ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第八十話 異次元の狙撃手

2025年12月7日

 

 世紀末の黄昏とでも表現すべき光景が広がる世界。西へ沈み始める太陽に照らされ、空を流れる雲が、大地に果てしなく広がる荒野が、そこに転がる無数の瓦礫や廃屋が、全てがオレンジ色に染まっていく。全てが終焉を迎えたかのような殺伐としたこの世界は、現実のものではない。ここは、銃と鉄が織りなすVRMMO『ガンゲイル・オンライン』――通称『GGO』の世界である。

 現在時刻は午後五時過ぎ。現実世界の時刻と同期しているGGO内もまた、夕暮れの時間帯にある。そしてこの季節、この時間帯は、学生・社会人を問わず最もプレイヤーがログインする時間帯だった。プレイヤー達の行動方針は様々。首都SBCグロッケンでショッピングや飲み会に興じる者もいれば、フィールドへ出て狩りを行う者もいる。そして、プレイヤーがフィールドで狩るべき獲物は、モンスターばかりではない。PVPが推奨されるGGOにおいては、プレイヤーもまた狩りの標的となり得るのだ。

そして今、荒野の一角においてターゲットとなるプレイヤーを待ち伏せしているチームがいた。

 

 

 

 

 

「ふぁ~あ~あ…………おい、ダインよぉ。本当に来るのか?もう三十分は経ってるぜ。ガセネタなんかじゃねえのか?」

 

 小口径の短機関銃を腰に提げた男が欠伸をしながら、スコードロンのリーダーである男、ダインへと問いを投げる。対するダインは、銃弾をカートリッジに詰めながらも口を開く。

前衛職を務める彼を含めたプレイヤーは皆、対プレイヤー用の武器である実弾銃を手に持ち、対光学武装用の防護フィールドを纏っている。モンスター狩りを専門とするスコードロンを狩るための武装である。

 

「確かにやけに遅いが……奴等のルートは俺自身がチェックしたんだ。間違いない」

 

 カウボーイハットの下に隠した表情に苛立ちを浮かべながらも、標的を待ち続ける方針は曲げないことを明らかにするダイン。大ぶりのアサルトライフルを構え、今ここにはいない標的を幻視しているあたり、彼も痺れを切らしていることは明らかである。

 

「どうせモンスターの湧きが良いから、いつもより頑張ってんだろう。その分、分け前が増えるんだから、もう少し我慢しろ」

 

「でもよぉ、今日のターゲットは、先週襲った奴等と同じなんだろう?これだけ遅いんなら、きっと別のルートに迂回したってことも……」

 

「それは無いな。モンスター狩り専門スコードロンってのは、何度襲われてもそれ以上に狩りで稼げば良いって思ってんだ。一週間も時間を置けば、警戒なんて薄れるんだから、俺達対人スコードロンには絶好のカモだ。プライドの無い連中だぜ」

 

 違いない、とダインに同調し、これから来るターゲットを嘲笑する一同。そんな中、一人別の苛立ちを覚えるプレイヤーがいた。ペールブルーの髪に、人形めいた華奢な身体つき……このスコードロンで唯一の女性プレイヤーだった。

 

(何がプライドよ……自分より格下で相性の良い相手しか狙わない癖に……)

 

 彼女の名前はシノン。このスコードロンの狙撃担当である。対人戦闘を専門とするスコードロンと聞き、リーダーのダインから勧誘を受けて現在に至るが、標的にするのは光学銃主体で防護フィールドによる対策が容易な装備で固めたモンスター狩り専門のスコードロンばかり。シノンがこの世界で戦うのは、強敵と戦い、危機的状況を打破することで、己のレベルと共に己の精神を鍛える、それこそが目的だった。確実に勝てる相手ばかりを標的にする、発展性の無い戦いに明け暮れるためではない。このスコードロンに所属する彼等は、モンスター狩りを専門とするスコードロンをアルゴリズムで動くモンスターと同じと評するが、それを狩る自分達が言えた立場ではないだろうと、シノンは考える。自分達がアルゴリズムで動くNPCと変わらぬ存在になっていることも自覚せず、誇りだのなんだのとのたまうメンバーに苛立ちばかりが募るが、ここで激発しても何の意味も無い。この戦闘が終わり次第、スコードロンを抜ければ済む話である。故にシノンは、すぐ傍で軽口を叩くメンバーの話を無視し、時折こちらにナンパ染みたアプローチをかける仲間の誘いを流して時を待った。

 そうして、当初予定していた襲撃時間からおよそ四十分が経過した頃、遂に事態が動いた。SBCグロッケンへ続く道を監視をしていた仲間の一人が、スコープの奥に何かを捉えたのだ。

 

「来たぞ。プレイヤーだ。だが……」

 

「どうしたんだ?」

 

「例のスコードロンの連中じゃない。こっちに来るのは、一人だけだ」

 

「はぁ?」

 

 予想外の言葉に、呆けた表情を浮かべるダイン。監視役からスコープを借りて、接近中のプレイヤーを見てみる。次いで、シノンもライフルのスコープから敵の姿を覗く。

 

「……確かに、一人だな」

 

 半信半疑だったが、ダインの言う通り、道を歩くプレイヤーは一人だけだった。黒いマントを纏い、表情は窺えないが、体格は中性的。女性とも男性ともとれる比較的細身な体型で、歩く足取りは少々ゆっくりとはしているが、重量の大きい武器をマントの下に装備している影響とは思えない。前だけを見て歩いているようだが、周囲への警戒は怠らず、隙らしい隙は見当たらない。見れば見る程不確定要素の多い……ある意味、不気味な存在だった。

 

「マント被ってて武装が見えねえな……ソロでモンスター狩りをしているプレイヤーなんだろうが、光学銃を隠し持っているようには見えねえ……一体、何者なんだ?」

 

 ダインの指摘は尤もだった。モンスター狩りをしているプレイヤーならば、光学銃を大概装備し、移動中も手に持つのがセオリーだが、黒マントのプレイヤーは無手の状態である。マントの下に武器を隠しているということも考えられるが、それなりの重量を持つ光学銃を持っているのならば、移動中に身体の重心に若干のブレが生じる筈である。何より、それらしい膨らみがマントの上からは確認できない。モンスターがポップしないこの辺りならば大丈夫と油断し、ストレージに納めているという可能性もあるが、周囲を警戒している様子が少なからず見て取れる点と矛盾している。本当に何者なのか、疑問の尽きない存在だった。

 

「アレじゃねえのか?噂の『死銃(デス・ガン)』」

 

「ハッ、まさか。実在するかよそんなモン。それより、どうしてこんな時間帯に一人なんだ?」

 

 容姿と装備に次いで浮上した疑問。ソロプレイヤーがフィールドで狩りをすること自体は珍しいことではない。シノンが手に持つ、GGO内で僅か十丁程度しか存在しない対物狙撃銃『ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』もまた、彼女自身がソロ狩りで手に入れたものである。問題は、何故この時間帯にソロ狩りなのか、である。本来ならば、ダイン率いるスコードロンが待ち伏せして襲撃を予定していた標的のスコードロンが現れる予定時刻を大幅に過ぎたこの時間に現れたのだ。本当に無関係なのか、疑問である。標的スコードロンがモンスターに掃討された末の生き残りか、或いはスコードロン同士の抗争が勃発して生き残って帰ってきたという可能性もあるが、それならばもっと身を隠しながら移動している筈。少なくとも、見晴らしの良い道の真ん中を歩く真似をするとは思えない。

 

(まさか……私達よりも先にスコードロンを全滅させたの?)

 

 そこまで考えた末に至った結論に、シノンは戦慄した。飽く迄可能性、それも非常に低いが、あの黒マントのプレイヤーは自分達が仕留める予定だったスコードロンを単身で撃破したのかもしれない。一体どんな作戦や武器を使ったのか、まるで見当がつかず、ここで話したところで馬鹿馬鹿しいと思われて仕方の無い推測だったが、シノンはどうしてもそれを否定できなかった。

 それとも、メンバーの一人が口にした通り、彼こそが『死銃』なのだろうか?たった一発の銃弾でプレイヤーを仮想世界で殺すと同時に、現実世界でも殺す銃を持つとされる、都市伝説的存在。もしそんな武器を持ったプレイヤーがいたのならば、スコードロンを全滅させることすら可能だろう。そして、その銃口が今度は自分達に向けられたとしたら――――

 

(…………馬鹿らしい)

 

 我ながら、何を考えているのか。思考が現実のソレから逸脱したことに、シノンは内心で自嘲した。仮想世界と現実世界の両方で死を誘発する銃――そんなもの、ある筈が無い。トッププレイヤーのゼクシードが、MMOストリームに出演中にモニター越しに銃撃され、回線切断に至ったという話はシノンも聞いている。それ以降、ゼクシードがログインした姿を見た者がいないということも聞いているが、どうせ現実世界の事情か何かでログインが儘ならない状態に決まっている。即ち、それらの事象は偶然の一致によるものであり、死銃なる存在はダインが口にした通り、実在するわけがないのだ。

 架空の武器とはいえ、現実世界の死と直結する銃弾の存在は、シノンの心にそれだけ強い動揺を齎すものだった。この世界で銃を手に戦う理由が、現実世界の銃を克服することにあるだけに……

 

「どうすんだ、ダイン。やるのか?」

 

シノンがそこまで思考を巡らせたところで、メンバーの一人、ギンロウと呼ばれた男性が、リーダーの指示を仰ぐべく口を開いた。「やるのか」とは即ち、目の前に現れた黒マントのプレイヤーに襲撃をかけるか否か、という問いかけである。奇襲を仕掛けるべきスコードロンを待ち続けて既に四十分以上が経過している以上、最早標的が現れる可能性は限りなく低い。これだけのプレイ時間を犠牲にして、実入りゼロというのは凄まじい無駄骨である。ならばせめて、目の前に飛び込んできた獲物だけでも仕留めるべきではないだろうか。

だが、向こうは一人で、対するこちらは狙撃手のシノン含めて六人である。一人のプレイヤーを複数人で袋叩きにする……実質、リンチである。戦闘で優位を得られる相手を選び、奇襲を仕掛けるのが常のダイン達だが、流石にたった一人のプレイヤーに過剰戦力を投入するのは気が引ける。故に、ダインはリーダーとしての決断を迫られていた。戦闘か、看過か……

 

「……シノン、狙撃だ」

 

「了解」

 

 ダインが取った選択は、『戦闘』だった。シノンは躊躇うことなくその指示を了承し、指を引き金にかけて狙撃体勢に入る。客観的に見れば、弱い者苛めと変わらないダインの指示に、しかし非難を浴びせる者は誰もいなかった。ここまで待って手ぶらで帰ることに忌避があったこともあるが、今眼前を歩いている黒マントが襲撃する予定だったスコードロンの生き残りである可能性がある以上、モンスター狩りで得た資金やドロップアイテムを見逃すことはできない。シノンの持つ対物狙撃銃をもって、一撃で屠ることがせめてもの情けだろう。そう考え、シノンは千五百メートル先の標的へと照準を合わせる。

 

「…………」

 

 スコープの向こうに映る、細みの中性的なシルエットを見つめるシノン。銃弾がランダムに命中する範囲を示す着弾予測円の中に捉えようと心拍のコントロールを試みる。ターゲットである黒衣のプレイヤーは比較的細身だが、狙撃スキルを極めたシノンにとって命中させるのはさして難しくない。ウルティマラティオ・ヘカートⅡは対物狙撃銃である。その余りある威力をもってすれば、譬え急所を外しても致命傷は避け得ない。よしんば、HPは残存したとしても、著しい部位欠損が生じるのは必定である。

 

(何かしら……嫌な感じがする)

 

 引き金を引いた瞬間、発射された弾丸は二秒とかからず標的に命中し、その身をポリゴンの破片に変える。今までやってきた狙撃と全く同じこと……にも関わらず、シノンの頭の中にその光景がどうしても浮かばない。あの男の『死』が、イメージすらできない。一体、これは何なのか……得体の知れない脅威に、シノンは薄ら寒いものを覚えていた。

 

「どうしたシノン……撃て!」

 

「……了解」

 

 痺れを切らしたダインに促され、頭に浮かぶ嫌なイメージを棚上げし、本格的な狙撃に入ることにする。正体不明の存在を前に、しかしシノンは冷静に着弾予測円が収縮する心拍の谷間を狙い、

 

 

 

――――引き金を引いた。

 

 

 

「!」

 

 その瞬間、シノンは息を呑んだ。引き金を引き切り、マズルフラッシュが走るよりも僅かに早いタイミングだった。千五百メートル先にいる標的が、顔を上げてシノンの方を見たのだ。偶然……とは到底思えなかった。瞳はフードの下に隠れて全く見えなかったが、視線が交錯したかのような錯覚すら覚えたのだ。

 そしてそれは、標的への着弾と共に、真実であることが証明された。

 

「なっ!……嘘、だろ!?」

 

 スコープを覗き込みながら、シノンの内心を代弁するかのようにダインが呟く。他のプレイヤー達は、一体何が起こったのかと浮足立った状態で、ダインに説明を求めている。引き金を引いてなお、驚きに目を見開いたままスコープを覗くシノンは呆然自失に近い状態のまま、その瞳に有り得ない光景を映していた。

 標的となった黒マントのプレイヤーは、砕け散ってなどいない。かといって、狙撃した目標地点から動いてもいない。ただ一つ、狙撃前から変化していることといえば、黒マントのプレイヤーの背後、その両側から立ち込める砂煙と、その手に先程まで存在していなかった、赤色の光を迸らせる武器が握られていたことだった。

 

(光剣(フォトン・ソード)……まさか、アレで銃弾を切り裂いたの!?)

 

 光剣(フォトン・ソード)とは、光学兵器によって刀身を生成した近接武装である。某SF映画やロボットアニメに登場した『ライトセイバー』や『ビームサーベル』と称されるものと同様の原理で機能する武装であり、このGGOにおいてもそれら作中で機能した通りの威力を発揮する。即ち、実弾を切り裂くことすらも可能なのだ。

しかし、原理として可能なのと、技術として可能かは別問題である。音の速さで迫る弾丸の軌道を見極め、防御するには相当な動体視力を要することは間違いなく、弾道予測線が見えたとしても容易ではない。それをこの黒マントは長距離からの弾丸を、しかも予測線も無しに見極め、叩き斬ったのだ。一体、どんな手品を使えばこんな真似ができるのか。シノンが狙撃を外したのでは、偶然に過ぎないのではと議論が交わされる中、仲間の一人がはっとしたように口を開いた。

 

「まさかアイツ……あの『死剣(デス・ソード)』なのか!?」

 

「冗談だろう!?ただのガセネタじゃなかったのかよ!」

 

「いや……所属するスコードロンがやられたって、知り合いが言ってた。俺もてっきり、こっちを驚かせるために大袈裟に話したんだとばっかり思ってたけど……」

 

「……死剣?」

 

 聞きなれない言葉に、シノンはスコープを覗くのを一時中断し、すぐ傍で浮足立っているスコードロンメンバーへと視線を向ける。そして幸い、求めていた『死剣』なる単語についての説明は、すぐになされた。

 

「ああ、シノっちはこの前までフィールドに出ていたから知らなかったか。『死剣』ってのは、数日前から話題になっているプレイヤーの通り名なんだ」

 

ギンロウと呼ばれた仲間の口から出た話は、俄には信じられないものだった。噂の発端は、数日前のこと。かの有名プレイヤーのゼクシードや薄塩たらこと並んで名の通ったプレイヤーが指揮するスコードロンが、フィールドでたった一人のプレイヤーの手で全滅させられたことに端を発する。曰く、そのプレイヤーはGGOにおいてマイナーな武装である光剣の使い手である。曰く、総勢十四名で構成される二パーティーによる連携射撃を恐るべき敏捷による回避と、光の剣戟で全弾叩き伏せた。曰く、襲撃を受けたスコードロンは傷一つ付けられぬまま全滅させられた。

銃の世界にあって異質かつ強力無比なプレイヤーの出現に、しかしこの世界のプレイヤー達はその存在を認めようとはしなかった。或いは、認めたくなかったのかもしれない。『死剣(デス・ソード)』とは、出会ったが最期、生きて帰ることは不可能な『直死の剣』という意味に加え、同じく実在を否定する声の多い『死銃(デス・ガン)』と対比して付けられた字だった。

 ゲームバランスを崩して余りある実力者でありながら、存在自体が胡散臭いと揶揄されているプレイヤー――――『死剣』。だが、今目の前で光剣片手に佇む黒マントのプレイヤーは、GGOにおける銃火器戦闘のセオリーを打ち砕いて余りある所業をやってのけている。秒速825 mで飛来する弾丸を、光剣を振るって叩き切る……マズルフラッシュを見てから反応したのでは間に合わない距離にある以上、恐らく引き金を引くよりも早く動いたのは間違いない。だがそれは、千五百メートルもの距離を置いていたシノンを知覚できたからこそできる業である。

 

(けど、アレは間違いない……向こうはこっちに完全に反応していた……!)

 

 狙撃時にスコープが太陽光に反射するなどのヘマはしておらず、索敵スキルの有効圏外にある距離という条件下で、黒マントのプレイヤーはシノンの位置を察知したのだ。どのような理屈かは分からないが、それ以外には説明がつかない。

 そして、この推測が正しいとするならば、目の前で光剣を構える、『死剣』と思しきプレイヤーは、相当に強力なプレイヤーであることを示している。

 

「どうするんだよ、ダイン!向こうもこっちに気付いてる筈だぜ!」

 

「二日でスコードロンをいくつも壊滅させたって噂がある以上、俺達もヤバいんじゃ……」

 

「いや、でも本当に奴が『死剣』だったら、俺達が狙う筈だったスコードロンも狩っている筈……今仕留めれば、相当なアイテムが手に入るんじゃないか!?」

 

 思わぬ強敵の出現に内心で密かに高揚しているシノンを余所に、ダイン率いるスコードロンメンバー達はこれからどう動くかを話し合っているようだった。『死剣』の噂が本当ならば、太刀打ちするのは非常に難しい相手ではあるが、勝利すれば相当なハイリターンが望める。果たして、再度選択を迫られたダインが下した答えは……

 

「戦闘開始だ……ここで一発、勝負に出るぞ!」

 

 死剣と思しき黒マントの光剣使いとの交戦だった。不敵に笑いながら口にしたその言葉に、他のメンバーの士気も高まった様子だった。確かに、スコードロンを単身で壊滅させた実力者であるならば、返り討ちに遭う可能性が非常に高い。だが、自分達が待ち伏せしていたスコードロンと既に交戦し、これを撃破したのならば、相当に消耗している可能性がある。HP等のアバターのステータスは万全だったとしても、立て続けに戦闘に臨めば嫌でも集中力がすり減ってしまう。結果、些細なミスから致命傷を負うことだってあるのだ。そういった打算から、今こそ好機と見たのだろう。ダインは既に勝利を確信した様子だった。

 

「シノン、再度狙撃だ。当てなくてもいい……奴の注意を逸らさせろ。他の奴は、俺と一緒に当初予定していた襲撃ポイントに付け。銃弾が到達した隙を突いて、四方から囲んで一気に潰す」

 

 ダインの指示に従い、再びスコープ越しに標的を捉えて狙いを定めるシノン。保守的なダインにしては大胆な行動に出たと思ったが、今回ばかりは内心で感謝していた。仮にダインが撤退を宣言したとしても、シノンは一人残って戦闘続行するつもりだった。だがその場合、遠距離狙撃用のヘカートと、近接戦闘用の光剣とでは相性が悪い。シノンが持つ“もう一つの武器”を使えば、交戦は不可能ではないが、一対一で戦うには分の悪い相手には違いなかったのだ。

ともあれ、今は目の前の黒マントのもとへ向かっているダイン達の支援をする方が先である。銃弾は既に一発放ったのだから、こちらの位置情報を認識されているのは間違いなく、こちらから伸びる赤い弾道予測線が見えている筈である。だが、あちらはいつ弾丸が飛んでくるか分からない状態にあって、まるで動じた様子が無い。こちらの弾丸など、いつでも叩き切れると言わんばかりの余裕が垣間見えるのは、気のせいではあるまい。事実、先程は予測線無しでも反応して見せたのだから、予測線が見える現状では先程以上に対処が簡単なのは明らかである。シノン自身、正攻法で命中してくれるなどという期待を抱いてはいない。今はただ、予測線による視線を送り、こちらに狙撃の意思があることをアピールして注意をこちらへ向けさせるのだ。

幸い、黒マントは予測線を浴びながらも全く動く様子が無い。或いは、こちらの意図など既にお見通しなのかもしれない。狙撃手であるシノンの予測線の存在を認識しながらも、ダイン率いる他のパーティーメンバーが周囲に展開するのを待っているかのように感じる。

 

『位置についた』

 

「了解。敵は当初の位置から変化無し。そちらとの距離二百、こちらとの距離千五百」

 

『全く動いていねえのか……まあ良い、好都合だ。当てられる可能性は低いが、その後すかさず囲んで制圧する。頼むぜシノン、狙撃開始だ』

 

 そうこうしている間に、ダインから所定の配置に着いたと通信が来た。黒マントの光剣使いは、相変わらず顔の見えないフードの下の暗闇から、スコープ越しに狙いを定めるこちらへ視線を送っているが、何を考えているかはまるで分からない。この不確定要素の塊と言っても良い敵を相手に、シノン達に勝機があるとすれば、これから陽動のために放つ銃弾の一撃、それに対処するための間隙だろう。その隙に如何に畳み掛けるか、ダイン達の命運はそこに懸かっている。

 

(さあ……どう出る?)

 

 目の前に立つたかが一人のプレイヤーを相手に、しかしシノンは長いGGOプレイ時間の中で、感じた事の無い重圧を感じていた。不安と恐怖が綯い交ぜになり、心拍を早めようとしているのを感じる。まるで、このゲームを始めるきっかけになった、“あの時”の記憶が蘇ったかのように――――

 

(見せてもらうわよ――――死剣!)

 

 未だ本物の死剣かも分からない――そんな相手へ狙いを定め、挑戦状を叩きつけるかのように引き金を引く。加速する心拍に精一杯の精神力を働かせて狙いを絞った末に放った弾丸は、今度も狙い違わず黒マントの胸部へと吸い込まれるように向かって行った。だが――――

 

「……目標失敗」

 

 予想通り、黒マントは弾丸を軽い足取りで回避し、先程までいた場所にあった瓦礫が代わりに破砕した。一方、シノンから通信を受け取ったダインは、メンバーと共に標的目掛けて突撃していた。

 

『了解。シノンはそこで待機。ゴーゴーゴー!』

 

 掛け声と共に移動が早くなるメンバー達を、シノンはスコープを通して観察する。いつにも増して迅速に動くダイン率いる前衛メンバー達は、シノンの射撃による陽動の隙を上手く利用して瞬く間に黒マントを包囲し、射程圏内に標的を捉えていた。

 

『撃て!撃てぇっ!』

 

 インカム越しに聞こえるダインの指示により、銃撃を開始するメンバー達。ダインのアサルトライフルをはじめ、対プレイヤー用の実弾銃が火を吹き、黒マントに銃弾が殺到する。しかし、

 

「!」

 

『嘘、だろうっ!?』

 

 スコープの向こうで起こっている有り得ない光景に目を剥いて驚愕するシノン。ダインはインカムにも聞こえる程の大きさで、驚きに悲鳴染みた叫びを上げていた。

 前方五カ所のポイントから包囲される形で繰り出された銃弾の嵐に対し、黒マントのプレイヤーがやってのけた対処。それは、狙撃銃による初撃を凌いだ時と同じく、光剣を振り回しての防御だった。だが、その剣戟は目にも止まらぬ程に速い。しかも、一切の無駄の無い動きで刃を振るい、迫りくる弾丸を的確に弾いているのだ。弾道予測線が見えているだけでは出来ない荒業であり……光剣を振るうプレイヤーの目には、弾丸一つ一つが飛来する速度まで見極めて紙一重で防御していることは明らかだった。

 

(全部噂通り……あれが、『死剣』……!)

 

光剣とは、平たく言えば剣の形をしたレーザー光線である。防護フィールドを用いれば、簡単に霧散してしまう側面を持つ光学銃だが、命中時の純粋なダメージ値だけならば、GGO内でも一位を争う威力を持つ。仮に光学銃の光線と、実弾銃の弾丸とが真っ向からぶつかり合えば、打ち負けるのは実弾の方である。ましてや一発一発の威力が小さい短機関銃と、剣の形をした高密度のレーザー光線である。当たりさえすれば、光剣で実弾全てを防御することは不可能ではない。そう、“当たりさえすれば”だが。

 

『う、嘘だろうっ!?』

 

リーダーであるダインと繋がったインカム越しですら聞こえる程に大きい、ギンロウの絶叫。ダインは一言も言葉を発していないが、内心は同じだろう。シノンですら、半ば絶句しているのだから。銃弾を目にも止まらぬ剣捌きで叩き落とすという離れ業が繰り広げられることしばらく。全弾撃ち尽くしてなお、一発も命中しないと言う結果に立ち尽くして唖然とするダイン率いるスコードロンのメンバー達の隙を、死剣は見逃さない。

 

『んなっ!?』

 

『うおっ!』

 

それまで防御に徹していた死剣が、遂に攻勢に出る。恐るべき敏捷力をもって接近する黒い影が最初に標的に定めたのは、最も近場にいたギンロウだった。

 

『ひいぃっ……!』

 

情けない声を発するギンロウに、死剣は容赦なく光の剣を振り翳す。防護フィールドを装備すれば、一定以上の距離から放たれる光学銃による射撃は霧散してしまうが、懐に飛び込まれれば意味は無い。翻る黒いマントと共に振るった死剣の一閃が、ギンロウの胴を一刀両断する。

 

『ぎゃぁぁあああ!』

 

『ギンロウ!……ぐっ!!』

 

 ギンロウがポリゴン片を撒き散らして消滅するのを見て、ダイン達が再起動する。慌てながらも銃弾を素早くリロードしたダインの手際は流石だろう。だが、死剣の振るう光の刃は銃弾よりも速い。

 

『ぐわぁあっ!』

 

『がぁああっ!』

 

 ギンロウを仕留めた『死剣』は、即座に次の標的二人――ミソとアラシを標的に定める。まず最初に、ミソへと一足飛びで距離を詰めて袈裟がけに斬り込んで仕留める。そして、五メートル程度離れた場所に立っていたもう一人、アラシへと地面を蹴って跳躍。真上から幹竹割りを食らわせて垂直に両断した。この間、三秒足らず。

 

『クソがぁあっ!』

 

 一気に三人を仕留められて焦った四人目、ジンがプラズマグレネードを死剣目掛けて投げつけようとする。弾丸が当たらない以上、有効な手段であることは明らかだが、行動選択と相対距離、そして何より相手が悪過ぎた。死剣はプラズマグレネードを投げようとするジン目掛けて臆することなく全力で駆け出したのだ。プラズマグレネードは死剣の光が届く前にジンの手を離れて投擲された。だが、死剣は怯まない。それどころか、さらにスピードを上げて突進していく。

 

『がはっ……!』

 

 結果、死剣はプラズマグレネードの爆発よりも速くジンへと到達。光の刺突を繰り出し、目標たるジンを瞬殺した。

 

『ぐぅっ…………この!』

 

 仲間四人を倒されて尚、戦闘続行しようとするダイン。アサルトライフルを死銃に対して構える。十メートルも無い距離で相対し、避けられる筈の無い弾丸の雨を、しかし死剣は何でも無い風に、剣戟の嵐でもって対処してのける。

 

「…………」

 

 ダインと死剣が相対する様を、シノンはスコープ越しにただただ、見つめていた。ガンゲイル・オンライン最大の大会である『BoB』において十八位に入ったダインが、赤子の手を捻るようにあしらわれている。アサルトライフルの銃口を前に、光剣を振るう黒マントの男――死剣は、戦闘開始からまるで動揺した様子が無い。

 

 

 

 このプレイヤーは、多勢に無勢のこの戦闘をどうとも思っていない――――

 

 

 

 それを悟った途端のシノンの行動は速かった。自身にとって無二の相棒であるヘカートⅡをアイテムストレージへと収納し、その場を走り去る。向かう先は、ダインが現在、死剣と相対している戦場。シノンは死剣と戦うつもりだった。

 

(あの男は、私が殺す…………!)

 

 銃と鋼鉄の世界であるGGOにおいて強敵を倒し、自身の精神を今より強くする。そのための絶好の相手が目の前にいるのだ。逃げる道理などシノンには無かった。

とはいえ、相性は最悪である。目に見える場所からの射撃は勿論、長距離からの狙撃すら叩き落とすという、GGOにおけるセオリーが一切通用しない死剣には、シノンの最大の武器であるウルティマラティオ・ヘカートⅡは通用しない。別の武器が必要になるのは、明らかだった。

 

(GGOでこの武器は邪道だって思ってたけど……ヘカートが効かない以上、他に方法は無い!)

 

 シノンが持つ、ヘカートとは異なるもう一つの武器。それは、シノンの幼い頃の記憶に焼きついていた、『強者』の面影を彷彿させるものだったからこそ、銃の世界で邪道と感じながらも、高い金額を注ぎ込んで入手したものだった。GGO開始当初はサイドアームに指定していたが、ヘカートの入手に伴いSTR重視のステータス構成を目指さねばならなくなった関係で、長らくアイテムストレージで埃を被っていた。シノンはその、ある意味封印に近い形でしまっていた武器を、記憶と共に解き放とうとしていた。GGOという世界においては邪道であれども、死剣の実力を見た後では、そんな考えなど消えていた。何より、“同じ武器”を使うことに何の躊躇いがあろうか――――

 

 

 

 およそ千五百メートル離れた、ダインと死剣が戦っていた場所を目指して走っていたシノンだったが、千メートル走ったあたりでそれ以上の歩みを進める必要は無くなった。

 

「…………」

 

 シノンの目の前、瓦礫の上で夕陽を浴びながらはためく黒いマントを被った人影――死剣。数分前に、ダインが粘りに粘った末に死剣の手にかかって絶命したことは、視界端のHPゲージで確認していたが、まさか向こうもこちらの接近を察知して動いてくるとは思わなかった。

フードを被っているせいで相変わらず顔は見えないが、その下に隠れた双眸は間違いなくシノンに向けられている。スコープ越しに見ても不気味だったその姿を、シノンは至近距離で見て、若干戦慄していた。ただ立っているだけだが、その姿には微塵も隙が無い。仮に今この場で死角から短機関銃による銃撃を受けたとしても、軽々避けるか光剣で弾いてしまうだろう。それだけ付け入る隙が無かった。

 

(けど、逃げるわけにはいかない……!)

 

 元よりこの戦い、シノンは勝てるなどという期待は、微塵も抱いていない。狙撃手と剣士、近接戦をした場合に負けるのはどちらか、子供でも分かる。STR重視のシノンのステータスでは、AGI重視型であろう死剣に対して一太刀浴びせることなど敵う筈も無い。圧倒的な不利を被るのを覚悟の上で、それでもシノンが逃げようとしない理由は、相手が“強者”であるからの一言に尽きる。

 

(譬え勝てなくても、私は最期まで喰らい付く…………あなたの強さの、そのひとかけらでも掴めるのなら……!)

 

 デス・ペナルティへの忌避は既に存在しない。仮にこの戦いに敗れ、相棒たるヘカートを失う羽目になったとしても、必ず得られるものがある。決意と共に、ベルトのカラビナに吊っていた、ヘカートとは別のもう一つの武器へと手を伸ばす。カチリと言う金属音と共に外れた筒状のソレを両手持ちに切り替え、そしてスイッチを入れる。

 

「!」

 

 途端、シノンの手に持つ筒状の武器から閃光が迸った。一メートル強の長さに達した青い光は、そのまま棒状の像を形作り、筒の先端に留まり続ける。シノンが手にしたもう一つの武器……それは、目の前の死剣が持っている武器と同じ――光剣(フォトン・ソード)。

 狙撃手が手に持つ予想外の武器の登場に、それまで微動だにしなかった死剣もほんの僅かに驚いた様子だった。だが、油断や嘲笑の類は欠片も感じさせない。自身と同じ武器を持った存在を相手に、むしろ警戒を強めたようにすら思えた。

 

「行くわよ…………」

 

 だれに対してというわけでもなく、ただそう言い放ち、シノンは駆け出した。瓦礫の上に立つ黒マントの男、死剣目掛けて突進し、二メートル程度手前で跳躍。光剣を渾身の力を込めて垂直に振り下ろす。

 

「くっ……!」

 

 シノンのSTRパラメータに裏付けされた、凄まじい速度と威力で振り下ろされた閃光は、しかし死剣へは届かなかった。死剣はスコードロンメンバーの銃撃を回避した反射神経と敏捷力をもって、後方へ跳躍。回避すると同時にシノンと距離を取って見せた。光剣の直撃によって瓦礫から上がった煙の向こうに死剣の姿を見据えながら、シノンは内心で舌打ちした。

 

(やっぱり、力任せに振り下ろしただけの剣技が通用する相手じゃない……!)

 

 銃撃戦がメインのGGOには、『光剣スキル』なるものは存在しない。光剣やサバイバルナイフ等の近接戦闘に用いる武器を操る上での戦闘能力は、武器を振るう速度と力を左右する『STR』と『AGI』、補助系スキルに相当する『軽業スキル』等よる三次元機動力のブーストに依存している。ALOのように、システムアシストによる動きのブーストが為される『ソードスキル』のような剣技が存在しない以上、光剣を使った戦闘能力は各々のプレイヤー自身が持つ剣技次第なのだ。

 今、シノンと相対している黒マントのプレイヤー、死剣の実力も、高いステータスに裏付けされただけではない。恐らくは、現実世界においても剣道あるいは剣術の心得がある人物なのだろう。かつて現実世界で武術を嗜んだことのあるシノン自身も初撃でそれは分かった。そしてそれは、元より近接戦闘を行うことの不利は承知していたが、ここに至ってただでさえ薄かった勝ち目がますます霞んできたことを示す。

 

「うおおおお!!」

 

 しかし、シノンは既に、勝利への執着などという感情は捨てている。戦うという決意をした以上、相手が何者であろうと関係無い。ただ只管、“強者”であること――それだけがシノンの欲求だった。

 気合いの叫びと共に光剣を構え直し、煙の向こう側に佇む黒い影へと突撃する。対する死剣もまた、光剣を構えてその一撃を受け止めようとする。

 

「やあああああ!!」

 

 シノンが振るう青の閃光と、死剣が振るう赤の閃光とが交錯する。シノンは持ち得る力の全てを振り絞って死剣にラッシュをかけるが、全て往なされる。傍から見ても、互いの実力差は明白であり、シノンもまた自覚していた。まるで付け入る隙の無い、至近距離で食らえば、近接のエキスパートでも捌き切れない程に激しい閃光の嵐は……しかし唐突に終わりを告げた。

 

「あっ……!」

 

 連撃の中でシノンの放った刺突が、大きく弾かれる。そのまま勢い余ってバランスを崩し、身体が後ろへ倒れそうになるのをどうにか踏み止まる。だが、死剣はその隙を見逃さない――――

 

「……ぐっ!」

 

 シノンに生じた隙を突き、死剣の剣技が炸裂する。ノーガードとなったシノンの左脇腹目掛けて振るわれた一閃が、そのHPを半分まで一気に削る。そして、右脇腹まで切り裂いた刃を返し、今度はシノンの左肩目掛けて斬り上げる。やや斜めに繰り出されたV字型の斬撃が、残るHP全てを呑み込んでいく。

 

(やられた…………けど!)

 

 既に勝負は決している。光剣によって繰り出された斬撃によって、身体は三枚に引き裂かれており、HP全損は既に確定。だが、このままでは終われない。泣き別れになった上半身が地面に落ちる前に、目の前の“死”に対して一矢報いるのだ。

 

「ら、ぁぁああ!!」

 

「!」

 

 未だに胴を通して首と繋がった、右手に握る光剣を最期の力を振り絞った斬撃を放つ。本能的に振るっただけの、ただ一撃の閃光は――しかし、ここに至って漸く死剣という強敵に傷を負わせることに成功した。光剣の切っ先は死剣の頬を掠め、ダメージエフェクトの光を刻み込む。そして、それと同時に黒マントのフードが脱げる。

 

(まさか……!)

 

 HP全損に至り、ポリゴン片となって消滅する間際、シノンはその素顔を見た。頭頂部から肩甲骨のあたりまで流れる、艶やかな黒髪。鮮やかな紅い唇。長い睫毛に縁取られた、赤く冷たい光を宿した大きな瞳。スコープ越しに確認した姿もそうだったが、実際に相対した姿も、どこか中性的なシルエットだった。

 

(死剣は…………女?)

 

 そんな、予想外の事実に想い到ったところで、シノンはその場から完全に消滅した。後にその場に残されたのは、ランダムドロップで落とされた光剣のみだった。

 

 

 

 

 

 荒野フィールドの一角にて、対人装備のスコードロンを一つ、ソロで壊滅させるという離れ業をやってのけた黒マントのプレイヤーこと死剣は、地面に落ちたドロップアイテムの光剣を拾い上げ、それを一人見つめていた。

 

「同じ光剣使い相手とはいえ、バーチカル・アークまで使うってのは……やり過ぎじゃないのか?」

 

 そんな死剣に対し、後ろから近づく二人のプレイヤーがいた。呆れた様に話し掛ける声に、しかし死剣には警戒の色は無かった。拾い上げた光剣から視線を外し、顔を上げて後ろをゆっくり振り向く。そこにいたのは、緑色の迷彩服に身を包んだ二人組。一人は身長170センチ弱で、胴も腕も太い男性。髪型は剛毛の角刈りで、全体的にゴリラを彷彿させる容姿である。もう一人は身長180センチ超の屈強な体格の男性。髪型は丸刈りで、ベレー帽を被っている。野生的な前者の男とは違い、こちらは軍人としての色が強い。

 

「そうは言うがな、カンキチ。狙撃手とはいえ、相手はそこそこの使い手だ。こちらも少しくらいは本気を出す必要があった」

 

「確かに……さっきの攻防を見る限りでは、狙撃手とは思えない激しい攻撃だったな」

 

「戦闘自体は筋力パラメータに依存したパワー嗜好の面が強かったが、剣の構え方は素人のものではない……あれは明らかに現実世界でも武術を経験した人間の動きだった。それはお前も分かっていたんじゃないか、ボルボ」

 

 呆れを含んだ、カンキチと呼ばれたゴリラ風の男性の言葉に、死剣は首を振って答えた。もう一人の男性、ボルボは達観した口調で先程死剣が戦っていた光剣使いのプレイヤーについて分析し、戦っていた当人たる死剣が付け加えた。

 

「だが、対人戦闘を専門とするスコードロンの割には、カウボーイハットの男と狙撃手の女以外は大したことは無かったな」

 

「あれでもリーダーのダインは前のBoBで十八位に入った実力者だったんだが……まあ、対プレイヤー戦闘が専門とはいえ、相性の良い相手ばかりを狙うスコードロンだったからな。お前を満足させられないのも仕方が無い」

 

「あの程度のレベルの連中を斬ったところで、奴は現れまい。次はもっと強力な連中を紹介してくれ」

 

 今回のスコードロンとの戦闘で、死剣が受けたダメージは最後の狙撃手が死に際に放った光剣の一閃が頬を掠めた一撃のみ。名前を売ることが目的の死剣にとっては、あまり実りのある戦いとは言えなかった。

 

「有力なスコードロンを狩り続ければ、向こうからアプローチを仕掛けるとも思ったが……やはり次のBoBを待つしかなさそうだな」

 

「そうだな。それより、今回の戦闘でドロップしたアイテムは、ワシ等が貰うが、良いな?」

 

「こいつだけ貰えれば構わない。あとは好きにしろ」

 

「ああ、構わん。どうせ欲しがる奴はおらんだろうしな」

 

 先程斬り捨てた狙撃手がドロップアイテムとして遺した光剣を、唯一の戦利品として貰うことを条件に出す死剣。対するカンキチは、指定されたアイテムには特に興味を示すことはなく、許しが出たところで周囲に散らばったアイテムを欲望丸出しの表情で集め始める。

 カンキチとボルボが情報収集を行い、有名スコードロンが狩りをするポイントを紹介し、死剣がこれを斬る。そして、プレイヤーを倒して得られるドロップアイテムをカンキチとボルボが山分けするのが彼等の契約だった。これにより、死剣は自らの名を売り、カンキチとボルボはアイテムを換金して現実世界の金銭に還元するという仕組みだった。

 

「俺は先にグロッケンへ戻っている。アイテム拾いはお前達で頼む」

 

「ふん、相変わらず素気ない奴だ……ま、そうさせてもらおう。それじゃあな、“黒の忍”」

 

 昔の渾名で呼ぶカンキチの言葉に、しかし黒の忍こと死剣は振り返らなかった。黄昏の光を浴びながら、その足をこの世界の首都SBCグロッケンへと向け、只管歩き続けるのだった。

 


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