「お嬢様、お願いがあるのですが」
「あら、なにかしら」
いつものように自室の椅子に腰を下し、
読みかけの本を読んでいると、後ろから声をかけられた。
卓上に置かれ、淡い光を放っていたランプの灯りを消し、私は声の方を向く。
振り向けばメイド長が、相も変わらず無表情な顔でこちらを見ていた。
「申し訳ありませんが、少しお暇を頂いてもよろしいでしょうか?」
その言葉に、私は彼女の言いたいことを理解し、苦笑する。
「あら、もうそんな時期になったの。
いつも思うけど、私に許可を求めなくてもいいのよ?私は別に構わないのに。
まぁ、それが貴女らしいという訳ね」
私の言葉に、メイド長はぺこりと頭を下げた。
「理解していただいて助かります。
用事を終えましたら直ぐに戻りますので、くれぐれも手を焼かせないでください」
「そんなこと言わなくてもいいじゃない。私のこと、そんなに信用できない?」
「違う意味でなら信用しています。
去年の時は、読書にかまけて飲まず食わずでしたね。
おかげでしばらくは固形物が喉を通らず、おかゆと野菜ジュースの日々でしたね」
「あれは本に熱中しただけよ?」
「そして一昨年は、お菓子作りに熱中して、屋敷にあった材料を全て使いました。
市井の者に分け与えたから良かったものの、あの量を食べきるのは無謀も無謀。
確実に腐らせてましたし、しばらくは砂糖を見る事さえ拒絶してましたね」
「・・・・・・」
「睨んでも、過去の事実は変わりません」
全く正論なので、私は何も言えずに口を閉ざし、
ただ拗ねた目でメイド長を睨むしか出来なかった。
「それでは失礼します、今から準備をしますので。
それと私がいない間、見栄を張るのはおやめになってください。
決して、セイウェル様の前でカッコいいところを!なんて考えないでください。
私は、普段どおりのキアラ様が一番好きなのですから」
「 」
私の部屋から出て行く際、相も変わらずの鉄面皮で、ぐさりと私に釘をさしていった。
その姿に、私は一瞬固まったが、直ぐに気を取り直し、そして苦笑する。
「相も変わらず素直ではないね。
それにしても、またあの時期がやって来たのか」
物思いに耽りながら椅子に深く腰を下すと、セイウェルが部屋に入ってきた。
「先生!メイドさんが服を鞄に入れてましたけど、何かあったんですか?」
「そうか、セイウェルは知らなかったか。なに、大したことじゃないよ」
「?」
首を傾げ、頭にハテナマークを浮かべているような顔をするセイウェルに、私は笑う。
「里帰りだよ」
そう呟くと、私はセイウェルを見て、あることを思いつくのだった。
列車に揺られること、数時間。
駅の改札口から出た私の目に映る光景は、いつも同じだ。
この時期の気候は身を裂く程に寒く、
普段の倍以上の厚着をしているというのに、いっこうに身体の震えが止まらない。
深々と降る雪が、全ての道を、家々を白く染め、その光景を薄ら寒く感じる。
「帰ってきたのね」
私はいつものように呟いた。
『今日からここが、君の新しいお家だよ。
寂しいと思うかもしれないが、今日から私たちが君の家族だからね』
『はい、神父様』
ぐらりと身体がふらつくも、足に力を込めて踏ん張る。
ああ、まただ。またこれだ。ここに来る度に、何度も起きる。
「今日はまた、一段と酷いのですね」
私は鞄を手に取ると、宿泊場所へと足を向けた。
「いらっしゃい・・・おや、アンタか。
そろそろ来る頃かと思っていたところさ。いつもの部屋でいいかね?」
「ええ、お願いします」
私は懐からお金を取り出し、宿泊費と少しのチップを含めた金額を払う。
店の店主はチラリとこちらを見ると、黙ってお金を受け取った。
そして部屋の方へと足を運ぼうとすると、珍しいことに声をかけられた。
「それにしても、毎度こんな辺鄙なところに来るなんて、お前さんも変わってるねぇ。
昔は何やらあったみてぇだが、いまじゃ寂れた教会だけしかねぇ。
しかも、いつもこんな時期だってんだから余計にな。
ま、こっちは金を払ってくれればそれで良いさ」
「すみません」
私はただ、それだけを言って部屋へと入った。
『ここでの暮らしはどうかな?
君が他の子と遊んでいる姿を見ないのでね。少し心配になったんだ』
『私に構わないでください。私は誰とも仲良くなりたくないんです』
私はベッドへと腰を下し、そのまま倒れ込むようにベッドへと身体を預ける。
頭が痛い。まるで万力に締め上げられるような痛みだ。
キリキリギリギリと、ゆっくりと痛みが走ってくる。
『ふむ、君は素質があるようだね。
もし君が良ければだが、少し私の話を聞いてみないかね?』
『何の話ですか?それは、私にとって大切なことですか?』
『ああ、君にとっても、私にとってもね』
「駄目、行っちゃ駄目・・・!お願い、待って・・・!」
私はベッドの上で、頭を押さえながらも、必死に叫ぶ。
その子に私の声が聞こえないのは解っている。
でも、私は必死で呼びかける。呼びかけ続ける。でも、その願いは叶わない。
『解りました。話を聞きましょう、神父様』
その言葉で、私は気を失った。
私が目を覚ますと、既に日はとっくに暮れており、窓の景色は闇に沈んでいた。
まだ頭がリンゴーンと響いている感じでふらつくが、歩けない訳ではなかった。
私はゆっくりと体を起こすと、店主のいる広間へと足を運んだ。
「おう、目を覚ましたか。何やらうなされてた声が聞こえちまってよ。
心配だったんだが、何とも無くて良かったぜ」
「すみません、迷惑をかけてしまいました」
心配そうな店主に、私はお礼を言う。
いつもなら、こんなことは起きなかったのに。
私の言葉に、店主は髭を生やした頬をポリポリと掻いた。
「まぁなんだ。身体には気をつけてくれよ。
ここで何かあったらそれこそ、この店が潰れちまうってんだから」
「ええ、分かりました」
私はそう言うと、宿で作られたシチューを食べる。
芋と人参と鶏肉だけのシチュー。でも、身体が温まるなら何でも良かった。
「私以外にも、誰か来たのですか?」
食べ終えた皿を持っていくと、そこには空になった皿とスプーンが2つ置かれていた。
「ああ、珍しいことにアンタ以外に客が来てよ。
いやー今日は珍しいこともあるんだ」
「そうですか、ごちそうさまでした」
私は皿とスプーンを置くと、直ぐに私の部屋に入り、そのままベッドで眠った。
『素晴らしい!素晴らしいぞ!やはり私の見込んだ通りだ!
素晴らしい!素晴らしいぞ!
これならあいつ等に対抗できる!あの忌まわしき悪魔共に!』
『やめて!イや!私の中に、私の中に入ってこないで!いやああああああ!?』
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!?」
私は叫びながらも飛び起きた。
震える身体を必死に抑えるようにきつく抱き締め、ゆっくりと呼吸をする。
大分意識がはっきりしたのか、身体の震えも収まり、私は身体を見回す。
「気持ち悪い・・・」
汗でビッショリとなった私の身体は、自分の身体だというのに気持ちが悪かった。
備え付けのシャワーで汗を落とすと、少しは気分が晴れたような気がした。
私は持ってきた服に着替えると、朝食をとりに広間へ向かう。
「おう、良い朝だな」
「ええ」
私は嘘をついたが、別段ばれるわけもないので気にしない。
少し冷めてしまったパンを2枚と、不格好な目玉焼き、そして少しの葉物を食べ、
ぬるい紅茶を飲みほしたあと、また2枚置かれた皿を見つつ、自分の皿を片づけた。
「それでは失礼します」
「おう、また来てくれな。この時期は、お嬢ちゃんぐらいが飯の種だからな」
店主のニヤケタ髭面を一瞥すると、私は宿を出て目的の場所へと足を運ぶ。
ただ、私の足は酷く重かった。
聖ルエカミ・ルエリブガ教会
青寂びた鉄に刻まれた名前の門をくぐり、私はその敷地へと足を運ぶ。
辺り一面に草が生え渡り、教会へと結ぶ砂利道だけだが、草の侵食から逃れていた。
その道を、私はジャリジャリと音を立てながら進めば、
もはや原型をとどめていない、柱と崩れた壁しかない教会が見えた。
私は教会の跡地を一瞥すると、少し奥へと足を進める。
見えてきたのは、不格好な石がたくさん置かれた場所。
私は一際大きい石、もはや岩の前に足を運び、祈りを捧げる。
「また・・・帰ってきました。
もう、数えることも止めてしまいましたけど、あれからどれくらい経ったでしょうか。
あの時のことは、もう過ぎてしまった事なのかもしれません。
本当なら、あの時に私は死んでいたかもしれません。
でも、幸か不幸か、私はしぶとく生きています。しかもメイドをやってるんですよ。
信じられます?メイドですよ」
私は岩・・・石碑に向かって語りかける。
「しかも主様ったら偏屈な人なんですよ?
本を読んだらそのまま死にかけたり、本の棚に押しつぶされそうになったりと、
もう馬鹿と言ったら・・・」
なんだろう、私の言葉は止まらない。
同じことの繰り返しなのに、それでも私は喋り続ける。
気が付けば、私はずっとしゃべり続けていたのだった。
そして祈りを捧げた後、私はもう一度石の前で頭を下げると、
「来年もまた来ますね」と告げ、来た道を戻る。
ふと、私はお嬢様のことが頭に浮かんだ。
あの御方のことだ、前の時みたいに、アホなことをしていないと良いのだけど。
「お嬢様はちゃんとしているのでしょうか?
一応、忠告はしましたが、心配でしかたありません」
そう思うと、私は急に心配になり、歩いていた足を早め、
果てには駆け足になりながら、駅の方へと向かって行った。
『おやおやおやおや?
折角の観光地めぐりとしゃれ込んでいたのに、
何やら嫌な気がしたと思ってやって来てみたら、これは何とも酷い光景だ。
まさか主を信奉する教会の神父様が、こんなことをしているなんてねぇ』
声がした。まるで透き通るような声だった。
『な、なんだ貴様は!?ここにどうやって入ってきた!
ここは神聖なる間であり、貴様のような者が入っていい場所では・・・』
誰かが声を荒げた。その声は、驚きを含んでいたと思う。
『そんなことはどうでもいい、重要な事じゃない。
詳しいことはさておき、今起きているこの光景、どう見たって普通じゃないわね。
人間の倫理とかどこに放り投げちゃったのかしら?』
『貴様が誰かは知らないが、見られてしまったからには生かしておけん。
ちょうどいい、こいつの力をみせ・・・!?
か、身体が動かん・・・!?」
こつんこつんと、床を歩く音が響いた。
誰かが私の方へと歩いてくる
『少し黙ってくれないか?
これから集中するんだ。お前のような声を聞くと、耳が腐るし気が散る』
『貴様、一体何をするつもりだ・・・!?』
その声の人は、私の前に立ち、右手から本を取り出すと、その人の左手が私の頬に触れた。
その手はひんやりと冷たかったのに、何故か私は暖かいと思った。
『ただの気紛れよ』
その人は笑った。
「ただ今帰りました」
「お帰りなさーい!」
お嬢様の御屋敷の扉を開けると、私の元へセイウェル様が走ってきた。
何やら嬉しいことがあったらしく、その顔はニンマリとしている。
セイウェル様を抱き留めると、後ろからお嬢様が歩いてきた。
今日は体調がよろしいみたいですね。
「おや、思いのほか早いな。後1日くらいはゆっくりしてくると思ったが」
「はい。お嬢様が何か仕出かしてないか、
セイウェル様に何か起きていないかと心配になり、急遽予定より早く帰ってきました。
ところでお嬢様、その手に持っている物は何なのですか?」
私はお嬢様が両手に抱えている物に目を移す。
「これか?ふふん、聞いて驚くがいい。
これは私が考案した、四季おりおりのスペシャル鍋だ。
ありとあらゆる四季の食材をふんだんに使用しているぞ。
これ一つで、一度に春夏秋冬を味わえるというものだ」
「そうですか。ところでお嬢様、試食はしたのですか?」
「何を言っている?旨い物を入れたのだから、当然旨いに決まっているだろう?」
「そうだそうだー!」
私の言葉に、お嬢様は不思議そうに首を傾げる。
セイウェル様は、疑問も思わずに顔を膨らませていらっしゃる。
私は溜息を吐く。
ああ、やっぱり仕出かしましたね。しかもセイウェル様まで巻き込むご様子。
これは見過ごせるものではありません。
「セイウェル様、少しの間、部屋に戻ってくれますか?
これからお嬢様にお話がありますので」
「「!?」」
私が話しかけると、セイウェル様は何故か、顔を真っ青にされて、無言で走って行かれました。
はて?どうしてでしょうか。
お嬢様も、何故か顔が真っ青で、冷や汗をかいておられます。
「お嬢様、確かに美味しい物は美味しいです。
ですが、料理は思いつきでやるものではございません。
それは食材に、ましてや食に対する冒涜と侮辱です。
良いでしょう、これから食について色々とお話しましょう」
「メ、メルア?顔が怖い、顔が怖いんだけど?
シチューぐらいしか食べてないメルアのために、
がっつりした温かい物をと思ったんだけど・・・?」
「それはありがとうございます。
お嬢様のお心遣い、実に感銘を受けました。
それでお嬢様、どうして私がシチューを食べたと思ったのですか?」
「え、なに、もしかして私、やらかした?」
鍋を持ってるせいで、お嬢様は両手が塞がれ、なおかつ走って逃げることも出来ない。
「さあ、お嬢様。ゆっくりとお話をした後、ご飯にいたしましょうか」
「待って、待ちなさい、待ってちょうだい。
これには海よりも深く、谷よりも険しい理由があってだね?
あ、だめだ。私やばいわ・・・」
お嬢様は何もかも諦めたように頭を垂れ、ズルズルと私に引き摺られていく。
器用にも、鍋の具は零さないようにしております。
そして私の部屋へと引き摺って行き、そしてお話の時間です。
私の目の前で、椅子にぐるぐる巻きにされたお嬢様が涙目になるも、
私は心を鬼にして説教をする。
けれでも、どうせ私は解っている、
こんな説教をしても、お嬢様は、キアラ様は変わらないと。
またいつものように、私の前でおふざけをするのだ。
やはり、お嬢様には私がいないとダメなのでしょう。
私がいないとダメなのです。
お嬢様がいないと、私は・・・・。
『こんにちは』
透き通るような紫の髪をした女の人が、私の前にいた。
私を見つめるその瞳は、どこまでも沈んで行けるような黒色だった。
『アナタ、誰?』
私はその人に尋ねた。
『私にも判らないわ』
その顔は少し、儚げだった。