「お嬢様、お気をつけてください」
屋敷の玄関先で、メイド長が私に告げた。
顔は相変わらず無表情であったが、その目は不安げな翳が差していた。
「心配してくれてありがとう、メルア」
私は軽く微笑む。
「本当ならば、断るべき話なのだけどね。サーゼクスに押し切られてしまったよ。
流石に魔王様から頭を下げられてしまうと、どうにも断れないのよねぇ。
それに、旧友の頼みでもあるし。いやはや、私もまだまだ甘いのだろう」
「お嬢様の甘さは、今に始まったことではありません。
それについては、もはや私から何も言うつもりもありません。
ただ、その甘さで救われた者がいることを、忘れないでください」
メルアの言葉に、私は苦笑いをする。
「そうだったわね。いやはや、何事も上手く行かないものよねぇ。
時に甘さは美徳であり、時に愚かさにもなり得る。
ま、それが面白いとも言えるんだけど」
私はメルアから渡されたローブを纏う。裾や襟に、少し装飾が施されたローブ。
一見地味ではあるが、私の魔術知識を持って、様々な術式を施している。
常に快適な温度で保たれるし、鎧の如く私の身を守ってもくれるのだ。
まぁ、それ以外にも式を組み込んではいるが割愛しよう。
ローブを纏った私は、姿見で自身の姿を確認する。ふむ、見てくれは悪くないだろう。
それに舞踏会に出るわけでもないのだから、これ位で問題ないはずだ。
一通り確認した後、私は転移魔法陣を描く。
すると、私に向かって走ってくる人影が見えた。
「せんせー!私も行くー!」
セイウェルだ。
彼女も私と同じようなローブを纏い、外に行く準備を終えていたのだ。
セイウェルが私に抱きつこうとするが、寸前でメルアが止める。
「いけません、セイウェル様。お嬢様はこれから大事なお仕事があります。
セイウェル様まで付いていかれますと、お嬢様に迷惑が掛かります」
「やだー!私も行くの!」
メルアの静止を振り切ろうとジタバタするセイウェルを、
私は微笑ましく思えたが、言い聞かせるように抱きしめた。
「ごめんねセイウェル。今回は連れて行けないわ。
今から行く場所は、とっても大事なお話をするところなの。
だから、セイウェルにとってはつまらないと思うわ。ずっとお話を聞いてられる?」
私の言葉に、セイウェルは首を横に振るう。
やんちゃ盛りのセイウェルからすれば、ずっと黙っているのは大変だろう。
それに、この子を今から行く場所に連れて行きたくはない。
何か嫌な予感がするからだ。こういう時の私の感性は、多少なりと信用できる。
「だったら、今日はおとなしく待ってて。
そうだ、お土産を買ってくるから、帰ったら一緒に食べましょう」
「お土産!?」
セイウェルの目がキラキラと輝きだす。
「ええ、そうよ。お土産よ。
お話が終わったら、人間界のお土産を買ってくるわ。
だから、おとなしく待っててくれるかしら?」
セイウェルは首ブンブンと縦に振る。
チラリとメルアの方を見るが、
彼女からの視線は「今回ばかりは良いでしょう」というお許しだった。
私は内心、ガッツポーズをする。
「じゃあ行ってくるわ。お土産、期待していなさい」
「早いお帰りをお願いします。お気をつけて」
「いってらっしゃーい!」
私は、お辞儀をするメルアと手を振るセイウェルを見ながら、転移するのであった。
転移した私の目に入ったのは、白い壁で作られた建物、駒王学園である。
先に情報を集めておいたが、なんでも以前は有名なお嬢様学校であったらしい。
だが近年、生徒数の減少に伴い、共学制へと方針を変えた。
結果、今では男女の為の学び舎となったようだ。
ちなみに、関係者は私たちと同じ悪魔によって運営されている。
まあ、そもそも駒王町自体が、悪魔の領土なのだから当然であろう。
その管理者の名がリアス・グレモリー、サーゼクス・ルシファーの妹君だ。
そして駒王学園の生徒会長が、ソーナ・シトリー、セラフォルー・レヴィアタンの妹である。
ようは、この町には魔王の親族が2名もいるというわけだ。
ゆえに、コカビエルはここを襲ったは訳だ。
シスコンを拗らせた二人にとって、妹を亡き者にしようものなら、なりふり構わなかっただろう。
この町の住人は、正直、その巻き添えをくらったと言える。
何はともあれ、無事でよかったと、私は自分の働きを嬉しく思った。
私の目に見える人間の活気は、前の私を元気づけてくれるのだから。
「さて、会談まで時間はあるのだから、とりあえずは見学させて貰おう」
私はローブを頭にすっぽりと被ると、学園へと足を踏み入れ
る前に呼び止められた。
何やら生徒会の役員であろう学生が、私を不審者の如く見ている。
おかしい、なぜ私は呼び止められたのだ。
私はちゃん門をくぐろうとしたというのに、なぜ私は入れないのだ。
なに?どうしてローブを被っているって?顔を見られたくないからだ。
え、駄目だと?なぜだ?これはプライバシーの侵害ではないのか?
顔を見せない怪しい人物を通す訳にはいかない?
何を言っている、私はちゃんと招かれたのだぞ。
誰にだと?サーゼクス・ルシファーだが、駄目なのか?
私の言葉に、目の前の学生は顔を真っ青にし、おたおたとしだす。
挙句、どうしたらいいかと頭を抱えだす始末だ。
私はその子に、取りあえず、生徒会長に伺ったらどうだ?と助言をする。
私の言葉に、顔を明るくすると、その子は一目散に駆け出した。
どうやら、直接伺いを立てるようだ。
うむ、良いことをしたら心が晴れ渡るなぁ!
そう思うと、私はそのまま爽やかな気分で、学園内へと足を踏み入れるのであった。
それにしても、あの子は悪魔だったな。
ということは、グレモリーかシトリーのどちらかの眷属と言うことか。
何はともあれ、人間を辞めて悪魔になった事実は変わらない。
時間は決して蒔き戻らない。彼女はこれから、悪魔として生きていくのだろう。
走って行ったその子の背中を見つめ、私は思った。
『その選択は、本当に正しいかったのかな?』と
「ふむ、私が学生だった時を思い返すと、ここまでではなかったな」
私は各教室の展示品を眺めたり、生徒が作る出店の食べ物を食べたりと、
とりあえずは満喫していた。
時には展示品についてのことを聞いてみたり、出店の味について助言をしたりと、
私としても良いことをしたと思っている。
いやはや、人間界はやはり楽しいものだなぁ。
それにしてもおかしいな。
何故か、道行く人々が私を不思議そうに見てくるのだが、理由が解らん。
おかしい、私が悪魔であることは、このローブによって判らないはずだ。
私の纏うローブに施した術式はちゃんと機能している。
つまり、私はただの人間として認識されているはず。
だというのに、なぜか周りは私をちらりと見ている。
ま、まさか!?この町の住人は悪魔を認識できる力を持っているのか・・・!?
という冗談はやめておこう。
仮にそうであったなら、この町は阿鼻叫喚になっていただろうからな。
しかし、解らん。なぜこうまでして視線が集まるというのだ。
「ふむ、術式の機能を弱めすぎたか?
しかし、これ以上弱めてしまうと、私が悪魔だと気付かれてしまう。
かと言って、強めると私自身が認識されなくなってしまうしなぁ・・・」
そんなことを考えていると、不意に声がした。
「おい、そこの不審者!」
その言葉に、私は周りを見渡す。
しかし、周りには怪しい奴はいない。
「ほう、不審者か」
私は手を顎に当てる。何やら不審者が紛れ込んだようだ。
ふむ、それは大変だ。
人間が各々の生を楽しんでいる中、それを乱す者がいるとはな。
些か面倒ではあるが、その不審者を捕まえておくか。
この楽しい雰囲気の中、それを壊す不届き者を捕まえなければ、誰かが怪我をするかもしれん。
人間が怪我をするのは、私としては嫌だからな。
そう思った私は、周りを見回しながら、足を速めた。
「あ、おい逃げんな!」
その言葉に、私は少し焦る。
なに、逃げているだと?いかんな、気付かれてしまったか。
このままでは大事になってしまう可能性が出てきたぞ。
そうなってしまっては意味がない。早く捕まえなければ。
そう思った私は、歩きながら魔法を呟く。
すると、窓も締め切っている中、不意に風が起る。
私が唱えたのは、風の加護を受ける魔法だ。
これによって、私が走るよりも早く動けるようになる。
そして、認識阻害の機能を最強に設定、これで私は目に見えてはいるも認識されない。
そして私は風を纏うと、人の隙間を縫うように移動を開始。
人間からすれば、急に風が吹いたような感覚だろう。
「くそ!急に動きが早くなりやがった!って消えた!?どこに行ったんだよ!」
何やら戸惑っている少年がいた。
その腕に縫われた腕章を見ると、先ほど校門であった少女と同じらしい。
案ずるな少年。直ぐに私が、その不審者を捕まえてみせよう。
私は少年を一瞥し、安心させるように頷いたのだった。
「ったく、何なんだよあいつは!」
匙は息を切らせながら悪態をつく。
先ほど、同じ生徒会役員の由良が、生徒会室へと駆け込んで来たのだ。
なんでも、ローブを被った不審者が来たらしい。
あまりにも不審過ぎたので止めていたようなのだが、
その不審者が言うには、魔王様に招かれたという。
そして自分が困っていると、その不審者は上に意見を聞いたらどう?と言ってきたようで、
取りあえずは、会長の意見を聞きに来たということだ。
だが間が悪いことに、会長は出かけていた。
というもの、今日は授業参観と言うことで、
会長のお姉さまである、魔王レヴィアタン様が当然やって来たのだ。
まあ、問題はレヴィアタン様が、魔法少女のコスプレをしてきたということで、
それを見た会長が、羞恥心で顔を真っ赤にしつつ、泣きながら走って行ってしまった。
そのせいで、会長はここ(生徒会室)にはいない。
とりあえずは自分が会長の代わりとして校門に行ったわけだが、
そこにはローブの不審者はいなかった。
不審者を招いたことで、会長の大目玉などを思い出し、
顔を真っ青にした匙は、必死にその不審者を探して駆けずった。
すると、展示室から出てきたのか、そいつがいたのだ。
それはどう見ても不審者だった。
頭から足元まですっぽりとローブに包まれていた。
明らかに不審者だった。
だというのに、誰もがチラリとそいつを見るだけで何も言わない。
まるで、おかしいとは思いつつも、それを当たり前に感じているようだった。
だが、悪魔に転生した匙は違った。
人間よりも耐性が着いたのか、それが違和感だと思えたのだ。
と言うわけで、匙は捕まえようとしたのだが、生憎逃げられてしまったというわけだ。
「ったく、このままじゃ会長にお仕置きされるぅぅ!」
コカビエルの件で、半ば無理やり兵藤に巻き込まれ、
それがばれてしまった時の会長を思い出し、匙は身体に悪寒が走るのを感じた。
あの時のお仕置きは、今でも恐怖だ。
「くそー!」
時間制限は会長が戻ってくるまでの間だ。
それまでにその不審者を捕まえなければならない。
匙は、半ばやけっぱちになりながらも、全力で走るのだった。
「ふむ、おかしいな。ここには不審者なんていないのだが」
私は校舎の屋上から、人々を見下していた。
真下には、多くの人間たちが歩いている。
そのどれを視ても、不審者という者では無かった。
「どうやら逃がしてしまったようだ。
まあしかし、誰も怪我を負わなかったことを、素直に喜ぶとしよう」
私は安堵の溜息を吐く。
いやはや、人間に危害が無くて良かった。
さて、安心したことで、私は認識阻害の術式を解除。
これで、私は誰からも認識されるものとなった。
「ふふ、やはり人間は素晴らしいわね」
私は人間たちを見下しながら、その眩い姿を微笑ましく思う。
永い間、その姿を見つめてきたけれど、やっぱり面白い。
これは私の本音であり、賞賛だ。
「それで、私の楽しい時間に水を差すつもりなのかしら」
私は振り向きもせず、私の後ろに現れた存在に声をかける。
「ったく、急に現れたから何事かと思って来てみたら、
会いたくない奴に会っちまったじゃねぇか。
てか、なんでお前がここにいるんだよ」
「なぜって、それを私に訊くの?あなたが?
だってあなたが私を呼んだのよ?」
「ってことは、コカビエルをあんな風にしたのはお前か。
あいつの惨状をみると、あんなことをするのはお前くらいだろうなと思ったけどよ」
ぼりぼりと何かを掻く音が聞こえる。
「だったら部下の手綱くらい、しっかりと結んでおきなさいよ。
下手をしたら、私じゃなくて、シスコンのどちらかが対処してたのよ?
もしかしたら戦争が再開して、皆死んでたかもね」
「わぁってるよ。コカビエルの件は俺の管理不足だった。
だから、俺がごちゃごちゃ言うつもりはねぇよ」
半ば自棄っぱちな言葉に、私は口元を歪めた。
「あら、だったら私、もう帰ってもいいわね。
私が呼ばれたのは、コカビエルの件だけだから」
「おう、帰れ帰れ。お前がいるとこっちは冷や汗が出るんだよ。
今だって、お前に厄介なことを喋っているか心配なんでな」
「秘密を暴くのは私の家の根幹。文句を言うのはお門違いよ。
まぁ、安心しなさい。『まだ』何も言ってないわ」
「そうかよ」
私の言葉に、相手は警戒心を緩めない。
あらあら、本当のことなのに。
「まあいいさ。ところで、お前に言いたいことがある」
「何かしら?」
「会談は今日じゃないぜ」
「えっ」
呆けた顔で振り向いた私は、何かが飛び去った音と、舞い散る黒い羽根を見た。
「ま、いいかしら」
私は舞い散っている黒い羽根を掴むと、苦笑いをするのであった。
取りあえず、ややこしい言い方をしたサーゼクスと、ちょっとOHANASHIしないとね。