり、ですか。あなたがこの事件を解決するために誰よりも必死になっていることは私もよく知っています。あまり思いつめないでください」

 

「……しかし、成果を出せなければ結局は同じことです。人の命が懸かっている以上、尽力しただけでは言い訳にはなりませんよ」

 

 警視庁と警察庁。務める場所は違うが、清廉潔白な人格者として、また警察官として互いを高く評価している者同士である。加えて夜神は、息子がSAO事件に巻き込まれた末に死亡している。それを知っている明智は、SAO事件で碌な成果を上げることができなかった夜神の悔しさを理解していた。

二人の間に漂う空気が重くなる。これ以上話を続ければ、夜神の息子の死に触れてしまう可能性があるかもしれない。そう考えた明智は、もう一つの気になる案件について尋ねることで話題を変えることにした。

 

「だからこそ、今もまだ動き続けているのでしょう?それに……先程会議室から出てきましたが、“あの探偵”とコンタクトを取っていたのではないですか?」

 

 その言葉に、夜神の目がはっと見開かれる。その反応に、明智は自身の予想が的中していたことを悟った。

 

「……会議の内容は、外部に漏らさないようにしていた筈ですが?」

 

「会議室へ入っていったメンバーのほとんどは、例のウイルステロ事件に関わっていた方々でした。向こうとしても、知己の関係にある、信用のおける人間を集めていたと推理したまでですよ」

 

 会議の内容については口に出して認めず、しかし暗に何故分かったのかと尋ねた夜神の問いに、明智は然程難しい推測ではないとばかりに答えた。

 

「ウイルステロを解決したことで知られる彼ですが、本当に信用できるのでしょうか?SAO事件に関しては、ほとんど事件解決に際して日本警察の要請には終ぞ応えなかったそうじゃないですか」

 

「……その件もあって、不信を抱いている人間は先程会議に出席した者の中に少なからずいる。だが、SAO事件から今まで、我々は八方塞続きだ。こうしている間にも、目覚めぬ被害者達とその親族は苦しんでいる……私は一刻も早く事件を解決するために、彼の手を借りることを躊躇しないつもりだ」

 

 SAO事件発生から今まで、必死に捜査をしたにも関わらず、息子をはじめ二千人以上の人々を死なせてしまったのだ。警察組織の無力さを心の底から痛感していた夜神には、事件解決のためならば、その面子云々を一切気にしないという決意があった。その信条を理解した明智は、それ以上何も言うことはなかった。

 

「分かりました。警視庁に務める私には、事件解決に協力することはできそうにありませんが、せめてあなた達が残る未帰還者全員を解放し、事件を解決へ導くことを信じます」

 

「ウム。その期待には、必ず応えると約束しよう」

 

 そうして会話を終えると、夜神は明智に背を向けて事件の捜査本部へと戻って行った。残された明智は一人、その決意に満ちた背中を敬礼しながら静かに見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、協力は得られたようですね」

 

「やはり、SAO事件の早期解決について、背に腹は代えられないということでしょう」

 

 警察庁の会議室にてスクリーン越しの奇怪な対談が行われてから数時間後。刑事達が集まった場所にスピーカー等通信機器を用意していた執事服の老人の姿は、全く別の場所にあった。太陽の光の一切差さない室内の中。いくつものコンピュータが並べられたその空間の片隅にある椅子で、膝を抱えて座る男性がいる。そしてその横には、先程警察庁を訪れていた執事服の男性が立っていた。

 

「私達も急がねばなりませんね。見当が付いている以上、確証を得られなければ次の行動に移れません」

 

「例の男が通う社内には、既にウエディが潜入しています。プログラムを操作することは不可能でしょうが、三百名の監禁場所ならばすぐに割り出すことは可能かと」

 

「大規模サーバーが必要になることは間違いありません。既にどのサーバーかは絞り込めています。しかし、そこから如何に監禁された三百名を解放するかが難点です。……予定通り、仮想世界から突入する方向で動く必要がありそうです」

 

 そうなれば、如何に世界中に影響力を持ち、警察関係者に対して強いコネクションを持つとしても、完全に手も足も出ない。事件解決には、そのための力を持つ人間の存在が不可欠となる。

 

「急ぎ、“二人”の所在を突き止めてください。また、必要とあれば、私もその支援ができるよう同じ世界へ赴きます。例のゲームと、ナーヴギアの用意をお願いします」

 

「承知しました」

 

 膝を抱えて座る男性の指示に従い、部屋を後にする執事服の老人。一人その場に残された男性は、傍らに置いていた写真を手に取ってみた。

 

「あなたの仇は、必ず討ちます…………ライト君」

 

 写真に映る男性の顔を見ながら、誓う様に口にした。そして、自らもまた事件解決のために静かに動きだすのだった――――

 

 

 

 

 

 

2024年12月24日

 

 寒空の下にもかかわらず、街のあちこちが賑わいを見せている今日この日は、クリスマス・イブ。連れ立って歩くカップルの姿がいくつも見られるそんな中を、同じ制服を着た二人の少女が歩いていた。

 

「しっかし…………どいつもこいつも、イチャイチャイチャイチャと……」

 

「はぁ……園子、それ言うの、もう四度目よ。気にしなければいいじゃない」

 

「あのねぇ、蘭。世間はクリスマスムードで盛り上がっているんだから、見たくなくても見えちゃうものなのよ!」

 

 街を仲睦まじく歩く男女に対して僻み妬み混じりの視線を浴びせて歩く、ショートカットにカチューシャをつけた少女、園子が嫉妬と羨望に満ちた言葉ばかりを口にすることに対し、隣を歩く前髪のはねたロングヘアーの少女、蘭が窘める。だが、園子は逆上して喚き散らす始末。

 

「全く、恋盛りの乙女が、クリスマス・イブを一人で過ごさなきゃならないのよ!」

 

「しょうがないじゃない。京極さんは海外で武者修行中なんだから」

 

「クリスマスぐらい、帰ってくるのが彼氏ってモンでしょう!」

 

 蘭がいくら落ち着くように促しても、園子は止まりそうにない。今この場にはいない恋人への不満を爆発させて、下校から今に至るまで親友へと延々愚痴を垂れ続けているのだった。

 

「全く……こっちはプレゼントだって用意したってのに……」

 

「まあまあ、まだイブじゃない。明日帰って来てくれるかもしれないし……」

 

「年が明けるまで帰国しないってメールが来たのよ!……ったく、男ってのは、どいつもこいつも……新一君だって…………あ」

 

 つい勢いのままに口にしてしまった名前に、園子はしまったと思った。隣を歩く親友たる蘭の恋人、新一もまた、園子の恋人と同様にこのクリスマス・イブには会える可能性が低かったのだ。遠く離れているという点が共通しているが、新一が居る場所は、どうあっても行くことはできないのだ。

 そのため、学校に居る間も、彼に関する話題は極力避けてきた園子だったのだが、ここでうっかりその名前を出すというミスを犯してしまったのだった。冷や汗を額に浮かべながらも、どうにか謝罪を口にする。

 

「蘭……ごめん」

 

「ううん、気にしないで。あいつがクリスマスとか誕生日とかに一緒にいないことなんて、今に始まったことじゃないもの。今年のクリスマスも望み薄よ、きっと」

 

 園子の失言を笑って許す蘭だが、その表情にはどこか影が差しているようだった。

 蘭の想い人である新一。彼は、二年前に起こったSAO事件に巻き込まれ、事件が一応の解決を見た今もまだ帰らぬ三百人の一人に名を連ねていた。警察や総務省の対策・捜査チームに対しては、未帰還者達の精神の行方について幾度となく尋ねたものの、返ってくる答えは「現在捜査中」という旨の言葉や「必ず無事に帰してみせます」という慰めの言葉ばかり。事件の進展に関する有力な情報は何一つ齎されていなかった。そんな状況が続いているため、未だ帰らぬ新一についての話題は禁止というのが、園子を含めた蘭の周囲の人間の間での暗黙の了解となっていたのだ。

 だが、一度発した言葉は引っ込めることはできない。園子は、どうにか話題転換を図ろうと必死に頭を働かせ、雰囲気を少しでも明るくしようと試みるも、蘭の表情からはどうしても曇りを取り除くことができなかった。

 

「それじゃあ、ここでお別れね。私はこれから行くところがあるから。それと……気を遣ってくれてありがとう。でも、大丈夫だから」

 

「蘭……」

 

「じゃ、また明日!」

 

 そうこうしている内に、蘭との分かれ道に差し掛かってしまった。未だに気を遣う友人に心配無用と微笑みかけて背を向けるその姿は、どこか強がっているようで……園子はどこか不安を感じてしまった。

 

 

 

「新一、今日も来たわよ」

 

 園子と別れた蘭が来たのは、とある病院の一室だった。高級ホテルばりに整った設備を有するこの病院を利用する人間は、俗に富裕層と呼ばれる人々が主だった。蘭の目の前にあるベッドの上に横たわる少年、新一も例に漏れず、有名作家と有名女優の子供であり、裕福な家系に属する人物だった。その新一の頭には現在、無骨なヘッドギアが装着されている。これこそが、彼を二年以上の間、仮想世界という名の牢獄へと閉じ込め続け……今尚、その精神を現実世界へ帰さない悪魔の機械、ナーヴギアである。

 

「……期待はしていなかったけれど、やっぱり起きてないみたいね」

 

 誰にともなく呟いたその言葉は、しかし眠り続ける新一には届いていない。蘭はそれにも構わず、語りかけ続けた。

 

「今日もね、園子と一緒に途中まで帰ってたんだ。本当は一緒にここに来ようって誘おうと思っていたけれど、気を遣わせちゃってね。新一が帰って来ないことが原因で……元気が無いのが、分かっちゃうんだよね」

 

 自嘲しながら話す蘭に、しかし新一は何も答えを返してくれない。もとより蘭も、期待していない。だが、話し掛けずにはいられなかった。蘭は新一の手を握りながら、さらに続けた。

 

「お父さんも、新一のこと結構心配しているよ。今ではもう、お見舞いに行くって言っても、何も言わないでいてくれてね。お母さんも同じでね……そうそう、これじゃあ、『眠りの小五郎』ならぬ『眠りの新一』じゃないかって言ってたわ。お父さんは、からかわれて不愉快そうにしていたけどね」

 

「博士も、その内お見舞いに来るって。助手の志保さんの方も、まだ帰っていないみたいだけど、そっちで一緒にいるのかな?帰ってきたら、向こうでのこと、色々教えて欲しいな」

 

「学校の皆は、相変わらずかな。中学を卒業して、私と園子は帝丹高校に入学したけど、中学の同級生で同じ学校に進学した子も多いわ。新一は……流石に、今から入学できるか分からないけど、もし同じ高校に通えたら、嬉しいかな」

 

「そうそう。SAO事件の関係で、新しい友達もできたのよ。武道系の部活をやってる関係で知り合った、剣道部の後輩でね。その子のお兄さんも、SAOに行っていたらしいのよ。しかも、新一と比べ物にならないくらいレベルが高くて、クリアに貢献しているんじゃないかって言われているんだって。新一も、もしかして知っているのかな?」

 

「あと、その友達と新しい趣味を始めてね。SAOに行っちゃった、お兄さんのことを理解したいって言って始めた趣味に誘われて、最初は乗り気じゃ無かったんだけど、私もかなりハマっちゃってね。お父さんには、猛反対されたけど……それでも、私なりに必死に説得したら、最後は分かってくれたわ。それから――――」

 

 身近な人物の話から、自分が新しく始めた趣味の話など、他愛の無い話を続けて行く蘭。譬え、返事が返って来なくても構わない。今、ここにいる新一の心に、少しでもこの声が届きますようにと、祈りを込めながら蘭は話し続けていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 一万人もの人間を、デジタルデータの世界へ閉じ込めた死のゲーム、ソードアート・オンライン。二千人以上の犠牲を払いながらもゲームクリアは為され、生き残ったプレイヤー達は無事現実世界へと帰還した。

 だが、事件は未だに終わっていない。未帰還者三百名の裏で蠢く、新たな悪意と陰謀。それを暴くべく、或いは帰らぬ者達を救うべく、動きだす者達。

 最後の戦い、その火蓋が切って落とされるのは、遠くは無い。そして、『暁の忍』もまた、新たな舞台へと降り立つ――――

 


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