ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第六十四話 獅子連弾

 上空に飛ばされたユージーンを、背後に回った状態で追尾する。相手を木の葉に見立てて追尾するこの技は、サスケが生きた前世の忍世界において、『影舞葉』と呼ばれていた体術である。その名前が示す通り、この技はサスケの前世における故郷、木の葉隠れに伝わる木の葉流体術なのだ。本来、この技は『蓮華』と呼ばれる禁術に相当する強力な体術を発動する繋ぎとして用いられる。

 

(尤も、ここから先は“本物”のサスケのオリジナルだがな)

 

 仮想世界のアバターには体術発動に必要な八門遁甲やチャクラは存在しない。故に、前世の忍時代に写輪眼でコピーした経験をもとに、現世の仮想世界で影舞葉を発動することまで漕ぎつけても、蓮華は発動できないのだ。故に、ここから先は自身の弟が使っていた術を再現する形で、畳みかける――――

 

「行くぞ……!」

 

「!?」

 

 ユージーンの背中に手を添え、身体を捻って左側から蹴りを繰り出す。対するユージーンは、左腕を翳してこれを防御する。

 

「甘いな!」

 

 だが、サスケの攻撃はこれで終わらない。防御された反動を利用して、今度は右側面へと回り込む。丸々一回転した遠心力を伴って左腕から繰り出された裏拳は、ユージーンの顎を直撃する。

 

「ぐぁあっ!?」

 

 顎へ走った衝撃によって、体勢を崩して頭から落下していくユージーン。現実世界ならば気絶は免れない顎への直撃である。仮想の衝撃とはいえ、食らった直後に動きだせるような攻撃ではない。半ば硬直した状態で上空から落下していくユージーンに対し、サスケはさらなる追撃を仕掛ける。

 

「まだだ!」

 

 左腕の裏拳を食らわせた次は、右腕で胸部にラリアットを繰り出す。

 

「ぐぅうう!?」

 

 落下による重力加速を得た一撃に、ユージーンが再度呻き声を上げる。二人共に落下していた状態だったが、ユージーンは必死に体勢を立て直そうと翅を動かしていたことが仇となり、滞空した一瞬に叩き込まれたのだ。体術スキルをコンプリートしたサスケの連撃は、遠心力と重力加速によって威力を増強されており、ユージーンのHPを大幅に削り取る。

 

「や、られるかぁぁあああ!」

 

「っ……!」

 

 ユージーンの身に纏う防具の特殊効果なのだろう。薄い炎の壁が半球状に放射され、サスケの身体が押し戻される。サスケの放つ体術の連撃を一瞬でも食い止めることができたならば、グラムの一撃で逆転が可能である。サスケは現在、仮想世界における遠心力や重力をフルに活用するために、翅を展開せずに戦っている。空中における移動手段を放棄した今のサスケが相手ならば、今現在も翅を展開しており、空中で安定姿勢を保つことができる自分に分がある。恐らくユージーンはそう考え、視界を遮る炎が消えると同時に刺突を繰り出す算段なのだと、サスケは考えた。

 

(なら、ここからは俺のアレンジも加える)

 

 そう考えたサスケは、収納していた翅を再度展開し、炎から距離を置いた。そして、システムが反応し、ユージーンに聞こえないギリギリの音声で詠唱を開始するのだった。

 

 

 

「せやぁぁあああ!」

 

 炎の壁が消滅するとともに、ユージーンは形勢逆転の一手として、グラムの刺突を放つ。標的は、炎の奥に見えた黒い影。見間違いようもない、あれは間違いなくサスケのものだと、そう確信していた。

 

「俺の、勝ちだぁっ!」

 

 グラムの一撃が、サスケの影を捕らえたことで、勝利を確信するユージーン。勝ち誇った笑みで、強敵を討ち取ったことに歓喜する。だが……

 

「なっ……!?」

 

 次の瞬間、ユージーンにとって予想外の現象が目の前で起こった。グラムで刺し貫いたサスケの身体が、黒い靄となって消滅したのだ。ALOにおいてプレイヤーが死亡した際には、種族の色に対応した炎を発した後、リメインライトがその場に残される。黒い靄となって消滅するなど有り得ない。つまり、この光景が意味するところは……

 

「がはぁああっ……!?」

 

そこまで考えたところで、ユージーンの顔面を衝撃が襲った。この一撃を放ったのが誰なのかは、考えるまでも無い。ユージーンは顔面のダメージにバランス感覚が崩れそうになるのを踏み止まり、未だ上空にいるであろう敵を見上げる。するとそこには、

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

またしても、ユージーンにとって全く予想不可能な出来ごとが起こっていた。ユージーンの見上げた蒼穹に浮かぶ、“五つ”の影。いずれも姿形が全く同じ、黒い翅を展開したスプリガンのプレイヤー――サスケの姿がそこにはあった。

 

(幻術……だと!?まさか、あの一瞬で!)

 

 影妖精族のスプリガンが得手とする魔法は、幻属性。つまり、誤った五感情報を相手に与えることができる。ユージーンの目の前に現れた、全く同一のプレイヤー五人という光景も、魔法によって生み出された幻であることは、疑う余地も無かった。

 

(どれが本物だ……?)

 

 だが、今は目の前の現象の正体など問題ではない。炎の壁で形勢逆転の機会を掴んだユージーンだったが、今また劣勢に立たされようとしているのだから。

 迫りくる五つの影のうち、どれが本物なのか。それを推理する暇も無く、五体のサスケの内の一つが、ユージーン目掛けて接近してきた。

 

「チィッ!」

 

 真っ逆さまに落下中だった体勢を無理矢理立て直し、最初に寄ってきた一体を斬り捨てる。だが、斬撃がヒットした瞬間に、これも黒い靄に帰った。即ち、外れ。だが、それで終わらない。

 

「がぁあっ!」

 

 次の瞬間には、右脇腹に衝撃。サスケによる打撃と考えたユージーンは、グラムを両手で持って背中に向けて振り抜いた。手ごたえはあり、そこには胴を両断されたサスケがいたが、これも靄とともに消滅。そして、その後すぐに、今度は左肩に衝撃が走る。

 

(どこだ……どこにいる!?)

 

 その後も、三体目、四体目、五体目を衝撃が発生すると同時に斬り捨てるが、いずれも幻影として消滅した。幻影魔法で生み出した分身全てが消滅したにも関わらず、サスケ本体の姿が見えないのは、どういうことか。未だに姿勢を維持することが儘ならず、落下を続けていた身体を動かして周囲を探るも、誰の姿も見えない。そんな中、ユージーンはふと背中に気配を感じた。

 

(まさか……!)

 

 ようやっと、ユージーンはサスケの居場所に気付いたが、全ては遅かった。振り返りざまにユージーンが見たものは、サスケが繰り出していた高速体術のフィニッシュが炸裂する瞬間だった。

 

 

 

 サスケがユージーンに対して行った作戦は、幻影魔法によって分身を生み出した後、顔面に一撃食らわせて、すぐにその背後に回り込むというものだった。ユージーンは、炎でサスケを押し返したことによって、サスケ自身は自分より上にいると考えていた。故にサスケはその心理の裏を掻き、分身という合計八体の、敵へ自動で接近するデコイを空中に放り、自身は落下中のユージーンの背中にぴったりはりついた状態で体術の連撃を重ねていたのだった。

常のユージーンだったならば、索敵スキル等を使ってサスケの位置をすぐに割り出せただろうが、予想外の攻撃によって思考を掻き乱され、しかもバランスを崩して落下中の状態では、この作戦を看破することは不可能である。ユージーンはそんなサスケの思惑に見事嵌まり、分身全てを消滅させるまで本体の所在に気付くことは無かった。背後を取り、舞い落ちる葉を打ちのめす風のように攻め立てる、影舞葉と呼ぶに相応しい体術の連撃は、遂に止めの一撃を残すばかりとなった。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 ユージーンの真横へ回り込み、身体を反転して繰り出すのは、上方から振り下ろす踵落とし。回転によって威力を増した最後の一撃が炸裂すると同時に、サスケのアルヴヘイム式体術は完成する。サスケがこの世界に転生してから実質二度目に使った、忍としての技……木の葉流体術。蓮華の影舞葉から始まった、高速体術の名は――――

 

 

 

「獅子連弾!」

 

 

 

 それは、うちはイタチの弟である、うちはサスケが中忍試験の窮地において編み出した体術だった。特段極めたわけでもない、知識として知っていただけの術をここまで再現できたのは、今アルヴヘイムに在るサスケが、前世においてうちはサスケの兄だったことの証左なのかもしれない。

 サスケが放った獅子連弾が、踵落としによってフィニッシュを迎えると共に、ユージーンの身体がエンドフレイムに包まれ、隕石のように地上目掛けて落下する。その様子を見た者達は、誰もが唖然としていた。無理も無いだろう。レジェンダリーウエポンの使い手が……最強プレイヤーと目されるユージーン将軍が……武器を用いず、体術のみで倒されたのだ。ALOにおいて、体術スキルを鍛えるプレイヤーは珍しくない。シルフ五傑に数えられるランもまた、現実世界の空手技をこの世界で活かすために体術主体の戦術をとっているのだ。だが、サスケは、空中戦に必須の翅すら放棄した状態で行ったのだ。空気抵抗を発生させる翅を展開しなければ、遠心力や重力によって体術に加速と威力増強の効果を付与することができる。だが、空中戦主体のALOにおいてその行為は、通常ならば自殺行為にほかならない。サスケの編み出した戦法は、恐らく正式サービス開始以来、前代未聞の光景だっただろう。プレイヤー達が呆気にとられたことで発生した沈黙を最初に破ったのは、シルフ領主のサクヤだった。

 

「見事!見事!」

 

「すごーい!ナイスファイトだヨ!」

 

 扇を広げてサスケの勝利を讃えるサクヤに続いて歓声を上げたのは、ケットシー領主のアリシャ・ルー。その後、興奮は二人の背後に控えるシルフ、ケットシー幹部十二人へと伝播し、さらにはサラマンダーまでもが歓声を上げた。指揮官たるユージーンが敗れたことで、暴動を起こすのではとリーファとランは懸念していたが、そんな事は無かったようだ。敵味方の概念すら超えた感動が、サスケとユージーンのデュエルにあったからこそ実現できた光景なのだろう。

 サスケはシルフ、ケットシー、サラマンダーの三種族からの拍手喝采を受けながら地上へ降り立つ。先程発動した木の葉流体術は、仮想の肉体ながらサスケに相当な負担を感じさせたのだろう。肩で息をする素振りを見せながらも、毅然とした足取りで地上へ落ちたユージーンのリメインライトへと向かって歩き出す。

 

「誰か、蘇生をお願いします!」

 

「ウム。解った」

 

 サスケの頼みを聞いたのは、サクヤだった。ユージーンのリメインライトまでふわりと飛んでいくと、スペルワードの詠唱を開始する。やがて、サラマンダーの赤いリメインライトがサクヤの手から迸った青い光に包まれる。複雑な立体魔法陣の中、残り火は徐々に人の形を取り戻していく。やがて赤い炎が消滅すると、そこには片膝をついたユージーンの姿があった。リメインライトを追って地上に降り立ったサラマンダーの部隊が見守る中、ユージーンが立ち上がる。

 

「見事な腕だな。俺が今まで出会った中で、間違いなく最強のプレイヤーだ」

 

「それはどうも」

 

 相変わらずの無表情のまま憮然と答えるサスケだが、実は先程のデュエルはかなり一杯一杯だった。忍の前世無しには、対抗し切れなかったかもしれないというのが、内心だった。

 

「貴様のような男がスプリガンにいたとはな……世界は広いということか」

 

「俺の話は、信じてもらえるか?」

 

「…………」

 

 サスケの半ば確認に近い問いに、しかしユージーンは沈黙する。サスケが大使である可能性が濃厚であり、一対一の勝負で敗北した以上は、ユージーンが引き下がるのが道理である。だが、サラマンダーの司令官という彼の立場を鑑みれば、領主二人を仕留める絶好の機会を逃すかどうかは、未だ判断しかねるところなのだろう。

仮にここで領主二人を討ちとれば、サラマンダーはシルフ、ケットシー、スプリガン、レプラコーンの四種族を敵に回すことになるかもしれない。だが、今現在ALOにおける九種族の中で最大勢力を誇るサラマンダーが、二種族が領主館に蓄えている財産の三割を手に入れることができるのだ。その財力を利用すれば、四種族と戦争を行う前にグランド・クエストを達成することも不可能ではない。そして、アルフへと転生し、制空権を手に入れることができたならば、アルヴヘイムにおける覇権を握るも同然である。強者に靡く傾向の強い弱小種族はサラマンダーに味方するだろう。生産職の鍛冶妖精族のレプラコーンも、スプリガンとの同盟を破棄する可能性が高い。多少の無茶をしても、サラマンダーが結果的に優位を手に入れることができるのならば、ここは領主二人を倒すべきかとも考えられる。尤も、自らが突き付けた約束を反故にして相手に斬りかかるなどという真似をすれば、ユージーンは自らの誇りを貶めることになるのだが。

責務と騎士道の狭間で判断に苦悩するユージーンが思考に耽る中、唐突に前へと出るサラマンダーのプレイヤーが現れる。無骨な顔をしたその男は、ユージーンに一礼すると口を開いた。

 

「ジンさん、ちょっといいか?」

 

「カゲムネか。どうした?」

 

「昨日、俺のパーティーが全滅させられたのはもう知ってると思う」

 

「ああ」

 

「その相手が、まさにこのスプリガンなんだけど……確かに、連れにレプラコーンがいたよ」

 

 その言葉を聞いて、サスケとリーファは、カゲムネと呼ばれたサラマンダーが何者かを悟った。昨日、森の中でリーファとサスケが邂逅した現場に居合わせた、サラマンダー部隊のリーダーである。

 

「そうか」

 

 カゲムネから伝えられた情報に、ユージーンはふっと笑った。その表情には既に迷いは無く、取るべき選択肢が決まったと告げていた。サスケにレプラコーンが同行していたという事実があった以上、彼が同盟大使であることは決定づけられたも同然である。それを知らされたユージーンは、憑き物が落ちたような表情で口を開いた。

 

「確かに現状でスプリガン、レプラコーンと事を構えるつもりは俺にも領主にも無い。この場は引こう。だが……お前とはいつか、決着を着けるぞ」

 

「望むところだ」

 

 ユージーンの出した拳に、サスケもまた拳を出してぶつけ合わせる。再戦の約束を結んだユージーンは身を翻すと、率いていたサラマンダー部隊を伴って飛び立とうとする。その間際、カゲムネはサスケとリーファへ不器用にウインクする。恐らく、借りは返したと言いたかったのだろう。やがてサラマンダーは一人残らず平原の彼方を目指して飛び立っていった。その様子を見届けて、リーファとランはどっと疲れたように脱力する。

 

「サラマンダーにも話の解る奴がいるようだな」

 

「全く……あなたも無茶するわね」

 

「あの場で取れた、最善の策を講じたまでだ」

 

 憮然とした態度で応えるサスケに、リーファとランは苦笑するばかりだった。そんな三人に、サクヤは咳払いをして声をかけた。

 

「すまんが……状況を説明してもらえると助かる」

 

 

 

 その後は、サスケとリーファ、ランの三人から、道中におけるサラマンダーの襲撃やそれにシルフ執政部の幹部であるシグルドが関わっていること。情報提供者の証言から、サラマンダーによる領主会議襲撃を知って駆けつけてきた経緯について説明を行った。話の大部分はサスケの推測を交えたものであったが、聞いていたサクヤは得心したのか、溜息を一つ吐くと口を開いた。

 

「……成程な。ここ何カ月か、シグルドの態度に苛立ちめいたものが潜んでいるのは私も感じていた。だが、独裁者と見られるのを恐れ合議制に拘るあまり、彼を要職に置き続けてしまった……」

 

「サクヤちゃんは人気者だからねー、辛いところだヨねー」

 

「苛立ち……というのは、サラマンダーの勢力拡大に対し、シルフが後塵を拝している現状についてですか?」

 

 サスケの指摘に、サクヤは頷いた。アルヴヘイム・オンラインにログインして間もないサスケだが、九種族のパワーバランスや情勢については、他のプレイヤーと接触した場合のために大凡のことについては把握していた。

 

「その通りだ。かつてサラマンダーは、シルフ領主を討ち果たしたことで全種族の中で抽んでた勢力をもつに至った経緯がある。ただでさえ差が開いている現状にあって、向こうはグランド・クエスト達成に最も近いとされている。パワー志向のシグルドには、我慢できないものだったのだろう」

 

「でも……だからって、なんでサラマンダーのスパイなんか……」

 

「恐らく、もうすぐ導入されるアップデート5.0で実装化される、『転生システム』を利用するつもりだったんだろう」

 

「転生って……それじゃあまさか!」

 

「スプリガンの彼が考えている通りだな。大方、サラマンダー領主のモーティマーに乗せられたのだろう。シルフとケットシーの領主の首と引き換えに、サラマンダーに転生させてやるとな。尤も、冷酷で有名なモーティマーが約束を守るとも思えんが」

 

 シルフ執政部の人間の心理を性格に把握し、これを最大限に活用する。サラマンダー領主のモーティマーと言う男は、相当な謀略家らしい。もしかしたら、竜崎ことエラルド・コイルに比肩する頭脳派プレイヤーかもしれないとサスケは考えた。ともあれ、今はシグルドの処遇である。

 

「サクヤさん。この上は、反逆を企てたシグルドに対し、早急に断固たる処置をとるべきと考えます」

 

「その通りだな。まずは、今頃勝ち誇っているであろう奴の顔を拝むとするか。ルー、たしかお前は闇魔法のスキルを上げていたな?」

 

 端整な表情に冷酷さを湛えて口を開くサクヤ。その問いに、アリシャ・ルーは猫耳をぱたぱた動かして肯定の意を示す。

 

「シグルドに『月光鏡』を頼む」

 

 サクヤの頼みに応え、アリシャ・ルーが闇魔法のスペルワードを唱え始める。すると、たちまち周囲が暗くなり、どこからともなく一筋の月光がさっと降り注ぐ。光の筋は、アリシャの前に金色の液体のように溜まり、やがて円形の鏡を作り出した。その表面に波紋が走ると同時に、ある光景を映し出した。

 鏡の向こうに映った光景は、リーファも幾度か見たことのある、シルフ領主館の執政室の中。領主の椅子にどっかり座り、卓上に足を投げ出している。ワインを片手に寛ぐその姿は、どこか勝利の余韻に浸っているようにも見えた。アルヴヘイムの夕暮れを背に勝ち誇った様子のシグルドに対し、サクヤが張りのある声で呼びかける。

 

「シグルド」

 

「な!?」

 

 サクヤの声を聞いた瞬間、シグルドは驚いたように椅子から跳ね起きた。その反応も無理は無いだろう。今目の前に立っている領主は、本来ならば既にサラマンダーの手に掛かっている筈だったのだ。それが闇魔法の月光鏡を使ってこの領主館の自分に連絡を寄越しているのだ。

 

「サ……サクヤ……!?」

 

「ああ、そうだ。残念ながらまだ生きている。会談も無事に終わりそうだ。それから……予期せぬ来客があったぞ」

 

「き……客、だと?」

 

「ユージーン将軍が、君によろしくと言っていた」

 

 その言葉を聞いた途端、ただでさえ焦っていたシグルドの顔が蒼白になる。見れば、サクヤの後ろには、今日パーティー脱退を宣言したリーファとラン、そして二人を掻っ攫って行った憎きスプリガンことサスケの姿もある。

 サクヤとアリシャ・ルーの生存に加え、ユージーンの来訪という情報。加えて、パーティーを抜けた二人がこの場にいる。これが意味するところは、シグルドの野望が潰えたことに他ならない。憎々しげに歯を食いしばると、今度は開き直ったようにふんぞり返る。

 

「……無能なトカゲ共め……で、どうするつもるだサクヤ?懲罰金か?それとも、執政部から追い出すか?だがな、軍務を預かる俺が居なければお前の政権だって……」

 

「いや、シルフでいるのが耐えられないなら、その望みを叶えてやることにした」

 

「……なに?」

 

 サディスティックな笑みと共に、領主専用の巨大なシステムメニューを操作していく。すると、怪訝な顔をするシグルドの目の前に青いメッセージウインドウが出現する。そこには、こう記されていた。

 

『領主より、シルフ族としての権利の剥奪、および追放の通達が届いています。』

 

「貴様……!正気かっ!?この俺を……この俺を、追放するだと!?」

 

「そうだ。レネゲイドとして中立域を彷徨え。いずれそこにも新たな楽しみが見つかることを祈っている」

 

「う……訴えるぞ!権力の不当行使でGMに訴えてやる!」

 

「好きにしろ。さらばだ、シグルド」

 

「こ、この野郎ぉぉおおお!!」

 

 月光鏡の向こうから、届く筈の無い腕を伸ばして抵抗するシグルドだが、それよりも早くサクヤが指先でタブに触れる。次の瞬間には、領主館執政室の中にあったシグルドの姿が掻き消えた。シルフ領から追放され、どこかの中立域の街へと転送されたのだ。

 シグルドに処分を下し、これで用は済んだとアリシャ・ルーに目線で呼び掛ける。サクヤの心中を察した彼女は、発動していた月光鏡の魔法を解除した。それと同時に、先程まで暗闇に包まれていた周囲の色が一転し、アルヴヘイムの夕暮れの赤に染まるのだった。

 

「……私の判断が間違っていたのか、正しかったのかは次の領主投票で問われるだろう。ともかく――礼を言うよ、リーファ、ラン。君達が救援に来てくれたのはとても嬉しい」

 

「私は何もしてないもの。お礼なら、このサスケ君にどうぞ」

 

「そうだ。そういえば、君は一体……」

 

 並んだサクヤとアリシャ・ルーが、疑問符を浮かべながらサスケの方へと視線をやる。スプリガン=レプラコーン同盟の大使を名乗り、領主の委任状を取り出したのみならず、最強プレイヤーであるユージーンを撃破した、謎多きプレイヤー。よく見れば、彼の身に纏う装備は、レプラコーン領でしか手に入らない高級品ばかりである。やはり、先程の宣言通り、彼は同盟大使なのだろうか。確認するようにアリシャが問いかける。

 

「ねェ、キミ。スプリガンとレプラコーンの大使……って、本当なの?」

 

「あれはブラフです」

 

 半ば答えを予測していたアリシャの問いに、サスケは無表情のまま即答した。その言葉にサクヤはおろか、リーファとランすらも一同は絶句する。

 

「……無茶苦茶な男だな。では、同盟の話も、あの委任状も偽物なのか?」

 

「いえ、それらは本物です。スプリガン領主のエラルド・コイルは、世界樹攻略を目指して装備の充実化を図るために、生産職型種族のレプラコーンとの同盟を結んでいます。委任状に関しては、今回の騒動を鎮めるのに必要と判断し、領主へ連絡を取って急遽用立てたものです」

 

 何もかも都合が良過ぎると思っていたため、サスケが口にした内容の大部分は偽の情報であると、サクヤとアリシャは考えていた。だが、スプリガン領内で相当に立場ある人物であるということだけは、どうやら事実らしい。

 

「それにしても、君強かったよねぇ……もしかして、スプリガンの秘密兵器、だったりするのかな?」

 

「……まあ、グランド・クエスト攻略のために領主から招集を受けていることは確かですが」

 

「ふーん、そうなんだぁ……」

 

 サスケの言葉に、悪戯っぽい笑みを浮かべたアリシャは、ひょいっとサスケの左腕を胸に抱く。そして、斜め下方からコケティッシュな流し目に乗せて、

 

「ところでさぁ、スプリガンはレプラコーンと同盟を結んでいるんだヨね?ウチの領地にも、物資を都合してくれると嬉しいんだけどな~。ついでに、キミも大使としてこっちの領地に来ない?ついでに、クエストとかの戦力になってくれるなら、三食おやつに昼寝つきだヨ」

 

「なっ……!」

 

 色仕掛けを始めるアリシャに、リーファが焦ったような声を漏らす。だが、彼女が割り込むよりも先に、

 

「おいおい、ルー。抜け駆けはよくないぞ」

 

 今度はサクヤがサスケの右腕に腕を絡める。こちらも扇情的な視線でもってサスケを誘惑しようとしていた。

 

「彼はもともと、シルフの救援に来たんだから、優先交渉権はこっちにあると思うな。サスケ君と言ったかな?どうかな、個人的な興味もあるので、礼も兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」

 

 為政者二人、揃って考えることは同じらしい。ここでサスケを籠絡し、スプリガン領主へのコネクションを作れば、後の貿易交渉を有利に行うことができると考えたのだろう。加えて、サスケを大使として領地に招いて戦力にすることができたならば、万々歳である。故に、サクヤもアリシャも、サスケを引き込むためにあれやこれやの手段で迫る。

 

「あーっ、ずるいヨ、サクヤちゃん。色仕掛けはんたーい」

 

「人のこと言えた義理か!密着し過ぎだろう!」

 

 互いのことを棚に上げてサスケを取り合う二人。美人領主二人に挟まれ、両手に花状態のサスケ本人はといえば、相変わらずの無表情である。鼻の下を伸ばすでもなく、顔を赤くする様子もない。だが、その赤い双眸には僅かながらの困惑の色が覗いていた。

 そんなサスケの様子を見かねたリーファが、声を上げてサスケのコートの裾を掴んでいた。

 

「駄目です!サスケ君は私の……!」

 

 だが、その先が続かない。どう言えばいいのだろう。自分とサスケの間柄を示す適切な表現が見つからず、言葉を詰まらせてしまった。サスケに抱き付く領主二人と、後ろから苦笑して見守るランを前に、しどろもどろになるリーファ。そんな彼女に助け船を出したのは、サスケ当人だった。

 

「お言葉は有り難いのですが……すみません。俺には、彼女にアルンまで連れて行ってもらう約束をしていますので」

 

「ほう……そうか、それは残念」

 

 心底残念そうにそう呟くと、サクヤはサスケの腕から離れるのだった。隣のアリシャも同様である。

 

「アルンに行くのか、リーファ。物見遊山か?それとも……」

 

「私達、領地を出るつもりだったの。でも、きっとスイルベーンに帰るから」

 

「そうか。ほっとしたよ。必ず戻って来てくれよ。彼も一緒にな」

 

「途中でウチにも依ってね。大歓迎するヨ」

 

 二領主は佇まいを直すと、それぞれサスケ、リーファ、ランの三人に対して一礼する。サクヤが顔を上げると、改めて礼を言った。

 

「今回は本当にありがとう。私達が討たれていたら、サラマンダーとの格差は決定的なものになっていただろう。何か礼をしたいが……」

 

「いえ、それには及びませんよ」

 

 領主二人は申し訳なさそうにしているが、礼は不要とサスケは口にする。そんな中、リーファははっと思い付いたように口を開く。

 

「そうだ!サクヤ、アリシャさん。今度の同盟って、世界樹攻略のためなんでしょう?」

 

「ああ……まあ、究極的にはな。二種族共同で世界樹に挑み、双方ともにアルフになれればそれで良し。片方だけなら、次のグランド・クエストも協力してクリアする、というのが今回の条約の骨子だが」

 

「その攻略に、私達を同行させてほしいの。それも、可能な限り早く」

 

 リーファが領主二人に頼み込んだのは、グランド・クエスト攻略への協力だった。サスケに助けられた日にスイルベーンで話をしたリーファは、サスケがグランド・クエスト攻略……正確には、世界樹の頂上へ到達することに対して、並みならぬ執着を示していたことを知っている。だからこそ、逸早くその望みを叶えられるようにと頼み込んだのだが……

 

「同行は構わない。といより、こちらから頼みたいくらいなのだがな……」

 

「同盟を締結したとはいえ、まだまだ課題は山積みなんだヨ。装備や人材を揃えるのにも、時間がかかるしネ」

 

 やはり、そう簡単には上手くいかないらしい。だが、戦力は多いに越したことはない。そう考えたサスケは、ある提案をする。

 

「……もし良ければ、スプリガンの攻略に協力するという形で協力してはいただけませんか?」

 

「何?」

 

「スプリガン=レプラコーン同盟の方は既に準備を整え、二日以内にグランド・クエストに挑む予定です。スプリガン主体でこの攻略は行うため、アルフに転生するのは高確率でスプリガンですが、その後の貿易交渉などには色々と便宜を図らせることを約束します」

 

「成程……我々も、一種族では無理と考えたからこそ同盟を組んだが、四種族が手を組めば、より確実になるということだな」

 

「万一失敗しても、生産職であるレプラコーンやアイテム収集に長けたスプリガンと同盟を築けるなら、かなりの利益が見込めるしネ」

 

 グランド・クエスト達成がより確実になる上、貿易によって得られる利益を鑑みれば、かなり旨みのある話だろう。サスケへの借りを返せる点でも一石二鳥なのだから、乗らない手は無いと考える。

 

「だが、二日は猶予としては短すぎる。部隊を揃えることも必要だが……やはり先立つ物が無ければ、流石に我々も動けない」

 

「それに関しては心配無用です。同盟に基づくグランド・クエストへの協力をしていただけるのでしたら、レプラコーンの商人を通じて各種装備・アイテムを供給いたします」

 

「成程……ならば、ぜひとも参加させてもらおう」

 

「ウチのテイムモンスターは強力だからね~。楽しみに待っててヨ」

 

 シルフ=ケットシー同盟の協力をとりつけ、グランド・クエストへの参加交渉を成立させたサスケは、領主のエラルド・コイルへの必要な連絡を行う旨を取り決めるのだった。互いに握手を交わした後、両種族は領主を先頭に翅を広げて西の空へと飛び立っていった。

 

「……行っちゃったね」

 

「ああ、そうだな」

 

 シルフとケットシーの存亡を賭けた戦いがひと段落し、その場に残された三人は感慨に耽る。同時に、この騒動を通じてリーファはサスケについて初めて様々なことを知ることができたと思った。パーティーを組んだ当初から、サスケは自分の事を話したがらず、領地においてどのような立場にあるかなどは全く知らされていなかった。また、アルヴヘイムにおいては異端の、翅を放棄した状態での空中戦闘を行って最強プレイヤーを倒した。未だ謎の多い人物だったが、今回のことでさらに謎が深まったと言えるだろう。

 だが、そんな捉えどころの無いサスケの在り様は、リーファに兄の面影を幻視させた。彼もまた、寡黙で謎多き人物である。ついでに、イメージカラーが黒なのも同じだ。なんとなく親近感が湧いたリーファは、サスケによりかかろうとした……その時だった。

 

「まったくもう……浮気はダメって言ったです、パパ!」

 

 いきなりそんな事を口にしたのは、リーファでもランでもない。サスケの胸ポケットに入っていたユイだった。頬を膨らませながら飛び出した彼女は、サスケの周りをぐるりと飛ぶと、左肩に乗った。それに驚いたリーファは、咄嗟にサスケと距離を取ってしまう。

 

「……いきなり何を言い出すんだ、お前は」

 

「領主さんたちにくっつかれた時、ちょっとですけどドキドキしていましたね!」

 

「………………」

 

 娘を自称するユイからの指摘に、サスケは沈黙するばかりだった。彼が痛いところを突かれたところなど見たことが無かったリーファとランは、意外そうな顔をする。同時に、あの表情に乏しいサスケでも、女性相手にドキドキすることがあるのだと、軽く驚くのだった。リーファの方は、少しの安心感も覚えている。だが、美人二人に両側から抱きつかれても、『少しドキドキした』程度である。本気で落とすには、一体どうすれば良いというのか?

 

(は!……私、一体何を……!)

 

 思いもよらぬ方向へ思考を傾けていることに、はっとするリーファ同時に、顔を真っ赤に染めてしまう。そんな彼女の様子を見たランは、笑顔のまま歩み寄っていった。

 

「大丈夫だよ。リーファちゃん、頑張ってね!」

 

「ら、ランさん!?何を言っているんですか!?」

 

 その言葉に慌てふためくリーファに、ランはくすくす笑うばかりだった。少し距離を置いたところでユイを相手に返答に窮していたサスケは、それどころではない。娘を相手に、一体どう言い訳すればよいのだろうかと必死に思考を走らせていた。

 

「そ、そうだ!ユイちゃん、私はサスケ君にくっついてもいいの?」

 

 しどろもどろになりながら、話題の転換を図るリーファ。だが、内容的には墓穴を掘ったに等しい。尤も、サスケにとっては助け舟だったが。

 

「リーファさんは、大丈夫みたいです」

 

「へ……何で?」

 

「……似たような人間をリアルで知っているから、かもしれないな。親しみやす過ぎて、異性として意識することがあまり無い」

 

「…………」

 

 その発言に、リーファは衝撃を受けて固まってしまった。そして、彼女の反応を見たランが、苦笑しながらフォローを行う。

 

「頑張って、リーファちゃん。きっと想いは、通じるよ」

 

「だ、だから何を言っているんですか!?」

 

 再び顔を真っ赤にして慌てふためくリーファ。一方、サスケは話題がひと段落ついたと判断したようで、翅を展開して出立の準備に入っていた。

 

「そろそろ行くぞ、二人とも」

 

「置いていかれちゃいますよー」

 

「あ、ああ!ちょっと待ってよ!」

 

「ふふふ……」

 

 再び、世界樹の方を目指して飛び立つサスケとユイ。その後をリーファも慌てながらも飛び立ち、追う。最後に飛び立ったランは、先立つサスケとそれを赤くなりながら追うリーファを微笑ましく見守るのだった。

 アルヴヘイムを赤に染める夕陽の中、少年と少女達は、再び飛び立つのだった――――

 

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