その場にいた誰もが、一体何が起こったのか理解できなかった。
リアス・グレモリーも、姫島朱乃も、木場裕斗も、そして兵藤一誠さえも。
意気揚々と声を張り上げたコカビエルが、突然地面に墜ちたのだ。
それも、何も感じず、何も見えず、何も聞こえずに。
そして今、彼女たちの目の前に写るのは、コカビエルが落ちた場所から見える砂煙だけ。
「な、何が起きたの・・・?」
ようやく紡ぎだされた言葉は、それだけだった。
リアスの言葉を皮切りに、他の者たちもようやく頭が動き出す。
「コカビエルが急に落ちた・・・わね?」
「ええ・・・一体何が起きたのでしょう?」
「わ、分かりません。私には何も感じませんでした」
「おかしい、早すぎる・・・」
「皆、気をつけて!上に何かいる!」
木場裕斗の言葉に、全員が空を見上げると、そこには黒い何かが見えた。
目を凝らしてみると、それは全身を黒いローブで包まれた人の形をしていた。
肝心の顔は、ローブの影のせいか、男なのか女なのかも判らない。
すると目の前の砂塵が晴れ、コカビエルが現れる。
「ようやく来たか!
雑魚と戯れるつもりだったが、気が変わった!
さぁ、誰だ?サーゼクスか!?それともセラフォルーか!?」
「・・・」
コカビエルの問いかけに、黒いローブの乱入者はただ黙するのみ。
「まぁいい。どのみち貴様はここで殺す。
援軍の貴様を殺し、魔王の妹たちを殺せば、
次は必ずサーゼクスたちが来るんだろうからな」
「てめぇ!さっきまで戦うつもりだったのに、俺たちを雑魚だと!?ふざけやがって!」
「一誠、落ち着きなさい。悔しいけど、コカビエルの言っていることは事実よ。
でも・・・なんとか時間を稼げたのね」
リアスたちは、なんとか援軍までの時間稼ぎが出来たことに安堵する。
でも、思ったよりも早かった気がするのはなぜだろうか。
そんな雰囲気に包まれるリアスたちなど、もはや気にも留めず、
コカビエルは頭上に浮かんでいる乱入者へと突撃する。
「先ほどは不意を突かれたが、同じ手はくわん!
ますはその邪魔なもの剥ぎ取って、正体を見せて貰うぞ!」
先ほど、リアスたちと戦っていた時とは比べ物にならないほどの速さだ。
その姿を見るだけで、いかにコカビエルと自分たちとの力の差があるかを、
リアスたちは嫌でも思い知らされる。
そしてコカビエルの手が、謎の乱入者に触れようとした瞬間
『折れろ』
腕が曲がった。まるで枯れ枝のように。
「がぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!?」
その光景は、リアスたちには意味が解らなかった。
「貴様ぁぁぁ!俺に何をしたぁぁ!?」
あのコカビエルが叫んでいる。
自分たちの攻撃を受けながらも平然とし、圧倒的なまでに強者だったコカビエルが。
「ならば、これならどうだ!」
コカビエルは、曲がっていない手を乱入者に向けると、光の槍を飛ばす。
それも数えきれないほどの量を。
「な、なんて数なの!?」
「あんなのを喰らったらひとたまりもありません!」
堕天使とは、己が欲望に身を任せて堕ちたものの、元は天使。
ゆえに、天使の持つ、聖なる力を扱えても不思議ではない。
そしてその力は、悪魔にとっては致命傷となる最悪のものだ。
「避けてください!」
叫ぶリアスたちの声が聞こえていないのか、ローブの乱入者は動かない。
そして槍の雨が、いや、槍の波に飲み込まれ、
そのまま地面に叩き付けられ、砂煙が舞う。
「まだまだぁ!」
追撃と言わんばかりに、更にコカビエルは槍をその砂煙へと撃ち込む。
逃げ場を無くすように撃ち込まれた槍の絨毯爆撃は、
周りにあった木々や校舎の壁面すらも抉った。
それはあまりに恐ろしい威力であったことを、嫌でも理解させられた。
そして、その攻撃に晒された、飲み込まれた乱入者が無事のはずがない。
「そんな・・・」
「リアス!?」
「部長!?」
リアスは目の前の光景に崩れ落ちる。
必死に、命を賭けてまで稼いだというのに、現れた援軍はあまりに無力だった。
これじゃあ、自分たちの努力は一体・・・。
「腕を折られたことは驚かされたが、随分とあっけなかったな。
この程度の奴が援軍とは、サーゼクスたちも随分と妹思いではないか」
口元を歪め、砂煙を見下すコカビエルは、次にリアスたちへと目を向ける。
「これで頼みの綱は終わりだ。さて、貴様たちを殺してや「どうして」
声が聞こえる。
コカビエルの周辺に無数の穴が開き、中から無数の手が溢れ、コカビエルを捕縛する。
「な!?なんだこれは!?」
「どうして、よりにもよって『今日』なのよ」
まるで鎖のように、拘束具のように、コカビエルを締め付ける。
「ち、力が入らん・・・!?な、何が起っている!?」
「昨日でも良かった。明日でも良かった。それなら問題は無かったのに」
砂煙が晴れる。
「なのに、よりにもよって・・・」
そこにいたのは、あれほどの攻撃に晒されたというのに、
まるで傷一つない、砂埃さえも被っていない乱入者。
「どうして今日に問題を起こしたのよ。
このクソカラスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
乱入者の絶叫が響き渡る。
その言葉の意味を、内容を、瞬時に理解できる者はいなかった。
ただ、黒いローブの下にあるだろう表情は、醸し出される雰囲気からして、
怒気を孕んでいるということは理解出来た。
「楽しみにしてたのよ。なのに、あなたのせいで台無し。
ねぇ、解る?この日のために、私がどうしようかと考えてたのに。
あの子の喜ぶ顔を見たいと、メイド長と一緒に計画を練ったのに。
それが全てぶち壊された、あなたのせいで」
震えている。
「あの子を泣かせてしまったわ。そのうえ嫌われたかもしれない。
ねぇ、どうしてくれるの?
あなたのせいで、私の家族関係に罅が入ったかもしれないのよ?
家族団欒の夢が、一気に遠のいたかもしれない。
許せるわけがない。許せるわけがないわよね?」
その声は平坦で、無機質で、けれでも異質だった。
「殺さない程度なら痛めつけても良かったのよね?
なら、『9割9分9厘9毛』殺しでも、何ら問題はないわね?
ねぇ・・・コォカァビィエェルゥ?」
乱入者の右手がすっと前に出され、そこか数多の光の字面が溢れ、収束し、一冊の本となった。
それは古き歴史を持っていることが解るほどに古めかしくも、
施された金の装飾が、荘厳さを失わせない。
『結界再構成・強度の強化』
何かが割れる音が聞こえ、歯車が組み換えれた音が聞こえる。
「なに?何が起きてるの・・・?」
「リアス、何か悪い予感がするわ!」
戸惑うリアスに、朱乃は肩を揺さぶって正気に戻そうとするが、
朱乃自身も何が起きているのか、頭が追いついていない。
『情報構成・光の槍』
身動きが取れないコカビエルの周りに、大量の光の槍が出現する。
「なによ、あれ・・・」
四方八方360度、それは見るものにとってはあまりに恐ろしい光景だ。
そして、確実に『逃がさない』という意志を表してもいる。
「なんだよこれ・・・あんな奴、俺は知らないぞ・・・」
「一誠君!早く!あの人から離れた方がいい!」
呆然とする兵藤一誠を叱咤し、木場裕斗はゼノヴィアを抱えて走り出す。
『強化魔法陣展開』
コカビエルを囲んだ光の槍全ての先に、魔法陣が展開される。
その魔法陣が、ゆっくりと光の槍を包みこむと、
槍は眩いばかりの聖の力を供えつつ、同時に畏怖を孕んだ魔の力をも孕んでいた。
「なんだよ・・・なんだよあれ・・・」
「あれは、僕の聖魔剣と同じ・・・?」
「まさか、光の槍に魔の力を混ぜ込んだというの!?」
目の前で行われている現象に、もはや観客は考えることを止めかけていた。
もはや一体何が起っているのかさえ、考えが追いついていない。
「おのれ!おのれぇぇぇぇ!俺がこんな!こんなところで負けるはずがぁぁぁ!」
『射出』
全ての槍が、一点に収束した。
そしてコカビエルは体中から槍を生やし、真っ赤なハリネズミと化した。
その光景に、あるものは口元を押さえ蹲り、胃の中身を吐きだした。
あるものは目を閉じることも、逸らすことも出来ず、ただ見ているだけだった。
その凄惨な光景は、あまりに常軌を逸していた。
そして、あまりに自分たちとはかけ離れていることをも自覚させられた。
「うふ・・・あは・・・」
笑い声が木霊する。
「あはははは・・・アハハハ・・・」
それは甘美にして醜悪。
「あはハアハははははあハハアハハ!!
弦をはじくように清らかで、汚泥のようにへばりつく様な音色。
「アハハハハアハハハハハハハハハははははははっはははあは!!」
聴く者を虜にし、効く者を安らぎへ誘う声色。
「ゲェエェェェァァァァーッハハハハハハハハッ!!」
そして、聴くに堪えない、綺麗な笑い声だった。
そしてローブが破れたのだろう。
乱入者を隠していたローブが吹き飛び、その姿をはっきりと現した。
「え・・・?」
そして現れたその姿に、リアスたちは目を疑った。
それはルビーを溶かした様な朱髪だった。
それはカラスの濡れ場色をした艶やかな黒髪だった。
それは雪のように真っ白な銀髪だった。
それは暖かい日の光を溶かした様な金色の髪だった。
「ど、どうなってるんだよ!?」
「これは一体・・・?」
戸惑いを隠せない兵藤一誠と木場悠斗。
そして同じように、驚きを隠せない少女たち。
なぜなら、そこにいたのは、
「「「「私・・・?」」」」
まるで自分とは似ても似つかない笑みを浮かべた自分だったのだから。
「なんだあれは?」
『判らん。大方、悪魔側の隠し札、と言える存在か』
目下で行われた光景に、それは声を震わせた。
彼奴に言われて、コカビエルを回収するつもりで来ていたが、
自分よりも先にコカビエルと戦っていた者がいたのだ。
大方、悪魔側の援軍だろうと思い、気まぐれに見物していたのだが、
なかなかどうして、面白い存在だった。
あのコカビエルが、まるでハリネズミのような姿になったのだ。
つまりコカビエルよりも強いと言える。
戦いたい。
その心に思ったのは、純粋な思い。
ああ、こいつと戦いたいという、戦闘欲求。
『落ち着け、今は命令を優先する方が先決だ』
「解っているさ」
相棒の声に気を削がれたのか、それは笑って答える。
「さて、今代の赤龍帝に会いに行くか」
そしてそれは降り立った。
「あ、ありがとうございました」
「・・・」
リアスは戸惑いながらも乱入者に礼を言う。
だが、その顔には、困惑、恐怖、警戒心と様々な感情が見える。
当たり前だ、先ほどの光景を見て、冷静となるのは難しいだろう。
何故なら、自分の顔を持った存在が、あの凄惨な行為をしたのだから。
なお、乱入者がどこから出したのか、新しいローブを被り、顔は見えていない。
だが、そのローブの下に、まだ自分の顔があるのではないかと、リアスたちは警戒する。
一誠に関しては、警戒心を隠そうともせずに睨みつけている始末だ。
あの後すぐに、堕天使総督の命を受けた白龍皇が現れ、
辛うじて生きていたコカビエルと、気を失ったフリードを抱えて消え去っていった。
その際、赤龍帝である一誠と何やら話をしていたようだ。
しかし、これで駒王町は助かったのだ。
「危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございます
もしよろしければ、名前を教えて貰えないでしょうか?」
「・・・」
「さっきから黙ってねぇで、何とか言ったら「止めなさい、一誠!」
「で、でも部長!」
リアスの言葉に、一誠はなおも食い下がろうとする。
どうしたのかしら、今日の一誠は何かおかしいわ。
「ホウレンソウ」
「え?」
「報連相くらいしっかりしなさい。
あなたのミスで、多くの人が死んだかもしれないわよ」
「!?」
「てめぇ!」
殴りかかろうとした一誠の拳は、空を切った。
一瞬のうちに、ローブの乱入者は消えてしまったのだから。
ローブの言葉に、リアスは身体を抱きしめ、震えだす。
「私のせいで、多くの人が死んだ・・・?」
「部長、あの薄気味悪い奴の言葉に耳を傾ける必要なんてないです。
部長は立派な主です!」
「そうよリアス、あまり自分を責めては駄目よ」
「そうです、部長は一生懸命頑張りました。それは間違いじゃないです!」
「部長さんは間違ってなんかないです!」
「みんな・・・ありがとう」
眷属の励ましに、リアスは感謝をするのだった。
「せんせー!私、アップルパイが食べたーい!」
「はいはい、分かったから腕を引っ張らないで。
お店は逃げないから」
「これが、町。人の、営み」
人々の賑やかな声を聞きながら、私はセイウェルとオーちゃんと共に歩く。
あの後、セイウェルが立てこもっている扉の前で、
私はずっとセイウェルの言葉を黙って聞いた。
楽しみにしていたこと、その思いを裏切られたこと、哀しい気持ち等、
セイウェルの心の言葉をずっと聞いていた。
私はただ、彼女の言葉を黙って聞き続けた。
その後、散々思いを言ったのだろう、部屋の扉が開き、
目を赤く腫らせ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃのセイウェルが出てきた。
私は、彼女を抱きしめることしか出来なかった。
翌日、私はセイウェルとオーちゃんと共に、町に出かけることになった。
その際、散々セイウェルに警戒されたが、苦笑いしながら謝った。
目の前ではしゃぐセイウェルと、その友人であるオーちゃんを見つつ、
私はこの瞬間の幸せを噛みしめるのであった。
「ところで、どうしてメイド長も一緒にいるのかしら?」
「お嬢様、この前のお出かけで、いくら散財したか覚えていますか?」