ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第八十六話 5番目の標的

「お前、“本物”、だな」

 

 BoB予選の第一回戦を終え、待機場所へ戻ってきたイタチを待っていたのは、そんな台詞だった。イタチの目の前に立つのは、イタチの一回り大きい体格の男。灰色のぼろマントに、顔全体を覆う鉄仮面を被った、幽霊を彷彿させるプレイヤーだった。仮面の下から覗く赤い双眸が捉えているのは、イタチの顔――正確には、その赤い双眸と、額に巻いた金属プレートに刻まれた特徴的な紋章だった。

 対するイタチは、視界を覆い尽くさんばかりに迫るその不気味な鉄仮面を、しかし赤い双眸を一切逸らさず、瞬きさえせずに見据えていた。二人の赤い視線が交錯する中、イタチは無表情のまま、無感情の声色で言い放った。

 

「そう言うお前は、“人形”だな」

 

 イタチが挑発的に放った言葉に、灰色のぼろマントを纏った男は、抑え込んでいたのであろう怒りを露に、豹変した。鉄仮面の隙間から覗く双眸から、まるで血走らせたような赤い光を迸らせ、イタチの胸倉を掴む。反応すら難しい程の速度で伸ばされた腕を、イタチは敢えて回避しようとしなかった。

 

「貴様……やはり、お前、か……!」

 

「…………」

 

 相当な筋力パラメータの持ち主なのだろう。イタチの小柄な身体は、みるみる持ち上げられていった。激しい憎悪を露に、今にもイタチを殺さんばかりの声色で睨みつける灰色マントの男だが、やはりイタチは動じない。冷たい感情を宿した目で、自分の胸倉を掴んで持ち上げる男を見下ろしていた。目の前の存在を歯牙にもかけないイタチの態度に、灰色マントの男の苛立ちは、増すばかりだった。

 

「無駄だ。ここは圏内……HPが削られることは有り得ない」

 

「こ、の……!」

 

「それとも、撃ってみるか?死銃(デス・ガン)とやらを」

 

「…………」

 

 イタチの挑発に対し、ぼろマントの男はそれ以上言葉を発することは無かった。イタチの言う通り、BoB予選出場者が集まるこの場所は、ゲーム内の安全地帯――通称、圏内であり、HPが減少することはない。唯一の例外があるとすれば、それはGGO内で噂となっている、都市伝説的な武器であり、プレイヤーの存在――『死銃(デス・ガン)』である。だが、ぼろマントの男はそれを撃つことができない。死銃を持っていないからではない。撃つための、条件を満たしていないのだ。

 やがて、これ以上の睨み合いは無意味と悟ったぼろマントの男は、イタチの胸倉から手を離し、背を向けてその場を去っていった。掴み上げられていたイタチは、いきなり離されたことで尻もちをつくでもなく、何事も無く地面に着地し、マントを靡かせて去っていくその姿を見つめた。やがて、一定の距離をおいたぼろマントの男は、ゆっくりと顔半分だけ振り向き、あの歯切れの悪い口調で言い放った。

 

「お前は、俺が、殺す。今度こそ、必ず!!」

 

 それだけ口にすると、男の身体は青白い転移のライトエフェクトとともにその場から消えた。次の対戦相手を決める試合が終了したことで、転移させられたのだ。BoB予選は、次の対戦相手が決定するまでのインターバルは、このホールにて待機することとなっている。ぼろマントの男も、次の対戦が開始されるまでの間隔を利用して、イタチのもとへ姿を現したのだ。

 

(やれやれ……俺と相対した途端に血の気が多くなるのは、相変わらずのようだな)

 

 先程自分に敵対的に接してきたプレイヤーの正体について、イタチは心当たりがあった。もっと言えば、先程のぼろマントの男こそが、イタチが探しているプレイヤー――死銃で間違いない。

死銃事件と仮称しているこの事件には、仮想世界での殺し合いに慣れた人間が関与していることを、イタチをはじめとした捜査関係者達は疑っていた。その精神状態は、殺人を犯す程に末期状態になっていながらも、複雑な殺人計画を実行するだけの知性を備えている。それらの結論から推察できることは、ただ一つ。

 

『死銃の正体は、殺人ギルドに所属していた、SAO生還者である』

 

故に、イタチは捜査に乗り出す前に、SAO時代に脳内で作り上げたブラックリストの中から容疑者の目星を付けていた。殺人ギルドとの討伐戦を経験したプレイヤーの多くは、その忌まわしき記憶を忘れるよう意識していた。だが、イタチだけは違っていた。討伐戦の最中で捕縛した者達はもとより、殺害した者に至っても、顔と名前は全て覚えている。現実世界へ帰還した後、殺人ギルドのメンバーの罪を問うことはまず不可能であることは、イタチも想像できたことだった。しかし、危険な人格の持ち主であることを告発することができれば、保護観察処分で危険行為を行わないよう監視をつけることも不可能ではない。そう考え、要注意人物を中心にその人相・容姿・名前を記憶の中に保存していたのだ。

 

(予想はしていたが、やはり奴だったか……)

 

 先程のやり取りの中で、ぼろマントを纏った鉄仮面のプレイヤーの正体を、イタチは確信していた。笑う棺桶所属のSAO生還者で構成されるブラックリストの中でも、上位に食い込む危険人物。イタチが想像する中で、今回の死銃事件を引き起こすに足る危険な人格の持ち主だった。

 

「おい、イタチ!」

 

「カンキチか」

 

 ぼろマントを男が消え去った場所を見つめ、思考に耽るイタチに声をかけたのは、今回の捜査協力者であるカンキチだった。すぐ後ろには、ボルボも付いている。恐らく、先の一幕を見ていたのだろう。常の強欲でグータラな雰囲気を見せず、真剣な表情で問いかけてくる。

 

「さっきのマントの男、何者だ?」

 

「恐らく、奴が死銃だ」

 

 さりげなくイタチが放った一言に、カンキチとボルボは驚愕に目を見開く。

 

「おい……まさかアイツが、そうなのか!?」

 

「ああ。私見だが、ほぼ確定だ」

 

「まさか、こんなに早くに現れるとは……予選出場者は、大丈夫なのか?」

 

「そちらは問題無い。奴等が本格的に動き出すのは、本選だ。如何に連中が周到な準備のもとで計画を遂行していようと、誰と当たるか分からない予選までは手が及ばん」

 

 いかつい顔に冷や汗を浮かべ、不安を露にするボルボに対し、イタチは冷静に標的の動きについての考察を述べる。既に死銃の殺害の手口について大凡の見当を付けているイタチが言う以上は、ほぼ間違いない。

 

「それより、次の予選が始まる。俺は行くぞ」

 

 異質なものを見るような視線を送るカンキチとボルボをその場に残し、イタチもまた、転移の青白い光とともに姿を消した。二人が感じた通り、人間二人を実際に殺害した男と対面しながらも、全く動じないイタチは異常だった。だが、その認識は間違っていない。イタチこと桐ヶ谷和人の中身は、凄絶な忍時代を生きた、うちはイタチなのだ。この世界に生きる人間との間に発生する認識の齟齬は、避け得ないものだった。

だが、等のイタチ自身は、それを理解しつつも気にした様子は全く無い。今はただ、依頼を遂行するために本選出場を目指すことだけを考えていた。譬え次の対戦相手にあの男が出てきたとしても、イタチが剣を鈍らせることなど有り得ず……感情が乱されることすら無い。

うちはイタチとして生きていた、前世の忍界においては、因縁ある相手と戦場で相対することは珍しくはない。尤も、暗部や暁に所属していたうちはイタチの場合は、大概の相手はほぼ確実に初見で倒していたため、再戦に臨むケースは稀だった。少数の例外としては、弟のサスケや、そのライバルであるうずまきナルト、その師であるはたけカカシが挙げられる。いずれも、イタチと同じく写輪眼を持っていたり、強力な尾獣を宿す人柱力であったりと、かなり特殊な事情を持つ忍である。

だが、今回SAO以来の因縁のもと再戦に臨むこととなった死銃ことあのぼろマントの男に関しては、例外である。討伐戦と称しながらも、敵の命を奪わないよう配慮した戦いだった故に、こうして再戦する羽目になっているのだ。故に、単純な戦闘能力だけならば、前世で出会った強豪達程の脅威にはなり得ない。警戒すべきは、その背後にいる大物の黒幕である。

 

(地獄の傀儡師、スカーレット・ローゼス……いや、高遠遙一。今度こそ、必ず決着を着ける)

 

次の予選試合が開始されるまでの一分間の中で、イタチはこの戦いで打ち倒すべき真の敵を改めて見据えていた。そして、自身がかつて戦った殺人者達との戦いに再度身を投じる覚悟を新たに……しかし、その感情は揺れ動くこと無く凪いだまま、次の試合へとイタチは臨んでいくのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 闇夜に覆われた空の下に聳え立つ廃墟の中を、シノンは駆け抜けていた。その手には、愛銃のウルティマラティオ・ヘカートⅡを構えている。狙撃手の必勝法は、最大の武器たる長距離射撃の能力を活かすために、敵の動きを予測して狙撃位置を先に確保し、認識外の距離から一撃で仕留める方法にある。そのため、試合開始から大分時間が経過している現在、シノンがここまで駆け回っていることは、常ならば有り得ない。故にこの現状は、彼女にとっての緊急事態が起こっていることを示している。

 

(抜かった……まさか、先手を取られるなんて…………)

 

 シノンは現在、対戦相手のプレイヤーに追われていた。対戦相手の名前は、『ケビン』。狙撃手としての必勝法に準じて、狙撃に適したポイントの確保に向かったのだが……見事に裏をかかれた。『バイオハザード・ラボ』と称されるこのフィールドを照らす光源は、廃墟たる研究施設の中にある半壊した照明と、僅かな月灯りのみ。シノンはこの暗闇に包まれたステージを、狙撃に適した高所を目指して移動する途中で、襲撃を受けたのだ。相手の行動を予測して動くのが狙撃手の戦いだが、その対抗策として逆に行動を読まれる場合もあるのだ。今回のシノンがまさにそれで、ポジション取りに選択した移動ルートを逆に暴かれた結果が現在の状況である。

何故、ここに至ってこのようなミスを犯してしまったのか。考えても詮無きことだが、理由としては予選四回戦目だったということが大きい。この戦いに勝てば、決勝進出と共に本戦進出が決定する。高を括っていたつもりは無かったが、心のどこかで油断していなかったとは断言できない。或いは、自分が出場しているFブロックにおいて、確実に決勝進出すると思われていたプレイヤーを意識し過ぎていたことが原因かもしれない。

 

(他人の所為にしてる場合じゃないわね……っと!)

 

 今は何より、目の前の敵を排除することが最優先である。シノンは背後から迫る敵にどう対処したものかと思考を巡らせる。だが次の瞬間、シノンの視界の端を赤い光の線が通り抜けた。GGOにおいて、銃弾が通過する軌道を示す、弾道予測線である。しかも、一本だけではない。

 

「ふっ!」

 

 視界の端に映った数本の弾道予測線を視認するや、素早く右方向へ跳んで、迫る弾幕から逃れんとする。直撃は回避できたものの、数発が肩や足を掠り、HPゲージを削った。地面を転がったシノンは、起き上がると同時に狙撃銃の銃口を、予測線が走った方向へと向ける。途端、微かな足音が遠ざかった。

 

(攻め方が慎重なお陰で、致命的な攻撃は貰っていないけれど……埒が明かないわね)

 

一度に複数の弾丸が発せられる銃火器――短機関銃IMIマイクロUZI(ウージー)である。9ミリパラベラム弾を、毎分1250発の連射速度で繰り出すこの武器は、現実世界においては小型化・軽量化の末に、現実世界においては機関拳銃のカテゴリーに入るとさえ言われている。速射と連射に優れ、しかも携帯に優れた武装である。加えて、この暗闇の中で正確な射撃をしてきていることからして、暗視スコープを装備していることは間違いない。

レベルについてはシノンとほぼ互角だが、ステータスは明らかに敏捷特化型である。シノンの居場所を戦闘開始から然程間を置かず突き止めたことや、UZIをはじめ軽量型の武装を中心に使っていることからしても、これは間違いない。

 

(しかも、かなり強い……相当戦闘慣れしてる……まるで油断した様子が見られない)

 

 先程からシノンに攻撃を仕掛けているケビンだが、その動きからは、主武装であるヘカートの威力を警戒している意思が読み取れた。狙撃銃の弾丸は、譬え予測線が見えたとしても、至近距離で発射されれば、間違いなく回避が間に合わない。シノンの使うヘカートともなれば、弾速は言うに及ばず、直撃すれば即死は免れない威力である。

ケビンは、文字通りの意味で、一発逆転の弾丸が放たれることを警戒しているのだ。暗闇の中、暗視スコープのアドバンテージを得ているにも関わらず、付かず離れずの距離を維持して攻撃を仕掛けていることからして、これは間違いない。

尤も、シノンも、月明かりや照明等の、光がある場所へとケビンを誘導する、マズルフラッシュを発生させる等して、その姿や輪郭を捉え続けることで、認識情報のリセットを防いでいた。加えて、認識情報は、弾道予測線をはじめ、プレイヤーのアバターや武装の視覚情報以外にも、足音や臭いといった他の五感情報も有効である。ケビンの方も、暗視スコープの装着によって視界が狭まっていることもあり、あまり距離を開けることができない。結論として、ケビンは現状のアドバンテージを維持する代償として、認識情報を与えたままの戦闘続行を余儀なくされていたのだった。

 

(ホールでは武器を見せびらかしているお調子者ばかりだと思っていたけど、とんだ曲者がいたものね)

 

 BoB上位常連の闇風や、死剣ことイタチ程ではないが、強敵には違いない。狙撃手の懐に飛び込んで尚、付け入る隙を一切見せない。先手を取られて奇襲を受けたにも関わらず、シノンがヘカートを離さなかったのは、一気にHP全損に持って行かれなかったことと併せて不幸中の幸いとしか言いようが無かった。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 敵が背後にいることは間違いないが、正確な居場所が掴めない。それに対し、相手はこの暗闇の中でも自分の居場所と動作を把握出来るのだ。このままいけば、負けることは間違いない。この、敗北することが間違いない圧倒的不利な状況を逆転する術といえば、ヘカートの対物弾を直撃させるくらいだろうか。

 

(狭い場所に誘導して……駄目。絶対に悟られる。なら、避けられないくらいの位置から……)

 

 ヘカートの弾丸を確実に撃ち込める状況を作る方法について思案するが、有効な策がまるで浮かばない。用心深い敵プレイヤーを相手に、並大抵の方法が通用するとは思えない。何か、相手の裏を突くような、セオリーに囚われない攻撃が必要なのだ。

 

(死剣……こんな時、あなたならどうするのかしらね)

 

 追い詰められたこの状況下で頭に浮かぶのは、このトーナメントの決勝で再戦を誓った相手。死剣の異名を持つ光剣使い、イタチである。光剣という、GGOにおいてマイナーな武器を使った、型破りな戦術で、銃器相手にまるで臆することなく無双する、あのプレイヤーならば、この程度の状況は簡単に覆せるだろう。

 

(そう……そうよね。私は、あの人みたいに強くなるために戦っているんだから……)

 

 死剣と肩を並べられるだけの強さを身に付けようというのならば、この程度の状況を打破できなくてどうする。そう思い、心中で自分を強く叱咤したシノンは、決意を新たに駆け出した。

 

(反撃のチャンスが無いのなら、作るまで!)

 

 時折背後から伸びる弾道予測線と、それに追随して迫る弾丸を回避しながら走るシノンの向かう先は、一階のとある部屋。戦闘開始とともに、階段入口に設置されていたフロアマップを見て知った場所である。

 

(あそこ!まずは……)

 

扉を視認するや、サイドアームのグロック18Cをホルスターから引き抜き、扉に向かって五発ほど銃弾を連射する。扉に備え付けられたガラスと鍵が破壊され、すぐさま扉を開く。室内を一通り見回し、月明かりのみが照らす窓の外に目的の物があることを確認すると、すぐさま奥へと駆け出していく。そして、障害物たる大型の実験用の耐熱・耐薬品性の大型デスクが並ぶ中を走り、奥側の壁へと辿り着いて間も無く。シノンが部屋へと入ってきた扉から、微かな足音が聞こえてきた。

 

(来た……ここまでは、狙い通り!)

 

 追い詰められたこの状況で、半ば以上博打で立てた作戦だったが、相手は上手く乗ってくれたようだ。窓の外に僅かな灯りがあるとはいえ、室内は薄暗く、肉眼で互いの居場所を探るのは難しい。だが、ケビンに関しては暗視スコープを装備しているのだから、関係無い。愛銃のヘカートを近くのデスクの上へと置くと、先程引き抜いたグロック18Cを再度構える。

 グロック18Cは、トリガーを引き続ける限り、弾倉内の弾薬が尽きるまで撃ち続けられるフルオート機能を搭載した拳銃である。対戦相手のケビンは、戦場をこの場所へ移したシノンの意図を、狭所での銃撃戦に持ち込むことで、弾丸の命中率を上げようとしているのだと推測しているだろう。手に持つ武器を、一撃必中の狙撃銃から、連射が可能な拳銃に持ち替えたことからも、そう考えていることは間違いない。

 

(多分、向こうは認識情報がリセットされるまで、教室には踏み込まずに、こっちの様子を窺う……)

 

扉を開く際に、窓ガラスを破壊して破片を床に散らばらせたのは、室内へ踏み込む際の音で、進入を察知できるようにすることが目的なのだ。だが、切れ者のケビンならば恐らく、その意図も見抜いていることだろう。だが、それもシノンにとっては計算の内。そうして、シノンの目論見通りに、暗闇に包まれた室内の然程遠くない距離で膠着状態が続くことしばらく。遂に、認識情報がリセットされる制限時間、六十秒が経過した。

 

(今!)

 

 認識情報が完全にリセットされたことを確認するや、シノンは室内全体に向けて銃を乱射した。装填されている残弾二十七発全てを、目に見える範囲全てに撃ち込む。壁に、扉に、デスクに、床に、薬品棚に、窓ガラスに……

 室内に存在する、ありとあらゆるオブジェクトに対して銃弾を撃ち込んでいく。傍から見れば、微塵の戦略性も無い、完全に破れかぶれな行動である。

 

「…………」

 

 そして、拳銃の弾丸を連射することしばらく。シノンの拳銃は、引き金をいくら引いても弾丸が発射されなくなった。遂に弾切れを起こしたのだ。そして、その瞬間、今度はケビンが動き出した。

 地面に散らばったガラス片を踏みつける音と共に、室内へと進入してくる。未だ朧げながら、暗闇の中にいた先程までよりは、像がはっきりしている。丸刈りの坊主頭で、身に纏う戦闘服は緑のミリタリースーツ。防弾チョッキは着込んでいるものの、かなりの軽装である。所持している武装は、右手に持つUZIと、左手に持つ拳銃。はっきりとは見えなかったが、形からして恐らくはジグザウエルP228だろう。現実世界では、コンパクトかつ装弾数が多いことから、警察などの法執行機関で多数採用されている自動拳銃である。

恐らく、グロックが弾切れになったことを好機と見て、一気に決着を着けるために踏み込んできたのだろう。この狭い室内空間では、グロックの弾薬装填は間に合わない。ヘカートとて、机の上から持ち上げて構える暇は無く、反動の大きい対物ライフルでは碌に狙いも付けられない。唯一の懸念事項はプラズマグレネードの投擲による反撃がネックだが、この閉鎖空間で使えば自分も巻き添えになりかねない。結論として、銃器を使用されるまえに弾幕を食らわせてしまえれば、勝負を着けることができるのだ。

 

「貰った!」

 

 この戦いの中で、初めて口を開いたケビンから発せられた言葉は、勝利の確信。シノンを追い詰めたと信じて疑わない様子だった。それを見たシノンは、

 

(貰ったのは……)

 

 腰に装備していたプラズマグレネードを外し、先程の銃の乱射でガラスが砕けた窓の外へと投げつけた。

 

(こっちよ!)

 

「!?」

 

 対戦相手であるシノンが起こした突拍子も無い行動に、ケビンは理解が及ばず、驚愕の表情を浮かべていた。スコープで隠れて分からないが、恐らく大きく見開いていることだろう。自分を巻き添えに敵を爆殺するための最終兵器たるプラズマグレネードを、外へ向かって投げつけたのだ。先程の銃の乱射といい、全く意味が分からない……ケビンがそう思った時だった。

 

「んなぁっ!?」

 

 プラズマグレネードの炸裂とともに、室内へと白い煙が猛烈な勢いで流入してきたのだ。流入元は、シノンがプラズマグレネードを投擲した窓の向こう側である。

 

「ぐっ……ドライアイス……いや、液体窒素だと!?まさか……!」

 

 シノンとケビンが戦っているフィールドは、廃墟化した化学薬品研究施設である。その敷地内には、劇薬や可燃性のアルコール類を保管していた倉庫が、中身がそのままの状態で残っているのだ。そして、その中には液体窒素を保管するためのタンクもまた存在している。

 

(まさか……最初からこれが狙いだったってのか!?)

 

 液体窒素のタンクが窓の外に接している部屋を戦場に選んだのも、サイドアームのグロックを撃ち尽くして付け入る隙を作ったのも、全てシノンの手の平の上だったのだ。姿を現さない用心深い敵が、勝利を確信して勝負に出るシチュエーションを装い……いざ、相手が行動に移したところで、それを打ち消す罠を発動させる。

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

「なっ!」

 

 そして、罠に足を取られて動けなくなったところで、今度はシノンが勝負に出る。とは言っても、得意のヘカートによる狙撃は、支持状態からの射撃が基本である。直立状態での射撃は、反動で狙いがぶれる。至近距離であってもそれは変わらない。ましてや、液体窒素によって発生した霧が視界を不鮮明にしている。結論から言えば、外れる可能性の方が高いのだ。そこで、シノンが取った行動とは……

 

「りゃぁあ!」

 

 愛銃であるヘカートの銃身を握り、あらん限りの力を込めて振り回したのだ。長さ1380 mm、重さ14キロの金属塊である。現実世界においては、撲殺用の凶器として十分だが、ゲーム内では大したダメージを与えることはできない。だが、頭部に直撃させられたならば、衝撃で平衡感覚を眩ませるくらいはできる。ましてや、対物ライフルを持ち運ぶために鍛えたシノンの筋力パラメータでこれを繰り出すのだ。

 

「ぐごっ……!」

 

果たして、シノンが放った渾身の一撃は、ケビンの頭部に見事命中。衝撃でバランス感覚を崩すに止まらず、装備していた暗視スコープまでもが、バキリという音を立てて破壊された。

 

「こ、の……!」

 

「させ、ない!」

 

 予想外の攻撃に狼狽したケビンだが、暗視スコープが破壊されて完全に視界が閉ざされた状況の中、すぐに反撃に移るべく、右手に持ったUZIの乱射を試みる。だが、引き金に手を掛けるより早く、シノンが返す形で再度繰り出したヘカートのスイングによって手を撃ち据えられ、叩き落とされてしまった。

 

「しまっ……!」

 

 さらに狼狽し、完全に浮足立つケビン。そこには、シノンを追い詰めた切れ者プレイヤーの面影は全く無かった。そして、完全に無防備を晒した、仕留めるには絶好の機会を逃すシノンではない。

 

「これでっ……」

 

 再度構え直したヘカートを槍のように構え、銃口という名の切っ先を、ケビンの鳩尾へと突き込む。バランスを崩して倒れるケビンの腹部へと、刺し穿つ勢いでヘカートを固定したまま、右手を引き金へと動かす。

 

「終わり(ジ・エンド)よ!」

 

 銃口を完全に密着させた状態での射撃を避ける術など、ありはしない。しかも、ケビンの腹部へと放たれたのは、対物弾。土嚢や壁を貫く威力を秘めた、強靭無比な弾丸である。それを、至近距離で食らってしまったならば、即死は免れない――――

 

「あがっ………は!」

 

 被弾したケビンは、言葉を発することすらできず、息絶えていた。鳩尾部分が吹き飛ばされ、上半身と下半身が泣き別れになっている。HPは当然のことながら、残っている筈が無い。

やがて、敵の致死と同時に、頭上に照射を示すパネルが現れる。それを確認すると、シノンはようやく自分がこの窮地を乗り切り、予選ブロックの決勝へ進出したことを実感し、意図の切れた人形の如く、その場に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 予選の相手にしてはかなり強力な敵を相手に勝利を収め、待機場所のホールへと転送されたシノン。だが、BoB予選トーナメント参加者には、まともに休む暇などありはしない。次の対戦相手が決まり次第、随時対戦フィールドへと転送されるのだ。

ホールの上に展開されているパネルの中から、次の対戦相手が決まる戦いが繰り広げられている映像を探す。いずれのブロックも決勝が間近である以上、戦闘を映すパネルは少なく……目的の対戦カードを見つけるのは、難しくはなかった。

 

(次の対戦相手は……やっぱり!)

 

 シノンの視線の先にあるモニターに映し出されていたのは、ちょうど対戦が決着するところだった。対戦カードの二人は、両方ともシノンにとって見知ったプレイヤーである。モニターの向こうでアサルトライフルを乱射している男は、かつてシノンが所属していたスコードロンのリーダー、ダイン。そして、アサルトライフルから繰り出される精密な連射を、正面か叩き伏せながら突き進むのは、『死剣(デス・ソード)』の二つ名をもつ光剣使い、イタチである。

 

『こ、のぉぉおっ!』

 

 放たれる弾丸の悉くを斬り捨てられ、苛立ちを露に叫ぶダイン。だが、そんなものでイタチが怯む筈などなく……一気に懐へ入られた。

 

『がぁぁあああっっ……!!』

 

 横薙ぎで放たれる光剣の一閃をもって、ダインの腹を両断する。さらに、返す刃で背中を袈裟斬りにする。赤い光の軌跡を残しながら振るわれた二撃により、ダインのアバターは三つ切りにされる。HPは当然残っている筈もなく、イタチの勝者宣言の表示が然程間を置かず空中に浮かんだ。

 

(やっぱり、生き残ったのはあなただったのね……)

 

 GGO最強を決める大会たるBoBだが、次にシノンがぶつかる相手は、闇風を倒した猛者を超える猛者である。詰まるところ、シノンが知る限りでは現段階におけるBoB優勝候補なのだ。

BoBへ出場する以上、前大会で敗退した雪辱を晴らすために優勝を目指していたシノン。だが、この戦いに勝つことができたならば、この世界に来た目的全てを果たすことができる。このゲームをプレイしてきた中で、絶対的な強者と呼べる存在……これを倒し、乗り越えることができたならば、確かな強さを手に入れることができる。

 

(勝負よ…………死剣!)

 

 対戦相手たるイタチがホールへ戻ってきてからの、僅かなインターバルが経過したことにも気付かずに……シノンは決意を固め、再びの戦場へ降り立つのだった――――

 

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