ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版- 作:鈴神
アルヴヘイム南部の高山地帯内陸部。ルグルー回廊を出た場所に広がる草原を、疾風の如く駆け抜ける三人の妖精がいた。一人はスプリガンの少年、サスケ。二人はシルフの少女、リーファとランである。彼等が目指す場所は、当初の目的地である世界樹ではない。アルヴヘイム西部にある猫妖精族・ケットシーのホームタウン・フリーリアへと続く渓谷・蝶の谷である。
「ユイ、目的地まではあとどのくらいだ?」
「現在の飛行速度で飛び続けて、およそ十分の計算です」
「会議の開始までギリギリね……間に合ったとしても、サクヤ達を避難させる暇があるかどうか……」
「それでも、何もしないわけにはいかないわ……最悪でも、私達でサラマンダーの勢力を殺いで、領主だけでも逃がさないと……」
三人と一人が目的地への進路を外れて目指している場所ではこれから、リーファやラン達の属する種族の領主であるサクヤが、北部に隣接するケットシー領の領主、アリシャ・ルーとの会談が行われる。一同がそこへ向かっている理由は、リーファのフレンドであるレコンからのメッセージによって明らになった、サラマンダーによる同盟調印式強襲作戦を阻止するためである。
ルグルー回廊でサラマンダーの部隊からの攻撃を受けたサスケは、この襲撃には何らかの裏があることを疑った。また、レコンからのメッセージが到着して間も無く起こったことから、リーファ達の元所属パーティーのリーダーにして、シルフ執政部の幹部のシグルドが関わっていると考え、確認のためにリーファに一度ログアウトして現実世界からレコンに連絡を取る事を提案したのだった。
結果、レコンの証言から裏を取ったことで、サスケの推理が見事に的中していたことが判明した。それと同時に、サラマンダーの部隊がサスケ達を排除しようと動いていた真の理由が、本日行われるシルフとケットシーの同盟調印式を襲撃し、両種族の領主を討ち果たすための障害の排除にあることが分かったのだった。
「パパ、前方に六十八人のプレイヤー反応があります。恐らくこれが、サラマンダーの強襲部隊です。さらに前方に、十四人のプレイヤー反応です。恐らくこちらが、シルフ及びケットシーの会議出席者と思われます」
「六十八人か……想像以上に多いな」
「それだけ本気ってことよ」
「でも、これでますますサクヤ達を逃がすことが難しくなったわね……」
既に先回りすることを諦め、せめて領主だけでも逃がすために臨戦態勢に入ろうとしているリーファとラン。だが、サスケだけは未だにこの窮地を打破するために思考を巡らせている。
「まあ待て、二人とも。まずは俺に行かせてもらえないか?」
「サスケ君……一体、何をするつもりなの?」
「上手くいけば、戦闘を小規模化できるかもしれない」
「そんなことができるの!?」
「……君のことだから、確実性の高い作戦なんだろうけど……全然想像が付かないわね」
「任せろ。俺が出れば、開戦までの猶予が必ず生まれる。最悪の場合は、俺だけが矢面に立って領主二人が逃げられるよう手を打つ」
六十八人という多勢を相手にしても、常に冷静沈着に現状を見極める胆力と、この絶対的な危地を脱するための戦術を考え付く怜悧さには、リーファとランも舌を巻くばかりである。どのような作戦かは知らされていないが、ここまでの道中において幾度となく窮地を脱してきた彼が言うならば、間違いないのだろうと二人は信じて疑わなかった。
そうして飛び続けることしばらく。遂にサスケ達は眼下にサラマンダーの強襲部隊を視界に捉え、その進行方向の先の円形の大地を確認する。その上には白く長いテーブルと、その左右に七つずつの椅子が置かれており、周囲にはシルフとケットシーのプレイヤー七人の姿がある。いよいよ双方の接触が避け得ないことを悟った三人は、一先ずサスケに先手を任せることにする。サスケは二人の視線に頷くと、眼下に展開する両部隊の間を目掛けて急降下する。隕石の如く落下していったサスケは、一触即発の現場に土煙を上げて降り立った。突然の闖入者の出現に、シルフとケットシーはもとより、サラマンダーも硬直する。やがて煙の晴れた向こう側には、黒衣のプレイヤー……スプリガンのサスケが現れる。
スプリガンという場違いな種族の登場に、その場にいた全員が奇異の視線を向ける。だが、当のサスケはそんなことはお構いなしで、サラマンダー側へとゆっくり向き直ると、思い切り息を吸い込んで大声で静止を呼び掛ける。
「双方!剣を引け!!」
正面から堂々と姿を現し、一方的に戦端が開かれるのを阻止したサスケ。その行動に、サスケに続いて地上へ降り立とうとしていたリーファとランも驚きを禁じ得ない。如何にサスケが強力なプレイヤーとは言え、六十八人もの敵を真正面から退けることができるとは思えない……否。サスケ一人ならば、全員を相手にして生き残れたとしても不思議ではない。だが、この戦いにおいて奪い合うカードは、シルフとケットシーの領主である。二人を守り切れなければ、サラマンダーの大部隊を全滅させられたとしても、実質的には敗北である。
サスケは一体、何を考えているのか。疑問は尽きないながらも、リーファとランは地上へ降り立ち、顔馴染みの領主・サクヤのもとへと合流する。
「サクヤ」
「リーファ!?それにランも……どうしてここに!?」
サラマンダー大部隊の強襲、スプリガンの乱入に続き、ここに来る筈の無い知り合いの登場に、前合わせの和風の弔意を見に纏ったシルフ領主、サクヤは唖然となる。怜悧な彼女がここまで取り乱すのは珍しいと思いながらも、同時に無理も無いと思う。何せ、現時点でパーティーを組んでいるリーファとランですら驚きを隠せないのだから。
「簡単には説明できないけど……ひとつ言えるのは、あたし達の運命はあの人次第ってことだわ」
「……何が何やら……」
御尤もな感想である。ふと、サクヤの隣に立つプレイヤーに注意がいく。そこにいたのは、色白のサクヤとは対称的に、小麦色の肌で、猫耳・猫尻尾の付いたケットシーのプレイヤー。ワンピースの水着に似た戦闘スーツに身を包んだこの少女こそが、恐らくはケットシーの領主であるアリシャ・ルーなのだろう。
各領地において、多くのプレイヤーからの人気を獲得している美少女領主二人が驚愕に表情を染めているところなど、滅多に見られないだろう。そんな二人を余所に、サスケはサラマンダーへと再び呼び掛ける。
「指揮官に話がある!」
あまりに堂々としたサスケの要求に応じたのだろう、サラマンダーの部隊が中央に道を開ける。奥から出てきたのは、大柄な浅黒い肌の男性プレイヤー。取り巻きのプレイヤーとは一線を画すレアアイテムに身を包んだその男こそが、この部隊を率いる将なのだろう。半端ではないプレッシャーを放つこの男を前に、サスケにも若干の緊張が走る。
「スプリガンがこんなところで何をしている。どちらにせよ殺すには変わりないが、その度胸に免じて話しだけは聞いてやろう」
威圧感たっぷりの言葉に、しかしサスケは臆した風は全く無い。常の感情が全く見えない表情のまま、口を開く。
「俺の名はサスケ。スプリガン=レプラコーン同盟の大使だ。この場を襲うからには、我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな?」
サスケが放った宣言に、その場にいたプレイヤー全員が再度どよめく。それは、リーファとランも同義である。サスケが纏っている装備は、確かにレプラコーン領でしか手に入らない最高級のアイテムで揃えられている。だが、サスケが種族を代表した大使という高い立場にあるプレイヤーだったとは聞いていない。そもそも、スプリガンとレプラコーンが正式な同盟を結んでいるという話は聞いたことが無い。得体の知れない部分の多いプレイヤーだけに、一緒にここまで旅をしてきたリーファとランですらその言葉の真偽は分からない。
「スプリガンとレプラコーンが同盟だと?」
サスケと対するサラマンダーの指揮官もまた、目の前のプレイヤーの放った言葉がハッタリなのか、真実なのか疑っている様子である。
「護衛の一人もいない貴様が、その大使だというのか?」
「その通りだ。シルフ・ケットシーの種族間会議へは、貿易の交渉のために来た。俺に護衛がいないのは、今回の交渉参加が急遽決定した事項だからだ。そして、スプリガン領主のエラルド・コイルから受け取った委任状も、この通り持っている」
サスケが取り出した書簡には、確かにスプリガンの紋章と共に権限の一部を委任する旨と、領主であるエラルド・コイルのサインが記されている。これを見たサラマンダーの司令官は目を僅かに見開き、その他のプレイヤーには衝撃が走る。まさか、本物の大使なのではと信じ始める者達も現れ始めた。
この書状は、サスケが予め用意していたものではない。ルグルーの鉱山都市で厄介事に巻き込まれることを予感したサスケが、領主であるエラルド・コイルこと竜崎へメッセージを送って用立てたのだ。ルグルーから遥か遠く離れたスプリガンのホームタウン、ジャヤにいるコイルがサスケにこのアイテムを送れたのは、パーティーのアイテム共有ウインドウを利用したお陰である。そもそも、サスケとリーファ、ランが登録しているパーティーは、サスケがログイン初日に組んだパーティーに二人が加わるという形を取っている。そのため、この場にはいないスプリガンのパーティーメンバーを通じて委任状を手に入れることができたのだ。
「成程……その書状、そしてお前が身に纏う装備もレプラコーン領でしか手に入らない強力なもののようだな。信憑性のある情報であるということは認めてやろう」
その言葉に、サスケのすぐ後ろで話を聞いていたリーファとランの顔に喜色が浮かぶ。まさか、今までホームタウンにおける身分について触れる機会が無かったサスケが、大使を任される程の人物とは思わなかった。サスケの戦闘能力を鑑みれば、納得できるポストでもあることは確かだが。
ともあれ、アルヴヘイム版水戸黄門とも呼べる存在の登場によって、シルフとケットシーの領主が討たれるというおい最悪の事態だけは避けられるのでは。そう思ったのだが……
「だが、こちらも唐突に現れた貴様の言う事を全て鵜呑みにして簡単に引き下がることはできない。そうだな……俺の攻撃を三十秒耐え切ったならば、大使と認めてやろう」
「……いいだろう」
自分に負けず劣らず強力な装備に身を固めたサラマンダーの司令官相手に、しかしサスケは動じない。領主たるコイルからの委任状を携えていたとはいえ、それだけでこの場を乗り切れるなどとは楽観していなかったため、この程度の事態は想定の範囲内と言える。滞空した状態で背中に吊った大剣を抜いて構える猛炎の将を相手に、サスケもまた翅を広げて飛び上がり、腰に差した長剣を抜いて相対する。
(三十秒……でも、サスケ君なら!)
サスケと立ち合おうとしているサラマンダーの司令官がどれ程強力なプレイヤーかは分からない。だが、並外れた戦闘能力を発揮し、幾度となく窮地を脱してきたサスケならば、如何なるプレイヤーが相手でも負けるとは思えない。多少梃子摺るとしても、必ず相手を退けてくれる筈。そう考えていたのだが……
「拙いな……あのサラマンダーの両手剣、レジェンダリーウエポンの紹介サイトで見たことがある。『魔剣グラム』……つまりあの男が、ユージーン将軍だろう」
「え……まさか、あのユージーン将軍なの!?」
「ランさんも知ってるの?」
「ええ。サラマンダーの領主・モーティマーの弟で、現実世界でも兄弟らしいわ。兄の領主が知略を駆使するのに対して、弟の彼はサラマンダー最強の戦士として君臨するパワーファイターってことになってるの」
「サラマンダー最強って……まさか、全プレイヤー中最強!?」
火妖精族・サラマンダーは、アルヴヘイム・オンラインにおいて最大規模のプレイヤー人口をもつ種族である。バランスの取れたポテンシャルで、武器・魔法共に秀でた点で初心者でも扱いやすい利点をもつ。故に、正式サービス開始時期からこの種族を選択するプレイヤーは多い。また、サラマンダーはシルフの領主を一度討ち果たしたことがあり、これをきっかけに勢力を拡大したことでプレイヤー人口増加にはさらに拍車がかけられていた。
そんな強豪プレイヤーで犇く種族の中で最強の名を冠するのならば、それはアルヴヘイム・オンライン最強を意味する。レジェンダリーウエポンの一つも装備していて然るべき人物なのだ。
「行くぞ!」
その掛け声と共に、一気にサスケへと肉薄するサラマンダーの最強プレイヤー――ユージーン。対するサスケは、振り下ろされる強烈な一撃を受け流すべく構える。相手が大振りを外して体勢を崩したところへカウンターを叩きこめば、悪くても大ダメージ、運が良ければ即死を狙える筈。そして、サスケとユージーンの刃がぶつかり合おうとしたその時――――
「フッ……!」
「!?」
ユージーンの魔剣が、サスケの構えた剣をすり抜けたのだ。武器破壊によるものではない。衝突することなく、魔剣の刃が幽霊のようにサスケの剣を通過し、本人へと襲い掛かったのだ。
「くっ!」
魔剣が引き起こした想定外の現象に、さしものサスケも目を見開くも、即座に反応・回避に転じる。ユージーンの振るったグラムがサスケの握る剣の刀身を半分通過するよりも先に、サスケは体を横へ反らして直撃を回避する。勢い余って空中で一回転しながらも体勢を立て直し、再度ユージーンに剣を構え直す。
「い、今のって……?」
「魔剣の効果……だよね」
リーファとランが唖然として発した呟きに、彼女等のすぐ傍で同じく先程の攻防を見ていたアリシャが答える。
「魔剣グラムには、『エセリアルシフト』っていう盾や剣で防御しても非実体化してすり抜けるエクストラ効果があるんだヨ!」
「そ、そんな……」
「けど、彼は相当できるネ。初撃で効果を見切って回避行動を取ったんダ。お陰で致命傷は避けられたみたいだヨ」
「アリシャの言う通りだな。仮に私が初見であの一撃を受けたとしたら、反応し切れず直撃を貰っていただろう。それをあの間合いとタイミングで回避行動に転じて直撃を避けたのだから、相当な腕だな……」
一触即発の現場にいきなり乱入したかと思えば、大使を名乗って敵の将とデュエルに及び、高度な戦闘能力を見せつける。サスケという得体の知れないスプリガンのプレイヤーに、領主二人だけでなく、リーファもランも驚かされっぱなしだった。
そして、彼女等の見つめる先の蒼穹では、サスケとユージーンが再度衝突しようとしていた。
「ハァァアア!」
「グッ!」
初撃の攻防で、ユージーンの握る魔剣グラムの特殊能力を把握したサスケは、相手のカウンターを狙う戦術は使えないと判断した上で、積極的に攻勢に出ることにした。
「フッ!ハッ!ハァアッ!」
「チィイイッ!」
間断なく繰り出されるサスケの猛攻に、ユージーンは防戦を強いられる。全く無駄の無い、流れるような動きで振るわれる剣は、常にユージーンの急所を狙っている。まともに受ければ、HPをごっそり持って行かれる可能性が高い。長いプレイ時間の中で経験した戦闘の中で培った反射神経のお陰で、どうにか反応できているものの、このままやられ続けるわけにはいかない。反撃の隙を見つけるべく、ユージーンもサスケの動きに注視する。今までにない強敵なだけに、隙を見つけるのは容易ではないと考えたものの、反撃の糸口は予想に反して然程時間をかけずに見つけることができた。
「そこ、だぁああっ!」
「ぐぅぅうっ……!!」
ユージーンがサスケの猛攻の、ほんの僅かな隙を突いて繰り出したカウンターが炸裂する。エセリアルシフトによる防御無効化能力によって防御ができず、回避も間に合わないタイミングで繰り出された一撃がサスケの左肩を抉る。
「なっ……!?」
「サスケ君っ!」
ユージーンの放った一撃に回避が間に合わず、体勢を崩して落下しかけるサスケを見たリーファとランが驚愕に目を剥く。ここへ至るまでの道中の戦闘では、攻撃範囲の広い魔法攻撃を除いてほとんどダメージを受けることのなかったサスケが、初めて直撃を通したのだ。魔剣の性質上、防御はできないとしても、先程のカウンターは回避し切れない速度ではなかった筈だ。何故、対応できなかったのか。
(やはり、空中戦では分が悪いか……!)
サスケがユージーンの攻撃を回避し切れなかった理由は単純。サスケとユージーンの間には、空中戦のキャリアにおいて圧倒的な差があるからだ。サスケは前世・現世や現実・仮想世界を問わず戦闘は地上戦が主体であり、飛行能力を駆使した空中戦に臨んだのは、このALOが初めてなのだ。対するユージーンは、正式サービス開始初期からゲームに参加し、誰よりも長く空中戦に身を投じた末に最強と呼ばれるに至ったコアプレイヤーなのだ。戦場が変われば、戦闘スタイルも大きく影響される。
現実世界とアインクラッドにおいては、サスケの持つ『うちはイタチ』として前世で蓄積した戦闘経験をあらゆる場面で活かすことができたが、アルヴヘイムの空中戦は勝手が違う。SAOから引き継いだスキルがあるものの、ALOを始めた当初のサスケは、空中戦に関しては実質ゼロからのスタートだったのだ。だが、ログインから二日足らずであったにも拘わらず、持ち前の動体視力と反射神経で経験不足を補い、ボスクラスのモンスター相手でも互角に渡り合ってきたサスケは流石と言えるだろう。そもそも、随意飛行もログイン初日で習得できるものではなかったのだ。だが、今回は相手が悪すぎた。仮にサスケが、ユージーンの半分程度でもプレイ時間があったとしたら、互角以上の戦いができていただろう。サスケが一対一の戦いにおいて圧倒されている理由は、一重に“経験の差”なのだった。
(だが、無い物強請りは無意味だ……)
ユージーンの放った一撃によって崩れた体勢を立て直しながら、サスケは脳内で対抗手段を模索する。何か、戦況を覆す打開策を講じる必要があるが、ユージーン相手に有効な手段をサスケは持ち合わせていない。
剣術の腕前ならばサスケの方が上手だろうが、地に足が着いていない空中では間合いや剣線がどうにもブレる。魔法で戦況を覆す手段も、賭けである。サスケが習得している魔法は幻属性のみであり、直接的なダメージを与えることはできない。できるのは精々、幻影を見せて隙を作り出す程度である。ユージーンには小手先だけの戦術は効かず、同じ手が二度通用する相手ではない。やるならば、一度の攻勢で確実に仕留められる作戦でなければならないのだ。
「フフフ……中々やるな。グラムの効果を見切った時から思ったが、これならば久々に楽しめそうだ!」
「……もう既に、三十秒経過した筈だが?」
「悪いな、やっぱり斬りたくなった。首を取るまでに変更だ!」
「……やはり、そう来たか!」
想像した通りのルール変更宣言に、しかしサスケは軽く溜息を吐くのみだった。サスケがユージーンに対して制限時間に関して尋ねたのも、確認に過ぎない。サスケとユージーン、刃を手に交錯する二人の頭には、互いをどう殺すかしか無かった。
既に答えの出ていた問いを済ませ、両者は再び衝突する。黒と赤の翅を煌めかせながら、先程より激しく、より鮮烈にぶつかり合う。そんな高速で飛び交う二人の姿を、リーファやラン、サクヤ、アリシャは目で追いかけるのに必死だった。
「凄まじい攻防だな……技術は互角だが、やはりユージーン将軍の方に軍配が上がっているか?」
「レジェンダリーウエポンを相手に、あそこまで戦えていること自体が信じられないヨ。あのサスケ君って子の方が、相当な腕前だヨ……」
防御が通用しないというユージーンが握る魔剣の性質上、サスケに防御という手段は取れない。ユージーンが反応できない程の速度で剣戟を繰り出し、動きを見切られないよう交錯する度に太刀筋を微妙に変えて変幻自在に攻撃を放つ。
だが、どれ程激しく攻勢に出ても、ユージーンに対して致命傷を与えるには至らない。サスケもカウンターの回避に必死で動くものの、完全な回避には至らず、ダメージが徐々に蓄積していく。
(拙いな……)
いよいよもって追い詰められたサスケは、ユージーンを倒すために何らかの手段を講じることを迫られる。だが、手数がどうにも足りず、覆し難い戦力差がある敵を前に、サスケは攻めあぐねいていた。
(こうなったら……やってみるしかないか)
実は、サスケには現状を覆す方法が全く無いわけではない。ただ、この手段はアインクラッドではおろか、前世の忍世界ですら実行したことの無い手段だった。写輪眼とチャクラによるアシストが有れば成功していただろうが、このアルヴヘイムにはどちらも存在しない。仮想世界が、かつて万華鏡写輪眼で操っていた月読の世界に似ていたとはいえ、完全に前世の動きを再現できるとは限らない。失敗すれば、ユージーンの逆襲を食らってサスケは確実にHP全損に追いやられる。だが、最早手段を選んでいる余裕は無い。
シルフ領に迷い込み、一人彷徨っていた自分に力を貸してくれたリーファとランの友誼に報いるためにも、この勝負は勝たねばならない。サスケは意を決し、ユージーン相手に最後の作戦に出た。
(行くぞ……!)
内心でそう呟くと、サスケはスペルワードを詠唱し始める。ユージーンは、サスケが唱えた呪文が碌な攻撃力をもたない幻属性の魔法であることを見抜き、最後の悪足掻きと判断して攻勢の手を緩めない。
「無駄だぁあっ!」
魔剣グラムを振りかぶるユージーンを前に、しかしサスケは詠唱を止めることはしない。紙一重で刃を回避すると、左手を突き出す。その手が黒く輝くと、辺り一面を黒い煙が覆う。スプリガンが得手とする幻惑系魔法『シャドウ・スモーク』である。
「くっ……小癪な!」
鬱陶しい黒煙を晴らすべく、ユージーンが魔法無効化の詠唱を行う。それが終わると共に、ユージーンのいる場所から赤い光が放射状に迸ると同時に黒雲を晴らす。そして次の瞬間……
「がぁぁああっっ!」
ユージーンが滞空していた場所よりも高い位置へ、飛ばされていた。放物線を描いて仰け反った状態で飛んでいく軌跡を逆に辿ると、そこにいたのは蹴り上げの姿勢を取っていたサスケがいた。このことから、ユージーンはサスケによって蹴り飛ばされたことが分かる。だが、まだ終わらない。
「き、貴様っ!」
「悪いが、これで終わりだ」
仰け反った状態で飛んでいくユージーンを追うように跳躍するサスケ。その背中には、妖精の翅が展開されていない。先程まで持っていた剣は鞘に納め、今のサスケは完全に無手の状態で、跳躍による慣性に従って滞空しているに過ぎないのだ。
妖精郷たるアルヴヘイムにおいて有り得ない、飛行能力と武器を放棄した状態での戦闘への突入。これは既に、“妖精”の戦いではない。
木の葉隠れ抜け忍にして元暁所属――うちはイタチの“忍”としての戦いが、始まろうとしていた。