ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第六十二話 ルグルー回廊

 新世代型VRMMO、アルヴヘイム・オンラインの舞台たる妖精郷、アルヴヘイムの中央に聳え立つ世界樹の上。そこに吊るされた鳥籠の中に、二つの人影があった。中央に置かれたベッドの上に腰かけて胡坐をかいている男――オベイロンが、隣に座っている少女――アスナの二の腕に指を這わせている。

 

(ちょっとでも体に触れてきたら……顔面を殴り飛ばしてやる!)

 

 リアルならば、確実に鳥肌が立っているであろう、オベイロンの行為に対し、内心でそう息まくアスナ。だが実際のところ、管理者権限を持つGMであるオベイロンに対して、囚われの身であるアスナの攻撃行為が成功する可能性は限りなく低い。加えて、感情の起伏の激しいこの男の機嫌を損ねれば、今以上に拘束されることは間違いなく、最悪の場合は人体実験にかけられることも考えられる。

故に、この男を極力刺激するべきではないのだが、アスナにも我慢の限界というものがある。そして、SAOの最強ギルド、血盟騎士団において“鬼の副団長”として果敢に戦ったアスナは、戦いの日々の中で自分が強硬的な性格になった自覚もある。そのため、沸点も以前より低下しており、自分でも何をしでかすか分からない。自分が不利益を被る結果に至らないためにも、オベイロンこと須郷がこれ以上自分の神経を逆撫でするような行為をしないことを祈るばかりだった。

 

「やれやれ、頑なな女だね、君も」

 

 やがて、何の反応も示さないアスナに飽きたのか、オベイロンはベッドの上に寝そべりだした。一先ず、これ以上の不利益を被る事態は免れたようだ。

 

「どうせ偽物の体じゃないか。何も傷つきゃしないよ。少しは楽しもうって気にならないのかねぇ……?」

 

「……あなたには分からないわ。体が生身か仮想かなんてことは関係無い。少なくとも私にとってはね」

 

「心が汚れるとでも言いたいのかね?」

 

 くっくと下卑た笑みを向けるオベイロンに、アスナはさらに苛立ちを募らせる。

 

「どうせこの先、僕が地位を固めるまでは君を外に出すつもりは無い。今の内に楽しみ方を学んだ方が賢明だと思うけどねぇ」

 

「……いつまでもここにいるつもりは無い。きっと……助けに来るわ」

 

「へえ?誰が?ひょっとして彼かな?英雄イタチ君」

 

 その名前を聞いた途端、アスナは若干驚いた様子でオベイロンの方を振り向く。反射的な行動……先程よりも顕著な反応に、オベイロンは口元を歪ませ、饒舌に喋る。

 

「彼、キリガヤ君とか言ったかな?先日、会ったよ。向こう側でね」

 

「…………!」

 

「いやあ、あの貧弱な子供がSAOをクリアした英雄とはとても信じられなかったね!ま、茅場先輩とも親しくしていたようだし……その手のチートスキルを持っていても不思議じゃなかった。案外、裏技で生き残ったのかもしれないね!とんだ英雄がいたもんだ!」

 

 アスナが反応を示した人物、イタチこと和人のことを貶める発現を次々重ねるオベイロン。その言葉の端々に込められた侮蔑にアスナは憤りを覚えるが、これ以上咋な反応を見せれば、さらに調子に乗ることは確実なので、それを顔に出さないよう最大限努力する。

 

「彼と会ったの、どこだと思う?君の病室だよ。寝ている君の前で、来月このこと結婚するんだ、と言ってやった時の彼の反応は、中々面白かったね!ポーカーフェイスを気取っていたけど、僕を君から遠ざけるために、かなり必死になってたよ!」

 

「…………」

 

「じゃあ君は、あんなガキが助けに来ると信じているわけだ!賭けても良いけどね、あのガキにもう一度ナーヴギアを被る根性なんてありゃしないよ!大体君のいる場所さえ掴める筈が無いんだしね。そうだ、彼に結婚式の招待状を送らないと。きっと来るよ……君のウエディングドレス姿を見にね。擬似英雄君とはいえ、それくらいのおこぼれは与えてやらないとね」

 

 和人が八百長によってSAOをクリアしたと信じて憚らないオベイロンの言動に、アスナは顔を俯けるばかりだった。やがて、和人をダシに散々アスナを嬲って満足したのか、オベイロンはベッドから降り、立ち上がった。

 

「ではしばしの別れだ、ティターニア。明後日まで、さびしいだろうが堪えてくれたまえ」

 

 相も変わらず不快な笑みを浮かべて立ち去るオベイロン。和人の存在を利用して、アスナの心を折る接点を見つけた以上、彼女が自分に屈服するのは時間の問題だろうとオベイロンは考える。仕事で二日程この場所に来ることができないが、帰って来てからが楽しみだと思いつつ、ドアに向かって歩いていく。

 一方のアスナは、傍から見れば落ち込んでいるようにしか見えていないが、その心には見た目とは裏腹に希望が宿っていた。

 

(イタチ君は……和人君は、現実世界に帰っている!)

 

 アスナがこの世界に閉じ込められて以来、唯一の頼みの綱として心の支えとしていた人物こそが、イタチこと和人だった。アインクラッドでフロアボスやレッドギルド、そしてGMたる茅場晶彦相手に果敢に立ち向かったあの少年ならば、須郷の野望を打ち砕くことができるかもしれない。だが、彼までもが須郷に囚われてしまっていては、それも叶わない。アスナの最大の懸念は、和人の帰還だったのだ。しかしそれも、須郷が厭味ったらしく告げてくれた言葉のお陰で彼の現実世界帰還に確信が持てた。

 彼が現実世界に帰っていたのならば、まず間違いなく未帰還者の存在に関して何者かの悪意を悟る筈。そして、VRMMOを隠れ蓑に違法研究を行っているのならば、アルヴヘイム・オンラインに行き着き、再びこの仮想世界へダイブして悪の巣窟たる世界樹を目指すだろう。須郷は、和人にはナーヴギアを被る勇気は無いと言ったが、その認識は完全に間違っている。アインクラッドで常に危険な立ち回りを自ら率先して行っていた和人ならば、どんな危険があろうと飛び込んでくる筈だ。そもそも、年齢に不相応なくらい修羅場慣れして落ち着いた雰囲気の彼が、アインクラッドでの体験をトラウマにするとは考えられない。

 

(きっと……きっと、助けに来る!だから、私も……!)

 

 恐らくは、今も囚われになっている自分達未帰還者を解放するために戦い続けている少年に報いるためにも、自分は自分の戦いをしなければならない。密かに決意を新たにしたアスナは、俯けた目線を僅かに上げ、ベッドに備え付けられた鏡に視線を向けるのだった…………

 

 

 

 

 

 一方、アスナが考えた通り、須郷の野望を阻止すべく世界樹を目指し、二人の仲間を連れて旅を続けていた和人ことサスケは、ローテアウトを繰り返しながら央都アルンを目指していた。そして現在、サスケ達三人組のパーティーは、そのルート上にある最初の関門に差しかかっていた。

 

「暗視能力付加魔法……これは便利ね。スプリガンのしょぼい魔法も、捨てたもんじゃないわね」

 

「……魔法も使いようだろう。局面次第では、普段役に立たない魔法でも通常以上の性能を発揮するものだ」

 

 スプリガンのサスケがかけた暗視能力付加に感心しながらも、どこか見下したようなリーファの口ぶりにサスケは憮然とした表情で返した。

サスケの前世たる忍世界では、忍者達は多手多様な忍術をあらゆる局面によって使い分けて戦っていた。忍の戦いにおける心得は、敵の不意を突き、裏をかくこと……即ちその本質は頭脳戦であり、術の手数とそれを臨機応変に使い分ける器量こそが忍の強さと言える。サスケはALOにおける魔法を、忍世界の忍術と同様の力として認識しており、故にリーファの発言を窘めようとしたのだが、その言葉の重みはあまり届いているようには見えなかった。

 

「まあまあ、リーファちゃんもそのくらいにして。サスケ君の言う通り、使える魔法は多いに越したことは無いんだから。スプリガンの攻撃力の無い魔法でも、使い道はあるわ」

 

「……」

 

「……ランさん、フォローになってませんよ」

 

 スプリガンたるサスケの魔法を過小評価する発言の連続に、しかし当人は黙したままで、代わりにユイが口を尖らせる。そんなやりとりをしながらも、つい数時間前に結成したパーティーは、先を進むのだった。

 イタチ等三人と一人がさしかかった関門の名は、『ルグルー回廊』と呼ばれるダンジョンだった。最終目的地であるアルンとサスケ達がいる場所とを隔てる山脈は、妖精の翅で飛べる現界飛行高度以上ある。そのため、先へ行くには各種族の領地から近い谷や洞窟を通らねばならないのだった。幸い、サスケの暗視能力付加魔法をはじめとしたサポート魔法のおかげで、暗闇の中での活動には然程の支障は無く、時折現れるモンスターも回廊へ入る前と同様のペースで蹴散らすことができた。この分ならば、洞窟越えも問題無くクリアできそうだと、全員が考えていた。

 

「そういえばサスケ君って、魔法スキルはどれくらいなの?」

 

「……非常に低いぞ。スキル熟練度は150ない」

 

 ここまでの道中において、あまり魔法を使おうとしなかったサスケの戦闘スタイルに疑問をもったランが投げ掛けた疑問。サスケがパーティーの戦力に関する認識を共有するために嘘偽りなく答えたその言葉に、リーファとランは驚愕する。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!サスケ君って、相当強いじゃない!明らかにVRゲーム慣れしてる動きなのに、何でそんなに低いのよ?」

 

「……今までは、魔法スキル抜きで戦っていたからな」

 

「は、はぁぁああ!?」

 

 今まで触れることの無かった、サスケの総合プレイ時間。サスケの口から聞かされた新たな事実に、再度呆気にとられるシルフ二人。リーファに至っては、素っ頓狂な声を上げてしまっている。二人がこんな反応をするのも無理は無い。レベルやスキルを制限してゲームをプレイする、『縛りプレイ』という概念は確かに存在するが、戦闘が魔法主体のALOを武器スキルのみで戦い抜こうなど、無謀以外の何物でもない。

 

「いや……ここ最近は、プレイスタイルに限界を感じ始めたのでな。魔法スキルの取得も始めたというわけだ……」

 

 まさか、魔法スキル以外はSAOで稼いだ数値をそのまま引き継いでいるとは言えないため、サスケは一言付け加えた。尤も、今までピュアファイターとして戦っていたことも、戦闘には魔法スキルが必要であると感じたことも事実なのだが。

 

「全く……とんでもないドMプレイヤーがいたものね」

 

「……」

 

 事実ながら酷い言われようだと思いつつも、サスケは甘んじて受け入れることにした。と、その時。

 

「あ、レコンからメールだ。ちょっと待ってて」

 

 スイルベーンで別れた友人からのメールに、一度立ち止まるリーファ。どうせ大した用事ではないだろうと思いつつも、一応確認のためにメニューを開く。メッセージの内容は、以下の通り。

 

『やっぱり思った通りだった!気を付けて、s』

 

(……何これ?)

 

 意味不明の内容に、疑問符を浮かべるリーファ。文末を見るに、どうやらまだ先があったようだが、肝心な部分が切れていた。メッセージを見て首を傾げるリーファを訝り、サスケが声をかける。

 

「何が書いてあったんだ?」

 

「何か変なメッセージでね。『やっぱり思った通りだった!気を付けて』って書いてあって、最後に『s』ってついているのよ……」

 

「『s』……エス、か……」

 

 その言葉に、目を細めるサスケ。何か思い当たる節があるようだが、その内心は測りかねる。すると今度は唐突に、ユイがサスケのコートのポケットから頭を出した。

 

「パパ、接近する反応があります」

 

「……プレイヤーか?」

 

「はい。それも、かなり多いです。数は……十二人」

 

「じゅうに!?」

 

 十二人という人数は、通常の戦闘パーティーにしては多すぎる。大型ギルドか、或いは何処かの種族が大規模なクエスト等に挑む際に結成される部類の規模である。このルグルー回廊やその近辺においてそのような大掛かりなクエストがあるという話は聞かない。交易用のキャラバンがアルンへ向かっているとしても、ルグルー回廊を利用する種族は主にシルフである。だが、つい最近確認したスイルベーンの情報には、大規模キャラバン結成のための募集広告は無かった。

 

「……ちょっと嫌な予感がするね。リーファちゃん、サスケ君、ここは少し様子を見よう」

 

 得体の知れぬパーティーの接近に言い知れぬ危機感を覚えたランは、サスケとリーファに一度どこかに隠れてやり過ごす事を提案する。二人が無言で頷いたことを確認すると、三人は通路の窪みに入りこむ。

 

「それじゃあ、私に任せて」

 

 言うと、ランは呪文を唱え始めた。数節の得衣装を終えると、三人の目の前に半透明の岩壁が出現する。ランの発動した隠蔽魔法によって作られた幻の壁である。

 

「喋るときは最低のボリュームでね。あんまり大きい声出すと、魔法が解けちゃうから」

 

「了解」

 

 隠密活動は、前世からのサスケの得意分野である。潜伏して敵をやり過ごしたことなど、数知れない。

 

「あと二分ほどで視界に入ります」

 

 ユイの言葉に、通路の向こうをじっと見つめる三人。果たして、向かってくるのは敵なのか。それを見極めるべく、索敵スキルも全開にして待ち構える。だが、視界に映ったのはプレイヤーとは別のものだった。

 

「……おい、あれは何だ?」

 

「え?……まだ、プレイヤーの姿は見えないけれど」

 

「……プレイヤーじゃない?赤いコウモリ……」

 

「いや違う……あれは、高位魔法のトレーシング・サーチャーだ!」

 

 そう叫ぶや否や、サスケは幻影の岩壁から飛び出し、懐から取り出したピックを投げつける。サスケの投擲したそれは、空中をふわりふわりと飛んでいた赤いコウモリに命中し、ポリゴン片と共に消滅した。

 

「走るぞ、二人とも!」

 

 サスケの言葉と共に、続けて幻の岩壁を抜けて姿を現す二人。三人はサスケを先頭に、ダンジョンを駆け抜けて行く。

 

「今の使い魔って、火属性よね?ってことは、追ってきている相手は……」

 

「サラマンダー、だな」

 

「でも、どうしてサラマンダーの部隊がルグルー回廊に?」

 

 走りながら、先程撃墜した使い魔について議論する三人。サラマンダーの領地はシルフ領と隣り合っており、彼等がルグルー回廊に出没することは今までにも少なからずあった。だが、十二人のパーティーが、自分達が通過するこのタイミングで現れたのは偶然とは思えない。作為的な、陰謀めいた何かが働いている可能性が窺える。

 

「覚えているだろう?ここへ入る前にローテアウト休憩した時、トレーサーが付いているかもしれないと言ったのを」

 

「確かにそう言ってたけれど……まさか、ここに入る前から尾行されていたの?」

 

「間違いないだろうな。それに……連中が俺達を追う理由には、心当たりがある」

 

「……どういうこと?」

 

「それは後で話そう。とにかく今は、都市まで逃げ切るぞ」

 

 サスケの言葉を訝りながらも、今はただ逃げるしかないという点では意見が一致していたため、リーファとランはルグルーの鉱山都市へ向けて全力疾走で駆け抜けていくのだった。

 

 

 

 サラマンダーの放ったトレーシング・サーチャーを撃破してから走ることしばらく。三人と一人のパーティーは、洞窟内の地底湖、その中央にある鉱山都市へと続く石造りの橋へ差し掛かっていた。

 

「どうにか、逃げ切れるかしら?」

 

「無理だろうな」

 

「どうして?」

 

「何故なら……」

 

 サスケがその先を告げようとした途端、その後方から一筋の光が飛んでいく。照準はサスケ達三人からは完全にずれており、頭上を飛んでいった光弾は街への入り口の手前で地面に着弾。次の瞬間には、地面から巨大な岩壁がせり出して行く先を塞いだ。

 

「くっ……やられた!」

 

「土魔法の障壁だな。システム的に、物理攻撃での破壊は不可。属性からして……雷属性の魔法での破壊しかないな」

 

「そうね。でも、私達は雷系の攻撃魔法は習得していないのよ」

 

 湖に架かる一本道の橋の上、通路を塞がれて逃げ道は無い。湖には、大型のモンスターが影を覗かせている。湖へ飛び込んで逃げるという手段は、聞くまでもなく使えそうにない。となれば、残された道は追手を撃破する以外に無い。皆が内心でそう結論付けたと同時に、複数のプレイヤーが駆け寄る足音が聞こえてきた。橋の向こうへ視線をやると、そこには十二人のプレイヤーの影。予想通り、全員種族はサラマンダーだった。

 

「正面戦闘以外に手段は無いな」

 

「その通りね」

 

 サスケの言葉に同意したリーファとランは、各々戦闘態勢に入る。ランは空手の構えを取り、リーファも腰に差した得物を抜こうとする。だが、それはサスケに止められた。

 

「リーファは後方支援を頼む。前衛は、俺とランが務める」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「魔法スキルはお前が一番上だ。サポートできる人間は他にいない」

 

 ここに至るまでの道中での戦闘から、リーファが一番魔法スキルの熟練度が高いことを見抜いたサスケは、有無を言わさずパーティーメンバーの配置を決めていく。リーファとランも、敵がすぐ傍まで迫っている以上は迷っている時間は無いと判断し、サスケの言う通りに動く。

 

「まずは俺が行く。ラン、お前は長距離射程の魔法が飛んできた場合のために、リーファのガードを頼む。」

 

「分かったわ」

 

 互いの配置を確認すると、サスケは腰に差した長剣を引き抜き、サラマンダーの重装備前衛三人に向かって剣を横一文字に一閃する。

 

「はあぁっ!」

 

 渾身の力を込めて振るった一撃。先日のサラマンダー部隊との戦闘では、一太刀でプレイヤーを屠ったそれを、しかしサラマンダー達は回避しようとせず、盾に身を潜めて衝撃に備える体勢をとった。

 

「あれは……!」

 

 そのフォーメーションに、リーファは見覚えがあった。これは、物理攻撃に秀でたボスモンスターを攻略するための連携だ。前衛の盾持ちの重装戦士が防御を引き受け、後衛となるメイジが援護のための回復と、ダメージを与えるためのメイン攻撃を行う。

 リーファの予想通り、サラマンダーの重装戦士三人はサスケの強力無比な斬撃を受けながらも、HP全損には至らなかった。そして、HPが七割程削られたところで、すかさず後方で回復役として控えていたメイジ三人が回復呪文を唱える。

 

「チッ……!」

 

 敵の連携が思いのほか厄介なことに舌打ちしたサスケは、ここにいては分が悪いと判断し、飛び退こうとする。だが、サラマンダーと間合いを取ろうとする彼に、部隊の最後尾に控えたサラマンダーのメイジ隊が攻撃を仕掛ける。

 

「サスケ君!」

 

 サスケの頭上に迫る複数の火球。サラマンダーの得意な火属性攻撃魔法である。リーファの悲鳴が響く中、サスケは直撃を避けるべく橋の上を全力で動き回るが、着弾の余波がサスケの肌を焼く。リーファ達が控える後方へと撤退したサスケだったが、HPは二割程減らされていた。

 

「大丈夫!?今、回復するから……」

 

 そう言って、回復魔法の詠唱を始めるリーファ。対するサスケは、自分が受けたダメージを気にする余裕など無く、如何にこの窮地を脱するべきかと思考を巡らせていた。

 

(拙いな……このまま接近を許せば、確実にやられる……!)

 

 恐らくサラマンダーの部隊は、橋の上で身動きの取れない自分達を追い詰めるために徐々に接近し、前衛が魔法の着弾による余波を食らわないギリギリの距離に追い詰めることだろう。そしてその後、魔法を断続的に放ち、反撃の隙すら与えずに殲滅にかかるつもりだとサスケは結論付けた。

 

「サスケ君、今度は私が行くわ!」

 

 ランも同様の結論に至ったのだろう。距離を詰めてくる敵を足止めするべく、サラマンダーの前衛目掛けて駆け出していく。

 

(無茶だよ……こんなの!)

 

 サスケもランも、まだ戦いを諦めている様子ではないが、勝敗は決したも同然である。相手はボスとの戦闘を前提としたパーティーなのだ。急造に等しい三人組のパーティーが敵うような相手ではない。そのようなことを考えている間にもランが先程のサスケ同様、サラマンダーの火炎魔法に焼かれながら後退してきた。HPは半分近く削られ、息も大分上がっている。

 

「もういいよ、二人とも!またスイルベーンから何時間か飛べば済む話じゃない!もう諦めようよ!」

 

 半ば投げやりになって叫ぶリーファの言葉に、しかしサスケもランも、首を縦には振らない。HPが全回復したことを確かめたサスケは、再びサラマンダーの敵地へ行く姿勢を見せる。

 

「まだ諦めるには早いだろう。それに……俺がいる内は、パーティーメンバーを簡単には死なせん」

 

「そうね……いくらゲームでも、簡単に死んでいいなんて言うものじゃないわ」

 

 絶望的な状況にも関わらず、未だ生き残る望みを捨てようとしないサスケとランの姿にリーファは気圧される。二人のその姿には、ゲームをやっているという遊び感覚はまるで無く、生きようとする意志は現実世界に迫るものがあった。

 

「けど……どうやってアイツ等を倒すのよ!?数は多いし、フォーメーションを崩す方法だって見つからないのよ!?」

 

「なに、そんなに難しいことじゃない。前衛を突破すれば、後ろに控えている連中はメイジばかりだ。白兵戦に持ち込めば必ず勝てる」

 

「だから、その方法が分からないんじゃない!」

 

「安心しろ。それも既に考えてある」

 

 作戦も考えてあるから心配無用と宣言するサスケ。長剣を改めて構え直し、突撃体制をとる。

 

「リーファ、後衛はもう不要だ。全員で掛かって一気に仕留める」

 

「え!?……で、でも!」

 

「どの道、ジリ貧になれば後衛は意味を為さない。全員まとめてかかった方が、勝機がある。ラン、お前が先頭に立て。得意の体術を、中央の重装兵士に叩き込むんだ」

 

「任せて!」

 

 サスケの作戦説明に従って動くリーファとラン。サスケというリーダーのもと、スリーマンセルのパーティーは再び立ち上がろうとしていた。

 

「行くぞ!」

 

「「応!」」

 

 サスケの合図と共に、再度突撃を敢行する三人。先頭からラン、サスケ、リーファの順に並んで突進を仕掛ける。

 

「フン!何度仕掛けてこようと同じことだ!」

 

 中央に立つ盾持ちのサラマンダーが、無駄な抵抗だと嘲笑う。だが、ランはそんな言葉などお構いなしに、渾身の力を込めて拳を叩きつける。

 

「うぉぉおお!」

 

「ぐぐぅっ……!?」

 

 助走による加速も相まって、非常に強力な一撃となったランの拳を前に、中央に立つサラマンダーの防御姿勢が崩れる。衝撃を殺し切れず、盾ごと仰け反ってしまったその一瞬、隙間なく並んでいた盾戦士の間に僅かな隙間が生じた。

 

「ここだ……!」

 

「んなっ……!」

 

 拳を振りかぶったランの右手側から凄まじいスピードで回り込むサスケ。衝撃に仰け反ったことで出来た僅かな隙間を目掛けて鋭い刺突を繰り出す。SAOのイタチ譲りの筋力と敏捷で放たれる一撃は、凄まじい貫通力と速度をもってサラマンダーが頭に被っている兜をバイザーから穿つ。

 

「がっ……はぁあっ!!」

 

 バイザーの隙間から頭部を貫かれ、一気にHPを全損するサラマンダーの重装兵士。次の瞬間には全身からリメインライトを発して体の原形を崩壊させる。サスケは目の前の壁が一人減ったことでできた道へと飛び込み、リーファもその後を追う。ランだけは、他の盾役二人の始末のために残る。

 

「なっ!……アイツ等!」

 

「前衛をっ!」

 

 鉄壁の前衛を突破されて浮足立つ後方支援のメイジ隊。サスケとリーファは、そんな彼等に対して遠慮なく斬り込んでいく。敵を迎撃するべく呪文を唱えようとするが、サスケの剣の方が速い。

 

「遅い」

 

「がはぁっ!」

 

 回復役のメイジ隊の中で、中央に立つリーダー格の男を一太刀で切り捨てるサスケ。碌な防具を装備していないメイジでは、サスケの繰り出す斬撃を受けて生き残れる筈も無く、先の前衛同様にリメインライトと化して消滅した。

 

「リーファ、頼んだぞ」

 

「任せて!」

 

 一人を斬り捨てて、再度混乱に叩き落とされた回復役の部隊の残り二人をリーファに任せ、サスケは再び走り出す。目指すは最後尾から攻撃魔法を放っていたメイジの攻撃隊。司令塔が控える陣営である。

 

「くっ!爆裂魔法だ!」

 

 サスケの脅威を認識したサラマンダーのリーダー格らしき男が、魔法による迎撃を指示する。高い敏捷性をもつサスケだが、攻撃役のメイジ隊はかなり後方に展開していたため、攻撃を届かせるためには僅かながら時間がかかる。その間に詠唱を完了すれば、確実に迎撃・撃破できるとリーダー格の男は考えたのだが……サスケはやはり、甘くなかった。

 回復役のメイジ一人を斬り捨てたその足で最後尾の部隊目掛けて疾走するサスケは、呪文の詠唱を行っていた。サスケは最後尾の攻撃役のメイジ達が迎撃に入ることを予測し、先手を打っていたのだ。サラマンダー達より先に詠唱の完了させ、サスケが突き出した左手から放射されるのは、黒い煙。スプリガンの幻惑魔法『シャドウ・スモーク』である。

 

「な、アイツはどこにっ!?」

 

「くそっ!何も見えないぞ!」

 

 最後尾に控えた六人のサラマンダー達は、突然の目晦ましにさらに浮足立つ。この煙には、『毒』や『麻痺』などの状態異常や索敵スキルを封じる効果も無い。単に視界を封じるだけの効果しか無い魔法だが、イタチという脅威の前に浮足立った状態のサラマンダーには効果覿面だった。味方の位置を確認できなくなったせいで、同士討ちを避けるために爆裂魔法のような攻撃魔法を唱えることはできない。煙幕から抜け出そうにも、この状態で闇雲に動けば、互いに衝突するか、橋から落ちて水竜の餌食になるかである。そして、身動きも反撃もできない状況に追いやられたサラマンダー達に、サスケの刃が迫る。

 

「ぐぁあああっっ!」

 

「ぼはぁああっ!」

 

「ぐげぇぇえっ!」

 

 煙幕の中で次々上がる、サラマンダー達の断末魔。煙幕を張る前にサラマンダー達のポジションを性格に把握していたことに加え、SAOで鍛えた索敵スキルと前世の忍としての経験を備えているサスケには、視界を封じられて右往左往しているサラマンダー達を殲滅するなど造作も無いことだった。

 

「た、退却っ!退却!」

 

 ことここに至って自分達が狩られる立場に変わったことを理解したサラマンダーのリーダーが退却を指示するものの、その判断は完全に遅すぎた。部隊のメンバーは次々サスケの刃の餌食にされていき、遂に残ったのはリーダーのみとなった。

 

「い、一体何者なんだ……!」

 

 サラマンダーのパーティーリーダー、ジータクスが、サスケ達のパーティーを狙うよう指示を受けたのは、サラマンダー上層部からの命令があってのことだった。作戦の邪魔になるからと、十二人掛かりで確実に始末しろとの指示だったが、たった三人のプレイヤー相手に過剰戦力である。余裕で勝てるだろうと考えていたのだが、目標の戦力は予想を大きく上回っていた。ボスモンスターですら撃破して余りあるパーティーを返り討ちにするスリーマンセルのプレイヤーなど、聞いたことが無い。

 

「終わりだ」

 

 そうこう考えている内に、徐々に晴れてきた煙幕の向こう側から処刑宣告が聞こえてきた。次の瞬間には、サスケが振り下ろした断罪の一撃にて、ジータクスのHPは全損――ALOの世界にて絶命したのだった。

 

 

 

 サラマンダーの部隊を殲滅し終えたサスケ等三人は、街への入り口を塞ぐ土魔法の障壁が消滅したことを確認すると、鉱山都市ルグルーへと入り、改めて先のサラマンダーの襲撃に関して話し合う。

 

「それにしても、さっきの連中は一体何だったのかしら?上手く撃退できたけど、あたし達を狙った理由は完全に分からず終いじゃない。こんなことなら、一人くらい生かしておいて吐かせた方が良かったわ……」

 

「仕方ないわ。手加減できる相手じゃなかったし。本来なら、こっちが全滅させられていたんだもの」

 

 敵は撃退した者の、その目的や誰の差し金かを明らかにすることができず、心にもやもやを抱えるリーファ。ランも同様だが、命があっただけでも奇跡だと言ってリーファを窘めていた。しかしただ一人、サスケだけは何かを悟ったようだった。

 

「手掛かりが全く無いわけではない。何せ、俺達にサラマンダーの襲撃を知らせようとした人間がいたからな」

 

「え?……それって、どういうこと?」

 

 サスケの言葉に疑問符を浮かべるリーファとラン。サラマンダーの襲撃を自分達に知らせようとしてきた人物とは、一体誰なのか。心当たりの無いリーファに、しかしランが何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「もしかして、レコン君のことじゃない!?」

 

「レコン?……確かに、メッセージを飛ばしてくれたけど……どうしてアイツだって分かるのよ」

 

 忠誠心が高いとはいえ、どこか頼りにならない面の多いレコンがそんな手柄を上げられるとは考えられないリーファは、どこか懐疑的だった。だが、サスケは自身の出した結論に一切の疑いをもっていなかった。

 

「彼のメッセージには、『気を付けて』と記されていた。このタイミングで襲撃があった以上、彼は察知していたと考えて間違いないだろう」

 

「……なら、文末の『s』っていうのは、サラマンダーのことだったのかしら?」

 

「いや、そうとは限らない。もしかしたら、『シグルド』と書こうとしていたのかもしれないぞ」

 

「シグルド!?ど、どうしてそうなるのよ!」

 

 サスケの口から出たのは、自分の前所属パーティーのリーダーにして、シルフ執政部所属のプレイヤーの名前である。この言葉には、リーファのみならずランも驚愕を隠せない。

 

「思い出せ。彼がスイルベーンでパーティーに残ったのは、シグルドのことで何か疑惑があったからだ。恐らくシグルドは、サラマンダーと通じていたのだろう。レコンはそれを察知してパーティーに残り、確証を掴もうとしたんだ。メッセージが途切れていたのは、確証を得たところで見つかり、捕まったからだろう」

 

 サスケの推理に、まさかと思いながらもそれを否定できないリーファとラン。思えば、確かにシグルドのここ最近の行動には疑問に思うことが多々あったし、レコンからのメッセージとサラマンダーによる襲撃のタイミングも合い過ぎる。サスケが間違いではないのではと、二人は信じ始めていた。

 

「でも、どうやってそれを確かめれば……」

 

「簡単なことだ。リーファはレコンと知り合いなのだろう?なら、一度ログアウトして現実世界で彼に電話をかけてみればいい。彼のアバターが捕まっているのならば、彼も連絡手段を得るために現実世界にログアウトしている筈だ。一度落ちてみろ」

 

「そ、そうね……それじゃあ、二人ともちょっと待ってて!」

 

 サスケの言葉を受け、リーファは手近なベンチに腰掛けると即座にログアウトコマンドを選択する。つぎの瞬間には、リーファのアバターは眠ったように動かなくなった。

 

(これはまた、厄介なことになりそうだな。こちらも念のために、準備をしておくか)

 

 そう考えたサスケは、ログイン初日にフレンド登録をしたスプリガン領主、エラルド・コイルへとメッセージを送った。

 

「ユイ、リーファが戻って来た時のために、ルグルー回廊からアルン側へ出るための最短ルートの検索を頼む」

 

「分かりました、パパ」

 

 胸ポケットから飛び出したユイが、空中で瞳を閉じてマッピングデータにアクセスを開始した。サスケの予想では、リーファがこちらへ戻って来てから嵐が起こることは間違いない。予想できる限りのケースを考え、備えを可能な限り万全にするべくサスケは動くのだった。

 


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