ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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今回の話では、BoB本選参加者のプレイヤーネームが一挙に羅列されます。
アニメ版「金田一少年の事件簿」の冒頭BGMを脳内再生して読むことをお勧めします。


第八十八話 境界線上の陰謀

2025年12月14日

 

「和人君、お疲れさまでした」

 

 日の光の届かない、都心のビルの地下深くに隠された秘密の施設。その中に、和人の姿はあった。そして、和人がこの場所に現れてから開口一番に労いの言葉を掛けたのは、椅子の上で独特の座り方をしている青年。菊岡より先に依頼を受けた相手であり、世界的に有名な名探偵――Lこと、竜崎である。

 

「所詮はまだ、予選を通過したに過ぎん。受けた依頼は未だ継続中だ」

 

 つい昨日に臨んだ仮想世界における戦いなど、序の口に過ぎず、大した脅威にはならなかったと言外に告げる和人。しかし、対する竜崎は別段気を悪くした様子は無い。だが、その場に居たもう一人の少年だけは、違った。

 

「相変わらず愛想の無えい奴だよなぁ……それにしても、余裕で勝ったみたいな顔してるけどよ。流石のお前もかなり危なかったよな。特に、予選ブロックの決勝とか」

 

 和人に対し、皮肉を垂れる、肩まで伸びた長い髪を後ろで束ねた髪型に、太い眉毛が特徴的なこの少年。和人と同じ、SAO帰還者が通う高校の生徒でもある、金田一一である。SAO帰還者という過去を持つ彼は、過去にいくつもの難事件を解決に導いてきた実績のある、高校生探偵だった。そして、彼が手掛けた事件の中には、今回の事件の黒幕たる『地獄の傀儡師』と呼ばれる犯罪コーディネーター、高遠遙一が関わった事件もあり、あと一歩と言うところまで追い詰めたことすらあった。その関係で、竜崎は高遠逮捕のために、協力者としてこの場に招き入れていたのだった。無論、彼も竜崎がLであることを知らされていた。

 

「…………」

 

 そんな一が行ったからかいに対する和人の反応は、沈黙。そして、表情こそ変化は無いものの、その目には呆れの色が見て取れた。だが、それは苦戦をネタに弄られたことに対する憤慨というわけではない。自分のことではないものの、思い出したくない、嫌なことを思い出させられたことで気分を害した、そんなニュアンスがあった。

 お調子者の一は、軽く茶化す程度の気持ちで昨日の戦いについて言及したのだが、まさかここまで不愉快そうな顔をするとは思わなかった。普段は感情をほとんど表に出さない和人である。僅かとはいえ、それが顔に出ているところを見るに、やり過ぎた感は否めない。地雷を踏んでしまったことに冷や汗をかいている一は、硬直して身動きが取れない。対するイタチは、殺気こそ放ってはいないものの、一を苛立ち混じりの視線で睨みつけていた。そんな二人を見かねた竜崎は、ここで仲裁することにした。

 

「そこまでです、一君。和人君もです。今日はこれから、大捕物(・・・)が始まるのですから」

 

「……分かっている。それで、そっちは予選通過者の詳細については調べ終えたのか?」

 

 GGOことガンゲイル・オンラインは、アメリカにメインサーバーを置く『ザスカー』が運営するVRMMOFPSである。太平洋の向こうに拠点を置き、しかもその詳細な所在地や連絡手段すら不明なこの運営体は、その実態が企業であるかすら分かっていない謎の集団なのだ。日本の総務省仮想課に所属する菊岡誠二郎が和人に捜査を依頼した理由も、海外にはその影響力が及ばないことに起因する。加えて、個人のプライバシーに相当する情報の提供である。如何に世界的名探偵のLといえども、首を縦に振らせることなどできない。

 それをどうやって手に入れたのか――答えは簡単。日本サーバーへのハッキングという非合法な手段によって引き出したのだ。もとより、Lの捜査方法は法律を逸脱した手段を取ることが多い。しかも、ここ一年内でFことファルコンという、ウィザード級のハッキングスキルを有する味方を手に入れているのだ。サーバーからプレイヤーの個人情報を引き出して得ることなど、造作も無いことだった。

 

「はい。本戦出場者が決定した昨日夜から調査を開始しています。リアルの特定については、Fとワタリが一晩でやってくれました」

 

「相変わらず、ハイスペックな爺さんと相棒だな……」

 

「探偵Lは、彼等の協力あってのものですから。それでは、こちらのリストをご覧ください。本選出場者のアバターとプレイヤーネームの一覧です」

 

 そう言って、竜崎が和人へ渡したのは、数枚のA4用紙。まず一枚目の紙に記されていたは、BoB本大会の各予選ブロックからの本選出場者の詳細がリストアップされていた。次いで、竜崎がキーボードを操作し、大型モニターへとアバターの顔写真の一覧を表示した……

 

 

 

Aブロック

一位 ヒトクイ

二位 毒竜

 

Bブロック

一位 マミー・ザ・セブンス

二位 Alchemist

 

Cブロック

一位 トロイの木馬

二位 MONSTER

 

Dブロック

一位 Rye

二位 ケルベロス

 

Eブロック

一位 スパロウ

二位 ファントム

 

Fブロック

一位 Itachi

二位 Sinon

 

Gブロック

一位 呪武者

二位 White Fox

 

Hブロック

一位 スコーピオン

二位 キング・シーサー

 

Iブロック

一位 岩窟王

二位 Mr.レッドラム

 

Jブロック

一位 Sterven

二位 WAS

 

Kブロック

一位 ヤマタノオロチ

二位 Clown=Doll

 

Lブロック

一位 Hermit

二位 Vampire

 

Mブロック

一位 ジェイソン

二位 雪夜叉

 

Nブロック

一位 Rosen Kreuz

二位 Ant=Lion

 

Oブロック

一位 Invisible

二位 邪宗門

 

 

 

「真犯人『死銃』は、この中にいる!」

 

「…………」

 

間違いなくこのリストの中にいるであろう、犯人こと死銃の正体を暴くことに執念を燃やし、意気込む一。だが一方で和人は、竜崎がモニター表示した、ずらりと並んだ容疑者達のアバターの顔写真を見て、呆然としていた。そして、しばしの沈黙の後……

 

「昨日も確認したが…………こいつら全員、犯人じゃないだろうな?」

 

 リストに載っていたプレイヤー達の名前とアバターの容姿を見て、そう呟いてしまった和人を責めることは、誰にもできないだろう。イタチやシノンといった少数のプレイヤーを除き、殆どのプレイヤーが仮面やら覆面やらマントやらの武装で身を固めているのだ。SAO時代に戦った、笑う棺桶のメンバーそのままの容姿と言っても過言ではない。見た目だけならば、レッドギルドと死闘を繰り広げてきた和人といえども識別は不可能である。

 

「ジェイソンと雪夜叉……この二人、銃の世界のプレイヤーの割には、武装が明らかに近接嗜好なのはどういうわけだ?」

 

「それは、まあ……武器の好みは、人それぞれってことだろ。和人だって、光剣使ってんだし」

 

「……この、アフリカ民族風の仮面を被った、『WAS』というプレイヤーは……『ワス』、なのか?」

 

「私が調べたところによりますと、『Wizard of After School』の略だそうです。それから、被っている仮面はパプワニューギニアの呪術師が使用していたものがモチーフだそうです」

 

「…………放課後の魔術師?」

 

 見た目だけでなく、武装やビルドが明らかに近接戦に特化したプレイヤーが数名いる上に、名前まで胡散臭いプレイヤーまでいる。一体、何の役作りのためにこんな格好と武装でガンゲイル・オンラインをプレイしているのか、全く理解できない。

 

「和人君の思っていることは分かりますが、全員が犯人ということは、まず有り得ないでしょう」

 

「竜崎の言う通りだぜ。いくら高遠でも、BoBの対戦カードを操作することなんて、できやしねえだろ」

 

「それくらいは俺にも分かっている。だが……死銃が一人だけで乗り込むことは、まず有り得んだろう」

 

本選出場者全員が死銃というのはオーバーだが、和人の言うことはあながち間違ってはいない。死銃事件を引き起こしている黒幕である高遠遙一が、実行要員を一人だけしか送り込まないということは、考えられない。正確な人数こそ定かではないが、複数犯による殺人である可能性は極めて高い。

 

「和人君の考えていることも、想定済みです。BoB本選出場者のリアル情報をもとに、元笑う棺桶所属のSAO帰還者、またはその縁者に相当する人間の捜索も行いました」

 

「結果は?」

 

「該当者は一名です」

 

 複数犯による犯行というには、該当者一名というのは、余りにも少ないように思われる。だが、裏で糸を引いている黒幕は、『地獄の傀儡師』の異名を持つ天才犯罪者である。警察や宿敵である一に対する挑発は行ったとしても、自分が手掛ける芸術犯罪が阻止されないように最大限の工作を行っている筈なのだ。故に、一人とはいえ死銃に繋がる人物がこの程度の捜査で浮上するのは、むしろ怪しいとすら思える。

 

「竜崎、そいつの詳細は?」

 

「二ページ目、リストの筆頭に記載されています」

 

 竜崎の言葉に従い、一枚目のリストを捲って、その詳細について目を通す。

 

「……成程、奴の縁者か。間違いない。コイツだ」

 

「即答かよ……」

 

 軽く目を通しただけで、容疑者と断定する和人に、一は顔を引き攣らせるばかりである。しかし、BoBに出場して実際に接触している和人が言っているのだ。本当に、間違いないのだろう。

 

「それで、和人君の方はどうでしたか?昨日の各ブロックにおける予選の映像は確認していただいたと思うのですが」

 

 昨日、BoB予選を終えて病院から自宅へ帰った和人もまた、竜崎から送信された映像の確認を行っていた。内容は勿論、BoB予選の戦闘映像である。しかも、和人はAからOブロックまで、本選出場者だけでなく、予選敗退者を含めた全プレイヤーの戦闘を確認していたのだ。

 

「確実な奴を一人、確認している。お前が筆頭にリストアップした、まさにコイツだ」

 

「そうですか。しかし、証拠こそありませんが、これで容疑者確定ですね」

 

「は、ははは……」

 

 本当に、明確な証拠こそ無いにも関わらず、容疑者と断じてしまう二人に、一は顔を引き攣らせて苦笑するばかりである。一の捜査方法は、地道に状況証拠を集める単純なものである。故に、和人と竜崎のように、容疑者リストが出来上がった時点で状況証拠無しに犯人を断定するやり方は、どうにも慣れることができない。ともあれ、捜査に協力することになった以上は、慣れていくほかに道は無いのだが。

 

「一君は、どう思いますか?」

 

「BoB出場者の個人情報については、もう一度洗い直してみる必要があるな。BoB出場者同士で、私怨を抱き抱かれる間柄の人間が、必ずいる筈だ。そういう、憎しみを持った人間が、高遠の操り人形にされるケースはかなり多い」

 

「一の意見に賛成だ。SAO帰還者の元笑う棺桶構成員と、GGOアカウントの名義人が、高遠の指示で手を組んでいる可能性は高い。事件の事後処理に使う資料になるだろうが……竜崎、このあたりの調査を頼めるか?」

 

「了解しました」

 

 和人の要請に対し、淡々と了承する竜崎。BoB本選は、今日の夕方。つまり、時間は然程残されていないことになる。それでも、一切の躊躇を見せず、調べ上げると返事ができるのは、世界一の名探偵としての実力があるからなのだろう

そして、死銃の正体を破るための今後の動きについて竜崎と話し合い、方針が決定したところで、ふと一が呟いた。

 

「それにしても、BoBに乗り込んだ捜査メンバーの中で、本選に出場したのが和人一人とはな……」

 

「元々、全員が本選出場できるなんて期待はしていなかっただろう」

 

「いや、そうだけどよ……もしかしたら、カンキチとボルボを倒したっていう、Dブロックの二人のうちの一人も、死銃なんじゃねえかって思ってよ」

 

一の推理は尤もなものだった。カンキチもボルボも、BoB上位常連のプレイヤーである。それが、二人揃って予選で敗退しているのだ。これを打ち倒す程の強豪ならば、仮想世界において高い適性を持つSAO生還者であり……死銃である可能性は高い。

仮にこのDブロックのプレイヤー二人が死銃ではないというならば、カンキチとボルボを倒す程のプレイヤーでありながら、無名だったのはどういうわけなのか。一の隣に立っていた、和人がそこまで考え至ったところで……ふと、竜崎から伝えられていた案件について思い出し、問いを投げた。

 

「そういえば竜崎。お前が今回の大会直前で協力を得られたという、参加者の中にいる心強い協力者とやらは、本選に進出できているのか?」

 

「はい。問題ありません」

 

「協力者?……和人、一体何の話だ?」

 

和人と竜崎のやり取りの中で出てきた単語に、疑問符を浮かべる一。捜査開始時、竜崎から紹介された捜査協力者は、和人を除けば、警察からの協力者である、カンキチこと両津勘吉と、ボルボことボルボ・西郷の二人のみ。捜査開始時に一度集まった新一もいたが、同日に犯行予告を出した怪盗二人を相手にするために、今回の捜査からは外れている。一が知る以外に、新たな協力者がいるというのだろうか。

一が抱いた疑問に対し、竜崎は相変わらずの無表情のまま、淡々と事情を話しだした。

 

「ああ、一君にはまだ話していませんでしたね。今回の捜査には、BoB出場者の協力者としてイタチ君と、警察側からカンキチさん、ボルボさんを雇っていたのですが、それ以外にもう一名……私の伝手で動員しているのですよ」

 

「へぇ……お前が呼んだ協力者ってことは、どっかの国の凄腕捜査官だったりするのか?」

 

「はい。私が以前手掛けた事件の担当で、現役のFBI捜査官です」

 

 竜崎が何気なく放った言葉に、一は驚きに硬直する。

 FBIとは、アメリカ合衆国司法省の警察機関である。アメリカ国内で主に捜査を行い、テロ・スパイなど国家の安全保障に係る事件を中心に重大な担当することで知られている。アメリカをホームグラウンドにしている組織が、Lからの要請とはいえ、どうして日本で発生した事件に協力しているのか。FBIがアメリカに主に活動することだけは知っていた一は、その疑問について竜崎に尋ねることにした。

 

「何でまた、FBIがこの事件に協力なんて……」

 

「それに関しては、初めから助勢を頼んでいたわけではありません。この事件を追って来日していたFBI捜査官が、私の知り合いだったので、要請を通すことができたのです」

 

疑問に答えた竜崎だが、一はまだ納得していない。FBI捜査官の協力を取り付けられた経緯は分かったが、根本的に、何故日本国内で起こった事件に対し、FBI捜査官が動くことになったのか。だが、その疑問に答えたのは、和人だった。

 

「VR技術を危険視する、アメリカ政府の指示で動いたんだ。そうだろう?」

 

「和人君が推測した通りです。アメリカをはじめとしたVR技術の開発を進めている各国は、同時にその世界で起こる出来事を警戒しています。今回の死銃事件についても同様です」

 

「……GGOを運営しているザスカーのサーバーは、アメリカにある。つまり、死銃がアメリカに出現する可能性がある。だから捜査に乗り出した……そういうことか?」

 

 そこまで説明されて、一もようやく大凡の事情を把握したのだろう。果たして、一が口にした推測は、竜崎が首肯したことで的中していたことが明らかとなった。

SAO事件をきっかけに、VR技術の先進各国は、日本の仮想課に似た政府組織を作り、VRワールド内部で起こる事象を注意深く監視するようになった。SAO事件のような凶悪な事件を引き起こす要因足り得るシステムやウイルスの出現を逸早く察知し、これに対処する。大概の場合は、それを目的としているが、中にはこのような危険な技術を兵器として取り込もうと企む者達もいると言われている。そんなさまざまな思惑があるが故に、VRワールドに関する、特に日本で起こる事件については、各国から密かに注目を集めていた。今回のFBIの事件介入未遂についても同様であり、サーバーがアメリカにあることを理由に、国内にSAO事件並みの混乱が起こることを未然に防ぐことを目的としていたのだ。

 

「その通りです。ただし、日本政府にはこのことは内密に、死銃を追っていたようです」

 

「FBIの捜査官がGGOにダイブして、BoBに参加。それで、死銃の正体を探ろうとしていたってところか?」

 

「はい。しかし、彼等が取る介入手段は普通にゲームをプレイするだけですので、万一日本政府に露見したとしても問題にはなりません。私が直前までこの情報を掴むことができなかったのも、特別なアプローチに依らない、正攻法でのアプローチだったためです」

 

 日本、アメリカを問わず、明確な事件性が無い場合に警察組織が捜査というものを行うには、複雑な申請等が必要となる。国を跨げば尚更である。だが、普通にゲームをプレイする分には何ら法律に抵触する余地は無く、内密に行っている以上は日本政府に情報が漏れる心配も無い。ましてや竜崎ことLがその動きを直前まで掴めなかったのだから、命令を受けた捜査官は半ば独自の判断で行っているものと考えられる。

 

「既に高遠の関与や死銃の殺人トリックについても私の方から説明しています」

 

「そうか……でも、FBI捜査官ともなれば、確かに現実世界での銃の扱いもお手のものなんだろうけど……仮想世界でも、同じ様に戦えるのか?」

 

一の懸念は尤もなことだった。現実世界で高い技術や戦闘能力を持っていたとしても、仮想世界でそれをそのまま反映できるとは限らない。SAO事件においても、フルダイブ不適合によって遠近感が定まらず、戦闘が儘ならなかったプレイヤーがいた。そのため、譬え凄腕の捜査官であっても、仮想世界において戦闘能力を十二分に発揮できるとは言えないのだ。

しかし、一の抱いた懸念は杞憂だったらしい。竜崎は首を縦に振って、件の捜査官の実力について問題無いと首肯した。

 

「問題ありません。例の捜査官は、カンキチとボルボと同じブロックに所属して、二人とも倒して本選出場を決めています」

 

和人の口にした言葉に対し、一は眼を見開いて驚いた様子を見せた。ボルボはともかく、カンキチの実力については一もSAO生還者としてよく知っていたからだ。その人格はともかくとして……

 

「詳細については、そちらの資料にも併せて載せてありますので、どうぞご確認ください」

 

そう言うと、竜崎は一と和人へ資料を渡した。一は未だに信じられないといった様子で、受け取った資料を何枚か捲っていき、件の助っ人の項目に目を通す。

和人もまた、それに倣うように、一と同じ項目の内容を読み始めた。具体的な実績等は流石に載っていなかったが、超人的な狙撃精度を持っていることは明らかだった。BoBにおいても、本選出場クラスの実力者四人を敗退に追いやったことからしても、今回の捜査の戦力としては申し分ないことが分かる。

 

「現実世界では腕利きのおスナイパーで、私も幾度か協力してもらったことがあります。その実力はGGOでも健在とのことです」

 

「しかも、同ブロックには、カンキチとボルボ以外のBoB上位常連が二人もいたようだが……本選出場者を決定するまでの四試合で、全員倒しているな」

 

「マ、マジかよ……」

 

あまりに規格外な味方の登場に、顔を引き攣らせる一。隣に立つ和人は、先程から変わらぬ表情のまま、淡々と資料に目を通すのみだった。元より和人は、死銃が複数犯だったとしても、BoBにおける対決では一人で全員相手する予定だったのだ。故に、強力な味方が一人増えたところで、喜色を浮かべることも特になかった。だが、戦力となるならば、協力を拒絶する理由も無い。

時に、仲間達の助力を素直に受け入れることが、自分の手に余る困難を解決するために必要なこともある。それが、忍世界の前世の失敗を経て、現世でSAO事件とALO事件を解決した和人が至った答えだった。故に、目の前の竜崎と一は勿論、味方になってくれる人物とも、協力体制を築くことに否やはない。

ともあれ、これで打ち合わせるべきことは全て決定した。そう考えた和人は、これまでの話し合いのまとめとして、協力者である竜崎と一に、行動方針の確認をすることにした。

 

「一、お前はこれから、警察の協力者と合流しろ。竜崎と連絡を取り合って、高遠とその協力者全員を確保する準備だ」

 

「分かった。任せろ」

 

こうして、青年一人と少年二人――または、探偵二人と忍一人――で構成された捜査関係者筆頭格三人の打ち合わせは着々と進行していった。

 

(そういえば……)

 

話し合いを終えた和人に、ふと思い浮かんだ疑問があった。

和人ことイタチが所属していた、Fブロック決勝で戦った相手――シノン。彼女もまた、竜崎が協力を取り付けたプレイヤーと同じく、狙撃手だった。それと同時に、彼女の異常なまでの強さへの執着が思い出されていく。

フィールドでの出会い頭の戦闘では、和人はその姿に前世の忍としての己を彷彿させると感じた。しかし、二度目のショッピングモールで再会した時のやりとりの中で、その在り様は忍としてのそれとは決定的に違うと確信した。彼女が戦いの中で、異常なまでの冷徹さを発揮する根源となっているのは、病的なまでの“強さへの執着”なのだ。

予選決勝の戦いでは、それが特に顕著に表れていた。高架橋からワイヤー一本でぶら下がった状態での狙撃という危険な手段を、まるで感情の無い冷たい機械のように淡々と行っていた。ゲームの中とはいえ、何の恐れや躊躇いも抱かずにこれを遂行できる人間とは、一体……

 

(まさかとは思うが……念のために、確認しておくか)

 

只管に強さを求め、それを得るためならば、如何なる危険も顧みない……そんな女性を、和人は一人だけ知っていた。本来ならば、オンラインゲームをプレイする人間のリアルについて詮索することは、ネチケットに違反する行為であり、タブーに相当する。だが、シノンに限っては放置することはできない。その姿勢に既視感を覚えていたこともそうだが、強さへの執着故に何をしでかすか分からない最大級のイレギュラーでもあると言う認識もあったからだ。決勝戦での戦いから察するに、自分を倒すべき敵として強く意識していることも間違いない。場合によっては、死銃捜査における最大級の障害にもなり得る。故に、和人はシノンのリアルについて知るべく、資料のページをめくっていく。

 

「!」

 

 そして、該当するページを開いた途端――和人は目を剥いて驚愕することとなった。そこに記されていたのは、当然のことながら、シノンのリアル情報。だがしかし、そこに映されていた顔写真と、傍らに記されていた名前は、和人の知る人物のものだったのだ。

 

(まさか……そうだった、のか…………)

 

 資料を一読した後、それを閉じて、瞑目しながら溜息を吐く和人。確かに、思い当たる節はあった。だが、まさか彼女が、強さ欲しさにGGOにまで手を出していたとは、思わなかった。それと同時に、彼女の精神の危うさについて気付いてやれなかった自分の不明に苛立ちを覚えた。

 

「和人、どうかしたのか?」

 

「…………いや、なんでもない」

 

 内に秘めていた感情が、驚愕と共に表に出てしまっていたのだろう。一から心配そうに声を掛けられるも、「問題無い」の一言で取り繕い、常の無表情に戻る和人だった。その後も、死銃対策のための動きについて話し合われることとなった。だが、和人の頭からは、強さを追い求める余り、闇に溺れていく旧知の少女の姿が、頭の中から離れなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 東京都文京区にある、とある小さな公園。置かれている遊具に関しても、ブランコと滑り台のみという質素な空間。寂れた場所にあるために、日中でも人は全くと言っていいほどいない。そんな中に、詩乃はいた。

 

「…………」

 

「あの~……朝田、さん?」

 

 乗っているブランコを揺らしながら、視線を若干俯け、一人考え事をしながらぼそぼそと呟くその姿は、文字通り心ここに在らずという言葉をそのまま体現していた。そんな彼女に、恐る恐るといった具合に話し掛けているのは、彼女の数少ない友人だった。

 

「お~い、大丈夫?」

 

「……ん?どうしたの、新川君」

 

 それはこっちの台詞だ、と言いたくなったが、少年――新川恭二は、言葉を呑み込んだ。彼は、詩乃と同じ学校に通う生徒の一人だった。過去形なのは、彼は今現在不登校児であり、学校に通っていないからである。故に、二人が出会った場所も、学校ではなかった。

 二人が初めて出会ったのは、六月のこと。近所の区立図書館で『世界の銃器』というタイトルの本を読んでいた詩乃へ、たまたまその場に居合わせた恭二が声を掛けたことがきっかけだった。その流れで、銃に関する知識を披露した末に、銃を手に戦うVRゲーム――ガンゲイル・オンラインの話に至った。

東北の祖父母の実家で暮らしていた時期には、小学校時代に剣道をしており、中学時代は帰宅部で勉強・読書・トラウマ克服に対して思考のほとんどを割いていた。つまり、ゲーム歴皆無同然だったのだ。だが、銃の世界での戦闘による曝露療法という、今までに無い荒療治には、今までに無い成果が見込める。そう感じた詩乃は、恭二の紹介されるままに銃と鋼鉄の世界に身を投じ……冷酷無比の狙撃手シノンが誕生したのだった。

 

「いや……朝田さん、さっきからブツブツと独り言ばっかり呟いてたんだけど……本当に大丈夫?」

 

「そ、そうだった?」

 

 動揺し、声を震わせながら問い返した詩乃に対し、恭二は苦笑しながら首肯した。GGO開始以来の知己である少年の反応に、詩乃は羞恥に顔を赤くする。どうやら、今夜行われるBoB本選のことに集中する余り、周りが見えなくなってしまっていたようだ。

 

「今日のBoB本選のことを考えていたの?」

 

「……うん。今度こそ、一人残らず倒して、優勝したいから」

 

 より正確に言えば、詩乃にとって本大会で優勝することは、優先順位としては二番目に相当する。最大の目的は、予選Fブロック決勝で対戦した相手――死剣ことイタチを倒すことにある。彼に勝つことさえできれば、譬え優勝を逃したとしても、詩乃に悔いは無かった。

 

「まあ、色々と考え込んじゃうのも、仕方無いかもね。なんたって、今回の大会の本戦進出プレイヤーは、ほとんどが初参加のプレイヤーだからね」

 

 そう言いながら、恭二はショルダーバッグから一枚のタブレット端末を取り出し、ある画面を映して詩乃に見せた。そこに載っていたのは、第三回BoB本選出場者のリストである。

 

「特に要注意なのは、このイタチとライっていうプレイヤーかな」

 

恭二が要注意プレイヤーとして指し示した二人の内、イタチに関しては既に知っている。何せ、予選Fブロック決勝で当たったことに加えて、スコードロン狩りの頃からの因縁があるのだ。

さらに、タブレット端末片手に解説する恭二の話によれば、イタチの正体が、あの都市伝説的存在である死剣と同一人物であると考えるプレイヤーも大勢いるらしい。無理も無いだろう。常人離れした動体視力と反応速度で光剣を操り、BoB上位常連である闇風すら下したのだ。この期に及んでは、死剣の存在を疑う者はいないだろう。

そうこうしている内に、恭二による本選出場者の解説は、イタチからライというプレイヤーへと移っていく。

 

「このDブロック一位のライっていうプレイヤーなんだけど、なんとシノンと同じ、スナイパーなんだよ」

 

 恭二から新たに齎された情報は、意外なものだった。まさか、BoB出場者の中に、予選を一位で通過する程のスナイパーがいたとは、思っていなかった。というより、イタチを倒すことばかりに傾倒していたせいで、他の本選出場者のリサーチを疎かにしてしまっていたのだ。故に、今回の大会では確実に優勝を決めるためにも、今から気を引き締めてかからねばならない。そう考えた詩乃は、恭二の話に真剣に耳を傾けることにした。

 

「武装はAIアークティクウォーフェア。このプレイヤーも初出場なんだけど……BoB上位の、カンキチ、ボルボ、キャンティ、コルンの四人を予選で倒して本選出場を決めたんだ」

 

「!……それ、本当なの?」

 

 恭二から出た、ライなるプレイヤーが倒したと言う出場者四人の名前に、改めて驚きを浮かべる詩乃。カンキチとボルボは、ゼクシードと闇風に次ぐベスト4である。キャンティとコルンについては、シノンと並んでGGO内でも屈指のスナイパーとして知られる凄腕プレイヤーである。予選の一ブロックにそこまでの強豪が集中していること自体、信じがたいものがあるが……それを全員倒したとなれば、場合によってはイタチと同等以上の脅威にもなり得る。

 

(けど……それはむしろ、望むところよ)

 

 強敵、大いに結構。詩乃がGGOを始めた理由は、強敵を倒すことで、己を強くすることにあるのだ。故に、詩乃は一切臆さない。

 

「朝田さん?」

 

 唐突にブランコから立ち上がる詩乃に対し、恭二が声を掛ける。だが、再び思考の海へと沈んでいく詩乃が、それに気付くことは無かった。そのまま、ブランコの柵の淵へと歩いて行くと、右手の人差指と親指を伸ばし、拳銃の形を模す。そして、公園の端にある時計へとその手を向けた。

 

(必ず……撃つ!)

 

 視線の先にあるのは、針が外れ、壊れた時計。だが、詩乃が真に見ている目標は、時計ではない。その向こう側に幻視しているのは、因縁の相手たる死剣ことイタチをはじめ、今回の大会に出場する多くの強敵の姿。その全てを撃ち抜くことを心誓い、その手の銃口を向けていた。

 

「あ……朝田さん……!」

 

「!……ご、ごめんなさい。私ったら、また色々と考え込んじゃって……」

 

「う、ううん。それは別にいいんだけど…………大丈夫、なの?その、右手は」

 

「へ?」

 

 一瞬、恭二が何を言っているのか、理解できなかった詩乃。だが、ふと右手を見て……その理由が、やっと分かった。無意識とはいえ、右手で拳銃を模していたのだ。常の詩乃ならば、こんなことをすれば発作を起こして立っていることすら儘ならない筈なのだが……今回は何故か、その兆候が全く無い。詩乃自身、いつもとは違う自分に戸惑いを隠せない。

 

「えっと……大会を前に、興奮しちゃってるみたい」

 

「朝田さん……」

 

 苦笑いを浮かべて誤魔化すような仕草をする詩乃。だが、恭二はその姿を前に、不安を感じた様子だった。そして、しばらく詩乃を見つめ、唐突にその手を握った。

 

「ど、どうしたの……新川君?」

 

「なんだか……心配で。朝田さんが、いつもの朝田さんらしくないから」

 

「わ、私らしくないって……」

 

 言葉の意味が分からず、硬直したまま問いかける詩乃。対する恭二は、詩乃の顔を真っ直ぐ見つめ、再び口を開く。

 

「朝田さんて、いつもクールで、超然としててさ……僕みたいに、苛めなんかに屈することなんてしないで……本当に、強いんだよ。朝田さんのそういうところに、ずっと憧れていたんだ」

 

 言葉を重ねるごとに語調が強くなっていく恭二に、詩乃は内心で動揺していた。いつも大人しい筈のこの少年が、何故か今は、強引なまでの勢いで迫ってくる。一体、どうしたというのだろうか。そんな詩乃の心情を余所に、恭二は続けた。

 

「だから……心配なんだ。朝田さんが、負けた相手とはいえ……あんな男に掻き乱されているなんて。だから、僕が……僕が力になるから!」

 

「…………」

 

 自分は強い、憧れていたと繰り返す恭二の姿に、さらに動揺する詩乃。だが、その一方で、彼が口にしたように『強い自分』というものが本当の自分なのだろうかと、疑問に思ってもいた。

 

(違う……私は、そうなりたくてなったんじゃない……)

 

 ガンゲイル・オンラインを始めた理由は、銃への恐怖を克服することだった。だが、GGOの中で詩乃が操るシノンは、詩乃自身が望む、強者としての姿である。だが、自分の中身全てをシノンというアバターで上書きするつもりなど詩乃には無かった。詩乃が心の欲するのは、かつて母親と過ごした時間のような、平穏な暮らし。強さを求めるのは、それを得るために必要だからこそ。

 同年代の、恭二以外の友人と笑い、泣き、騒ぎ……そんな当たり前の日常に帰りたいと、詩乃は思っていた。思っていた……筈だった。だが、いつの間にか目的と手段は入れ替わっていた。強くなりたい――それだけを強く思い始めたのは、つい最近のことだった。では、そのきっかけは何か。死剣こと、イタチとの出会い……なのだろうか。しかし、それだけではいまいちピンと来ない。自分が強さを求める、本当の理由。それは――――

 

「朝田さん……」

 

 そこまで考えた時だった。不意に、恭二の声が耳元から聞こえた。また、考え事に現を抜かしてしまっていたらしい。それと同時に、自分の今の状況を見て、はっと驚く。気付いた時には、詩乃は恭二の両腕に抱きすくめられていた。傍から見れば、恋人そのものだろうその光景を、頭の中で思い浮かべた詩乃の頭に浮かんだのは――

 

「!!」

 

 それを幻視した途端、詩乃は半ば反射的に、恭二を突き飛ばす用に押し離した。恭二のいきなりの大胆な行動に困惑したこともあったが、それだけではない。そうしなくてはならないと、詩乃は咄嗟に思っていたのだった。だが、詩乃にはその感情に気付くことは無かった。それよりも先に、拒絶されたことで傷ついたような顔をしている恭二へ弁明せねばならないと思ったからだ。

 

「ご、ごめんね。そう言ってくれるのは、凄く嬉しいし……君のことは、この街でたった一人、心が通じ合える友達だと思ってる。でもね、今はまだ、そういう気にはなれないんだ。私の問題は、私が解決しなきゃならない、って思うから……」

 

「……そう……」

 

 捨てられた子犬のような顔をする恭二の顔を見て、罪悪感が芽生えるものの、こればかりは譲れない。詩乃自身、何故ここまで強くなければならないと思ったのか、その理由も明確には思い出せない。しかしそれでも、戦う中に強さを見出すことを選んだのは、自分なのだ。ここまで来た以上、因縁の相手たる死剣をはじめ、このBoBに集った猛者達を一人残らず狩り尽くす。そうして頂点に立った時、シノンは、現実世界の己をも強くすることができる何かを得られる。何一つ確証は無いが、詩乃はそう信じていた。そう、この時の詩乃は――――

 

 

 

 

 

 

 

 窓が一つも無いが故に、決して日の光が届くことのない、とある建物の部屋の中。薄暗闇を照らすのは、パソコンの液晶画面のみという、不気味な空間が支配するその場所に、一人の男がいた。

 

「ええ、準備は手筈通りに進んでいます。こちらのことは、弟さんと私にお任せください」

 

『問題は、無い、だろうな?』

 

 パソコンの画面を眺めている男の手には、携帯電話が握られている。歯切れの悪い言葉遣いで通話の相手は、彼が芸術と称して憚らない、非合法かつ非人道的な企ての協力者だった。

 

「既に根回しは済んでいます。私の計画が完璧なのは、あの世界でもご存じでしょう?」

 

『……そう、だった、な』

 

 この二人の繋がりは、数年前にまで遡る。しかしそれでいて、現実の世界で顔を合わせたことは、一度きり。その後は、電話やメールといった電子的なやりとりしかしていなかった。にも関わらず、通話の相手は、男の自身に満ちた言葉を聞いて納得していた。一体どうして、そのような関係の相手を信用できるのか……

 その理由は、二人が出会い、知り合った場所が、現実世界ではなかったからだ。かつて、もう一つの現実と化した血の流れない世界の中で知り合ったこの二人は、狂気を振り撒き、多くの血を流した経緯があった。そして、今もまた――――

 

「しかし、あまり勝手な行為には走らないでいただきたいですね。昨日の予選の時も、私に黙って“彼”に会いに行っていたでしょう?」

 

『……見ていた、のか?』

 

「フフ……まあ、そう怒らずに。彼にはあなたの正体が知られてしまったのは確かでしょうが、計画自体に支障は無いでしょう」

 

『奴は、俺が、必ず、殺す…………俺達の計画は、絶対に、止めさせない』

 

 怒気と殺意に満ちた声で発せられた宣言。受話器越しにそれを聞いた男は、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「期待していますよ――赤眼のザザ。“死銃”としての、あなたの活躍に。では、手筈通りにお願いします。Good Luck」

 

「お前も、な。地獄の、傀儡師――スカーレット・ローゼス」

 

 かつての世界で狂気の遊戯に興じた時に使っていた名前で別れを告げられると同時に、通話は切れた。それと同時に、その男……地獄の傀儡師、高遠遙一は満足そうな様子で携帯電話をデスクの上に置いた。

 

(相変わらず血の気が多いのは困りものですが……それはそれで、キャストとしては中々面白い)

 

 かつて勃発した、前代未聞のVRゲームを舞台とした大量殺人事件――SAO事件の中で、犠牲者の一部を屠った経緯のある知人の気性に苦笑する高遠。しかし、だからこそ操り甲斐があると思う。傀儡師とは、人形使いの意なのだから――

 

(それにしても……やはりあなたは、期待を裏切らない。こうして再び、私の用意した舞台に上がってくれたのですからね)

 

 口元に浮かべた笑みを深めながら、高遠はパソコンの画面の一点を見つめる。高遠がパソコンの画面で閲覧していたのは、第三回BoBの本選出場者の一覧。三十名のプレイヤーの情報が記載されている中、高遠はFブロック通過者のアバターをピックアップしていた。高遠が注目していたのは、その内の一つたる、一位通過の男性プレイヤー――『イタチ』だった。

 

(それに、まさか彼女とあなたに繋がりがあるとは……こればかりは、予想外でしたね)

 

 そう心の中で呟きながら、高遠は次の画像をピックアップする。そこに映されていたのは、予選二位通過者の女性プレイヤー。名前は、『シノン』。

 

(彼女もまた、この舞台の上で踊っていただくゲストの一人。そして、彼女が標的であることを知れば……流石の彼も、絶対に冷静ではいられない)

 

 傀儡師として、常に他者を操る立場にある高遠だったが――その実、愉快犯的な面も多々あった。事前に用意した仕込みで対決することも愉しみではあるが、想定外の要素がもとでゲストが冷静さを失って舞台が盛り上がるのならば、尚のこと興が湧く。

 

(舞台の開幕は今夜……待ち遠しいですね)

 

 SAO事件に期せずして巻き込まれて以来、久しくこの現実世界で活動していなかった、犯罪プロデューサー・高遠遙一復活の幕が上がる。アインクラッドで培った人脈と宿縁を存分に活かして構成した今回のキャスティングも舞台も、全くもって申し分ない。頭脳明晰かつ冷静沈着な高遠といえども、この大部隊の開幕を前に、昂らずにはいられなかった。

 

(こういう時、彼は確か、こう言っていましたね……)

 

 ふと思い浮かんだのは、SAO事件当時に、自身が所属していたレッドギルドのリーダーにして、地獄の傀儡師と双璧をなした、凶悪かつ狡猾な親友。彼には、殺人計画を実行に移す際に必ず言い放つ、『決め台詞』があった。

 

「It’s show time」

 

 本場イギリスで習得した、ネイティブイングリッシュの発音にて放たれた宣言は、その空間の中に静かに響き渡った。それを声に出した高遠は満足した様子で、デスクの傍らに置いていたグラスに注がれていたワインに口を付けるのだった。

 

 

 

 地獄の傀儡師がプロデュースする、恐怖と怪奇、そして鮮血の赤に彩られた舞台の幕開けは、すぐそこに迫っていた――――

 




君にこの謎が解けるか!?

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