百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ- 作:白鷺 葵
老老介護の果てに
「なあ、俺もう嫌なんだけど」
人類戦士タケハヤは、げっそりした顔でそんなことを言った。いきなり唐突なことを言いだした人類戦士の様子に、嘗てムラクモ13班と呼ばれた面々が目を見開く。ゆゆしき事態だった。
タケハヤは、愛する女を救うために自ら人竜になることを志願した男だ。正義の味方に憧れ、実際に正義の味方になってみせた男が、そんな弱音を吐くとは思わなかった。何があったのだろう。
頭に疑問符を浮かべた面々に対し、タケハヤは物凄く渋い顔をした。トパーズを思わせる瞳は、不平不満で満ちている。
「俺はあと何回、
「お前が安らかに眠れる日まで」
「やだよ! なんだよ、『死因:鼓膜破れた』って! もうちょっとマシな殺し方はないのか!?」
銀髪に紫の瞳の青年――渡来
ここに足を踏み入れた頃は、真正面から殴り合いに応じたものである。そのおかげで何度も生と死の狭間を彷徨ったものだ。最初の頃は生身だったため、一歩間違うとぽっくり逝ってしまいかねない。人間の柔らかさと脆さを舐めないでほしい。
死んでから精神体になった後も、人間の柔らかさと脆さは健在であった。それゆえ、タケハヤの介護を繰り返すうちに、もっと楽に――もとい、効率よく、存在を賭けるというリスクを減らす方法がないものかと思案した結果がこれである。
介護される側もする側も、自分の年齢なんて完全にわからなくなってしまっている。この世界は、本来の世界に流れる時間から切り離されているためだ。
「うっかり外に出たら東京が崩壊していた」ことや、「自分たちの死後から5000年近い時間が経過していた」ことを知ったショックを何と語ればいいのだろう。
ついでに、ドラゴンが再来襲していたこともだ。勿論、この時代の人類たちも負けっぱなしでいるつもりはない。破竹の勢いで巻き返しを図っている。閑話休題。
「じゃあ、俺含んだトリスタ3人組による奥義・秘奥義バステ祭りか? ドラゴン幼体なら余るほどあるぞ。何なら、取り残した分を回収して来る」
「でかい花火なら任せてよ!」
「ふむ。私は毒ハメが得意なんだが」
「…………アイテル。俺、希望を託す相手を間違ったかもしれない…………!!」
赤い髪を束ねた少女――桐野
どこからどう見ても、人々が語り継ぐ“正義の味方”とは程遠い言動であった。どちらかというと、悪の組織みたいな思考回路だ。
正義の味方という言葉が大好きなタケハヤにしてみれば、これ程までに酷い状況は無いだろう。タケハヤは頭を抱えて崩れ落ちた。
彼はミカゲたちのことをなじるけれど、こっちにだって言い分はある。ミカゲは眉間に皺を寄せて、タケハヤに向き直った。
「この際だから、はっきりと言わせてもらうけどさ」
「な、なんだよ」
「俺たちが何回、真正面から全体確率麻痺ブレス喰らったり、千切り潰し刻み斬られたと思ってんだよ。『さっさと止めないか』って言いながらエグゾースト発動させてSKYぶっぱなしてきやがったり、D細胞活性化させてがんがん回復してきやがって。お前死にたいんじゃなかったの? 殺してほしいんじゃなかったの? 介護士を致死寸前まで追いつめといて偉そうに文句言うんじゃないよ。さっきから我儘言いやがって。こちとら命がけなんだよ。一歩間違えればこっちがぽっくり逝っちゃうんだよ。人間様の柔らかさと脆さを舐めるんじゃないよ。おめーはモンペか、モンスターペイシェントか」
「約5000年にも及ぶ老老介護のストレスを舐めるな」と、ミカゲは締めくくった。問答無用の一撃必殺、半壊必須のブレス全体攻撃、ジリ貧のこちらを嘲笑うかのような回復量……思い出すだけで頭が痛い。
介護の現場はブラック企業も真っ青だと聞いたことがあるけれど、ここまで過酷な職場はそうそう無いだろう。患者の我儘に振り回される職員の悲哀を、是非ともご理解いただきたい。患者は一歩引いて、裏返った声を出しただけだった。
「み、ミカゲの坊も荒んでるな……」
「気持ちは分からなくもないけど……」
立派な顎髭を蓄え、眼鏡をかけスーツを身に纏った青年――東雲
それと同じような眼差しを察知し、ミカゲは振り返る。黒髪にセーラー服を着た少女――渡来
嘗て13班を率いたユイの包容力や聡さは伊達ではない。彼女のおかげで何度も命拾いしてきたし、彼女が居なければミカゲは瓦解していたであろう。そうして渡来ユイは、ミカゲにとって一番の理解者でもある。――大切な、伴侶だ。
「ミカゲくんは、律儀で優しいからね。……だから、タケハヤの言う通り“早く終わらせる方法”を考えてたんでしょう?」
「…………まあ、そーですけど」
「実際、センパイが見つけ出したアイドル熱唱シャッフルVが丁度良さげな感じだしね」
金髪で派手な服に身を包んだ少年――■■
「アイドル熱唱シャッフルVが一番いい」というお墨付きを聞いたタケハヤは、更にげんなりした表情を浮かべた。そんな情報なんて知りたくなかったと、彼の瞳は訴えている。現実は無情なのだ。仕方がない。
ミカゲは埃を払って立ち上がり、手慣れた様子でタケハヤを柱へと括りつける。これで、暫くは暴れなくて済むだろう。その“暫く”がどれ程の時間なのかは分からないが。
「……ありがとな」
「どういたしまして」
タケハヤがにかっと笑ったので、ミカゲもにやりと笑い返す。2020年の頃から何も変わらないやり取りだ。あのときは、それが“ミカゲが死ぬまで”繰り返されるものだとばかり、信じて疑わなかったのに。
「世の中、本当に、何が起こるかわからんな」
「“人生は誤算だらけ”ってか? お前の座右の銘だよな」
「ついでに俺の人生で学んだ真理でもある」
己が歩んできた数奇な運命を思い返して、ミカゲは苦笑した。自分が存在するために支払われた犠牲も、自分が手にした奇跡も、自分が取りこぼしてしまった命も、自分が守り抜いた希望も、はっきりと魂に刻みつけられている。到底、忘れられるものではない。
自分が生きている間に切り開いた道があり、自分が死してこそ切り開けた道がある。後者は見ることは叶わなかったけれど、その道が、ミカゲの希望たちの笑顔に繋がっていて欲しいと祈るのだ。随分と身勝手な呪いかもしれないが、死んだ人間にできることはそれくらいだ。
タケハヤにやられて憤ったミカゲもまた、タケハヤと同じようなことをやらかした。人はそうやって、想いと願いを託すのだ。その循環は途切れることなく続き、今に至っている。そうしてこれからも、続いていくのであろう。星の系譜、あるいは命の系譜として。
「なあ」
ミカゲはタケハヤを見上げて問いかける。
「お前はさあ、それでよかったと思ってるの?」
「当たり前だ」
タケハヤは迷うことなくそう答える。彼の瞳は、一点の曇りもない。
「俺の幸せは俺が決める。お前に決められるモンじゃねぇ」
「…………」
「お前の尺度から見れば、間違いなく俺は不幸に見えるだろう。お前は俺の人生を、不幸だと嘆くだろう。でもな」
「――知ってる。その先の言葉は、耳にタコができるくらい聞かされた」
それ以上の言葉を聞くのは、正直苦痛だった。
だから、ミカゲはタケハヤの言葉を遮る。
「だったら」
「だからだ」
ミカゲは逸らすことなく、タケハヤの瞳を睨みつけた。
「だから俺は、お前に生きてほしかった。人竜になんて、ならないでほしかった」
何度訴えようとも、タケハヤは歩みを止めることはない。それでも、ミカゲは訴えずにはいられなかった。置き去りにされると分かっていて尚、分かっているから尚、手を伸ばさずにはいられなかった。
「かけがえのない人たちが居て、愛した奴が居て、愛してくれる奴が居て、一緒に笑っていられる時間があって、他に何が要るんだよ」
「ミカゲ」
「お前さあ、絶対何も考えてなかっただろ。竜になった後、自分がどんなことを人に強いるか、人に背負わせるかなんて、考えたことなかっただろ。お前はそういう奴だもんな」
「ミカゲ」
「死ぬ前も死んだ後もお前の老老介護につき合わされて、お前を殺し続ける羽目になった俺たちがどんな気持ちになるのか。すべてが終わってお前が死んだ後、この惑星すべての命に向けるべき愛を、お前だけに一点集中させてるお前の恋人がどうなるのか。……お前、全然考えてないだろ」
「……そうだな」
「あいつ、とんでもないヤンデレだよ? お前が居なくなったら、確実に拗らせるよ? 現時点でも相当アレなのに、それ以上アレなことになったら、流石の俺でもどうしようもねーよ? 正直、面倒見きれねーぞ?」
「…………そうだな」
タケハヤは悪びれる様子がない。
奴は開き直ったように笑っていた。
「――でも、お前ならやってくれるって信じてるぜ?」
「…………」
「当然だな。俺が信じた“正義の味方”なんだから」
「……勝手だな。それこそ傲慢じゃないのか」
「お前が、お前の尺度で俺の幸せを語るのと同じような原理だろう」
タケハヤの笑顔は、見ていて腹立たしくなる。真正面から思いっきりぶん殴ってやりたいくらい憎たらしい。
しかし、それ以上に、見ていて好ましいとさえ思うのだ。腹立たしい程に、彼の在り方はミカゲを惹きつけてやまない。
尊敬と憎しみ。苛立ちと敬愛。腹立たしさと好ましさ。大嫌いなのに大好きな、見ていたくないのに目を離せない、憎む/愛すべき英雄。
「ああいえば」
「こう言う」
「つうと言えば」
「かあ」
「……俺、お前のそんなところ嫌いだぞ」
「奇遇だな。俺もだ」
「でも俺、お前のそういうところ、好きだわ」
「……奇遇だな、俺もだ。じゃなきゃ、こういうこと頼めねーよ」
当たり前のように返ってきた返事に、2人して噴き出した。
***
老老介護の終わりは、近づいてきている。
エメルの開発した千人砲は、ニアラを倒すことはできなかった。千人の命を弾丸にして打ち出すとは、竜憎しでとんでもない所へ行きついてしまった感が否めない。勿論、彼女のやり方が人類に受け入れられるはずもなく、彼女は幽閉されてしまっていた。
人間とヒュプノスの違いに苦しみ続けたエメルの姿を覚えている。けれど、あれから5000年経過した地球の大地に立ち、ドラゴン殲滅のために指揮を執っていた彼女の姿は、2021年で戦っていたエメルとは程遠いもののように思えた。詳しいことは知らないが、実際そうらしい。
それでも共通している点はある。竜を殲滅したいという意志、それを成し遂げるための協力を惜しまないという姿勢だ。彼女のおかげで、2021年の人類は救われたと言っていい。ただ、今回の場合は、彼女の熱意が恐ろしい方向に空回ってしまった結果であろう。
幾度も繰り返されてきた“人と竜の物語”/ニアラとの戦いは、もうすぐ佳境を迎える。ロストテクノロジーを紐解いた楽園のハントマンたちは、嘗ての竜戦役の地・禁地トゥキオン――つまり、ここのことである――に足を踏み入れた。タケハヤの居る場所にたどり着くのも時間の問題であった。
「俺はもうすぐ、狩る者に討たれて消えるだろう」
自分が死ぬと分かっているのに、タケハヤは穏やかに微笑んでいた。取り乱す様子も命乞いする様子もない。
悲しいがな、奴の佇まいは完全に英雄と呼ぶに相応しいものであった。正義の味方そのものであった。
鎖に繋がれた人類戦士は、ミカゲを見返して、言った。
「俺が居なくなった後……約束通り、アイテルを頼む。あいつ、泣き虫だからさ」
「清々しい程にいい笑顔だなあ、オイコラ。それと、こんなときに惚気ないでもらえますかー?」
「惚気てるのはお前等も一緒だろ。ヒイナとキリノとか、ヨツミとシラユキとか、お前とユイとか。どうして俺ばっかり非難されなきゃいけないんだよ」
「今俺惚気てませんよ」
「今惚気てるのはあっち」
タケハヤは眉間に皺を寄せた。手を動かすことができない代わりに、奴は顎で方向を指図する。
「お前、自分の旦那でなんつーモンを描いてやがる!?」
「旦那への愛が止まらなかった。反省も後悔もしてない」
「やめろアヤフミが可哀想だろ!!」
「ちょ、マサ兄やめてよ! 私の旦那さんちぎれちゃう! 縁起悪い!」
マサハルとヒイナが取っ組み合いしている。2人の手の中には、有明で人気のヒーロー・ブラスターレイブンがとんでもない絵面(要するにR-18。しかもかなりどぎつい部類に入る)になっている漫画用原稿用紙があった。気のせいでなければ、紙の端が表面張力限界まで引き延ばされてめりめり言っている。
ミカゲの脳裏に浮かんだのは、遠い昔の桐野夫婦の会話だ。サイボーグ化した旦那をカッコイイと褒めたところまでは良かったというのに、『義体でも、どエロイことはできるもん』と言って、ヒイナがケダモノと化した現場に遭遇した場面がフラッシュバックした。因みに、旦那は絹を裂くような悲鳴を上げていた。多分生身なら泣いてたと思う。
思い返せば、桐野ヒイナ(旧姓:東雲ヒイナ)は恐ろしい女だった。男女がくんずほぐれつする図/ネタを求めて、風呂や更衣室、果てにはスカイラウンジのVIPルームの天井にハイディングで潜んでいたり、カメラや盗聴器を仕掛けていたりする。男風呂を覗きに行ったり、同性にいかがわしいスキンシップをしようとしたりとやりたい放題だった。
「あれは惚気と言えるのか?」
ミカゲは冷静に考えながらタケハヤに問うた。奴は小さく肩をすくめる。
「惚気の一種だろ。キリノも反論してなかったし」
「反論できなかったんだよ。そういうところも含んで伴侶にしたんだから。いやー、愛って凄いなあ」
「これ以上ないくらいの棒読みだな」
「棒読みにもなるさ。ヒイナの趣味には辟易してんだから。教え子の何名かが被害にあってるわけだし」
深々とため息をついたミカゲは思い出す。復興と今後の竜災害対策のために出来上がった、戦闘訓練および対竜関連知識を学ぶための専門学校で教鞭を執った日々のこと。
ヒイナが教室の天井に張り付いて生徒たちの様子を観察していた。勿論、邪な欲望を抱えて。そんな彼女との攻防戦を繰り返していたことを思い出し、ミカゲは気が滅入ってきた。
そういえば、天井に潜んでいたヒイナをミカゲが撃退した際、彼女の落とし物(どぎついR-18本)が鞄の中に入ってしまい、数分後に行った持ち物検査で人生が終了しかけた教え子がいたか。彼のことはどうにかフォローできたが、教え子をあんな目にあわせてしまった自分はまだまだだと痛感したものだ。
件の彼は、専門学校入学前から交流があった。虐められっ子だった彼に、サムライとしての剣術、および心構えを説いたのはミカゲである。卒業後はISDFに入隊し、結婚して娘ができたと便りが来たか。しかし、娘が生まれて2年後に妻を亡くしたと手紙が来た。以後の手紙は「仕事に邁進している」という話以外何も書かれていなかった。それが彼との最後のやり取りになるとは思わなかった。
彼のことは、間接的に関わり合いがあったヨツミも気にかけていた。特に、彼の妻はNav.シリーズの人工生命体だし、彼の娘はNav.シリーズの系譜を継ぐ唯一の生き残りになった女の子だ。甥っ子の孫だから、ヨツミにとっても孫のような存在であろう――そこまで思い出して、ミカゲは重大なことに気づく。
(……名前、なんていったかな)
長らく老老介護に明け暮れていたためか、記憶が曖昧になっているのだ。霞がかかったように思い出せない。記憶力には自信があったのに。
思い返せば、最後に食べ物を食べたのも、最後に睡眠を取ったのも、遠い昔のように思える。いや、実際遠い昔のことであった。
この世界は時間と切り離されていたし、精神体となった自分たちは昼夜飲まず食わずでも生きていける。ついでに、介護は昼夜を問わず5000年間ぶっ続けだ。
(もしかして、孫の名前忘れてないよね? どこぞのポケモン博士みたいなことになってないよね? ……まさかとは思うけど、『ワシに孫いたっけ?』って選択肢ないよね!?)
考えるだけで寒気がする事案が発生した。ミカゲは慌てて孫を思い出そうと試みる。性別は女の子、名前は
(あの子からしてみれば、恐ろしい光景だったろうなぁ。「自分を庇ったせいでお爺ちゃんが死んだ」って。……我ながら酷いトラウマを植え付けてしまったモンだ)
孫には健やかに育ってほしいと願いながら、自分がやった取り返しのつかない過ちを思い返す。自分の命か孫の命か――取捨選択を迫られたミカゲは、迷うことなく孫の命を選んだ。孫の命を選んだことなど、後悔なんてしていない。その結果、「孫の目の前でマモノと一緒に投身自殺」的な光景が広がってしまった。
タケハヤを咎めた自分もまた、タケハヤと似たような道を辿った。人のことを言う資格はないが、ミカゲが言わなければ、誰もタケハヤに異を唱える人間は居なくなるだろう。完璧な正義の味方になってしまった彼に、そんな暴言を吐けるのは自分――渡来ミカゲだけなのだから。
「お前、話聞いてる?」
「ああ、聞いてる。アイテルのことだろ?」
眉間に皺を寄せたタケハヤに、ミカゲはさらりと返答した。半ば当てずっぽうだったのだが正解だったようで、タケハヤは満足そうに頷く。ミカゲはしかめっ面を浮かべた。
「前にも言ったけど、正直な話、面倒見きれねーぞ。あいつ、とんでもないヤンデレだし」
「おい。そこは嘘でも笑顔で頷くところだろ」
「馬鹿野郎、結論を早まるんじゃないよ。話は最後まできちんと聞こうな」
息巻くタケハヤを制し、ミカゲは笑った。
「色々愚痴とか不平不満はあるけどな。――俺は、お前が信じた“正義の味方”だ。それくらいのプライドはあるぞ」
「!」
「俺は、期待には応えたいと思う性分でな。万事任せろとは言わないが、やれる限りのことはするさ」
「老老介護の次は、『彼氏以外はどうでもいい』を地で行くお姉さんの面倒を見るのか」と、ミカゲは苦笑した。アイテルのことをうっかりお婆さんと言った瞬間、ミカゲの首が(物理的な意味で)飛ぶだろう。
他の面々もミカゲと同じ考えだったようで、満面の笑みを浮かべてタケハヤを見返している。タケハヤも超弩級の馬鹿だけれど、彼の願いを叶えるために死後もつき合い、それをやり遂げたムラクモ13班もまた超弩級の馬鹿だ。
馬鹿と馬鹿が結託した結果がこれである。馬鹿みたいなことを受け継いで、馬鹿みたいなことをやり遂げて、その果てに何が待っているかなんて分からない。それでも、自分たちは正義の味方だ。カッコいいヒーローには、Noという言葉は赦されない。
……たとえそれが、無駄・無茶・無謀の三拍子揃った事案であっても、だ。
「ああ、安心した」
タケハヤは笑った。心の底から安堵したような笑みだった。
「ああ、タケハヤ! 私の愛しい人!!」
丁度そのタイミングで、扉が開かれた。真っ先に飛び出してきたのはアイテルである。彼女はムラクモ13班を弾き飛ばさん勢いでタケハヤの元へと駆け寄った。霊体じゃなければ確実に吹き飛ばされていただろう。
彼女に続いてやって来たのは、死亡したカザン共和国の大統領――ドリス・アゴートと、彼が見出したハントマン“セブンスヘヴン”に所属する面々だ。彼/彼女たちは、タケハヤの持つドラゴンクロニクルを求めてここに来た。
ドラゴンクロニクルの所在を訊ねられ、タケハヤはにやりと笑った。「ドラゴンクロニクルを手にしたければ、俺を斃せ」――その言葉と共に、間髪入れずタケハヤは鎖を引きちぎる。槍を振りかざし、彼は文字通り“襲い掛かった”。
「楽園の狩る者よ! その力を、俺に示して見せろ!!」
ハントマンたちはいきなりの襲撃に狼狽したものの、即座に己の得物を構える。迎撃態勢は万全だ。
ルシェ族のプリンセスが歌で仲間をサポートし、援護を受けたファイターの青年とルシェ族の騎士が飛び出していく。サムライの少女が刀を抜き、盗賊の格好をした青年が短剣片手に駆け出した。帽子をかぶった青年が即座に詠唱を始め、呪文を打ち放つ。眼鏡をかけた青年は、仲間たちが傷つくことを想定して身構える。
力が衰えてきたとはいえ、タケハヤは竜である。ハントマンたちは散々翻弄されていたが、じりじりと巻き返してきた。その戦いぶりは、嘗てのムラクモ13班を想像させる。彼/彼女たちが持つ魂の輝きは、紛れもなく“狩る者”のものであった。因果は巡り、魂の輝きは受け継がれ、それは竜を討つ刃となる――その系譜を見せつけられた。
「私たちの物語は、とっくに終わってたんだね」
「そうだな」
次世代の狩る者の活躍っぷりに、ユイは眩しそうに目を細めた。ミカゲも頷く。
むしろ、終わったはずの物語を無駄に引き延ばし、割に合わないことを続けていたのは自分たちである。
始まりには終わりがある――当たり前のことだ。絶対に覆せない、普遍的な真理。それは、戦いにも適応された。
永遠に続くと思われた戦いが終わる。銀に煌めく一閃が、タケハヤを切り裂いた。
力尽きた人類戦士は崩れ落ち、彼を愛した女性は慌てて駆け寄る。
「タケハヤ……!」
「……ドラゴンクロニクルを取り出すためには、こうするしかなかった……」
荒い呼吸を繰り返しながら、タケハヤは後継者たちに語り掛ける。彼が命/ニンゲンとしての人生と引き換えにして、楽園に至る世界まで守り抜いた希望を。
「竜を狩る者よ。この地球を……エデンを頼む」
「わかった」
「わかりました」
「ええ」
「ああ」
楽園の狩る者たちは、タケハヤの想いとドラゴンクロニクルを確かに受け取った。それを確認したタケハヤは、ほっとしたように微笑んだ。
それを確認したかのように、彼の体はぼろぼろと朽ちていく。愛する男が死にゆく姿を目の当たりにしたアイテルは派手に狼狽していた。
壊れた人形みたいに、タケハヤの名前を呼び続ける。その叫び声は文字通り“悲鳴”だった。愛する人が派手に取り乱す現場を見ても、タケハヤは動じない。
「嫌……嫌。ああ、ああ、タケハヤ……!」
「アイテル……俺は、幸せだよ。普通の人間じゃあ叶うはずがない程永い時間、俺はお前と一緒に居られた……」
「死なないで、置いて逝かないで……!!」
「……ありがとう。俺の愛した、大切な人」
タケハヤはアイテルの髪を撫でていたが、その力もなくなったのだろう。ずるりと手が落ちる。光を失った瞳が、誰かを探すように彷徨い――その相手を見つけたらしい。タケハヤは満足げに微笑んだ。
視線の先にいたのは、ムラクモ13班。エデンのハントマンたちからすれば、誰も居ない場所を見つめたようにしか思わないだろう。ミカゲたちもまた、タケハヤを見返して頷く。何も視えないはずの瞳が細められた。
「頼んだぜ、正義の味方。……俺はずっと、お前たちを信じているからな」
「――引き受けた、ヒーロー」
昔みたいに、拳と拳を撃ち合わせるような真似はできなかった。けれども、最後に拳を突き合わせたときのように、確かにミカゲは――ムラクモ13班は、彼の想いを受け取ったのだ。自分たちの声は、きっとタケハヤにしか聞こえていないのだろう。ハントマンたちは首を傾げていた。
ミカゲの言葉に安心したかのように、人類戦士の瞼が落ちた。安心したように大きく息を吐いて、正義の味方は眠りにつく。ようやく己の存在意義を――希望を繋ぐという役目を果たして、だ。彼の体はあっという間に風化する。アイテルの手の中には、何一つすら残らない。
「タケハヤ!!」
アイテルの絶叫が響く。
骨の一つすら残さず土に還った、ヒュプノスの巫女が愛した人。最後まで正義の味方だった男。
人類戦士タケハヤが辿った鮮烈な奇跡を、その生き様を、自分たちは決して忘れることはないだろう。
ミカゲは目を閉じる。あまりにも遠い場所へ逝ってしまった親友の背中が、瞼の裏に浮かびあがった。
■■■
もしも、なんて言葉は全くない。それを語る術を、渡来ミカゲは持っていない。
だけど、もし、語ることが許されるなら。
これは、遠い昔の話だ。
***
刀が吹き飛んだ。ミカゲの体は地面に叩き付けられる。立ち上がらねばならぬのに、体が全然言うことを聞かない。ああ、自分は負けたのだと、頭の奥が漠然と理解した。
敗者であるミカゲには、勝者であるタケハヤを引き留める資格なんてなかった。彼はぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、愛用の得物――天叢雲剣を支えにして立ち上がる。
タケハヤは笑っていた。これ以上ないくらい、晴れやかに笑っていた。ミカゲとの勝負に勝つことが――ドラゴンクロニクルの担い手になることが、何を意味しているのか知った上で。
「約束だ」
タケハヤが、嬉しそうに告げる。
「俺が生きるはずだった時間を、お前にやる。だからお前は、お前が得るはずだった鍵と力を、俺に寄越せ」
あまりにもふざけた言葉だ。
あまりにも不条理な言葉だ。
あまりにも、あまりにも――。
タケハヤの言っていることは無茶苦茶だ。愛する人を救うために、彼は死のうとしている。人間としての死を迎えてまでも、愛する女を救おうとしている。
それは違うとミカゲは思う。大切な人ができたなら、這いつくばってでも生きるべきだ。相手を幸せにするためには、自分が生きていなければ意味がない。
「……ふざけるな」
ことあるごとに発作を起こして、のたうち回るように苦しむ青年の後ろ姿を知っている。傍らに寄り添う女性と、幸せそうに笑っている青年の姿を知っている。
タケハヤは、誰かのための犠牲として弄ばれてきたのだ。ミカゲの効果的な調節のため、あるいはナツメがミヅチへ至るために、命の火種をごっそりと持っていかれた。文字通りの風前の灯火だ。自身の命が長くないことは、タケハヤ本人がよく知っているはずなのに。
最期のときくらいは、愛する人や大切な仲間たちと穏やかに過ごすべきだと思う。いいや、過ごしてほしいと思うのだ。タケハヤは散々頑張ってきたんだから、もう休んでいいはずだろう。幸せになっていいはずだろう。なのに、どうして。どうしてこうなるのか。
「……ふざけるなよ……!」
幸せじゃ、ないのか。仲間がいて、愛する人がいて、彼らと心穏やかに過ごすことができる日常が残されている。それは、幸せなことではないのか。
ミカゲが欲しながらも、望めないものだ。ドラゴンクロニクルの担い手になるために生かされ、人類の裏切り者の唯一の肉親である自分が、望んではいけないものだ。
自分は責任を果たさなくてはならない。日傘ナツメの実弟として、そう在れと望まれた命として。それから逃げることは、ミカゲ自身が許せなかった。
敗北しても尚、無様に喚くミカゲを見たタケハヤは眉間に皺を寄せる。
面倒くさい、と、奴の眼差しは訴えていた。
「男に二言は無ぇ。違うか?」
「それでもだ」
ミカゲは吼える。負け犬でしかない己にできることは、それくらいだった。
「それでも。……こんなの、おかしいだろ」
「ミカゲ」
「だって、おかしいだろ!!」
「ミカゲ」
「どうしてお前は、幸せになろうとしないんだよ!?」
畜生、と、ミカゲは吐き捨てた。
ああ、どうして。自分のことでは一切泣いたことのないのに。何故、今、ミカゲはタケハヤなんかのために泣いているのだろう。幸せを投げ捨てて死にに行こうとする馬鹿野郎なんて、大嫌いなのに。憎たらしいのに。
タケハヤは、無様に泣き叫ぶミカゲを見下ろしていた。琥珀色の瞳は、子どもの扱いに慣れていない若者みたいに途方に暮れている。鍵の行方の見届け人だったユイとアイテルも、どうしたらいいのか分からない様子だった。
人生で初めて、大泣きした。
後にも先にも、タケハヤのために泣いたのは、これきりだった。
***
「俺は、力が欲しくて竜になるんじゃねぇ。愛する女を守ってやりてぇ、解放してやりてぇと思ってる。そのために、竜になるんだ。そのために、人類を救うんだ。……それだけは、知っててほしい」
「わかってるよ。……わかってるから」
ミカゲはそう言って、タケハヤの方を振り返った。
本当は、タケハヤに背を向けたままでいるつもりだった。彼の方を向いて何かを言う資格なんて、ミカゲにはない。
でも、彼の方を向かないままでいるのは、卑怯者のように思ったのだ。逃げているように思ったのだ。
ミカゲは決心して、今度こそ紫苑の双瞼を黄玉の瞳へと向けた。途中で逸らす事無く、まっすぐに。
言わなくてはならない。
それが、ミカゲの責任だ。
己がこれから紡ぐ言葉の残酷さを重々噛みしめて――告げる。
「……死んでくれ、タケハヤ。人類の為に、俺の身代わりになって、死んでくれ」
それを聞いたタケハヤは、まるで大根役者の芝居を観た監督のような苦笑を浮かべた。
「――なんだ、言えるんじゃねーか」
その笑い方は、とても優しい。
遠い昔、研究所で笑いあったときと変わらなかった。
「当然じゃねーか馬鹿野郎が」「んだと、お前だってバカだろうが」――きっとそれは、この2人が交わせる最後の会話。
“人間”であるタケハヤと、“兵器予定”だったミカゲの、最後の会話となる。ひとしきり悪態をつき合って、自分たちは笑っていた。
永遠の別れに等しいにも関わらず、まるで通学路の途中で家路につくため別れる親友同士のように、自分たちは笑っていた。笑い合っていた。
――そして、終わりの時は訪れる。
「じゃあキリノ、始めてくれ」
「ああ、わかった」
タケハヤが笑う。これから死ににいくような状況だと言うのに、その表情には一切の曇りもない。後悔も悲しみも嘆きも無く、ただ希望だけがそこにあった。何の気負いもない、屈託のない笑顔だった。
ミカゲとタケハヤはいつだって、互いに背を向けて歩いてきた。本人たちも納得してだ。けれど、そうやって別の道に進んでも、どこかで必ず会い見えると知っていたのだろう。それは確信であり信頼であり腐れ縁であり――言葉には言い表せない“絆”で結ばれていた。
もう二度と、その道は重なる事も無い。互いに背を向けて進んだが最後となる。ミカゲはそれ以上何も言わず、タケハヤに背を向けていた。けれど部屋を立ち去る真似はしない。それが、ミカゲのプライドだ。ミカゲが絶対に譲れないことだ。
覚えていよう。愛する人のために、命すら投げ出した馬鹿野郎を。
親愛なる友のことを。正義の味方になるのだと笑った男の姿を、決して忘れない。
■■■
「空の色は、正義の味方の色」
眩いばかりの蒼穹を思い浮かべながら、ミカゲはぽつりと呟いた。座り込んだ姿勢のまま、大きな柱を見上げる。
愛憎渦巻くこの色を、ミカゲは永遠に忘れることはない。たとえ、この色をチーム名にして背負っていた正義の味方が、ここから
目の前には、砕けた鎖の残骸が転がっている。タケハヤが自ら引きちぎったものだ。マスカミ遺跡の最奥には、未だに戦いの痕が色濃く残されていた。
「またここにいたんだね、ミカゲくん」
聞こえてきた声に振り返れば、心配そうな表情を浮かべたユイが佇んでいる。紫色の瞳には深い憂いが滲んでいて、ミカゲのことを案じていることが伝わってきた。
要らぬ心配をかけてしまったらしい。ミカゲは曖昧に笑ったみせる。誤魔化しはすぐにバレたようで――でも、ユイは深く追求しようとはしなかった。
ただ、静かに微笑み返すのみ。渡来ミカゲという存在が抱える愛憎や罪を許すかのように。彼女の懐、および器の大きさには感嘆の息しか出ない。
こんな素晴らしい女性が、何故ミカゲのような馬鹿と一緒になってくれたのか。正直、未だに理解できないままでいる。
込み上げてくる感情を飲み下すようにして、ミカゲは口元を歪ませた。真一文字に結ばねばと歯噛みするが、うまくいかない。
「……ねえ、ミカゲくん。我慢しなくていいと思うよ」
菫色の眼差しは、渡来ミカゲのすべてを許している。与えられる救いはどこまでも優しく、温かい。それが何よりも苦しくて、辛くて、けれどそれ以上に安堵した。
「タケハヤは、ミカゲくんの親友なんでしょう? ……死を悼むのに、涙を流しちゃいけないなんてことはないはずだよ」
「……そう、かな」
「ミカゲくんの想いは、ちゃんとタケハヤに届いたと思う。彼なら、きちんと分かってくれるよ」
「今頃苦笑してるんじゃないかな」と語るユイの姿に、ミカゲもつられて苦笑する。記憶の中にいる正義の味方は、ユイの言葉通り苦笑していた。
馬鹿、という言葉が耳を打つ。もう二度と聞くことの叶わない、タケハヤの声だ。その響きはわずかに曇っているけれど、完全に忘れたという訳ではない。
それに、と、ユイは言葉を続ける。――次の瞬間、彼女は屈んでミカゲを抱きしめた。互いの顔が見えない位置になるよう配慮して、だ。
「大丈夫だよ。……誰も、何も見ていないから」
だから許されているのだと囁かれた。それがユイの優しさだとは重々承知しているし、かなり気を使わせてしまったことは理解している。
これ以上縋りついてしまっては迷惑だって分かっていた。――頭では、きちんと分かっていたのに。
視界がジワリと滲む。
堪えていた吐息が溢れる。
喉の底から声が漏れた。
ユイの華奢な背中へと縋りつく。――獣の唸り声によく似た慟哭が、この場に響き渡った。
***
タケハヤは偽物なんかじゃない。本物の正義の味方だった。渡来ミカゲなんかよりも、ずっとずっと強くて、優しい男だった。それ以上に、幸せになるべき男だった。
救いようのない馬鹿野郎め、と、ミカゲは心の中で悪態をつく。ふざけるなよ、と、ミカゲは心の中で叫び続ける。身勝手すぎるんだ、と、ミカゲは心の中で恨み言を述べた。
完璧な正義の味方になってしまったタケハヤに、もう誰も文句を言う資格はなくなった。
……それでも。
それでもミカゲは、苦言を呈し続ける。
それが、彼が
【参考および参照】
『ニコニコ動画』より、『人類戦士タケハヤをアイドルでボコってみた(http://www.nicovideo.jp/watch/sm20859724)』
『蒼穹のファフナーEXODUS』第2期OP『DEAD OR ALIVE(歌:angela)』
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Chapter-X、スタート。まずは旧ムラクモ13班たちのお話です。正直、このお話は改定前とあまり変わっていません。最後にミカゲがタケハヤの死を悼んで無様に泣き叫ぶシーンが追加された程度です。
ミカゲにとってユイは、救いであり許しであり神様のような存在です。同時にユイは、何が起きようとも決してミカゲを見捨てません。この夫婦の形が、孫のイノリにどのような影響を与えるのか、生温かく見守って頂ければ幸いです。