百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ- 作:白鷺 葵
・R-15(重要)
・R-15(重要)
・著しいキャラ崩壊注意
ああ、愛しのステラ!
空は黄昏、茜色。蒸し暑いのが当たり前な常夏のプライベートビーチでも、真昼の日差し照りつく時間帯に比べれば随分と過ごしやすい時間帯だ。
美しい夕焼けを眼前に拝んでいるにも関わらず、正直びた一文も感動できない。どうしてこうなった――その言葉だけが、ユマの脳内に反響する。
おかしい。最初の計画と現在自分が置かれている状況が、あまりにも乖離しすぎている。本来なら、伊倉ユマは常夏の島で優雅なバカンスを過ごすはずだった。どこまでも抜けるような青い海と空を見上げて、ビーチパラソルの下、クリームメロンソーダ抱えてゴロゴロという究極のバカンスを楽しむはずだったのだ。
それなのに、何だこれは。アイスは跡形もなくメロンソーダと同化していたし、グラスいっぱいに浮かんでいた氷も溶け切っている。メロンソーダの炭酸はすっかり抜けており、体感温度はやや生ぬるい。終いには、真っ青な空と海は既に日暮れを迎えているときた。首をかしげるのは当然と言えよう。
ユマが納得していない原因である犯人は、見ているこっちが赤面して目を逸らすレベルの甘々な笑みをばら撒いている。文字通り『蕩けるような』微笑は、キンキンに冷えたアイスクリームすら一瞬で溶けてしまいかねない破壊力を有していた。……
「いやあ、楽しかったなあ。羽目を外し過ぎてしまったが」
「羽目外し過ぎなのよこのばか!」
でろんでろんに溶けた下手人の笑みからして、ヤツには「自分が悪いことをした」という自覚は皆無。しかも、妙にニコニコしている様子から、ユマが
本当、質が悪い男だ。
あの様子からして、ユマの態度に照れ隠しが入っているのもお見通しだろう。
「そう言うキミも、最後の方は僕を求めて――」
「黙れへんたいっ! この絶論!!」
「あ痛ぁッ!?」
手元に転がっていたビーチサンダルを引っ掴み、ヤツの顔面へ投擲。サンダルは見事、吸い込まれるようにして目標地点に着弾した。ヤツは情けない声を上げて呻く。
怒り心頭のまま、ユマはヤツに背を向けた。分かりやすい膨れっ面で、遺憾の意を示す。いい女は総じて背中で語るものだ。脳裏に浮かんだのは、つい数時間前の出来事。
『――綺麗だ、ユマ』
甘ったるい声が鼓膜を揺らす。優しいのも強引なのも、壊れないようにと気遣ってくれるのも容赦なく暴き立てるのも、すべてが同一人物から齎されるモノだ。
連鎖的に、数時間前どころか現在に至るまでの情事を思い出してしまい、ますます居たたまれなくなった。特に最新の記憶が一番『ひどかった』からだ。
……まさか、野外――たとえここがプライベートビーチと言えど! ――で
ヤツのことだ。「『自分だけが知るユマ』の姿を増やしたい」と考えているのだろう。ISDFでお勤めをしていた頃に顔を会わせたときは、常に仏頂面で笑顔など想像できなかった――そんな男と“こんな関係”になるとは思わなかった。
毎度ユマはヤツに振り回されているというのに、周りの連中は“ユマが我儘言ってヤツを振り回している”と認識している。何名かは自分たちのやり取りに秘められた
最近では、ヤツの性癖を知った“ヤツの恩師”が笑ったまま気絶したか。彼にとって、奴は未だに
ISDFへ忠実極まりない伊倉ユマ士官よ、お元気で! 私、普通のイクラユマですとばかりに制帽を投げ捨てて、お勤めから解放されたのは数か月前のこと。自由を満喫するための手続きを終え、いざバカンスへと洒落こもうとしたら、給料1年分の指輪を携えたヤツから
正直に言う。表面上は言葉で殴り合ってはいたが、内心は大喜びだった。ヤツと
『ああ、ユマ! 寿退社おめでとうございます。みんな噂してましたよ』
『最後は絶対そうなると思ってました』と悪びれもなく声をかけてきた後輩に、一撃蹴りを叩きこむくらい可愛いものではなかろうか。――しかし、奴は涼しい顔をしながら、ユマの渾身の蹴りを避けた。非常に腹立たしい。貴様らだって、職場でキャッキャウフフしているくせに!!
奴らが加担するせいで、ISDFと共同戦線を張るノーデンス・エンタープライス名物“げろ甘オフィスラブ”は今日も絶好調。「コーヒーを飲んでいたはずなのに、甘味マシマシのフラペチーノに変わっていた」というクレームがひっきりなしに飛び交っているらしい。
双子の受付嬢はノーデンスの花形部署に所属する機甲槍使いや戦う技術者と懇意にしているし、ナンバー2は異国から来た魔術師と年の差カップルとなっていた。元上司の娘が東雲財閥御曹司の顔を持つノーデンス社員と正式に婚約したとき、元上司は頭を抱えたそうだ。
他にも色々ある。寧ろ、この手の話題には事欠かない。
この世は地獄だ。
「――成程。僕の愛する
ふむ、と、ヤツが息を吐く。ユマは現在、ヤツに背中を向けているので、その表情を盗み見ることは不可能だった。……否。そんなもの、見なくたって予想がつく。
ヤツは聞き分けの悪い子どもを見守るような親のように苦笑しているはずだ。こんなときだけ保護者に戻るのはやめてほしい――きっと、こんな願いは叶わないのだろう。
自分とヤツの間に横たわる
「すまなかった」
「…………」
「どうやら僕は、浮足立っていたばかりにキミの意志を置き去りにしてしまったようだな。僕ばかりが幸福を享受し、キミから一方的に愛情を搾取していたとは……伴侶として失格だ」
「…………」
「ユマ。――キミは僕に、どうしてほしい?」
ヤツの声は、どこか切羽詰っている。蕩けるように甘いのは変わらないのに、切なげな響きがあった。
例えるならそれは、過去の痛みを抱えているときのような――あるいは、ベッドの上でユマを求めるときのような。
ぞくんと身体が震えたのは、後者の色合いを感じ取ったからではない。断じてない。
先程だって散々
自分でも驚いてしまいそうなくらい甘ったるい衝動を振り払うようにして、ユマは言葉を絞り出す。
「――喉、乾いた」
「飲み物が欲しいのか?」
「……炭酸キツめ、キンキンに冷えたメロンソーダ。上にバニラアイスとチェリーが乗った奴がいい」
「了解した。他には? ――今度は僕がキミを幸せにする番だ。遠慮することなく、何でも言ってくれ」
尽くさせてほしいと言わんばかりに、ヤツは訴えた。振り返ったとき、紫水晶を思わせるような双瞼がかち合う。――傷ついたように笑う青年は、本気だ。
なら、存分に甘えてやろうじゃないか。丁度こちらも甘えたかったのだから――なんて言いきかせる。
素直になれないのは仕様だから許してほしい。と言うか、そんな女を選んだコイツの自己責任だろう。
「…………牛丼、作って」
「おろしポン酢たっぷりだな? 心得た」
ヤツは二つ返事で頷くと、ユマの目線に合わせて屈んだ。
「……そうなると、一度コテージに戻らなければな。自力で立てるか?」
「無理」
「だろうな。――掴まれ」
ヤツは軽々とユマをお姫様抱っこすると、涼しい顔で、スタスタとコテージへ向かって歩き出した。後方支援担当を自負するヤツであるが、ユマを抱き上げる腕力はある。その事実を知ったのは、初めて彼と愛し合った翌日のことだった。――以後は抱き潰される度にそれを見せつけられる羽目になったが。
後方支援担当という字面と細身の体格故、ヤツは非力な部類にカテゴライズされやすい。しかし、数多の修羅場を乗り越えてきた“現場ナビ”は伊達じゃなかった。白兵戦に不得手な職業であろうと、生き残る努力を惜しまなかったのだろう。白兵戦を得意とする屈強な男たちには劣るが、しなやかな筋肉がついていた。
「なかなか筋肉がつかないと悩んだ時期があったが、それに関してはもう諦めたよ」なんてヤツは笑う。……とんでもない。詳しいことは乙女の秘密として持っていきたいレベルなのだが、ヤツがひょろひょろのもやしではないということだけは声高に叫びたかった。心の中で。
そんなことを考えている間にも、ヤツはユマを抱えた状態でコテージへと辿り着いた。足取りはしっかりしており、倒れることはない。
慣れた手つきで扉を開けて、鼻歌混じりにユマの身なりを整えていく。抗いがたい甘さを享受しながら、ユマはひっそり息を吐いた。
勤勉に規律励行、職務に邁進なんていう軍隊社会から娑婆へとトンズラしたはずだが、娑婆だと認識していた場所は底なし沼の水深部。しかも、抜け出す気になれないと来た。
事故物件同士、相性は最高レベル。益々抜け出す意味がない。自分から檻へ閉じこもった末路がこれだ。自己責任というヤツである。――最も、とうに腹は括った。
甲斐甲斐しくこちらの世話を焼く、ヤツの服の袖を掴む。急に留められたことに驚いたのか、紫水晶が瞬いた。あまりにも子どもっぽい表情に、ユマは反射的に目を逸らす。
「……あの」
「どうした?」
「……アンタに愛されるの、
それ以上のことはキャパシティオーバーだった。ヤツが何かを言う前に、ユマはヤツを突き飛ばすようにして追い出す。話題に食いつかれる前に「飲み物とご飯を所望する!」と声高に要求すれば、ヤツは上機嫌で駆け出すのだ。手玉に取っているのか取られているのか、多分当事者でも分からないだろう。
慣れないことに手を出すと、いつもの倍以上疲弊するものだ。ユマは大きくため息をつくと、そのままベッドのスプリングに身を預ける。程よいマットレスの弾力がユマを受け止めてくれた。
このままゆっくり惰眠を貪ろうかと思ったのに、このベッドで愛し合ったときのことを反射的に連想してしまったせいで眠気が吹っ飛ぶ。やけになったユマは、八つ当たりがてら備え付けの枕を殴りつけた。
(ああもう、幸せ過ぎて死にそう!)
こんなに都合が良くてよいのだろうか。こんなに自分の思い通りに行き過ぎてよいのだろうか。こんなにも満たされていいのだろうか。
確かに
ヤツは「充分すぎる罰を負い、罪は精算されたのだから」と笑う。変わり身が早いのか、
はっきり言えることは、
ヤツの本質は変わらない。
愛憎から憎悪が綺麗に抜け落ちた産物と言えば聞こえがいいが、ヤツの愛情は底なし沼みたいなものだ。許されたから溺れるのか、それしか方法がないから堕ちていくだけなのか、判別がつかない部分は幾らでもある。自ら堕ちていっている部分があるとも自覚している。
何度も言うが、とっくに腹は括っているのだ。愛情過多という物量戦に押し負けているだけで。
ユマは深々とため息をつき、ごろんと寝返りを打つ。左手を天に伸ばしながら、薬指に光る指輪に視線を向けた。
「ネモフィラの花言葉、か」
あの気障野郎のことだ。ネモフィラを象っている宝石にも、同じような意味が込められているに違いない。恐らくは、指輪の中央に輝く薄桃色の宝石2つ――ペツォッタイトとピンクダイヤモンドも。『罪悪感に囚われなくていい。すべてを赦す。その上で、これからの未来を一緒に生きていきたい』――ヤツの願いに応えたのは、伊倉ユマ本人だ。
誰もいないことを確認して、ユマは指輪を眺める。ヤツが目の前にいるときには絶対にやらない。この姿を目にしたら最後、しまりのない笑顔を浮かべてデレデレし、愛情過多という物量戦を仕掛けてくるからだ。明白なことであるが、ユマには万が一の勝機もない。結果が分かっている勝負以上に不毛なものはないだろう。
ぐるぐると考え事をしていたとき、食欲をそそる香りが漂ってきた。ユマの大好物の香りである。おろしポン酢以外にも漂う香りからして、ヤツはオプションも付けてくれたらしい。……本来ならば諸手を上げて喜ぶべきことなのだが、素直にそうできないのは経験則ゆえ。そこはかとなく嫌な予感がするのも同じ理由だ。
「……ウナギのかば焼き、すっぽん鍋、トンテキ、マグロのステーキ、手作り野菜ジュース……」
ユマの脳裏に浮かんだのは、以前ヤツが満面の笑顔で持って来た料理である。ものの見事に“精のつく食べ物”ばかりだったことは記憶に新しい。
そんなものなど食べずとも、ヤツは超弩級の絶論だ。毎回力尽きるのはユマの方なのに、あれ以上精が付いたらどうなってしまうのか。
ユマに精力を付けるためだとしても、所詮は付け焼刃程度。ヤツの持つ精力に敵う訳がない。無理なものは無理である。
(どうか、注文したものだけが来ますように)
間違っても“精のつく食べ物”がオプションでついてきませんように――そう願いながら、ユマはゆっくりと体を起こした。
……まあ、出されたものはすべて食べるけど。
ヤツの料理が美味しいことも、ヤツと愛し合う時間が幸せであることも事実なのだ。
■■■
「~~~♪ ~~~~♪」
鼻歌混じりに料理を作る。
今回、カノジョが明星ナユタに指定した品物は2つ――おろしポン酢たっぷりの牛丼と、バニラアイスとチェリーが乗ったメロンフロートだ。前者はカノジョの好物だし、後者は数時間前にダメにした分を取り戻したいと思った結果だろう。些細な我儘すら愛おしい。
ナユタが上機嫌なのはそれだけではなかった。ツンツンしているカノジョが、珍しくデレたためである。情事以外でのデレは貴重だ。普段の猫のような気まぐれさや自由さも愛してはいるが、素直に求めてもらえるというのはやっぱり嬉しいものであった。
だから、これは不可抗力なのだ。決して邪念を溢れさせたわけではない。できるだけ長く――ナユタが満足するまで――カノジョと愛し合いたいだけで。
オプションで作った料理――ニンニクを使って味付けしたウナギのホイル焼き、オート麦やハーブを使ったバナナケーキ、アボカドとエビをメインにしたサラダには罪はない。
品物を見たカノジョに殴り飛ばされる未来を予測することは容易。でもやめないのは、最終的にカノジョがツンデレを発揮して受け入れてくれると知っているためだ。
「~~~♪ ~~~~♪ ――む?」
料理を盛り付けている最中に携帯端末が鳴り響いた。ナユタは画面に視線を向ける。
電話の相手は、昔馴染みのフミカズだ。口元を緩ませ、電話に出た。
『もしもしー? ナユにい、バカンス楽しんでるー?』
「ああ。キミのおかげで、最高の休暇を過ごさせてもらってるよ。感謝してる、フミカズ」
ナユタの言葉を聞いたフミカズが、嬉しそうに笑う。電話越しでも彼が破顔した姿が思い浮かぶのは、文字通り
「プライベートビーチを貸し出してくれたサクラコや、結婚指輪を作ってくれたカレンにもよろしく言ってくれ」
『分かった。仕事が片付いたら伝えておくよ。新婚旅行がてら楽しんでおいで!』
フミカズはからからとした声で話していたが、彼の背後からは人々の声が響いている。誰もがフミカズからのハンコやサインを求めているようだった。
もっと集中して背後の音を拾ってみると、ハンコをつく音や何かを書き記すような音も聞こえてきた。しかも、音が響く感覚は短く、ひっきりなしという表現がぴったりだ。
音だけでも、フミカズが多忙であることが理解できる。これは今日中には伝わらないだろうな――なんて、他人行儀に考えていた。我ながら非情である。
『ま、俺の肩書上、仕事がいつ終わるかに関してはあまり保証できないかなあ』
「だろうな。監査部の長から隠居するという話、また流れたんだろう?」
『そうそう! ISDF極東支部の“バカ”がバカなことしてた尻拭いが忙しくてさー。まーだゴタゴタしてるんだよ』
端末越しに苦笑する気配が伝わって来た。ため息をつきたいのを我慢し、ISDFの闇と真正面から格闘する友人の姿がはっきりと浮かぶ。
助けに行きたいのは山々なのだが、フミカズは決して、休暇中のナユタに助けを求めることはしないだろう。フミカズはそういう奴だから。
ISDFの極東支部が大騒ぎになったのは、ナユタがカノジョと入籍した頃だった。総司令が起こした大規模な汚職事件が発覚し、電撃逮捕されたのである。現在、元・総司令は警察機構およびISDF監査部預かりになっていた。余罪は次々と発覚しており、暫く娑婆から遠ざかる生活になるらしい。
ナユタとフミカズは、件の“バカ”とは悪い意味で因縁があった。名前を呼びたくないレベルで嫌っているのは向こうも同じだろう。ISDFの暗部を牛耳っていた“バカ”との戦いに決着がつき、ナユタたち含んだISDF監査部と協力者側が勝利するに至った。項垂れた“バカ”の背中を想像するのは容易である。
“バカ”と懇意にしていた連中も芋づる式に検挙できたし、“バカ”が去った後のISDFはサクラコの後輩が収まることが決まっている。もう二度と、ISDFの名の元に非道な実験が行われることはない。その過程で誕生した元・被検体も証言に協力した見返りとして、人権と今後の生活が保障されていた。
極東の島国は、未だ“バカ”が起こした不祥事のゴタゴタを引きずっている。その騒ぎが如何程か、遠く離れた南の島では察することは不可能だ。――こうして、当事者同士で連絡を取り合わなければ。
『もう少ししたらひと段落しそうなんだよね。終わったら、久々に口説きに行かなきゃ。仕事以外で顔を合わせる時間がめっきり減った分、埋め合わせしたいし!』
「そうか。そちらの方も相変わらずで安心したよ」
『うん! 『仕事をしてる時は格好いいのに』って言われるのも変わんない! もういっそ、毎日仕事モードで過ごそっかな? 気疲れしそうだけど』
親友が満面の笑みを浮かべている姿がはっきりと見えて、ナユタも同じように微笑む。外見年齢が若かろうが、積み重ねてきた実年齢と乗り越えてきた修羅場は伊達ではないのだ。本気を出せば、並大抵の若造を黙らせるくらい造作もない。
フミカズが恋人からそれを指摘されるのは、彼が普段行っている言動が原因だろう。具体例としては、恋人の名前を叫びながら万歳三唱したり、TPOを完全無視して口説いたり、恋人を崇める宗教を勝手に作り出そうとしたりしている。
そんなフミカズの姿にドン引きしつつも、恋人は彼から離れていく様子はない。
『俺の“ウサギさん”は、本当に可愛いんだよなぁ。耳に弱いところとか、真っ赤になる所とか』
「そうか。僕の“ネコ”も、耳には弱いな。あと、機嫌悪くて不貞腐れてる様子とか可愛い」
『ナユにい、それ惚気?』
「先に仕掛けてきたのはフミカズの方だろう」
お互いにしか分からない話――雑談もそこそこに、通話を終えて電話を切る。料理から漂う湯気はか細い。
猫舌のカノジョには丁度いいだろう。熱すぎても冷たすぎても機嫌を損ねる、我儘で高飛車な気高い獣。
「っと、こらこら。シトリン、危ないぞ」
ナユタが配膳用のトレイに手を伸ばしたとき、足元に生暖かな温度を帯びた毛玉が纏わりつく。トレイを持っている状態だったら全部ひっくり返っていたかもしれない。料理をダメにされるというのは堪えるのだ。
下手人の名前はシトリン、東雲財閥令嬢サクラコが飼っている猫だ。雪を思わせるような純白の体毛と、海色の瞳が特徴的である。彼女のすまし顔は、現在はベッドルームにいるであろうカノジョそっくりだった。
プライベートビーチの貸し出しと引き換えに面倒を見ることになったこの猫は――本人に面と向かって言うと否定されそうだが――サクラコに甘やかされて育ったらしい。作業中であるナユタの都合など知らぬと言わんばかりに纏わりつく。
よそ様はよそ様。例え世界が変容しようとも、陽向を我が道で行くのだ――シトリンは自信満々に鼻を鳴らす。
彼女のような生き方を、世間一般では『自由』と呼ぶのだろう。面倒なしがらみに囚われていた頃は、眩しいもののように思えていたソレ。
地図なしで放り出されても不安より楽しみが勝るのは、最愛の人が自分の隣にいてくれるからだろう。ナユタは破顔一笑する。
「おまえは自由気ままだな。人の都合を考えてくれないとは……罪な奴だよ、まったく」
サクラコならば即座に抱きかかえて愛でるのだろうが、ナユタが優先すべきはカノジョである。構えと訴えるようにふいーんふいーん鳴くシトリンを抱え、ナユタは考え込む。思いついたのは俗物的な手段だが、気を惹くくらいできるかもしれない。
ナユタは水差しに水を入れ、猫用の皿に餌を盛り付けた。大好物の匂いを察したシトリンは目に見えて表情を明るくする。間髪入れず、シトリンは餌に喰らい付き始めた。遊んでもらえない不満も食欲には劣るのだろう。その隙をつくような形で、ナユタは配膳用トレイを持って部屋を出た。
足を止めて振り返る。シトリンは餌を食べるのを止め、ナユタに視線を向けた。にゃあ、という鳴き声は、非難なのか激励なのか判別はつかない。
シトリンはカノジョに懐いていた。耳をはみ、顔を舐めるくらいには、心を許していたように思う。
カノジョ曰く『猫は人間のことを大きくて間抜けな猫と認識する』らしい。
仮に同胞だと認識しているのだとして、シトリンは同胞を狙うケダモノをどう考えているのか。
「――まあ、誰に何を言われようと、自由にするけどな」
今までずっと囚われてきたのだから、それを取り戻すくらいの我儘は許してほしい――なんて考えながら、ナユタはキッチンを後にする。
向かう場所はカノジョのいるベッドルーム。きっと今頃、ナユタが来るのを待ちぼうけているだろう。ナユタは鼻歌混じりに寝室へと向かう。
愛おしいカノジョの姿を思い浮かべながら、寝室のドアをノックした。
【参考および参照】
『セブンスドラゴンⅢ U.E.72 未完のユウマ』(カルロ・ゼン著)
『パワーストーン辞典 INDEX Hariqua - 天然石パワーストーンジュエリー ハリックァ(http://www.power-stones.jp/dictionary/)』より、『アウイナイト』、『ホワイトアゲート』、『ピンクダイヤモンド』、『ペツォッタイト』
『花言葉-由来「由来も知りたい!」誕生花,画像など花情報満載(http://hananokotoba.com/)』より、『ネモフィラ(可憐、あなたを許す)』
『クックパッド』より、『鰻のホイル焼き★鰻とニンニクの最強タッグ(https://cookpad.com/recipe/364694)』、『魔女の魔法★オート麦とバナナの精力ケーキ(https://cookpad.com/recipe/4550463)』、『こっそり○○UP。和風アボカドえびサラダ(https://cookpad.com/recipe/4453177)』
―――
ナナドラⅢ関連の小説を書くのは久しぶりです。そうしていきなりこんな、色々と個人趣味や時間軸無視諸々を込めたお話で申し訳ない。思うところがあって、どうしても書きたかったんです。今回のコンセプトは「分かる人には分かる話」ですね。
『未完のユウマ』のプロローグに関係するワードが多数登場。但し、『百花繚乱クロニクルセブン』におけるオリジナル要素が仕事したので、原作とはちょくちょく相違点が出ています。ユマとヤツ、フミカズとナユタの周囲は愉快なことになっている様子。
【Fragments.彩り紡ぐ】の章では、こんな感じの小話が挟まれていきます。