ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第九十一話 漆黒の追跡者

目の前に現れた、凄惨な過去を想起させる武器の出現によって、シノンは抵抗する力を完全に失ってしまった。今や、副武装であるMP7を持つことすら儘ならず、その手を滑り落ちた。

 

「いや……いやぁ……!」

 

今のシノンには、目の前に立つ鉄仮面に赤い眼を光らせたアバターが、あの日の……じぶんが撃ち殺した、銀行強盗の亡霊にしか見えない。そして、その手に持つ銃は、自分を殺す――――

その銃が、ゲーム内では大した威力を発揮しない武装であることも、回線切断に至らしめるチートスキルがあるかどうかも、最早関係無い。心の中に湧きだしたどす黒い恐怖が、シノンを覆い尽くす。それは、精神のみならずその身体すら蝕もうとしていた。心臓の拍動が、危険域に入るのではないかという程に加速しているのがその証拠だ。

 

(助けて……誰か、助けて…………!)

 

“死”が迫りくる――――その恐怖を前に、しかしシノンは身動き一つ取れず、心の中で助けを求めるしかできなかった。銃に対するトラウマを克服するために、このGGOの世界で数々の戦いに身を投じてきたシノン。しかし、蓋を開けてみれば、この有様。この世界の強豪達が集う闘争に身を投じながら、乗り越えるべき過去の亡霊を前に、シノンは震えることしかできない。幼き頃に刻みつけられ、現在に至るまでシノンを苦しみ続けたトラウマの具現を前に、シノンはどこまでも無力だった。

 

「誰か…………助け、て……」

 

あの日と変わらない、銃に恐怖する弱い心では、シノンというアバターの指一つ動かすことすら儘ならない。そんな中で発するのは、来る筈の無い救いの手を求める言葉。弱い自分を見せるのが大嫌いなシノンも、そんなことを言っていられる状態ではなかった。

今、あの銃の弾丸を浴びてしまえば、心臓が止まるだけでは済まない。精神そのものが、壊れる――――そんな予感があった。それは、シノンにとっては単純に死ぬよりも恐ろしいことだった。だから、シノンは心中に止まらず、僅かに動く口から発する、掠れた声でもって、助けを求める。

そんなシノンに対し、鉄仮面の向こうに赤い双眸を光らせる黒マントの男は、躊躇いなく引き金へと指を掛ける。あと数センチ動けば、シノンの心を打ち砕く、“本物”の弾丸が発射されるだろう。シノンは、自身の命と魂が消滅する……その瞬間を覚悟し、恐怖に怯えながら目を瞑る。

 

「……っ!!」

 

だが、シノンが覚悟していた死の弾丸は、発射されることは無かった。シノンの耳に聞こえてきたのは、銃声ではなかった。カン、カン、という金属音が響き渡る。雪と氷の無い、剥き出しの地面の上を、何かが転がる音。そして、次の瞬間には視界と、目の前の黒マントのプレイヤーまでをも巻き込む膨大な量の煙が、周囲一帯を覆い尽くす。

 

「!?」

 

シノンと黒マントの男との間に転がって来たのは、無害な煙を発するスモークグレネードだった。何故、周囲にプレイヤーがいない筈の状況下で、このようなものが転がってきたのか。だが、シノンが目の前で起きた現象について思考を走らせるよりも早く、次なる異変が起こる。

 

「えっ!?」

 

白い煙に包まれた視界の中、シノンは自分の左腕を、何かが掴むのを感じた。それと同時に、地面にうつ伏せで倒れた自分の身体を引っ張り上げられた。そして、背中と足とに腕を回されて、宙に浮かされる。風を切るような疾走感……誰かが、シノンの身体を抱きあげて走っているのだ。

 

(一体、誰が……)

 

シノンとヒトクイ以外に、周囲にプレイヤーの反応は無かった筈。まさか、目の前の黒マントのプレイヤーのように、メタマテリアル光歪曲迷彩の機能が付いた装備を纏ったプレイヤーが、この場所にいたのか。だが、そんなプレイヤーがこの場所にいたとして、何故シノンを助けようとするのか……

 

(一体、誰なの……?)

 

自分を助けようとする人物の正体について、皆目見当がつかないシノン。そうこうしている間にも、シノンと彼女を抱えた何者かは、失踪の末にスモークグレネードが張った煙幕を突破する。

 

「!」

 

煙が晴れた向こう側に出たその時。シノンを抱えていた者の顔が露になった。そこにいたのは、長い黒髪を靡かせた、血のように赤く染まった瞳に、木の葉を模した紋章に横一文字の傷がデザインされた紋章が刻まれた額当てを装備したプレイヤー。

 

「イタチ……?」

 

そう。シノンを抱き上げて疾走していたのは、シノンが本大会にて最強プレイヤーとしてマークしていた、死剣ことイタチである。大会前の遭遇戦で出会い、その後首都グロッケンで再会し、予選決勝戦では再戦に臨むも、まるで敵わなかった強豪。それが今、シノンを助けているのだ。一体、何を考えているのか、まるで分からなかった。しかし、シノンから見て明らかなのは、自分を抱き抱えて走るこのプレイヤーの赤い双眸には、冗談や戯れの類はまるで感じられない。ただ一つ、分かっていることは、いつも以上に真剣そのものだということだけだった。対物狙撃銃であるヘカートⅡを装備したシノンを抱えた状態で、システムを超えた走行速度を発揮していることからも、それは明らかである。

 

「ねえ、ちょっと…………」

 

取り敢えず、自分を助けた理由について問い質そうとするシノン。だが、死剣ことイタチは、その問いを全て聞くよりも早く、次なる行動へと移る。

シノンを腕に抱いて鉱山都市エリアを走るイタチが辿り着いたのは、無人営業のレンタル乗り物屋である。『Rent-a-Snow mobile』というネオンサインが示す通り、その場所に停められた乗り物は、スノーモービルだった。全部で四台停められたスノーモービルは、廃鉱山都市に放棄された設定にも関わらず、全て起動可能な状態だった。イタチはその中から、即座に最も状態の良い機体を選ぶと、座席後部へシノンを乗せる。その後、腰のカラビナから光剣を外して赤色のレーザー刃を伸長させ、他のスノーモービルの操縦桿を破壊する。恐らく、先の鉄仮面の男やヒトクイによる追撃を防ぐためだろう。シノンをここまで運ぶにあたり、イタチは雪上に残った足跡を消す暇が無かった。そのため、すぐに来ることを予測していたのだろう。

シノンがその推測に至る頃には、イタチは自分達が乗る以外のスノーモービル全てを操縦不能にしていた。その後、イタチは無言のまま、シノンを乗せた逃走用のスノーモービルへと乗る。始動装置のパネルに触れると、エンジンを掛けて発進させようとする。だが、その時だった。

 

「!」

 

何かを感じたイタチは、再度光剣を抜剣し、虚空へと振り翳す。すると、光剣が描く赤い軌跡の中で、何かが弾けた。間違いなく、狙撃である。しかし、銃声は聞こえなかった。

イタチが光剣を振るった方向は、先程シノンを抱えたイタチが通った道である。シノンは、思わずそちらへ目をやるが……しかし、何も見えない。

 

(…………あっ!)

 

しかし、それは誤認だった。シノンが見た、三〇メートル程先の場所には、確かに何者かが立っていたのだ。姿は見えない。だが、その場所に積もった雪上には、先程イタチが付けた以外に、もう一人分の足跡があった。そして、その真上の空中に対し、注意深く目を凝らしてみると、そこには黒い筒状の物体が浮遊していたそれが一体何なのかを知るのには、然程時間はかからなかった。

 

(銃口……しかも、あれは!)

 

GGOで実装化されている銃器については、一通りチェックしているシノンだが、銃口だけで種類を見抜ける程に目利きに優れているわけではない。にも関わらず、その銃の正体が分かったのは、つい先程見たことがあったからである。

 

(サイレント・アサシン……!)

 

正式名称『アキュラシー・インターナショナル・L115A3』。サプレッサーを標準装備としているこの狙撃銃を見るのは、シノンにとって本日三度目である。最初は鉄橋の上をスコープ越しに見た時。二番目に見たのは、先程現れた鉄仮面の男が所持していた装備である。

そして、銃口のみが浮遊しているこの状況。恐らく、メタマテリアル光歪曲迷彩効果のあるマントを頭から被り、その下から銃口を伸ばしているのだろう。

つまり、狙撃を行ったプレイヤーの正体は、二人に一人。しかし、今ここに居るのは、間違いなく先程のプレイヤーである。そして、空間を引き裂くように現れたプレイヤーは、シノンの予想通りの男だった。

 

「ひっ……!」

 

黒いぼろマントを羽織り、フードの下に隠れた顔は、鉄仮面に全体を覆われていた。暗く窪んだ眼窩の奥からは、赤く不気味に光る双眸が覗いていた。

その姿を見たシノンは、小さな悲鳴とともに座席前方で光剣片手に操縦桿を握るイタチの背中にしがみつく。そんなシノンに応えるかのように、イタチは今度こそアクセルを入れると、スノーモービルを発進させる。向かう先は、ぼろマントの男が立つ場所とは真反対の方向である。どうやら、撤退を選択したようである。

だが、ぼろマントの男も簡単には逃がしてはくれない。ぼろマントの男は、サイレント・アサシンではなく、副武装にしてシノンのトラウマたる五四式黒星を、スノーモービルに乗るシノンへ向けた。恐怖に駆られながらも、背後からの攻撃を警戒していたシノンは、その姿を見て再び震え始める。

 

「お願い……助けて……!」

 

か細い声でそう呟いたシノンの声は、どうやらイタチにも届いていたらしい。銃声が響くより僅かに速く、スノーモービルの進路を右へ九十度転回させる。

 

「ふんっ……!」

 

「ひぃいっ!」

 

そして、それとほぼ同時に、イタチは左手で腰のカラビナから光剣を抜く。今度の光剣の刀身の色は、青色。かつてフィールドにてシノンを倒した際に手に入れたドロップアイテムである。

イタチはその刃を振り翳し、飛来してきた三〇口径フルメタル・ジャケットを消滅させる。自身の命を奪おうとする弾丸の脅威が去ったことで一安心するシノン。だが、そんなシノンの心情に構わず、イタチはスノーモービルを加速させて銃撃の死角へ入り込んだのだった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

イタチとシノンが去った場所に残されたぼろマントの男は、無人営業のレンタル乗り物屋へと足を運んでいた。しかし、残されたスノーモービルは、いずれも操縦桿が破壊されている。当然ながら、操縦は不可能な状態である。

 

「チッ……」

 

残されたスノーモービルの状態を確認すると、今度はスノーモービルが走り去った方向へと視線を向けた。残されていたのは、イタチとシノンを乗せたスノーモービルが走り去った跡が残るのみ。足跡を追うことは可能だが、相手がスノーモービルでは追い付ける筈も無い。ようやく見つけた獲物を前に、立ち往生を余儀なくされている現状に、舌打ちをせずにはいられなかった。

 

「逃げられたみたいだね」

 

「ヒト、クイ……」

 

すると、ぼろマントの男――ステルベンのもとへ、右目に暗視ゴーグル、口元に黒マスクを装着した男――ヒトクイが現れる。その身に纏うぼろマントと、左肩に提げたサイレント・アサシンは同一のものである。

 

「スノーモービルまで破壊して、追跡手段を封じるなんて……相変わらずやるみたいだねぇ。黒の忍は」

 

「……関心、してる、場合、では、ない」

 

現場に残された痕跡から、この場所で起こったことを正確に把握しながらも、飄々とした態度で話すヒトクイ。対するステルベンは、イタチの異名たる『黒の忍』という言葉が出た事で苛立ちを露にする。

 

「スノーモービルで逃げられた以上、徒歩で追うのはまず無理だな。代わりの乗り物を使う必要があるな」

 

「どう、する?」

 

「安心しろ。さっきそこの建物の向こう側で、追跡にお誂え向きの乗り物があったぜ」

 

「……案内、しろ」

 

追跡不可能と思われていたイタチとシノンだが、追跡手段は早々に見つかった。ヒトクイに先導され、ステルベンは乗り物のある場所へと向かう。

 

「俺が操縦する。連中はお前が撃て」

 

「了解、した」

 

「死銃(デス・ガン)を用意しとけ。あの女を殺れば、ノルマ達成は目前だ」

 

「言われる、までも、ない!」

 

ステルベンはそれだけ言い捨てると、五四式黒星の弾丸を装填し直すのだった。そんな相方を見て、ヒトクイはマスクの下で口の端を釣り上げるのだった。

 

 

 

 

 

ステルベンの襲撃からシノンを救ったイタチは、スノーモービルに乗って鉱山都市区画を突破していた。現在は鉱山都市を東へ抜け、開発途中で放棄され、雪原と化している採掘場跡地を走っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

エンジン音を辺りに響かせながら走るスノーモービルの上。操縦桿を握るイタチと、その背中にしがみつくシノンの間に会話は無い。操縦桿を握るイタチは鉱山都市に潜む敵から距離を置くべく、スノーモービルを街の外へ外へと向かわせることに集中している。座席後部でイタチの背中にしがみついているシノンは、大分落ち着きはしたものの、先程の恐怖からは未だに立ち直り切れていなかった。故に、かつて戦っていながらも、半ば行きずりに近い形で助け、助けられた現状にも関わらず、意思疎通をする余裕は二人とも無かったのだった。

だが、正確には二人ともとはいえない。イタチに限って言えば、スノーモービルを操縦しながらも、後部に座るシノンの様子や、今しがた抜けた鉱山都市エリアの方へと常に注意を向けていた。

 

(スノーモービルで逃走を開始してから、およそ二分が経過……上手く撒けたか?)

 

スノーモービルを追い掛けるには、同じ乗り物を使うか、それ以上の速力を出せる乗り物が必要になる。鉱山都市区画を全て確認したわけではないものの、スノーモービルの停留所が手近にあるとは思えない。乗り物屋のスノーモービルは全て破壊した以上、即時の追撃はまず不可能だろうとイタチは考えていた。

だが、嫌な予感がしてならない。前世の忍時代に培った直感が、警鐘を鳴らしている。確証こそ無いものの、この手の予感は大概的中することを、イタチは忍界大戦の殺し合いの中で学習していた。そして、それは現実のものとなった――――

 

「!」

 

「……何?」

 

後方に遠ざかっていく鉱山都市から聞こえてくる、乗り物のものであろうエンジン音。背後から忍び寄るように近付くその音に、シノンはびくりと身体を震わせた。エンジン音に加えて、バタバタと何かが“回転”する音も聞こえてくる。明らかに雪原を走る機械が発するものではない。

 

(まさか……!)

 

前方に注意しながらも、イタチはその首を動かして後方へと視線を向ける。横目で見たイタチの赤い瞳が捉えたのは、予想通りの、それでいて最悪の光景だった。

一面に広がる雪原の白と、空を覆う曇天の灰色の、二色で彩られる景色の中に“浮かぶ”黒い影。鉱山都市から急速な勢いで接近してくるその速度は、スノーモービルの比ではない。

 

「ヘリコプター……か」

 

「そんな……!」

 

イタチとシノンを乗せ、雪原を走るスノーモービルを追撃する、漆黒のヘリコプター。恐らくはこれも、スノーモービルと同様、バトルフィールドたるISL・ニヴルヘイムに設置されている乗り物なのだろう。鉱山都市をスノーモービルで逃げ出してから然程経過していないこのタイミングで飛来したのだ。誰が乗っているかは、言うまでもない。

 

(抜かったか……!)

 

追撃防止のためにスノーモービルを破壊したが、詰めが甘かったようだ。歩き回ったフィールド内の地形やオブジェクトは、全て確認して記憶していた。だが、踏破していない区域までは、流石に確認できない。鉱山都市内部に潜伏している時間がもう少し長ければ、見つけ出して破壊していただろう。

だが、最早それを悔いている場合ではない。今は、新たに飛来した脅威をどう排除するかが問題なのだ。スノーモービルを限界まで加速させるイタチだが、ヘリの速度に敵う筈もなく、すぐに追い付かれてしまった。

 

(軍用ヘリ…………となれば、武装は重機関銃!)

 

接近してきたことによって、ヘリの全容が明らかになる。『AH-64 アパッチ』。それが、この武装ヘリの名前だった。アメリカ先住民族のアパッチ族に由来するこの機体は、一九七〇年代に先進攻撃ヘリとして開発されたものである。その仕様は対戦車・対地攻撃用であり、ハイドラ70ロケット弾やヘルファイア対戦車ミサイルといった強力な対物火器の運用を可能とする、高い戦闘能力を持つ攻撃ヘリコプターとして知られている。

だが、このBoBにあっては、そんな武装を持つヘリコプターを手に入れてしまえば、戦闘が一方的なものになってしまう。そのため、ヘリの戦闘能力は大幅に修正されていた。飛行高度が一〇メートルから一五メートル前後になっており、前述の重火器も外されていた。だが、固定武装であるM230機関砲のみは機首下に搭載されているのが見えた。イタチはその銃口が自身に向いていることを視認し、内心で冷や汗を垂らす。

 

(この状況でアレの相手をするのは、かなり拙い……)

 

GGOプレイ時間の短いイタチだが、M230機関砲のように、武装ヘリに搭載するタイプの武器には覚えがある。

それに出会ったのは、『死剣』としての名を広めるために、スコードロン狩りをしていた頃のこと。モンスター狩りを専門とするスコードロンが雇っていた用心棒、ベヒモスが所持していた武器だった。『GE M134』――通称『ミニガン』。それが、かつてイタチが対決した銃の名前だった。イタチが直接対決に臨んだ際にも、その威力を遺憾なく発揮し、ベヒモスの仲間による援護も相まって、イタチは攻めあぐねる羽目になった。だが、重機関銃故に、これを装備しての移動は儘ならず……機動力の低いベヒモスを、パーティーメンバー共々仕留めるのは、然程難しいことではなかった。

だが、今回は事情が違う。ミニガンよりも強力な機関砲が、武装ヘリに装備されているのだ。さらに、当然のことながら敵は空中におり、イタチの光剣は届かない。しかも、スノーモービルを操縦しているこの状況では、イタチとはいえ防御も難しい。保護対象であるシノンも伴っているのだから、尚更防衛は難しい。

 

(やるしかないな……)

 

武装ヘリの登場に内心で驚愕するイタチだったが、追撃そのものは予想していなかった事態ではない。武装ヘリからの攻撃が開始されようとするその前に、イタチは動くことにした。

 

「掴まっていろ」

 

「う、うん……!」

 

その短い言葉で、シノンはイタチが何をするつもりなのか、悟ったのだろう。背中にから胴に回した腕により力を入れる。イタチはそれを確認するや、スノーモービルの舵を左へと急速に切る。追撃を仕掛けてくる武装ヘリから銃撃が開始されたのは、それとほぼ同時だった――――

 

 

 

 

 

一面白色の雪原に、けたたましい銃声が鳴り響く。機体が加速し、視界が右へ、左へと激しく揺れる。スノーモービルが描く曲線の上には、無数の弾丸が雨霰と降り注ぎ、雪原を抉る。そんな、逃げ回る鼠を猫が追い立てるかのような一方的な攻撃が展開される中、シノンはイタチの背中にしがみ付いていることしかできなかった。

 

(凄い……やっぱり、イタチは強いんだ……!)

 

雪原を縦横無尽に走り回り、巧みな操縦技術で機関砲を回避するその技術に、シノンは感嘆するほか無かった。反撃も儘ならない、一方的な戦況にあっても冷静さを全く失わず、的確に回避している。カーブ時に減速を余儀なくされる場合には、光剣を抜いて飛来する弾丸を防衛する。剣技のみならず、操縦技術まで常人離れしたテクニックを有している。イタチにとっては、武装ヘリすら大した脅威にはなり得ない。彼さえいれば、自分は安全だと、安心できる……そう、シノンは思った。思ってしまった。

 

(何を……何を、やっているのよ……私は!)

 

そんな感情を抱いていたことに気付いたシノンは、途端に憤慨した。他でもない、自分自身に。強さを追い求めてGGOへダイブし、この世界に君臨する強者達を一人残らず倒し、その頂に立つためにBoBへ参加したというのに、この体たらく。最強の敵と目し、打倒することを目標としている人物に助けられ、命を繋いでいる。この上なく無様で、シノン自身が大嫌いな弱い自分そのものではないか。

 

(こんなことで……良い筈が無い!)

 

この状況が、無力な自分が憎くて仕方が無い。だが、何をすれば良いのか……誰を殺せば良いのか、まるで分からない。

今自分達を追っているあのぼろマントの男か……己を守ろうとするイタチか……或いは、弱いままの惨めな自分自身か。この怒りの矛先を、一体どこへ向ければ良いのか、シノンには見当もつかなかった。

だが、シノンがそんな葛藤を抱いている間にも、ヘリとスノーモービルのチェイスは熾烈を極めていく。だが、幾度目か分からないターンの中で、遂にイタチが反撃に出る。今まで背を向けて逃げの一手に徹していたイタチが、スノーモービルを百八十度急旋回させ、機首をヘリへと向けたのだ。互いの乗り物の機首同士を突き合わせての一騎討ち。武装ヘリは機関砲を、イタチは光剣を手に向かい合う。同時に、双方の乗り物を駆る者達の視線が交錯する。

スノーモービルに跨るイタチとシノンは、この時初めてヘリに乗っているプレイヤーの顔をはっきりと確認した。武装ヘリの右側操縦席に座っていたのは、右目に暗視ゴーグル、口から鼻を覆う黒マスクを装備した男――ヒトクイ。その隣に座るのは、顔全体を覆う鉄仮面を被り、眼窩の奥に赤い光を不気味に瞬かせる男――ステルベン。ステルベンの手には、五四式・黒星が握られている。

 

「…………っ!」

 

ステルベンの握る拳銃を見た途端、竦み上がるシノン。だが、その恐怖から目を逸らすわけにはいかない。長年の持病たるPTSDの発作で、現実世界に置いてきた身体の呼吸すら儘ならなくなりそうな精神に鞭打ち、ヘリコプターの助手席に存在する亡霊を必至で見据えようとする。

そして、イタチはスノーモービルをアクセル全開で前進させる。同時に、ヘリの機関砲が火を吹く。対するイタチは、光剣をヘリに向かって投擲し、それと同時にシノン共々、咄嗟に身を前へと屈めて弾丸を回避する。イタチとシノンには被弾こそしなかったものの、スノーモービルの機体後部を何発か掠めたらしい。着弾箇所から火花と煙が上がっているが、それに構っている暇は無い。一方、イタチが投擲した光剣は、バトンのように回転しながら武装ヘリの機首、その搭載されていた機関砲に命中し、銃身を破壊した。そして、イタチの駆るスノーモービルはヘリの下へと素早く滑り込み、回転しながら落下する光剣をその右手で受け止めた。無論、レーザーの刀身ではなく、グリップを掴んでいる。

 

(凄い……あんな風に光剣を扱うなんて……)

 

如何に銃弾をも見切る程の剣豪といえども、近接武装としての用途のみでは、戦闘の幅に限界がある。故にイタチは、先程のように光剣を投擲した遠距離の敵を攻撃する戦法を考案したのだろう。

そもそも光剣は、扱いを誤れば、使い手自身の身体すら、レーザーの刃で切断しかねない武器である。それを自在に使いこなすのは、突出して高い動体視力や反射神経のみで為せる業ではない。あらゆる戦況に合わせて光剣を使いこなすための、相当な鍛錬を積んでいるからこそなのだと、シノンは感じた。シノン自身も、愛銃であるヘカートⅡを、宙吊りをはじめあらゆる体勢での射撃を想定した狙撃技術を磨いた経緯がある。イタチの光剣を用いた剣術も、それに通じるものがあるのだろう。イタチの常識離れした一面に、再度の驚愕を覚えるシノンだが、今はそれどころではない。

 

「飛ばすぞ」

 

「……!」

 

シノンからの返事は聞かず、イタチはスノーモービルの操縦桿を右へと切り、ヘリコプターの周囲を旋回しながら距離を取る。スノーモービルが目指す先は、炭鉱山東側の採掘場跡地だった。

だが、ヘリに乗っているステルベンとヒトクイは、それを見逃す程甘くはない。武装ヘリの助手席に座るステルベンが扉を開き、右手に握るハンドガン――五四式・黒星の銃口をシノンへと向けた。

 

「なっ……!」

 

「……」

 

再度向けられた死の拳銃……その銃口から伸びる赤い弾道予測線に、シノンの身体が硬直する。だが、イタチはまるで動じた様子が無い。シノンに対する射撃は、既に予測済みといった冷静な態度で、弾道予測線の発生源たるヘリの中から向けられる拳銃に視線を向けていた。

そして、放たれる弾丸。対するイタチは、慣れた手つきで右手に光剣を握り、赤い光の刃でシノン目掛けて飛来するそれを叩き落とした。

 

(……また、助けられた……)

 

先程放たれた弾丸の照準は、明らかにシノンへ合わせられていた。イタチを狙っていない以上、本来ならばスノーモービルの操縦から一時とはいえ目を離してまで防御する必要のある攻撃ではなかったのだ。それを敢えて叩き落としたのは、イタチに自衛以外の意思、つまりはシノンを守ろうとしたからに他ならない。何故、そこまでして自分を守ろうとするのか、シノンには理解できない。そして同時に、イタチに守られるしかできない自分自身に対し、怒りがふつふつと湧く。だが、そんな同乗者の疑問を余所に、イタチは再度スノーモービルを加速させる。目指す先は変わらず、東側の採掘場跡地である。

 

(採掘場跡地から、坑道へ逃げ込むつもりね……けど、上手く逃げ切れるかしら……)

 

採掘場跡地には、ニヴルヘイム中央に存在する鉱山内部へ通じる坑道の入り口が存在する。狭い坑道へ入れば、流石の武装ヘリも追撃は不可能となる。

だが、武装ヘリに乗っているステルベンとヒトクイとて、それを黙って見過ごすことはしない。ヘリは固定武装であるM230機関砲を失ったとはいえ、搭乗者たるヒトクイとステルベンは無傷であり、武器も健在なのだ。追撃を止める筈は無かった。

 

「!」

 

シノンの不安は案の定的中し、ヘリの開いた扉をそのままに、ステルベンが外へと身を乗り出し、狙撃銃のサイレント・アサシンを構える。本来ならば、本命の標的たるシノンではなく、まずスノーモービルを操縦しているイタチを狙い、動きを止める方が効率的だろう。しかしステルベンは、その照準をイタチではなく、シノンに合わせるフェイントを仕掛けてきた。イタチがシノンを守ろうとしていることを逆手に取った攻撃である。

 

「ふん……」

 

だが、イタチも然るもの。前方を向いてスノーモービルの操縦に集中したまま、左右いずれかの手に光剣を持ち、音も無く飛来する弾丸を的確に落としていく。まるで、後頭部に目が付いているかのような離れ業である。そんな常識破りな動きを見せられて、シノンは今日何度目か分からない驚きを覚える。その後も、ステルベンが繰り出す無音なる狙撃全て、背を向けたまま叩き落として突き進むことしばらく。遂に雪原を抜け、採掘場跡地へとスノーモービルは突入した。雪が深く降り積もった山の斜面には、炭鉱内部の行動へ続く入口が複数確認できる。あとは坑道へ逃げ込みさえすれば、確実に逃げ切れる。

だが、そう思い通りに事は運ばない。イタチとシノンの乗るスノーモービルは、雪原にて繰り広げた激しい追撃戦の中、機関砲の弾丸を数発被弾し、煙を上げている。速度は低下し、小回りも利かなくなってきている。機体が限界を迎えつつあるこの状況下では、坑道へ逃げ切ることは、流石のイタチでも困難を極める。しかし、この危機的状況下にあっても、シノンは何もできはしない。そんな無力な自分に対して、シノンは歯噛みするしかできない。だがここで、イタチから思わぬ言葉を掛けられた。

 

「シノン、お前の狙撃銃でヘリを攻撃しろ」

 

「えっ……!?」

 

イタチからシノンに対する、狙撃による援護要請。流されるままに助けられ、個々に至るまで碌に声も掛けられていなかったイタチからの突然の要請に、シノンは驚きに若干ながら目を見開く。

 

「当てなくてもいい。牽制して、前方に回り込ませるな」

 

その言葉に、シノンは成程と得心する。スノーモービルに乗っている状態では、まともな狙撃は儘ならない。だが、標的は武装ヘリである。まともな姿勢での狙撃は不可能だが、命中する可能性は低くない。そして、ヘリを操縦しているヒトクイは勿論、プロペラにでも命中すれば、墜落は免れない。射撃で警戒させて、距離を取るように仕向けることができれば、確実に坑道へ到達できる。

 

「……分かった」

 

イタチの意図を汲み取ったシノンは、右肩に担いだ愛銃たるヘカートⅡを手に、射撃の準備を行う。揺れの激しいスノーモービルの上だが、あらゆる状況下における狙撃や移動を想定して訓練を積んできたシノンである。ヘリからの狙撃を回避する度に揺れるスノーモービルの上で、しかしゆっくりと、着実に後部を向く形で座り直しながら、狙撃の準備を整える。

 

(この状況下では、ヘリが的でも当てるのはまず無理。けど、威嚇程度なら……)

 

対物銃であるヘカートⅡは、設置による支持状態で使用しなければ、命中精度を得られない。現実世界ならば、引き金を引いた人間の身体に、肩の骨が砕ける等の損傷が引き起こされる。威力が調整されていない対物銃を支持状態以外で使い、仰け反るだけで済むのは、一重にここがゲームの世界であるからに他ならない。

ともあれ、今は命中するか否かは重要ではない。坑道という逃げ道を確保するために、牽制することが重要なのだ。支持状態ではないものの、狙撃の準備を整えたシノンは、その銃口をヘリへと向けて、引き金を引こうとする。だが……

 

「っ……!!」

 

シノンに銃口を向けられたヘリは、微動だにしなかった。如何にヘカートⅡの命中率が低い状態にあるとはいえ、回避行動を取らないのは不自然である。これでは、撃ち落としてくれと言っているようなものだ。不自然極まりない、不気味なまでに不用心な状態のヘリを前に……しかし、シノンは引き金を引くことができなかった。

常の狙撃時と同様に、スコープ越しに狙いを定めるシノンの瞳に映るのは、ヘリの助手席から外へ身を乗り出している男――ステルベン。その手には、シノンのトラウマの根源たる五四式・黒星が握られていた。

 

(駄目……どうして……何で、動けないの!?)

 

言うことを聞かない指先に、何故、どうして、と心の中で疑問を呟くシノン。だが、引き金を引くことができない理由を、本当は既に分かっていた。それは、幼き頃に刻みつけられた銃のトラウマに他ならない。ヘリから身を乗り出してシノンへ件の銃を向けるステルベンに、自身が殺めた銀行強盗の亡霊を幻視しているのだ。鉱山都市で奇襲を受けた時よりは落ち着いたものの、今のシノンは正気を保つので精一杯。ぼろマントを纏ったステルベンの姿をスコープに捉えているだけで、過去の光景が蘇り、泣き叫んで発狂さえしそうになる。ステルベンに過去の亡霊の姿が重なっている限り、狙撃をすることなど儘ならない。

 

「くぅっ……!」

 

「……どうした、早く撃て」

 

いつまで経っても狙撃を行わないシノンに対し、イタチが相変わらず平淡な声色で催促をする。それに応じるように、シノンも再度引き金に指を掛けるのだが……やはり、指は動かなかった。

 

「駄目……撃てないっ!」

 

余りに無力な自分自身に対する悔しさと悲しみの余り、普段ならば口にする筈の無い弱音が出てしまう。助けられた借りを返す絶好のこの機会にまで、この体たらく。何一つ成し遂げることのできない、そんな自分が憎らしく、そしてこの上なく情けなくてたまらない……

 

「…………そうか」

 

「っ!」

 

対するイタチは、シノンの方へは振り返らず、それだけ口にした。その、相変わらず平淡な声色からは、どのような感情を抱いているのか、窺い知ることが全くできない。

言われた通りに動けない自分に、憤怒しているのだろうか?失望しているのだろうか?蔑んでいるのだろうか?仮にそうだとしても、シノンは何も言い返せない。むしろ、罵詈雑言を投げ掛けてくれた方が、気が楽になるというものだ。こうして黙られる方が、余計に辛かった。

 

(…………え?)

 

そうして、何もすることができない無力感に打ちひしがれるシノンの背中を、温かい感覚が包み込んだ。はっと驚いたシノンは、横を見る。すぐそこにあったのは、艶やかな長い黒髪を靡かせた、女性と見紛うような美貌。その赤い瞳には、色に反した怜悧な光を宿していた。

 

「イタ、チ……?」

 

「お前一人で撃てないなら、俺が一緒に撃ってやる」

 

スノーモービルが減速していないことからして、恐らく操縦桿はワイヤーか何かで固定しているのだろう。身体を反転させてシノンの背中を包みこむように両手を回し、シノンの持つヘカートⅡを支えるイタチ。そのまま、シノンの右手に手を添え、引き金に指をかける。

 

「行くぞ……」

 

「……うん」

 

有無を言わさず、引き金を引くことを宣言するイタチに、シノンは半ば流される形で頷いてしまった。改めて引き金に掛けた指に、力を入れる。

 

(指が動く……これなら、撃てる!)

 

イタチの温もりに後押しされたシノンは、狙撃手としての心も取り戻していく。常の氷のような思考回路を再び呼び起こし、スコープでは無く肉眼で捉えた標的へ照準を合わせる。狙うは、空中に浮かぶ武装ヘリ。

狙撃体勢は、振動で揺れるスノーモービルの上で、全く安定しない。しかも、標的の助手席からは、ステルベンが相変わらずシノンへ五四式・黒星を向けている。にも関わらず、今のシノンは自分でも驚く程に冷静だった。心拍に合わせて収縮する着弾予測円は、常の狙撃と同じように、緩やかに感じられる。

 

(こんなの、どうってことの無い距離……いつもの私なら、しくじることなんて有り得ない。それに……)

 

今は、イタチも傍にいる。これなら、当てることだって難しくはない。意を決し、背中を包み込むイタチと共に、引き金を引いた。

 

「ぐっ……!」

 

「……!」

 

不安定な体勢で狙撃した所為で、危うくバランスを崩してスノーモービルから転落しそうになるシノン。しかし、イタチに支えられていたお陰でその危険は無かった。だが、肝心の狙撃は、失敗したらしく、ヘリは相変わらずスノーモービルに張り付いている。反動の大きい狙撃銃をスノーモービルの上で使い、弾道予測線も丸見えのこの状況下で命中させることは、やはり叶わなかったらしい。

 

「……ごめん。外した」

 

「気にするな。目的は果たせた」

 

「えっ……?」

 

「それより、座り直して掴まっておけ」

 

狙撃を終えて間もなく、再度身体を反転させてスノーモービルの座席へ座り直すイタチ。シノンもまた、イタチの指示に従って身体を反転して座り直す。

そして、イタチに先の言葉の意味を問い質そうとしたシノンだったが、その答えは別の形で現れた。

 

「えっ……何……?」

 

それは突然のことだった。地鳴りにも似た「ゴ、ゴ、ゴ」という音が、辺りに響き渡る。否、それは地鳴りそのものだった。音の発生源は、雪が降り積もった鉱山の斜面。そして、頂上付近から一気に押し寄せてくる、雪の大波……雪崩である

 

「まさか……これが狙いだったの!?」

 

「…………」

 

思わず漏れたシノンの言葉に、イタチは沈黙をもって肯定した。

空中に浮かぶ武装ヘリを現状で叩く手段は、イタチにもシノンにも無い。光剣の刃は届かず、ヘカートⅡの射撃は弾道予測線丸出しで、容易に避けられてしまう。故にイタチが取ったのは、二人の装備に依らない攻撃手段によって、ヘリを落とす作戦。これを実行するためにイタチが利用したのは、鉱山の斜面に降り積もった雪だった。イタチがシノンにヘカートⅡによる狙撃を行わせたのも、銃声をトリガーに雪崩を起こすことが目的だったのだ。如何に機動性に優れる武装ヘリといえども、雪崩ともなれば一溜まりも無く、回避することは不可能に近い。

しかし、敵も馬鹿ではない。雪山の麓で発砲行為に及べば、雪崩が発生することに気付いていたことは明らかである。麓付近に逃げ込んだスノーモービルを狙撃するのに、プレイヤーを強制ログアウトさせる五四式・黒星ではなく、サプレッサーを装備したサイレント・アサシンのみを使っていたことが、その証拠である。だからイタチは、その警戒心を削ぐために、雪原での死闘を演じて武装ヘリのM230機関砲を破壊したのだ。この現状において雪崩を起こす可能性のある銃は、ステルベンの握る五四式・黒星と、シノンが持つヘカートⅡの二つ。

前者については、所有者のステルベンがサイレント・アサシンを所持していたことから、シノンに対する牽制としてしか使われなかった。後者については、前述の牽制によってシノンが狙撃不能と判断していたらしい。だが、スノーモービルを操縦していたイタチ自らが支援に動いたことによって、その条理は覆され、狙撃は敢行され……雪崩の発生に至ったのだった。

 

「チッ……!」

 

「ひぃっ……ぐぁぁぁあああ!!」

 

雪崩が迫る轟音の中、上空に浮かぶヘリから微かに聞こえる、舌打ちと悲鳴。その声の主が、ステルベンとヒトクイであることは言うまでも無い。恐らく今頃は、上から覆いかぶさるように降りかかる雪の波に呑まれ、二人の乗るヘリは落下を始めているだろう。

だが、それに構っている暇はシノンにもイタチにも無い。何故なら、雪崩という最終兵器を発動させたことで、その脅威はこれを実行した二人にも降りかかっているのだから。

 

「イタチ!」

 

「掴まっていろ……!」

 

危機を感じて名前を呼ぶシノンに対し、イタチはそれだけ口にする。そして、被弾による破損で限界寸前のスノーモービルをさらに加速させ、迫りくる雪が作りだす白い煙幕の中を一気に突き抜けるのだった――――

 


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