ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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星なき夜のアリア
第八話 流星


 

2022年11月6日の、ソードアート・オンラインのサービス開始から一カ月が経過した。デスゲームの虜囚と化したプレイヤー達は、はじまりの街に残って救出を待つ者、協力してサバイバルを目指す者、犯罪行為に及んで食い扶持を稼ぐようになった者など、様々なグループに分かれた。そして一カ月が経過した現在、犠牲者の数は1000人に及んだ。そして、未だ第一層はクリアされていない―――

 

2022年12月2日

 

ソードアート・オンラインが舞台、浮遊城アインクラッドのスタート地点である第一層。このゲームを攻略するためには、強力なモンスターが犇く迷宮区タワーを踏破し、その次の階層への扉を守護するフロアボスモンスターを倒さねばならない。だが、一カ月が経過した現在でも、フロアボスの部屋へ到達するに至ったパーティーすらいない。そんな迷宮区の前人未到エリア、二十階あるうちの十九階にイタチの姿はあった。

 

「グルォォオオオ!!」

 

「グルァァアア!!」

 

「グルゥゥウウウウ!!」

 

現在、イタチの目の前には三体の亜人型モンスターが立ちはだかっている。それぞれ手には斧、棍棒、剣を握っている。第一層迷宮区に出現するモンスター、「ルインコボルド・トルーパー」である。武装し、ソードスキルを発動しようとしているモンスター群を相手に、しかしイタチは一切動じない。

 

「…ハァッ!」

 

掛け声と共に、片手用直剣を手にコボルド兵三体のもとへ突っ込む。途端、イタチを狙った一番手前の棍棒をもったコボルド兵が武器を振り下ろすも、イタチは難なく回避してその胴体にソードスキル「ホリゾンタル」を見舞う。僅かな硬直時間を経て、剣による刺突を繰り出そうとするコボルドを一瞥すると、身体を回転させてそれを回避。そのままの勢いでソードスキル「スラント」を発動、袈裟斬りにする。そして最後の斧持ちコボルド兵が振り下ろした斧を、紙一重で回避。振り下ろしと同時に前かがみになったところへ、垂直斬りソードスキル「バーチカル」を脳天に食らわせる。この間、実に十五秒。最後のソードスキルにおける僅かな硬直が解けた途端、コボルド兵達は次々にポリゴン片を撒き散らして爆散する。

 

(レベルは申し分ないな。これなら、フロアボスにも十分通用する。)

 

ソードアート・オンラインにおいて、安全にゲーム攻略をするために必要なプレイヤーの安全マージンは、自分が現在いる層+10である。つまり、第一層の迷宮区を攻略するプレイヤーのレベルは、10前後ということになる。だが、如何に安全マージンを取ったとしても、レベル10前後のプレイヤーが迷宮区のモンスターをソードスキルの一撃で屠ることなどできない。それをイタチは見事にやってのけたのだ。その理由は、至極単純。イタチのレベルが、安全マージン以上の数値に達しているからだ。

ソードアート・オンライン開始から一カ月経った現在のイタチのレベルは、「24」。本来の倍以上の安全マージンを取得しているのだ。一カ月、寝る間を惜しんでレベル上げを行ったとしても絶対にあり得ない数値である。

だが、イタチはこの一ヶ月間において、睡眠時間は二日分にも満たず、飲食は一切取らずに攻略を続けたのだ。仮想世界のアバターは、現実の身体同様に空腹や眠気を感じる仕様になっている。だが、所詮は仮想の肉体であるため、食事や睡眠をどれだけ削っても体調を崩すということがあり得ない。つまり、HPさえ満タンならば身体的には十全な状態で活動できるのだ。和人の前世の忍者時代において、危険任務においては、十分な食事や睡眠が取れない場面が多かった。故に、飲まず、食わず、眠れずの極限状態を幾度となく経験し、慣れているのだ。そのため、意思力一つでそれらを遮断できる仮想世界ならば、イタチはほとんど休み無しで動くことが出来ることになる。

そうして、デスゲーム開始から、イタチは四六時中攻略を続けて第一層のフィールドを次々踏破し、危険なポイントやモンスターの行動パターンなどあらゆる情報を集めた。一般プレイヤーなら二時間はかかる移動距離を三十分にまで短縮する移動スピードである。その速度は圧倒的の一言に尽きる。おかげで、各村で発生するクエスト攻略も思いのほか早く片付き、誰よりも早く迷宮区に辿り着いたのだ。

 

デスゲーム開始宣告以降、飲食は取らず、睡眠は三日に一、二時間程度のヘビーな攻略を続けた結果、イタチは開始一週間足らずで安全マージンのレベル11に達した。そして現在、各地の村のクエストや迷宮区攻略の末に、24という第一層にしては破格のレベルに至ったのだ。

 

(この攻略ペースなら、もう明日にはボスの部屋に辿り着ける。あとは、遅れてやってくる攻略組次第だな…)

 

どれだけ自分が突出したレベルを持っていようとも、単身でのボス攻略はできないことは理解している。故に、SAOの頂きを極めるには、他のプレイヤー達との共闘が不可欠となる。そのため、迷宮区攻略などの最前線には立つが、実質的なゲーム攻略となるフロアボス攻略のペースは、自分以下の攻略組と呼ばれる集団に合わせることにしている。

 

(たしか、今日の午後にはボス攻略会議がある。街にはアルゴもいる筈。ここは一度、トールバーナへ戻るか…)

 

トールバーナは、第一層迷宮区手前にある村である。イタチが到着したのがゲーム開始十日後、他の攻略組プレイヤー達が到着したのはそれからさらに十日後だった。昨日、迷宮区が十七階まで攻略されたことを機に、ボス攻略に参加するメンバーを募って会議を開こうと発案するプレイヤーが現れた。イタチもこの会議に出席するつもりである。ただし、とある理由から大荒れになることも想定されるが。

そこまで考えたイタチは踵を返し、迷宮区から出るべく来た道を戻っていくのだった。

 

 

 

イタチがそのプレイヤーに出会ったのは、迷宮区を出るべく、階段を下りて四階に差し掛かったあたりだった。イタチの索敵スキルにより選択したモンスターの少ないルートを通り、稀に出くわすモンスターを一太刀で斬り捨てて進む中、薄暗い視界に一筋の光を見たのだ。

 

(?…プレイヤー、か。)

 

一目でそれが、ソードスキル発動に際して発生するライトエフェクトであることを悟る。自分以外のプレイヤーが攻略、もしくはレベリングのために迷宮区を訪れたのだろう。だが、どうにも解せない。目の前の通路の先に感じる気配はプレイヤー一人分だ。

デスゲーム開始以来、プレイヤーは生存率を高めるためにパーティーを組んで動くことが多い。事実、この迷宮区で出会ったプレイヤーは五人以上のパーティーで行動していた。だが、攻略最前線の迷宮区でソロプレイをする人間など、イタチは自分以外に見たことがない。どうせ通り道であるし、一応顔を確認しておこうと、戦闘が行われている場所へと再び歩き出す。

 

「ハァァッ!」

 

「グルァァアッ…!」

 

ソロプレイヤーが戦っていたのは、自分もこの迷宮区で幾度となく戦ったことのあるMoB、ルインコボルド・トルーパーだった。自分と同じかそれ以上の細身のシルエットを持つソロプレイヤーは、細剣を武器に応戦していた。先ほど遠目に閃いていたソードスキルの正体は、細剣系ソードスキル「リニアー」だった。だが、目の前のフェンサーが放つリニアーは、ただの初級スキルではない。明らかに、システムによる補助以外に、プレイヤーの運動命令による速度と威力のブーストがなされている。その完成度は、イタチがモーションキャプチャーテストを行っていた頃の動きに迫るものがあった。

やがて、流れ星のように鋭く、流麗な刺突攻撃によってHPを削り切られたコボルド兵がポリゴンとなって爆散する。頭上のHPカーソルを見るに、驚くべきことに目の前のフェンサーは先の戦闘を無傷で乗り切ったようだった。只者ではない、強豪の部類に入るであろうプレイヤーに、イタチは歩み寄る。

 

「見事な剣技だったな。」

 

「!」

 

イタチの賞賛の言葉に、フェンサーは驚いた様子で声のした方を向く。どうやら、戦闘に夢中で周囲が見えていなかったらしい。イタチも先程までよく見えなかったフェンサーの容姿を確認する。暗赤色のレザー・チュニックの上に軽量な銅のブレストプレート、レザーパンツに膝までのブーツ。腰まで覆うフード付きケープを羽織り、顔を隠している。スピード重視の典型的なフェンサー装備である。警戒されているようなので、待ったをかけて敵意がないことを示す。

 

「俺は敵じゃない。上の層まで攻略に行っていたソロプレイヤーだ。」

 

「…一体、私に何の用?」

 

イタチが敵でないことを確認したフェンサーが、荒い息遣いで顔を伏せたまま、苛立ち交じりに問いかける。同時に、先ほどまで暗闇で分からなかったが、目の前のフェンサーが女性だということにイタチは気づいた。

 

「特に用事はない。通り道にいたから声をかけたくらいだ。それより、君はソロプレイヤーか?」

 

「…だったら何よ?」

 

「説教するつもりはないが、安全に攻略するならパーティーを組むのは必須だ。それに今の動き、見事なリニアーだったが、HP残量の少ない的にあの動きは過剰だ。技の後の隙が大きいし、集中力も持たなくなる。」

 

とりあえず、言いたいことを言うイタチ。実力ある彼女のことを思ってのことだったが、当のフェンサーは全く良い顔をせず、イタチを睨み返す。

 

「十分説教じゃない。それに、あなただってソロプレイヤーなんでしょ?人のこと言えないじゃない…」

 

フェンサーはイタチにそれだけ言うと、もう話すことはないと立ち上がった。そろそろモンスターが再ポップする頃合いだ。また無茶な狩りに出かけるのであろうことは分かったが、イタチは敢えて問いかける。

 

「そんな状態で狩りに行ったら、集中力が切れて死ぬぞ?」

 

半ば脅しの意味を込めて放った言葉。だが、フェンサーは全く意に介さず冷淡に返してきた。

 

「…どうせ、みんな死ぬのよ。」

 

フードの奥にあるヘイゼルと見えた瞳が、冷え切った光を放つ。迷宮区の影に隠れて顔が見えないイタチに顔を向けながら、フェンサーは口を開く。

 

「たった一ヶ月で、一千人も死んだわ。でもまだ、最初のフロアすら突破できていない。どこでどう死のうが、遅いか早いかだけの話………」

 

そこまで話すと、先ほどまで華麗な剣技を見せつけていた女性フェンサーは意識を失い、糸の切れた人形のようにダンジョンの床に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

ダンジョンで意識を失った時、彼女は自分の死を悟った。自分が今いる場所は、強力なモンスターの犇めく迷宮区。失神して無防備な状態のプレイヤーなど、格好の餌食だ。意識を取り戻して応戦する暇などないくらいに袋叩きにされて………死ぬ。

地上に比較的近い四階といっても、助けなどくる筈がない。意識を失う前、目の前に変わり者のソロプレイヤーが現れていたが、彼が自分を助けてくれる筈がない。助けられる筈がない。如何に安全マージンを取得しているプレイヤーでも、同じプレイヤーを一人で担いで移動することなどできるわけがないし、危険すぎる。だから、自分はこのまま死ぬのだと、そう思っていた………

 

「…余計な真似を。」

 

目を覚ました彼女が開口一番に放った台詞が、それだった。先程、迷宮区で壮絶かつ流麗な戦いを繰り広げていたフェンサーは現在、迷宮区からほど近いフィールドの芝生の上に寝かされていた。迷宮区で倒れた筈の自分がここにいる理由は、すぐに分かった。自分に背を向けて芝生に座る、黒服のプレイヤーだ。どうやったのかは分からないが、彼が自分をここまで運び出したに違いないと悟った。

自分が運んできた彼女が目を覚ましたことに気付いたのだろう、イタチは装備していた剣の手入れをやめ、そのままの姿勢で声をかける。

 

「気がついたのか?」

 

「言っておくけど、お礼は言わないからね。」

 

「ああ、礼を言われる筋合いはない。君を助けたのは、俺にも考えあってのことだからな。」

 

「どういうこと?」

 

訝しげな顔で問いかけるフェンサーに、イタチは背を向けたまま答えた。

 

「今日、トールバーナで第一層フロアボス攻略会議が行われる。戦力は一人でも多く欲しかったから、連れてきた。それだけだ。」

 

「…この階層のボスと戦うの?」

 

「三日ほど前から、そのためのプレイヤーを町で募っていた。尤も、君はほぼ毎日フィールドやダンジョンに籠ってキャンプ狩りをしていたようだから、知る由は無かっただろうが。」

 

その言葉に、女性フェンサーはむっとなる。攻略にむきになるあまり、町での情報収集を疎かにしていることを指摘されたのだ。的確な指摘だが、なんとなく癇に障る。

 

「午後四時に、町外れにある野外ステージに集合だそうだ。攻略の意思があるのなら、君も参加するといい。」

 

それだけ言うとイタチは立ち上がり、女性フェンサーに終始背を向けたまま立ち去ろうとする。起き上った女性フェンサーの方は、座ったままの姿勢でイタチに問いかける。

 

「ねえ。あなた、名前は?」

 

「…イタチだ。」

 

「イタチ…君?変わった名前だね。私は「アスナ」よ。」

 

「アスナ…か。俺の名前はアルファベットの綴りそのままで「Itachi」だ。君も「Asuna」でいいか?」

 

「ええ、それで合ってるわ。」

 

「名前が分かれば、インスタントメッセージを送れる。場所が分からなかったら連絡するといい。」

 

それだけ言うと、イタチはトールバーナへ向けて駆け出す。アスナもしばらく休んだら同じく町へ向かうのだった。

出会ってから結局互いの顔を確認することがなかった「イタチ」と「アスナ」。実は、二人の出会いはこれが初めてではなかった。二人が互いのことを知るのは、このすぐ後のことだった。

 

 

 

トールバーナへと戻ったイタチ。午後の会議までに一度、拠点としている宿屋に戻って手持ちのアイテム整理や装備の点検を行おうと考えたところへ…

 

「よお、イタっち。」

 

イタチを呼びとめる小柄な女性が現れる。金色の巻き毛に、顔の動物のひげを模したメイク。ネズミを彷彿させるこの人物こそ、イタチがデスゲーム開始早々に接触した情報屋、鼠のアルゴである。

 

「…アルゴ、その呼び名やめてくれないか?普通にイタチでいいだろう…」

 

「イー坊が嫌だって言ったから考えたんじゃないカ。別に変じゃないだロ?」

 

「…そんな風に呼ばれたのは初めてだ。」

 

前世でも呼ばれたことなどなかった。尤も、そこまでフレンドリーに接する人間がうちはイタチの近辺にいなかったのも事実だが。

 

「それで…また、例の交渉か?」

 

「ああ…二万九千八百コル出すそうだヨ。」

 

「…悪いが、いくら積まれても手放すつもりはない。」

 

情報屋として名が通っているアルゴだが、その仕事は情報の売買に止まらず、プレイヤー間のメッセンジャーとしての仕事をすることもある。そして現在、アルゴが引き受けているのは、イタチの武器買い取り交渉だった。インスタントメッセージを使用すればいいところを、アルゴに仲介を頼んでいるのは、イタチの持っている武器の買い取りを、それも“顔を見せずに”行うためなのだ。

 

「オイラも依頼人にそう言ったんだけどナー」

 

「かなりキナ臭い交渉だな…まあいい。それよりも、頼んでおいた案件については調べ終えたのか。」

 

「心配いらないヨ。もう調べ終わってル。」

 

「ご苦労。早速、宿屋に戻って確認したい。例の交渉についてももう少し聞かせてほしい。一緒に来てくれるか?」

 

「そうだナ~、会議まではまだ時間もあることだし、お邪魔しようカ。」

 

イタチが拠点としている宿屋への動向に同意するアルゴ。二人は街の外れにある農家へと足を向けるのだった。

第一層攻略会議を前に、謎の人物による武器買い取り交渉に加え、謎のフェンサーとの邂逅。不安要素や不確定要素が多く、最重要事項でありながら前途多難な攻略になると、イタチは感じていた。

 

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