ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第七十七話 世界の種子

 

「お兄ちゃん!」

 

「直葉」

 

 駅前広場のベンチに座って待つ和人のもとへ走る直葉。手を振りながら喜色満面で駆け寄る義妹を、和人もまたベンチから立ち上がって手を振って迎えた。

 

「早かったね、お兄ちゃん。身体、大丈夫?」

 

「そんなに待ってはいない。それに、何度も言うが身体の方はもう大丈夫だ」

 

「そうかなぁ……でも、なんか動きがぎこちないし、稽古もできない状態だし……また襲われたりしたら、心配だよ」

 

「……俺はそんなに頻繁に襲撃されない」

 

 ここ数カ月の間、直葉が和人に会ってまず確認するのは、身体の調子だった。銃撃事件が発生し、SAO事件当時以上に死の危険に直面した和人のことを、直葉は誰よりも心配していた。和人が一週間の昏睡状態から目覚めた時には、SAO事件から帰還した時以上に大泣きしながら抱きついていたし、晴れの日も雨の日も病院を訪れ、稽古そっちのけで和人の看病とリハビリに付きっきりだった。退院後も同様……否、それ以上で、家の中にいる間は和人に四六時中べったりくっ付いて松葉杖を突いて歩く和人のフォローに回っていた。しかも、就寝時も一緒のベッドに入って介護態勢を万全にしていた程だ。流石に、一緒のベッドで寝るという行為に関しては早々にやめさせたが、和人の要介護者扱いは未だに続いていた。

 

「それより今日のオフ会だが、俺のことを根に持って明日奈さんに変に絡むなよ」

 

「分かってるよ。あたしだって、明日奈さんのことは恨んでなんかいないから大丈夫だよ。大体、考えてみればあの一件は、お兄ちゃんがあたしに黙って事件の捜査なんて無茶なことをしたのが原因じゃない。またあんなことにならないためにも、あたしがしっかり監視しておかないと」

 

「…………」

 

 痛いところばかりを突く妹だな、と和人は思った。文字通り死ぬほど心配をかけた直葉には、銃撃事件の話を持ち込まれると、全く頭が上がらない。明日奈を恨んでいないのはありがたいし、勝手な事をした自覚もあるが、自分の行動が制限されるのは出来れば勘弁してほしいと思う。

 

「ところで、明日奈さんとはSAOでの二年間に加えて、中学の頃も一緒だったんでしょ?」

 

「……それがどうしたんだ?」

 

「なら、あたしの強力な“ライバル”ってことになるね。今日は改めて、きちんと挨拶しておかないと」

 

「…………」

 

「それに、SAOでのお兄ちゃんの評判は凄いみたいだからね。他にもライバルがいないか、チェックする必要もあるかも」

 

「……………………」

 

 また、頭の痛くなるような言葉が義妹の口から発せられたと思う和人だった。大怪我の名残で緩慢だった和人の足取りが、さらに重くなっていくのだった。

 

 

 

 

 

「うわぁあ……凄いお家だねぇ…………」

 

 和人からオフ会の会場として案内された場所、正確にはそこに立つ建物を見た直葉が、呆然とした様子で声を発した。目の前に聳え立つのは、巨大な西洋風の屋敷。世間一般に言う、『金持ち』や『財閥』と呼ばれる人物が住む家であることは、一目瞭然だった。隣に立つ和人も無表情ながら内心は同じで、事前に話は聞いていたものの、実際に来てみると圧倒されてしまう。

 

「善吉曰く。めだかの実家の黒神財閥は『世界経済を担う大金持ち』だそうだ」

 

「凄い人がSAOをプレイしていたんだね。しかも、ゲーム攻略で活躍したギルドのリーダーなんでしょ?」

 

「……ああ、かなり活躍していたな」

 

 現実世界へ帰還し、同じ学校に通って分かったことだが、SAOのプレイヤーにはめだかを含め、極めて個性的な人物が多い。黒神財閥とは別の、名家の御曹司、某国の王女、有名作家・女優の息子、名探偵の孫、有名極道の倅、天才ハッカー、世界的名探偵、エトセトラ……

 しかも、そのほとんどが攻略組に所属していたという。確かに、強力なプレイヤー程強烈なプレイヤーが多かった。しかし、これ程までに個性の強い面子をまとめ上げ、命懸けのフロアボス攻略を七十五層までやってのけたアスナやメダカ、シバトラといったリーダー衆には脱帽ものだと感じた。

 

「それより、早く中に入るぞ」

 

「はーい」

 

 とりあえず、いつまでもこんな場所に立っているわけにはいかないと思った和人が敷地内へ足を踏み入れると共に、直葉にも中へ入るよう促す。和人が敷地へ入ると共に現れた屋敷の執事によって先導され、屋敷の中のパーティー会場へと連れて行かれる二人。

 

「それでは、お嬢様はこちらの会場におりますので、どうぞごゆっくり」

 

「ありがとうございます」

 

 屋敷の中にあるホールの前まで案内された後、執事は会釈するとそのまま立ち去って行った。残された和人と直葉は、かなり大き目の扉のノブに手を掛けて中へと入る。

 

「ようやく来たな!イタチにリーファよ!」

 

 ホールへ入った和人と直葉を迎えた第一声は、ホールの奥にあるステージの上に立つめだかからの歓迎の言葉だった。ホール内部には、和人と同じ制服姿学生や、ワイシャツ・スーツ姿社会人が大勢いた。皆、視線は来客である和人と直葉へ注がれている。

 

「……遅刻はしていない筈、だよな?」

 

「主役は最後に来るものですからね。あんた達には、ちょっと遅い時間を伝えたのよ。ささ、入った入った」

 

 集まっていた人間の中から出てきたリズベットこと里香が和人の手を引き、めだかの立つステージ上へと強引に引っ張っていく。されるがままにステージの上へ立ち、ジュースを持たされた。そして、マイクを持った里香が会場の来客に向かって口を開く。

 

『それではみなさん、御唱和ください。せーのぉ……』

 

「「「イタチ、SAOクリア、おめでとう」」」

 

 集まった来客全員による唱和、次いで歓声。そして、炸裂するクラッカーの音がホールの中に響き渡る。ステージの上に設置されたくす玉が割れて花吹雪が舞い、垂れ幕が下りる中で、カメラのフラッシュがいくつも明滅する。だが、和人は相変わらずの無表情のままだった。

 

 

 

「おう、イタチ。久しぶりだな」

 

「ああ、そうだなエギル」

 

 里香による唱和を皮切りにパーティーはスタートし、各々の自己紹介や挨拶が行われ、あとは飲むや食べるやのお祭り騒ぎが始まった。無論、和人をはじめとした未成年の学生にアルコール飲料に手を出すことは無く、しかし賑やかさは増していた。

 そんな中、和人が向かったのはSAO時代、和人ことイタチが御用達としていたアイテム店の店主にして、攻略組プレイヤーの一人であるエギルだった。

 

「しっかし、随分広い会場だよな。俺の店とは段違いだぜ」

 

エギルこと本名、アンドリュー・ギルバート・ミルズは、アフリカ系アメリカ人であり、生粋の江戸っ子である。台東区御徒町の裏通りに『Dicey Cafe』という喫茶店兼バーを構えており、和人もまた、ALOのグランド・クエスト攻略に必要だったSAO生還者の援軍を呼ぶための打ち合わせのために訪れたことがあった。

 

「ああ。最初はお前の店でオフ会をと予定していたが、予想外に人数が膨れ上がってな。めだかにこうしてホールまで借りなければならない程になってしまった」

 

「しかも、交友の輪はお前が中心じゃねえか。ALOの件で知る限りの連中全員に根回ししたが、まさかこんなに集まるとは、流石はイタチだな」

 

「オフ会を主催したのは、めだかやお前だろう。俺も賛成したのは確かだが……まさか、俺の名前だけで集まったわけではないだろう」

 

ビーターのイタチが参加するパーティーとなれば、色々な意味で話題になることは間違いないが、それが来客の増加に繋がる理由になるとは思えない。クラインやエギルをはじめ、SAO時代は攻略組の中では自分を気にかけてくれたプレイヤーが少なからずいたが、それを加味してもやはり人数が多過ぎる。それよりも、血盟騎士団副団長のアスナや聖竜連合総長のシバトラの名前に引かれて集まった人間の方が多いと考えるのが自然と和人は思った。

そんな風に考えている和人に対し、エギルはやれやれと呆れた表情を浮かべていた。そして、エギルに対して同調する人物は、このパーティーの中にも結構な数いる。

 

「オイオイ、今日の主役は間違いなくお前なんだから、もう少し愛想よくしたらどうなんだ?」

 

「コナン……いや、新一か」

 

和人とエギルの前に現れた少年、コナンこと工藤新一も、その一人である。ノンアルコールのシャンパンが入ったグラスを片手に、肩をすくめながら和人達の方へと歩み寄っていく。

 

「別に、蟠りがあるわけじゃない。これが俺のいつも通りの状態だ」

 

「全く……、アインクラッドじゃあお前、いつもそんな風だったよな。SAOはクリアされたんだから、もう必要悪のビーターを演じる必要も無いだろうに」

 

「分かっている。これでも一応、学校では社交的に振る舞っているつもりだ」

 

「どーだかなぁ……」

 

「…………」

 

怪しいものだ、とばかりに訝る新一の視線に、和人は閉口する。アインクラッドでのコミュニケーション不足を反省した和人は、現実世界への帰還後の振る舞いについて、改善に努めていた。具体的には、他者との関わり合いをできる限り拒否しないようにしている。

だが、対人能力の改善等、一朝一夕でできるものではなく、極めてスローペースな変化だった。忍としての前世を持つ和人ならば、己の心に仮面を被せて表面上だけ取り繕うことは不可能ではない。それをやらないのは、上辺だけの付き合いを好まない和人なりの思いがあってのことだった。

 

「おーい、エギルにイタチ!」

 

 疑いの眼差しを向けるコナンと、気まずそうにするイタチとの間に、しばしの沈黙が流れる。だがそれは、新たに現れた人物によって遮られた。和人達三人が振り向くと、そこには頭に悪趣味なバンダナを巻いて、ワイシャツの腕を捲った男性がジョッキ片手に手を振りながら近づいてきていた。そのすぐ傍には、同じくスーツ姿の、しかしこちらは幾分かぴしっとした着こなしをしている男性の姿があった。前者は攻略ギルド『風林火山』のリーダーだったクライン、後者はアインクラッドの治安維持に当っていた『アインクラッド解放軍』のリーダーだったシンカーである。どちらも和人とエギルにとって見知った顔だった。

 

「クラインか。それにシンカーさん、お久しぶりです」

 

「イタチさん、その節は大変お世話になりました」

 

「いえ、お気になさらずに。それより、ユリエールさんと入籍なされたと聞きました。おめでとうございます」

 

「いやまあ、まだまだ現実に慣れるのに精いっぱいって感じなんですけどね。ようやく仕事も軌道に乗ってきましたし……」

 

「いや、全く実にめでたい限りじゃないですか!そういえば、見てるっすよ、『新生MMOトゥデイ』」

 

 和人に続き、クラインからの軽い祝辞に若干照れた様子のシンカーだった。

 

「いや、お恥ずかしい。まだまだコンテンツも少なくて……それに、今のMMO事情じゃ、攻略データとかニュースとかは、無意味になりつつありますしね」

 

 苦笑しながら話すシンカーの言葉に、和人と新一もまた、若干ながら苦笑を浮かべる。そこでコナンは、思い出したようにエギルへ質問を投げ掛けた。

 

「そういえばエギル、例の『種』はどうなっている?」

 

コナンの問い掛けに、和人はピクリと反応を示した。一方、問い掛けられたエギルは、質問をしたコナンに次いで、和人の方へと顔を向ける。その顔には、にやりとした笑みを浮かべていた。そして、予め用意していたのであろう、手持ちのカバンからタブレット端末を取り出してその場にいた四人に見せつけた。

 

「すげえもんだぜ。今、ミラーサーバがおよそ五十……ダウンロード総数は十万、実際に稼働している大規模サーバが三百ってとこだな」

 

 

 

 須郷との仮想世界での最終決戦の際、和人はノアズ・アークと共に現れた茅場晶彦――正確には、その思考模倣プログラム――から、世界の種子こと『ザ・シード』と称されるプログラム・パッケージを渡されていた。和人はこのプログラムについて、ALO事件を共に解決した立役者である竜崎ことLを通して、天才ハッカー・ファルコンこと高木藤丸に解析を依頼した。結果、ザ・シードの正体は、フルダイブ・システムによる全感覚VR環境を動かすためのプログラム・パッケージであることが判明した。要約すると、回線の太いサーバを用意し、パッケージをダウンロードすれば、誰でもネット上に仮想世界を作ることが可能となるプログラムなのだ。和人はLを通して、引き続きプログラムに関してあらゆる可能性を徹底検証することを依頼した。結果、このプログラムを運用することでSAO事件のような重大な事態が発生する危険性が無いことが証明された。飽く迄解析した限りでの話ではあるが、ファルコンのお墨付きである以上は、ほぼ確実だろう。

 運用に関して危険性が無いと証明されたことで、和人はこのプログラム・パッケージをどうするかという選択肢に直面した。解析を依頼したファルコンや、その仲介役となったLは、ザ・シードの扱いについては一切を和人に委任する意思を表明している。茅場晶彦から受け取ったプログラムであるとはいえ、所有者は和人である。加えて、SAO事件とALO事件を解決した明晰な頭脳の持ち主であり、茅場晶彦自らが見込んで制作スタッフとした経緯がある。このことから、Lは和人を、茅場晶彦の思考を理解しながらも、世間一般の法律や倫理に基づき、己を殺した上で冷徹な思考と行動ができる人物と評価したらしい。ともあれ、仮想世界を創造するプログラムを託された和人に迷いは無く、既に決心はついていた。

 

――「このプログラムを、全世界に解放する」――

 

 それが、和人の――イタチの出した答えだった。無論、茅場晶彦の作ったプログラムである以上、世界を揺るがす災厄の種にもなり得る可能性を秘めていることは和人とて承知していた。だが、うちはイタチとして忍世界の闇を知り尽くした和人は、人の抱く欲望とその業の深さを誰よりも理解している。故に、一度は実現した仮想世界をそう簡単に諦めるとは思えなかった。SAO事件から一年と間をおかずにアミュスフィアという後継機が開発され、ALOのようなVRMMOが運営されていたように、人が抱く仮想世界への飽くなき欲望を封じ込めることなど不可能である。C事件然り、SAO事件然り、ALO事件然り……どれだけ過ちを繰り返し、禁断の技術と称して時の科学者や政治家が封印を施そうとも、仮想世界の可能性を追い求める者は必ず現れ、その戒めを破る日が到来する。詰まる所、ザ・シードを破棄・消去したところで向こう数年、仮想世界関連の犯罪が起こらない世の中になるだけというのが和人の見立てだった。

どれだけの過ちを繰り返したとしても誰もが欲し求める限り避け得ない文明の進化ならば、今更蓋をしたところで意味は無い。ならばいっそのこと、新たな時代への扉を自ら開け放つ。そして、自分がその行く末を見守ることができる間に、起こり得る全ての問題に立ち合い、己の手が届く限りの範疇でそれらを解決して仮想世界の未来を正しい方向へと導く。和人は、それこそが仮想世界の創造に携わった自分が新たに歩むべき道であると結論づけると同時に果たすべき責務として自らに課したのだった。

無論、ザ・シードを世に放つという決意に、和人個人の感情が含まれていないわけでは無い。和人が茅場に協力した当初の理由は、茅場が歓声を目指していた『仮想世界』という空間が、前世のうちはイタチとして使っていた『万華鏡写輪眼』が展開する幻想世界『月読』に似ていると感じ、興味を持ったことに端を発しているが、今ではそれだけではない。前世の記憶とは無関係に、仮想世界やその行く末に純粋に強い関心、或いは執着にも似た感情を抱いている。それは、現世を生きる己の存在があやふやに思えた故の逃避先欲しさからではない。ただ淡々と前世を引き摺るままに生きるだけの現世では手に入れることのできなかった、そして和人が求めていた多くの大切な物を齎してくれた場所。それが仮想世界だったからだ。今この場所にいる仲間も、前世の弟の面影を重ねて距離感が曖昧だった直葉との絆を確かめるきっかけも、仮想世界無くして得ることはできなかった。だからこそ、和人は自分にとって重要な意味を持ったこの世界を守ろうと思ったのだった。

 

「イタチ、どうしたんだよ、オイ?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「どうせまた、こいつをばら撒いて良かったのかなんて思い返してんじゃねえのか?」

 

 達観したような口ぶりで和人の心中を言い当てるエギル。どうやらまた、無意識の内に無表情のままで考え込んでしまったようだ。それを聞いていたクラインは、呆れたような顔で和人に迫る。

 

「まだンなこと考えてんのかよ。今のところ、トラブルの類は起きてねえみたいなんだから、良いじゃねえか」

 

「表面上はそうだが……やはり、茅場晶彦の作ったプログラム、だからだろうな」

 

「散々解析は済ませてんだから、それでも何か起きたとしても、どうしようもねえよ。それに、『ザ・シード』のお陰でALOだって復活したんだ。そこは素直に喜べよ」

 

 若干酒が回ったテンションでクラインから出される指摘に、和人は僅かに苦笑した。ザ・シードが世に出回ったお陰で、死に絶える筈だったVRゲームは次々息を吹き返し、須郷の人体実験の舞台となったアルヴヘイム・オンラインすらも復活を遂げたのだった。ALOのプレイヤーでもあったベンチャー企業の関係者が共同出資で新たな会社を立ち上げ、レクト・プログレスから無料に近い額で全データを買い取り、プレイヤーデータも完全に引き継がれたのだった。プレイヤーに関しても、事件後ゲームを辞める人間は一割にも満たなかった。また、元SAOプレイヤーに関して、サスケやコイルのようにSAO時代のアバターの容姿やステータスといったキャラデータを任意に引き継ぐことが可能となっていることから、プレイヤー人口はむしろ増えたと言っても良いだろう。

 そして、誕生した世界もまた、アルヴヘイムのみに止まらなかった。企業や個人に至るまで、数百に上る運営者が名乗りを上げ、次々とVRゲーム・サーバが稼働した。そして、自然な流れとしてそれらは相互に接続されるようになり、ひとつのVRゲームで作ったキャラクターを、他のゲーム世界へコンバートできる仕組みも整いつつある。

 

「和人、お前の不安を拭えない理由は分かる。けど、いつまでも責任を引き摺るのもどうかと思うぜ」

 

「全く気にしていないと言えば嘘だが……今、俺が考えていたのは別のことだ」

 

「……もしかして、コレをお前に渡した……“奴”のことか?」

 

クラインとエギルが、シンカーとの語らいに興じており、聞こえていないことを確認しながら、新一が発した問い。それに対し、和人は黙って頷いた。その顔を見て、先程までの呆れた表情から一変して、神妙な表情を浮かべる新一。新一が“奴”と呼んだのは、茅場晶彦のことではない。仮想空間で須郷ことオベイロンと直接対決をした際に、和人ことサスケを助けた、茅場晶彦の友人を名乗った少年――ノアズ・アークである。

 

「正確には、コレを渡したのはそいつの友人で、俺の元共犯者なんだがな。確か、お前の知人でもあったな。彼……いや、彼の前身は」

 

「ああ。それにしても、お前からアイツの話を聞いた時には、本気で驚いたぞ」

 

「だろうな」

 

和人とコナンが現実世界で顔を合わせたのは、ALO事件後に負った重傷から目覚めてから始めた、リハビリの中だった。新一と再会した和人は、SAO事件とALO事件の詳細についての情報交換を行う中で、ノアズ・アークのことについても話していた。

聞いた当初、流石の新一も何の冗談かと耳を疑った。しかし、九年前のC事件の当事者しか知らなかった、クリアしたゲームのタイトルや、新一がゲームをクリアした等の、一般には報道されていない情報が和人の口から出たことで、信じるに至ったのだった。

 

「九年前の、あの事件を最後に、消滅したとばかり思っていたんだが……」

 

「あんな形で、電脳世界を旅していたとは、流石のお前も予想外だったようだな」

 

和人の言葉に対し、新一は不機嫌そうな表情になる。名が付く程の探偵張りの推理力を持つ新一にとっては、この展開を予測できなかったことはある意味、恥でもある。加えて、友人だと思っていた、ノアズ・アークことヒロキの行方を知ることができなかったことに対する後悔もあるのだろう。

 

「それにしても、まさか、お前があのC生還者だとは思わなかったがな。SAOを始めた経緯についても、蘭から聞いた。お前にも、色々と複雑な事情があったようだな」

 

「……まあ、お前程じゃないがな」

 

「言ってくれるな。それでお前は、今後ノアズ・アークに会うつもりはあるのか?」

 

「……いや。俺はこっちから積極的に関わるつもりは無い。けど、人工知能が悪用されるような事件が起きれば、また会う機会もあるだろう」

 

「……そうだな」

 

片や、ザ・シードをはじめ、仮想世界を舞台に起こる事件の全てに立ち向かうことを誓った、忍の前世を持つ少年。

片や、目の前で起こる事件と、その中に潜む悪意に立ち向かい、たった一つの真実を見抜くことを使命とした少年探偵。

そんな二人なのだから、ノアズ・アークが関わる事件が起これば、顔を合わせることは必定。彼等の行く道は、必ずどこかで交わる運命へと続いている。SAOという窮地を共に潜り抜けた二人は、そう直感していた。

 

「それに、俺はC事件の時から、ノアズ・アーク……ヒロキ君のことを友達だと思っている。困っているなら、協力してやりたいともな」

 

「その時は、俺も呼べ。ALO事件で助けられた借りがあるし、仮想世界で起こる事件なら俺は必ず駆けつけるつもりだ。それに、お前と同じように、俺もあいつのことを仲間だと思っている」

 

和人の口から出た「仲間」という言葉に、コナンは意外そうな表情を浮かべる。だが、一見無表情なイタチの内心を察すると、その顔は嬉しそうな表情へと変わった。同時に、イタチもまた僅かながら笑みを浮かべる。

 

「オイオイ、イタチにコナンよぉ!そんなトコで二人だけで話しこんでないで、こっち来いよ!」

 

「何の悪だくみの相談をしているか知らねえが、そんなところをアスナちゃんにでも見られてみろ。妙な誤解を受けるぞ」

 

和人と新一の、ALO事件後についての情報交換は、例によってクラインとエギルに遮られることとなった。後者のエギルの言葉に対し、和人と新一は額を押さえてしまう。

 

「バーロ。妙なことを言っているんじゃねえよ」

 

「全くだ……そういえば、二次会の予定に変更は無いのか?」

 

ふと、思い出したように和人が放った質問。それに対し、エギルは得意気な顔で口を開いた。

 

「ああ。今夜十一時、イグドラシル・シティ集合だ。ついでに、例の『城』も動かす準備は整っているそうだ。サーバ丸々一つ使ったらしいが、ユーザーの数もうなぎ昇りだ。金には困らない」

 

「成程な……」

 

 『二次会』と聞いて、和人の聞きたい案件を察知したエギルから為された説明を受けた和人は、感慨深げな表情で、ホール天蓋に取り付けられた窓を見上げた。窓の向こうに見える空は、既に夜の帳が下りて闇色に染まっている。和人はその狭い枠の中に煌めく星空の中に、ある巨大な物体を幻視していた。天空に浮かぶ、巨大な鉄の『城』を――――

 

「やっほー!会いたかったよ、イタチ!」

 

 パーティーの喧騒の中、一人夜空を眺めて物想いに耽っていた和人に、正面から突如抱きつこうとする少女が現れる。和人は咄嗟に身を翻して抱擁を回避したことで、少女は不満そうな顔を和人へ向けた。その顔は案の定、SAO見知った人物のそれだった。

 

「ララ……俺に抱きつこうとするんじゃない」

 

「も~、イタチったら。折角のパーティーなのに、なんでそんな風に意地悪するの?」

 

 頬を膨らませながら怒っていることをアピールする少女の名前は、ララ・サタリン・デビルーク。かつてのプレイヤーネームも同じく『ララ』となっていたこの少女は、SAOにて和人ことイタチを助けた生産職プレイヤーの一人である。天真爛漫で前向きな性格なのだが、他を顧みない面が多々あり、和人に対して会う度にこうして大胆過ぎる行為に走るため、当人にとってこれが頭痛の種になることが常だった。

 

「お前も王女なんだ。もっと身の振り方には気を付けるべきなんじゃないか?」

 

「イタチまでパパやザスティンと同じこと言って……別にいいじゃない、パーティーなんだもん」

 

「羽目を外すにも程があるだろう……」

 

 身分を弁えないララの行動を窘める和人だったが、本人はまるで聞く耳を持たない。そんな彼女の態度に、和人は頭を抱えて溜息を吐きたくなる想いだった。

 彼女、ララ・サタリン・デビルークは、欧州デビルーク王国の第一王女である。SAO事件が発生した年に来日していた彼女は、世界初のVRMMOのソードアート・オンラインに興味を持ち、財力に物を言わせてソフトを入手し、事件に巻き込まれたのだった。一王国の王女がデスゲームに囚われたことで、和人達がSAO事件に巻き込まれていた時期に外交問題に発展したこともあったという。デビルーク王国は、軍事産業で欧州・米国をはじめ世界中の国々に多大な影響力を持つ国家であったことから一時期は日本国内に緊張が走ったらしい。特に国王でありララの父親のギド・ルシオン・デビルークに至っては、「ララが生きて還って来なかったら、日本を消滅させる」と宣言したという。

 しかも、ララはSAOクリア後の未帰還者の一人に名前を連ねていたのだ。後から分かったことだが、須郷は研究が終わった後に未帰還者三百名を解放し、その手柄を利用してレクトの乗っ取ると同時に多方面に多大な貸しを作るつもりだったらしい。和人やLの活躍に依り、その陰謀は全て潰えたが、デビルーク王国国王・ギドの怒りは納まらず、レクトという会社が社員とその家族もろとも社会的・物理的に抹消される危機に瀕した。和人はそれを防ぐべく銃撃事件の負傷によって車椅子が無ければ身動きできない状態で無理を押して説得を試み、ララがその援護を行ったお陰でギドは怒りを納めるに至ったのだった。

 

「まあ……お前にはギド王を説得するのに力を借りたからな。そのことには感謝している」

 

「どういたしまして!まあ、パパも結構やり過ぎな感はあったからね~。それより、私に感謝してくれるなら、もっと……」

 

「ちょっとララ!和人君に何してるの!?」

 

「ララさん、抜け駆けはいけませんよ!」

 

 ララの積極的過ぎるアプローチを察知した明日奈や珪子が、怒りを露にやってくる。パーティー会場のど真ん中、和人を中心に女性同士の言い合いが始まり、周囲の視線が集まっていく。

 

「お、イタチがまた女絡みのトラブルに巻き込まれてるぞ」

 

「相変わらず懲りねえなぁ……」

 

「SAOの時にもこんなことあったもんな」

 

 そして集まってくるのは、決まって和人と関わりの深かった元SAO攻略組プレイヤーであり、明日奈を巻き込んだ女性関係のいざこざについて詳しく知っている人物達である。SAO時代の和人の昔話を肴に女性陣の喧嘩観戦を始めるパーティーの来客達に、和人はますます頭が痛くなった。

 

「イタチ、ファイトだぜ」

 

「これも試練だと思って、感受することだな、若者よ」

 

年長者二人、クラインとエギルからの身も蓋も無い言葉に、しかし和人は反論できず、頭を抱えるばかり。そんなイタチの内心を知らず、隣では、ララと明日奈、珪子といった、イタチと関わりのある女性達が集まって騒ぎを拡大させていた。周囲のギャラリーはそれを囃し立て、言い争いをヒートアップさせるばかり。

 

(だが、悪くはない……)

 

パーティー会場で大騒ぎする面々へと視線を配る中で、イタチは密かにそう思っていた。この場所に集まった面々との間にできた、確かな『繋がり』。それは、前世の自分が手に入れることの叶わなかったものであり……それでいて、自分が確かに『変化』を遂げたことの証なのだから。

 




フェアリィ・ダンスは残り一話で完結致します。
年末の投稿では、ファントム・バレットのプロローグとなります。
ちなみに、死銃事件におけるコナンの出番はありません。代わりに、GGO世界に行けば間違いなく最強の人物が登場します。
その人物、そしてコナン不在の理由については、プロローグにて明らかにされます。

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