ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版- 作:鈴神
はじまりの街の中央広場。現在そこは、およそ一万人のプレイヤーが犇き、各々が目の前の現実を信じられずに上げる絶望・怒りに包まれていた。それも無理はない。つい先ほど、このゲーム、ソードアート・オンラインに参加していたプレイヤー達は、死の牢獄にある虜囚と化してしまったのだから。
この場所にGM権限を使った強制転移によって集められたプレイヤー達に対して行われた、赤いローブ姿で現れたGM、茅場晶彦によるチュートリアルという名のデスゲーム開始宣言。
内容を大まかに説明すると、ログアウト不可能はこのゲーム本来の仕様。これ以降、ゲーム内であらゆる蘇生手段は機能せず、この世界でHPがゼロになった瞬間、現実世界においてもデスマシーンと化したナーヴギアが脳を蒸し焼きにして装着者を死に至らしめるとのこと。現実世界でナーヴギアを無理矢理外そうとしても、同様の現象が起こり、装着者は死に至る。既に現実世界では、警告を無視して除装を試みて二百十三人のプレイヤーが死んでいるとのことだった。そして、このゲームから脱出する方法はただ一つ。ソードアート・オンラインが舞台、アインクラッドの第百層に待ち受けている最終ボスを倒す以外に方法はない、とのことだった。説明を聞いて最初は何を言っているんだ、と多くのプレイヤーが思ったが、ナーヴギアの構造等を考えれば、人間を殺傷することが可能であることに気付かされる。
(………もっと早く、気付くべきだった。)
中央広場を埋め尽くす絶叫の中、イタチは自身が犯した痛恨のミス、そして己の愚かさを思い知らされる。既視感を覚えた茅場晶彦の言葉、表情…その全てを、イタチは前世の頃から知っていたのだ。
『世界を征服する。』
『全てが俺と一つになる…全ての統一。それが、俺の『月の眼計画』だ。』
イタチは胸中に去来する無力感の中で、かつて自身が前世で身を置いていたS級犯罪組織『暁』、その中枢を担っていた二人の人物を思い出していた。今の言葉は、その二人が口にした言葉だった。
一人目は、うちはの万華鏡写輪眼を超える瞳術、「輪廻眼」を持ち、その力で雨隠れの里に君臨し、神とまで崇められた忍――「長門」。暁のリーダーとして「世界征服」という途轍もない目的を掲げた。木の葉隠れの里を襲撃した末に、弟弟子にあたる少年と対面し、かつての志を託して死んだとされる。自分と同時期に穢土転生という名の最悪の忍術によって蘇生され、紆余曲折を経てイタチによって魂を封印された男である。
二人目は、自身と同じうちは一族の出身でありながら、一族への恨みからイタチが行った一族虐殺に加担した伝説級の忍――「うちはマダラ」。暁に所属していた間に聞かされた話だが、その野望とは、「無限月読」なる忍術によって、地上全ての人間を自分の幻術の中に置いて世界を統一するというものだった。術を発動するために必要な「人柱力」を巡る戦争に利用されるためにイタチは蘇生されたが、結末を見届ける前に昇天してしまったので、その計画の行く末を知る由はない。
以上二人の忍には、「世界を我が物にする」という共通の目的が存在していた。そしてそれは、先程デスゲーム開始を宣言した茅場明彦にも当て嵌まる。イタチが以前、茅場に感じた既視感、あるいは危うさの正体は、長門とマダラに感じたものだった。それぞれ、考えや目的、行動には差異があるが、「世界」に対する執着には似たものがある。そして茅場は、自身が開発したゲームに一万人ものプレイヤーを閉じ込めることにより、「自分だけの世界」を確立したのだ。
(今になって、ようやく理解できるとは…)
それは、全くもって遅すぎた。茅場の内心を知るきっかけはいくらでもあった筈。だが、自分はその機会を無駄にした挙句、こうして多数の犠牲者を出してしまっている。これも全て、仮想世界に前世の自分の居場所を見出し、依存するあまり、茅場晶彦の本心を見誤った結果である。ある意味、無意識のうちに自分が望んでいた展開であったが、周囲で大混乱に陥っているプレイヤー達に囲まれてみれば、それを喜ぶ事などイタチには出来ようはずも無い。自分の所為で、多くの人々が巻き込まれたという事実に、イタチは己の愚かさを心底呪った。
そして先の赤いローブの怪人からなされた、処刑宣言に等しいチュートリアルを聞いた和人は、突きつけられた凄惨な現実を未だに受け入れることができずにいた。
(だが、これは現実だ…)
悔やんでも悔やみきれない己の失敗を、どれだけ心の中で否定しようとしても、目の前の現実も過去も、何も覆らない。
茅場晶彦が一万人のプレイヤーをゲームの虜囚としたこと…自分が意図しないとはいえこの計画に協力してしまったこと…ゲーム開始を宣言する前に、既に「死者」が出ていること…
この先、まだ「犠牲者」は増え続けること―――
「―――!!」
そう、それは既に確定したも同然の事項だ。アインクラッド百層までの攻略の中で、死人が出ることは確実。茅場がチュートリアルで話していた二百十三名には止まらない。もっと多くの人間が、この世界で死に、現実でも死ぬ。だが、今となっては自分に茅場の計画を止める術などない。自分もまた、このソードアート・オンラインの世界の虜囚と化してしまっているのだから。ならば、今自分がすべきことは何なのか?
そこまで考えたところで、イタチは自身のすぐそこに立っていた、今日知り合ったばかりの仲間の腕を掴んだ。
「…クライン、ちょっとこっちに来い。」
「え?イ、イタチ?」
先程までゲームのために生成したアバターを使っていたプレイヤーの顔は、現実のものへと変えられていた。茅場がプレイヤー全員に「手鏡」と呼ばれるアイテムを贈ると同時に、起こった異変である。この世界における自分のアバターと数値化されたヒットポイント、この両方が自分の命そのものであることを認識させた上で、この世界が現実であることの意味を理解させることが茅場の目的であると、イタチは推測した。
現在、若武者のアバターだったクラインは、ぎょろりとした金壺眼、長い鷲鼻、むさ苦しい無精髭と、野武士のような顔に様変わりしていた。イタチの方はというと、前世の容姿は華奢で見ようによっては女性とも取れる顔つきだったので、今の桐ヶ谷和人の姿と比べてもさほど差異はない。そのため、クラインでもすぐに目の前の人物がイタチであることが分かった。
ともあれ、イタチは未だ混乱の淵にあるクラインを強引に中央広場から連れ出し、人気のない細道へと来る。呆然と立ち尽くす野武士面の男に、イタチは真剣な表情で話しかける。
「いいか、クライン。俺はこれからこの街を出て、次の村へと向かう。」
知りあって間もない間柄だが、ここまで緊迫した空気を纏って話すイタチをクラインは初めて見た。
「茅場晶彦の言葉は、全て事実だ。ならば俺達は、このゲームを攻略するほかに道はない。お前も知っているだろうが、MMORPGはプレイヤー間のリソースの奪い合いだ。金とアイテムと経験値、それらを多く手に入れた奴だけが強くなる。そして、この手のゲームでトップに立ち、攻略最前線に立つのはベータテスターと相場が決まっている。」
矢継ぎ早の説明だったが、クラインはどうにかイタチの言葉を理解している様子だった。イタチも呼吸を整えながら、話を続ける。
「ソードアート・オンラインにおいてもそれは例外ではない。ベータテスター達は真っ先に動きだし、保身のためにリソースの独占に走る筈だ。だが、ソードアート・オンラインがデスゲームと化した今、ベータテスト時の攻略ペースは維持できない。死のリスクを減らして攻略するのに必要なものは、確かな『情報』だ。俺はこれからベータテスターの情報屋に接触した後、街を出てフィールドの情報を収集する。第一層に限って言えば、道や危険なポイントの確認で済むから、時間はかからない。お前はどうする?」
自分達が置かれた状況を冷静に分析した結果をクラインに話した末、イタチは街を出ることを選択した。クラインは今後の動向について聞かれ、僅かに硬直した後、口を開いた。
「俺は…徹夜で並んでソフト買ったダチがいるんだ。きっと、さっきの広場にいるはずだ。置いて行けねえ…」
「そうか…分かった。」
イタチはクラインの言葉に動揺も悲嘆も見せなかった。それ自体、予期していたことだったのだから。
「今の時刻は…午後六時か。十二時間後に連絡をする。それまでは、圏外フィールドには出るな。夜間のモンスターのアルゴリズムが未知数である以上、明け方までは村から村への移動は禁物だ。行動を起こすなら、朝を待て。」
「お、おう。分かった。」
「それから、さっき言った情報屋だが、お前も会っておけ。俺が得た情報は、アイツを経由して流すよう取り計らう。最後に…二つほど、頼みがある。」
これまでとは打って変わって、悲愴さを混ぜた真剣な顔で、クラインに頼みこむ。
「中央広場はデスゲームの宣告を信じられずに狂乱しているプレイヤーで犇めいている。眼の届く限りで良い。自暴自棄になって自殺しようとするプレイヤーを止めてほしい。そしてもう一つ、情報屋から仕入れた情報を可能な限り多くのビギナーに流してくれ。それで多少なりとも犠牲者を減らせるはずだ。」
「…ああ、引き受けた。でもよお…そうすると、お前は一人でフィールドに出て戦うんだろう?本当に大丈夫なのかよ?」
「俺はただのベータテスターじゃない。おそらく、この世界のプレイヤーの中で誰よりも生き残れる可能性が高い。危険な役回りは俺が引き受けるのが筋だ。お前は、俺が集めた情報を一人でも多くのプレイヤーに広めてくれ。」
「イタチ…!そういえばお前、茅場の声を知っていたな?知り合い、だったのか?」
「…ああ、その通りだ。俺はこのゲームに来る前に、茅場明彦に会ったことがある。さっき広場に現れたローブが茅場だと分かったのは、そのせいだ。」
クラインの言葉に、イタチは表情こそ変わらなかったが、言葉が少々重くなった。あの広場で赤いローブの怪人が現れて声を発した時、思わず茅場の名を呟いてしまったのだ。気付かれてしまった以上、下手に誤魔化せば怪しまれる。だが、茅場明彦と面識があることを明かせば、ここを出る前に確保できた筈の協力者が敵対者に変わる可能性も大きい。自身の真実を語るのは、イタチにとって大きな賭けだった。
「俺は茅場のもとで、ソードアート・オンラインの制作に協力した一般人スタッフの一人だ。ベータテストもその経緯で参加した。もっとも、奴がこんな暴挙に出るなんて思ってもみなかったがな…」
「イタチ…お前…」
「俺を信用するかはお前次第だ。今の話からして、俺が茅場明彦の手先だと思われても仕方ないからな…さっきまでの話を忘れてもらっても構わない。俺から言うことはそれだけだ。」
それだけ言うと、イタチはクラインに背を向けて歩き出す。足取りは重かったが、それでも進むしかないと思った。前世のうちはイタチは、何もかもを自分一人で背負い、一人で事を為さなければならないと考えていた。のちにそれが間違いだと気付いた時には、全て失敗していた。だからこそ、自分を赦せる強さが必要なこと、一人でできないからこそ、仲間がいる、そのことを悟っていた。だが、転生した今もまた、自分は一人で走りだそうとしている。この結末が、生前の失敗の焼き直しになると分かっていても、そうするしかイタチに選択肢はなかった。
誰一人救えない己の無力感、生前の失敗を何一つ活かせない忸怩たる思いがイタチの胸中を占めていた。だが、そんな背中に声かける男がいた。
「イタチ!!お前、随分とカワイイ顔してんじゃねえかっ!結構俺好みだぜ!!」
からかい混じりにそんな言葉を投げかけてきたクラインに、イタチは思わずポカンとした顔で振り返ってしまう。先程自分は、デスゲームを宣告した茅場明彦と面識がある、プレイヤーとして潜入しているスパイかもしれないと説明した筈だ。なのに、目の前の野武士は、自分のことを全く疑っていない。街中で出会った行きずりの仲でしかない筈の自分を、信じてくれているのだ。
「…お前のその野武士面の方が、十倍似合ってるぞ!」
だから、自分も皮肉交じりにそう返してやった。クラインは自分に手を振り、見送ってくれている。それを尻目に、イタチは本当に信じていなかったのは、自分の方だったと、心中で己の猜疑心を恥じた。同時に、自分を信じて協力してくれる存在がいることに、これ以上ない心強さを感じていた。
(ナルト…俺はお前のようになれないかもしれない…だが、俺なりに仲間を信じて戦うぞ!)
最初の死から禁術で蘇生されてから会った弟の親友を頭に思い浮かべ、心の中でそう宣言した。仲間を信じるからこそ、できることがある。これから自分はフィールドに出て戦うが、一人ではない。譬えそばにいなくとも、自分を支えてくれる仲間は確かにいるのだ。ならば、絶対に負ける気はしない。
(さて、まずはアルゴに会いに行くか。)
誓いを新たに、イタチは中央広場から離れた裏路地に入ると、メニューウインドウを開いてインスタントメッセージを飛ばす。インスタントメッセージとは、同じ階層にいるならばフレンド登録していなくてもプレイヤー間で送りあえるメッセージである。合流の意思を伝えた返事はすぐに返ってきた。未だ混乱の渦にある中央広場から離れた場所に急ぎ駆けつける。目当ての人物は、簡単に見つかった。
「アルゴ、ベータテスト以来だな。」
イタチの目の前にいたのは、ローブを纏った一人の小柄な女性。髪は金褐色の巻き毛で、顔の両頬にはゲーム開始早々に手に入れたらしいメーキャップタイテムで動物のひげを模した三本線が引かれている。ベータテスト同様のトレードマークであるヒゲを付けたこの女性こそ、ソードアート・オンラインのベータテスト時代に攻略済み階層の情報収集に熱心に取り組んでいたことで知られるプレイヤー、「鼠のアルゴ」である。
「イキナリこんな状況に陥ってみんなパニックになってるってのに、イー坊は相変わらず落ち着いてるナ。」
「俺の要請に即座に応じたお前も大概だがな。それで早速だが、頼みがある。」
「オイラも実は心の整理とか全然できてないんだけどナ~…で、何なのサ?」
「今生き残っている全プレイヤーへの情報の流通を頼みたい。俺はこれから次の村へ行く。フィールドの地形やモンスターの情報がベータテストと同じかどうかを確認し次第、お前に送る。」
イタチの言葉を聞いた情報屋ことアルゴは、目を丸くする。頭をがしがしかいて、確認するように問いかける。
「全く…たった今、この世界で死ねば現実でも死ぬって聞いたばかりじゃないカ?それでも危険を冒して攻略に行くのカ?」
「…ああ。俺がやると決めたことだ。お前にも力を貸してもらいたい。」
ベータテスト時代には見なかった、イタチの真剣な表情に、アルゴはその言葉が本気であることを悟る。やがてため息交じりにアルゴは応じた。
「…分かったヨ。どうせ、オイラにできることなんて、他に見つからないだろうからナ。それに、イー坊みたいな強い味方が協力してくれるなら、万々歳ダ。」
「ありがとう…だが、「イー坊」はやめろ。」
「そうかイ……それじゃあ、また次に会う時までに、別の呼び名を考えておくヨ。」
「……一応期待しておくとしよう。」
そんな軽口を言い合う二人には、自然と笑みが浮かんでいた。「また次」があるかも分からないというのに、二人の心中には不安というものがなかった。その後、連絡の打ち合わせや情報流通の方法などについて二、三話し合ってフレンド登録をした後、イタチはアルゴと別れてはじまりの街を飛び出した。向かう先は、次の村であるホルンカ。
(まずは、アニールブレードの調達から始めなければ。あとは、レベリングやその他アイテムの調達………)
アインクラッド攻略のため、虜囚となったプレイヤー解放のために、最前線に立つ身として必要なことを頭の中でまとめていくイタチ。最前線で戦う以上、自分が扱う装備は全て一線級でなければならないが、リソースを独占しすぎれば、後続のプレイヤーに犠牲者が出かねない。情報収集のためのリスクならば、いくらでも自分が負って構わない。あとは、今日出会ったばかりのフレンドのクラインや、ベータ時代の情報屋、アルゴが上手く情報を流通させてくれることを祈るばかりだった。
運命の悪戯によって、新たなる世界への転生を余儀なくされた少年と、完全なる仮想世界創造を、一万人のプレイヤーを閉じ込めることで為し得た一人の天才科学者。彼等を繋ぐ接点となったのは仮想世界。そして、彼等が命運を賭けて戦う舞台となったのも仮想世界。
忍の世界、来世の現代、そして仮想世界へと渡り歩いた少年と共に、世界は音を立てて動きだした―――
初期版と同じ話まで投稿を終えました。大幅な加筆修正を行うと記してしましたが、大体は設定の変更やイタチのキャラ描写の加筆のみでした。大幅という程のものではありませんでしたが、変更点についてはまとめると、「忍術・写輪眼の使用不可」、「イタチの感情描写加筆」くらいです。
かなり時間がかかってしまいましたが、本編の設定はこれ以上の修正をすることなく、通していくつもりです。うちはイタチというキャラにも、今後崩壊の可能性が多分にあるので、ご注意ください。それでは、次回は「星なき夜のアリア」に突入します。