ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第九十四話 迷宮の十字路

 

2022年6月4日

 

「どういうことや!なんで俺の剣術がユニークスキルから外されなあかんのや!」

 

SAO事件という、世界初のVRMMORPGを舞台とした、空前絶後の大量殺人事件の幕開けを五カ月後に控えた時期のこと。件のゲームの制作会社であるアーガス社の開発室は、一人のスタッフの猛抗議によって紛糾していた。

 

「先程説明した通りだ、西条君。君が習得していた古流剣術は、確かに中々興味深いものだった。しかし、動きの性質が極端過ぎる。現在のモーションキャプチャー技術では、捉え切れないのだよ。それに、SAOにおける二刀流は、片手用直剣二本を両手に持って操るものだ。君の古流剣術とは相性が悪い。」

 

大声で怒鳴り散らす西条と呼ばれるスタッフに対し、開発主任である茅場は、常の変わらぬ平淡な口調のまま、先程口にしたものと同じ答えを返す。しかし、それでも西条の怒りは収まらないらしく、尚も茅場に食ってかかる。

 

「納得できるわけないやろうが!そもそも、剣術の二刀流は、太刀と脇差や!同じ長さの剣二本を使った剣術なんて、あるわけないわ!」

 

世界発のVRMMORPGたるソードアート・オンラインの世界における武器は、剣をはじめ、短剣や槍、槌といった近接武装である。そして、それら操る動きにシステムアシストを加えて強力な武技として繰り出す『ソードスキル』が戦闘の要とされているのだ。

現在、西条と茅場が揉めているユニークスキルとは、ある特定の技能に秀でたプレイヤーにのみ与えられるソードスキルなのだ。ただ一人のプレイヤーにのみ与えられるこのスキル群は、通常のソードスキルに比べれば遥かに強力な性能を持つ。習得すれば、ゲーム内でトッププレイヤーになれることはまず間違いない。そのため、ソードスキル開発のために集められたスタッフにとって、自身の武技をユニークスキルとして採用されることは、最高の名誉なのだ。

西条が開発主任である茅場相手に、一歩も譲ろうとしないのは、ある意味当然とも言えることだった。

 

「俺はこのゲーム開発に、俺が継承した古流剣術の未来を賭けているんや!」

 

「君の剣術流派の逼迫した事情は私も承知している。しかし、それを理由に開発を遅らせるわけにはいかない。悪いが、今回のユニークスキル採用は見送らせてもらう」

 

「くっ……畜生がぁぁぁああ!!」

 

 

 

SAO開発段階において、ソードスキルを開発のためのモーションキャプチャーテスト要員として集められたスタッフの一人、西条大河。

彼が現在に継承していた京都古流武術『義経流』は、現在に残るどの流派にも属さない、源義経を模倣した独特の剣技は、茅場晶彦をはじめとしたSAO制作スタッフ達の関心を強く惹き付けた。しかし、そのあまりにも複雑な動きは、ゲーム内での再現が非常に困難であり……結局、義経流の採用は取りやめとなった。

後に彼は、SAOスタッフ枠で確保した初回スロットを利用し、正式サービス開始時に、『ベンケイ』というプレイヤーネームでSAOに臨んだ。そこには、ユニークスキルモデルの名誉を得る機会を失った……即ち、義経になり切れなかった己に対する自嘲と、自身の代わりに義経となった二刀流スキル習得者を倒すという復讐心があるのみだった――――

 

 

 

 

 

 

 

ISLニヴルヘイム中心部にある、鉱山外周部の一角。雪崩によって覆われた一面白色の雪景色の中で蠢く一つの影があった。

 

「うぉぉおおお!」

 

十メートルにも及ぶ積雪を押し退け、その中から現れたのは、一人の男性プレイヤー。右眼に暗視ゴーグル、口元を覆う黒マスクが特徴的なこの男は、武装ヘリを操縦して、イタチが乗るスノーモービルを追い詰め、その末にイタチの策略によって雪崩に呑まれた、『死銃』の片割れ――ヒトクイである。

 

「間に合ったか……畜生がっ!ステルベンの野郎、俺を捨てて逃げやがって!」

 

雪崩が発生した際に操縦席に座っていたヒトクイは、ステルベンのように脱出には間に合わなかった。しかし、ヘリの中には若干ながら空間があり、雪の下敷きにはなったものの、即死は避けられたのだった。そして、システム上の仕様でHP全損までの十五分間で雪を掻き分け、こうして生還したのだった。

 

「黒の剣士……あの女もろとも、絶対に殺してやる!」

 

自分をこのような目に遭わせたプレイヤーの名前を思い出すと同時に、苛立ちを露に復讐に息巻く。この怒りを晴らすには、標的のプレイヤー達が逃げ込んだ廃炭鉱へ入る必要がある。雪に足を取られながらも、ヒトクイは殺意を滾らせながら炭鉱内部を目指す。

 

(残る標的の数は僅か……あの女だけだ!他の死銃も廃炭鉱を目指している筈。奴等と合流できれば、俺達の勝ちは確定だ!)

 

散々邪魔をしてくれた黒の剣士ことイタチを、イタチが守ろうとしたシノンもろとも嬲り殺しにする光景を思い浮かべ、凶悪な笑みを浮かべながら歩みを進めて行く。だが、その時だった――――

 

「がぁっ!?」

 

突然、眉間を直撃した衝撃。そして聞こえた、銃声。同時に、ヒトクイの身体が大きく傾く。視界の端に表示されている自身のHPを確認すると、雪の下から脱出した際にはまだ一割程度残されていたHPが全損していた。

 

(狙撃……だと!?)

 

HPが全損したことを考えると、恐らく銃弾は頭部に命中したのだろう。そして、銃声と着弾の間にはかなりのタイムラグがあった。相当な長距離からの狙撃であることは疑いようもない。

HP全損によって自由が利かず、身体が崩れ落ちていく中、ヒトクイは自分がどこから狙撃されたのかその場所を掴もうとする。すると、目の前にそびえる鉱山の一角にある岩場の隙間に、太陽を反射して煌めく光が見えた。狙撃銃のゴーグルである。

 

(馬鹿な……ここからあそこまでは、七百ヤードは離れているぞ!?)

 

このガンゲイル・オンラインにおいて、狙撃手ビルドのプレイヤーは非常に少ない。GGOのシステムにおいて、銃撃時に鼓動に伴って収縮する着弾予測円が収縮する谷間を狙うには、緊張感に満ちた戦闘時にあって、冷静な思考と自制心を持っていなければならないからだ。ましてや、七百ヤードの長距離ともなれば、並々ならぬ実力である。事前に調べていた日本サーバーの有力プレイヤーの中にこんなプレイヤーがいるなど、全く聞いていない。

 

「クソがっ……!」

 

だが、結局その疑問は解消されることの無いまま、ヒトクイはHPが全損したアバターをその場に残し、この大会から退場した。

 

 

 

自身が狙撃した目標が、HPを全損して、そのアバターに『DEAD』の文字を浮かび上がらせて動かなくなったことをスコープ越しに確認した男は、構えていた狙撃銃――AIアークティクウォーフェアを下ろす。

 

「目標クリア。これより次の目標の探索・撃破に移る」

 

愛銃を肩に担ぎ直した男性プレイヤー――ライは、ニット帽を被り直すと、踵を返す。帽子の隙間から垂れた金髪を靡かせながら向かう先にあるのは、暗く深い坑道の入り口。標的の一人たるヒトクイを仕留めたにも関わらず、その冷徹な表情には満足した様子は微塵も無く、ただ事務的に、淡々と次なる標的を探すべく動くのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

薄暗く冷たい空間の中。四方を様々なパイプが這いまわる岩壁に囲まれた空間の中を、黒衣を纏った赤き双眸のプレイヤー、イタチとシノンは突き進む。辺りを照らすのは、壊れかけの電灯のみ。視界は良好とは言い難く、見通せるのは十メートル先が限界。地面には障害物が多く、注意しなければ躓きかねない。しかし、イタチは止まらない。この道の先には、自分がこの世界まで追ってきた敵が待ち受けている筈なのだから……

 

「イタチ、どうしたの?」

 

「…………」

 

そうして、暗闇の中を黙々と歩くことしばらく。イタチは目の前の空間に違和感を覚えて足を止めた。不審に思ったシノンが声を掛けるも、イタチは答えない。イタチが見えていたのは、十メートル先の、視界ギリギリの位置。そこには岩や機材といったオブジェクトの類は無く、土色の地面が覗いているのみである。だが、イタチは感知していた。その場に居る“何か”が発する殺気を――――

 

「そこだな」

 

「え……?」

 

それだけ呟くと、イタチは腰のカラビナから光剣を右手に取り、赤く光る刀身を発生させる。そして、目の前の何も無い空間へと突っ走り、十メートルの距離を一気に詰め……その赤い閃光を、横薙ぎに振るった。

 

「チィッ!」

 

途端、何も無かった筈の空間から、舌打ちと共に紫色の閃光が発生する。イタチの主武装と同じ、『光剣』である。突如現れた紫色の閃光は、イタチが繰り出した一撃を受け止める。だが、イタチが繰り出した一撃は、それだけでは殺し切れない。紫色の光剣と、それを持っていた何者かは、凄まじい勢いによって、イタチが光剣を振るった方向へと吹き飛ばされた。イタチの前方に現れた見えざる敵は、土ぼこりを上げながら地面に二本の筋を付けた。衝撃を殺すべく、両足で踏み止まろうとした痕である。

 

「やはり、そこにいたか」

 

「くっ……相変わらず、デタラメなステータスやな」

 

紫色の光剣の刀身が宙に浮いていた場所から、関西弁とともに一人のプレイヤーが姿を現す。逆立った黒髪に、三白眼気味の顔。日本の武術道着に似た服を纏い、肩や手、脛には和製の鎧兜を彷彿させるプロテクターを装着している出で立ちである。そしてその上には、黒い外套を纏っている。坑道へ入る前にイタチが交戦したステルベンとヒトクイが装備していたものと同じ、メタマテリアル光歪曲迷彩効果を持つマントである。そしてその右手には、紫色の閃光を発する光剣が握られている。

 

「その口調……お前、『ベンケイ』だな?」

 

「覚えていてくれとったみたいやな。俺は嬉しいで」

 

たった一撃、光剣で打ち合っただけだが、イタチには分かった。かつてSAOの中で命の奪い合いをした敵の一人。『笑う棺桶』の幹部である。

 

「けど、今の俺はベンケイやない。SAOの中でお前に潰された笑う棺桶の恨みを背負ってコンバートした、『呪武者』や!」

 

ベンケイ改め呪武者は、改めて名乗りを上げると、イタチへ向けて駆け出し、斬りかかる。対するイタチもまた、SAOから引き継いだ俊足をもって接近し、光剣を振るう。赤と紫、二つの閃光は薄暗い坑道の中で幾度も交錯し、火花を散らしながら辺りを照らす。

 

「ハッ、実力は衰えとらんようやな!SAO時代のままや!」

 

「SAOは既に終わっている。貴様等『笑う棺桶』自体、あの討伐戦で壊滅している。お前達の存在は、既に過去の遺物だ」

 

「やかましいわぁっ!」

 

笑う棺桶の存在意義を否定するイタチの言葉に触発されたのか、呪武者が攻勢をさらに強めて襲い掛かる。だが、対するイタチは激しく繰り出される連撃全てを捌き切り、掠らせもしない。

 

(凄い……これが、SAO生還者の……デスゲームを生きたプレイヤーの戦い!)

 

目の前で繰り広げられている壮絶な二色の光の交錯に、シノンは圧倒されていた。現実世界で和人の影響を受け、剣道の世界に身を投じていた時期のあるシノンだが、目の前の戦いは現実世界のソレとは比にならない。だが、それも当然のことである。イタチと呪武者が行っている戦いは、スポーツマンシップに則った試合などではなく、命の奪い合いそのものである。敵を如何にして殺すのか……それだけを考えて剣を交えている。これこそが、SAOで行われていたPvPなのだ。

二本の光剣が激しく交錯し、火花を散らす斬り合いが暫く続いたが、両者は一度距離を取ることにしたらしい。一際強烈な衝突の後、双方反対方向へ跳び退いた後、再度の衝突に備えて構えを取りながら互いを見据えていた。そんな中、呪武者がイタチに向けて怒りの感情を露に口を開いた。

 

「お前と、お前が操る二刀流……それが俺は、SAOが開発される頃から、許せへんかったんや!」

 

「それは、SAO開発の際に行われたモーションキャプチャーテストで、お前の剣技が却下されたことが原因か?呪武者……いや、西条大河」

 

イタチが口にしたリアルネームに対し、呪武者は一瞬表情に驚愕を浮かべたが、頬を歪めながら再度口を開いた。

 

「流石やな。俺の素性についても、当の昔にお見通しかいな」

 

「既に調べはついている。俺がそうだったように、お前もまた、茅場晶彦に集められたテスターの一人だ」

 

「まさにその通りや。そこまでお見通しなら、俺が習得しとる流派……『義経流』も知っとるんやろ?」

 

「ああ。京都に伝わる、源義経に由来する古流剣術の流派と聞いている。そして、SAOのユニークスキル候補とされていた剣技、だったな」

 

開発当時、スケジュール調整の関係で直接の面識こそ無かったものの、開発スタッフの西条と、彼が習得していたという『義経流』なる武術の詳細については、和人もある程度聞いていた。ユニークスキル開発のモデルとして有力視されていたことは勿論、その候補から落とされた経緯に至るまで。

そして、西条が何故、ユニークスキル開発のモデルという地位に、他のスタッフ以上に執着していたかについても……

 

「古流剣術の義経流は、京都の文献にあったもんを、俺が復活させたんや。せやけど、武術の完全な復活には、俺一人の力では限界がある。武術の振興には、名を売る必要があった。そんな中でSAOは、まさに打ってつけの舞台やった。せやけど、ユニークスキル開発者の座はお前に奪われ、SAO事件の間に俺の経営する道場は潰れてしもうた。SAO事件を起こした茅場がくたばった今、俺に残っているのは、お前への復讐だけや!」

 

「成程な……お前がSAOで鬱憤晴らしにレッドプレイヤーになった経緯は分かった。だが、俺とてお前をこのまま野放しにするつもりはない。この世界で、SAOの決着をつけてやる」

 

「ハッ!こっちこそ、お前に目にもの見せたるわ!ここはSAOやALOのようにソードスキルが使える世界やないんや。純粋な剣技だけなら、義経流を極めた俺が、負ける筈無いやろうが!」

 

「無駄だ。貴様の剣術が俺に通用しないのは、SAOの中で分かっている筈だ」

 

「調子に乗りおってからに……!」

 

光剣には、SAO時代の剣のように刀身には質量というものが存在しない。故に、斬撃が繰り出される速度も数も、SAOとは比較にならない。そんな、秒間に数十回もの回数で光の刃が飛び交う激しい戦闘にも関わらず、イタチの表情には苦悶の色が全く見られない。そんな余裕そのもののイタチの姿に、呪武者の苛立ちは募るばかりだった。

やがて、光剣の交錯した回数が三桁へ突入しようとした時、呪武者は息を荒げながら後方へ飛び退いた。SAO時代と変わらない展開に、このままでは優位に立てないと悟ったのだろう。呪武者は仕切り直すべく、イタチと距離を取って相対した。

 

「付いて来いや……ワイ等の本当の戦いは、これからや!」

 

それだけ言うと、呪武者はマントのメタマテリアル光歪曲迷彩機能を発動して姿を消した。あとには、薄暗い坑道に足音が響くばかりだった。

 

「どうするの、イタチ?」

 

「……奴を追い掛ける」

 

外套の効果で姿が全く見えなくなった呪武者だが、坑道は一直線に伸びている。行く先を見失うことは無い。イタチはシノンと共に再び歩を進めた。

 

「イタチの予想通りになったわね……生き残っている死銃は全員、この坑道に集まっているみたい」

 

「ああ、そうだな」

 

シノンの言葉に、短く答えつつも、イタチは歩を緩めない。同時に、心なしかイタチの声色には若干の緊張が感じられる。これから始まるであろう、先程の呪武者をはじめとした、元笑う棺桶の幹部達との死闘を前にしているためかもしれない。

 

「イタチ、本当に大丈夫?」

 

「……ああ」

 

若干の間を開けて答えたイタチの声色は、自信に満ちているとは言い難いものだった。やはり、己の任務たる『死銃討伐』を前に、イタチも不安を感じているのだろうか。シノンがイタチの、人並み以上に分かり難いその内心について考えを巡らせていた、その時だった。

 

「分かれ道……ね」

 

「そうだな」

 

歩き続けた先でイタチとシノンが辿り着いたのは、左右と前方に進路が分かれた十字路だった。呪武者は一体、どちらへ向かったのだろうか。

 

「イタチ、あいつは……」

 

「向こうだ」

 

イタチが指し示したのは、前方。何故、そう断じることができるのかと疑問に思うシノンだが、イタチが指差したものを見て納得する。前方の通路の岩壁に刻まれた十字の焦げ跡。光剣で斬り付けた痕跡である。呪武者の誘導であることは言うまでも無かった。

 

「シノン、頼みがある」

 

十字路に差し掛かったこの局面で、今までイタチに話し掛けるばかりだったシノンが、逆に話し掛けられた。しかし、一体何を頼みたいのだろうか。疑問に思いながら、シノンはイタチの言葉を待った。

 

「もし俺が危機に陥ったら、俺に向けて引き金を引け」

 

「なっ!?」

 

イタチの口から出た予想外過ぎる頼みごとに、驚愕するシノン。無論、こんな頼みを「はい、分かった」と言って聞き入れられるわけもなく、異議を唱える。

 

「何言っているのよ!あいつらに良い様にやられるくらいなら、大人しく死ぬっての!?」

 

「違う」

 

シノンの言葉に、即座に否定の意を示すイタチ。自分を撃たせることに、他に何の意味があるのだろうか。

 

「俺を信じているなら、そうしろ。決して諦めるつもりは無い」

 

「……信じていいのよね?」

 

その問い掛けに、イタチは首肯した。その強い意志を宿した瞳には、迷いは一切感じられない。それを悟ったシノンは、それ以上口を出すことはやめた。

 

「分かったわ。絶対に無いとは思うけど……あなたがそんな状況に陥ったなら、このヘカートの引き金を引く」

 

「ああ。そうしてくれ」

 

「それじゃあ、行きましょう。死銃は向こうで待っているんでしょう?」

 

「いや、シノン。お前は別のルートへ向かってくれ」

 

死銃こと呪武者が向かった通路へ向かおうとしたシノンを呼び止め、別のルートへ向かうことを指示するイタチ。対するシノンは、再び怪訝な顔をしてイタチに問い掛ける。

 

「どういうこと?」

 

「連中の専門は近接戦闘だ。このまま付いて行けば、間違いなく正面衝突が起こる。狙撃手のポテンシャルを活かすならば、お前は別ルートから接近するのが得策だ」

 

「成程ね……」

 

イタチの考えには、一理ある。元笑う棺桶の幹部である呪武者の後を追えば、そこで待っているのは銃撃戦ではなく、光剣を用いた近接戦闘である。現実世界で剣道の経験があり、副武装として光剣を所持していたとはいえ、シノンには介入の余地が無い。足手まといになることが分かっているのならば、別のルートから死銃のもとへ接近すると同時に、狙撃に適したポジションを確保する方が効率的と言える。

無論、迷路状に入り組んだ構造をしている坑道で二手に分かれて行動した場合、合流が難しくなるリスクもある。だが、死銃を相手に正面戦闘で勝ちを拾うことがまず不可能であることもまた、事実である。故に、シノンがこの戦いに介入するのならば、イタチとは別ルートから近付くしかない。

 

「分かったわ。私は右の通路に行く。遠回りすることになる可能性もあるから、援護に行けるか分からないけど、気を付けてね」

 

「ああ。心配無用だ。お前の方も、気を付けておくことだな。死銃は俺の行く先に集結しているだろうが、伏兵が潜んでいる可能性も否めない」

 

「平気よ。そっちこそ心配しないで」

 

死銃と遭遇するリスクについて指摘するが、それを聞いたシノンの言葉には、強がりの類は感じられなかった。イタチの知る限りにおいて、いつも通りのシノンである。

 

「それに、私は強くなりたいの…………あの人のように」

 

「…………」

 

シノンがそっと漏らした言葉。しかしそれは、イタチにも聞こえていた。だが、イタチはシノンに対してそれ以上何かを言うことはなかった。そして、二人はそれだけ言葉を交わすと、イタチは前方の坑道へ、シノンは右の坑道へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

「ようやっと来おったなぁ、イタチ!」

 

呪武者が残した標を辿って坑道を歩き続けたイタチが至った場所は、コンクリートの柱や鉄製の足場等が縦横無尽に走る、坑道よりも大きく開けた空間。電灯の数は相変わらず少なく、奥行きを正確に把握することはできない。しかし、足音や声の反響音等から推測すると、三十メートル四方程度はあると思われる。高さについては、天井こそ見えないものの、十メートル以上はあると考えて間違いない。

誘い出された戦場に関するこれらの情報について、数秒と掛けずに把握したイタチは、この場に潜んでいるであろう、伏兵を誘き出す策に出ることにした。

 

「ベンケイ……いや、呪武者。お前達が『地獄の傀儡師』――高遠遙一に唆されて今回の殺人事件を起こしていることは、既に調査済みだ。そのトリックも看破している。これ以上の無駄な抵抗はやめて、大人しく警察に出頭することだな」

 

無論、イタチとてこんなことを言ったところで、死銃達元笑う棺桶の幹部達が、大人しく警察の縛につくとは思っていない。呪武者に対してこのような勧告をしたのは、イタチが対話に集中して注意が散漫になっていると思わせるためである。そうなれば、隙を突いて伏兵は必ず動き出す筈なのだから。

 

「ほぉ……俺達がどうやってプレイヤーを現実世界の肉体もろとも殺しているのか、分かった言うんか?」

 

「貴様等が死銃と称して使っているその銃――黒星五四式には、人を殺す力などありはしない。本当にプレイヤーを殺しているのは、現実世界にいる貴様等の共犯者だ。違うか?」

 

「成程なぁ……確かに面白い推理や。けどな、そのトリック使うには、BoBに参加しとるプレイヤーの住所全部調べなあかんのやで?そんな真似、どうやってできるんや?」

 

挑発的な笑みを浮かべてイタチに問い返す呪武者に対し、しかしイタチは冷静なままその答えを口にした。

 

「総督府のエントリー画面。それをお前達は、『メタマテリアル光歪曲迷彩』の付いた、そのマントを被ってスコープ越しに覗いた。そして、モデルガンを希望するプレイヤーが打ち込んだ住所情報を得た」

 

イタチが口にした的確な指摘に、呪武者の顔から笑みが消える。余裕の表情から打って変わって、今度は苛立ちと怒りが表れ始めた。

 

「無論、複数あるエントリー画面全てを確認することは、一人では不可能だ。だが、同一の装備を持つお前達全員で取り掛かれば、ほぼ確実に入力情報を把握できる」

 

前言通り、全てを見通していると言わんばかりのイタチの言動に、呪武者はぎりりと歯を噛みしめる。その態度は、イタチが口にした推理全てが的中していたことを意味している。

 

「『地獄の傀儡師』も、大したトリックを考えたものだ。SAO時代と変わらない、システムの穴を的確に突いた、相変わらずの見事な計略だ。だが……」

 

そこで言葉を区切った途端、イタチは目を細めて呪武者に視線を向ける。その赤い双眸には、先程までの無感情とは打って変わって、侮蔑の色が見て取れる。

 

「計画を実行させるために用意した操り人形が無能過ぎる。これでは、如何に周到な計画であっても台無しだ」

 

イタチの口から発せられた、嘲りを込めた言葉。そして、それを言い終えた途端、イタチは前方上方に広がる暗闇の向こうから放たれた殺気を、肌で感じた。そして、予想通りその方向からは一発の銃弾が飛来した。

 

「ふん」

 

だが、イタチは飛来したソレを何でもないかのように一瞥すると、流れるような動作で腰から光剣を引き抜き、閃光の刃を振り翳して銃弾を消滅させた。

 

「やはり貴様もここに居たか。“赤眼のザザ”」

 

「イ、タ、チ……!」

 

何も無い、薄暗闇が広がるばかりの空間の中から、歯切れの悪い喋り方をする声が響き渡る。そして、声の聞こえた方角にある鉄橋の上の空間に突如裂け目が生じ、一人のプレイヤーが姿を現した。呪武者と同じ、メタマテリアル光歪曲迷彩機能付きの黒マントを纏い、顔には全体を覆うような鉄仮面を被った男性プレイヤーである。SAO当時とアバターの姿に若干の差異はあるものの、仮面の眼窩、その奥から覗く赤く凶悪な光だけは、SAO時代と全く同じものだった。

 

「俺の、ことも、覚えて、いた、とはな」

 

「貴様等犯罪者プレイヤーのことは、一人残らず記憶している。ゲームクリアを成し遂げた後で、貴様等が再びこうして人殺しに走る可能性を鑑みれば、必要な情報だったからな」

 

尤もイタチとしては、こうして事件が勃発してから後手に回るつもりは毛頭無く、未然に防げればと思っていた。だからこそイタチは、SAO帰還者の中で、積極的に犯罪行為に及んでいた危険なレッドプレイヤーを、自身の知る限り記憶しておいたのだ。後にゲームクリア後、イタチこと和人はそれらを全員分リストアップし、菊岡等SAO事件対策チームに手渡していた。SAO内部における犯罪を現実世界の法で裁ける可能性は限りなく低く、それはイタチもSAOに囚われていた当時から承知していた。しかし、SAO内部における殺人等の罪状が他の生還者の証言と併せて明るみに出れば、放置することはできない。最低限、保護観察処分にする必要が発生し、そうなれば再犯を防げる可能性があると考えていた。

だが、そんなイタチの淡い期待も、こうして裏切られてしまった。菊岡達SAO事件対策チームがどこまで手を尽くしてくれたかは分からないが、事後処理が不十分としか言いようが無い。地獄の傀儡師こと高遠遙一による教唆もある以上、彼等の職務怠慢だけが原因とは言い切れないが、現実問題として事件が発生してしまったのも事実。菊岡をはじめとした彼等は後日、責めを負うことは間違いないとイタチは考えていた。

閑話休題。ともあれイタチは今、死銃を名乗るかつての笑う棺桶の幹部二人と相対することになったのだ。ザザと呼ばれた鉄仮面に赤い双眸の男は、奇襲に失敗した以上は不要とばかりに、持っていたサイレント・アサシンを、自身が立っていた鉄橋の上に置く。そして、身軽になった状態で鉄橋から飛び降りると、イタチと呪武者と同じ地面に降り立った。

 

「今の、俺は、ザザでは、ない。死銃――――ステルベン、だ!」

 

かつての笑う棺桶の幹部、赤眼のザザ改めステルベンは、名乗りを上げると同時に、腰に装備していた光剣を抜き放つ。その光の刀身は、イタチが持つものと同じく、赤色。しかし心なしかこちらは、血の様に濁った、不気味な色合いをしている。

 

「この世界で俺達SAO生還者が戦うための武器となれば、やはりこれ以外には無いようだな」

 

「ガンゲイル・オンラインで白兵戦は邪道っちゅうことは変わらんがな」

 

「御託は、もう、良い。早く、始める、ぞ……!」

 

それ以上の問答は最早不要とばかりに、光剣片手にイタチへ斬りかかる。対するイタチは、手に持つ光剣でその一撃を受け止める。だが、ステルベンの剣戟はそれだけでは終わらない。イタチに弾かれてから間髪入れず、体勢を立て直し、無数の刺突を繰り出す。その連撃は、SAO時代における赤眼のザザのエストック捌きそのもの。システムアシストの付いたソードスキルではないが、握られている武器は、刀身が質量を持たない光剣である。その刺突速度は、SAO時代と全く変わらない。

凄まじい勢いで繰り出される無数の赤い閃光の刺突。その連撃は、機関銃の連射を彷彿させる。並みのGGOプレイヤーは勿論、かつてのSAOプレイヤーですら、対抗するのは困難を極める。だが、その連撃に晒されているイタチは、雨霰のように降り注ぐ赤い閃光全てを、自身が手に持つ光剣で捌き切り、自身の身体には一撃たりとも通さない。

 

「こ、の……!」

 

戦況はイタチが防戦一方であるように見えて、その実ステルベンは攻めあぐねていた。ステルベンが繰り出す剣戟はイタチに傷一つ負わせることは叶わず、時間が過ぎるばかり。ステルベンとて、この壮絶な刺突をずっと維持できるわけではなく、遠からず限界がやってくる。そして、イタチならば、その隙を見逃す筈は無い。

 

「オイオイ、ステルベンよぉ……俺を置いて行ってくれるなやぁっ!」

 

だが、戦況がイタチの有利に傾く前に、その拮抗状態は呪武者によって崩される。凶悪な笑みを深めた呪武者は、紫色の刀身を持つ光剣を抜き放ち、ステルベンの援護へと向かう。

 

「喰らえやぁっ!」

 

「……!」

 

ステルベンの刺突を捌いているイタチの背中の隙を突いた一撃。対するイタチは、ステルベンが放つ刺突の軌道をずらし、次の刺突へ繋げるまでの時間を僅かに遅らせる。そして、その一瞬を利用し、ステルベンの懐へと身体を反転させながら飛び込み、光剣を持たない左腕で、鉄仮面目掛けて肘鉄を食らわせる。それによって、ステルベンが衝撃によろめいて刺突が止むや、今度は背中を狙って一撃を繰り出してきた呪武者の斬撃を受け止め、弾き返す。

 

「ハン!やっぱり一筋縄じゃいかんようやなぁ……黒の剣士!いや、死剣!」

 

「キサ、マ……殺、す!必ず、殺す!!」

 

呪武者の繰り出した奇襲も、SAO時代のベンケイと変わらない、必殺必中の一撃だった。しかし、それもまた、イタチの前には通用しない。SAOにおける戦いでそうだったように、イタチが相手では、笑う棺桶の幹部が二人掛かりで向かっても、ダメージを与えることは至極困難らしい。

そんな、どうにも上手く戦闘を運べず、膠着状態に陥るかつての宿敵二人に対し、イタチはさらなる挑発を仕掛ける。

 

「面倒だ……チマチマとした奇襲は俺には通用しないことは分かっているだろう。二人まとめて、掛かって来い……死銃共!」

 

その言葉が発せられた途端、イタチに向けて、血色の閃光と紫色の閃光が、さらに苛烈な強襲を仕掛けるのだった――――

 

 

 

「おらおら、どないした!?防戦一方やないか!」

 

「死、ね……!」

 

ステルベンと呪武者の、笑う棺桶の幹部二人掛かりで繰り出す、絶え間なく、一方的な剣戟の嵐がイタチを襲う。しかし、イタチの守りは一向に崩れない。

 

(畜生が……俺等をナメおってからに……!)

 

SAOにおいて、笑う棺桶のレッドプレイヤー達が得意としていたPK戦法――それは、四方八方から敵を取り囲み、死角を突いて間断なく猛攻を繰り出すというものである。構成員全員が高い隠蔽スキルを持っていた笑う棺桶のメンバーは、姿を隠して隙を突くことが得意であり、標的のプレイヤーのステータス次第では数回これを繰り出すだけでHPを全損することも珍しくなかった。

そしてこの戦法は、当時幹部だったステルベンこと赤眼のザザと、呪武者ことベンケイも得手としており、その剣技で繰り出される攻撃の正確さ、鋭さは並みの構成員の比ではなかった。だが、そんな二人の攻撃も、SAOでは『黒の剣士』と呼ばれ、GGOにおいては『死剣』の名を冠する程の実力を有するイタチの前には、一切通用しない。まるで、至る所に目があるかのように、二人分の攻撃全てを見切って防ぎ切っている。

 

(一筋縄ではいかんのは分かっとったが……やっぱし、本気で殺るしかなさそうやな)

 

手練二人が連携して死角を突いた攻撃を繰り出しているにも関わらず、かすり傷一つ負わせられない現状を打破すべく、呪武者は懐に隠していた二本目の武器を取り出す。光剣とは異なり、実体を持った剣――大型のコンバットナイフである。ただし、その刃は緑色の毒々しい光を帯びている。

右手に光剣、左手にコンバットナイフを装備した呪武者は、二刀流の構えにてイタチへ再度襲い掛かる。まず、右手の光剣による唐竹割り。しかし、繰り出された一撃は先程と同様に受け止められ弾かれる。だが、呪武者の攻撃は終わらない。続いて、左手に握るコンバットナイフによる突きを繰り出す。

 

「死に晒せぇっ!」

 

呪武者の一撃を弾いたイタチの光剣は、ステルベンの光剣を受け止めており、背後はがら空き状態。その背中に、呪武者はコンバットナイフを突き立てる。

 

(ただのナイフやない。速攻性の麻痺毒を塗ったくってあるんや)

 

銃の世界であるGGOにおいて、毒物系アイテムは飛び道具であるボウガン等の矢に塗るのが主流だが、呪武者のように銃剣やナイフの刃に塗るケースもある。

イタチの装備を見る限りでは、毒物に特別耐性があるとは思えない。この一撃が掠りさえすれば、イタチを一気に劣勢にすることができる筈。

 

「……ふん」

 

だが、イタチの対応はその上を行く。右手に握る赤い光剣で、正面のステルベンを相手しながら、左手に握ったもう一本の青い閃光の光剣をカラビナから引き抜く。

 

「んなぁっ……!」

 

必殺を期して放った呪武者のナイフだが、イタチが背を向けたまま、左手に逆手で持った光剣によって、その刀身を真っ二つに割られる。光剣の二刀流という、予想外の対処でナイフを阻まれた呪武者は、呆けた顔を晒すが……それを見逃すイタチではない。

呪武者が隙を見せたことを感知したイタチは、ステルベンの攻撃を弾きながら身体を一回転させ、その遠心力で呪武者に回し蹴りを放つ。

 

「チィイッ!」

 

繰り出された体術の応酬に対し、呪武者もまた蹴りを放ってこれを相殺する。それと同時に、衝突の際に発生した衝撃を利用して、イタチとの距離を取る。

 

(このガキ……どこまでデタラメなんや!)

 

必勝を期して放った毒ナイフをいとも簡単にいなすイタチの反応速度に、ギリリと歯軋りする呪武者。イタチの反応速度の前には、手数を増やしての攻撃や、死角と動作の隙を狙った奇襲は全く通用しないことを改めて思い知らされる。認めたくはないが、このまま戦闘を続行すれば、イタチこと死剣よりも、呪武者とステルベンの死銃二人が不利に立たされるのは明らかだった。

 

(ナイフ一本を犠牲にされたのは中々の痛手や……せやけど、これで仕込みは完了や!)

 

イタチに背面を突いた凶手が通用しないことは、SAO時代の頃から知っていたことだった。だからこそ死銃二人は、イタチを“正面から”潰す策を考えていたのだ。

 

(そうやって余裕かましていられるのも……今のうちだけや!)

 

光剣で刀身を折られ、消滅を待つばかりのコンバットナイフを投げ捨て、呪武者は光剣を手に再度斬りかかるのだった。

 

 

 

「イタチ……!」

 

「…………」

 

ステルベンが繰り出す、血色の豪雨の如き刺突の嵐が、イタチを襲う。しかし、当のイタチは顔色一つ変えず、それら全てを捌き切る。その余裕の態度は、ステルベンをさらに苛立たせ、攻勢をより熾烈にしていく。

 

「その、赤い、眼が、気に、食わん!」

 

「奇遇だな。俺も、『赤い眼を持つ』というだけで、俺を同類扱いするお前が常々気に入らなかったからな」

 

「貴、様……!」

 

ステルベンこと、笑う棺桶の幹部、赤眼のザザがイタチを強く敵視していた理由は、イタチが自身と同じ『赤い眼』をしていることにあった。メーキャップアイテムで血色に染めた赤い双眸は、レッドプレイヤーを恐怖の象徴たらしめるものであり、ザザだけが冠する二つ名でなければならないと、本人は考えていた。しかもその実力は、ザザが敬愛する笑う棺桶のリーダーたるPoHも認める程であり、それがザザの憎悪をより一層煽っていた。

だからこそ、レッドプレイヤーと敵対する攻略組プレイヤーであり、SAO最強と謳われた、同じ色の眼を持つイタチの命を、抗争が発生する度に狙っていた。それは、SAOが完全クリアされ、ステルベンとなった今も変わらない。

 

「死、ね……!」

 

「させん」

 

先程にも増して、鋭く繰り出される、ステルベンの連撃。迸る血飛沫を彷彿させるそれらは、しかしイタチが振るう赤と青の閃光によって、悉く弾かれる。剣速が増しているのは、ステルベンと呪武者だけではない。光剣の二刀流に切り替えたイタチの繰り出す絶技は、SAO時代の黒の忍そのもの。否、質量を持たない光剣が振るわれているのだから、速度はSAOのそれを遥かに超える。

 

「そろそろ、こちらも攻めさせてもらうぞ」

 

「!」

 

背後から奇襲を仕掛けた呪武者を体術で蹴り飛ばしたイタチは、不意打ちが無くなるその一瞬を利用し、防戦一方の状態から一気に攻めへと転じる。右手に赤、左手に青の閃光を握って繰り出す剣技。それは――――

 

「ジ・イクリプス」

 

イタチが微かな声でそう呟いた途端、繰り出される二色の光の嵐――――

 

「ぐ、ご、ごぉお…………っ!」

 

全方位から迫る二十七連撃の閃光に、ステルベンは防御一方……否、防戦すらままならない。背中に羽織っていたメタマテリアル光歪曲迷彩機能付きのマントは、その身に纏うギリースーツ諸共切り刻まれていく。GGOにおいて、光学兵器は対モンスター用の武装である。プレイヤーが受ければ、掠り傷であろうと蓄積するダメージは実弾よりも大きい。

 

「く、そぉぉ……!」

 

イタチが光剣の二刀流にて発動した、『ジ・イクリプス』の再現は、ステルベンのHPを二十撃目で半分以上まで削り込んでいた。そして、最後の二十七撃目がステルベンを襲う。

 

「終わりだ」

 

「ぐ……!」

 

繰り出される最後の一撃は、頭部を狙っている。まともに入れば、HP全損は免れない。そう悟ったステルベンは、その一撃を防御せんと構えた。だが、イタチの振り下ろした一撃が狙っていたのは、ステルベンの本体ではなかった。

 

「!」

 

ジ・イクリプスの最後の一閃は、ステルベンの持つ光剣の刀身の根元――レーザーのジェネレーター部分を両断した。

 

「おの、れ……!」

 

「これで自慢の殺人剣は使えんだろう?」

 

イタチの放った正確無比な一撃によって、光剣を破壊されたステルベンには、イタチの振るう光剣二刀流に抵抗する術が無い。イタチと近接戦闘をしているこの状況では、光剣とは別に用意していた近接武装を引き抜く暇も無い。武器を封じられたこの状況下では、今度こそHP全損は免れない。イタチの放つ、ジ・イクリプスに続く剣戟がステルベンへと、再度襲い掛かる――――その時だった。

 

(呪、武者……!)

 

武器を破壊されたステルベンの視界に入ったのは、イタチの背後に立っていた呪武者の姿。その顔には、イタチに追い詰められているこの状況には似つかわしくない、この状況を覆す策があるかのような笑みが浮かんでいた。

 

(成、程)

 

その顔を見て、ステルベンは確信した。この戦場において、自分達が用意していた“もう一つの罠”が発動するのだと。そしてその予測は、即座に現実へと変わった。

 

「……っ!!」

 

音も無く、坑道の空気を切り裂きながら飛来した鉛玉――それは、突如としてイタチの顔面を直撃した。ステルベンと呪武者の二人を相手にしていたイタチの隙を突いた、狙撃による奇襲である。その、突如として訪れた衝撃は、今まで激しい攻勢に出ていた筈のイタチを仰け反らせた。

 

「ぐ……!」

 

だが、イタチとて簡単には倒されない。倒れそうになる身体を踏み止まらせ、即座に体勢を立て直そうとする。その右眼には、狙撃を受けたことによる弾痕を示す、イタチの瞳とは異なる、赤いダメージエフェクトが輝いていた。

 

(今、だ!)

 

狙撃を受けて隙を見せたイタチへ向けて、ステルベンは自身の切り札たる、もう一本の剣を引き抜いた。ベルトの後ろ部分に差していたそれは、針のように尖った剣――――エストックを彷彿させるものだった。

ステルベンは瞬時に構えを取ると、一気に距離を詰めて刺突を繰り出す。細剣ソードスキル『リニアー』の再現である。

 

「喰ら、え」

 

「くっ!」

 

ステルベンが繰り出す一撃に対し、イタチは手に持つ光剣を交差させて防御を図る。二本の光剣の交差点は、ステルベンが繰り出した刺突が狙った位置そのもの。実体のある剣ならば、これで即座に蒸発する筈……だった。

 

「っ!!」

 

だが、ステルベンの切り札たるエストックだけは、そうはいかなかった。イタチへ繰り出されたエストックの一撃は、光剣を通過し、イタチへと達した。

 

「ぐ…………!」

 

ステルベンが放ったエストックによる一撃は、イタチの左眼を正確に穿った。狙撃による右眼へのダメージに次いで、左眼にも赤いダメージエフェクトの赤い光が灯る。

 

「どう、だ……イタチ」

 

笑う棺桶によって繰り出された凶手により、両眼の視界を奪われたイタチ。ステルベンは、それを成し遂げた己の得物を手に、勝ち誇った様子で見下していた。

SAOの鋼鉄の城から続く、赤と黒とで彩られた者達が繰り広げる『闇の戦い』は、まだ始まったばかりだった――――

 


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