「君がそこまで言うのなら本当かもしれないね。
解ったよ、こちらもそのように手を打っておくよ」
「お願いするわ。内容が内容なだけ、下手をすると大問題になる可能性があるもの」
私の言葉に、彼は素直に受け取ってくれた。
いやはや、私が言うのもなんだが随分な無茶を言ったと思うのだが。
「急な話だし、半信半疑なものだけど、君は私たちには嘘をつかなかったからね。
それに、君と僕は長い付き合いの友人でもある、それだけでも君を信用できるよ」
「おやおや、嬉しいことを言ってくれる」
彼の言葉に、私は顔を和らげる。私にとって、その言葉は何よりも嬉しい。
「それにしてもその情報、どこから知ったんだい?
私としては、その情報源にとても興味深いんだけどね」
「それについてはノーコメントよ。
だって私の個人情報を明かさないといけなくなるもの。
人間界では、個人情報の保護は絶対で、プライバシーの侵害は重罪でしょ?」
「ダンタリオンの当主である君からそんな言葉が出るなんてね。
分かった、個人的な関心はあるけど深入りはしないでおこう。
君を怒らせると後が怖いからね」
「理解してくれて助かる。それじゃあ失礼するわ。
あと、いい加減後ろの奥さんのことをどうにかしてちょうだい。
私の胃壁が削りつくされる前に」
「善処するよ」
私は彼の言葉に頭を抱える。
いや、絶対に解ってないわよね?お願いだから何とかしてちょうだいよ!
本当に、早急に何とかしなさいよ?
「あ、そうだ。君に言い忘れていたことを思い出したよ」
「何かしら?」
「君が提案してくれた、悪魔の駒の制度についてだよ。
他の魔王たちと話し合ったんだが、残念だけど、流石に急には難しいという結論になったんだ」
「そう」
ああ、やっぱりね
「ただ、今回の会談に先駆けて、大まかな規則については了承をしてくれた。
眷属の扱いと主の罰則規定など、そのあたりは問題ないってね」
「あら、良いのかしら?私が提案したのもなんだけど、上層部のお貴族様方は認めないわよ?」
多くのはぐれ悪魔を出しておきながら、自分たちには非が無いと豪語するお貴族様方。
私がその場にいるだけで戦々恐々とする、清廉潔白のお貴族様たち。
私からすれば滑稽でしかない。なら、わざわざ私を呼ぶ必要なんて無いのに。
レーティング・ゲームが立場を作る悪魔社会において、
私の提案は、万が一、億が一、それこそ京が一にも認めようとはしないだろう。
かつて、私が悪魔の駒について言及した時の荒れっぷりは、今でも面白い記憶だ。
あろうことか、秘密裏に私を亡き者にしようとした奴もいたっけ。
まぁ、私が今ここにいることが、その愚者がどうなったかの証明になるかしら?
ええ、もちろん『見せしめ』にしておいたわ。真っ白な存在って、ああなるのねぇ。
「確かに簡単なことじゃないだろうね。
でも、これから共に手を取り合っていくためにも、悪魔たちも今のままでは駄目だと思う。
そのためにも、私はやっていくつもりだよ」
「大した魔王様だこと」
「君なら解ってくれるだろう?」
「解っているわ」
その場を後にしたのだった。
「お前、どこでその情報を知った?」
「それを言う義理は私にはないわよ?まぁ、半信半疑な情報源からってとこね」
私の言葉に、男は溜息を吐く。
「たく、本当にお前は厄介だな。ああそうだ。
お前の言う通り、彼奴らはやってくるだろう。今回の会談は、まさに絶好の機会だからな。
一応、そのための手は打ってある。だが、それでも不安は拭い切れないがな」
「あらあら、切れ者の貴方が不安になるなんて・・・」
彼の姿に、私はクククと笑い声をあげる。
私の姿に、男は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「お前のような奴がいるかもしれないからな。
まぁ、お前があちら側じゃないと知れて、俺は一安心したがな。
しかし、改めてお前等と戦争してた時のことを思い出すぜ。
お前、散々こっちの作戦情報を盗み取りやがって・・・」
「悪いとは思わないわよ?なにせ戦争なんだから。
それに私はダンタリオン。情報搾取は私の家では十八番よ?
まあでも、停戦後からは自重してるわ。
やり過ぎた結果が、冥界の辺境に飛ばされて、そこの領主なのだから」
「ざまぁみろ。ま、その方がお前にとって良かったんじゃねぇの?」
「あら、心配してくれてありがとう、と言えば良いのかしら?
素直に感謝しても良いのかしら?たしか、貴方は相当の女誑しだし」
「言ってろ」
グヌヌヌと声を上げる彼と、オホホホと笑う私。
「ったく、やっぱ俺はお前が嫌いだ」
「あら、私は貴方のこと、結構好きなんだがね?」
男は、私の言葉に「フン」と顔を背けた。
「まぁ、私からは以上だ。取りあえずは気をつけてくれ、とだけ言っておくよ。
私だって、敵とはいえ知り合いが傷つくのは嫌だからね」
「言ってろバーカ」
その言葉に、私はクスリと笑う。
「あ、そうだ。貴方から天使長に連絡をお願いできるかしら?
私が直接行ってもいいのだけど、私、悪魔でしょ?」
私は自分に指をさす。
コカビエルの聖剣強奪によって、天界はかなり警戒心を抱いている。
それこそ、堕天使だけではなく、悪魔側にも注意を向けていると言っても良い。
そんな三陣営共に警戒をしている状況下で、無断の天界への侵入、
ましてやそれが悪魔ならば、天界の不信感は最大値となるだろう。
結果、戦争再開なんてことになったら目も当てられない。
そのうえ、私は天界からも相当に厄介者扱いされている。
男は私の意図を理解してか、頭を掻きながらぼやく。
「あー分かった分かった。何とか俺から連絡しておく。これでいいだろ?」
「ええ、ありがとう。助かったわ。そうだ、良いことを教えてあげるわ」
「突然なんだよ?」
「ミカエルがばら撒いた貴方の黒歴史だけど、私が全部纏めて保管してるわ。
ブレイザー・シャイニング・オア・ダークネス・サムライソードなんて、貴方らしいわね」
「は?」
私の言葉に、男は呆けた顔をする。
「ごちそうさま」私はそう言って、自分の屋敷へと帰るのであった。
「お疲れ様です、お嬢様」
「ありがとう、メルア。貴女の淹れてくれる紅茶が、私の生きる糧よ」
「そ、そんな恐れ多いことを・・・」
あたふたするメルアの姿に、私は少し苦笑いをする。
椅子に身体を深く沈めながら、私は会談について想いに耽る。
「一応、私がやれるだろうことはやっておいた。後はどう転ぶか待つしかないわね」
「上手くいくのでしょうか?」
「上手くいかなきゃやってられないわ。まぁ、問題はあるけれど、問題はないと思うしね」
首を傾げるメルアに、私は語る。
「結局の所、この会談は三勢力の意思表示よ。もう互いに戦争はしない、っていうね。
三勢力とも、互いに戦争の傷跡は深く、戦争を再開する余力も乏しい。
互いに睨み合いの三つ巴を維持するも、それだって続けていくのも苦しい状況。
だったら、互いに一つとなった方が得と言うもの。感情を抜きにすればね」
私は目を細める。
「でもそんな簡単なことじゃないわ。言ったでしょ?戦争の傷跡は深いって。
それこそ今回の和平に関して、感情的に納得できない者は必ずいるわ。
悪魔・天使・堕天使・それぞれの中にね。
それこそ、コカビエルの聖剣簒奪なんて、まさにそれよ。
コカビエルだけじゃない、どの陣営にも戦争を望んでいる者はいるでしょうね」
私は身体を伸ばす。
「それをどうするのかが、それぞれのトップたちの手腕と言う訳。
流石のサーゼクスたちも、仕方がないからと、即座に相手を皆殺しにするわけではないでしょ。
私たちに従わないなら殺す、そんなのどこの暴君国家よ。
武力はあくまで最終手段であって、手軽に使っていいものじゃないわ。
甘い理想論だけど、互いに話し合っていければそれでいいわ。
まあなんにせよ、平和になるなら私は大賛成よ。
それにね」
『何であれ、己が目的の為に関係のない犠牲を出さなければそれでいいのよ。私にとっては』
「お嬢様・・・」
私はメルアの方へと顔を向ける。
彼女は大切な家族であり、私から見ても十分に働き者だ。
その働きぶりは、私も舌を巻く程と言っても良い。
彼女を家族として迎え入れて、もう何年経ったのだろうか?
あの場所で彼女を拾ったのは、偶然だったのだろうか?
『私は・・・どうしたらいいのでしょうか?』
『それはあなたが決めなさい』
ああ、懐かしわね。あの時からすれば、随分と変わったものだ。
それにしても、メルアはセイウェルのお姉さんのようになってきているな。
セイウェルの方も、メルアをまるで姉のように慕っている。
今では、私よりもメルアと一緒にいるんじゃないかと思うくらいだ。
傍から見ても、まるで歳の離れた姉妹のよう。
セイウェルもだいぶ、この屋敷に馴染んで来たといえる。
うむ、私は嬉しいぞ。嬉しいという反面、凄く・・・悔しい。
いつまでも私にベッタリとするのも問題だとは思っていたのだが、
なんというか、こうも直ぐに私離れをされるのも・・・寂しい。
まぁ、入れ込めば入れ込むほど、別れが一層哀しくもあるのだがね。
なにせ、私と彼女たちの時間は、絶対的に合わないのだから。
そんなことを思いながら、私は紅茶を口に運ぶ。
ああ、おいしい。
「ところでお嬢様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
「うん?何かしら?」
「昨今における、問題についてなのですが・・・」
「え、もしかしてまたお金の問題?」
ただ、私のお財布を握るのは止めてほしいのだがね。
私が外へ買い物に行く際は、必ずと言っていいほど付いてくる。
同じようにセイウェルも付いてくる。
結果として、家族みんなで買い物をすることになっている。
いや、私だって馬鹿ではないぞ?ちゃんと買い物リスト位は作っているのだからな。
そう何度も言っているが、一向に聞き入れてくれない。
おかしい、ちゃんと欲しい物リストにあった物を買っているというのに。
前にこっそりと人間界で買った書物が問題だっただろうか?
『絶唱乙女フォニックゲイザー』や『カードクリエイターブロッサム』が駄目とは。
私もだが、セイウェルも楽しく読んでいるというのに。
私の言葉に、メイド長は首を横に振る。
ああよかった、と内心で胸を撫で下ろす私。
「いいえ、そうではありません。セイウェル様のお友達についてです」
「あら、気になるの?」
「はい。えっと・・・その・・・オーちゃん様と、ヴァーくん様についてですが・・・」
「メルア」
私は首を横に振る。そしえメルアは首を縦に振る。
「解りました。そういうことでしたら、そのようにしておきます」
「ええ、あの子たちはセイウェルの友達、ただそれだけよ」
私の言葉にメイド長は「承りました」と部屋を出ていく。
そして、玄関の方から声が響く。
「そんなに泥だらけの状態で、お嬢様の家に上がらせるわけにはいきません。
ですので、セイウェル様にオーちゃん様、一度足の泥を落としてきてください。
その間に湯を沸かしますので、その後は全身を綺麗にしてくださいませ。
もしも、もしも汚れがありましたら、掃除をさせますので」
「えー!?」
「我、メイド長の言葉を横暴と推察する」
「えー!?ではありません。私はメイド長、この屋敷をお嬢様から任されています。
ですので、この家に関しましては私がルールです」
私は飲んでいた紅茶を噴いた。え?・・・・え?え・・・・・・?
どたどたと音を立てて、何かが廊下を走って行く。
「そしてヴァーくん様とそのご友人方にもお話があります。特にビィ様とくー様です」
「え、俺ッチ?」「にゃん?」
「ええ、まずはビィ君様。言葉遣いが下品で聞くに堪えません。
下品な顔に下品な言葉遣い、そしてまるで猿のような振る舞い。もはや我慢の限界です」
何かが叫び声を上げて走って行く音が聞こえた。
「そしてくーちゃん様。その出で立ちはなんですか?破廉恥です。
セイウェル様とオーちゃん様の目の毒です。その恰好を真似をしたらどうするのですか」
「えー?べっつにいいニャンかー?」
「いいえ、駄目です。私が許せません。
ですので、その出で立ちを矯正します。ええ、もう少し淑女になってもらいます」
「な、何をする気にゃ!?私に酷いことをする気にゃのね!?」
そいて先ほどと同じように、「助けてニャー!」という声が響く。
「アーサー、黒歌が言ったウスイホンとは何だ?」
「さあ?何でしょうか?」
流石に看過できなくなったので、私は部屋を出る。
するとそこにいたのは、部屋の隅で三角座りをしくしくと泣いているしているビィ君と、
同じく三角座りをした、死んだ魚の目でメイド服を着ているクーちゃん。
ダイニングでクッキーを仲良く食べているセイウェルとオーちゃん。
「おいアルビオン、ウスイホンとはなんだ?」
『うーむ、俺にも解らん』と話をしてるヴァーくんとアルビオン。
「おや、この紅茶は美味しいですね」
「ありがとうございます」と話しているメイド長とアー君。
「な、なによこれ・・・?」
「お嬢様のお許しも出ましたので、私なりに頑張りました」
笑顔で答えるメルアに、私は膝から崩れ落ちた。
「変わり過ぎよぉ・・・」
私のつぶやきは喧騒に消えるのであった。