「支取蒼那・・・いや冥界《ここ》ではソーナ・シトリーと呼ばせてもらおうか」
私は腰掛に自分を深く沈め、右手に顔を支えるように座る。そして口元を歪めながら言う。
なお私の内心を言うのであれば、正直帰ってくださいと頭を抱えております。ほんと、どうしてこうなったの?私は何か悪い事でもしたのですか?と誰かに問いただしたい気分です。
ここ最近、私はただただセイウェルとメイド長や新人メイドとまったり生活を満喫していただけだというのに。なにか招待状が送られてきたが、生憎と私はセイウェルを愛でるの忙しかったので無視をした。また毎日遊びに来るオーちゃん等の話し相手もしていたので、憎まれっ子の私が、わざわざ肥溜めの会場に顔を出す義理も無かったからともいえる。
そうして平和な時間を過ごしてきたのだが、それが本日たった今破られることになりました。
ことの初めは、私を残してセイウェルらが市井へと買い物に出かけたことから始まる。久々に一人の時間を持てたことを嬉しく思い、積み上げていた本を読破しようと紅茶を用意していた。すると屋敷に置いた門の鐘が鳴ったのだ。オーちゃん等は門を鳴らすことはしない。わざわざ鐘を鳴らさずそのまま扉を開けてくる。なお、入る際は扉くらいは叩くようにとメルアから厳重注意をされた。無表情のオーちゃんであったが、不思議と怯えていたように感じたのは気のせいだろうか。
ようは滅多になるはずのない鐘が鳴ったことで、普段の客人とは違うことを理解し、私は無意識に警戒心を抱いたわけだ。不思議と身体に力が籠り、視線は鋭くなる。扉を開ける前に先に客人を『視る』と、門の前にいるのは少年少女たち。そしてその先頭に立っていたのが、魔王少女《腐れ縁の友人》の妹君。流石に帰すわけにもいかず屋敷に上がらせれば、魔王様からの手紙としてシトリー家の蜜蝋で封をされた手紙を渡され、内容を呼んで頭を抱えたのである。
取りあえずは紅茶を淹れ、こうして話し合いをしているというわけだ。
「君の言う夢、『差別区別のないレーティング・ゲームの学校を作る』ということだが、それであっているかしら?」
私の言葉に、ソーナ嬢は肯く。
「そうか。そしてその夢を語った際に、上の方々から大層揶揄されたというじゃあないか。なんでも『夢見る乙女』とか」
ギリィ・・・と誰かが歯を噛みしめた音を聞いた。チラリと目を僅かに動かせば、後ろの少年が私を射殺すかのような視線で睨みつけている。いやはやこれでもまだ小手調べと言うのに。
当のソーナ嬢を見れば、彼女は視線を逸らすことはないが、僅かだが唇を噛んでいる。
その姿を見つつ、私は言葉を続ける。
「上級下級貴族平民の区別のない学校・・・ねぇ?ゲームの機会は平等でなければならない。下級でも、上級悪魔へと至れる道を作る。確かにそれは正論だ。魔王様のお言葉なんだ、むしろ異論を挟む余地はない。だが」
私は一呼吸を置いて、口元を三日月のように笑う。
「それは貴族に『メリット』があるのかしら?」
「な!?」
予想外の言葉だったのだろうか、ソーナ嬢が声を上げる。後ろにいた彼女の眷属たちも同様だ。
「内容を鑑みると、貴族としてはメリットが、彼らの興味をそそるものがない。むしろデメリットしかない。平民でも下級でも上級悪魔になれる機会を持たせる?確かにそれは正論だ。だが正論で物事は動かない。むしろ反感を買われるわよ?」
「それはどういう、ことですか・・・?」
「気に入られてないのよ、貴女の夢って言うのが」
私は首を傾げるソーナ嬢に答えた。
「貴女の夢は尊い。そう、尊いわ。それは平民や下級の悪魔たちにとって大きな希望になる。虐げられていた者たちにも大きな夢を与える。まさに悪魔の世界を変えるでしょうね。ふふ、まるでラ・ピュセルみたい」
私は戸惑うソーナ嬢たちから視線をそらさずに続ける。
「でもそれは平民たちの希望であり、貴族たちにとっては受け入れがたい、忌むべき提案。貴族と言う特権に、平民たちが手をかける可能性が出てきてしまうってこと。そんなの、あれらが素直に受け入れる訳ないわね」
私は口元を歪める。
「独り占めしていた美味いケーキを、誰が他人に分けたいと思う?それも見下してきた相手に。貴族様からすれば、平民・下級・転生悪魔はいわば奴隷。そして貴族は自らを選ばれた者と自負している。貴族からすれば、どうして奴隷のために自分の食べ物を与えなければならないんだ?ということ。むしろ奴隷が身を粉にして自分たちに奉仕することが正しいとさえ思っているだろう」
少し温くなった紅茶を一口飲み、喉の渇きを潤す。
「ようは彼らは気に食わないのよ。今まで自分たちが吸っていたうまい汁を吸おうと、たかが奴隷風情がしゃしゃり出てくるのがね。どうしようもない自分勝手で自己保身の高い連中よ」
「そんなことは・・・」
「そしてソーナ嬢、君の夢は彼ら《貴族》の立場を大いに侵す可能性のあるモノだ。奴隷に貴族になる権利を与える?彼らがそんなことを許すはずがないよ。むしろ徹底して潰しにかかるだろう。それこそ君を殺してでも、ってやつもいるだろうさ。まあ幸いにも君は魔王様の妹君だ。そんなことをすれば魔王様に殺されるからね。良かったわね、お姉さんのおかげで生きられるわよ?」
「私はそんな「てめぇ!」
ソーナ嬢の言葉を遮るように後ろの少年が声を荒げた。
「さっきから聞いてれば貴族貴族って、お前ら貴族は自分たちのことしか考えないのかよ!会長は冥界のことを思っているってのに、それを自分の勝手な都合で・・・!平民が、下級が奴隷?ふざけるな!」
「匙!」
ソーナ嬢の言葉で、匙と呼ばれた少年は何かしら不満ではあったが渋々口を閉じた。
「すみません、私の躾が至らず・・・」
「私で良かったわね。下手すれば首が飛んでたわよ?」
チラリと私は視線を匙少年へと向ける。本当に良かったわよ?仮にメルアがいたら、首が飛んでたかもしれないのだから。静まり返った雰囲気の中、私が口火を切った。
「私個人の意見を言うのならば、わざわざ『レーティング・ゲームの学校』なんて言わず、『教育の場を設けたい』という体で押し通すわね。『平民らに知識を与え、より効率的に利益を増やせるように』なんて理由をつけて。レーティング・ゲームの言葉を使わないだけで、連中は警戒すれど咎める理由はなくなる。なにせ自分たちの利益になるものには貪欲なのだから」
私は自分の言葉に苦笑する。結局のところ、これは全て実体験に基づいたものだ。だからこそ私と同じ轍を踏ませたくはない。この子にはあの時のような出来事とは無縁でいて欲しいのだから。
まったく大したお人好しね。私は自分に苦笑する。
「それさえ認められてしまえばこちらのもの。後は『寺子屋』であれ『私塾』であれ、教育の場を設けて利益を上げていけばいい。『メリット』があるならば断る理由もなくなる。あとは時間をかけて冥界全土に『学校』を作り、そこで本来の夢を実行すればいい。ただ貴族とて馬鹿ではない。常に目を光らせていることは忘れないことね」
私は一息吐くと紅茶を飲み干す。あら、もう完全に冷めてるわ。おしゃべりが過ぎたようね。
組んだ手を上へと伸ばし、私は凝り固まった体を解す。
「あの・・・」
今まで黙っていたソーナ嬢が声を上げる。
「ダンタリオン卿はその・・・反対ではないのですか?」
「どうしてそう思うのかしら?」
「今のお話を聞くとその・・・、学校を建てるための抜け道を教えてくれたような」
歯切れの悪いソーナ嬢の言葉に、私は顔を綻ばせる。
「良く気付いたわね。ええその通りよ。学校を建てることは、私個人としては賛成。誰でも学ぶ権利はあるもの。勝手な都合で蔑ろにしていいわけではないわ」
「それでは「でも、レーティングゲームに限定するのは反対」
私は被せるように、ソーナ嬢の言葉を遮る。
「だって貴女、レーティングゲームがなんなのか解っていないもの。いえ、これはルールの話じゃない。もっと根本的なものについて」
「それは、どういうことですか?」
ソーナ嬢が困惑の顔を浮かべると、玄関の方から「先生ただいまー!」の声が響いた。
「そうね、口で説明するよりも実感した方が良いのかもしれないな。ではソーナ嬢とお連れの皆さん、今から外に出ませんか?」
「?」
私の意図に首を傾げる彼らを余所に、私は帰ってきたセイウェルたちに声をかける。
「ではみなさん、レーティングゲームとは一体何か、その身で実感してみましょうか」
外へと出ていくソーナ嬢たちを見つめ、私の口角はゆっくりと上がっていった。