ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第九十話 アインクラッドの亡霊

2025年12月14日

 

VRMMORPG――『アルヴヘイム・オンライン』。通称『ALO』と呼ばれるこのゲーム世界の中心には、世界樹と呼ばれる巨樹が聳え立つ。かつてはグランド・クエストの舞台として、多くのプレイヤーの頂上到達を阻み続けた難攻不落の巨塔として知られた、この世界の象徴である。

しかし、『ALO事件』にて、SAO生還者の大量拉致・監禁に加え、人体実験まで行っていた、伏魔殿としての実態を暴かれた経緯がある。その後、事件の詳細が世間に詳らかにされたことで、ゲームそのものが消滅の憂き目を見た。しかし、『ザ・シード』と呼ばれるプログラムが世に出回ったことをきっかけに、元ALOプレイヤーが立ち上げた会社によって、プレイヤー達のデータ諸共復活を果たしたのだった。

そして、新たに運営されるに至った新生ALOにおいても、世界樹はALO世界の象徴として存在し続けている。尤も、プレイヤーの飛行時間については無制限化されたため、グランド・クエストの舞台としての機能は失っている。その代わり、世界中の頂上には『イグドラシル・シティ』と呼ばれる広大な街が、新たに実装化されていた。

そんな街の一角にある、NPCが経営する酒場。本日そこを、貸し切りにしている、プレイヤーの一団があった。

 

「お兄ちゃん、なかなか映らないねー」

 

酒場の窓際に浮かんだモニターに映っているのは、銃の世界たるガンゲイル・オンラインにて繰り広げられている、最強決定戦。第三回BoBの映像である。

それを見ながら、緑がかった金髪をポニーテールに束ねたシルフの少女、リーファは不満そうな言葉を漏らしていた。

 

「でも、イタチさんは用心深いですからねぇ……本当にチャンスだと思った時にしか動かないんじゃないですかね?」

 

「有り得る話だな。奴は常に効率重視で動く。それに、銃器が主武装の世界では、ALOのようにはいくまい。ましてや、フィールドが豪雪地帯だ。得意の敏捷も活かせない上、敵に足取りを気付かれないようにせねばならんのだから、思い通りにはならん」

 

「それにしてもあのフィールド、本当に寒そうだよね。まるで、ヨツンヘイムみたい」

 

対して、隣の席に座ったライトブラウンの髪のケットシー、シリカは、ある意味納得したかのように呟く。そして、それに同調するのは、ソファーの傍に立つ、現実世界同様に豊満なバディに黒髪の美少女、インプのメダカである。ソファーの前に備え付けられたテーブルを挟んで右側の椅子に座ったウンディーネのサチは、対戦フィールドのニヴルヘイムに、ALOの地下迷宮を思い出していた。

 

「尤も、イタチなら懐に飛び込みさえすれば、銃が相手だろうと絶対に勝てるんだろうがなぁ……」

 

「あのな、銃の世界って言ってんだろうが……近接武装なんて、あるわけねぇだろうが」

 

バーカウンターに座り、ウイスキーの入ったグラスを煽りながら、大会に参加している友人、イタチの勝算について口にするのは山賊風の容姿をした男。サラマンダーのクラインである。その隣の席からクラインの見解に対してツッコミを入れるのは、黒衣に身を包んだサラマンダー、カズゴだった。

 

「でも、イタチ君が銃を持って戦う姿なんて、想像できないわよねぇ……」

 

「いくらイタチ君でも、銃の世界で剣を振り回すなんて、有り得ないわよ……多分」

 

リーファとシリカが座っているソファーから、イタチが銃を使うことに対して疑問が上がる。リーファと同じく、シルフのランである。しかし、その隣に座った、同じくウンディーネのアスナからは、ランの意見を否定する言葉が出た。語尾に多分がつくあたり、彼女も断言し切れないのだろう。

そんなアスナの不安に対し、メダカはふふふ、と不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「それが、そうでもないらしいぞ」

 

「ん?……メダカ、何か知ってるんか?」

 

「まさか、イタチがあの大会で剣を使ってる、なんて言い出すわけじゃないですよね?」

 

メダカの言葉に対し、カウンター席に座りながら疑問を浮かべるのはノームのヨウ。隣に座るプーカのアレンは、顔を引き攣らせていた。

 

「そのまさかだ、アレン。イタチの奴がBoBに参加していると聞いて、少しばかり調べたんだが、かなり話題になっているぞ」

 

不敵な笑みをそのままに、メダカはステータスウインドウを開き、その中から目的のデータをその場の一同へ送信した。皆はメッセージを受け取ると、それを開き、中身を確認する。その内容は、GGOプレイヤーをはじめ、BoBを観戦していた者達が掲示板に書き記した呟きだった。

その内容に、一同は絶句する。

 

「『前代未聞!GGO初の光剣使い、BoB本選に出場する!』……これ、間違いなくイタチのことですよね?」

 

「『死剣登場!伝説は本当だった!』とも書いてあるな。既に伝説になっていて、渾名まで決まってるみたいだぞ」

 

「こっちは、『シ○の暗黒卿現る!』とか、『フォー○の力か、銃弾効かず!』とか書いてあるぜ」

 

「見た目そのままだしな……だが、仮に奴が暗黒卿の生まれ変わりで、フォー○やらの奇々怪々な力を習得していたとしても、私は驚かんぞ」

 

「まあ、そう言いたいのも分からないでもないけど」

 

アレン、ヨウ、カズゴが苦笑を浮かべながら呆れたように呟いた。メダカに至っては、ネットで囁かれている馬鹿げた噂が事実だとしても、むしろ納得とまで言っている。他の面子にしても、サチをはじめ同様の感想を抱いたことは、表情を見るだけで明らかだった。だが、アスナとリーファだけは、メダカの『生まれ変わり』という言葉に対して顔を引き攣らせていたが。

 

「銃ゲーで剣って、アイツは一体、何を考えているのよ」

 

「でも、剣さえあれば、パパなら絶対に優勝間違い無しですよ!」

 

最早、どうしようもないとばかりに、額に手を当てながら呆れ果てた様子で感想を口にするのは、レプラコーンのリズベットである。リズベットの容赦の無い台詞に、その場に居たメンバーは、ユイを除いてフォローのしようがない。

 

「それにしても、何だってアイツはGGOなんぞにコンバートしたんだ?それも、サスケの方のデータを使って」

 

「私も、今朝知りましたよ。お兄ちゃん、バイトがあるからって最近ALOにはダイブしていないと思ってたら、サスケ君のデータでこんなことしてるなんて……」

 

リーファこと直葉が、イタチこと兄・和人がGGOにダイブし、BoBへ参加していたことを知ったのは、今朝だった。ここ一週間、バイトが忙しくてALOへのダイブはできなくなるという話は聞かされていたが、その詳細については告げられていなかった。故に、常々疑問に思っていたのだ。しかし今朝、思わぬ形で和人が行っているというバイトについての情報を得ることができた。

きっかけは、VRMMO情報サイト『MMOトゥモロー』のニュースコーナーだった。ALOプレイヤーとして、何気なくその記事に目を通していたところ、BoB本選出場者についての記事の中に、『イタチ』という名前を見つけたのだ。その後、和人を問い詰めたところ、あっさり観念して、現在引き受けているバイトの内容について、簡単ながら説明した。

 

「なんか、GGOの中で起こっている、おかしな異変についての調査を頼まれたとかで、サスケ君のデータを使ってダイブしたらしいんですけど……」

 

「異変、ねぇ……リーファちゃん、イタチ君にそれを頼んだ人って誰なのかな?」

 

「別に、怪しい人じゃないらしいですよ。前にSAO事件やALO事件で顔を合わせた人で、総務省仮想課の人だそうです」

 

リーファに投げた問い掛けに対し、そう返されたアスナは、訝るような表情を浮かべた。総務省仮想課の人間で、和人と親しい人物には、心当たりがある。恐らくは、SAO事件やALO事件の事情聴取の際に、自分も幾度か顔を合わせている、あの人物だろうと、当たりをつける。

だが、同時にアスナは、その人物に対して疑惑にも似た感情を抱いていた。信頼できないとまではいかないものの、腹に一物隠しているような印象を受けたことが理由として挙げられる。

加えて、和人が皆に黙ってそのようなバイトを引き受けたことについても疑問が残る。ここに居るメンバーは、和人とはSAO事件以来の付き合いであり、気心の知れた友達に近い関係にある。にも関わらず、何故誰にも――妹であるリーファにすら――バイトのことを話さなかったのだろうか。

 

(何だろう……嫌な予感がするわ……)

 

何ら確証の無い疑念だったが、アスナは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。まるでそれは、SAO事件の中で感じたような、そんな胸騒ぎだったからだ。

そして、不安を感じずにはいられなかったのは、彼女だけではなかった。同じソファーに座るリーファも、同様の表情を浮かべていた。

 

(お兄ちゃんが、『サスケ君』を使ってダイブするなんて……)

 

リーファの不安の根源は、和人がGGOに持ち込んだ『アバター』にあった。以前、リーファはイタチこと和人に、SAOのイタチのデータをコンバートさせた、スプリガンの『サスケ』のアバターでプレイしない理由を聞いたことがある。イタチから返って来た答えは、「前世の分身たるアバターを徒に使うわけにはいかない」というものだった。つまり、和人がサスケのアバターを持ち込むということは、それ相当の理由がある可能性が高い。勿論、単にGGOへコンバートさせるだけのために、ALOではあまり使用していないサスケのアバターを利用するほかなかったとも考えられる。だが、何も言わずにバイトと称して別のゲームへ飛び込んでいった兄には、どうしても胸騒ぎを抑えられなかった。

 

「お、誰か倒れたぞ」

 

ふと、カズゴが呟いた言葉に、全員の視線が中央部分のモニターに集中する。GGOへダイブしたイタチこと和人の真意について疑念を抱いていたアスナとリーファも、そちらへ視線を向けた。

カズゴが注目したモニターには、田園エリアの戦闘が映し出されていた。そこでは、炎を模したデザインの覆面を被った、黒衣の大柄なプレイヤーが、仰向けになって橋の上に倒れていた。名前を『モンスター』というらしい。身体にはスパークがビリ、ビリ、と這っており、電撃のようなもので麻痺している様子が分かる。

 

「確かに倒れているけれど……」

 

「なんで、麻痺なんでしょう?」

 

ランとシリカが疑問の声を発する。それは、戦闘を見ていた他のメンバーも同じだった。

 

「風魔法の『封雷網(サンダーウェブ)』みたい……」

 

「だが、GGOに魔法は無い。何らかの特殊弾だろう」

 

「メダカさんの言う通りです。あれは、電磁パルス弾と呼ばれる弾丸で、主に対モンスター戦で使用される特殊弾です。しかし、単価がかなり高い上に、大型のライフルじゃないと発射できない仕様なんです」

 

「ってことは、アレで麻痺させた後で、止めを刺そうって魂胆なのか?」

 

ユイの解説を聞いたクラインは、そう推察する。電磁パルス弾の発射に大型ライフルを使ったのならば、今度は実弾を放つ筈。対戦を観ていた誰もが、そう考えていた。しかし、数十秒が経っても、追撃は来ない。

 

「どうなってんだ?」

 

「どうして止めを刺さないのかしら?」

 

疑問を口にするカズゴとランだが、当然答える人物はいない。誰もが首を傾げる中、アスナは一人、件の戦闘シーンが映されたモニターをアップさせた。同じソファーに座るリーファも、このモニターを凝視していた。この異常事態には、何かある。もっと言えば、イタチがGGOへダイブするに至った秘密があると、直感していた。

すると突然、モニターの中に黒い布がフレームインしてきた。プレイヤーの出現を意味する現象である。

 

「ようやく来たみたいね」

 

「けど……大型のライフルを持っているのに、何であんな至近距離に現れたんでしょう?」

 

呆れたように呟いたリズベットに続いて、シリカが発した疑問は尤もだった。長距離射撃ができる武器を持っているなら、動けなくした今の内に急所へ撃ち尽くしてHP全損を狙うべきではないのか。

おそらくは、GGOのプレイヤーでも理解不能な謎だらけの行動に、先程から疑問ばかりが募る。しかし、そうこう考えている間にも、モニターに映ったプレイヤーの全身が映し出される。

 

「女の人、でしょうか?」

 

「ALO以上に男性の比率が高いゲームなのに、珍しいわね」

 

モンスターを襲撃したプレイヤーは、全身を包むローブのようなものを羽織っていた。しかしその身体のラインは、明らかに女性のものだった。肩には、電磁パルス弾を放つために使用したのであろう、大型ライフルを担いでいる。襲撃者の正体が思いもよらないものだったことに対し、アレンとリズベットが軽く驚きの声を上げる。だが、今注目すべきはそこではない。

 

「あ、懐から何か取り出したみたい」

 

「何かって……なんだ、あのチャチな銃は?」

 

仰向けに倒れたプレイヤー、モンスターのもとへ歩み寄った女性プレイヤーが、懐から新たな武装を取り出したことに気付くサチ。しかしそれは、カズゴの言う通り、プレイヤー一人殺すにはどう見ても威力不足なピストルだった。

本当に、何を考えているのか分からない。わざわざ高価な弾丸を使って動きを封じ、わざわざ至近距離に現れたと思えば、明らかに威力不足な武器を構える。本当に勝つつもりがあるのか、疑問である。

 

「ん?……何してんだ?」

 

「十字を切っているようだが……」

 

そして、件の女性プレイヤーは、またしても不可思議な行動を見せた。人差し指と中指の先で、額、胸、左肩、右肩の順に素早く触れたのだ。メダカが口にした通り、十字を切る動作を彷彿させるものだった。

 

(……何、この感覚は……?)

 

十字を切るローブを被った女の姿に、アスナは言い知れぬ不安を感じた。しかも、この感覚には覚えがある。これを知ったのは、どこだっただろうか――――

 

「!」

 

記憶の奥底で疼く、得体の知れない何かを探ろうとするアスナだが、それよりも早く、モニターの向こうで構えられた引き金は引かれた。

 

 

 

途端、アスナをはじめとした、その場にいた一部のプレイヤー達に戦慄が走った。

 

 

 

「うわ!……弾丸が右目にモロに当ってる……」

 

「うぅ……痛そうです」

 

「ALOでもそうだけど、顔にあんな攻撃受けたら、ゲームでもトラウマになるよね……」

 

モニターに映った女性プレイヤーが放った弾丸は、モンスターの右目に命中した。仮想世界で受けたダメージには痛覚が伴わないとはいえ、顔面に受ける損傷はかなり恐ろしい。リズベット、シリカ、サチが嫌そうな顔を浮かべるのも、無理の無いことだった。ゲーム内の死イコール現実世界の死という世界を生きたSAO生還者ならば、その反応も一際強い。

そんな中、アスナやクライン、メダカといった――アインクラッドの最前線で戦っていた、いわゆる攻略組――は、沈黙したまま食い入るようにモニターを凝視していた。

 

「けど、結局大したダメージにはなっていないみたいね」

 

「あ~あ……あれじゃあ、電磁パルス弾が切れた途端に逆襲されて終わりよ」

 

弾丸が頭部にヒットしたとはいえ、ゲーム世界でのダメージである。ピストル一発の弾丸には見合わない程のHPが削られたものの、即死足り得ない。

このままでは、リズベットの言った通り、電磁パルス弾の麻痺が抜けた途端に目も当てられない惨状になることだろう。モンスターの主武装は、火炎放射器である。あの至近距離では、回避は到底間に合わない。その場で観戦していた誰もが、女性プレイヤーが火だるまになることを疑わなかった。

そして、遂に電磁パルス弾の有効時間が切れて、モンスターが動き出す。地面に尻もちをついたまま、火炎放射器を構えたモンスターは、目の前で悠然と立つフードの女性プレイヤー目掛けて火炎を放とうとした――その時だった。

 

「な、何!?」

 

火炎放射器の銃口を向けていたモンスターの身体に、突如ホワイトノイズのようなものが走ったのだ。そして次の瞬間には、阿アバターそのものが消滅。その跡には『DISCONNECTION』の文字が浮かんでいた。

観戦していた、酒場のメンバー全員が絶句する中、フードを被った女性プレイヤーは中継カメラの方へと銃口を向けた。そして、フードの奥に隠れた口元に笑みを浮かべ、女性らしい高く透き通った声で話し始めた。

 

『私とこの銃の名前は、『死銃』……『デス・ガン』よ』

 

外国人風のイントネーションが伴ったその口調に、観戦していたメンバーの一部が、身体を強張らせる。何故なら、その口調には、確かに聞き覚えがあったのだから……

 

『この銃には……私達には、本物の死を齎す力がある。嘘だとは、思わないことね』

 

嘘だとは、思えなかった。美しく、かつ邪悪な笑みを浮かべて話すその姿は、まるで女の姿をした悪魔のようだった――――

 

『忘れない事ね……まだ、終わっていない……何も、ね』

 

そして、フードの奥で浮かべた笑みを、より深めた女性プレイヤーは、最後に二言で締め括った。

 

『イッツ・ショータイム』

 

その言葉に、アスナやクラインは、大きく目を見開いた。

 

『Good Luck』

 

その言葉を最後に、中継は途絶えた。中継画面が別のプレイヤーの先頭へと移り、酒場の空間を沈黙が包み込んだ。そして、その恐ろしい程の静寂は、クラインの落としたグラスの破砕音によって、破られた――――

 

「ど、どうしたのよ……クライン?」

 

カウンター席で酒を飲みながら観戦していたクラインの突然の異変を訝りながら、リズベットが声を掛ける。だが、クラインからの返事は無い。そしてそれは、クラインだけではなかった。同じくカウンター席に座っていたアレンやヨウ、壁際に立っていたカズゴまでもが、驚愕に目を剥いていた。

 

「う、嘘だろう……!」

 

「……マジかよ!」

 

口々に驚きを露にする者達だが、リズベットやシリカ、サチといった面子には事情がまるで分からない。女性陣が混乱する中、リーファは一人、ソファーから立ち上がると、後ろに立っていたクライン達に向き直った。そして、真剣な表情で口を開く。

 

「クラインさん、あのプレイヤーについて、何か知っているんですか?」

 

「あ、ああ……」

 

リーファに問い掛けられたクラインは、驚きによる混乱が抜け切らず、動揺したまま返事をした。その後、隣に並び立つカズゴやアレンの方へ顔を向けて頷き合うと、この場にいる全員で知識を共有するために、全てを話すことを決心する。

 

「昔の名前までは分からねえ……けど、これだけは断言できる。奴は、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のメンバーだ!」

 

「…………!!」

 

クラインが放ったその言葉に、リズベットやシリカ、サチまでもが戦慄した。アインクラッドで繰り広げた彼等の凶行は、中層プレイヤーであった彼女達のもとにも届いていたのだから。

 

「『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』というのは?」

 

「SAOで殺戮の限りを尽くした――『殺人ギルド』のことだ」

 

リーファの問いに答えたのは、傍に立っていたメダカだった。その美貌は、酒場にいた他のメンバー達と同様、忌ま忌ましげに歪んでいた。その表情を見ただけで、笑う棺桶という殺人ギルドと、兄・和人ことイタチの間には、ただならぬ因縁があるのだと悟った。

その後、メダカの口から語られた、笑う棺桶についての話の内容は、リーファが予想した通りのものだった。

 

笑う棺桶が、デスゲームと化したSAOを、より完全なデスゲームたらしめるために結成されたこと――――

 

殺し合ってこそのデスゲームという、極めて身勝手な理由で繰り広げられた殺戮劇によって、三桁に及ぶプレイヤーの命が奪われたこと――――

 

果ては、攻略組に所属するプレイヤー達との、血で血を洗う討伐戦にまで及んだこと――――

 

その中でイタチは、仲間を守るために、とりわけ多くのレッドプレイヤー達を手に掛けたこと――――

 

「あの討伐戦は、文字通りの地獄だった……イタチの活躍が無ければ、犠牲者の倍増は必至だっただろう」

 

「デスゲームのSAOでは、HPの全損だけは絶対にあっちゃならねぇことだったんだが……あの時ばかりは、そうもいかなかったからな」

 

説明を終えたメダカと、それに続いて口を開いたクラインの顔からは、凄惨な過去を思い出したことによる悲愴が感じ取れた。だが、それだけではない。恐らく、あの戦いの中で望まないままに多くの目に見えない血を流したイタチに対する、忸怩たる思いがあるのだろう。メダカとクラインの話を聞く限りでは、味方の被害を最小限に止めることができたのには、イタチの活躍が大きいことは明らかだった。

 

「話が逸れたな。それで、先程あの女性プレイヤーが使っていた台詞の、『イッツ・ショータイム』と『Good Luck』ってのは……笑う棺桶のトップ二人が使っていた、決め台詞なんだ」

 

「両方とも、ありきたりといえばありきたりな決め台詞だが……あんな異変が起こった直後に、二つ同時に出てきたんだ。偶然と言うには不自然過ぎる」

 

メダカの推測は尤もなものだった。確かに、『イッツ・ショータイム』も『Good Luck』も、ポピュラーな決め台詞と思えなくもない。だが、ピストルの銃弾一発で、対戦相手を回線切断に陥れ、『死銃』やら『デス・ガン』やら『本物の死』やらの物騒な単語を発したプレイヤーが口にしたのだ。偶然と切り捨てることは到底できない。

 

「それじゃあ、あの女の人が二人の言う……笑う棺桶の幹部なんでしょうか?」

 

「いいえ、それは違うわ」

 

リーファの問いに答えたのは、それまでソファーに座って沈黙を保ったままの、アスナだった。ソファーから静かに立ち上がると、後ろに立つメダカやクラインをはじめとした、当時のSAO攻略組にして、笑う棺桶討伐隊のメンバーでもあった面子に対して向かい合う。

 

「リーダーのPoH(プー)も、その右腕だったスカーレット・ローゼスも、男性プレイヤーよ。あの女性プレイヤーのアバターを操っているのは、別人よ」

 

決意の籠った声色で話すアスナの表情は、いつもの穏やかな彼女のそれではない。SAO生還者の、最前線で戦闘に臨んでいた者ならば知らぬ者などいない、攻略ギルド血盟騎士団副団長『閃光のアスナ』の顔だった。

 

「けど、あの喋り方と、右目を狙う攻撃には覚えがあるわ。彼女も確か、笑う棺桶の上位プレイヤーだった筈よ」

 

「ああ、いたな。顔面を攻撃するプレイヤーは、レッドギルドに何人もいたが……突出したアキュラシーで、右目を執拗に狙う奴が」

 

アスナの推測に対し、メダカが肯定したことで、笑う棺桶の関与が疑いようもないことを、その場にいる全員が思い知った。

 

「でも、それだと……バイトって話はどうなるの?イタチは、誰かの依頼でGGOに行ったんでしょう?」

 

リズベットが口にした疑問は、尤もだった。イタチが言うには、GGOで起こった異変の調査を目的とした依頼らしい。先程の笑う棺桶の構成がしでかしたことと、何か関連があるのだろうか。

 

「お兄ちゃん……多分、知っていたんだと思います。GGOに、その笑う棺桶の人がいること。多分それで、昔の因縁に決着を着けるためにBoBに参加したんです」

 

「だろうな。勘の鋭いアイツのことだ。連中がまたぞろ動き出したことを、依頼を受ける前から悟っていたとしても、おかしくない」

 

カズゴの言葉に、アスナやクラインは頷く。依頼の詳細について、妹にすら語ろうとしなかったことも、これで説明がつく。いつもの如く、危険が予測される依頼故に、自分だけで解決すべく動いていたのだろう。

だが、こうしてイタチが危険なことに首を突っ込んでいることを知った以上は、黙って手を拱いて見ているわけにはいかない。それは、この場にいる全員の共通認識だった。

 

「奴が何も言わず、一人で突っ走ったことについては、後日問い詰めるとして……今は、GGOで起こっている異変について知ることが先決だな」

 

「全くその通りだな。ったく、イタチの野郎は、これだから……!」

 

「言っても仕方あるまい。まずは、依頼主に事情を聞くことから始めるか」

 

「メダカさん、その役目は私が引き受けます。イタチ君に今回の依頼をした人物には、心当たりがありますから」

 

「そうか。なら、頼んだぞ、アスナ」

 

 

「分かりました。一度落ちて、イタチ君の依頼主に連絡を取って、この場へ呼び出します」

 

「それが一番ね。その人には、色々と聞かなきゃならないことがあるからね……」

 

拳をコキコキと鳴らす素振りを見せながら、ランはそんなことを口にした。事情次第では、依頼主の身に危険が及ぶ可能性もあるが、それを気にするのは後である。

 

「ユイちゃん、さっきのフードを被った、『死銃』って名乗ったプレイヤーについてリサーチをお願い」

 

「了解です、ママ!」

 

アスナの肩から飛び立ったユイは、テーブルの上に立ってそのまま瞼を閉じる。そして、ネットの海から情報をサルベージするべく意識を集中させる。

 

「私も、気になることがあるから一度落ちる。出来る限り早く戻ってくるから、待っていてくれ」

 

そう言い残すと、メダカはアスナとともにメニューウインドウを呼び出し、ログアウトボタンを押した。二人のアバターが消え去った後に残された者達は、今現在も別の世界で繰り広げられている戦いが映されているモニターへと、視線を戻した。

その中に潜む、殺人者の影を……アインクラッドで壊滅した、レッドギルドの亡霊を探して――――

 

 

 

 

 

 

 

第三回BoBの舞台たる、『ISLニヴルヘイム』。その中央には、廃炭鉱都市が存在する。だが、一口に廃炭鉱都市とは言っても、フィールドを構成しているのは炭鉱都市だけではない。

島の中心に聳え立つ鉱山を中心として、炭鉱都市があるのは南側、採掘場は西側から北側にかけて設けられている。東側に関しても、西側と同様、採掘場跡地ではあるものの、その面影はほとんど残っておらず、一面が雪に覆われた雪原が広がっている。

そんな、さまざまな要素を詰め込んだ炭鉱フィールドの中、南側の都市に、シノンの姿はあった。

 

(あのプレイヤーを追ってここまで来たけど、全く見つからないなんて……)

 

白く染まった仮想の吐息を吐きながら、シノンは辺りを見回していた。だが、狙撃手として鍛えた目をいくら凝らしても、目的のプレイヤーは見つけられなかった。

 

(鉄橋での私の狙撃を回避した腕といい、この移動速度といい……本当に、一体何者なの?)

 

十数分前のこと。シノンは、鉄橋の上でヘカートⅡを構え、鉄橋の上に立った一人の奇怪なプレイヤーを狙撃した。黒マスクに赤外線ゴーグルを装備し、黒いマントを羽織ったプレイヤーである。目視した当初は、電磁パルス弾で動きを封じた敵を前に、奇行を繰り返し……その末に、何の変哲の無いハンドガンの銃弾一発で、敵プレイヤーをHP全損ではなく回線切断に至らしめたのだ。

どんなチートを使ったのかは分からないが、このような離れ業を使うプレイヤーを生かしておくのは非常に危険。そう考えたシノンは、狙撃を敢行したのだった。狙撃手を到底黙視できない、長距離から放った、命中すれば即死の対物弾は……しかし、標的に命中することは無かった。弾丸が命中するその直前、件の黒マスクのプレイヤーは、身体を反らして弾丸を回避したのだ。明らかに、狙撃手であるシノンを予め目視していなければできない動きだった。

 

(私を目視していたから避けられたのは間違いない……けど、どうして私を放置していたのか……)

 

あのプレイヤーが、予めシノンを目視していたのならば、その時点で奇襲を掛けて始末している筈である。如何にプレイヤーを目視し、予測線が見えているとはいえ、対物狙撃銃を所持しているプレイヤーを放置するのは危険過ぎる。ジェイソンを優先して始末すべきと判断したとも考えられるが、シノンを放置し続ける理由が不明である。

あの狙撃の後、黒マスクの男は橋の影に隠れてしまい……結局、その姿を現すことは無かった。今か、今かと出てくるのを待ち続けていたものの、結局膠着状態が続き……サテライト・スキャンの時間に至ったのだった。そして止む無く、黒マスクの男の名前と所在をチェックすべく、シノンはサテライト・スキャン端末のデータ照会を行ったのだが……その所在・名前を知ることはできなかった。

その後、シノンは鉄橋の上をはじめ、周囲に誰もいないことを確認すると、黒マスクの男が姿を消した現場へと、自分の足で向かった。すると予想外のことに、相手の足跡はすぐに見つかった。川沿いに積もった雪の上に、足跡を発見したのだ。

 

(あんな短時間での移動……やっぱり、どう考えてもおかしいわ。それに、わざわざ自分の足跡を残すなんて……)

 

今思い返しても、明らかに罠だと思った。しかし、姿を見られている以上は、シノンとしても放置しておくわけにはいかない。この状況下で追跡を行うのは自殺行為に等しいということは、シノンとて承知していた。しかし、このプレイヤーを排除しない限りは狙撃に集中することなど不可能。故に、罠と知りつつ敢えて足跡を追ったのだった。

だが、どうしても解せない。相手はシノンの姿を既に視認しているのだ。足跡による誘導などしなくても、殺そうと思えばいつでも殺せた筈である。こんな回りくどい真似をすることに、何の意味があるのか。

 

(まさか、あの足跡自体、ヘマで残したっていうの……?)

 

あまりに馬鹿げた推測だったが、それ以外に思い付く理由が無い。しかし、GGOをプレイし、BoB本選にまで出場する程のプレイヤーが、そんな初歩的なミスを犯すだろうか。次から次に、湧き出て止まない疑問に、しかし誰も答えてはくれない。

 

(考えていても仕方ないわね……けど、そろそろサテライト・スキャンの時間も迫ってきている。ここで所在を突きとめるしか無い!)

 

シノンを仕留めようと考えているのならば、あの黒マスクのプレイヤーは、シノンを捉えられる位置にいなければならない。建物が多く建ち並んでいる炭鉱都市フィールドでシノンを狙撃するためには、然程距離を置くことはできない筈。次のサテライト・スキャンで所在を突き止めた後は、狙撃手同士の戦いが始まる。

相手の行動の先読み、裏を掻く……果てしない心理戦である。あの黒マスクのプレイヤーも、相当な実力を持つ狙撃手であることは分かっている。しかし、シノンは死剣ことイタチへの対策のために、変則的な戦術をいくつも用意している。裏を掻く自信は、十分にある。

そう考えたシノンは、狙撃が不可能な、建物の隙間に入り込み、そこに積まれたドラム缶の物影に身を潜め、端末を取り出した。サテライト・スキャンまでは、残り十秒を切っていた。障害物に身を隠しながらも、シノンは周囲への用心を怠らずに身構え、時間を迎える。

 

(さあ、名前を見せてもらうわよ!)

 

意を決して端末のスイッチを押したシノンは、目の前に広がるニヴルヘイム全域のマップから、中央部のマップを拡大表示する。さらにその中から、自分の周囲に存在する光点を探す。シノン以外に、このフィールドの中にある端末の数は……一つのみだった。

 

(見つけた!名前は……『ヒトクイ』!)

 

『ヒトクイ』と称されるプレイヤーの所在を示す光点は、シノンがいる場所から北方およそ百五十メートルの距離にある建物の中だった。シノンはそれを確認すると、端末のスイッチを切り、素早く動き出した。まずは、敵を視認することから始めねばならない。あちらは恐らく、こちらの存在を目視した状態を続けているのだから、条件を同じにするためには、こちらも相手を視認する必要がある。そのために、シノンは距離を詰めるべく、動き出した――――

 

 

 

途端、

 

 

 

「え?」

 

肩に走る、ちくりとした衝撃。同時に、シノンの視界が、急激に傾きだした。身体に力が一切入らず、そのまま地面へと倒れたのだ。一体、何が起こったのか。突然の出来事に、シノンの思考は混乱に呑まれかけたものの、必死に常の冷静さをもって現状の把握に努める。

先程衝撃を感じた右肩へと、シノンは視線を向けてみる。するとそこには、針のようなものが突き刺さっていた。そして、針の周囲には青白いスパークが這っている。

 

(電磁パルス弾!……けど、あの角度から!?)

 

電磁パルス弾は、先程鉄橋の上でジェイソンを狙撃したプレイヤーが使用した弾丸である。しかも、銃声が聞こえなかった点から考えて、サプレッサーを装備した狙撃銃であることは間違いない。ならば、これを放ったのは同一人物である可能性は高い。つまり、現在およそ百五十メートルの距離にいる、ヒトクイと称されるプレイヤーの仕業であると考えられる。だが、それは有り得ないことだった。ヒトクイがいる場所は、シノンから見て北方。電磁パルス弾が飛来したのは、南方である。正反対の方向から銃弾が飛来するなど、絶対に有り得ない。

 

(となれば……これを撃ったのは、別のプレイヤー……!)

 

だが、それも有り得ない話である。先程のサテライト・スキャンで確認した、フィールド中央の鉱山都市周囲のプレイヤーは、シノンとヒトクイの二人だけである。周囲には、スキャンを逃れられるような洞窟の類は存在しない。一体、どうやって身を隠していたというのか……

 

「……!」

 

自分を狙撃したプレイヤーの所在を突きとめるべく、シノンはうつ伏せ状態のまま首のみを動かし、弾丸が飛来した場所を見つめる。すると、二十メートル程度離れた空間に、じじっと光の粒がいくつか流れ、その空間のみが切り裂かれたかのように歪み……突如として、何者かが姿を現した。

 

(メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)!)

 

メタマテリアル光歪曲迷彩とは、装甲表面で光そのものを滑らせ、自身を完全に不可視化する能力である。一部の超高レベルモンスターだけが持つ技として知られている。だが、シノンの目の前でそれを発動している存在は、モンスターではない。

鉄橋の上で視認した、ヒトクイが装着していたものと同じようなマントを、ギリースーツの上に羽織ったプレイヤーである。だが、明らかにヒトクイではない。深く被ったフードの奥からにある表情は、全体を覆い隠す鉄仮面に覆われている。そして、無機質な顔面の、眼窩の奥で明滅する赤い光点が二つ、覗いていた。そしてその手には、ヒトクイが持っていた物と同じ、サイレント・アサシンが見える。

 

(まさか……あのマントに光歪曲能力が!?)

 

その推測が正しければ、常識外れの移動速度も、シノンを密かに視認した隠密行動も、全て説明がつく。要は、単に見えなかっただけで、実際はそこにいたのだ。

加えて、衛星スキャンを回避できる効果もあるのだろう。だからこそ、サテライト・スキャン時に光点を見つけることができなかったのだ。

 

(あのマントはどう考えてもレア装備。それを持っているプレイヤーが二人、このBoBに参加しているのは、偶然じゃない……!)

 

そこから導き出される結論は、この二人のプレイヤーが、共闘関係にあるということ。恐らく、光歪曲迷彩を使っている者同士でしか分からない方法でコンタクトを取っているのだ。そして今、ヒトクイを囮にしてシノンを油断させ、罠に嵌めたのだろう。

 

(っ!……今は、それどころじゃない!)

 

だが、今更種が割れたとしても、シノンの不利は変わらない。しかも、相手はあのヒトクイと共謀が示唆されるプレイヤーである。鉄橋の上でジェイソンを回線切断に至らしめた武器を所持している可能性は高い。このままでは、シノンも同様の結末を辿りかねない。

 

(このまま終わって……たまるものか!)

 

だが、シノンとて黙ってやられるつもりは毛頭無い。この圧倒的に不利な状況下でも、シノンは反撃を試みる。ヘカートⅡは流石に撃てないが、副武装のMP7ならば、間に合うかもしれない。

 

(あと……もう、少し!)

 

腰のホルスターに納めたMP7に手を伸ばし……ようやく、指先が触れた。そうしている間にも、鉄仮面の男はヒトクイがやったような十字を切るポーズを始めていた。これは、あの回線切断のチートスキルを発動する予備動作なのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎるが、今は気にしている場合ではない。

STR特化型のビルドのシノンには大した重さではない筈の、たかが一・四キロのSMGが、今は異常なまでに重い。だが、回線切断を引き起こす弾丸を放つには、あのハンドガンを使う筈。発砲の前に、ハンマーをコッキングするその隙を突けば、反撃の余地は十分にある。

 

(こ、のぉぉおっ!)

 

銃弾を握る手に、入らぬ力をより込めて、必死に動かす。既に目の前のプレイヤーは、ハンドガンを懐から取り出している。最早一刻の猶予も無い。そう思い、さらに必死になってうごかそうとする。だが――――

 

「!」

 

シノンは、それ以上動くことはできなかった。視界に映ったのは、男がその手に握る、回線切断を引き起こす弾丸を放つためのハンドガン――――その左側面の、縦に滑り止めのセレーションが刻まれた全金属製のグリップの中央。

 

(なん、で……!)

 

そこに刻まれていたのは、円の中心に星が存在する紋章――――黒い星。

 

「あ、ぁあ、あ…………!」

 

掠れた声を発し、震えだすシノン。彼女が見た銃の名は、『五四式・黒星』。シノンこと詩乃がかつて、母と己を守るために、その手に握り、銀行強盗を撃ち殺した拳銃である。

過去に起きたあの事件の日から、シノンの夢の中に潜み、その精神を蝕む復讐者の亡霊。それが、かつての武器をその手に持ち、シノンの前に立っていた――――

 

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