ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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ソードアート・オンラインⅡを振り返って思ったこと……

『イタチ×ユウキ』もアリかな?

ファントム・バレットすら終わっていないこの状況では、検討するには及ばないカップリングですが、読者の皆さんはどう思いますか?


第五十六話 竜崎

 病院の入り口でワタリという老人に出会った和人は現在、彼の運転する車に乗せられていた。車は、東京都都心にあるビル街を走っている。

 

(リュウザキ……やはり未帰還者達の行方について調べていたか)

 

 和人がリュウザキと呼ばれた人物と出会ったのは、現実世界ではない。後の世において、SAO事件と呼ばれるようになった史上最悪の大量殺人事件、その舞台たる仮想世界、アインクラッドでのことだった。

 

 

 

 当時、SAO内部にはデスゲームをデスゲームとして楽しむと言う理念のもと、プレイヤー相手の犯罪行為や殺人を繰り返す、オレンジギルド、レッドギルドと称される集団が跋扈していた。ゲームクリアが果たされるまでに発生した犠牲者の数は、数百人に上ったとされている。

これらを取り締まるには、実力あるプレイヤーが動かねばならなかった。だが、多くの実力者たるプレイヤーの大部分は、ゲームからの唯一無二の脱出手段であった完全クリアを果たすべく、攻略に奔走していた。和人――イタチもまた例に漏れず、片手間でその相手をしなければならなかった。情報屋の協力者などは幾人かいたものの、多くは攻略組に身を置く人間ばかりだった。そもそも、人間同士の殺し合いに発展しかねない戦いに臨めるプレイヤーなど、イタチを含めてほんの一握りであり、取り締まりに動いて返り討ちに遭うプレイヤーまで発生する始末だった。

そんな中現れたのが、リュウザキという名のプレイヤーだった。犯罪者取り締まりに協力の意を示したこの男性プレイヤーは、オレンジプレイヤーが編み出した、システムの穴を突いた犯罪テクニックの悉くを看破し、多くの犯罪者プレイヤー検挙に貢献したことで知られている。ただ、能力は非常に高いものの、本人はプレイヤー達の前に顔を晒す事は一切せず、攻略組御用達の情報屋、鼠のアルゴを通じて捜査結果を報告するのみだった。そのため、多くのプレイヤーからは不審がられており、一説には、彼の正体はレッドプレイヤーであると疑われたことすらある。

イタチは、そんな彼が顔合わせを望んだ数少ない人物の一人である。きっかけは、とある大規模な犯罪者プレイヤー討伐戦の折、リュウザキへの不信が高まったことだった。討伐隊のプレイヤーの一部が、卓越した頭脳を持つリュウザキを、『笑う棺桶』と呼ばれた大規模レッドギルドのボス、PoHの正体がリュウザキなのではと疑い始めたのだ。

これまでリュウザキが関与した犯罪者プレイヤーの摘発全てが自作自演であるとすれば、全て説明がつく。また、大規模決戦が行われるまでに信頼を得ることができれば、攻略組プレイヤー全員を皆殺しにすることが可能となる。嫉妬と警戒から、そのような疑惑を抱いたプレイヤー達は、リュウザキに対して顔を見せろと要求したのだ。

決戦を前に芽生えた不信を解消するべく、リュウザキが取った苦肉の策は、攻略組に属する代表格のプレイヤーの中から信用のおける人物数名を選出し、自分と顔を合わせると言うものだった。選出メンバーは、血盟騎士団副団長のアスナ、聖竜連合総長のシバトラ、ミニチュア・ガーデンのメダカといった討伐隊の中心メンバーで構成されていた。さらにイタチまでもが指名されたのだ。アルゴの案内のもと、リュウザキと顔を合わせた面々は、フレンド登録をすることでプレイヤーネームがリュウザキであることを確認した。SAOにおいては、ネームを変更するためのアイテムは存在しなかったことから、リュウザキ=PoHの疑惑は解消された。というのが事の顛末だった。

 

 

 

(相当に頭の切れる奴であることは確かだ……だが、一体何者なんだ?)

 

 SAOに限らず、MMOにおいてリアルの詮索をすることはマナー違反だが、どうしても気になってしまう。SAO内部で己の顔を直隠しにしていたことに加え、未帰還者三百人の行方を探すべく動いていたことや、迎えに寄越したワタリという老人のことを考えると、謎はますます深まるばかりである。リュウザキに関する少ない情報から推理するに、その正体は、凄腕の探偵か、あるいはどこかの諜報機関の構成員の可能性が高いとするのが、イタチの見立てである。尤も、これから顔を合わせるのだから、その正体も分かる筈なのだが。

 

「到着いたしました」

 

 そうこう考えている間に、どうやら目的地に到着したらしい。所沢にある病院から、車で移動することおよそ二十分。東京の都心、その一角に立つごく普通のオフィスビル。

 

(……ただのビル……では、なさそうだな)

 

イタチには特別建築関連の知識があるわけではない。だが、忍としての前世の勘が、目の前に聳え立つ建物を周囲にある他のビルと同種のものと認識することを認めなかったのだ。尤も、ここまできた以上は、和人には引き返すつもりなど毛頭無い。

ワタリが運転する車は、そのまま地下駐車場へと向かっていく。どうやら、リュウザキがいる場所へ行くには、正面ではなく地下から入る必要があるようだ。地下駐車場に車を停車させて下車した二人は、入り口となる扉を目指す。

 

「この建物には、一切の通信機器の持ち込みはできません。全て、こちらに預けていただきます」

 

 所持している携帯電話等の通信機器を預けるよう指示を出すワタリ。対する和人は、リュウザキはSAOの中でさえ顔を見せるのを極端に嫌っていたため、この手の処置は半ば予想していたため、抵抗することなく素直に従った。

 

(情報漏洩を相当警戒しているな……)

 

 携帯電話を和人に提出させた後、ワタリは指紋と網膜認証を行い、警備システムを解除していく。軍事施設と見紛わんばかりの堅牢なセキュリティを見るに、リュウザキの正体はどこか日本ではない、外国の機密組織に所属する人間という推測はあながち間違いではないかもしれない。

 

「中へどうぞ」

 

「はい」

 

 ワタリに導かれて内部へ入って行く和人。エレベーターに乗せられて移動するが、目的の階層は地下らしい。ビルの外観は、二十三から二十五階程度だったが、上は完全なダミーか、或いは物資の貯蔵に利用しているのかもしれない。やがてエレベーターが停止し、扉が開く。電子パネルに出ている階層は、地下四階。相当な深さがあるらしい。

 エレベーターを出て、廊下を歩いてすぐの場所に、扉があった。ワタリがカードキーを翳すと、扉が両側にスライドして開いた。

 

「ようこそ、イタチ君。歓迎します」

 

 扉の向こうで和人とワタリを待ち受けていたのは、ぼさぼさに絡まり合った髪の毛に、白の飾り気の無い長袖シャツ、色褪せたジーンズを纏った青年。身を屈めているのではと思う程に極度の猫背で、目の周りには不眠症を想わせる隈があった。

 

「一応、無事に帰れていたようで何よりだ。リュウザキ」

 

 この人物こそが、和人ことイタチをはじめとしたかつてのSAO攻略組プレイヤーに与して、多くの犯罪者プレイヤーの取り締まりに貢献してきた謎の探偵プレイヤー、リュウザキなのだ。

 

「イタチ君も、無事に退院できたようですね」

 

「まあな……それより、ここは現実だ。プレイヤーネームで呼ぶのは控えろ。」

 

「申し訳ありません。それでは、和人君とお呼びしましょう」

 

「俺はどう呼べばいい?」

 

「SAO同様、竜崎で結構です」

 

「……それが本名なのか?」

 

「いえ、そういうわけではありません」

 

 名前を明かせない理由があるらしい。SAO内に続き、現実世界でもこうして顔を合わせたのに、この期に及んで、何故躊躇うのだろう。竜崎の正体に疑惑を深めつつ、後で必ず聞き出すことを決意するのだった。

 

「SAO事件の際は、ありがとうございました。私がこうして現実世界へ帰還できたのも、全てはイタチ君のお陰です」

 

「……俺一人の力ではない」

 

 世間では、SAO事件の主犯者である茅場ことヒースクリフを撃破して生き残った全プレイヤーを解放した和人のことを、実名を知らないとはいえ、英雄扱いする傾向がある。だが、和人当人から言わせてもらえば、あの最終決戦は実質イタチの敗北だった。あの時の勝利は、敗北と死を呼ぶ一撃を防ぐことができたのは、一重に身を挺して自分を守ったアスナ――明日奈あってのものだった。故に、このように持ち上げられることは、和人にとっては不本意なのだ。

 

「あの最終決戦を知っているのならば、その意味は分かるだろう?」

 

「……はい。申し訳ありません」

 

「いや、分かってくれているならいいんだ。それより、SAO未帰還者三百名の居場所についての手掛かりが掴めたのだろう?そろそろ教えてもらえないか」

 

「ええ。しかもそれは、明日奈さんにも関係するかもしれないことなんです」

 

「何だと?」

 

 竜崎の言葉に眉を顰める和人。確かに、明日奈はSAO未帰還者の一人だったが、何故三百名いる中で明日奈なのか。おそらく、竜崎が数あるSAO生存者(サバイバー)の中から自分を指名し、手掛かりを明かそうと考えた理由も、そこにあるのだろう。

 和人が、どのプレイヤーよりもアスナと共に行動した最強プレイヤー、イタチだったからこそ――――

 

「とりあえず、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」

 

 竜崎に促され、部屋の一角にある椅子へと座る和人。竜崎はテーブルを挟んで向かいの椅子へと座る。だが、普通に腰掛けるのではなく、膝を抱えるような窮屈な座り方をしている。

 

(相変わらず、変わった座り方をしているな……)

 

 竜崎が今やっているこの独特な座り方は、SAO事件当時から続いていた。キャラを立てるためにわざとやっているのではと、レッドギルドとの最終決戦時に顔合わせした面子は口々に言い合っていたが、現実世界でも同様の行動をしていたとは思わなかった。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。気持ちを切り替えて、本題に集中する。

 

「まずは、これをご覧ください」

 

 竜崎が差し出したのは、二枚のA4印刷の写真。解像度ギリギリまで拡大したのだろう。ドットが粗くなってはいたが、被写体の像と色はしっかり捉えられている。

 

「これは……」

 

 写真を見た和人の目が鋭くなる。そこに写っていたのは、長い栗色の髪の、若干長い耳の少女。白いドレスを纏い、同じく白い椅子に座っている。手前には、椅子同様に白いテーブルが置いてある。だが、それだけではない。カメラと少女とを隔てるように、金色の格子がいくつも並んでいるのだ。その様は、まるで鳥籠に囚われたお姫様のようだった。

 

(アスナさん……?)

 

写真に映る少女の姿は、竜崎が先程口にした名の少女――明日奈に酷似していた。現実世界では同じ中学に所属し、SAOでは誰よりも長くパーティーを組んでいた。彼女を見間違うことは、まず有り得ないだろうと、和人自身は考える。

写真の画質や、被写体の様子から察するに、おそらくは仮想世界で撮影されたものなのだろう。ならば、どこで撮影されたものなのだろうか……和人は考えた末に、ある結論に至った。

 

「アルヴヘイム・オンラインだな」

 

「!……ご存じだったのですか?」

 

 和人の口にした言葉に、竜崎は目を丸くして驚いた。和人の導きだした答えが、ものの見事に的中していたからだ。

 

「アルヴヘイム・オンライン……通称、ALO。妖精郷の名を持つ、新世代のVRMMMORPG。プレイヤーは九つある種族から一つ選択してプレイする」

 

「詳しいですね……説明の必要が全くありません。しかし、何故ここまで詳細を知っていたのですか?」

 

「SAO未帰還者が発生したのならば、その原因はVRワールドにあると考えるのが自然だ。そして、三百人のプレイヤーが、監禁されている立場にあるのならば、監獄の維持には莫大な費用がかかる。必然的に、VRMMOサーバーを扱う企業に寄生して行うほかにないという結論に至る」

 

 SAOからの帰還後、三百名の未帰還者の存在を知った和人は、自分達がSAO内部に囚われた二年間に起こったVR関連技術の推移や市場について調査を行った。その中には当然、三百人の意識を監禁するためのサーバー……つまり、SAOのようなVRMMOも対象として入っていたのだ。

 

「流石ですね。あなたの推理力には感嘆します」

 

「アインクラッドで笑う棺桶が発案したスキルを次々看破し、連中を監獄送りにしたお前が言っても、嫌味にしか聞こえないな。それより、ALOのメーカーはレクト・プログレスだったな……成程、これで全て繋がったわけだ」

 

「はい。SAOサーバーの維持を請け負っているのは、レクト・プログレスのフルダイブ部門です」

 

 かつてSAOを運営していたアーガスが消滅し、その後にサーバー管理を引き継いだ会社がレクトである。そして、そのレクトが運営するALOというゲームにおいて、未帰還者の一人に酷似した人間が確認された。よって、導き出される結論は……

 

「黒幕は、レクト・プログレスの開発主任、須郷伸之で間違いなさそうだな」

 

「おや……彼の事もご存じでしたか」

 

「今日、病院で会った。外面は良いようだが、内面ははっきり言って下衆だな……」

 

「そのようですね。既に彼は、SAO未帰還者を利用して得る予定の成果について、様々な皮算用を始めているようですよ」

 

「何……?」

 

 SAO未帰還者三百名を、一体何に利用しようと言うのか。常人ならば、まず考え付かないだろう……だが、うちはイタチという忍の前世をもつ和人には、簡単に想像することができた。

 

「……人間の頭脳を使った人体実験……か」

 

「その通りです。調べたところによりますと、既に米国の某企業と水面下で取引をしています」

 

「大方、軍事関連の企業だろう?脳の制御領域を広げることができるようになれば、感情を持たず、意のままに動く人形のような兵士を量産することすらできるからな」

 

「……何もかもお見通しですか。最早、私の助けなど不必要なのでは?」

 

 和人の前世、うちはイタチのいた忍世界には、暗殺者養成を目的とした機関が数多く存在する。イタチの故郷である木の葉隠れの里にも、「根」と呼ばれる同様の組織が存在しており、その教育カリキュラムは、肉親同士を殺し合わせて心を失わせて人形に仕立て上げるなど、非人道的なものだった。

だが、優れた暗殺者の幼生には多大な時間と費用を要することから、容易ではなかった。幻術を行使して、人間を意のままに動く人形に仕立て上げるなどの試みもなされていたが、術を解除されてしまえばたちまち無力化されてしまうという欠点を孕んでいた。故に、術の様な一時的な措置に依らず、脳に直接干渉して感情や記憶を改竄することで、人格そのものを作りかえる技術があるとすれば、意のままに動く兵士を作ることに非常に都合が良かった。

暗部の闇を散々見てきたイタチの前世を持つ和人にとっては、容易に想像できることだった。

 

「和人君、実は須郷はアスナさんを……」

 

「嫁にしてレクトを手に入れようと考えている、だろう?……何としても、阻止するぞ」

 

「……了解しました」

 

和人の放った言葉の後半には、どこか重く厳かな雰囲気が溢れていた。竜崎は気にしないフリをして了承するのだった。

 

「この写真……場所は、世界樹の上じゃないのか?」

 

「その通りです。ALOの攻略目標である、世界の中央に聳え立つ世界樹の頂上には、空中都市があるとされています。オープン以降、空中都市を目指すグランドクエストには、数多の参加者が挑戦してみたものの、全て失敗しました。そんな中、世界中の頂上を一目見ようと、あるパーティーが動きました」

 

「体格差順に肩車して飛行、多段ロケット方式で頂上の写真を撮ろうとした……といったところか?」

 

「まさにその通りです。そして、証拠として撮影した写真の中に、これが写っていたということです」

 

「成程……オープンから未だにクリアできないグランドクエストの終着点。干渉できるのは、運営サイドの人間のみ……隠れ家としては申し分ないな」

 

「私も同意見です。まず間違いなく、未帰還者三百名は、世界樹の頂上に監禁されています」

 

 互いに情報を共有・整理したことで同一の結論に至ったことを確認した和人と竜崎。そして今度は和人が呼ばれた理由へと話しが移行していく。

 

「それで、何故俺を呼んだ?ここまで推理し、須郷が某国企業と裏取引していた事実まで裏付けできたのだから、あとは警察か、あるいは総務省SAO事件対策本部あたりに通報して、摘発すれば解決だ。俺を呼ぶ理由が無い」

 

「いえ、そう簡単にはいきません」

 

 和人の指摘に、しかし竜崎は淡々と答えていく。

 

「今我々が至った結論は、飽く迄推理の上でのことです。全て状況証拠でしかありません。犯行を明らかにするための証拠は現状では何一つありません。譬え警察を動かせたとしても、レクト・プログレスはSAOのサーバーを維持している以上、その立場を盾に捜査のメスが入るのを阻むことができます。時間を稼いだ隙に、証拠を全て隠滅される恐れもあるので、摘発して解決に至ることは不可能に近いのが現状です」

 

「……ならば、レクトのフルダイブ部門のサーバーから、向こうで行われている人体実験のデータを引き出して公表するのはどうだ?」

 

 暗にハッキングして証拠を押さえろと言う和人。犯罪行為を示唆する言動を自覚していながらも、しかし和人は全く容赦しない。目の前にいる竜崎と言う人物は、事件を解決するためならば、世間一般に犯罪行為と認められる行為すら躊躇い無く行うという確信があったからだ。SAO内部でリュウザキからも同様の言動が見受けられていた。

 

「残念ながら、現状でそれは不可能です。レクト・プログレスのフルダイブ部門が管理しているサーバーは、外界のネットワークから完全に隔離されています。さらに、フルダイブ部門のフロアのセキュリティは、並みの電子企業の比ではありません。海外の軍事施設で利用している類のセキュリティに、改良を加えたシステムです。突破するとなれば、相当強力なサイバー攻撃を仕掛ける必要があります。それに、三百人の脳を管理しているサーバーを下手に攻撃すれば、未帰還者達へ何らかの危険が及ぶ危険もあります」

 

「つまり、外部からのハッキングは使えないということか?」

 

「全く不可能ではありませんが、リスクを鑑みればこれは最終手段です。未帰還者三百名の安全は保障しかねます」

 

 目的のためならば手段を選ばないタイプという和人の認識は間違っていなかったようだが、人命を優先するだけの良識はあるらしい。和人としても、無闇に犠牲を発生させる作戦は好むところではない。

 

「事情は分かった。それで、俺に何をしろと言うんだ?」

 

「現実世界からの攻略が不可能ならば、仮想世界から攻略すればいいと考えました」

 

 和人の問いに、竜崎はそう答えると、椅子の横に置かれていたバッグから長方形のパッケージを取り出す。先の言葉から、竜崎の意図を悟った和人は、それが何なのかすぐに想像がついた。差し出されたそれを受け取り、視線を落とす。タイトルロゴは、『Alfheim Online』。

 

「アルヴヘイム・オンラインをプレイして、世界樹を攻略しろと、そういうことか?」

 

「その通りです」

 

 真顔で即答した竜崎に、和人は無表情ながら難しい表情をした。現実世界から証拠を引き出せないのであれば、仮想世界から仕掛けるという発想は、無いこともないのだが……

 

「……考えが甘いとしか言えないな。仮に世界樹を攻略できたとしても、須郷の実験場……未帰還者の監禁場所に通じるとは限らない。そもそも、グランドクエスト自体がでたらめで、システム的に攻略できない仕組みになっている可能性だってある」

 

「心配は無用です。世界樹の頂上へと通じるゲートは、確実に存在します」

 

「何故、そう言い切れる?」

 

 ハッタリや出鱈目などではなく、確信をもって言い切る竜崎の言葉を訝る和人。対する竜崎は、眉一つ動かさずに続ける。

 

「アルヴヘイム・オンラインは本来、MMORPGのために製作された仮想世界です。故に、ゲームの仕様として、グランド・クエストを突破した先には空中都市が存在している筈でした。しかし、SAO生還者三百名を監禁するために空中都市を実験用に改装する必要が生じました」

 

「つまり、ゲームとしての形式を維持するためにはグランドクエストを経て到達できる空中都市の存在を仄めかし続ける必要があり……世界樹頂上への通用口を残しておかねばならなかった、ということか」

 

「そういうことです。ちなみに、レクト・プログレスのフルダイブ部門でALOの管理スタッフは、SAOがクリアされてから大規模な人事異動を経て一新されたそうですよ」

 

「実験をスムーズに行うために、自分の側近と息のかかった人間でスタッフを固めたわけか」

 

 レクト・プログレスのCEOである結城彰三は、娘を嫁に出す程に須郷伸之と言う人間を信頼している。会社の人事を操作することなど朝飯前なのだろう。ましてや、自分の担当する部門である。スタッフを総入れ替えしたとしても、異議を唱える者など現れないだろう。

 

「だが、全員が須郷の手先というわけではありません。そして、だからこそ空中都市へと通じるゲートを完全に消し去ることは不可能だったのです」

 

 恐らく、レクト・プログレスに潜り込んで、アルヴヘイム・オンライン運営部署の中で、須郷とその一味の研究員が管轄する部分の外、ギリギリまで潜り込んで調べたのだろう。一般のスタッフの権限で閲覧できる情報の中に空中ゲートの存在の有無があるとするならば、確かに抜け道になり得る。

 

「そもそも違法研究です。これを行う人員は、必要最小限にとどめなければなりません。そして、ALOの運営には、空中都市の設定を管理する特別な部署が設けられています。恐らく須郷は、そこに自分の側近を配置しているのでしょう」

 

「成程……研究施設を部署ごと他のスタッフの管轄から隔離してしまえば、ほぼ確実に秘匿できるということか。だが、件の空中都市へ通じる扉ばかりは、消去すれば露見する確率が高くなる。だから、残さねばならなかったということか」

 

「理解が速くて助かります。私からの依頼、引き受けていただけますか?明日奈さんと須郷の結婚まで残り一週間です。時間が無いことは確かでしょう?」

 

「分かっている。だが……」

 

「グランドクエストである世界樹の頂上への入り口は、唯一外部からアクセスするための穴……SAO未帰還者三百名へ危害を加えずに彼らの実験場へ入るための扉の筈です。システム的に固く閉ざされていることは間違いないのでしょうが、そこは私にお任せください」

 

「……何か策があるのか?」

 

 和人の問いに、竜崎はこくりと頷くと、隈に縁取られた瞳で和人をまっすぐ見据え、再び口を開いた。

 

「難攻不落のセキュリティを破る天才ハッカーに心当たりがあります。世界樹の頂上へと続く扉を開くためのプログラムは、彼に作ってもらう予定です」

 

「天才ハッカーだと?……そんな人物がいるのならば、SAOをログアウトするのに二年も月日を要する筈は…………まさかそいつも、SAOプレイヤーだったのか?」

 

 和人の問いに、竜崎は首肯する。

 

「彼の行方を掴んだのは、つい最近のことです。幸い、彼は無事に帰還できていることが確認できましたので、今日中に交渉の手筈を整える予定です。ネット上においてかなり有名なハッカーですよ。『ファルコン』という名に、覚えはありませんか?」

 

「……聞いたことはある。卓越したハッキング技術で、数々の犯罪者を摘発した伝説のハッカー……だったな」

 

「その通りです。扉さえ開けば、そこをセキュリティホールとして利用し、須郷が管理しているサーバーを安全にハッキングして掌握することができます。和人君には、世界樹を守るガーディアンを突破してもらいたいのです」

 

 改めて和人に依頼する竜崎。隈に縁取られた目を見開いて頼みこむその表情は、真剣そのものだ。表情の変化に乏しい者同士、和人にはその内心がはっきり分かった。

 

「……分かった。その依頼、引き受けよう」

 

「ありがとうございます」

 

 ゲーム内部からの正面突破は、成功する可能性が望み薄だが、優秀なハッカーの支援があるのならば、可能性はある。何より、仮想世界における戦闘で道を切り拓くことができるのならば、和人の望むところである。

 

「そうと決まれば、ハードを揃えなければならんな。確か、アミュスフィアだったか……」

 

「いえ、それには及びません。アミュスフィアは、ナーヴギアのセキュリティ強化版でしかありません」

 

「成程……ナーヴギアで動くというわけか」

 

「それだけではありません。SAOとALOでは、セーブデータのフォーマットがほぼ同じなので、共通するスキルの熟練度が上書きされた状態でのスタートとなります」

 

「それはありがたい。全パラメータが初期状態では、グランドクエスト攻略など出来る筈も無いからな。それより、そんなことを知っているということは、お前も既に……」

 

「はい。ALOをプレイしています。現在は、九つの種族の一つである、『スプリガン』の領主を務めております」

 

 何気なく放った竜崎の言葉に、イタチは内心で唖然とする。自分達がSAOから帰還したのは、およそ二か月半前のことである。SAO生還者の身体が退院するレベルまで回復するには、およそ二カ月がかかる。その後ALOをプレイしたのならば、竜崎がプレイした時間はおよそ二週間。そんな短期間で一種族の領主になるなど、SAOのスキルパラメータを引き継いだだけではできない芸当である。

 

「……規格外だな」

 

「和人君にだけは言われたくありません」

 

 思わず零れた和人の言葉に、竜崎はそう返した。

 

「そういうことですので、種族は影妖精族のスプリガンを選んでください。世界樹攻略のための部隊も、既に編成の目処が立っています。明日、明後日中には領地を出て央都アルンへ出発します」

 

「分かった。協力感謝する。だが、最後に聞きたいことがある」

 

「何ですか?」

 

 依頼は確かに引き受けたが、どうしても聞きださなければならないと、和人は考えていた。目を若干鋭くして、口を開いた。

 

「竜崎……お前は何者だ?」

 

「何者……とは、どういうことですか?」

 

 鋭い視線と共に問いかける和人に対し、しかし竜崎はその言葉の意味を知らぬかのように問い返す。

 

「SAO内でもそうだったが、お前の推理力は半端ではなかった。しかも、殺人事件という日常に有り得ない事態に直面しても、一度として動揺を見せたことが無い。今もそうだ。SAO未帰還者の頭脳がおぞましい人体実験に掛けられている可能性があるにも関わらず、お前は微塵も揺らいだ様子が無い」

 

 竜崎がSAO時代に振るった推理力を初めて前にした時には、自分と同じ、忍の世界からの転生者なのではと疑った程だ。だがそれならば、『イタチ』というプレイヤーネームを使っていた自分を知らない筈が無い。ましてや、横に傷の入った木の葉の額当てを付け、メーキャップアイテムで目を赤く染めることで、前世の自分を再現していたのだ。間違いなく転生者であると気付いていた筈である。

 うちはイタチの名前を知っている転生者ならば、自分の正体を探るべく動く筈。だが、竜崎がSAO内で自分と接触したのは、犯罪者プレイヤーの摘発に伴う情報交換時のみ。しかも、そのほとんどがプレイヤーやアイテム越しの間接的な手法ばかりで、直接顔を合わせたのは笑う棺桶討伐作戦決行直前だけである。自分の正体を探るために動いた様子は見受けられなかった。少なくとも、うちはイタチを知る人物ではないことは確かだ。うちはイタチの存命以前の時代からの転生者という可能性も考えられたが、それを差し引いても竜崎の正体は謎が多い。

 

「須郷が米国の某企業と水面下で行っている取引について調べ上げるだけの情報力。加えて、厳重なセキュリティ体制の敷かれたビルの中に、こんな基地を構えている。只者ではないことは明らかだ」

 

「……」

 

 今まで見せなかった不信を露わにして、竜崎に詰め寄る和人。リアルでこうして顔を合わせ、巨悪と呼べる存在相手に戦いを挑む間柄にある以上、正体を明かしてもらわなければならないと、めで語る和人に対し、竜崎は……

 

「そうですね。協力してもらう以上、私のことを話さねばならない事は確かです。お話しましょう、私の正体を……」

 

 そう言うと、竜崎は唐突に席から立ち上がり、猫背のまま部屋の中央へと歩き出した。和人は席に腰かけたまま、しかし油断なく竜崎の方へ顔を向ける。

 

「和人君は、四年前に起きたウイルステロ事件をご存知ですか?」

 

「……ああ。日本国内で研究されていた新種のウイルスが、テロリストの手に渡ったという事件だろう?確か、テロ組織の名前は、ブルーシップだったか」

 

「はい。そしてあの事件には、解決のために動いた影の功績者が三人いました」

 

「……お前がその一人だと言うのか?」

 

「はい。そしてあの事件は、私がこの国で初めて解決した事件でした」

 

 和人に背を向けて部屋の中央に立つ竜崎が、改めて振り返る。隈に縁取られた目を和人に向けると同時に、竜崎の背後の壁に備え付けられていた電灯に明かりが灯る。

 

「私はLです」

 

 電灯の灯りの中で照らされた、クロイスター・ブラックのフォントの『L』のシルエットが、竜崎を象徴するかのように、閃いた――――

 


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