ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第八十五話 紺碧の棺

2024年8月20日

 

 稀代の天才、茅場晶彦が創造した、世界初のVRMMO――ソードアート・オンライン。だがそれは、正式サービス開始日をもって、後にSAO事件と呼ばれる凶悪事件の舞台と化したのだった。一万人ものプレイヤーを二年にも渡って仮想世界の中に幽閉し、二千人以上の犠牲者を出した前代未聞の、歴史上類を見ない惨劇として知られるこの事件――だが、当時現実世界にいた者達は知らない。この世界で起こった、プレイヤー同士による、最大規模の血の惨劇を――――

 

 

 

 

 

 その情報が、プレイヤー達――正確には、最前線で戦う攻略組に齎されたのは、ある日突然のことだった。情報元は、アインクラッドの下層から中層を管轄に置く、アインクラッド解放軍のリーダー、ディアベル。その内容は、あらゆるプレイヤー達に脅威の的として恐れられている殺人ギルド、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のアジトの所在だった。

 

「まさか、本当に見つけるとは……」

 

「上の連中……特にキバオウは、執念深く追っていたからなぁ……」

 

 感心したように口を開いたのは、攻略ギルド・ミニチュア・ガーデン・のリーダーであるメダカと、同じく攻略ギルド・血盟騎士団の幹部・テッショウの二人だった。アインクラッド解放軍から齎された情報の資料に目を通しながら、周囲に集まっていた攻略組プレイヤー達も、同様の考えを抱いていた。

一年以上前、二十五層攻略時に巻き起こされた、フロアボス攻略を舞台としたMPKによって多大な被害を被ったアインクラッド解放軍は、この事件をきっかけに前線からの撤退を宣言していた。その後は、アインクラッドの治安維持活動に力を注ぎ、犯罪者プレイヤーの取り締まりを行っていた。だが、犯罪者プレイヤーを狩るその本心には、大規模ギルドとしての権威を失墜させた二十五層事件の黒幕のプレイヤー、PoHが率いる殺人ギルド『笑う棺桶』を壊滅させたいという願望があることは、誰から見ても明らかだった。故に、今回のアジト特定は、解放軍の弛まぬ努力が実を結んだ結果ともいえる。

 

「斥候を向かわせて偵察していたみてえだが……殺られたみたいだな」

 

「それで、リーダーのディアベルは俺達に加勢を要請したみたいだね。それで、皆はどうする?」

 

「ハッ!言うまでもねえ。俺達だって、奴等をのさばらせるつもりなんざねえんだ」

 

「決まりだな。では、私達もこの討伐戦に参加する!」

 

攻略ギルドの一角、聖竜連合のリーダーであるシバトラの問い掛けに、風林火山のリーダー・クラインは不敵な笑みを浮かべて答えた。そして、討伐戦参加を告げるメダカの宣言に、その場に集まった一同は頷く。もとより、攻略組の代表格等に問われるまでもないことだった。アインクラッド解放軍同様、攻略組プレイヤーも皆、レッドギルドを野放しにするつもりは無いのだ。

 

「…………」

 

 SAOプレイヤー達を苦しめてきたレッドギルド、その筆頭たる笑う棺桶の討伐に、攻略組プレイヤー達が一様に沸き立つ中、一人沈黙し瞑目する少年がいた。黒衣を纏い、額には木の葉を模したマークに横一文字の傷が入った額当てを巻いたプレイヤー――その名は、イタチ。ユニークスキル『二刀流』を有する最強クラスのプレイヤーであると同時に、笑う棺桶との暗闘に幾度となく身を投じてきた経歴を持ち、アインクラッドの光と影の両方で名を馳せていた。故に、今回の笑う棺桶討伐戦は、イタチの望むところである筈だった。

 

(笑う棺桶……いや、PoH。貴様は…………)

 

 だが、イタチの心中は、決戦を前に高揚しているわけでもなく、緊張に硬直しているわけでもなかった。ただ只管、嫌な予感がする。あの、残虐で狡猾な天性の殺人鬼とも呼べるレッドプレイヤーたるPoHが、アインクラッド解放軍のような大規模ギルドに、自分の率いるギルドの所在を悟らせたことに疑問を覚える。

攻略の片手間だったとはいえ、忍世界で暗部の隊長を務めたこともあるイタチの探索を逃れ続けてきた男である。今までの暗闘で捕縛に成功したのは、ほとんどが末端の構成員である。そんな、まるで尻尾を掴ませなかった男が、己のギルドの居場所を掴ませ、未だ移動していないという。明らかに、“何か”ある。イタチは一人、密かにそう感じていた。

 

「それじゃあ、先方の予定通り、三日後に出発するよ。皆、くれぐれも油断しないように」

 

 集会を仕切っていたメダカの言葉により、その場は解散となった。メンバーは各々、三日後のレッドプレイヤーとの戦いに向けた準備を行うべく動きだしていく。

 

(この討伐戦、辿り着く先は――――)

 

 ただ一人、集会場に残ったイタチは、瞑目しながらこの討伐戦の行方に思考を走らせるのだった。

 

 

 

 そして、三日後。攻略組プレイヤーは解放軍の要請に応じ、笑う棺桶のアジトが存在する、第四十層・ハンナバルへ向かった。その人数は、実に五十名。常はフロアボス攻略に駆り出されている、攻略組メンバーによって構成されたフルレイドである。さらにここへ、ディアベルとキバオウが率いるアインクラッド解放軍の精鋭三十名が合流するのだ。対する笑う棺桶のメンバーは、半数の四十名弱とされている。明らかに過剰な、暴力的なまでの戦力差である。

 しかし、集められたプレイヤーは全員が全員、プレイヤー相手の戦闘に慣れているわけではない。援軍を要請された攻略組は、レベルこそ全プレイヤーの中でトップクラスだが、普段専門としているのは、大凡アルゴリズムで動くモンスターである。臨機応変な思考を働かせて戦うことができるプレイヤーの相手をすることは、デュエル以外でほとんど無い。一方の解放軍については、犯罪者プレイヤーの取り締まりを専門としており、PvPには比較的慣れてはいるものの、平均レベルが攻略組には及ばない。レベルも専門も、完全にバラバラな超大規模レイド。普段組まない集団二つが連携を取るなど、危険以外の何物でもない。それは、各勢力の代表であるディアベルやシバトラにも分かっていることである。にも関わらず、これだけの人数で討伐に臨むのは、一重に圧倒的な戦力差を見せることで戦意を殺ぐことが狙いである。

ディアベルにせよシバトラにせよ、レッドプレイヤー相手とはいえ、殲滅は望んでいない。討伐戦とはいえ、目的な殺人ギルドの壊滅であり、殺戮ではないのだ。だが、レッドプレイヤーに恨みを持つプレイヤーは少なからずおり、本格的な交戦になれば大量の犠牲が出かねない。故に、敵味方犠牲ゼロでの無血投降を目指しての連合結成だった。

 

(だが、連中を相手にその考えは甘過ぎるとしか言いようがない……)

 

 攻略組と解放軍とで構成された超大規模レイドが行軍する先頭近くを歩きながら、イタチは一人この討伐戦について思考を走らせていた。ただのオレンジギルド、レッドギルドならば、この戦力を見せつけるだけで降伏しただろう。だが、率いているのはあのPoHである。絶対に、思惑通りにはいかない。そんな確信が、イタチの中にはあった。

 そして、八十人もの大軍勢が、四十層の外れにある森の中を歩くことしばらく。遂に、笑う棺桶がアジトとしている洞窟の入り口へと差し掛かった。

 

「ここ、かな?」

 

「ああ、間違いない。情報通りだ」

 

 遂に、アインクラッド最凶の殺人ギルド・笑う棺桶との戦いが幕を開ける。そう考えた途端、戦闘に立っていたディアベルやシバトラをはじめとした討伐隊プレイヤー一同に緊張が走った。やはり、いくら圧倒的な戦力を投入できたとしても、『もしもの事態』というものが全員頭から離れないらしい。

 

「今日こそは、PoHの阿呆も、全員まとめてとっちめてやるでぇっ!」

 

 これから殺し合いが始まるかもしれないという空気の中、気合いの入った声で意気込みを語る男がいた。サボテンのように尖った頭のこの男は、アインクラッド解放軍の実質的なナンバー2、キバオウである。

 

「キバオウの奴、気合い入ってんなぁ……」

 

「まあ、仕方無いんじゃないかな。彼にとっては、何よりも許せない相手だろうからね」

 

一人怒りの炎を燃やすキバオウを遠い目で見つめる攻略組プレイヤーのカズゴとアレン。キバオウはかつて、笑う棺桶のリーダーであるPoHに騙されたことが原因で、アインクラッド解放軍を攻略組から撤退させてしまった経緯をもつのだ。故に、今回の討伐戦には誰よりも気合いを入れて臨んでいたのだった。

 

「アイツ……本気で連中を討伐するつもりじゃねえだろうな……」

 

「治安を維持するアインクラッド解放軍がそれをやったら、洒落にならないんじゃないかな……」

 

 血の気が多い男だけに、不安を隠せないプレイヤーは攻略組にも多い。血盟騎士団のコナンとダレンもまた、この討伐戦の行く末に懸念を抱くプレイヤーだった。

 

「おいおい……本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫……ではなさそうですね。だから、彼は俺達に指示を出したんですよ」

 

「だから、シバトラもアイツの指示に従えって言ったんだろうぜ。何せ、笑う棺桶には“奴”もいるんだからな」

 

 聖竜連合のメンバーの中にも、不安を口にする者達がいた。キバオウが無茶をするのではと心配するケイタロウの言葉に、隣にいたシャオランは内心で同調する。だが、彼等が感じているのは不安ばかりではない。ハジメが口にしたように、一部のプレイヤー達は、既に予測された最悪のケースに備えた動きについて指示を出されていたのだから。

 

「…………」

 

 レイドの先頭で、ディアベルやシバトラと轡を並べて立つイタチは、後続のメンバーを横目で一瞥する。予めコンタクトを取っていた者達が所定の位置にいることを確認すると、再度正面へと視線を戻す。

笑う棺桶のアジトがある洞窟の奥には、青白い薄明りに照らされた暗闇が広がっている。それはまるで、紺碧の棺が蓋を開いて獲物を待ちかまえているかのようだった――――

 

 

 

 その後、ディアベルに先導された大規模レイドは、洞窟の中をゆっくりと行軍していった。レイドメンバーは全員、洞窟へ差し掛かった時点で武器を手に取り、用心しながら進んでいたものの、笑う棺桶のメンバーが現れることは全く無かった。恐らくは、この大軍勢を相手に対抗策が無く、最深部の安全地帯に引きこもっているのだろうと、大部分の討伐隊プレイヤーは考え始めていた。そうして、戦闘が起こらないまま仄暗い道を進むうちに、討伐戦に参加したメンバー達の心に、余裕が生まれ始めた。敵地において、緊張を緩める。それは、危険な行為以外の何物でもない。

そして、安全地帯まであと少し。ここまでくれば、戦闘など起こる筈も無い。誰もがそう思った、その時だった。

 

「ぐぁっ!」

 

「わゎっ!」

 

 突然の悲鳴と共に、複数の討伐隊メンバーが倒れたのだ。ダンジョンの安全地帯手前まで歩を進め、確実に敵を追い詰めていると考えていたプレイヤー達は、この異変に対し、即座に反応することができなかった。これが敵の奇襲であると、レイドメンバー全員が悟ったのは、倒れた味方の数が十五人に及んだ時だった。

 明らかに襲撃を予期しての待ち伏せ。討伐隊の中に、密告者がいたことを意味する事態だった。だが、ことここに至っては、そんなことを詮索している暇は無い。笑う棺桶のメンバーに投降の意思が無い以上、応戦しなければ殺されるのだ。

 

「敵は横の通路だ!」

 

「毒ナイフを投げてくるぞ!盾役前へ!弾き落とせ!」

 

 ダンジョンの安全地帯手前に至るまでに確認した左右に枝分かれしていた道は、全部で十カ所。イタチはこの手の襲撃を討伐戦実施以前から予測し、攻略組の中でも信頼の置ける者達を隊列の中に均等に配置していたのだ。イタチが最も恐れたのは、横合いからの襲撃による隊列が崩壊すること。これが起これば、討伐隊プレイヤー全員が敵の良い的にされてしまい、全滅すら有り得るからだ。これを止めるために、イタチの指示を受けたプレイヤー達は、枝道に常に気を払い、ナイフ等の飛び道具の迎撃に動いたのだ。そして、彼等が即座に敵の居場所を叫び、襲撃を知らせたことによって、他の討伐隊メンバーも応戦へ移行する。

 

(しかし、やはり混乱は防げなかったか。討伐隊は既に二割近くが動けなくなっている……)

 

 敵の襲撃に対して後手には回ったものの、致命的な遅れではない。初手の奇襲で戦力の一部を殺がれたものの、頭数も戦闘能力も、討伐隊が圧倒的に上回っている。混戦になったとしても、冷静な対処ができれば十分巻き返しは利く。それは、討伐隊の誰もが思っていたことである。

 

「ヒャハハハハハッッ!!」

 

「ヒィーッヒッヒッヒ!!」

 

 凶器の笑い声とともに、討伐隊へ襲い掛かる笑う棺桶の構成員達。対する討伐隊のメンバーは、各々武器を構えてこれを迎撃する。無条件降伏で戦わずして勝つという目論見が崩れ去った現状だが、奇襲を受けても尚、総合戦力は討伐隊が上回っている。PvP戦闘に不安があった攻略組も、拙いながらも解放軍と連携を取って上手く立ち回れていた。

 

「野郎、奥へ逃げて行きやがった!」

 

「追え!とっ捕まえろ!」

 

「馬鹿!深追いするな!」

 

 討伐隊優勢で戦闘が進む中、枝道の奥へと撤退するレッドプレイヤーが現れ始めた。討伐隊の、特に解放軍のメンバー達が、追撃するべく枝道へと入って行く。

 

「ぐわぁあっ!」

 

「わ、罠かっ!」

 

 だが、追撃に出向いた者達は、枝道に入り込んだ途端、暗闇の向こうから放たれるスピアやダガーに刺し貫かれ、次々倒れていく。いずれも頭上のカーソルには、麻痺や毒といったデバフアイコンが付加されている。笑う棺桶のメンバーによる投擲が原因であることは言うまでもない。

 

「倒れた連中を引き戻せ!解毒結晶も用意しろ!」

 

「りょ、了解!」

 

「枝道には近付かないで!大通りで応戦するんだ!」

 

「分かりました!」

 

 笑う棺桶の巧妙な襲撃によって混乱した討伐隊を統率し、立て直しの主体となっていたのは、攻略組のメンバー達。いずれも、緊急事態に際した行動について、予めイタチと打ち合わせていたプレイヤーである。イタチは今回の討伐戦で、笑う棺桶のメンバーが仕掛けると予測されるありとあらゆる奇襲やトラップを予測していた。現在受けている、枝道の暗がりから繰り出される遠隔攻撃もその範疇である。トラップや投擲物を回避するには、攻撃範囲である枝道の入り口に立つのは危険である。故に、枝道の攻撃範囲ではない、幅の広い道へとレッドプレイヤー達を誘導して応戦を開始した。

そして、交戦開始からしばらく。激しい戦闘の末、遂にHPがレッドゾーンに突入したレッドプレイヤーが現れる。

 

「もう抵抗するのはやめろ!これ以上戦闘を続ければ、HPは全損……死ぬことになるんだぞ!」

 

「大人しく降伏しろ!」

 

 HPの全損イコール現実世界の死となるこのSAOでは、HPのレッドゾーン突入は、文字通り首の皮一枚の状態なのだ。これ以上の攻撃は、相手を殺すことに直結する。如何にレッドプレイヤー相手とはいえ、殺人に抵抗のある討伐隊プレイヤー達は、降伏勧告を行う。大概の犯罪者プレイヤーは、ここまで追い詰めれば投降するか、逃走するかのいずれかである。

 だが、ここに至って、討伐隊のプレイヤー達の予期せぬ事態が降りかかった。

 

「ヒャッハァァアアア!!」

 

「なっ!?」

 

「馬鹿な!」

 

 HPがレッドゾーンに突入したレッドプレイヤーが、そのままの状態で、討伐隊プレイヤーに襲い掛かったのだ。討伐作戦の打ち合わせでは、戦闘中の事情で止むを得ないと判断された場合には、自身や仲間の命を守るためにHPを全損させることも厭わないという認識を、討伐隊プレイヤー達は共有していた。

 だが、実際に人を殺さなければならない場面に直面した時、即座に行動に移せるような人間などそうはいない。故に、討伐隊プレイヤー達の心に、“躊躇い”が生じた。そして、刃を振り下ろすことへの躊躇いは、致命的な“隙”に繋がる――――

 

「死ねやぁぁああっ!」

 

「し、しまっ……!」

 

「ラク!」

 

 最初に凶刃が向けられたのは、紺色の髪にバレッタを着けた攻略組プレイヤー、ラク。慣れないPvP戦闘で、しかも奇襲を受けたことでHPをイエローゾーンまで削られていた状態である。急所に直撃すれば、一気に全損させられる可能性がある。半ば錯乱状態のレッドプレイヤーが繰り出した一撃は、ラクの心臓部へ吸い込まれるように迫っていく。

 

「くっ……!」

 

 間違いなく、死ぬ――――即死の一突きが迫る中で、ラクはそう確信し、目を瞑った。だが、仮想の刃がラクの胸を貫こうとした、その時だった。

 

「ぎゃぁぁああ!!」

 

「!?」

 

 死を覚悟していたラクの聴覚を、今まさに襲い掛かろうとしていたレッドプレイヤーが発した断末魔の叫びが震わせた。瞑った目を開いた時、まずその視界に映ったのは、剣を振り下ろした体勢で構える黒衣のプレイヤーの背中。その向こう側には、袈裟懸けに斬撃を喰らって仰け反るレッドプレイヤーの姿があった。自分を助けたのであろう、その黒い影の男に、ラクや他の攻略組プレイヤーには見覚えがあった。

 

「イタチ!」

 

「余所見をするな。死ぬぞ」

 

 そう口にした途端、イタチが斬り付けたレッドプレイヤーは、ポリゴン片となって消滅した。それは即ち、イタチがレッドプレイヤーを“殺害”したことにほかならない。

 

「まだ戦いは終わっていない。生き残りたければ、腹を括れ」

 

「お、おい!ちょっと待てよ!」

 

 ラクの危機を救ったイタチだったが、その静止を一切聞かず、どこかへ走り出していってしまった。

 討伐隊の最前列に立っていたイタチは、笑う棺桶との本格的な戦闘が開始されると、まず前方の敵を蹴散らした後、後方に控えていたプレイヤー達の支援に回っていた。イタチが今回の討伐戦において最も危惧していたのは、先手を取られて奇襲を受けることではない。切羽詰まった状態で、レッドプレイヤーを殺傷しなければならなくなった場合に、躊躇いが生じて返り討ちに遭うことである。故に、相手を殺すことが、己自身を守るために必要であると知らしめるためには、自ら禁忌を犯さねばならない。

 

(しかし……こんな方法でしか、皆を救うことができんとはな。前世の俺と、全く変わらん)

 

 仲間を救うために、敵を殺す。前世の忍たるうちはイタチが、暗部として当たり前のようにやってきたことだった。忍の世界では、殺し、殺されるのが常である。だが、それは飽く迄、前世の世界での話である。この世界の……少なくとも、この国の人間にとっては、どのような事情があっても殺人は禁忌である。如何に正当防衛といえども、一度その手を血に染めてしまえば、その後の人生が大きく狂わされることだってある。これをきっかけに、殺人者として道を踏み外す可能性も否定できないのだ。

故に、殺人に相当する行為を後押しするイタチの行為は、決して褒められたものではない。無論、仲間を助けるために行動するイタチの心理を理解できる人間は、攻略組や解放軍の中にも少なからずいる。だが、結果だけを見ればイタチの行為は笑う棺桶のメンバーと変わらない。戦いが終われば、『ビーター』に加えて『人殺し』の汚名を着せられ、後ろ指をさされる可能性だってある。

 

「やめて、イタチ君!」

 

「イタチ君、駄目だ!待って!」

 

 だが、イタチは止まらない。アスナやシバトラをはじめとした、イタチに対して友好的なプレイヤー達が、静止を呼び掛けるも、それを無視して刃を振るい続ける。HPがレッドゾーンに突入して尚、狂乱して暴れ続ける目の前の敵を相手に、容赦なく止めの一撃を加えて絶命させていく様は、さながら死神だった。

そうして、討伐隊の列を側面から襲撃する笑う棺桶のプレイヤー達を薙ぎ倒し、戦意を奪い続けることしばらく。苛烈なまでの攻撃を続けていたイタチを、笑う棺桶の不意打ちが襲った。

 

「ふん……!」

 

 目と鼻の先に飛来したナイフを、瞬き一つせず冷静に叩き落とすイタチ。攻撃手段は、毒ナイフの投擲という、ありふれたもの。だが、仕掛けるタイミングが、暗殺者として秀逸だった。イタチが振り翳した刃によってHPが全損したレッドプレイヤーが、ポリゴン片となって消滅する瞬間。光を発するポリゴン片の向こう側から、毒ナイフは投擲されたのだ。殺人という禁忌を犯したことで思考が硬直する一瞬と、爆散するポリゴン片によって発生する死角とを最大限に利用した凶手だった。

 

(薔薇の花……奴だな)

 

 半狂乱状態で襲い掛かってくる他のレッドプレイヤーとは、明らかに格が違う。そう考えたイタチの予感は、叩き落としたナイフの柄に結びつけられていた“薔薇の花”を見たことで確信に変わった。投擲物にこのような装飾をする笑う棺桶のメンバーは、一人しかいない。

 

「あの一撃を防ぐとは……流石ですね、イタチ君」

 

「地獄の傀儡師……いや、スカーレット・ローゼス。やはりお前の仕業か」

 

 再度の奇襲を警戒していたイタチだったが、下手人を探す必要は無かった。イタチの眼前に現れた、口元以外を覆う仮面を着けた、黒衣の男――スカーレット・ローゼス。その手には、先程投擲されたものと同様、薔薇の花が柄に結び付けられたナイフが握られている。

 地獄の傀儡師という二つ名を持つこの男は、笑う棺桶の幹部であり、PoHと並び立つ凶悪プレイヤーである。傀儡師という名前が示す通り、数々のプレイヤーを人形のように操り、殺人鬼に仕立て上げてきた危険人物としても知られている。今回の討伐隊に対する奇襲も、この男の指示によるものであることは、疑いようも無かった。

 

「私達の奇襲を逆手に取り、乱戦状態の中で笑う棺桶のメンバーを殺傷。自分自身を撒き餌にして、こうして私達幹部を誘き寄せるとはね」

 

「それを知って、俺の前にノコノコと出てきたのか?」

 

 イタチがこの討伐戦において最優先のターゲットに指定していたのは、目の前に立つスカーレットをはじめとした幹部である。末端に属す構成員達の大部分は、リーダーのPoHやスカーレットといった、人心掌握術に長けたレッドプレイヤーの命令……否、洗脳によって動いている。故に、頭目を潰してしまえばメンバーの連携は瓦解し、戦意も喪失する。つまり、この死闘は一気に決着するのだ。

 

「フフフ……あなたの考えは、分かっていますよ。この戦いを早期に終わらせるためには、幹部を始末するのが効率的。あなたからすれば、是が非でも、私を殺したい。違いますか?」

 

「分かっているなら、話は早い。決着を着けさせてもらうぞ」

 

 両手に握った剣を構え、斬り込む姿勢を取るイタチ。対するスカーレットは、顔の下半分に覗く口に余裕の笑みを湛えていた。最強プレイヤーと目されるイタチから明白な殺意を向けられて、このように飄々と構えられるレッドプレイヤーは、スカーレットかPoHぐらいだろうか。前世の忍世界でも、うちはイタチを相手に余裕の態度を保っていられた忍者はそうはいなかった。そして、そういった相手には共通して、余裕を持って立ちはだかれるだけの、策略もしくは奥の手を持っていた。

 

「死、ね……!」

 

 そして、その予感は見事に的中した。イタチから見て右側、枝道の暗闇から、弾丸の如き猛烈なスピードで迫る影があった。暗闇の奥で煌めくソードスキルのライトエフェクトは、刀身が発する棒状ではなく、小さな丸い点。それが意味するのは、刺突系ソードスキルの発動。射線上には、イタチの頭が捉えられている。

 

「フン……」

 

 対するイタチは、右手に持った片手剣で、刺突系ソードスキル『リニアー』をいなす。初級ソードスキルだが、狙いが的確な上、凄まじく速い。並みのプレイヤーならば、直撃による即死も十分可能な一撃である。ここまで鋭い、凶悪な一撃を放てる実力を持った、笑う棺桶のメンバーはただ一人。

 

「……またお前か。ザザ」

 

「小癪、な……!」

 

 剣と剣が交差する中、互いに赤い視線を交わす二人。イタチと同じ、赤い双眸を持つエストック使い――赤眼のザザである。

 

「フフ……」

 

 ザザの一撃を凌いだイタチだが、生じた隙を見逃すスカーレットではない。ザザが離脱するギリギリのタイミングで、イタチに対して薔薇の花付きの毒ナイフが投擲される。

 

「甘い」

 

 だが、イタチとてこの程度の不意打ちでは殺られない。対応が難しい姿勢ながらも、左手に持った剣を巧みに振るい、ナイフを難なく落とした。笑う棺桶の幹部二人の巧妙な攻撃を、容易く受け流すイタチ。対するスカーレットは、当初からの余裕を崩さず、ザザは憎悪を剥き出しにして得物の切っ先を向けていた。全く異なる、しかし悪意に変わらない感情を向けられて、しかしイタチは、やはり動じた様子が無かった。

 

「やはり、私達の実力をもってしても、一筋縄ではいかないようですね」

 

「関係、ある、か。俺は、奴を、必ず、殺す!赤い眼を、持つ、奴を……!」

 

 歯切れの悪い、怒気を孕んだ声で話すザザの赤い眼にはイタチに対する殺意が滾っている。しかしイタチは、ザザに視線を一切向けず、スカーレットに赤い双眸を向けていた。ザザなど警戒に値しないと言わんばかりの態度で臨みながらも警戒を解かず、スカーレットに向けて問いを投げかける。

 

「確認までに聞くが、PoHはどこにいる?」

 

「あなたが思っている通りですよ。イタチ君」

 

 その言葉だけで、イタチはスカーレットの言葉通り、自身の推測が的中していたことを悟った。笑う棺桶の構成員を十人以上斬り捨てたことで、レッドプレイヤー達の戦意と戦力は著しく低下しており、その連携は壊滅寸前に陥っている。しかし、この状況に至っても、現れた幹部はスカーレットとザザのみ。本気で討伐隊と戦うつもりがあるならば、首魁たるPoHが姿を表さねばならない状況なのだ。だが、現れた幹部はスカーレットとザザのみ。これが意味するところは……

 

(部下を生贄として置き、一人逃げたか……)

 

 それが、イタチが至った結論だった。PoHというプレイヤーは、賑やかで派手なイベントを好む。それが殺し合いとなれば尚更である。笑う棺桶というレッドギルドを結成したのも、攻略組や解放軍を相手に、命を奪い奪われる狂気の闘争を引き起こすことが最終的な目的だった。だが、PoHにとってはギルド自体も目的を達成するための道具でしかない。同じギルドのメンバーもまた、所詮は使い捨ての駒。大規模な、血で血を洗うPvPを引き起こせさえすれば、後は生きようと死のうと関係は無い。要するに、完全な用済みなのだ。

 無論、こんな大規模な戦闘を行えば、ギルドの崩壊は免れない。だが、一度でも殺し殺される世界の中に身を置き、そして敵の命を奪う経験をしたのならば、もう戻れない。解放軍や攻略組の中から道を踏み外す人間が現れる可能性も、少なからずあるのだ。スカーレットと同格以上の犯罪教唆の達人であるPoHからしてみれば、それは造作も無いことに違いない。ともあれ、PoHは大規模な討伐戦を起こしたことでギルドとメンバーに見切りをつけ、離脱したのだ。

 

「しかし、彼も付き合いが悪い。自分がコーディネートした舞台なのだから、最後まで見届けて行けば良いものを」

 

 尤も、スカーレットはPoHにギルドごと斬り捨てられたことについて、全く意に介した様子は無い。肩を竦めているものの、落胆や失望、憤怒といった感情の色は全く見られない。その態度から、スカーレットが望んでこの場所にいることが、誰の目から見ても明らかだった。

 そんな喜色を浮かべたスカーレットを相手に、エストックを持ったまま近くに立つザザを警戒しつつ、イタチは相対し睨み合う。辺りに殺し合いの阿鼻叫喚が響く中での、膠着状態。

 

「ようやく見つけたぞ!地獄の傀儡師……スカーレット・ローゼス!」

 

 一分にも満たない、しかし数十分にも思えた膠着状態は、すぐに融解した。イタチのもとへ、スカーレットを討つために新たな援軍が到着したのだ。

 

「おや、ハジメ君ではありませんか。やはりあなたも、私を追ってきたということですか?」

 

「分かっているなら話が早い。今日こそは逃がさねえぞ!」

 

「フフフ。相変わらず威勢のいいことですね。その熱意を評して、私自ら相手を……と言いたいところでしたが、既にこの討伐戦の趨勢は決まっている。申し訳ありませんが、私もそろそろ舞台を降りさせていただきますよ」

 

「そう易々と逃がすとでも思っているのか?」

 

 そう口にして、スカーレットのもとへ斬り込もうとするイタチ。だが、その踏み込もうとした足は、エストックの刺突によって横槍を入れてきたザザによって阻まれることとなった。

 

「俺を、無視、するな!」

 

「邪魔だ」

 

 怒気を孕んだ声で剣戟を繰りだしてくるザザだが、イタチにはまるで相手をするつもりが見受けられない。それもその筈。イタチの本命は、飽く迄スカーレットなのだ。この戦いを終わらせるには、スカーレットの始末は急務であり、幹部とはいえザザの相手などしている暇は無い。そんな、ザザの存在を軽く見るイタチの態度に、当人はさらに苛立ちを募らせる。

 

「貴様は、殺す!」

 

「ハジメ、スカーレットを足止めしろ」

 

「分かった!」

 

 ザザが壮絶な速度で繰り出す刺突を二刀流でいなしながら、自身と同じくスカーレットを追ってきたハジメに指示を出す。ハジメは右手に片手剣『ウルトライダー』、左手に盾『ホワイトページ』を持ち、スカーレットへと接近戦を仕掛ける。

 対するスカーレットは、薔薇の花を柄に取り付けたナイフを投擲して応戦する。毒ナイフであろう、刀身が青白く光るそれらは、しかし始めを傷付けること敵わず、盾に阻まれる。

 

「無駄だぜ!こいつはフロアボスの攻撃でも防ぎ切れる優れモノだ!お前のナイフなんざ、通用しないぜ!」

 

「おっと!……ハジメ君も、中々やりますね」

 

 投擲されるナイフを防御したハジメは、一気に片手剣を振り下ろす。だが、スカーレットも腰に差した短剣を抜いて刃を防ぐ。攻略組の装備を受け止める程の強度を有している点からして、得物はPoHが使用している友切包丁(メイト・チョッパー)と同様、相当なレアドロップなのだろう。やはり、PoHに次ぐ笑う棺桶の幹部だけのことはある。一筋縄ではいかない強さに舌打ちしながらも、ハジメは攻勢を緩めない。

 

「まだまだ!」

 

「フフフ……」

 

 刃と刃が交錯する金属音と、斬撃・刺突が盾にぶつかる衝突音が響き渡る。攻略組プレイヤーと笑う棺桶最高幹部との一進一退の攻防は、積極的な攻勢に出ているハジメに分があるように見えるが、余裕があるのはスカーレットの方である。レベルやステータスではハジメの方が優位なのは間違いないが、然程圧倒的な差は無い。そうなれば、PvP戦に慣れているスカーレットの方へいずれは優位が傾くのは明らかである。

 

「余所見とは、いい、度胸、だな!」

 

「……」

 

 傍らで繰り広げられる、ハジメとスカーレットの斬り合いに視線を向けながら、しかしイタチは油断なくザザの刺突をいなしていく。笑う棺桶の幹部たる自分を軽視して余りある行動の連続に、ザザは激怒して、尚激しく襲い掛かる。尤も、ザザの攻撃は一撃たりともイタチを傷付けることは敵わないのだが。

 

(こちらもそろそろ、終わらせねばならんな……)

 

 スカーレットやPoHに比べれば、脅威になり得ないザザだが、イタチは攻めあぐねていた。PvPによって鍛えられた剣戟は攻略組と同等以上に洗練されている。このままでは膠着状態が長引くばかり。ハジメの援護に向かうためには、排除を急がねばならないと考えたイタチは、反撃を仕掛けて一撃で勝負を着けることにした。

 

「これで、どう、だ?」

 

「む……!」

 

 今まで攻め一辺倒だったザザが、フェイントを噛ませてパリングを仕掛けてきた。ザザが真下から振り上げたエストックによって、イタチが持つ二本の剣は両側へと弾かれる。そして、生じた隙を文字通り“突き”、イタチの顔面目掛けてソードスキルを放つ。

 

「死、ね!」

 

 ザザが繰り出すのは、細剣系ソードスキル二連撃『パラレル・スティング』。その切っ先の軌道上には、イタチの赤い双眸がある。

 

「赤い眼を、持つ者は、俺だけで、いい!」

 

 そう言い放ち、ザザが繰り出したソードスキルは……しかし、イタチの眼を刺し貫くには至らなかった。

 

「ぐぅっ……!?」

 

 ソードスキルを発動したザザのエストックが、光の尾を引いて軌道を逸れた。ザザの手元が狂ったからではない。ソードスキルの発動中に、横槍を入れられた影響で狙いが外れたのだ。

 

「まさ、か……!」

 

 目の前で起こった不可解な事象。その原因について思い至ったその時には、既に手遅れだった。次の瞬間に迸る、二条の閃光。それと同時に、ザザの両腕は胴体を離れ、宙を舞ったのだ。同時に二条のライトエフェクトが発生する系統のソードスキルなど、アインクラッドには一種類しかない。

 

「イ、タ、チ……貴、様……!」

 

 両腕を失ったザザの目の前には、両手に握った剣を振り抜いたイタチの姿。それが意味するところは、二刀流ソードスキルの発動。二連撃ソードスキル『ダブルサーキュラー』である。

 

「お前の考えることなど、全てお見通しだ」

 

 イタチの策略は、ザザがパリングによる不意打ちを仕掛けたところから始まっていた。イタチは、ザザがパリングからソードスキルを繰り出すまでの流れを、エストックが振り上げられる前から予測していた。故にイタチは、ザザが二刀流を弾く直前に、剣を弾かれる方向へと振り上げ、パリングを受けたかのように装ったのだ。パリングが成功したと錯覚したザザの動きについては、すぐに予測できた。

 

「“赤い眼”を持つ者は二人も要らない。お前がしつこく口にしていたことだ」

 

 ザザがイタチとの対決に、笑う棺桶の誰よりも拘っていた理由は、その容姿……特に眼の色にあった。自分と同じ赤い眼のプレイヤーが強豪プレイヤーとして存在していたことは、ザザにとっては我慢ならないことだった。あまつさえ、自分が所属する笑う棺桶のリーダーにして、殺人者として尊敬する人物であるPoHすらも認める程の人物なのだ。ザザにとっては、この上なく気に入らない、殺意さえ覚える存在だった。だからこそ、憎悪の対象たる赤い双眸を狙うことは、容易に想像できた。狙いが分かっていれば、対処も容易い。ましてや、高速とはいえ直線的な刺突である。横合いから斬撃を叩きつけて軌道を逸らし、カウンターを叩き込むことは造作も無いことだった。

 

「そこでしばらく、大人しくしていろ」

 

「こ、の……!」

 

 両腕を失って戦闘不能に陥ったザザを蹴り倒すと、最後の仕上げとばかりに、先程スカーレットが投擲した毒ナイフを拾い上げて突き刺す。刃に塗られた麻痺毒で完全に動けなくなったことを確認すると、イタチはその視線をザザからスカーレットへと移した。

 ハジメとスカーレットの戦いも、終息に向かっていたらしい。スカーレットの短剣スキルに圧倒されたハジメが、精神的に力尽きて倒れようとしていた。イタチは二刀流を構えたまま、両者の戦いへと斬り込んでいく。不意を突かれたスカーレットは、イタチの姿を見て一瞬若干驚いたような表情を浮かべたが、すぐにハジメと距離を取って斬撃を回避する。そして、二人と対峙したスカーレットは、凶器と愉悦を孕んだいつもの笑みを浮かべて口を開いた。

 

「もう彼を倒すとは、流石ですね。イタチ君」

 

 イタチを相手に、余裕と言わんばかりに飄々と構えているスカーレット。だが、実際は追い詰められているのが現状である。ハジメを相手にHPを消耗していることは勿論のこと、この討伐戦自体も、討伐隊優位のまま終息へ向かっているのだ。

 

「イタチ、相変わらず無茶してんな!」

 

「流石だな。スカーレット・ローゼスを追い詰めるとは……」

 

 スカーレットと始めの斬り合いに割りこんで、然程絶たずに駆けつけてきたのは、イタチと同じく攻略組プレイヤーのメダカとクライン。ギルドマスターである二人は、それぞれギルドのメンバーを引き連れている。

戦うべき敵の数が減れば、手透きのプレイヤーも現れるのが自明の理。そうなれば、笑う棺桶の幹部を相手にしているイタチのもとへと救援が向かうのもまた、当然のことだった。イタチとハジメが、スカーレットとザザのコンビを相手にしていたのは、ダンジョンの中腹部分。両者共に目立つ容姿のプレイヤーだったため、イタチが属す討伐隊の他の仲間達も、すぐに集まってきた。

 

「スカーレット・ローゼス!お前は包囲されているぞ!」

 

「いい加減、観念しやがれ!この地獄野郎!」

 

 スカーレットを包囲しているプレイヤーの数は、イタチとハジメを含めて二十人にまで達していた。譬え笑う棺桶の最高幹部といえども、この状況を脱出するのは不可能に近い。ザザは両腕を断たれた上で駆けつけてきた攻略組プレイヤーに捕縛されている。残る味方も、奥の通路に隠れているレッドプレイヤー数名だろうが、討伐隊へ接近戦を仕掛けて来なかった以上、投擲による支援に特化した者達である可能性が高い。能力も頭数も上回っている、討伐隊の物量と戦力で十分押し切れる程度の戦力なのは、間違いない。

だが、相手は笑う棺桶の中でもPoHと並んで油断ならないプレイヤーである。今日までの暗闘でそれを心底理解しているイタチをはじめとしたプレイヤー達は、この圧倒的に有利な状況にあっても、油断できないと考えていた。

 

「フフフ……」

 

 事実、スカーレットはこの期に及んでも笑みを全く崩していなかった。明らかにハッタリの類ではない、この状況を脱出するための策がある故の余裕が垣間見えた。

 

(この状況で、まだ笑っていられるとはな……)

 

(まだ何か、小汚い策を用意しているのは間違いねえな)

 

(一体、何が起こるんだ?)

 

 その態度に、メダカやテッショウ、シバトラは身構える。討伐戦もいよいよ大詰め。ここに至って、どんな凶手が炸裂するのか。

 

「イタチ君をはじめとした攻略組の皆さんのお陰で、中々楽しい舞台でしたが、そろそろ終幕のようですね」

 

「分かっているなら、大人しく投降しろ!」

 

「もう逃げられるとは思うなよ!」

 

 血の気の多い討伐隊プレイヤー達がスカーレットに向けて踏み込んで行くが、やはり動じない。本格的に追い詰められたこの状況で、しかしスカーレットはその口を三日月のように釣り上げながら再度口を開いた。

 

「残念ですが、私はそろそろ失礼させていただきますよ」

 

 スカーレットはそれだけ口にすると、右手を天に掲げ、指を鳴らした。誰が見ても明らかな『作戦開始』の合図に、討伐隊プレイヤーの間に緊張が走る。

 

「テッショウ、退け!」

 

「なっ……!?」

 

 次の瞬間、イタチは自身の背後に集まった討伐隊プレイヤー達の中に殺気を感じた。その正体、そしてスカーレットの仕掛けた策略の正体を瞬時に悟り、危険が迫っているプレイヤーの一人に呼び掛けた。途端、イタチが警告を放った人物たるテッショウの首に対し、横一文字の斬撃が放たれた。傷は浅かったが、あと一瞬反応が遅れていたならば、首と胴が泣き別れになっていただろう。

 

「お、お前はっ……!」

 

「ヒヒヒッ……!」

 

 テッショウに斬撃を放ったのは、討伐隊に属すプレイヤーの一人。アインクラッド解放軍のユニフォームに身を包んだ、男性プレイヤーである。そのカーソルは、テッショウに傷を負わせたことによって、グリーンからオレンジへと変化していた。

 

「伏兵か!」

 

「討伐隊に紛れていたのか!」

 

 討伐隊プレイヤーに扮しての、血盟騎士団幹部・テッショウに対する奇襲。だが、事態はそれだけでは収まらない。

 

「ハハハハ!」

 

「また出たぞ!」

 

「今度はリュウが襲われた!」

 

「ヒャハハハハッ!」

 

 討伐隊の中で発生する、伏兵による奇襲に次ぐ奇襲。スカーレットが指を弾いた瞬間に起こったことから考えても、これら全てが彼の仕込みであることは間違いない。笑う棺桶の討伐隊迎撃作戦の用意が周到だったのも、奇襲を掛けた者達が密告したからだろう。イタチもこの程度の事態は予測できていた。だが、如何せん数が多い。笑う棺桶所属から派遣されて潜り込んだプレイヤーもいるのだろうが、スカーレットによる汚染でレッドプレイヤーとなった者達が大勢いたことは間違いない。

 

「それではそろそろ、お暇させていただきましょうか」

 

 スカーレットを追い詰めていた討伐隊プレイヤー達は、伏兵の奇襲で混乱に陥っている。誰が味方で、誰が敵なのか、判別がつかないこの状況では、目の前に建つスカーレットを捕縛することすら儘ならない。

 

「クソッ!待ちやがれ、スカーレット・ローゼス!」

 

「……!」

 

「ハジメ君、そしてイタチ君。私は人を欺くことに快感を覚え――――君達は、それを見抜くことに使命感を感じている。またどこかで会いましょう」

 

 

 

Good Luck

 

 

 

 その言葉を最後に、笑う棺桶の最高幹部スカーレット・ローゼスは転移結晶を使ってダンジョンを脱出した。攻略組・解放軍の連合討伐隊と、笑う棺桶との戦いが完全に終結したのは、それから十数分後のことだった。

 全てが終わった後に分かった討伐隊の犠牲者の数は、攻略組・解放軍を合わせて九名。笑う棺桶に至っては、確認されただけでも三十九名のプレイヤーが死亡した。合計五十人近くの人命が失われた戦いの末に、アインクラッドを震撼させた殺人ギルド『笑う棺桶』は壊滅した。笑う棺桶側の犠牲者の内、イタチが手に掛けたプレイヤーの数は、本人の証言によれば、三分の一に相当する十三名。討伐隊の犠牲が、然程大きくならなかった要因には、イタチが抵抗を続けるこれら十三名のレッドプレイヤーに対して容赦なく止めを刺したことが大きく働いていると、リーダー格のプレイヤー達は揃って口にした。

この戦いは、殺るか殺られるかの命の奪い合い。自分や仲間が生き残るには、敵の命を奪うほかに無い。そんな戦場の心理を、イタチは自身が率先して敵を殺す事で、全てのプレイヤーに思い知らせたのだ。無論、手段としてはとても褒められたものではなく、戦後にイタチを擁護したプレイヤー達も、その行為については一切肯定する発言をしなかった。だが、同時に否定もしなかった。あの場でイタチが背中を押さなければ、もっと多くのプレイヤーが死んでいたことは、誰から見ても、明らかだったのだから――――

 

 

 

 

 

2025年12月13日

 

 銃と鋼鉄の世界、ガンゲイル・オンラインにて開催されている、ゲーム内の最強決定戦、第三回バレット・オブ・バレッツ――通称、BoB。その参加者が集うドームの一角にて、ワインが注がれたグラスを片手に、モニターに映された予選の戦闘風景を、二階の観戦席から眺める男性プレイヤーがいた。痩身で、防具の類を一切身に付けていない、軽装から分かるように、彼は参加者ではない。この大会を観戦しに来た、ギャラリーの一人である。

 

(あの日から既に一年以上……しかし、腕は全く落ちていないようですね)

 

 男の視線の先にある映像の対戦カードは、『Itachi vs 闇風』。BoB本線の上位常連である闇風が出る試合である以上、誰もが闇風の勝利を疑わなかった一戦。だが、そんなギャラリーの予測を裏切って余りある結果が映し出されていた。無名の新参プレイヤーが、闇風を打ち倒したのだ。前代未聞な、誰もがまるで想像できなかったこの決着に、しかしこの男だけは納得した様子で愉悦の表情を浮かべていた。

 

「あの時と全く同じですね。私の期待を裏切らず、この世界の舞台へと、もう一度上がって来てくれた」

 

 現実世界へと帰還して以来、初めてとなるこの舞台。開幕の序章とともに、招待状を送った者達もまた、水面下で動いている。それは、闇風を倒した彼がこの大会に参加していることからも明らかである。

 

「さて、私もそろそろ、次の仕込みに移りましょうか」

 

 BoB予選の対戦カードを全てチェックし、本選出場者は大凡割り出せた。招待状を送った彼の変わらぬ戦いぶりを見ることができた以上は、もう用は無い。そう考え、席を立ち上がってその場を後にしようとした。その時だった。

 

「おや?」

 

 ドーム一階の、参加者が待機する場所を見下ろす男の視界に止まった、二人のプレイヤーの姿。黒衣と灰色の服に身を包んだこの二人は、男にとって見知った人物である。片や、上から下まで黒一色で、赤い双眸を持つ、額当てを装備したプレイヤー。先程の対戦で闇風を討ち破った無名のルーキー、イタチである。もう片方は、灰色のぼろマントを纏い、黒い鉄仮面を被った、幽霊を彷彿させる不気味なプレイヤー。彼もまた、男が用意した舞台にとって重要な人物である。

 

「おやおや、二人の対面は、まだまだ先の予定だったのですが……困ったものですね」

 

 そう呟く男だったが、苦笑を浮かべるその顔には、焦燥の色はまるで無い。むしろ、この予想外の展開が楽しいと言わんばかりに肩を竦めていた。男は、階下で向かい合う二人の男をそれ以上見つめることはせず、今度こそその場を後にするのだった。

 幕開けを迎えた舞台は、多くのキャストを巻き込みながら、本格的に動き出していく――――

 

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